恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
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季節による気温の変化がほとんどなく、更に基本晴れの日が続くオラリオだが、今日は珍しく空は雲に覆われ陽が見えない。しかし天気は関係なく、オラリオの賑わいは変わらない。その中で、アイズ達ロキファミリア紅一点は北のメインストリートを歩いていた。服飾店が並ぶ大きな通りを歩く人達の視線を大いに集める事には気付かず、ただ自身が楽しむために、会話に華を咲かせながら。
「んー…、ムシムシする~。何で今日こんな天気になるかな~…」
「仕方ないでしょ。毎日晴れな訳じゃないんだから」
「いや、そうだけどさー…」
天を見上げながら愚痴るティオナの表情は今の天気と同じく晴れていない。そんなティオナを諫めるティオネだが、ティオネもまたティオナと同じ心情でいた。昨日から楽しみにしていた今日の休日。ヒリュテ姉妹だけじゃない、二人と一緒に歩くレフィーヤも、アイズも今日という日を楽しみにしていた。だが、今日の天気はそんな彼女等の心情とは真逆の物となってしまった。
「でもティオナさんの気持ち解ります。昨日までずっと晴れてたのに…」
「ねぇ~。晴れじゃない日なんていつぶりだっけ」
先程も言ったがあまり天候の変化がないオラリオ。普通、年中温暖な地域は天気が崩れる日も多いはずなのだが何故かオラリオはその例から漏れていた。ただでさえ少ない雨が、ここ最近はめっきり降らず太陽が機嫌よく光を齎す日が続いていた。
そんな日が続いていたからこそ、自分達が取った休日のその日に天気が悪くなったことにティオナは機嫌を悪くしていた。
「…まあ私も同じ気持ちだけどね。でも明日にずらす事も出来ないし、どうしようもないわ」
「むー…」
完全に割り切った態度のティオネを頬を膨らませながら軽く睨むティオナ。何やら明日は大事な用がある風に言ったティオネだが、その用の正体はダンジョンに潜るフィンのお供だ。別に下層まで潜る訳ではないためお供など必要ないのだが、そこは恋する乙女。そんな細かい事は関係ないのである。
「行かないの?」
こんな事を言って割り切った風のティオネではあるがそれでも今日の天気は恨めしいらしく、ティオナと一緒に上空を睨んでいる。そんな二人の前に立つアイズが振り返った体勢のまま口を開いた。空を見上げていた二人が顔を下げ、二人を見ていたレフィーヤも前を向いて無表情のまま三人を見つめるアイズに視線を向けた。
「そうね。ここでグチグチ話してる間に雨が降ったらそれこそ悔やみ切れないわ」
「ティオネさんの言う通りですよ!行きましょうアイズさん、ティオナさん!」
ティオネが一つ息を吐いてからそう言うと、レフィーヤがそれに続いて口を開いた。
残るティオナは三人の視線を受け、僅かに気まずそうな表情を浮かべるとその直後、勢いよく両腕を振り上げながら叫んだ。
「別に行かないなんて言ってないもん!こうなったら雲全部吹き飛ばすくらい楽しんでやるから!」
「それは無理」
三人の言葉を受けて吹っ切れた様子のティオナのぶっ飛んだ発言に冷静なツッコミを入れるティオネ、そんな二人を苦笑を浮かべながら眺めるレフィーヤ。彼女等を眺めている内、アイズの端正な顔に微かに笑みが浮かんだ。
普段はダンジョンに籠ってモンスターと戦い倒しのアイズも年頃の女の子だ。こうして休みの日に友人と一緒に遊びに出掛ける事が楽しくないはずがない。年頃の女の子だからこそ一つだけ残念な事もあるのだが。
「アイズさん、どうしたんですか?」
「…?なにが?」
「いえ、ちょっと…。何と言ったら良いのか解らないんですけど…」
ひょこっとアイズの視界に入り込んできたレフィーヤがこちらの顔を覗き込みながら声を掛けてきた。いきなりどうした、と問われてもどういう意図の質問なのか解らないアイズは何も答えられずつい質問で聞き返してしまう。レフィーヤは困った様子で眉を寄せ、どうこたえようか考え込む。
すると、レフィーヤにティオネが歩み寄るとその肩に手を乗せニヤリと笑みを浮かべ横目でアイズを見た。
「レフィーヤ、気にしなくても大丈夫よ。一緒に来なかったあいつの事でも考えてたんでしょ?」
「っ」
あっさりとティオネに考えていた事を見抜かれ息を呑む。そんなアイズの様子に図星だと感付いたティオネが更に笑みを深めた。
「ふーん…?私達がいるのにアルトがいなきゃアイズは寂しいんだ」
「えー!?そうなのー!?じゃあ今からアルト呼びに行くー?」
ティオネは本気でアイズを責めてる訳ではなかった。ただアイズの珍しい様子に少し悪戯心が擽られ、ちょっと揶揄おうとしただけだった。だが天然なアイズにその言葉は少し効き過ぎた。ティオナの意図しない追撃もあり、アイズの表情は一気に沈んでいった。
「あ、アイズさん!?」
ずーん、と効果音が聞こえてきそうなアイズの様子にレフィーヤは慌て、ティオネはしまったと掌を額に当て、ティオナはよく解らず首を傾げる。
「ご、ごめんアイズ。冗談、冗談だから。本気でそんな事思って言った訳じゃないから」
「え?アルトを連れて来なくていいの?」
アイズ以上の天然ぶりを発揮するティオナに「黙ってなさい」という冷ややかなツッコミが浴びせた後、ティオネがアイズと向き合う。
「ティオネ…」
「あー、そんな顔しないで!気分悪くして言ったんじゃないの。ただの冗談だから、ね?」
「何か親子みたーい。アイズとティオネ」
まるで子をあやす親の様にアイズに言い聞かせるティオネ。そんな様子を見て率直な感想を口にするティオナ。ティオネが溜め息を吐きながらティオネに振り返り、何か言おうと口を開いたその時、カッ、とティオネの両目が見開かれた。
「アイズが私の子供…、つまり私が母親…、父親は団長!?」
「ごめんティオネ、今までで一番意味が解らない」
今度はティオナがツッコミをする番だった。それもこれまでのティオナ以上に冷たいツッコみを。いつもならこういったティオネのフィン関係による暴走は適当に流しているティオナだったがさすがに今回はツッコミを入れざるを得なかった。それ程までに、今のティオネはぶっ飛んでいた。
「…待って。アイズとアルトはもう兄妹みたいなもの。私と団長の子供が二人!?」
「て、ティオネさん。少し落ち着いて…」
「レフィーヤ、放っといていーよ。ていうかティオネは置いてもう行かない?」
「それはひどいですよティオナさん…」
まだかな?とアイズが思い始めてからティオネが復活するまで十分程の時間を要した。その間ぶーたれるティオナをアイズとレフィーヤが抑えていた。復活したティオネと一緒に四人は再び歩みを進める。
どこへ行こうかという目的地は決めていない。ただ、誰もが今日は楽しい日になると確信していた。誰も、疑う事もしなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
本当なら今頃、部屋でグータラしてたはずなのになー。
不測の事態に陥りオフの予定だった今日という日をダンジョンで過ごす羽目になった俺は今、両手に双剣を握り、周りを囲むモンスターを斬り刻んでいた。
犬型のモンスターヘルハウンド、兎型のモンスターアルミラージ。襲い掛かって来るモンスターを容赦なく斬り伏せながら二本の剣の切れ味を確かめる。椿さんの仕事を疑ってる訳じゃないが、それと武器の状態を確認しないのは別の話だ。むしろ信じてるから武器の状態確認してませんの方が椿さんの気に触れるだろうし。
しかしその確認も昨日の今日でするつもりはなかった。くそ…、あの女子組の買い物さえ…いや、誘われさえしなきゃ…。俺が少し時間をずらして食堂に行っていれば…ちくしょうめっ。
今からでも予定変更して帰ろうか?いやでもどうせ誰かが帰る俺を見てアイズ達に伝わるんだろうな。そうなったら後が怖い。間違いなくティオナとティオネの報復を受ける。…いや、一応モンスターは倒し訳で、剣の切れ味も今のところ問題ないと確認した訳で。なら嘘を吐いた事にはならないのでは?…うん。やめとこう。そんな屁理屈が通じる相手じゃない。もう少し潜って、戻るのはゴライアスを倒してからにしとこう。
大人しくあらかじめ考えていた通りゴライアスで試し斬りをする事に決める。そしてこの思考の中でもモンスターを斬る手は止めない。ていうかやけにモンスターの数が多い気がするのは気のせいか。モンスターに好かれる(笑)せいで普通よりも襲われる回数が俺だが、それにしてもいつもより多い気がする。
「…こいつら」
これまではただ無感動に相手を斬るだけだった。特にどう動こうとかは考えず、無意識で戦うだけでもこの層にいるモンスターに対して事足りていた。だからこそ気を引き締め、モンスターと向き合った時、どこか様子がおかしい事にようやく気が付いた。
殺気がない…?
いつもならひしひしと感じられる殺気が今襲い掛かってくるモンスターの集団から全く伝わって来ない。無感情なモンスターに戸惑いを覚えながらも剣を振るう。
やがて襲い来るモンスターの勢いが弱まるのを感じ、視線を部屋の奥へ向け、巡らせる。モンスターの数は確実に減っていた。再び意識を襲い掛かって来るモンスター達へと向けた、その時だった。突然、モンスター達の動きが止まった。
「っ──────!」
それと同時に俺は、剣を一文字に振るう。直後、耳障りな金属音が鳴り響いた。
斬撃を防がれた、と同時に斬撃を防いだ相手と鍔迫り合いが始まる。
視線が交じり合う。吸い込まれそうな深紅の瞳だ。どこまでも、光のない瞳だった。
真っ黒いローブに身を包み、目深に被ったフードが顔を隠しているがその不気味なほど紅い目だけはハッキリと見えた。
深紅の瞳の男が笑みを浮かべた。
「何者だ」
「随分なご挨拶じゃないか。いきなり刃物を向けるどころか斬りかかって来るとは」
「質問に答えろ!」
笑みを浮かべた男に問いを掛けるが、飄々とした笑顔のまま男は質問に答えない。
大声で怒鳴る。今、俺は全力で剣に力を込めている。その力を受けて尚平然と笑っていられるこいつは少なくともレベル5以上。だが、こいつの存在に気付いたのはつい先程。つまりさっきまで、こいつの気配に全く気付けなかったのだ。
客観的に考えてほしい。レベル5の冒険者が気付けない程の隠蔽技術。その技術に特化していると考えれば話は簡単だが、俺と鍔迫り合いをしている時点でそれはない。つまり、間違いなくこの男は少なくともレベル6以上の力を持っている。
しかしどうもそれだけとは思えない。何と言い表せば良いのか解らないが…、レベルという範疇を越えた何かと言えばいいのか。そういった説明できない何かがある。男からひしひしと感じる威圧感はフィンのような身を刺すようなものとも、オッタルのような身を圧し潰すようなものとも違う。不気味、奇特、そう言い表すしかない威圧感が不気味に思えて仕方なかった。
「…まだ発展途上、といったところか。接触するのはまだ早かったか?いや、だからこそ…なのか」
「…何を言っている」
こちらの質問に答える様子は全くなく、笑みを崩さぬまま男は何やら呟いている。
その呟きの意味は解らない。ただ、この男は俺を狙ってここに来た、という事だけは読み取れた。
「そう殺気立つな。…と、言っても無駄なのだろうが」
自分の世界に籠っていた男が意識をこちらに向けた。瞬間、全身に奔る寒気。体が僅かに震える。
「事を荒立てるつもりはない。…私はな」
「何を…っ」
再び、突如現れた気配。二度目という事もありすぐに反応、動く事が出来た。男がいる方とは真逆、バックステップで男と距離をとりつつ、男と現れた気配の主の両者を同時に目視できる場所まで下がる。
少年なのか、少女なのか、すぐに判断できなかった。いや、今でも正直判断しかねている。真っ黒な髪、真っ黒な瞳、高くシャープな鼻に真っ赤な唇。男と同じ黒いローブを身に纏ってはいるが、フードを被ってないおかげで顔は確認できた。
ただの子供だ。傍から見れば。冒険者としてどうするべきか、決まっている。この子供を連れて地上に戻るべきだ。だが、できない。してはいけない。俺の勘が強くそう叫んでいた。
子供の目が俺の視線を捉える。男と同じ、いや、それ以上に真っ黒に渦巻く闇の瞳が俺の動きを封じる。
動きたい、動けない
逃げたい、逃げられない
もう見たくない、目を逸らせない
何もできない俺に子供が一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。
「あぁ…」
俺を見上げる目が見開かれる。不気味なほど赤い唇の両端が吊り上がる。
子供は吐息と共に声を漏らす。吊り上がった唇の間から食い縛る白い歯が見えた。
何がそんなに嬉しいのか、何がそんなに笑えるのか。
視界の端で、子供の歓喜の様子に反応しているように、ダンジョンの壁が大きく波打っているのが見えた。
「ようやく…、また会えたね。ログリア」
次は一週間以内に投稿したいな