恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
ぱたん、と読み終えた本を閉じる。糸で装丁された冊子から離した手で眉間を軽く揉みながらふと窓の外を見ると、すでに外は僅かに地平線から見える太陽が辺りを照らし始めていた。次のページで、いや次のページでと読み進めていく内にいつの間にか朝になってしまったらしい。また目の下に隈ができるのだろうな、と苦く思いながらリヴェリアは溜め息を吐き、椅子を引いて立ち上がる。
今まで読んできた本には、リヴェリアが求めている物はなかった。オラリオのみならず、この世界の歴史について書かれた本を探し、読み始めてからもう二年。ロキが隠しているアルトリウスについての何かを知ろうとしてから二年だ。ファミリア幹部としての仕事の合間は現在から過去まで、発現された魔法やスキルについて綴られた本を読み何かないかと探し続けた。だが調査は進展せず、何か僅かでも糸口がないかと歴史本にも手を伸ばした。それでも何も見つからなかった。
そう、何もなかったのだ。あのロキの様子を見る限り、過去にアルトリウスと同じスキルか魔法か、いずれかを発現させた人物がいたのは間違いないはずだ。それなのに、リヴェリアは何も見つけられなかった。
しかし今日、このまま調べてみても埒が明かないと考えたリヴェリアは、気分転換も兼ねてあるお伽噺が描かれた本を手に取った。何故突然お伽噺なんて、と問われればリヴェリアは解らない、と答えるだろう。ともかく、歴史書も魔法書もダメ、ならお伽噺ならどうだという苦しい消去法で読んだその物語は、まあよくあるお伽噺だった。とある国の王様が国民を守るために様々な怪物を打倒していく話。ただ一つ、衝撃を受けたのは最後に王様が治める国が滅びるという結末を迎えた事。そしてもう一つ、異常にページ数が多かったという事だ。おかげで風呂から上がってから朝になるまで読み耽ってしまった。
だが…、その甲斐はあった。と思いたい。
リヴェリアはベッドの布団に体を潜らせ目を閉じる。さすがに疲れてるのだろう、ベッドに潜ってすぐに規則正しい寝息を立てていた。
ベッドの脇にある机の上にはリヴェリアが読んでいた本が置かれている。その表紙には、『ログリア王国と悪神』と書かれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あれ?リヴェリアは?」
不意にティオナが声を上げたのは食事の最中、フィンとガレスがこちらに挨拶をしながら俺達の座る席の近くに腰を下ろした時だった。いつものアイズとの朝の鍛錬を終え、レフィーヤやヒリュテ姉妹と合流し、いつも通りの傍から見ればハーレム状態で朝食を食べていた。その途中でフィンとガレスが食堂に入って来たのだが、いつもならそこにもう一人リヴェリアもいるはずなのに今日は彼女の姿が見えない。
ティオナの疑問を受けたフィンとガレスは席に着いてから苦笑を浮かべ、口を開く。
「どうやら、まだ寝ているみたいだよ」
そのフィンの言葉に俺達全員が目を見開いて驚きを顕わにする。。特にレフィーヤは口もあんぐりと開けて呆けていた。レフィーヤ達エルフの女性にとってリヴェリアは憧れの的だ。そのリヴェリアが寝坊したと聞けば驚くのも無理はない。それ以前に、エルフでなくても普段のリヴェリアを知るロキファミリアの団員であれば驚くのは当たり前なのだが。
「珍しいな。夜更かしでもしてたのかな」
こう言うとフィンとガレスがこちらに視線を向けてきた。そして呆れたかのように二人は同時に溜め息を吐いた。何故だ、解せぬ。
「おい、言いたい事があるのならはっきり言ってもらおうか」
何で二人は掌で額を抑えてるんだ。何で二人はこっちをチラ見してからまた溜め息を吐いたんだ。意味がさっぱり解らん。
「それより、君達は今日はどうする予定なんだい?昨日までアルトの手伝いでダンジョンに潜ってたみたいだけど」
もうこれ以上リヴェリアについて語るつもりはないのか、フィンは話題を変えて俺達に今日の予定について聞いてきた。フィンとガレスの様子を見る限りそこまで心配はいらなそうだが、こんな事初めてなためどうしても気になってしまう。
「私達は今日は休みにしてアイズとレフィーヤも一緒に街で買い物でもしようかなと思ってるんです!団長もご一緒にどうですか?」
フィンの問いに真っ先に答えたのはティオネ。ティオネは頬を染めながらフィンに寄り添いアタックを仕掛ける。アタックされてる方は頬を引き攣らせ、全く効果がない様子だが。
「はぁ~…。アルトは?今日はどうするの?」
パンを齧って咀嚼する中、フィンにさらに詰め寄っているティオネに呆れの視線を向けていたティオナが、不意にこちらを向いて問いかけてきた。え、何これ。俺も答えなきゃいけないやつ?どうしよう。今日は特に何もする事なくのんびりする予定だったんだけど、それを正直に言ったらティオナ達に一緒に来ないかって誘われる…よな。それはちょっと嫌だぞ。
以前、一度だけその誘いに乗って女性陣の買い物に付き合った事があるのだが、ハッキリ言ってもう御免だというのが正直な感想だ。話についてけず、一緒にいるはずなのに一人省かれてるようなあの感覚。買った荷物は全部持たされ、まるで従者になったかのようなあの屈辱。女性達の買い物のため、まず男は行かない店に入るために注がれる奇異の視線。うん、嫌だ、行きたくない。
しかしどう答えれば誘われずに済むだろうか。用事がある、と答えれば引いてくれるかもしれないがどんな用事かと問われればアウト。すぐに何かをでっち上げるとか俺には無理。あれこれ詰んでる?いやまだだ!まだ諦める時間じゃない!
「もし用事とかなかったらアルトも一緒に行こうよ!」
「」
なん…だと…。答える前に誘われるというパターンは予期してなかった。これはまずい。このままではあの男禁制のお花畑に引きずり込まれてしまう。何とかしなければ。
思考をフル回転させる。何か…、何かないのか…!
「っ」
その瞬間、脳裏に昨日の出来事が過る。ダンジョンを上り、地上に帰って、それから俺は何をしていたのか。そしてそれが俺を答えに導いた。少し苦しい気もするが…、もうこれしか頼れるものはない!
「いや、今日は試し斬りしたいからパス」
昨日、地上に帰って来てから何をしたか。預けていた剣を取りに行った。それなら俺はちゃんと剣が手入れされているかを確認しなければいけない。…苦しいけど、かなり苦しいけど、これで誤魔化されてくれ。お願いします。
「試し斬りって…。じゃあ今日もダンジョン潜るって事?」
「えー、今日ぐらい休めばいいのにー」
驚いたように聞き返したのはティオネ。そして不満げに唇を尖らせて言ったのはティオナだ。アイズは特に表情を変えていないので何を考えてるのかよく解らない。レフィーヤは目を丸くしているからティオネの反応に近い。
そして、いつもこういう時は少し休めと窘めてくるフィンとガレスだが、どうやら俺が考えている事が読めているらしい。苦笑を浮かべるだけで何も言わない。ありがとう、二人共。そのまま何も言わずにおとなしくしていてくれ。
「それなら、私も一緒に…」
「レフィーヤ…。お前、アイズ達と一緒に遊ぶより俺とダンジョン潜りたいのか?」
「え…、えぇ!?い、いやその、そういう訳じゃ…。あぁいえ、アルトさんと一緒にいるのがいたって訳でも…あの、その…」
あー、結構意地悪な言い方をしてしまったらしい。レフィーヤが顔を赤くしてあたふたと両手を横に振ったり顔をぶんぶん振ったり、慌ただしく動いている。そんなレフィーヤの様子を見て反省。確かに少し困らせてやろうという悪戯心があったのは事実だが、ここまで効果覿面とは思わなかった。
「ごめんレフィーヤ、落ち着いて。はい深呼吸、吸ってー」
「う、うぅ~…、すぅ~…」
「はい、吐いてー」
「はぁ~…」
「吸ってー」
「すぅ~…」
「吐いてー」
「はぁ~…」
「吸ってー」
「すぅ~…」
「吸ってー」
「すぅ~…」
「吸ってー」
「すっ…ぷはぁっ!」
「何やってんのよ…」
「いや、つい…」
「レフィーヤ、大丈夫?」
「は…はい…」
これはいけない、またやってしまった。でも弄り甲斐がありすぎるレフィーヤも少し悪いと思うんだ、うん。ん?お前が全面的に悪い?…せやな。
アイズとティオナが顔を赤くして息を乱すレフィーヤを心配する中、ティオネに説教される俺。その光景をフィンとガレスが微笑ましそうに眺める。ここにあと二人…、エルフの女性と
ちなみに言うと、エルフの女性がいればその人は見守る側。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、いつも通りの賑やかな食堂も時間が過ぎれば人の姿は消え、静まっていく。ファミリアで雇った料理人やスタッフが作業する音、皿と皿がぶつかる音だけが響く食堂には二人だけ未だに残っている人物がいた。二人がいるテーブルには何もなく、すでに食事を摂り終わっている事が分かる。それなら何故、この二人はもう用はないはずの食堂に残っているのか。
「…来たね」
静かな食堂に、二人しか残っていない食堂に入ってきたのは一人の女性。エルフの女性は入ってきた自身の姿を見る二人を見て目を丸くした。
「フィン…、ガレス…。何をしている?」
「聞かずとも分かっておる癖に。お主を待って居ったのよ、リヴェリア」
エルフの女性、リヴェリアは二人に歩み寄り、フィンの隣の席に腰を下ろして口を開いた。リヴェリアの問いかけにすぐに答えたのはガレス。
「随分と遅い起床じゃの、リヴェリア。そんなに捗ったか?」
「…」
そしてすぐにリヴェリアの目を覗きながら今度はガレスが問いを投げた。その問いにリヴェリアは答えず、ガレスから向けられる視線を受けながら黙り込む。
「…捗った、というべきか。正直、私も戸惑ってるが…まあまずはこれを読んでくれ」
だがその沈黙はすぐに破られた。リヴェリアは一度大きく息を吐いてから、懐から一冊の本を取り出した。その本をフィンとガレスの間、テーブルの上に置いてから立ち上がる。
「何じゃ、これは?」
「…『ログリア王国と悪神』?リヴェリア、まさかこれが?」
「そう、とは言い切れんがな。少なくとも無関係とは言い難い」
そこに置かれたのは綺麗な刺繍をされた本。黄色の糸で縫われた文字は恐らくこの本のタイトル。フィンとガレスは一度視線を見交わしてから、フィンが表紙をめくって本を読み始めた。
内容はよくあるお伽噺といった印象だった。『ログリア王国』という豊かな国を治める一人の王が主人公らしい。物語を読み進めページ数にして十ページ目に達した時、両手でお盆を握ったリヴェリアが戻ってきた。リヴェリアはテーブルに今日の朝食のメニューが載ったお盆を置き、椅子を引いて腰を下ろす。
「数あるお伽噺の中には実際過去にあった事件を参考にして書かれてる物もある。まあ、藁をも掴むとはまさにこの事なのだろうが…」
リヴェリアが体を乗り出して本に手を伸ばすと、ぺらぺらとページをめくっていく。
そして左下端が小さく折られたページを開くとそこで手を止め、とんとんと指先でそのページを叩いてリヴェリアは二人に読むように促した。
「…これは」
フィンとガレスの目が驚きに見開かれるまでそう時間はかからなかった。フィンは小さく開いた口から声を漏らし、ガレスも髭を撫でながら唸る。
「…リヴェリアはこの本に書かれている事が、本当にあった事だと思ってるのかい?」
「さっきも言っただろう、フィン。無関係とは言い難い、と私は思ってる。さすがに断定するには材料が少なすぎる。鵜呑みにはできない」
これが答え、とは言えない。しかしたかがお伽噺、と看過する事も出来ない。長い時間をかけてリヴェリアがようやく見つけた手掛かりだが、まず本当に手掛かりとなり得るのかすら解らない曖昧な物だった。
「じゃが、共通点はある。完全に一致しとる点が」
「あぁ。…だがこれじゃ、リヴェリアの言う通り判断のしようがない。飽くまでこれは物語だ」
沈黙が流れる。共通点はある。手掛かりと思しき事がこの本の中には書かれている。
ただ、これで一歩前進したのかどうなのか。
「もう私はこの本を読み終えた。読みたければ持って行け。それと、食事を終えたらすぐに図書館に向かう」
「…そうか。僕もこれを読み終えたら手伝いに行くよ」
「いや。それを今から読むのなら日暮れまで掛かるだろうから、ムリに来なくてもいい」
「…」
食べ進めながら言うリヴェリアにフィンとガレスは寝坊した理由がこの本のせいなのだと断定した。確かにこの分厚さ、読破するにはかなり時間を要しそうだ。リヴェリアの言う通り今から急いで読んだとしても日暮れまで掛かりそうなボリュームだ。
フィンは苦笑を浮かべながら無言で本を掴み、席を立ち上がる。
「儂も行くかの。ベートを引っ張って鍛錬に付き合ってもらうか…、それとも今日は休みにするか…」
ブツブツ呟きながらガレスも立ち上がってフィンに続いて食堂を去っていく。ガレスの呟きを耳に捉えたリヴェリアは背を向けた大男に「ほどほどにしておけよ」と声を掛ける。返事は返って来なかったが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あー…。暇だー…」
「モルドラから報告来たけど…やっぱり自分の目で見ないとなー」
「…んー」
「やっぱり、ちょっと覗きに行こうかな?」