恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:もう何も辛くない

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一週間は無理でした








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「っ!?」

 

ギルドの地下神殿で、神は慄いた。体を震わせ、目を見開く。

 

「ウラノス?」

 

黒衣の従者が主神の異変に気付き、問いかける。

 

「馬鹿な…、何故…。何故、奴が…」

 

だが老神は反応しない。わなわなと手を震わせながら、焦点の合わない目のまま何かを呟く。

 

「ウラノス。ウラノス!」

 

その様子に只事ではないと悟った従者は躊躇いを振り切り、階段を上り頂の座椅子の傍らに立ち、老神の肩を揺する。皺の入った手の震えは止まり、繰り返し何故と呟く口の動きも止まる。従者の声が、手が、老神の意識を呼び戻す。

 

「…すまない」

 

「いい。だが、何があった」

 

「…」

 

再び問いかけるが、老神は何も答えない。

 

数秒の沈黙、その後に老神の口が開いた。

 

 

 

 

「…フレイヤ様?」

 

「…オッタル。今すぐにダンジョンに向かいなさい。手遅れになる前に」

 

同時刻、白亜の巨塔でも老神と同じく異変を察知した者が。

 

「まずい…。でも、どうして…?」

 

武具の店が並ぶ大通りにある工房で。

 

「…さすがにまずくないかな?いくら何でも」

 

都市の中央から離れた館で。

 

以前、似た事件が起こった。あの時のオラリオの神々は様々な反応を示した。

ある者は呆れ、ある者は苛立った。だが今回はそれとは違う。誰もが驚愕し、恐怖している。

 

「あかん…。さすがにこれは考えてなかった…!」

 

そしてここ、黄昏の館にいる神もまた当然、異変を感じ取っていた。

地下から伝わる波を感知した途端、持っていたグラスを落とし、それを気にも留めず部屋から飛び出し巨塔が見える窓に齧り付いた。

 

窓から覗く街並みにはいつもと変わらない人々の賑わいがあった。しかし今のロキにはそれは見えない。今のロキに見えるのは白亜の巨塔、正確には巨塔が立つ大地というべきか。

 

「誰や…。あいつを解き放った馬鹿は!」

 

怒鳴っても仕方ない事は解っている。それでも、怒鳴るしかなかった。今すぐにでもその馬鹿を殴り飛ばしてやりたい衝動を抑えながら、これからどうするべきか思考を働かせる。

 

「ウラノスは…っ」

 

まず最初に浮かんだのはギルドの主神。この異常を彼が悟っているのは疑いようはないが、問題はその異常に対しどういう対処を行うか。その懸念を抱いた直後、外から建物の中にいてもハッキリと聞こえる鐘の音が響いた。これは緊急事態が起きた事を報せる音色。

 

『緊急警報です!オラリオに所属する全ファミリアはこれよりギルドの指揮下に入ってください!』

 

音色が響き渡る中、それでもハッキリと聞こえる魔石製品の拡声器から鳴る声。

 

『市民、及び冒険者のダンジョンの侵入を禁止します!各ファミリアはギルドの指示が出るまでホームで待機してください!繰り返します!』

 

「…せやな。それが正しい判断や」

 

次いで出されたギルドからの指示にロキは一度頷いた。

 

待機、これがギルドの主神として出した判断。しかしすぐに全冒険者にダンジョン侵入の指示が出されるだろう。この事態を隠し通す事などできるはずもなく、かといって冒険者の、人の手を借りず解決する事もできはしない。

 

「隠し事は、するもんやないな…」

 

こうなると知っていれば何を言われようと他の神々に全てを話し、協力を仰ぐべきだったか。…いや、それでも結果は変わらなかったかもしれない。まさか自らあの封印を解く輩が出るとは思わなかったが、封印の力も弱まり始めていた。

 

遅かれ早かれ、こうなる事は避けられなかったのかもしれない。

 

さて、変わらない過去をいつまでも悔いてはいられない。アルト救出のため、事件解決のためにどうするべきか、考えなければならないのはそれだ。といっても、ロキに出来る事は限られているのだが。

 

「ロキ!」

 

背後から呼ぶ声。振り返った先にはフィン、リヴェリア、ガレスの三人とそれに続いてベートがこちらに駆けてくる姿が見えた。鐘の音を聞いてやって来たのか。それとも、何か用があって来る途中、鐘の音を聞いたのか。

 

「丁度いいとこに来た。今、探しに行こう思てたとこや」

 

この際どちらでもいい。今はそれどころではない。

ロキは体を振り返らせ、フィン達と向かい合った。

 

「ロキ、これは一体…」

 

「時間がないんや」

 

「…ロキ?」

 

何か言いたげにフィンはロキを見上げている。だがロキはフィンの言葉を遮った。

フィン達が何を言いたいのか、何を聞きたいのか、それは解っている。ただ、それに答えている時間は正直ない。

 

「今すぐにアイズ達と合流して、レフィーヤだけは館に戻してからダンジョンに向こうとくれ」

 

「ダンジョンに…?ギルドからは待機と命じられたが?」

 

ロキの指示に疑問を唱えたのはリヴェリアだ。

先程の警報を聞いている以上、ダンジョンで何かが起きているという事はリヴェリア達は悟っているはずだ。だが、その何かまでは解っていない。だからこそ彼らは慎重になっている。

 

その判断も正しい。何も知らない状態での前に進むという選択は愚か以外の何物でもない。それでも、今すぐに愚かな道を選ばなければ間に合わなくなる恐れがある。

 

もう、隠している暇なんてない。

 

「この事態の中心に、アルトがおるはずや」

 

「なっ…」

 

「アルトじゃと…?確かに今日、ダンジョンに潜るとは言っておったが」

 

ロキの口から出てきたアルトの名を聞き、フィン達がそれぞれ驚きの表情を浮かべる。

 

「だが、どうしてアルトが関わってると思うんだい?そうと決まった訳じゃ…」

 

「決まっとる」

 

再びフィンの言葉を遮り、そして断言するロキに視線が集まる。

 

 

「あいつの狙いは、間違いなくアルトや」

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

リヴェリア、ガレスと共にメインストリートをバベルの方へと下るフィン。もう一人ロキの指示を受けたベートにはアイズ達との合流を命じた。アイズ達と合流した後、レフィーヤをホームに帰してからダンジョンに来るだろう。

 

ギルドの警報から十五分程経っているか、まだストリートを歩く、又は走る人達は多い。すれ違う人がホームとは逆方向へ走るフィン達を戸惑いの様子で見ているのが解る。時に話しかけようとする人もちらほら見えたが、構わず駆け抜ける。

 

「フィン」

 

背後からリヴェリアの呼ぶ声。

 

「ロキの様子、どう思う」

 

フィンが返事を返す前に再びリヴェリアの声。返事がなくとも声がフィンに届いていると解っていたのか。

 

「…只事ではなさそうだね。あんなロキは初めて見たから」

 

脳裏に館を出る自分達を見送るロキの表情が浮かぶ。いつもの余裕ある笑みとは違う、見た事のない深い焦りを浮かべていた。だからこそ思う。今起こっているであろう何かは、とんでもなく大きな事なのだと。

 

「アルトだけじゃない。もしかしたら、僕達…オラリオに住む人達も巻き込むような…」

 

「そうじゃとしたら、急がねばの」

 

白亜の巨塔バベル。オラリオの中心に位置する塔はかつて、最初に地上に降りた神々によって破壊された塔が新たに地上に降りた神々によって再建された塔。モンスターが巣食うダンジョンの蓋の役割を担うと共に、地上に聳える階層には様々な店が立ち並び、この塔に本拠を構えるファミリアもある。

 

いつもは人が絶えず行き来する賑やかなバベルも、今は塔に入る人もおらず静まり返っていた。ダンジョン入り口に辿り着いたフィン達は下へ降りる階段の前に、底の見えない闇の前に立ち止まる。

 

ダンジョンに降りる多くの冒険者が今は全くいないからだろうか。冒険者の喧騒がなく静まり返っているからだろうか。いや、それだけじゃない。初めて、ダンジョンを前にして不気味だと感じた。冒険者最強の一角、レベル6であるフィン達が、だ。

 

「っ…」

 

フィンが階段の下、ダンジョンの中に意識を向ける。それと同時、フィンは思わず親指の先を噛む。

 

「フィン、どうした」

 

フィンの様子にガレスが気付き、問いかけた。ガレスの声を聞いたリヴェリアもすぐに親指を噛むフィンに気付く。

 

「疼く。今までで一番」

 

フィンのその一言を耳にした二人が大きく息を吐く。

 

「やはりの。フィンほど鋭くない儂でも解るわい。この中で、尋常じゃない何かが渦巻いてる事がな」

 

長い顎鬚を撫でながら言うガレスと、目を細めて闇を睨むリヴェリア。

 

「…急ごう」

 

フィンが親指を離し、小さな声で言う。フィンの背後でリヴェリアとガレスが頷いてから、三人は闇の中へと足を踏み入れようとした。

 

「─────────────」

 

三人が同時に振り返る。背後から…いや、これは外からだろうか。耳を劈く咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

突如警報が響き渡ったのは黄昏の館から出かけて一時間経ったか否かの頃だった。

ギルドの指示に疑問を感じながらも、とりあえず従う事にし、本拠に向かって歩く途中で

アイズ達はベートと会った。ベートから事情を聞き、言う通りにレフィーヤを本拠へ帰し、アイズ達はベートと共にダンジョンへと向かう。

 

北地区を抜けようかと、その時から灰色の空から雨が降り出した。雨の雫に体を濡らしながらも走るアイズの中で過る不安。ベートが言うには、ダンジョンに潜っているアルトリウスが危ないとロキが言っていたらしい。焦燥がアイズの足を速める。

 

「っ」

 

アイズのペースが上がった直後、不意にベートが足を止めた。それに気付いたアイズ達も足が止まり、振り返る。

 

「ちょっとベート、何してるの?」

 

「…」

 

ティオナが空を見上げるベートに問いかける。だがベートは答えず、口を開かぬまま空を仰ぎ続ける。

 

「ベート?」

 

立ち止まったベートに当初苛立ちを見せていたティオネだったが、ベートの様子に怪訝な表情へと変わる。

 

「…」

 

そしてそれはアイズも同じだった。今こうしている間にもアルトに危機が迫っているかもしれない状況で、ベートの停止にアイズは苛立っていた。だがベートから感じる何かを警戒する空気と、一流冒険者の尋常ならざる聴力が捉えた奇妙な音にその怒りは流された。

 

規則的に鳴るその音は次第に大きくなっていく。

これは…羽音?

 

「アイズも気付いたか。…近づいて来てやがる」

 

「近づいて、って…。何が…」

 

ォ──────

 

たった今、聞こえて来たのはアイズが捉えた羽音ではなく声。そしてアイズとベートだけではなく、ティオネとティオナもまたその声を聞き捉えていた。

 

「なに、今の…」

 

「声、みたいね…」

 

ォォォ──────

 

再び、今度は先程よりも大きく。

間違いない、この声と羽音の主はここに近づいて来ている。即座に警戒の体勢をとるアイズ達。

 

ォォォォォ──────

 

オオォォォォォ──────

 

更に接近してくる何か。高鳴る心音。

アイズの胸の中で沸き上がり、覆っていく黒い何か。

 

フラッシュバックする。周りで燃え上がる炎。目の前で立つ青年。泣いている自分。

 

 

 

 

──────アイズはこの声を、知っていた。

 

 

 

 

強い風がアイズ達を覆う。長い髪が靡き、視界を塞ぐ。苛立たし気に、雑に手で髪を払い、視界を横切った黒い影を追う。

 

黒い影は白亜の巨塔の周りを飛び回る。かと思えば不意にその場で止まり、ホバリングを始める。

 

「何よ、あれ…」

 

愕然とするティオネが声を漏らす。ティオナもベートも、驚愕に目を見開き、その場から動けずにいた。ただ一人、アイズだけが三人とは違う面持ちでそれを睨みつけていた。

 

オオオオオオオオオオオオオオ───────────

 

大きく翼を広げ雄叫びを上げる、その名は黒龍。

絶大な威圧感を以て突如、かつて最強のファミリアを滅ぼした魔物が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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