恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
『少し、足を止めてもいいのではないか?そして、考えてほしい。これからお前がどうしていくのか。力を手に入れたその先に、何を求めるのかを』
リヴェリアの言葉を、何度も何度も頭の中で反芻する。昨日、話が終わって団長室を出て、部屋に戻ってからベッドで転がりながらリヴェリアの問いの答えを探し続けた。リヴェリアの悲し気な表情と共に、頭の中で夜の間ずっと繰り返し過ったせいでほとんど眠れなかった。すでに陽は高くまで昇っている。今日はいつもの朝の鍛錬を初めてさぼった。朝食もまだとっていない。そんな気にはなれなかった。
こんな気分は初めてだ。頭は何かをしたい、しなければと考えるのに、心がそれを拒んでいる。…何かこれ危なくないか?駄目人間になる奴の典型的な例と完全一致なんだが。とりあえず部屋からだけは出ておくべきか。
上体を起こし、両足を床に降ろして立ち上がる。両腕を上げながら大きく体を伸ばす。全身に酸素が行き渡る心地よい感覚を味わってから、窓から空を見上げる。今日も今日とてオラリオの天気は見事に晴れ渡っている。
うん、やっぱり外に出て散歩にでも行くか。外の空気を吸えば少しは気分も晴れるかもしれない。外も晴れてるしな。部屋から出て誰もいない廊下を歩く。
皆今頃どうしてるだろう。ダンジョンに潜ってモンスターを狩ってるか。それとも今日は休みにして遊びにでも行ってるか。そんな事を考えながら正門から出て街へと繰り出していく。北のメインストリートはいつもの事ながら多くの人達が歩き、商店街を賑わせている。ふとある店の窓に視線を向ければ、そこには二つの服を持った女性に何やら質問されて困惑気味の男性が。恋人同士だろうか、お熱い事で。
しかし、外に出たはいいがどこへ行くかは特に決まっていない。さてどこへ行こうか、考えながら右から左へ、ゆっくり視線を巡らせ、視界に入ったある物に目を留めた。オラリオを覆う城壁、その頂上の通路。度々魔法の練習をしに赴いたあの場所。あそこから見れる景色、あそこで感じる心地よい風。それらを思い出しながら今日の目的を決め、足を向けた。メインストリートを抜け、入り組んだ住宅街を抜け、辿り着いた城壁の上でオラリオの外の景色を見下ろしながら深呼吸をする。
「…何のため、か」
視線を外の景色の留めながら、何度も何度も思い返したリヴェリアの問いかけをもう一度思い返す。この景色を見て、柔らかな風を感じて、少しは気が安らいだのだろうか。
「解んねぇや、くそったれ」
一歩も前に進んでないにも拘らず、呟きと共に表に出てきたのは小さな笑いだった。
どれだけそうしたままでいただろう。立ったまま外の草原を見下ろしている内に強烈な眠気が襲い掛かって来た。瞼を開けるのも億劫に感じ、その場で仰向けに寝転ぶ。気が安らいだおかげなのか、目を瞑ってすぐに意識は薄くなり、あっさりと眠りに付く、その寸前。
「…」
こつり、と耳元で足音がした気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昔の自分と似ている。ここ最近のアルトリウスの様子を見て、アイズはそう感じていた。
強さを求めてただひたすらに突き進む。誰かが手を差し伸べてもとろうとしない。オラリオに、ロキ・ファミリアに入ったばかりの自分と本当に似ていると、アイズは感じていた。
(…いない)
食堂の席に腰を下ろし、周りを見回した。食堂にはいる時も確認したのだが、まだアルトリウスの姿が見えない。いつもは早めに食堂で朝食をとっているアルトリウスが、未だに来ていない事にアイズは懸念を覚える。
オッタルに襲われてからアルトリウスは少し変わった。それ以前からも他の団員よりも強さを求める姿勢は強かったが、それ以降は更に過激になった。
まだ、アルトリウスがオッタルに襲われてからまだ二週間ほどしか経っていない。だがその一週間でアルトリウスは二度、冒険を成し遂げていた。レベル4相当のモンスター、ゴライアスをアルトリウスはたった二週間の間で二度、単独で討伐した。それなのに、アルトリウスは未だレベル2のまま、ランクアップを果たせずにいる。オッタルとの戦闘から生き延びただけでも十分偉業と言えるのに、ゴライアスの単独討伐なんて、偉業以外の何物でもないのに。
「どうした、アイズ」
いつの間にか手は止まり、頭の中がアルトリウスの事で一杯になったその時、すぐ傍から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。我に返り、振り返るとそこにはこちらを見下ろすリヴェリアが立っていた。リヴェリアは見上げてくるアイズに微笑みかけてから、アイズの隣の席に腰を下ろした。
「何か心配事か?…まあ、大体想像はつくがな」
腰を下ろしたリヴェリアの微笑みに少々の苦みが加わる。アイズに向けられていた視線はテーブルに向かって落としている。
「できれば少し、傍にいてやりたいのだがな…」
リヴェリアが呟いたのは少ししてからの事だった。視線を落としたままのリヴェリアを見て、アイズはかつての自分を思い出す。
自分がファミリアに入ってばかりの頃は、いつもリヴェリアやフィン、ガレスの三人の内の誰かが近くにいた。だが今、あの頃よりもファミリアの規模はさらに拡大し、重鎮である三人は誰か一人に肩入れするという行動をできずにいる。時間が取れないというのもそうだが、あまり一人に肩入れして他の団員が不満に感じるという可能性もあるからだ。
「…なら、私がリヴェリアの代わりにアルトを見る」
「なに?」
その言葉は無意識に、自然にアイズの口から出てきたものだった。リヴェリアの目が見開き、その視線がアイズの方へ向けられる。
「アイズは随分、アルトの事を気にするな。何か、理由があるのか?」
「…理由」
不意に微笑みと共に投げ掛けられた問いかけに、アイズは俯いて考え込む。
アイズ自身、たった今リヴェリアに指摘されるまで自覚はなかった。だが、言われてみれば自分がここまで他人を気にするのは初めてではなかろうか。なにもファミリアの仲間達を全く気にしていない訳じゃない。自分を大きく育ててくれたリヴェリア達は勿論、いつも自分を気に掛けてくれるティオナとティオネ、素直じゃないが根は優しいベート、セクハラばかりするが時に優しさで自分を包んでくれるロキも、皆アイズは大切に思っている。
初めはただ興味本位のようなものだった。途轍もないスピードで成長していくアルトリウスを見て、何でそこまで強くなれるのか、強くいれるのか、その理由を知りたかった。なら、いつからだろうか。もっとアルトリウスと仲良くなりたいと思うようになり始めたのは。苦しんでいるアルトリウスを見て、心が痛むようになったのは。…解らない。でも、ただ一つ。リヴェリアの問いに対する答えはすぐ、アイズの頭の中で思い浮かんだ。
「アルトは家族、だから」
「っ…、そう、か。そうだな。家族だからな」
アイズの答えを聞き、一瞬息を呑んでからリヴェリアは再び微笑んだ。だがすぐ後にその微笑みはどこか悪戯っぽさを含んだものに変わる。
「だが、本当にそれだけか?」
「…どういう事?」
「いや?解らないのならそれでいいさ。まだ、アイズには早いという事だ」
「…」
からかわれてる。アイズはすぐにそう直感した。むっ、と唇を尖らせると両手でリヴェリアの肩を押した。リヴェリアの体が揺れると、彼女は目を丸くしてアイズを見てから、今度はアイズに背を向けてぷっ、と笑みを噴き出した。それを見たアイズの機嫌は更に下降。両手で拳を握ってリヴェリアの背中を叩く。
「くくっ…、いや、すまん。…それならアイズ、今日は頼めるか。アルトの事」
「…うん」
叩き続ける内、笑みを収めたリヴェリアがアイズの方へ振り返り、告げた。アイズも膨らませていた頬を戻して頷く。
「アルトにはしばらく休むように命令した。ダンジョンに潜ってはいないだろう」
立ち上がったアイズに、リヴェリアが言う。アイズはもう一度リヴェリアに向かって頷いてから食堂を出ると、すぐにアルトリウスを探す。まずアルトリウスの部屋に行ったが、ノックしても返事がなかった。部屋の中から気配を感じないため、もしかしたらすれ違いで食堂に行ってしまったのかもしれない。そう思って食堂に戻るも、アルトリウスの姿はない。ならばと館中を歩き回り、他の団員にアルトリウスを見ていないか聞き、それでもアルトリウスの行方はつかめず。
(…外に出た、のかな?)
もう一度アルトリウスの部屋の扉をノックするも返事はなく、どうやら館にはいないらしい。アイズは館から出て周りの庭や鍛錬上の中を探し始める。だがそれらのどこにも、いつも朝の鍛錬をしている館の裏にもアルトリウスの姿はない。
「どこに…っ」
ホーム内のどこにもいなそうだ。なら、一体どこに…呟いた直後、まだ探してないアルトリウスがいそうな場所を思い出した。アイズは正門から敷地を出て、メインストリートへと出る。頭の中に浮かんでいるのは、アルトリウスが襲撃される直前に二人でいたあの場所。
オラリオ城壁の上。アルトリウスが魔法の練習をしていた場所だ。アイズがその場所に、そこでアルトリウスを見かけたその場所で、アイズはアルトリウスの姿を見つけた。仰向けに倒れたアルトリウスの姿を。
「っ!」
慌てて転がるアルトリウスに駆け寄って顔を見る。特に顔色が悪いという訳でもない、耳を近づければ呼吸をする音も聞こえる。別に体調が悪かったり誰かに何かをされて倒れた、という事はない様だ。ただ眠っているだけらしい。アイズは小さく安堵の息を吐く。
アルトリウスは何を思ってここに来たのだろう。考えながら腰を下ろす。少しの間、城壁の外の景色を眺めてから視線をアルトリウスの寝顔へ移す。安らかな寝息をたてながら、柔らかな表情で眠っている。
(アルトって、寝てる時こんな顔するんだ)
その柔らかい表情が珍しく思え、同時にアルトリウスの新たな一面を垣間見たような気がする。戦ってる時は勿論、普段自分達の前にいる時にも見た事がないその表情を見て、何故か解らないが何となく得したような気持ちになった。笑みを零したアイズは指先でそっとアルトリウスの額に触れ、前髪を優しく撫でる。最近はずっと、深刻な表情ばかりしていた。だから、アルトリウスが眠っている時とはいえ柔らかい表情をしている事に安堵する。
「…起こさない方が良いよね」
こんな太陽が出ている時間に、それもこんな所で寝ているのだ。アルトリウスの体に溜まってる疲労は相当なのだろう。寝るなら部屋のベッドで寝るべきだとアルトリウスの体を許そうと伸ばした手を引っ込める。こんなに気持ちよさそうに眠っているのだ、起こすべきじゃない。
風が吹き、アイズの前髪を揺らす。オラリオの天候は年を通して穏やかで、今日の天気は正にそれを象徴しているようなものだ。その中でアイズはふと、自分も寝てしまおうかと一瞬考える。だがそれよりも、アルトリウスの貴重な寝顔を見ていたいという気持ちもある。
「…そうだ」
アルトリウスを起こすという選択は除外し、これからどうするかを考える。その内にふと、過去に自分がしてもらったある事を思い出した。とても温かくて、普通に寝るより心地よかったある事を。
アイズは早速、それを実行に移すのだった。
ある事とは一体…!?(すっとぼけ)