恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
夢を見た。あの日から毎日見ている、嫌な夢。あの地獄の光景。皆が死んだ、何もかもが燃やされた、残っていたのは爺ちゃんが持っていた二本の剣だけ。
そうだ、剣。剣は無事だろうか。ちゃんと守れただろうか。正直、俺がこの剣を持つのに相応しくないというあの言葉は、正しいと思う。ただ、だからといってこの剣があいつらに相応しいとは思わない。持ち上がった意識が覚醒し、ようやく目を開く。
そこには見慣れた木目の天井…ではなく、真っ白な汚れ一つない、知らない天井があった。
というより、ここはどこだ。あまり記憶がはっきりしないが、俺はあの路地裏で気を失ったのだろう。
「…あっ」
口から声が漏れる。俺の目の前にあったのは、俺が寝ていたベッドに立て掛けられた二本の剣。慌てて体を起こし、それを手に持つ。
間違いない、爺ちゃんの剣だ。あいつらに奪われずに済んだんだ。
安堵の息を吐いて、改めて周りを見回してみる。
どこかの宿、だろうか。しかし、それにしては随分と部屋が立派な気もする。
木でできたデスクと椅子、その横には箪笥とクローゼット。勿論、これくらいの設備を揃えた宿もあるのだろうが、オラリオに辿り着くまでに俺が泊まって来た宿とは天と地ほどの差だ。
どれくらい金をとられるだろう。手持ちは少ないからここへ俺を連れてきた人に全部払ってほしい。
「…そうか。助けてもらった、のか」
ここで理解する。俺は、誰かに救ってもらったのだ。惨めにもあの男達に負け、全てを奪われようとした所を、誰かに救ってもらったのだ。自分の力で守り抜いたのではなく、誰かが──────
ならば、お礼を言わなくては。そしてついでに、ここの宿の代金も払ってもらおう。
ここに泊まっているのだろうか?まあ、怪我人を運んできた人くらい、受付の人が覚えているだろう。考えながら部屋の外に出ようとして気付く。この扉、鍵がついていない。
おい、どういう事だ。こんな立派な設備をしているのに、何で扉に鍵がついていないんだ。欠陥じゃないか。おかしいだろ、一番大事な事忘れてるぞ。俺が泊まってたボロ宿でもそこはしっかりしていたぞ。これじゃ部屋に私物を置いたままじゃ出れないじゃないか。
ともかく、このまま剣を置いたままじゃ部屋を出れない。持って行こうと、剣が立ててある方へと足を向ける。
「ん?」
そこで、扉が開く音が聞こえた。立ち止まって振り返る。
「…」
「…起きた?」
最初に目に付いたのは、美しく揺れる長い金の髪。こちらを見上げる金の瞳に吸い込まれそうになる。
美しい、その一言でしか形容できない少女がそこに立っていた。
じゃ、ない。この人は誰だ?起きた、とは何だ?
…もしかしたら、この人が。
「待ってて。今、フィン達を呼んでくる」
「え、あ。ちょっと待っ…」
あなたが俺を助けてくれた人ですか、と聞く前に少女が去っていく。
フィン、とは誰なのか。達、という事は他にも誰かここに来るのだろうか。そして何よりも、あの少女が俺を助けてくれた人なのか。
頭の中でグルグルと回る多くの疑問に悶々としながらベッドに座って待つこと十分。
再び扉が開く音がし、目を向ければ先程の少女、と、他数名。少女を先頭に部屋の中へ入ってくる。
入ってきたのは五人、そのうち一人は言わずもがな、初めに入ってきた少女だ。
他に無造作に髭を伸ばした筋骨隆々のドワーフの男、長い翠の髪を下ろした美しいエルフの女性。その二人の間には明らかに子供としか思えない、しかしこちらを見るその目はどうしてもこちらよりも年下とは思えない男性。恐らく、
「おい、今何か失礼な事考えたやろ」
心が読まれた…だと?
乏しい赤髪の女性(?)がこちらに詰め寄ってくる。
「神に嘘は通じひん。堪忍しぃや」
「か…み…?」
かみ…、紙?あ、解りました。解りましたから睨むのをやめてください。
「いたっ…、何すんねんリヴェリア。ちぃとこん坊主には神に対する礼儀っちゅうもんを教えとかな…」
「何を言っている…。それよりも、私達には聞かなければならない事があるだろう」
おぉ、綺麗な方の女性が助けてくれた。ぶっちゃけ、この人の方が神って感じが…、すみません、睨まないで。
「聞かなければいけない…?スリーサイズ?」
「んな訳ないやろ!!」
ならよかった、安心した。まさかこんなに大勢で押しかけて、まさかの聞きたい事が俺のスリーサイズって引くわ。ぶっちゃけ質問に答えずに逃げるわそんなの。
「あなたの名前は?」
「え?」
さっきからツッコみ続け、息が切れている自称神様と、そんな自称神様を苦笑を浮かべながらリヴェリアと呼ばれていた女性と小人族の男性、ドワーフの男性が眺めている中、会話中ずっとこちらを見つめていた少女が口を開いた。
「…そうだね。まず、こっちが質問する前に自己紹介をしようか」
小人族の男性はそう言うと、右手を胸に開けて続ける。
「僕の名前はフィン・ディムナ。ここ、ロキ・ファミリアの団長をやっている」
…フィン・ディムナ?ロキ・ファミリア?何かそれ、聞いた事があるっていうかぶっちゃけこの世界に知らない人なんかいるのってレベルのあれなんだけど。き、聞き間違いかな。
「私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリアの副団長だ」
あるぇ?またロキ・ファミリア?ていうか、リヴェリア・リヨス・アールヴってまーた有名人の名前が…。
「今度は儂じゃな。ガレス・ランドロックじゃ」
…もう、解った、ここがどこなのか。どうしてあのオラリオ最大派閥、ロキファミリアの重鎮達がここにいるのか。
ここは宿屋なんかじゃない。
「アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしく」
「そんで、うちがロキや!自称ちゃうで?」
ここは…、ロキ・ファミリアの本部、黄昏の館だ。
「えっと…。アルトリウス・レイン、です。よろしくお願いします」
色々と驚き過ぎて、あの後ベッドに倒れこんだ。どうやらあの時の怪我はリヴェリアさんが治してくれたらしく、倒れた俺を見てまだ治療していない箇所があったのかと慌てていた。
ごめんなさい、ただ混乱しただけです。というか、察してください。目が覚めたらそこはロキ・ファミリアの本部で、しかも目の前にファミリア重鎮勢揃いって一般人の心臓に悪すぎです。
とにかく、気を落ち着かせ、今度は俺が自己紹介をする番だ。といっても、名前を言って終わりなのだが。
「アルトリウス…。うん、良い名だ。よろしくね」
フィンさんがそう言って俺の名前を褒めてくれた。名前を褒められて悪い気はしないが、どこか気恥ずかしさを感じる。込み上げる感情を隠すために、視線を下へ向ける。
「…それで、聞きたい事って何ですか?まさか、怪我はもう大丈夫かって聞きに来ただけ…じゃ、ないですよね」
「あぁ、せや。あんたのせいで、目的忘れるとこやったわ」
人のせいにしないで。
「覚えとるか?昨日の事」
「昨日…か、どうかは解りませんが、冒険者に襲われた事なら覚えてますよ」
ロキ様曰く、どうやら冒険者達に襲われたのは昨日らしい。つまり、一日ずっと気を失っていた訳だ。道理で体が軽い。…いや、体が軽いのは寝てたからじゃなく、リヴェリアさんの治療のおかげ?まあ、今は置いておこう。
「そういえば、あの時助けてくれたのは…」
「それなら、ここにいるアイズたんや。全く…、折角のアイズたんとのデートを邪魔しよって…」
デート…?何だそれ。
それよりも、俺を助けてくれたのはこの金髪の少女らしい。
その時の事を全く見ていないため、らしい、としか言えないのだが…、神様が、ロキ・ファミリアの人が嘘を吐くとも思えない。
「君が…。あの時はありがとう。おかげで、あの剣があいつらに渡らずに済んだ」
「うん…、どう致しまして」
助けてくれたお礼を言って、頭を下げる。
「その剣の事なんだけどね?アルトリウス君」
アイズさんの返事を聞いて、頭を上げる俺に話しかけるフィンさん。
「あの剣、どこで手に入れたのかな?」
フィンさんは俺を見上げながら、そんな事を聞いてきた。
何が聞きたいのかと思えば、剣をどこで手に入れたかって…。そんなの、
「…」
なんて答えればいいのか、解らない。あの剣を持っている経緯、話すと長くなるし、正直出会ったばかりの人に話したいとは思わない。俯いて逡巡する俺に、フィンさんが続けた。
「あの剣は、僕達の友が持っていた剣なんだ。…もし、君が正しくない方法であの剣を手に入れたんだとしたら」
「…友?爺ちゃんを、知っているんですか?」
後半の言葉はほとんど聞こえていなかった。フィンさんの口から出てきた友という一言。
「爺ちゃん…?」
「…あん爺いつの間に孫なんて拵えとったん?オラリオにいる間、結婚すらしとらんかったっちゅうに」
フィンさんが目を丸くし、ロキ様が口元に手を当てながらぶつぶつと何か呟いている。
見れば、リヴェリアさんとガレスさんも目を見開いて驚いているようにも見える。
ただ一人、アイズさんだけが首を傾げて、何の話か解っていない様子。
俺も、爺ちゃんを知っている風の彼らを前にどうしたらいいか解らないでいる中、リヴェリアさんが問いかけてきた。
「アルトリウス。君の爺ちゃんという人は、シリウス・キルヴェストルという名ではないか?」
「はい、そうですけど…。やっぱり、爺ちゃんを知ってるんですね」
シリウス・キルヴェストル、それは、俺を十二年間育ててくれた恩人の名だ。
「にしちゃ、姓が違うのぅ」
「あぁ、それなら俺と爺ちゃんには血の繋がりがありませんから。俺の名前も、姓も爺ちゃんがくれたものです」
ガレスさんが髭を撫でながら口にした疑問に答えを与える。ちなみに、俺のレインという姓は、俺を拾った日は雨が降っていたから、という単純な理由から付けられてたりする。
「…そうか。すまない、嫌な事を聞いてしまった」
「いえ。血の繋がりがなくても、爺ちゃんは家族で…親でもありましたから。気にした事はありません」
「親?」
「はい。何か、生まれてすぐに両親が俺を捨てたらしくて」
俺を生んだ母親と父親の顔を俺は知らない。家族は、親は爺ちゃんだけだった。
「…本当にすまん」
何か部屋の空気がかなり重苦しくなった。ガレスさんが頭を下げて謝って来た。
慌てて気にしていない事を伝えて、頭を上げてもらう。
「じゃあ、この剣はシリウスからもらったモンなんやな?」
「…もらった、とは、違うかもしれません。でも、盗んだとかじゃないのは誓います」
この人達の懸念は当然の事かもしれない。俺だって、友人が持っていた物が知らない間に誰かの物になっていたら、まず警戒するのは盗まれた事だろうから。だが、誓って俺はこの剣を盗んじゃいない。
「そうか…。なら安心した。その剣、大事にするんだよ」
どうやら信じてもらえたらしい。フィンさんが微笑みながらそう言ってくれた。
「しかし、シリウスが親、か…。あいつが子育てするなんて、想像もできんが」
「ま、冒険者引退してから少しは丸くなったんじゃろ」
リヴェリアさんとガレスさんが、笑いながら爺ちゃんの話をしている。ロキ様とフィンさんも、笑みを浮かべてその話を聞いている。他にもこの街に、この人達と同じように爺ちゃんを知っている人が、友人だった人がいるかもしれない。
そう思うと、胸が暖かくなる。
「せや、シリウスは今でも元気にしとるんか。というかあんた、ここに来る前はどこに住んでたん?」
だがその暖かさは、一瞬で冷たさに変わった。
「…死にました」
「…は?」
「死にました。…大勢の人達と一緒に、俺を守るために」
ロキ達のシリウスに対する印象は、負け知らずだ。モンスターを笑いながら屠り、今ではオラリオ最強と言われる【
だが、目の前のシリウスの子という少年は、シリウスは死んだと言った。
「死んだ…って。シリウスがか?」
「…」
常に冷静なリヴェリアが、狼狽えながら問いかける。シリウスの子、アルトリウスは何も言わず、口を開かぬままただ頷いた。
「…まだ寿命って年齢じゃないはずやろ。モンスターにやられたんか?」
「…」
今度はロキが問いかける、だが、アルトリウスは何も答えない。
神であるロキは、アルトリウスの胸の内を感じ取る。この事についてはもう、話したくない、と。
こちらとしては、どうしても知りたくはあった。特に、シリウスに憧れ、目標としていたフィン達はロキ以上にシリウスの死について知りたいと感じているだろう。
それでもロキは思う。もう、この事をアルトリウスに聞いてはいけない、と。
ここでこれ以上この話を続ければ、アルトリウスがこの手から離れていく。そう予感した。
「…なあ、アルトリウス。あんた、これからどうする気や?」
「…?」
「何があったのかは知らんけど…、もう頼れる人とかおらへんから、オラリオに来たんやろ?」
ロキの方に向いていたアルトリウスの視線が下へ移る。
この子は一人なのだ。そこにいる、アイズがファミリアに入る前の時と同じ。頼れる人は誰もいない。オラリオに来るしかなかったのだ。
「アルトリウス。もし、これからどうするか決めてないんやったら…
うちのファミリアに入らんか?」
ロキは手を差し伸べる。かつて、世界最強と言われた男の忘れ形見に。
主人公の名前と、少し過去が明らかになりました。
そして、ロキがアルトリウスをファミリアに誘う…、返事は如何に!?(知ってる)
アルトリウスの苗字を考える際、レインという案が出る前にペンドラゴンが頭の中に浮かんできたのは秘密。