恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
予想通り、遠征に出た団員達は全員ダンジョンに突入していた。目論見通りファミリアの誰にも悟られずダンジョンに潜り、思うままにモンスターと戦い続けていた。現在俺がいるのは十一階層。今までは十階層より下へは行くなと言われていたが、十階層までのモンスターではどうも手応えを感じないようになっていた。ならばどうするか。もっと下の階層へ潜るしかないだろう?
十階層から十二階層は辺りが霧に覆われ、視界がかなり悪いエリアだ。ソロは勿論、たとえパーティを組んでいたとしても油断ができない危険な階層である。
さらに十一階層、十二階層には二つの階層にかけて出現しながら、上層には
《インファント・ドラゴン》は絶対数の少ない希少種で、出現するまでかなりの時間を要したが、今、俺の前には体長4Mを超す小竜が怒りに狂っている。
すでに戦闘が始まってから十分くらいが経ってるだろうか。鋭い爪と牙も、巨大な口から吐き出される炎線も…、正直、期待外れだった。竜種と聞いて期待していたが、これでは足りない。
「グォォォオオオオオオオオ!!」
凄まじい咆哮を発しながら爪を突き出す小竜。命中すれば、俺の体は容易く貫かれるだろうが…、如何せん遅すぎる。小さく横にステップするだけで爪をかわすと、小竜の爪は床に突き刺さる。それを横目で見た俺は、突き刺さった小竜の爪に足を乗せて駆け出す。
自身の腕を駆けて体を駆け上がってくる俺を見た小竜は、すぐに爪を抜くと俺が駆ける方の腕を大きく振るう。だが、小竜が腕を振るったその時には俺はもう小竜の顔面に向かって跳躍していた。腕から直接顔面には届かない、それは把握していたからまずは小竜の肩を踏み台にしてもう一度跳躍。これなら、届く。
小竜がこちらに顔を向け、ブレスを放とうとする。口の奥で炎が燃え上がるのが見える。それも、遅い。
両手に握る双剣で開いた口から剥き出しになった小竜の舌を切り裂く。激痛に悲鳴を上げる暇も与えてやらない。小竜の鼻に着地し、すぐに双剣を逆手に持ち替えて小竜の左目目掛けて振り下ろす。
「ギィィィィヤァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
耳を劈くような小竜の悲鳴が響き渡る。剣が刺さった二か所から血が噴き出し、顔面を濡らす。小竜は俺を振り落とそうとしているのか、それともただ痛みで暴れているだけなのか、大きく首を振るう。強い遠心力が襲うが、双剣から手は離さず、その場で強く足を踏ん張らせる。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
手に力を込め、さらに双剣を深く突き入れる。小竜の悲鳴が凄まじさを増す。遂に、二本の剣の刀身全てが小竜の左目に突き入れられた。瞬間、ぴたりと小竜の悲鳴が止み、その巨体が床に横たわる。
俺が双剣を目から抜き、小竜の鼻から飛び降り床に着地した直後、《インファント・ドラゴン》は黒い煙となって姿を消し、その場には魔石一つだけが残されていた。
戦闘が終了し、一息吐きながら剣を一振りし、刀身に付いた血を払って鞘に納める。
床に散らばった《インファント・ドラゴン》のドロップ品を拾い集め、ポーチの中へ入れていく。
さて、これからどうしようか。ダンジョンへ潜ってから随分経つ。ハッキリ言えば、腹が減って来た。一度バベルまで戻って腹ごしらえするか…。いや、それではまたここまで戻ってくるのが面倒だ。はてさて、どうしようか…。
「…?」
ぼーっと考え込んでいると不意に、手を叩くパン、パン、という音が聞こえた。その音の方へ目を向ければ、霧の向こうに見える三つの人影。その人影は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「はぁ~、驚いた。まさか《インファント・ドラゴン》をソロで倒すとはな」
「…あんたは」
三人の顔がはっきり判別できる距離まで近づいてきた男達は、オラリオに来てすぐ、シリウスの双剣を狙って襲い掛かって来た奴らだ。男達は総じて如何にも驚いてますという表情をしているが、口元が歪んでおり、こちらを見下しているのは明白だ。
「そうか…。最近、ロキ・ファミリアにすげぇ新人が入ったって聞いたが…、てめぇの事だったか」
「は!?あの話に出た子供って、こいつの事かよ!?」
「うっわ、マジかよ!くっははははは!」
そういう噂が流れているという事は俺の耳にも届いていた。そういう噂が他の冒険者の耳に届き、中には俺に良い感情を持っていない者もいるだろうとリヴェリアが言っていた。いずれ、誰かに因縁つけられる時が来るのかもしれないと、そう考える時もあった。
だが、その最初の相手がこいつらで、しかも場所がダンジョンの中だとは全く予想できなかった。
「なあおい、覚えてるか?この傷をよ」
すると、真ん中に立った、他の二人よりも立派な装備を着けた男が左手のグローブを外すと、露わになった左手の甲をこちらに向けてきた。手の甲には一線の傷跡だ。
「てめぇが付けた傷跡だ。あの後、ホームに戻って仲間に治療してもらったんだけどよぉ…、跡が残っちまった」
男は一度手の甲の傷跡に視線を落としてから、すぐに再びグローブを着ける。
「別によぉ、モンスターに付けられた傷だったらいいんだよ。んなもん、冒険者としちゃ覚悟しなきゃなんねぇ事だし、死ななかっただけマシって思えるしな。だがよぉ…」
男の声が次第に低く、険しくなっていく。顔が俯いて見えなくなり、握られた両拳が小さく震えている。
「だがよぉ!てめぇみたいなガキなんかに傷つけられたなんて、恥以外の何物でもねぇんだよ!あの時からムカついてムカついて仕方ねぇ!傷が疼いて仕方ねぇ!!」
「…ただの自業自得だろ」
「そうさ!この傷は俺のミスだ!だから今…、そのミスを取り返しに来たんだろうが!!」
男はそう言うと、背中の鞘から一振りの剣を抜いて向かってきた。それに対し、こちらも即座に双剣を抜いて迎え撃つ。男が振り下ろす刃を、双剣を交差させて防ぐ。
「さすがに、殺しはまずいんじゃないのか?」
「いいや?てめぇを殺したのは俺じゃねぇ。モンスターさ」
明らかに正気じゃない様子の男に問いかけると、にやりと笑いながらそう答えた。
「俺達は、《インファント・ドラゴン》に殺されたてめぇを助けようとした。が、間に合わず、それでもてめぇとの戦闘で弱った《インファント・ドラゴン》を倒して仇を討った。そう報告してやるんだよっ!!」
「…バカが」
高笑いしながら叫ぶ男に小さく呟く。周りの男達もそうだが、こいつらは冒険者でありながら神には嘘が通じないという常識を忘れているのだろうか。俺はそれを知っている。というより、実感している。
万が一、こいつらの計画が成功したとしても無駄だ。すぐにこいつらは破滅する。だが、それを教えてもこいつらは止まりそうにない。
「腐ってんな、あんたら」
「俺をこうしたのは、てめえだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」
「その上思考停止の責任転嫁…。救えねぇ、救えなさすぎだよあんたら」
こちらに突っ込み、剣を振り下ろす男。この男、色々と終わってはいるが、冒険者としてはそれなりにキャリアを積んでいるらしい。多分、俺よりもステイタスだけなら高い。ほんの少しだけだが、剣を交えてそれは解った。
「くっ…、そがぁっ!何で当たらねぇ!」
フィンの方が鋭かった。ガレスの方が重かった。アイズの方が速かった。
この程度なら、ただの格上だ。
「おい、てめぇらも来い!」
「お…おう!」
何度攻撃を仕掛けても俺に傷一つ与えられず、堪らず今まで見ているだけだった他二人の男も呼んで俺を囲む。正面には息を切らしながら剣を構える男。背後に短剣を持った男と、両手に槍を握った男。
「かかれ!」
彼らは、男の合図…アイズじゃないよ?と共に一斉に襲い掛かって来た。
全員が狙いを俺の胸の辺りに定めている。…本当にこいつらはバカだ。もっと狙いがそれぞればらけていたら、こっちも少し避けるのに苦労したものを。しかも全員が武器で突いてくるという全く同じ攻撃方法とか、馬鹿を通り越してもう何と表現すればいいか解らないレベル。
全員の攻撃をただしゃがむだけで回避。俺の黒髪が何本か持ってかれるが、気にしない。すぐに目を背後に立つ槍使いの男に向ける。足を踏み込み、槍使いの懐に潜り込み、剣の柄を男の腹に突き入れる。
「ぐぼぉっ!?」
槍使いは唾を吐きながら気を失い、背中から倒れる。唾がかからないよう体を翻してこちらを向く残り二人の男へ向き直る。
「な…っ!?」
「この…!ガキがぁ!!」
短剣使いの方はこの一連の俺の動きに反応できず、槍使いが気絶した所を見て戸惑っていたがリーダー格の男はそうではなく、背後から剣を振り下ろしてくる。左手の剣を相手の剣にぶつけて防ぎ、もう一方の剣を振るう。男は剣を引いてバックステップして斬撃を回避すると一度、俺から距離をとったまま立ち止まる。
「てめぇ…。
「は?」
こちらと対峙する男が、鋭い視線を向けながら言った。
「ハハハハッハハハ!そうさ!そうでなきゃ、冒険者になってたかだか三か月のガキに、Lv.2の俺様が手古摺る訳ねぇよなぁ!?」
正直、それを疑う気持ちだけは解らないでもない。だが少し考えれば、それはあり得ないと解るはずなのに、この男は本気でそう思い込んでいる。
「終わりだよ…。終わりさ!おめぇも、ロキ・ファミリアも!まさか主神が
「…」
俺が悪いとはこれっぽっちも思っちゃいないが、もしかしたら俺が付けたあの傷がこの男を狂わせたのかもしれない、と少し考えていた。だがそれは勘違いだった。
この男は最初から腐っていただけだ。どこまでも、心の底まで、腐っていただけだったのだ。
「…!」
「あぁ?なんだぁ?」
ロキ達に迷惑がかからないように俺が対処するしかない。そう考えたその時、咆哮が響き渡った。俺だけでなく、男達もその声の方向へ視線を向ける。
今度は足音が耳に届いた。その音はどこか軽いように感じる。《インファント・ドラゴン》ではない?だがあの咆哮は尋常じゃない殺意が籠っていた。その主が《インファント・ドラゴン》でないのなら、何が──────
「…あんだよ。シルバーバックじゃねぇか」
霧の中から現れたのは、四本足で歩く巨大な猿型モンスター《シルバーバック》だった。その姿を見た男達は、明らかに気を抜いた。
《シルバーパック》は十一階層に出てくるモンスターで、確かにLv.2の冒険者であれば特に強く警戒する必要もないだろう。だが、それはただの《シルバーバック》であるなら、だ。さっきの咆哮、《インファント・ドラゴン》のそれよりも気圧されるものだった。《シルバーバック》を直接見るのはこれが初めてだが、聞いていた評価と直接対峙した印象が合致しない。
直後、その理由を思い知る事となる。
「邪魔すんじゃねぇよ…。くそざるg」
「っ、ま…!」
言いながら、剣を握って《シルバーバック》に向かって駆け出していく男。それを止めようと口を開くが、遅かった。《シルバーバック》の前で剣を振りかぶった男の姿が突然消える。直後、左側から轟音が響き渡った。
腕を振り切った体勢の《シルバーバック》を見て、悟る。男はあれに殴られ、吹っ飛んだのだと。《シルバーバック》の攻撃はここで終わらない。毛を逆立てると、男が吹っ飛んでいった方へと跳躍する。
悲鳴は聞こえなかった。聞こえたのは、何かが潰れる音だけ。
俺も、残ったもう一人も何も言葉を発せなかった。
再び、こちらに近づいてくる足音。その足音の主が何か、言うまでもない。
「…そいつを連れて逃げろ」
「…え?」
「早く!俺がこいつを抑えるから、そいつ連れてとっとと戻れ!」
「あ…、あぁ…!」
呆然とする男に声を掛ける。それでも動かない男を一喝し、気絶した男を連れて逃げるよう指示する。怒鳴られた男はようやく我に返った男は、気絶した男の肩を首に回して支え、走って上の階層へ繋がる階段へと走り出す。
「グル…」
籠った鳴き声が聞こえた。霧の向こうに見える影が、逃げる男達の方へと動く。
「させ、ねぇ!」
両足を曲げ、再び跳躍しようとする《シルバーバック》に向かって駆け出す。俺の声に反応した《シルバーバック》が、こちらに顔を向ける。さっきまで逃げた男達に顔を向けていた《シルバーバック》は、あっさりと俺のファーストアタックをその身に受ける。
「グオォォ!?」
刃を受けた白い腕から血が噴き出す。即座に今度は左の剣で連撃を仕掛ける。が、視界の端でぶれる影を見て動きを止める。同時に大きくバックステップ。俺がさっきまで立っていた場所を、太い腕が横切った。あと少し遅ければ、俺はあの狂った男の二の舞になっていただろう。
「グガァ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
攻撃を外したことが気に入らなかったのか、《シルバーバック》は表情を顰める。すると、両腕を開き、天を仰いで雄叫びを上げた。
「…話が違い過ぎる。何だこの化物」
白銀に染まった体毛が、足の方から真っ赤に染まっていく。大きく開いた口からメラッ、と時折出てくる小さな炎は、普通の《シルバーバック》ではあり得ない物。
ここまで見てきた光景から、ある結論が生まれる。
「…【強化種】」
別の個体の魔石を摂取すると、モンスターの能力に変動が起こる。だからこそ、モンスターを倒し魔石がドロップしたら、必ず回収する事。リヴェリアの講義で学んだ事だ。
誰かが拾い忘れた魔石を摂取し続けた、それも自身より強い個体の魔石をも飲み込み、進化したそいつは、俺に向かって再び雄叫びを上げた。