恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
何がどうしてどうなって、俺は今こんな状況に陥っているのだろう。
昨日から夜も通してずっと寝られず、朝になっても食欲が湧かず朝食もとらず、ダンジョン禁止令も出されたせいでする事がないから仕方なく散歩に出て、それから─────そうだ。オラリオの城壁の上で外の景色を眺めてたら眠くなってきて、それで俺は寝た…のか。寝れたのか。そこまではいい。
だが、俺がここに来たときは間違いなく一人だったはずだ。俺が眠りに落ちた時も一人だったはずだ。…いや、待てよ?眠りに落ちる寸前、足音を聞いたような聞かなかったような…。いやいや、問題はそこじゃない。別に俺の他に誰かがいたって構わない。問題は、そのほかの誰かに俺が…、
膝枕されてるって事だ。本当にどうしてこうなった。
「…何してんの、お前」
頭の後ろに感じる柔らかい感触を感じながら目を覚ました俺は、ゆっくりと瞼を開け、視界の上に見える顔を見つめながら問いかけた。その誰かは眠っていた俺の顔を眺めていたのだろうか、瞼を開けてすぐに目が合った。
「アルトの寝顔を見てた」
「うん、聞き方が悪かった。…何でここにいるんだ、アイズ」
俺を膝枕した誰か…アイズは、俺の目を少しも逸らす事なく見つめながら抑揚のない声で俺の問いかけに答える。いや、それは解ってるんだけどね?そうじゃないだろ?という事で改めて問い直す。
「…リヴェリアに言われたから。アルトを頼むって」
「なんだそりゃ…」
どうやら俺の監視を頼まれたらしいのだが、答える前の小さな間は何なんだ。
もしかして、何も言わずに出掛けた事を怒ってたりするのだろうか?いや、さすがにそれは…俺そこまで子供じゃないし。…いや子供だけども。
帰ったら説教かなー、嫌だなー。
「…んっ」
「あ、悪い。すぐにどく」
苦笑を浮かべながらすっ、と頭を動かしてそっぽを向く。俺の髪がくすぐったかったのか、アイズが小さく身を捩った事で今の俺の体勢というものを思い出し、すぐに体を起こす。そうだった。俺はアイズに膝枕をされていたんだった。
頭をどかし、アイズの隣で胡坐をかいて空を見上げる。まだ空は青い、が、太陽のある角度を見て目を見開く。ずいぶんと長い間寝ていたようで、心なしか寝不足で重かった体が軽くなった気がする。
「…ダンジョン行くの禁止って言われたの?」
「っ…」
「リヴェリアが言ってた」
胡坐をかいて体が向いてる方向、城壁の外の景色を眺めていると不意に、アイズがこちらを見て問いかけてきた。まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、忘れていた…いや、忘れようとしていた、の方が正しいのかもしれない。ここに来た理由、ここで眠りに落ちた理由も全て思い出した。
「またその顔」
「…またって何だよ」
「…最近アルト、いつもその顔してるから」
「その顔って、どんな顔だよ」
笑いながら…、俺は笑ってるつもりでアイズに言い返す。でも、上手く笑えていないようで、アイズの表情が明らかに曇った。そんな顔をされるほどひどい顔をしてるつもりはないんだけど…。
「アルト、何か悩んでる」
不意に、あっさりと、俺の中の葛藤をアイズに見抜かれた。
「…お前さ、いつも鈍い癖に変な所で鋭いよな」
「…」
正直、あまり追及されたくない。そう思いながら、少しでもアイズの意識を逸らそうと、揶揄いの言葉をかけるが全く通用しない。アイズは視線を逸らす事なく、俺の目を見据え続けている。
一つ、溜め息を吐いてから観念して、話す事にした。
「リヴェリアに聞かれたんだよ。お前は何のために強くなろうとするんだ、って」
「何の、ため?」
両手を背後で地面に突き、空を仰いで、昨日のリヴェリアの顔を思い出しながらその問いかけを復唱する。アイズが視界の端で、首を傾げたのが見えた。
「俺、ずっと強くなりたいって思って戦ってきたけど…、強くなってどうするのかって事は全く考えてなかった。それを昨日、リヴェリアに指摘されて…」
「…」
「『何の理由もなく、ただ力を求める。虚しいとは思わないか?』だと。リヴェリアの言う通りさ。俺が今までしてきた事はただ虚しいだけだった。だから俺は今、停滞してるのさ」
どれだけ冒険しても器の昇華、ランクアップが許されないのはきっと、俺の強さが何の中身もない虚しい強さだからなのかもしれない。リヴェリアに問われて、そう思うようになった。
「戦う…、強くなりたいと思う理由…」
ふとアイズの方に視線を戻してみると、アイズは両膝を両腕に抱え、俯いて俺がリヴェリアに聞かれた事を繰り返し呟いていた。そういえば、アイズもかなり強さに固執しているというか、リヴェリア曰く無茶の度合いが俺と並ぶ程、らしいのだが、アイズがそこまで強さを求める理由は何なのだろう。
「アイズは?」
「え…」
「強くなりたい理由。いや、言いたくないなら言わないでいいけど」
目を丸くしてアイズがこちらを向く。もしかして、答えたくないのかもしれないと思い、慌てて言いたくないのならそれでいいとフォローを入れておく。アイズの答えを聞けば、何かヒントになるかもしれないと思い聞いてはみたが、勿論無理強いするつもりはない。それに、この問題は俺自身が解決しなきゃいけない事なのだから。
沈黙が流れる。アイズは俯いたまま何も言わない。やはり、聞かない方が良かったのかもしれない。そう思い、さっきの質問を取り消すために口を開こうとした。
「………ない」
「?」
微かに、アイズが何かを呟いた。だがその言葉の意味が、俺には解らなかった。
アイズにそれを聞こうとして…、口を閉じた。アイズの横顔が、何故か寂しそうに見えた。これ以上踏み込むべきじゃない、そう直感した。
だがその直後、アイズは再び口を開いた。
「追いつきたい人が…、辿り着きたい場所があるから」
顔を上げ、真っ直ぐ正面を見据えながらアイズはそう言った。さっきまでの悲し気な雰囲気とは違う、決意に満ちた横顔が眩しく見えた。そして同時に、羨ましく思えた。明確な目標があって、そこに真っ直ぐ向かっていける。今の俺にはできない事。
でも…
風に流れかけたさっきのアイズの呟きを思い出す。
「私の英雄はいない」
「え…」
踏み込むべきじゃない、そう思ってた。コロコロ変わる考えに自分で自分に戸惑いを覚えながらも、俺はアイズの呟きを復唱した。正面を見据えていたアイズの顔が、勢いよくこちらを向く。
「聞こえてたの…?」
「意味は解んないけどな」
頷きながら問いかけに答えると、アイズが気まずそうに視線を逸らす。
「…」
「…」
こちらを見ないアイズを見つめる。やはり、聞かれたくなかったのだろう。
聞いてないフリをして聞き流す事も出来た。それでも、何故か放っておくことができなかった。
それは、きっと──────
「俺がなるよ」
「え─────」
「俺が、アイズの英雄になる」
その言葉は無意識に、自然と俺の口から出てきた。正直、自分でも驚いてる。でも、同時に確信があった。
俺が求めていた答えは、これなのだ、と。
「…」
「…っ」
答えを見つけた。その達成感に浸る間もなく、目を見開いてこちらを見つめるアイズの視線を交える内にふと思う。
俺今、とんでもなく恥ずかしい事を言ったんじゃないか?
お前の英雄になるって…、え、何だこれ。何そのくっさい台詞。こんなの物語に出てくるイケメン英雄主人公にしか許されないだろ。うっわ恥ずかし。待って、待ってくれ。やり直し。やり直しを所望する。ノーカウント、ノーカウント!
今までとは違った意味で混乱する思考。そんな俺の挙動は大分おかしくなっていたようで、こちらを見つめていたアイズがくすりと微笑んだ。
「…何だよ」
「ううん。…でも、まだアルト、レベル2だよ?」
「うっせ。すぐにお前なんか追い抜くさ」
アイズからは照れ隠しにしか見えていないのだろう。笑ったアイズを軽く睨むが微笑みは変わらず。アイズは笑った理由は話さず、俺に現実を突きつけてくれた。すぐにアイズに言い返してから、ゆっくりと立ち上がる。
「さて、と…。確か、今日はステイタス更新できる日だよな」
「…ダンジョンに潜るのは駄目だよ?」
両手を腰に当てぐるぐると腰を回しながら、呟く。その呟きはアイズの耳に届いたようで、横目でこちらを見ながら釘を刺してきた。
「潜んないって。…さすがにリヴェリア火山が噴火する」
元より今日はダンジョンに潜るつもりはない。先程昼寝をしたとはいえ、しっかり夜に睡眠をとれていない以上、それなりに疲労は溜まっているだろう。…それに、ここでダンジョンに潜り、そしてそれがリヴェリアの耳に伝われば説教どころじゃ済まないだろうし。
ぐぅ~
「…」
「…お腹空いたの?」
「…空いた」
リヴェリアが怒り狂う所を想像し、思わず身震いした瞬間、俺の腹が鳴った。
そういえば、朝食抜いたから今日はまだ何も食べてないんだった。そりゃ腹鳴るよな。現に自覚した途端、空腹で腹の中が熱い感覚するし。
「アイズ?」
右手で腹を抑え、ホームに帰って飯を食うかそれとも近くの適当な店に入るか考えていた。するとアイズが、左手の袖を掴み、くいくいと引っ張って来た。
「私も、お昼ご飯まだだから。一緒に食べにいこ」
袖を掴んだまま立ち上がったアイズはそう言うと、俺の腕を引いて歩き出した。
「一緒にって…。どこで食べるんだよ」
「…アルトはどこで食べたい?」
「おい、質問に質問で返すんじゃない」
「アルトはどこで食べたい?」
「困ったらひたすら言葉を繰り返すのやめろっ」
軽く言い争いをしながら二人で城壁を下りる。答えが見つかり、有意義な時間になったはずなのに、こいつといるとどうも最後が締まらないというか。
あ、ちなみに飯はホームの食堂で食べる事になりました。食堂に着く間ずっと俺の腹は鳴りっぱなしだったよ。途中から俺の腹の音を聞いたアイズに笑われたよ。軽くイラッと来て、公衆の面前で頬の引っ張り合いになったのはちょっとした思い出となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ほいアイズたん。ステイタス更新終わったで」
脱いでいた服を着てから、ロキから差し出された羊皮紙を受け取る。そこに書かれたステイタス熟練度を眺める。
アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv.4
力:D508→D513
耐久:E491→E498
器用:A801→A803
敏捷:B786→B792
魔力:A805→A808
狩人:H
耐異常:G
剣士:I
まだステイタスの伸び方は以前の程度を保っている。だが、これまでの傾向を考えるとそろそろ頭打ちが来てもおかしくない。羊皮紙に書かれたステイタスを見つめながら、アイズはそう考える。
まだステイタスも伸びているため、もう少しレベル4のままでいたいが…。そろそろランクアップを視野に入れるべきなのかもしれない。
「…アイズたん、何か良い事あったん?」
「…何で?」
羊皮紙をじっと眺めていると、ロキが突然そんな事を聞いてきた。アイズは羊皮紙から視線を外し、ロキへ振り向いてから問いに問いを返す。
直後、アルトリウスに質問に質問で返すなと言われたな、と今日の出来事を不意に思い出した。
「だってアイズたん、最近はステイタス更新するといつも顰め面ばっかするんやもん。せやけど今日はなんか機嫌良さそうやし。今やってわろてるし」
「え…」
ロキに言われた初めて自覚する。今、自分は笑っている。どうして…?
いや、自分でも解っている。楽しいからだ。アルトリウスと過ごした今日が、楽しかったからだ。思い出すだけで、笑みが零れるほどに。
それに、きっと──────
「アルトが、ね…」
城壁の上で言ってくれたアルトリウスの言葉を思い出す。
それだけで、胸の奥が温かくて、ポカポカして。
「私の英雄になってやるって…、そう、言ってくれたの」
「…」
ロキの目が一瞬、大きく見開かれ…、アイズの笑顔を見てつられたようにロキも笑みを浮かべた。
「そっか…、アルトがそんな事を…」
そのロキの笑顔はいつものセクハラ地味た厭らしいものではなく、純粋で、子供の成長を喜ぶ親のような、そんな笑顔だった。
が、何故かその顔はすぐに悔し気な表情へと変わる。
「アルトめ…。うちのアイズたんによくもまぁそんな事を…!」
「別に私はロキのじゃない」
「渡さんで!アイズたんはうちのや!どっかの馬の骨に渡さんでぇぇぇぇぇ…っぶ!!!」
いつものセクハラ親父に戻り、叫びながら飛び掛かって来たロキをひらりとかわし、背後から聞こえる衝突音と悲鳴を無視して服を着る。
「あ、アイズたぁ~ん…」
ぽんぽんと服の皺を伸ばした後、もう用はないと部屋を出るアイズ。背後から聞こえてくる弱弱しく自分を呼ぶ声は勿論無視。ここで構えばまた絡まれて時間が掛かる事を、アイズは知っている。
「アイズ?何だ、先に来てたのか」
「アルト?」
扉を閉め、先程のロキの様子を思い出して溜め息を吐くアイズを呼んだのは、今丁度来た様子のアルトリウスだった。
「アルトもステイタス更新?」
アイズが問いかけるとアルトリウスは頷いてその通りだと肯定する。
「…今は止めといた方が良いと思う」
「?何で?」
「…」
再び先程のロキの様子を思い返す。…今、アルトリウスがロキの前に現れたらとんでもなく大騒ぎするのではなかろうか。そう思って忠告するが、アルトリウスはただ首を傾げるだけ。理由を問われるが…、先程のロキとの会話を話さなければ理由を伝える事が出来ない。だが、ロキとの会話の内容をアルトリウスに伝えるのはどうにも恥ずかしい。
アイズは口を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。
「…?他の人来るから、俺も入るぞ?」
「…うん」
アイズは諦めた。
今度は素直に通したアイズに再びアルトリウスが首を傾げるが、その事について問う事なく扉をノックしてロキの部屋へと入っていった。
扉が閉まる、その直後の事だった。
「アァァルゥゥトォォォォオオオオオオオオ!!!」
ロキの怨嗟の叫びが扉の向こうから聞こえてきた。アルトリウスの狼狽する声も聞こえてくる。きっと、アルトリウスは訳も解らず混乱しているだろう。心の中で謝ってからその場から離れる。
アルトリウスのステイタスはどうなってるだろう。今度はランクアップ出来ていたらいいな。
ロキの叫びが館中に響き渡ったのは、そう思いながらアイズが自室へと入ったその直後の事だった。