恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
床を砕く轟音が、痛みに耐え切れず漏れる悲鳴が部屋中で何度も引っ切り無しに響き渡る。第十七階層にある大きく開けた部屋で二つの影が動いていた。一つは巨大なモンスター、第十七階層に発生する【迷宮の孤王《モンスターレックス》】ゴライアス。そしてもう一つの影の主は、ロキ・ファミリアの冒険者、アルトリウス・レイン。
巨大な拳がアルトリウスの視界の横を通り過ぎていく。風圧が頬を襲い、髪を逆立てる。
跳躍して傍らの巨大な腕に着地すると、二本の剣を力一杯その場で突き刺し、そのまま腕を駆け上る。痛々しいゴライアスの悲鳴を気にも留めず、腕から噴き出す血が装備や顔面に付くのも関係なく、もう一方の拳が迫るまで走り続けてから剣を抜いてその場から離れた。
血が流れる左腕を持ち上げるとアルトリウスに向かって振り下ろすゴライアス。アルトリウスはそれを横に跳躍して避けながら詠唱分を唱え、一つの魔力の塊を顕現させる。魔力の塊の先端を尖らせると、容赦なくゴライアスの顔面目掛けて射出した。
巨体を持つゴライアスはそれ故に、機動力や瞬発力に優れていない事は
攻撃を防いだゴライアスは、雄叫びを上げながら開いた両掌をアルトリウス目掛けて振るう。張り手を打ち、アルトリウスを潰してやろうという魂胆らしい。
「顕現せよ」
それに対し、アルトリウスは詠唱式を一言、唱えるのみ。だがその直後、ゴライアスの動きがピタリと止まった。ゴライアスの目が自身の両手を捉える。その手首には輪の形をした枷が填められていた、それも三重に。どれだけ力を込めてもなかなか動かない。
「一つじゃ止まらないってのは、
両腕を動かそうと躍起になるゴライアスを見上げながらアルトリウスが言う。その声は届かないと解ってはいるが、思いの外簡単に策が嵌り、少し饒舌になる。
「顕現せよ」
もう少し暴れるゴライアスを見てみたいとも思うが、あまりのんびりしていると拘束が壊されてしまう。拘束の形を保つアルトリウス自身だからこそ、ゴライアスが暴れるごとに次第に、枷の拘束力が衰えていくのが解る。ならば、決着は急がなければならない。
先程と同じように魔力の塊を顕現、そして先端を尖らせる。先程は腕で防がれてしまったが、両手を塞がれているゴライアスにはもう防御の手段はない。
何の抵抗もできず顔面は貫かれ、ゆっくりとゴライアスの体から力が抜けていく。だらりと拘束された両腕は上がったまま膝を付いたゴライアスの体は黒い瘴気となって消えていく。顕現していた六つの枷を消し、その場に落ちたゴライアスの魔石を拾う。
「あぁ─────っ!アルトだーっ!」
拾った魔石をポーチに仕舞ったその時、部屋に響いたアルトを呼ぶ声。振り返ると、この空間に入って来る三人の少女がアルトリウスを見ながら歩み寄って来た。
「また一人でダンジョン潜って、リヴェリアに叱られるよー?」
「大丈夫だ。もう慣れたから」
「いや、そういう事じゃないでしょ…」
歩み寄って来た三人の内の二人─────ティオナとティオネがアルトリウスの目の前で立ち止まり、その一歩後ろでもう一人がアルトリウスの顔を見つめている。
「…アルト、怪我してる」
「…別に、ただの掠り傷だ」
三人の内のもう一人、アイズに指摘されてアルトリウスはようやくここで、頬に擦った傷ができていた事に気が付いた。拳で拭うと、多くはないが少なくもない量の血がこびり付く。だがこの程度で済んだのなら御の字だし、前回よりは断然傷は軽い。
「ちょっと待った」
「…?」
特に手当をしようともせず、下の階層へと続く階段を下りようとするアルトリウスをティオネが呼び止めた。アルトリウスが立ち止まり、疑問符を浮かべながら振り返る。
「団長からの伝言よ。『今すぐ帰って来れば、リヴェリアを抑えると約束する』」
「…」
片目を瞑るティオネの言葉を聞いたアルトリウスは何かを考える素振りを見せてから、小さく息を吐いた。そのまま体を翻すと今度は逆の方向へ、元来た道へと足を向けた。無言のまま、すれ違う三人にはこれ以上何も言わず、目を向ける事もせず、アルトリウスは部屋から出て行く。
「アルト!今度は一緒に潜ろうねー!」
ティオナがそう言った時にはアルトリウスの姿は見えなくなっており、彼がどう反応したのか、どう思ったのかは解らなかった。
「…アルト、どうしたんだろ。最近はずっとああして一人でダンジョン潜って」
アルトリウスが入っていった通路を見ながらティオナが先程とは打って変わって小さく呟いた。静寂が流れる空間の中でその小さな声は、不自然なほど響き渡った。
「さあ、ね。誰も教えてくれないもの。アルトも…、アイズも」
溜め息を吐きながらティオネがアイズへ視線を向ける。二人のやり取りを見ていたアイズはティオネの視線を受けると、申し訳なさそうに目尻を下げて俯いてしまう。
「…ごめんなさい」
「あー、別に責めてる訳じゃないのよ?アイズが勝手に言える事じゃないんでしょうし。でもね…」
俯くアイズを慌ててフォローしてから、ティオネもまたアルトが去っていった通路に目を向ける。
「…また、ゴライアスと一人で戦ったんだね。アルト」
「…えぇ。最近のあの子、無茶が過ぎるわ。ホントに、どうしちゃったんだか」
通常ならば、この空間でゴライアスと遭遇し、十八階層で休憩する前に一戦交える所なのだが、そのゴライアスの姿は見られない。先程までこの部屋からしていた戦闘の音、そしてアルトリウスがここにいた事から、アルトリウスが
ティオナとティオネの目にもここ最近のアルトリウスは異常に見えている。以前までも無茶をする者が来たと思ってはいたが、最近はそれ以上だ。レベル4相当のモンスターであるゴライアスに、レベル2の冒険者が単独で戦闘を挑んだ等、そしてゴライアスを撃破した等と何も知らない第三者として聞いていたら、まず真実として受け入れる事すらできなかっただろう。それ程までに、アルトリウスがしている事は異常なのだ。
「でも、ティオネ。アルトがここまで冒険してるのに、どうして…」
沈黙が流れる中、ティオナが口を開いた。アイズとティオネが視線を向ける中、ティオナは続けた。
「どうして、まだランクアップできないのかな?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ティオナ達と十七階層で遭遇した後、フィンからの伝言を聞いた俺は素直に黄昏の館へと帰った。正面の門を潜り、扉を開けて玄関の中に入った俺を出迎えたのは、腕組みして仁王立ちするリヴェリアだった。冷静沈着なはずのリヴェリアが額に青筋を立てている姿を見て、さすがにまずいと思った俺はその場で謝る…事はせず、回れ右して逃走を開始。…開始したのだが、いつの間にかフィンとガレスが背後に立っており逃走ならず。ロキ・ファミリアの重鎮三人に囲まれながら、俺はロキも待つ団長室へと連行された。
「さて、アルト。君は今の今までどこで、何をしていたのかな?」
「…もくひ「ここで君が口にできるのは真実だけだよ」…ダンジョンに潜ってました」
「なるほど。何階層まで下りたのかな?」
「十七階層です」
「ほう、十七階層か。…それで、誰と一緒にダンジョンに潜ったのかな?」
「…」
「…」
「…一人で、潜ってました」
静寂が流れる。ただただ、誰も喋らない。あのロキでさえも何も口を動かさない。その中で震える俺。
「アルト。昨日、僕が言った事を覚えてるかな?」
「…はい」
「そうか。復唱しなさい」
「『しばらく単独でダンジョンに潜る事を禁止する。ダンジョンに潜る時は必ず誰かに一緒に来てもらう事』」
「そうだね。僕は君にそう言った。…昨日の今日で破られるとは思わなかったよ」
そう言うフィンは笑みを浮かべていた。笑っていた。だが、目だけは笑っていなかった。約束を破った俺が全面的に悪いのは解っているけど、今すぐに逃げ出したい。どうせすぐ捕まるだろうけど。
「リヴェリア」
結局おとなしく説教を受けるしか道はないと悟る俺に、リヴェリアが歩み寄って来た。フィンの様に笑いながら怒っている訳じゃない。無表情なはずなのに、その目が慈愛に満ちているような気がした。
「最近お前は毎日、どこかに傷をつけて帰って来るな」
リヴェリアは手を伸ばすと、俺の頬を優しく撫でた。そこはゴライアスとの戦闘で付いた擦り傷があり、その傷に触れないようにしているが、リヴェリアがこの擦り傷の事を言っているのはすぐに解った。
「すぐに治療する。そこに座れ」
「いや、ただの掠り傷だから…」
いい、という言葉は口に出せなかった。その前に腕を引かれてソファの前に立たされると、肩を押されてソファに倒れ込む。倒れ込んだ俺の隣に腰を下ろしたリヴェリアは、頬の傷に手を近づけて回復魔法を使う。
「やれやれ…。まだ言いたい事はあるんだけどね」
「すまないな。だが、私に少し話をさせてくれ」
…話?リヴェリアが今、話をさせてくれって言った。誰と?フィンと?それともガレスか?ロキと話したいというのも…はい、現実逃避は止めます。俺とですね。俺と話したいんですね。あー…、逃げたい。甘んじて受けなければならないと解っていても、心の底から感情が湧くのだけは抑えられない。
「アルト」
リヴェリアに呼ばれ、恐る恐る顔をリヴェリアの方へと向ける。
「…リヴェリア?」
怒り心頭だろうと思っていたリヴェリアの表情は、悲し気に歪んでいた。思わず言葉に詰まるが、俺の目をじっと覗き込むリヴェリアの口が開いて、何か言われると思ったらその口は閉ざされた。
何を言い掛けているのだろうか。何度か同じ事を繰り返してから、リヴェリアはようやく声を発した。
「一つ、聞かせてほしい。お前は─────
何のために、強くなろうとする?」
唐突に投げ掛けられたその問いは、何故か胸に突き刺さった。
「毎日傷を付けながら一人で戦い続けて…、強くなりたいという気持ちは痛いほど伝わってくる。だが…、お前は何故強くなろうとする。理由は何だ?」
理由。
俺が強くなろうとする理由。それは─────何だ?
オッタルに勝ちたいから?…いや、違う。確かに今、力が欲しいのは正にそれが理由ではあるが、あいつに負けたのは最近の事。
俺は、どうして冒険者になったのか。冒険者になって、どうして強くなりたいと思ったのか。
富や名声が欲しかったから?違う。
爺ちゃんの姿に憧れたから?違う。
いつから俺は、強くなりたいと渇望するようになったんだろう。いや、そもそも強くなりたいと思う理由なんて考えて、何になる?こんな事をしていてもただ時間が過ぎていくだけ。それよりも、ダンジョンに潜るなり自分で鍛錬するなりしていた方が有意義じゃないのか。
そう、心が俺に語る。なのに、俺はその言葉を口にしてリヴェリアに伝える事が出来ない。
「…何の理由もなく、ただ力を求める。虚しいとは思わないか?アルト」
「…」
オッタルに負けたあの日から、胸の奥で黒い炎が燃え始めた。起きてる時も、寝ている時でさえも、力を求めろと語り掛ける黒い炎が。毎日ダンジョンに潜り、モンスターを屠り続けてステイタスを上げ、他の団員と模擬戦をして技術を高めて。だが俺は未だレベル2のまま。オッタルとの戦いはまだ良い。あんなものが偉業だなんて俺自身が認めない。だが、レベル4相当であるゴライアスを単独撃破したにも関わらず、俺はランクアップの資格を得られなかった。偉業を達成したと見做されなかった。
リヴェリアの言う通りなのかもしれない。俺が強くなるためにしてきた事全てはただ虚しいだけ。だからこそ俺は今、停滞したままなのか。
「少し、足を止めてもいいのではないか?そして、考えてほしい。これからお前がどうしていくのか。力を手に入れたその先に、何を求めるのかを」
結局俺はリヴェリアの問いかけに何も答える事はできなかった。
ただ、リヴェリアの言葉が、問いかけが頭から離れなかった。