恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
穏やかな風を身に受けながら、掌を開き、魔力を集中させる。俺の目には空中を漂う光の粒子が見える。どれだけ試みても、努力してもできなかったスキルと魔法の発動が、今ではそれはもう簡単にできている事に少々複雑な気持ちを抱く。何故ならきっと、発動できるようになった切欠は昨日のあの戦いだと思うから。
いつもの朝の訓練を行う館の裏で魔法の発動を確認していた。以前と違い、今は魔法とスキルを発動した時の感覚をはっきりと覚えていた。スキルを使って漂う光の粒子を集めて形を作り、魔法を使ってそれを可視化、実体化させる。完成した小さな立方体をポンポンと掌の上で跳ねさせる。何だってこんなあっさり…、今までの俺の苦労は何だったのだろうか。ちょっぴり悲しい。
…ん?いつもと違う?いや、目が覚めて知ってる天井だとかいう展開はもう飽きられてると思ったから。ていうか頭に響くこの声は誰のだよ。そして俺は誰に返事を返してるんだ。知らない何かに思考が動かされる。
「…どうしたの?」
「うおっ!?あ、アイズ!?」
どうやら無意識にぶつぶつ独り言を呟いていたらしい。いつの間にか背後に立っていたアイズの声に驚き飛び上がる。
「き、聞いてたのか?」
「?」
独り言を聞かれたのかと問いかけるとアイズはきょとんと首を傾げるだけ。どうやら聞かれてはいないらしい。後ろからだとただぼうっと立っているだけのように見えたのだろう。
「何か言ってたの?」
「いや?ただの独り言」
俺の問いかけに疑問を持って問いかけてくるアイズに嘘をつかずに答える。だが、独り言の内容は教えてやらない。さすがのアイズでも頭おかしいんじゃないかと思うだろうから。
「…アルト。もう大丈夫なの?」
別段、俺の独り言には興味はなかったらしく、あっさりとアイズは話題を変えた。アイズの眉がハの字に歪み、心配げな視線が向けられる。
「見りゃ解るだろ。今からダンジョンに潜りたいくらいだね。…むしろ、アイズの方こそ大丈夫だったのか?」
「…なら良かった。私なら大丈夫。ただの掠り傷しかなかったし、リヴェリアに治してもらったから」
アイズの方も怪我は大した事なかったようで、内心で安堵する。
俺の為にオッタルの前に出て戦って、それで重い怪我をしていたら…、ロキにぶっと飛ばされそうだ。
「…ありがとな、また助けてくれて」
「お礼なんていいよ。アルトが無事でよかった。…でも、またって何?」
「忘れてんのかよ」
アイズに助けられたのは二度目だ。いや、ダンジョン等でサポートされた回数は二度などでは済まないが、命の危機をアイズに救われたのは二度目だ。だが当のアイズはその一度目を、ファミリアに入る切欠となったあの出来事を忘れているようで。つい溜め息を吐いてしまう。
「アルト、またって何?」
「もういい、よっ」
再度問いかけてくるアイズを流しながら、掌の結晶を放り投げる。宙に放られた結晶は、まるで溶けていくように空中で形を崩していく。風に流されていく魔力の粒子を目で追っていくと、視界に入る太陽。日差しを掌で遮りながら晴れた青い空を見上げる。いつもの平和なオラリオだ。
普段ならこの景色を見れば穏やかな気持ちになれるのに、今は──────
「なあ、アイズ。ちょっと模擬戦付き合ってくれよ」
「え…」
振り返りながらそう言うと、アイズは戸惑いの表情を浮かべながら俺に視線を返した。
「駄目」
しかしそれも一瞬で、すぐに真顔に戻すとアイズは一言簡潔にそう告げた。
俺の体を気遣って渋るとは思っていたが、即答で駄目、は予想できなかった。
「そこを何とか!」
「駄目」
「お願いしますアイズ様!」
「駄目」
「ジャガ丸くん十個でどうだ?」
「……………リヴェリアに怒られるから駄目」
「お前今揺れただろ。ていうかリヴェリアに怒られるからっておい」
ジャガ丸くんをチラつかせるとアイズの中で何かが揺れ動いたようだった。しかしそれもリヴェリアに抑え付けられてしまったが。ていうか、模擬戦駄目な理由がリヴェリアに怒られるからってちょっと悲しいんだけど。
「模擬戦はしちゃ駄目だけど、ジャガ丸くんは奢って」
「おいこら」
最近こいつマジで遠慮なくなってない?それも悪い意味で。なに手を差し出しながら集ってんだよ。やめろよ、そんな無垢な目で見てくんなよ。奢んないよ。奢んないったら。
「…お前が夕方までに戻ってきたら買いに行くか」
「っ、うんっ」
駄目でした。アイズには勝てなかったよ…。
アイズの一気に華やいだ笑顔に、まあいいか、と折れた自分が少し情けなく思う。
でも、そんな事言ったってしょうがないじゃないか。そういう意味では、このファミリアでアイズに勝てる人はいない。断言できる。
「…じゃ、俺もう部屋戻るわ。また後でな」
アイズに後でジャガ丸くんを奢ると約束してから、その場から立ち去ろうとする。訓練しようとしてもアイズに止められそうだし、ここにいても何もすることがない。なら、部屋に戻って二度寝でもしようかと、アイズに手を振りながら背を向けた。
「うん。また後で」
アイズの声を背後から耳にして、館の裏から広場へと出て行く。すでにぽつぽつと他の団員が朝の訓練をするために館の中から外に出ていた。そんな彼らとは逆に館に戻り、部屋へと戻る。
…そういえば外に出た時も思ったのだが、この扉なんか変な音がするんだが。こう、ギィィィって、頼りない音が。俺、そんな乱暴に扱ってたか?もし壊れたりとかしたらどうなるんだろう。弁償代とか出さなきゃならないんだろうか?
ちょっとした不安というか何というか、気持ちを抱きながら軽くジャンプしてボフンとベッドに背中から飛び込む。柔らかなベッドの弾力を感じながら天井を見上げて、大きく息を吐いた。
「…っ」
かなり早い時間に目を覚ましたせいか、ベッドに寝転んですぐに眠気に襲われる。だが、その眠気は次第に、胸の奥で燻る炎に打ち消されていく。
少し前まではこんな感覚はなかった。自身を急かす黒い炎など、燃えていなかった。
夜中に目を覚ましてすぐ、脳裏に浮かんだ敗北の光景。圧倒的強大な存在に叩きのめされた光景。途端、力を求めろと自身を急かす黒い炎が燃え上がった。目が覚めてすぐに外に出たのは、部屋でジッとしていられなかったから。今の様に、寝ようにも寝られそうになかったから。
「くそっ」
勢いよく上体を起こす。今は体を休めるべきだという事は解っている。だがその体がうずうずして仕方ない。とはいえどうするか。ダンジョンに潜るのか?駄目だ。誰にもばれずに外に出れたとしても、今俺の手元には武器がない。昨日の戦いで武器は折れてしまった。かといって、爺ちゃんの双剣は使えない。あれは俺が力を十分に付けるまでは預かると、リヴェリアが持って行ってしまった。彼女の部屋にある、のだろうが、実際あの剣がどこにあるのかは正確に解らない。
ならば模擬戦は、というのはさっきアイズに断られたばかりだ。多分フィン、ガレスに頼んでも無理だろう。体を休めろと言われるのが目に見えている。
「…はぁ」
多分、リヴェリア辺りが俺の動向に目を光らせているだろう。だがこんな精神状態でジッとしていても逆に疲れそうだ。
堪らず口から零れた溜め息、その間でも俺の胸中で黒い炎は燃え続けていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「どうだった?アルトの様子は」
「特にいつも通りに見えた。アイズとも普通に話していた」
「…そうか」
「…なあ、フィン。お前は何をそこまで気にしているんだ?」
ロキ・ファミリア団長の執務室。そこにフィンとリヴェリアの二人はいた。フィンは執務デスクの椅子に腰を下ろし、リヴェリアはフィンの傍らに立っている。二人が話している内容は、今日の朝のアルトリウスの様子についてだった。まず、アルトリウスは目を覚ましていたか。そして体調はどうだったか。外を出歩き、館の裏でアイズと話すアルトリウスを見て体長は問題なしと見たリヴェリアはフィンにそう話すのだが、まだフィンはどこか気がかりがあるように表情を曇らせていた。
「…いや、杞憂ならそれでいいんだけどね。でも…、まだちょっと、アルトが大丈夫と判断するのは早急かなと思ってね」
「何故だ?もうあの様子なら…」
「体調の方はリヴェリアが言うのなら大丈夫なんだろうね。でも、僕が言ってるのは心の方の話さ」
「心?」
リヴェリアの問いかけに答えたフィンの真意を読み取れず、リヴェリアは更に問い返した。
「…オッタルに負けたから、か?だが、奴はLv.7だぞ?それを相手取りながら魔法の力を目覚めさせたんだ。むしろ…」
「だからこそだよ。今までアルトは対人戦では木剣を使った模擬戦しかしてこなかった。僕達はアルトに大きな怪我をさせないように気遣いながら戦っていたし、アルト自身も無意識で僕達に気を遣いながら戦っていた。…でも、昨日は違う」
先程フィンが言ったが、アルトリウスの対人戦経験は木剣を使った模擬戦しかない。ファミリア内の団員達との模擬戦、そしてオラリオに来る前は養父のシリウスとの模擬戦。そのいずれも、実剣を用いないものだ。
だが、昨日のオッタルとの戦闘は完全に相手を斬るための戦いだった。アルトリウスは初めて、明確に相手の人間を斬るために戦った。そして、その戦いに初めて負けた。
「これまでアルトがしてきた模擬戦での敗北と、昨日の敗北。それらは違う、という事か?」
「…杞憂ならそれでいいんだ。ただ、もしその通りで、そしてそれが切欠でアルトが今まで以上に無茶をするようになるかもしれない。そうならないように、リヴェリアも今まで以上に目を光らせてほしい」
「…やれやれ。アルトには振り回されっぱなしだな」
フィンの言葉を肝に銘じながら、アルトリウスがロキ・ファミリアに入団してから今までの出来事を思い返す。ロキに【神の恩恵《ファルナ》】をもらってすぐ、ロキの提案でフィンと模擬戦をさせられたアルトリウス。その翌日にはファミリア団員の誰よりも早く起きて、朝からダンジョンに潜りに行き…、それに気付かず、一緒に冒険者登録をしに行ったギルドでようやくアルトリウスがした事に気付いて肝を冷やし。冒険者になって三か月でランクアップ。アイズが持つ一年という記録を大幅に更新する偉業を達成して。
そして昨日にはオッタルとフレイヤがアルトリウスを襲撃。ここまで濃密な約半年を過ごしたのは、アイズがファミリアに入団してすぐの頃以来だろうか。それに他にもまだ、アルトリウスについて頭を悩ませる事があるというのに。
「お母さんは大変だね、リヴェリア」
「誰がママだ。お前も少しは悩め」
呑気に笑いながら揶揄ってくるフィンに即座に言い返す。
「ただでさえアルトの未知の魔法をどう扱っていけばいいのか解らないというのに…。本当に余計な事をしてくれた」
「アイズが一瞬、アルトの魔法を見たって言ってたけどね。でもあれじゃよく解らない」
アルトリウスの今の精神状態の他に、アルトリウスが発現した魔法やスキルについてもまだ詳しくロキは話してくれない。アイズがアルトリウスの魔法を目にしたと言うので、どんな魔法だったかと説明を求めてみれば、
『壁を作ってた』
この一言しかアイズは口にしなかった。というより、オッタルとの戦闘で一杯一杯で、アルトリウスの魔法を丁寧に見る余裕などなかったのだろう。それは解ってはいるのだが、これで少しは進展するかと思った矢先のその一言で、その時のリヴェリアは落胆を隠せなかった。
「まあ、魔法については明日にでもアルトに見せてもらえばいい話だ。やっぱり本題は、アルトのこれからの動向だよ」
「…あぁ、解っている」
リヴェリア自身、フィンの言う通りだとは思っている。アルトリウスが魔法を使えるようになったのなら、これからアルトリウスに魔法を使っている所を見せてもらえば、その魔法をどう戦いに活かしていくかを考えていける。
これで悩みは解決した、はずなのだ。それなのに、リヴェリアの脳裏に浮かぶロキの顔。ただの未知の魔法ならば、ロキが自分達に嘘を吐く理由などないはずなのだ。ロキはアルトリウスの魔法について何かを知っている。なのにそれを自分達に話せない、重大な理由があるのだ。
それを知らないままなのに、アルトリウスが魔法を使えるようになったことを単純に喜んでもいいのだろうか。フィンとは違う一抹の不安が、リヴェリアの胸にも残るのだった。
オッタルに負けた事で何かが変わってしまったアルト。それを敏感に感じ取ったフィン。アルトの成長を心の底からは喜べないリヴェリア。
そして、不在のガレス。ガレスはこの話の間、朝練に駆り出ています。べ、別に最初は三人で会話させてたけど、あれ?ガレスここにいなくてもよくね?と思って省いたわけじゃないんだからね!