恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:もう何も辛くない

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目の前にいるのは小さな子供だ。俺よりも小さく、体も細い子供。だが、視線を交わすだけで感じ取ってしまった。

 

自分とは違う。こいつは人ではない。生命として圧倒的にレベルが違う。

 

神の力(アルカナム)

向けられたり浴びたりした事は一度もない。だが、全身に纏わりつく()()がそうなのだと思い知る。この地上に住む誰もが持つ事を許されない、天上に存在する神々のみが有する絶対の力。

 

リヴェリアの授業では、この地上で神の力(アルカナム)を解放する事は禁じられていると聞いていた。そんな規定、この神にとっては関係ないのだろう。満面の笑みで、容赦なく、人外の圧を向けてくる。

 

呼吸すら許されない中で、そいつは小さく頷いたかと思うと口を開いた。

 

「…うん、いいね。失禁する子もたくさんいたけど、君は違うようで安心したよ」

 

途端、全身を縛り付けるような感覚が消えて体が軽くなる。大きく呼吸し、異常に高鳴る心臓を落ち着かせる。

 

「散々期待させておいてただの腰抜けだったら、つまんないもんね」

 

良かった良かった、と言葉通り本当に安心するようにニコニコ笑っている。さっきまでの緊張感が嘘の様に空気が弛緩する。それでも警戒を緩めない。緩める事が出来ない。

 

「さて、と。今日の所は顔を見るだけのつもりだったけど…」

 

両手を組み、体を伸ばしながら横目でこちらを見る。

 

「ちょっと、遊びたくなってきたかな」

 

片手を腰に当てると、謎の子供はこちらから視線を外し、これまでのやり取りを黙って見ていたもう一人の男と視線を交わす。

 

「相変わらず気まぐれだな、主神よ」

 

「しょうがないじゃん。性分なんだし。それに…、これが僕の存在意義なんだからさ」

 

主神、確かに男はそう言った。つまり、男はこの子供の神を主神としたファミリアに所属しているという事か。この、得体の知れない、異常な奴の。

 

「あっはは、ひどいなぁ~。まあそりゃ、君からすれば確かに僕なんてその通りだけどさ」

 

俺の心中を読んだそいつが無邪気に笑う。本当にただの子供にしか見えない。ここがダンジョンの中で、今も僅かに身を包むあの感覚の余韻さえなければ。

 

「先程、事を荒立てるつもりはないと言ったばかりなのだが」

 

「あ~、確かに言ってたね~。じゃあやっぱり帰る?」

 

「…ふっ」

 

小さく笑う声。ローブから覗く口元が歪んでいる。

 

男は歩き出し、主神の前に立ちはだかるようにこちらと対峙する。

 

空気が冷たくなる。男の口元は笑ったままにも関わらず、周囲の空気が緊張感に満ちていく。

 

「あんたら…、何者だ」

 

嗤う男に問いをかけると、男の顔から笑みが消え、何かを考えるように手を口元に当てた。

 

「何者…か。一言で言い表すなら、悪者だ」

 

「…ふざけてるのか」

 

真面目に答えてるようには思えない。怒りを込めて言い返すと、男は目を丸くして侵害だと言わんばかりの表情を見せた。

 

「ふざける?まさか。私は大真面目だよ。私達はただの悪者だ」

 

男は大袈裟に両腕を広げ、さらに続ける。

 

意味が解らない。別に悪者という言葉の意味が解らないんじゃない。ただ、悪者という一言だけでは結局こいつらが何者なのかという答えは得られなかった。

 

そんな俺の混乱に気付いたのかそれとも否か、男は俺にとって信じられない言葉を口にした。

 

「君の村を襲った男が、悪者じゃないはずがなかろう?」

 

「っ!?」

 

驚きに目を見開く俺を見て、面白げに深く口元を歪める。

 

「お前…が…?」

 

「そうだ」

 

「皆を…、爺ちゃんを…?」

 

「あぁ。私が君の村を襲い、村人を、シリウス・キルヴェストルを殺した」

 

胸に満ちる驚愕が薄れていく。その代わりに沸々と沸き上がってくるのは怒り。

 

皆を殺した仇を討とうとか、そういう風に思った事はなかった。何故なら、今までずっと村を襲ったのは人ではなく、モンスターだと思っていたから。だけどそれは勘違いだった。何故気付かなかったのだろう。あの爺ちゃんが、村周辺に出てくるモンスターなんかにどれだけ囲まれようとも、殺されるはずはなかった。

 

「お…まえ…が…」

 

熱い。さっきはあれほど全身が冷たく、寒いと感じたのに。今は全身が燃えるように熱い。ふと拳に痛みが奔る。その痛みでようやく、両手を力一杯握り締めていた事に気付く。ぬめりと指先に液体が触れた感覚。爪が刺さり、血が流れているのだろうか。だが、全く気にならない。痛みも、流れ出る血も。そんなのどうでもいい。

 

「みんなを…おまえが…──────」

 

「そうとも。私が殺した。…つまらなかったぞ?弱い者苛めをしているようで」

 

「なんだと…」

 

つまらなかった、だと?つまらなかったと言ったか、こいつは今。皆を…、皆を殺しておきながら、つまらなかったと言ったのか。

 

「命を…人の命を、お前は何だと…!」

 

「…やがて朽ちる物だ。私があの時殺さなくとも、やがて死んでいた。早いか遅いか、それだけの問題だ」

 

「ふざけるな!」

 

今まで出会ってきたどの冒険者ともこの男は何かが違う。そう感じていた。

 

何が違うのか、ようやく解った。こいつは人の命を何とも思っていない。だから異質な雰囲気を纏っていたのだ。通常の冒険者とは…、いや、普通の人間とは根本的に違う。

 

「お前が来さえしなければ、まだ生きていられた人がたくさんいた!それをお前は!」

 

「あぁ…。確かに私が行かなければ、村人はまだ生きていられただろうな。…だから何だ?」

 

「は?」

 

無意識に呆けた声を漏らす。何を言っているんだ、こいつは。

 

「さっきも言ったはずだ、私は悪者だと。悪、悪なのだよ。人を生かすという善を犯したいとは思わんし、その理由もない」

 

「…なにを」

 

「人を殺す、それは悪だ。解る、解るとも。だが、私は悪を成さずにはいられないのだよ」

 

男は嗤う。

 

ようやく男の言う悪者の意味が解った気がする。要するに、普通の人間と真逆なのだ。普通の人間が善と感じている事がこいつにとっては悪。普通の人間が空くと感じている事がこいつにとっては善。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、この男は俺達と全く真逆の価値観を持ってしまったのだ。この世界にとっての普通がどちらなのか、それを解っていながら変えようともせず、真逆の価値観を持ち続けて。

 

「…もういい」

 

「ん?」

 

「もういい。もう何も言わなくてもいい。…お前は、お前らは、ここで──────」

 

両手に握る双剣を構える。男は俺の握る双剣を目にすると、どこか懐かしそうに目を細めた。

 

「シリウスから受け継いだか」

 

男も一度収めていた長剣を鞘から抜く。一度一文字に振るってから、その切っ先を俺に向ける。

 

もう語る事などない。語ったところで意味はない。その必要性を感じない。俺はこいつの言葉を理解できないし、したくもない。奴も同じだろう。後はもう、ぶつかり合うだけ。

 

「やれやれ。悪いけどここは任せるよ。邪魔者がこっちに来てるみたいだ」

 

「…別に良いが、」

 

「大丈夫。ちゃんと護衛は着けてくよ。下からも呼んでるし、危なくなったら逃げるから」

 

剣を向け合う中、主神が溜め息を吐きながらその場から離れていく。

 

誰かが来る…、フィン達か?いや、今は考えるな。集中しろ。ほんの少しでも隙を見せれば、間違いなく──────

 

「っ──────」

 

主神の姿が見えなくなった途端、男の姿が消える。背後から空気を切り裂く音を聞いた気がした。それは勘に任せたに等しい、振り返り、二本の刃を重ねて振るう。

 

金属音が響く。三本の剣がぶつかり合った音。ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てながらそれぞれの刃が接した場所から火花が散る。

 

こちらは二本、相手は一本。持っている武器の数ではない。力を込めている腕の数。

相手は片腕のみで力を込めているのに対し、こちらは両腕を駆使しても押し込まれないようにするので精一杯だ。相手の方が余裕がある。

 

「ぐっ──────」

 

視界の端でもう一方の、剣を握っていない方の手が握られるのが見えた。迫る拳を避けようと体を翻…そうとしたところで相手から伝わる力がさらに重くなる。もしやと思っていたが、やはり片腕でも全力ではなかったらしい。引こうとすれば確実に押し込まれる。かといってこちらが押し込む事は間違いなく不可能。

 

拳を頬に受ける。それでも首を捻り、衝撃を少しでも逸らす。

身体が後ろに流れ、体勢が崩れる。その隙を当然見逃してくれるはずもなく、男の剣の切っ先が迫る。

 

「顕現せよっ」

 

今から防御の体勢をとっても間に合わない。なら、盾を作る。詠唱式を唱え、目の前に壁を生み出す。男の目がその壁を捉え、それでも構わず勢いは衰えず、剣は突き出され、魔力の壁と激突する。

 

瞬間、目を瞠る。突き出された剣は魔力の壁を貫き、なお迫り、鮮血が飛ぶ。

 

「…ほぉ。そこから急所は回避するか」

 

狙われたのは胸、貫いたのは左肩。ギリギリ回避が間に合ったのは、魔力の壁が僅かながら剣戟を鈍らせたからか。即座に左肩から剣を抜き、その場から後退する。

 

男は追って来ない。刃に付いた血を払い、貫かれた肩を抑える俺をじっと見る。

 

「動きから見るに、レベルは5。たかが二年でよくここまで磨き上げたものだ」

 

感心したように言う男には何も答えない。答える余裕はない。男の一挙一足のみに集中する。

 

「…語る言葉などない、か」

 

男は小さく微笑してから、その場から姿を消した。

まただ。さっきと同じく背後から…いや、今度は…、

 

「やる」

 

「ちっ!」

 

背後ではなく、下からの突き上げ。首を傾けて突きを回避してから、左手で男の剣を握る右手を弾き、一方の右腕を振り下ろす。直後、男の左腕がぶれた、かと思えば一瞬で男の左手が俺の右手首を掴んでいた。振り下ろしが止められ、力による押し合いが始まる。

 

だがステータス的に劣っているのは俺。このまま素直に押し合いをしていても待っているのは死だというのは初めの腕二本と腕一本による力比べで実感している。

 

「顕現せよ」

 

ならどうするか。力比べなどしなければいい。不利な土俵にこちらから乗り込む必要など微塵もない。詠唱式を唱え、魔力を顕現。男の両手首を二重の輪が拘束する。

 

「ほぅ」

 

拘束された男は俺の手を離すと拳を握る。明らかに力を込めている。拘束が破壊される前に片を付ける。全速を以て男の懐に飛び込み、心臓目掛けて刃を突き立てる。

 

「いい魔法の使い方だ。だが、甘い」

 

「っ!?」

 

男の胸を貫く前に、防がれる。突き出された切っ先は、男の剣の面を捉えて動きを止めていた。甘い、か。確かに甘かったかもしれない。もし、拘束を二重ではなく三重にしていたら…いや、考えても仕方ない。こちらにはまだもう一方の腕が、剣が残ってる。力強く握り締め、その剣を振り下ろす…事はしない。これはさっきと同じシチュエーションだ。ここで剣を振るってもまた抑えられるだけ。その後に待っているのは勝ち目のない力比べだ。もしそうなれば、再び逃れるすべはない。同じ手が通じる相手ではないだろう。さっきので駄目なら、今度は三重にするというそんな甘い考えは通用しない。

 

男の腕がぶれる。こちらはまだ剣を振っていない。俺を力比べに、不利な土俵に引き込もうとする。その前に右腕を引き戻し後退、男から距離をとる。しかし直後、今度は男が逃げる俺を追いかける。

 

男が剣を振るう。刃を返し、剣の面で剣戟を防ぐ、だけでなく相手からの力を受け流す。ただ防ぐだけじゃ力比べに持ち込まれる。相手の攻撃を受けるのではなく、相手の攻撃から逃げる。だが逃げるだけでは勝ち目があるはずもなく。男の攻撃を受け流し続ける内に次第に体勢が苦しくなっていく。

 

「なに…」

 

更に押し込んでくる男が不意にこちらから視線を外した。それと同時に一瞬、男の動きが止まる。見逃してなるものか。一転して攻勢、男の懐に潜り込む。こちらから一瞬とはいえ視線を外した男の反応が僅かに遅れる。

 

さて、ここで質問だ。これまでの戦い、時間にしては五分も満たない時間だがその間、男は果たして本気で戦っていただろうか。答えは否だ。男のレベルは少なくとも6、もしかすればそれ以上の可能性もある。そんな俺が何故、魔法の力もあったとはいえ互角に戦えていたのか。答えは簡単だ。手加減されていたからだ。

 

男に何があったのかは知らないが一瞬、男の意識は俺から逸れた。そして俺はその隙を突いた。不意を突かれた男が次にどうするか。その答えも簡単だ。

 

自身に掛けていた枷を外す。

 

「ぐっ…ふ…!?」

 

何が起こったのか解らなかった。何も見えなかった。ただ気付いた時には、体は宙に浮いていた。身動きが取れず、受け身も出来ず背中が床に叩きつけられる。

 

「ぐ…くっ…」

 

激痛が奔る。その元は腹部。視線を下ろし、その源を見るが血は流れているようには見えない。痛みで感覚が鈍っているため当てにはならないが、血が流れる感触もない。なら、剣で斬られたり貫かれたりされた訳じゃない。視線を上げ、正面にいる男を見る。

 

足が上がっていた。体勢を見るに、蹴られた、という事なのだろう。たかが蹴り、されど蹴りだ。ステータスがかけ離れていれば、蹴られただけで致命傷にもなり得る。

 

男は足を下ろすと、更なる追撃を仕掛ける様子も見せず天井を見上げた。

 

「予想以上に早い到着だな…。そこまで飢えているか」

 

「なに、を…」

 

何を言っている、そう問いかけようとした。だが腹部の激痛に邪魔をされて上手く声が出せない。いつもの様に動かす事の出来ない体に鞭を打ち、たった蹴りの一撃でここまでダメージを受けた事に戦慄しながらも体を起こし、もう一度口を開こうとした、その時だった。

 

開きかけた口を閉じ、天上を見上げる。何だ、今のは。空気が震えた。何かが聞こえた。

両手両足に力を込め、立ち上がる。が、両足だけで立ち続ける事が出来ず、剣を床に突き立てて杖代わりにする。そんな俺を男が横目で見遣り、再び天井を見上げる。

 

その直後、再び聞こえてくる。今度はさっきのよりも強く。

 

「これは…咆哮…?」

 

何処から聞こえているのかは定かじゃない。だがどこからにしろ、ダンジョンの厚い壁を通して聞こえてくるこの咆哮の大きさは半端じゃない。

 

「ふっ…。どうやら、入れずに苛立っているようだな。もう少し放っておくのも面白そうか」

 

「入れず…だと」

 

入れず、それはどこにだ。決まっている。このダンジョンにだ。なら、この咆哮を発している何かは外にいる事になる。

 

「アイズ…!」

 

今日、ダンジョンに潜らずオフの日にしていたアイズは今頃地上にいるはずだ。アイズだけではない。レフィーヤも、ティオネもティオナも、ベートも、ファミリアのほとんどの者が地上にいる筈だ。彼らはどうなった。無事なのか。

 

「さて、仕切り直しといくとしよう」

 

焦燥に駆られる俺の意識が戻る。天井を見上げていた男がいつの間にかこちらに意識を戻していた。

 

「戻りたいか?仲間が心配か?なら戻るがいい。…そんな貴様を、私は全力で阻止するがな」

 

「お前…!」

 

男が嗤う。

楽しんでやがる。この状況を。

 

「善を成したいのなら悪を打ち倒してみせろ!」

 

「また…、また、俺から奪う気かぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

奪われる。大切な人達を、また。こいつに。こいつなんかに!

 

踏み込むは同時。ぶつかり合う剣。

 

直後、強く打つ胸の鼓動に今の俺は気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




越えられない一週間の壁…。

というか何だこれは…。ここまでおぞましいキャラにするつもりはなかったのに…。

ま、いっか。(やけくそ)
こんくらいで丁度いいでしょ、むしろ予定の方がキャラ的に甘かったんだ。(錯乱)

原作前ラストの章、まだまだ続きまっせ。ノシ
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