恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
突如上空から舞い降りた巨竜は塔の周りから動かない。時折、何かを呼ぶように方向を上げながら周りを飛び回る事はあっても、塔から離れようとはしていなかった。その黒く巨大な姿は街全体から見えているだろう。かつて、オラリオ最大派閥であった二つのファミリアを滅ぼした、怪物。
「黒龍…だと…!?」
「なんで…。今まで、オラリオに近づいた事があるなんて聞いた事ないのに!」
ベートとティオナが目を瞠り、驚きに声を上げる。
「さっきの警報は…、こいつがここに近づいて来てたから…?」
そしてティオネが空を舞うソレを睨みながら、何故ここに黒龍が現れたのか予想を立てる。
その発言に反応を示したのは意外にもベートだった。
「…おい、冗談じゃねぇ。なら、あいつがここに来た理由は」
瞳を揺らし、信じられないと言わんばかりに黒龍を見上げながらベートはさらに続けた。
アルトリウス、と。
「アルト…?」
ベートの一言を耳にしたアイズが、黒龍への憎しみも忘れ、ゆっくりとベートへと振り向いた。
「アルトって…。何でそうなるのよ。黒龍とアルトに何の関係が…」
「知るかよそんなもの。ただ、ロキが言ってたんだよ。今起きてる事の中心にアルトがいるってな」
「ちょっと!そんな大事な事、何で最初に教えてくれないの!?」
「るっせえなァ!」
ロキが、言った?アルトリウスが、中心にいる?なら…、もし、ティオネの言う通り、殺気の警報が黒龍の接近によるものだとしたら…。
「でももし、ベートの言う通りだとしたら…、こいつの狙いは!」
「だが解せねぇ。ロキはダンジョンに行けっつったんだぞ」
「…黒龍からアルトを守るのなら、外で待ち構えればいい。それに…」
見上げる先には動きを見せない黒龍。もしアルトリウスを狙っているのなら何故動こうとしないのか。確かにダンジョンへの入り口は黒龍が入り込める大きさではないが、入ろうと思えば無理やりにでも入れる力が黒龍にはあるはずだ。それをしないのは何故なのか。
「ここにおったか!」
視界の外から声がし、思考が途切れる。視線を向けると、そこにはこちらに駆け寄って来るリヴェリアとガレスの姿が。
「リヴェリア!ガレス!」
ティオナが歓喜の声を上げる。正直どうするべきか途方に暮れていた所だ。この二人の存在は今のアイズ達にとって光明ともいえるものだった。
「これは…、黒龍か?」
「どこから見てもそうにしか見えんのぉ。やれやれ、何が起こっておるんだか…」
冒険者を長く続けてきた二人にとってもさすがに黒龍を目にするのは、ましてや黒龍がオラリオに来るなど初めてだ。動揺が表情に表れ、隠しきれていない。
「あの…団長は?」
「フィンなら、ダンジョンに潜っている。アルトの事も気掛かりだからな」
今この場にいないフィンはアルトを、リヴェリアとガレスは外の様子を確認するという事か。しかしさすがにこんな事態になっているなど思いもしなかっただろう。
「…アイズ」
「…うん、解ってる」
大丈夫だ。リヴェリアに言われなくとも解っている。ここで黒龍と戦う、それがどういう事か。だからここはぐっと耐える。黒龍が動きを見せるまでは様子見に徹する。そう、自分の心に言い聞かせる。衝動的に飛び出しそうになる足を必死に抑える。
「ダンジョンの様子がおかしい上に黒龍か。こりゃ、ワシらの想像を超えるような何かが起こっておるようじゃの」
「言われずとも解っている。だが、その何かとは…」
「あはは、ごめんねー?こんな大騒ぎにするつもりはなかったんだけどねー」
その声は、あまりにも突然に聞こえて来た。全員が同時に振り返った先に立っていたのは黒いローブを纏った小さな子供。
子供はけらけらと面白そうに笑いながら警戒度を全開まで上げたアイズ達を眺めていた。
「子供…?何者だ、貴様」
「貴様って…、もうちょっと柔らかい言い方出来ない?これでも僕、姿は子供なんだけどなー」
飄々としたその態度からは明らかにただの子供とは思えない雰囲気が漂う。
「…匂いがねぇ」
そんな中、全員の中で位置的に後方にいたベートが小さく呟いた。
「なに…?」
「匂いがしねぇ。…こいつ、ここにはいねぇ」
聞き返したリヴェリアにベートが今度はハッキリとした声で言った。その声が聞こえたのか、子供が目を丸くする。
「…なるほど。君は
ベートに感心するように言うと、異様な気配を発する子供はアイズ達から視線を外して空を見上げる。子供の視線の先には塔の周りを飛び回っていた黒龍が未だその場に留まっていた。だが、これまでにアイズ達が見てきた黒龍とは僅かに格好が違う。
ずっと、何かを探しているかの様に塔の周りを飛び回っていた黒龍は今、こちらを見下ろしていた。いや、違う。黒龍が見ているのは自分達ではない。目の前にいる、子供──────
「グォォォォォォオオオオオオオオオオ─────────」
翼を広げ、天に向かって咆哮を上げる。その姿が喜んでいる様に見えるのは気のせいか。
「ずっと待ってたんだね、僕の帰りを」
黒龍の雄叫びに、子供が歓喜の笑みを以て返事を返す。一歩一歩、ゆっくりと黒龍の真下に向かって歩き出す子供の背中をアイズ達は眺める事しかできなかった。両足に杭が打たれたように、その場から動く事が出来なかった。
「でも駄目じゃないか、まだ完全には力が戻っていないのに。僕がここに来なきゃ死んでたよ?」
それはまるで、親が子を宥め言い聞かせてるかの様。
子供と黒龍。傍から見れば圧倒的に黒龍が強者だ。そのはずだ。
だというのに、アイズにはどうしても子供の方が強大で、黒龍を飼い慣らしてるようにしか見えなかった。
「さあ、帰るんだ。あの子達と同じように、君まで死なせる訳にはいかないからね」
子供が手を差し伸べると、その手に向かって黒龍がゆっくりと降下する。そして地面に両足を着けると、まるで甘えるように顔を子供の掌に擦り付けた。そこには最強の怪物としての、覇者としての威圧感はなく、ただ親に甘える子の姿があるだけだった。
子供も微笑みながら黒龍の顔を撫で、満足したのか黒龍は不意に顔を手から離してそのまま飛び立っていった。飛び立った黒龍をしばらくの間、子供は見つめ、不意にアイズ達へと視線を戻した。
「驚かせてごめんね。まあ、あの子もまだ甘え盛りだからさ、許してやってよ」
もう訳が解らなかった。何だそれは。それでは、まるで本当に、あの黒龍の親の様ではないか。
「何者だ…。お前は、一体…」
「何者、ね。うーん…、僕の子の言葉を借りて言うなら…」
悪者、かな──────
「ふざけおって…」
「…やっぱり同じファミリアだね。反応が全く一緒だ」
目尻を吊り上げるガレスを見ると、子供は何とも面白そうに嗤う。
何がそこまで面白いのだろう。何故、そんなに楽しそうなのだろう。
本当にただ子供が無邪気に笑っているように見えて、それがどうしようもなく恐ろしい。
「…団長君がいないね。彼が団員を見捨てるとは思えないけど…、あぁ、なるほど。もう
「っ、貴様っ」
リヴェリアの肩がぴくりと震えた。直後、焦った様子で声を上げた。
その声には反応せず、子供は額に手を当て、何かを考えているようだった。
この間に攻撃を仕掛けるべきか。だがあの姿は恐らく幻影。何らかの魔法でそこに居るように見せかけているだけだ。ならば何もせず、少しでも情報を引き出すべきか。
「んー、ごめんね。もう少し君達と話してみたかったけど、どうもそうはいかないらしい」
だがそんなアイズ達の思惑に反し、子供はあっさりとこちらに背を向けた。
「まさかフレイヤまで動くとは…。相当あの子に入れ込んでるみたいだね。まあ、渡すつもりはないけど」
──────消えていく…!?
何の前触れも起きなかったせいで、子供の体が透け始めている事に気付くのに時間が掛かった。気付いた時にはもう、はっきりと子供の体を通して向こう側の景色が見えるまでになっていた。
「まてっ!」
「安心して。今回は特に誰も殺すつもりはないから」
「…安心できる要素なぞどこにもないのぅ。結局、貴様は何をしに来たんじゃ」
そう、問題はそこだ。子供の姿をしたあの怪物が、黒龍を飼い慣らす化物が、何のためにオラリオに来たのか。
ガレスの問いかけに動きを止めた怪物はゆっくりと振り返り、こう言い残して消えて行った。
「様子を見に来たんだよ。殺したいほど愛しいひとの子の」
その姿が見えなくなっても、しばらくその場から動けなかった。全身が縛り付けられる感覚がずっと消えないでいた。
「…行こう。アルトとフィンが心配だ」
一番最初に正気を取り戻したリヴェリアの声に引かれるように、アイズ達もようやく正気を取り戻す。縛り付けられる感覚が解かれ、身体に自由が戻る。
「くそ…。何だったんだ、あいつは」
「解らん。…だが、ロキが言ってた事と照らし合わせれば、奴がアルトを狙って来たと容易に推測できる」
「…謎もまだ多いがな。じゃが考えても埒が明かん。ともかくダンジョンに行くぞ」
今は思考を放棄する。それよりもするべき事が、大事な事があるから。
アイズ達は一斉に、白亜の巨塔に向かって駆け出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アイズ達が黒龍を見上げていたその頃、ダンジョンへと入ったフィンは全速力で下層を目指していた。
(…アルトは今頃十…、いや、もっと下に潜ってるか)
アルトリウスが館を出た時刻から、ダンジョンへ入った時刻を予想。そして現在の時刻から今のアルトリウスの位置を予測する。とはいえこの予測はハッキリとしない曖昧なもの。館から出て真っ直ぐダンジョンに向かったとは限らないし、今のダンジョンの様子からアルトリウスが順調に下層に潜っていったとも限らない。
ダンジョンの中に入ったフィンを待っていたのは、波打つ壁と異常に暴れるモンスター達だった。フィンがオラリオに来て冒険者となり、ダンジョンへ潜るようになってから今まで見た事のない光景だった。壁が波打つ様はまるで鼓動の様で。何かに駆られるようにダンジョン中を走るモンスターの様子は明らかに異常で。本当に冒険者になりたての頃以来だった。ダンジョン上層で、僅かにでも恐怖心を抱いたのは。しかしそれでも、上層のモンスターはフィンにとって取るに足らない存在。襲い来るモンスターを即座に討ち払いながらフィンは駆けた。
下へ潜るごとに壁の波は激しさを増し、モンスターの苛烈さも同様に凄まじくなっていく。リヴェリアとガレスはアイズ達と合流できただろうか。あの咆哮の正体は何だったのだろうか。そんな長としての気遣いをする余裕は少しずつ奪われていく。一心不乱に槍を振るいモンスターを薙ぎ、先を進む。そうしてどれ程時が経っただろう。ふと気付けば自分の息が乱れていた。全力で走っていたせいもあるだろうが、それでも上層で自分が息を乱しているという事実にフィンは驚く。
十二階層に辿り着いた。鼓動の様だった波はすでにそんな面影はなく、引っ切り無しに揺れている。だが不思議な事にモンスターとの遭遇回数は減っていた。それどころかこの一つ上の十一階層では一度もモンスターとの戦闘は起こらなかった。それまではまるで仇討ちと言わんばかりに襲い掛かって来たというのに。
何かが起きているというのはダンジョンに潜る以前から解り切っている事だったが、その正体に自分が近づいているという事を改めて確信する。そして──────
「あらら、随分とお早いご到着で」
突然背後から聞こえて来た声が、この声の主が元凶だとフィンは即座に直感した。
槍を抜き、その場から離れて体を反転。声の主と対面する。
体格は自分とあまり変わらない。むしろあちらの方が小さいようにも見える。だが全身から発せられる異様な空気が否応なしにフィンの警戒レベルを引き上げる。
「ホント、早すぎるよ。一応時間稼ぎはさせたつもりだったんだけど…。さすが
笑みを浮かべる目の前の存在が、人ではないとフィンはすぐに察した。そして今ダンジョン内で起きているこの現象、前に似た事件があったのをフィンは同時に思い出した。その時の原因はダンジョン内に神が侵入した事だった。なら、目の前にいるこれは──────
「ダンジョン内に神が入る事は禁じられている。それを知らずにいるのなら、すぐにここから去れ」
「…一瞬で僕の正体に気付くんだ。まあ、別に神威を隠してる訳でもないけどさ。それでも君の仲間達はなかなか気付かなかったんだよ?」
他の仲間達が気付かないのも無理はない。この少年の気配は、神威は、あまりに悍まし過ぎる。似た気配を持つ神もいたが、格が違うと言わざるを得ない。比べ物にならない。
だが、仲間達とはどういう事だ。この奥にいるだろうアルトリウスなら先に会っていてもおかしくはないが、達、というこの一言の意が解らない。
「君よりも先に、地上に送った分身が君の仲間達と会ったんだよ。ちょっと想定外の事が起こってね。あぁ、大丈夫。それはもう解決したよ。君の仲間達も無事だ」
想定外。ダンジョンに入る前に聞こえて来た咆哮、その主の事だろうか。その想定外とはこの神と敵対する何者かなのか、はたまた別の可能性か。それにリヴェリア達が無事、というのも果たして本当なのか判断がつかない。
「…まあ、信じられないよね。君の大切な仲間を襲う奴の事なんか」
「っ…、や…」
「見つけたぞ」
やはり、と目の前の神を問い質そうとしたその時。フィンでもなく、目の前の神でもない、第三者の声が空間内に響いた。振り返り、そこに立つ男の姿を見て、フィンは驚きを隠せず目を見開いた。
「オッタル…!?」
そこに立っていたのは、オラリオ唯一のLv.7、最強の冒険者。フレイヤファミリア団長、オッタル。
「何故、君がここに…」
オッタルはフィンに一瞬視線を向けてからすぐに神へと戻し、フィンの隣で立ち止まる。
「正直、君が
「…そうか。君は、フレイヤの指示でアルトを」
「…」
神の言葉にも、フィンの言葉にも答えず、オッタルは無言のまま背中の大剣を抜く。
「少し気が早くないかな?気にならない?僕がどうして、アルトリウスを狙ってるのか、とか」
「そんな事はどうでもいい。語る事など何もない。ここは通らせてもらう」
「…はぁぁぁ」
オッタルの慈悲もない宣告に、掌を額に当てながら大袈裟に溜め息を吐く。俯きながら軽く首を横に振っている。前髪に隠れ、表情が見えない。
「まだ通すつもりはないよ。あの子の真価を見れていないからね」
再びその視線がフィンとオッタルに向けられた時、無意識にフィンは戦闘態勢をとらされた。オッタルも大剣を構え、切っ先を向けている。
「しばらくの間、君達にはここにいてもらうよ。僕の目的が果たされるまでね」
その言葉は、まるで合図だった。
直後、壁の波が更に荒立つ。と思えば、突如床が揺れ始めた。
「さて、と…。ここにいちゃ危ないから、僕は行くよ」
「なっ…、ま…」
突然現れ、大きな何かを残し、そしてその神は消えて行った。どこへ行ったのか。そんなのは想像に難くない。あのまま帰るとは思えない。行先は間違いなく、アルトリウスの所だ。
「…先を急ぎたいところだが、そうもいかんようだぞ。
「なに…?」
アルトリウスがいるであろう更なる奥地へ駆け出そうとするフィンに、オッタルが待ったをかけた。立ち止まり、視線を上げてオッタルを見上げる。
オッタルの視線は、下を向いていた。
「っ!」
正確には、ダンジョンの床に奔った亀裂をオッタルは見ていた。揺れに耐え切れず奔った、と判断しかけたフィンはすぐにそうではないと考え直す。
亀裂の間に何かが見えた。
骨だ。亀裂の両側を、巨大な紫紺の骨の両手が掴んでいた。骨の両手は亀裂をもっと広げようとしているようだ。
何かが、ここに登ってこようとしている。フィンもオッタルも、すぐにそう悟った。
「■■■■■■■■■■■■■──────────」
二人が認識してから一瞬の出来事だった。亀裂が突然一気に広がり、そこから巨大な影が飛び上がった。
絶叫を上げながら降りて来たのは骸骨の巨身。通常ならば漆黒に染まっているはずの全身は打って変わって、紫紺に染まっている。
「ウダイオス…なのか…!?」
《ウダイオス》
三十七階層の
「くっ…」
本当に、何が起こっているのか。この異常なウダイオスの出現も、あの神の仕業なのか。
思考を働かせようとするフィンを余所に、ウダイオスは動き出した。
ないはずの両足を動かし、こちらに駆け出した。
多くの疑問と懸念を残しながら、この事件最大の戦闘が今、始まろうとしていた。
今回の話のまとめ
黒龍「よっしゃ出番きたああああああいくぜえええええええ!」
神「めっ!帰りなさい!」
黒龍「(´・ω・`)」
オッタル「久々の出番ktkr」
フィン「真面目にやれ」
骨「神様死すべし…誰やねんお前ら」