恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:もう何も辛くない

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削ぎ落とす──────

 

削ぎ落とす──────

 

床が揺れている──────いらない

 

壁が波打っている──────いらない

 

上から物音が聞こえる──────いらない

 

どこからか視線が向けられている──────いらない

 

不必要な情報は全て削ぎ落とせ。目の前の敵を打ち倒すために必要な情報だけ掬いとれ。それを基に、動きを最適化させろ。

 

相手の斬撃を弾き、拳を避け、タイミングを計って反撃するも防がれ、そうして幾合打ち合っただろう。すでに体はボロボロで、胸のアーマープレートは欠け、衣服は所々切られ破れている。一方の奴は全くの無傷だ。一太刀も入れられないどころか、そのローブにすら未だ触れる事すらできない。

 

本来ならば有利なのはこちらのはずだ。相手の得物は細身の剣一本。一方のこちらは二本、その上魔法で手数を更に増やす事も出来る。しかしその要素を簡単に吹き飛ばす、ステイタスという絶対的な力の差。斬撃は弾かれ、魔力の弾丸は砕かれる。今、この体の中にある力全てを振り絞っても届かない。

 

なら、やるしかない。今で駄目なら一秒先で、それでも駄目なら十秒先で、その間に吸収しろ。記憶の中の強者から、目の前の強者から。そして切り捨てろ。自分の中に染み付いた不要な動きを、無駄な力を。

 

「む──────」

 

腕が浮いた、その隙を逃さず男の左胸、心臓がある場所へ刃を突き入れる。

 

視界から男の姿が消える。だが動いた方向は見えた。視線をすぐにそちらに向ける。

 

捉えたのは男の姿、そして首元に迫る刃。

 

「顕現せよ」

 

詠唱式を唱え、迫る刃と首の間に魔力の塊を出す。魔力の塊に一瞬阻まれた刃は塊を砕き、尚も迫る。だが、阻まれたその一瞬の遅れの間に割り込ませた刀身が、間一髪のタイミングで受け止める。

 

「っ!」

 

直後、息を呑んだ男が左へステップ、その場から離脱する。

 

先程の詠唱式。顕現させたのは首元にだけじゃなかった。男の背後、円錐の針を同時に顕現させていた。

 

今まで複数の塊を顕現させることは出来たが、それは飽くまで自身の視界の範囲内限定だった。視界を閉じた状態での魔力顕現を行う練習はこれまで何度もしてきたが、成功したのは数えるほどだった。まず魔力顕現とはどの座標に顕現させるか固定し、顕現させる魔力の量を掬い、集めた魔力を形成するという工程を経て至る。自身の死角への魔力顕現では、最初の工程を行うのが途轍もなく難しいのだ。だというのに、この緊迫した状況で、成功すると微塵も疑う事無く試みる事が出来た。

 

そしてその試みが功を奏する。

 

ステップした男に追い縋る。男は正面から迫る俺に対して防御の体勢をとるが、一瞬で行動を切り替えて再び左へステップした。振るった剣は空を切り、もう一方の剣を振り上げる。

 

剣戟を交わす。何度も、何度も。その中で魔力顕現で隙を作ろうと試みるも全て凌がれる。

 

刃がぶつかり合う金属音が、床が破壊され炸裂音が響く。

 

渡り合える。

戦いが始まってすぐはあれほど翻弄され、痛め付けられていたが今は剣戟の応酬に持ち込めるまでになった。自分が高まっていくのが、研ぎ澄まされていくのが解る。

 

上段からの振り下ろしを左の剣で()()()()()。相手の刃を弾いてから右の剣を胸目掛けて突き出す。半身になって躱される。弾かれた剣を返し、左から薙ぎ払いが来る。

 

「顕現せよ」

 

膝を僅かに曲げながら詠唱式を唱える。斬撃の軌道上に魔力の塊を、円錐型で配置する。

 

「っ」

 

男の目が見開かれる。男が振るった剣は円錐型の塊とぶつかり合うと、その形に添って軌道が逸らされた。僅か頭上を横切っていく剣を視認してから、右腕を振るい、振り切られた男の剣と自身の剣をぶつける。

 

剣を振り切った男の腕にさらにこちらから力を掛けた。結果、男の体勢が初めて崩れる。初めて男が見せた隙と言い切れる隙を逃さず、懐へ潜りこむ。首を巻いた左腕に力を込め、大きく振りかぶる。男が後方に逃げようとするが、間に合わない。間に合わせて堪るか。

 

狙うは首。どれだけステイタスが掛け離れていようと、相手が生物である以上急所への攻撃が効かない筈はない。

 

殺った

 

俺はこの時そう思った。この展開は間違いなく相手の油断が要因だ。全力で掛かられていたら成す術なく斬られていただろう。それでも勝ちだ。どんな要因であれ、生き残った俺の勝ちだ。そう確信しながら放った俺の斬撃は―――――――――

 

 

 

 

どこからともなく現れた影によって阻まれた。

 

 

 

 

「は―――――――――」

 

視界を覆う黒。何の穢れもない、純粋な黒。

それが、男の首に迫った刃を防いでいた。

 

「なん…っ」

 

何だ、これは。

疑問が口から出る直前に我に返り、左腕を引き戻し同時に後方へと下がる。

 

顔を上げて男の位置を見ると、まだその場から動いていなかった。男を守った黒い影は突然、ぐにぐにと形を変え、球体となって男の背後を浮遊し始めた。直後、先程は打ち消した疑問が再び浮かぶ。

 

あれは、何だ。浮遊する球体は男の周りをゆっくりと回っている。まるで、男に付き従っているかのように。…いや、ようにじゃない。現に付き従っているのだ。あれは男に従い、男を守る物。正体は解らないが、俺の魔法と少し似ている。

 

あの謎の球体は男の意志に従って形を変え、男を守る盾となる。

そして俺の魔法は空気中の魔力の残滓を従えるもの。

 

「――――――――――」

 

そこまで考えたその時、男が構え、姿を消す。床を踏む音が背後から聞こえて来たのはその直後。即座に反転し、相手の斬撃と自身の斬撃をぶつけ合う。

 

目にも留まらぬ速度で連撃を繰り出す男に対し、こちらはついていくだけで精一杯だ。反撃の隙は勿論、それを作る試みに移る事すらできない。

 

先程、俺はこの男が格上故の僅かな慢心を突いて追い詰めた。だが今、男の顔つきは先程までとはまるで違っている。俺の行動を面白がっていた男の顔は引き締まり、俺を確かな一人の敵として見据えている。

 

「しっ―――――――――」

 

「くっ…!」

 

まるで時間が巻き戻ったかのようだ。戦いが始まった当初、男が圧倒し、こちらが翻弄されるだけだった状況へ。

 

男の剣戟をこちらが双剣という数の利を駆使して何とか凌いでいるものの、全く反撃ができない。【顕現】でこの状況を崩そうと考えてはいるが、実行にまで辿り着けない。この翻弄されている状況の中で、演算ができない。

 

魔法が使えないとなると展開されるのは剣技のぶつかり合い。しかしこちらは切り札が切れない状態に対し、相手はいつでも切り札を切ってこちらを追い込める。さっきまでは相手の剣戟に集中していればよかった。だが今は、注意を向けなければならない物が一つ増えてしまった。

 

全神経を集中させてようやく保てていた均衡が崩れていく。相手は初めて使用して見せてから魔法は使っていない。視界に一瞬ちらつく黒い塊に、深く、研ぎ澄まされた集中が乱される。

 

「――――――――」

 

無理な体勢から形振り構わずその場から後退して距離をとり、追撃してこなかった男を睨む。戦いの中、男が全力は出していないだろうとは解っていた。だが今はどうなのだろう。果たしてあれは奴の全力なのか。手の内の一つを出させたのは間違いないだろうが。

 

「……ふぅ―――」

 

呼吸を整え、双剣を構える。男はこちらを見据えたまま動かない。

 

対峙していると、本当にこの男は何をしたいのか解らなくなってくる。戦いっている時は本気で殺すための攻撃をしてくるにも関わらず、こうしてこちらが体勢を立て直すのを待っていたり。さっきも、無理な体勢のまま後退したその時、追撃されていたらどうなっていたか。冷静な頭で考え、悟る。恐らく死んでいた。

 

二年前、初めてオッタルと刃を交わした時と似ている。あの時、オッタルはフレイヤの命令で俺を殺そうとはしなかった。なら…、こいつはどうなんだ。あの主神の命令で手を抜いているのか。

 

「来ないのか?」

 

男が問いかけて来る。思考を切り、集中を相手に向ける。

 

男の周りでは未だに黒い塊が浮遊している。まだこちらの斬撃を防いだ以外に使用されてはいないが、いつ形を変えて襲わせてくるか解らない。相手の剣戟を捌きながら黒い塊の奇襲にも注意を向ける。

 

…いや。本当にそれだけか?俺に出来る事は。もう一度考えろ。俺の手にある力で、もっと最善の手があるんじゃないのか?

 

「来ないのなら、こちらから行くぞ」

 

「っ!」

 

正面に剣を振り被る男。対してこちらは双剣を交差させて迎え撃つ他ない。

 

振り下ろされた剣と交差した剣がぶつかり合う。両腕に伸し掛かる重み。明らかに先程よりもその重さは増していた。両腕から伝わった重さが両足へ、そしてそれに耐え切れず地面が陥没する。

 

「くっ!?」

 

苦悶の声が漏れたと同時、体勢が崩れ、片膝が地面に付く。

 

男は剣に力を加えたままその場から動かない。このまま脳天から俺を切り裂くつもりか。

 

それなら、こちらも一つ、反撃させてもらう事にする。

 

座標を固定し、空気中から適量を掬い、そして形を整える。

 

「顕現せよっ」

 

「っ」

 

男の剣を防いだまま、詠唱式を唱える。男は俺の視線が自身に向いていない事に気付き、振り返る。瞬間、男から伝わる力が僅かに弱まった。両腕に力を一杯に込め、男の剣を押し返してから後退。

 

自分の背後で何が起こったか、それを確認した男はこちらを向く。動揺は全く感じられない。そう、動揺する必要などないのだ。格上はあっち、格下はこっち。本来は隔絶し難い力の差があるのだから。しかしこちらにはその力の差を覆す手がある。そのためにまずは、相手の魔法を封じる必要があった。

 

男の背後、浮遊を続ける黒い塊を囲む箱は俺が作り出した物だ。奴は顕現した魔力を壊すほどの力を持っているが、そんな余裕は与えない。大きく息を吐き、気を落ち着かせてから男に向かって疾駆する。

 

一方の剣を振り上げた直後、男も剣を振り下ろす。二つの剣がぶつかり合う前に、もう一方の剣を突き出す。

 

こうして剣戟をぶつけ合うのは何度目だろうか。再び連続で鳴り響く金属音。もう長い時間は掛けられない。残された道はここで一気に勝負をつける事。あの塊を抑えられているとはいえ、長い戦いを経て圧倒的に消耗しているのは俺だ。体力的にも、精神的にも、神経をすり減らせた体は重く、傷がついた箇所が悲鳴を上げる。

 

「…正直、ここまでとは思っていなかった」

 

剣戟を打ち合う中で、ふと男が何かを呟いたのが聞こえた。

 

「二年。たった二年で、よくぞここまで磨き上げたものだ」

 

交錯する。その途中で、男の表情が目に入った。

 

男は、笑っていた。

 

「な―――――――っ!?」

 

その直後だった。右肩に鋭い痛みが奔ったのは。

相手に斬られた訳じゃない。男が握っている剣はそこにある。交差した二本の剣と切り結んでいる。なら、何が。

 

「っ」

 

頭の中からすっかり抜けていた。そうだ、何度も実感したじゃないか。なのにどうして、俺はこんな明らかな油断をしてしまったのか。相手は圧倒的な格上だ。俺の魔法を破壊する力の持ち主だって、そう考えたじゃないか。

 

どうして、()()は俺の魔法を打ち破れないと、そう定めてしまったんだ。

 

振り返った視線の先。

そこには、顕現させた魔力の塊ごと俺の肩を貫いた黒い塊が静かに浮遊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




格上相手に油断するという愚行極まりない行為を犯してしまった、アルトリウスの運命は如何に。
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