恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:もう何も辛くない

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時は三時間ほど前…、ロキ・ファミリア遠征隊の後方支援隊が十一階層に辿り着いた頃まで遡る。()()は、霧に紛れ、気配を悟られぬよう息を潜めながら姿を隠していた。

 

先程ここを通った一団もそうだが、目の前のこいつらに挑んでも自分は勝てない。何人かは食い殺せるだろうが、間違いなく戦闘になれば死ぬ。()()は、自身と目の前の冒険者達との力の差を理解していた。

 

だから、今は耐える。今すぐにでも殺してやりたい奴らでも、殺されるくらいなら見逃してやる。もっと生き、もっと殺すため、今すぐにでも飛び出しそうになる体を留まらせる。大丈夫。どうせすぐにまた獲物は来る。ここに、たくさんの獲物が──────

 

 

 

 

 

 

真っ赤な《シルバーバック》という完全な名前詐欺の大猿が腕を振り下ろし、拳が床を砕く。砕かれた床の破片が飛び散り、顔面を掠り一筋の血が流れる。それに構わず、床に埋まった拳が引き抜かれる前に、大猿の右腕目掛けて双剣を振り下ろす。

 

硬すぎて弾かれる、という最悪の事態は免れたがそれでも大猿に与えた傷は明らかに浅い。これでは大したダメージにならないだろう。拳を床から抜いた大猿が再び右腕を振るう。それを体を仰け反らして回避、直後に迫る左拳は双剣を交差させて受ける。

 

力比べ、だが。完全にこちらが押される。向こうは片腕、こちらが両腕。単純な力なら完全に分が悪い。視界の端で赤い影がぶれる。右拳がこちらに振り下ろされる前にその場からバックステップ。小さく宙に浮いた俺が着地する前に、大猿は両拳を引き戻してこちらに駆けてくる。巨体に似合わない俊敏さで迫って来るが、それなら俺の方が速い。肩をいからせ突っ込んでくる大猿の脇に体を滑り込ませ、大猿の左胸辺りに双剣を突き入れる。

 

手応えはあった。刀身が深く突き刺さり、大猿に大きなダメージを与えられた、そのはずだった。

 

「グォォォオオオオオオオオ!!!」

 

「くっ!?」

 

大猿の両腕が俺の首元目掛けて同時に振るわれる。膝を曲げてしゃがむと、両腕が振るわれた風圧が俺の髪を揺らす。その直後、俺の目の前で膝が迫る。双剣を抜き、後方に逃げる。

 

「ガァァァアアアアアアアア!!!」

 

一気に体勢を崩した俺に容赦なく大猿の追撃が迫る。立ち上がり、双剣を交差させて大猿の裏拳を迎え撃つ、が、防ぎ切れずに後方へ吹っ飛ばされる。体が何度も床に叩きつけられながら激しく転がる。体を屈めて頭だけは守るが、ようやく止まった時、全身が痛みを発する。

 

「ぐ…、くそっ」

 

たった一撃で、それも一応は防御できているにも関わらずこのダメージだ。

ゆっくりと立ち上がる俺を、大猿は余裕のつもりか、何もせずじっと見つめている。

 

両腕、肩、首、足、胸…、大丈夫だ。

骨折などの大きな怪我はない事を確認し、一度双剣を振るって、大猿を見据えて構える。大猿は汚い声を発しながら大きく息を吐き、両手を地面につけて体勢を低くとる。

 

飛び出したのは全くの同時だった。が、先に仕掛けてきたのは大猿。首元目掛けて横に振るわれる腕を、体勢を低くして回避、頭上を横切る腕目掛けて右手の剣を突き出す。

 

「ギッ!?」

 

初めて、大猿が苦痛に声を上げた。だがこれは俺の力のみで苦痛を与えたのではない。

突き刺さった剣は俺の手で固定され、そのまま大猿は腕を振るった。おかげで、その腕に大きく切り裂かれた傷跡がついている。

 

『戦闘では時に、自分の力だけじゃなく相手の力を利用する事が重要になる』

 

フィンに教えられた事だ。確かにこいつは俺の力だけでは敵わないかもしれない。だがそれでも、やりようはある。

 

「グゥ…ォォォォォ…」

 

だらだらと腕から流れる血を見遣ってから、大猿は大きく息を吸い込んだ。大猿の表情が見えなくなり、胸が大きく膨らむ。その仕草はつい最近見たものだ。それも今日。《インファント・ドラゴン》が炎を吐き出そうとした時に見せた仕草そっくりだ。

 

瞬間、脳裏に過る。戦闘が始まって直後、《シルバーパック》の白銀の体毛が赤く染まっていった時に目にした、口から出てきた小さな炎。

 

まさか──────

慌てて走り出す。後ろにではなく、横へ。今、大猿は大きく後ろに仰け反っているせいで俺の姿は見えていない、はずだ。今の内に、奴の射線上から逃れる。

 

直後、大猿の息を吸い込む音が止み…、極太の熱線が吐き出される。その範囲は、今俺がいる場所も含んでいる。

 

「アァァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

叫び声をあげながら、形振り構わず前方に向かって飛び込む。

放たれた熱線は床に軌跡を残しながら突き進み、激突した壁に大きな跡を残す。

もし命中していたら…、髪の毛一つ残らず全身が燃え尽きていたかもしれない。何とか無事でいるが。

 

「グガガガァァァァアアアアアアアアア!!!」

 

 

俺を仕留めるのに時間が掛かっているのが琴線に触れているのか、苛立たし気に叫ぶ大猿。両拳で一度、強く床を殴ると、両手両足を使ってこちらに飛び込んでくる。すぐに立ち上がって応戦の体勢をとり、双剣を構える。

 

心臓がうるさいほど鼓動する。一撃必殺の、被弾は許されない攻撃が次々に迫る。双剣で軌道をずらし、体を翻して回避し、時に反撃を入れるが大したダメージにはならず。相手の力を利用しようにも、それを試みる事すらできない勢いで迫られれば防戦一方となるしかない。

 

だがこのままでは、どちらが先に倒れるかは火を見るよりも明らかだ。

このままでは──────死ぬ。

 

「しっ!」

 

そんな危機的状況だというのに、恐怖という感情は全く湧いてこなかった。逆に、高揚を感じる始末。そう、この心臓の高鳴りは興奮だ。この大物を討てばどうなるだろうか。どれくらい、自分は強くなれるだろうか。

 

突き出される拳を掻い潜り、大猿の懐へ向かって疾駆する。懐に潜り込んだ俺に振るわれるもう一方の拳を、双剣で斬りつけて軌道を逸らす。これで懐に潜り込んだのは何度目だろうか。大猿の胸には俺がつけた傷跡がいくつも刻まれていた。その傷跡の多さが、この戦闘の長さを物語っている。

 

幾つもの傷跡から、特に深く刻んだ傷跡へ剣を突き刺してそのまま力一杯腕を振るう。横一文字に刻まれた傷跡から大量の血が噴き出る。血で視界が塞がれる前にその場から後退。その一撃のダメージが大きかったのか、大猿の動きが僅かに止まり、あっさりと距離をとれた。

 

目の前の大猿は掌で傷を抑えている。その表情は苦し気に歪み、気付けば呼吸が乱れている。そして、それは俺も同じだった。深く息を吸い、吐く事で乱れた呼吸を整える。…大丈夫、まだ動ける。

 

生と死の狭間という緊張感の中で、思ったよりも疲労が激しい。今まではほとんど誰か同伴者がいたし、今回も一人ではあるが先程までは楽に終わって来た。今初めて、生きるか死ぬかの、ギリギリの命のやり取りを俺は経験している。

 

胸の奥で燻る高揚が、更に強く高鳴った気がした。

 

またしても、飛び出したのは同じタイミングだった。だが、先程と違うのは、どちらも先に攻撃しようとしている事。双剣を振るい、拳を振るい、交錯する。装備していた俺の鎧が砕け、一文字の傷跡と交差した新たな傷跡から大猿の血が噴き出す。それに構わず、俺も大猿も止まらない。斬撃と拳が何度もぶつかり合う。俺は何度も吹っ飛ばされ、大猿は何度も斬られ、どれだけ傷だらけになろうとも、止まらない。頭の中にあるのは、目の前で立つ敵を殺すのみ。

 

何度交錯を繰り返しただろうか。不意に大猿の膝ががくりと崩れた。それを見た俺は、即座に隙だと頭の中で判断し、迷わず大猿の左脇に飛び込んで、左手の剣を振るう。痛々しい傷跡が何個も刻まれた胸に容赦なく斬撃を仕掛ける。

 

その時、大猿の口が大きくニタリと大きく裂けた。

ここから先は、全てがスローモーションの様に見えた。

 

視界の端から拳が飛び込んでくる。完全にしてやられた。膝が崩れたのではなく、膝を崩した。あれはこちらを誘い込むための罠。右手を上げ、剣を振るうために振りかぶった左手を引き戻す。が、頭の中で俺は解っていた。

 

間に合わない。

 

拳が振り抜かれる。裏拳で吹っ飛ばされた時とは比べ物にならない程の勢いで体が転がる。攻撃を受けた痛みもさっきと比べ物にならない。勢いが収まり、うつ伏せで寝転がった所で口に溜まった血液を吐き出す。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

天を仰ぎながら雄叫びを上げる大猿。さっきので俺が死んだと思ったのだろうか。その声に喜色が混じっているのを聞き逃さない。

 

ふざけるな、この程度で俺が死ぬと本気で思っているのか。立ち上がるため、両腕と両足に力を込める。が、動かない。

 

(…あれ)

 

おかしい。力が入らない。腕にも、足にも。どこにも。

 

(おい、何だそれ。ここでこいつに食われて終わりってか?笑えねぇ)

 

勝利の雄叫びに満足したのか、こっちを向いた大猿が一歩一歩近づいてくる。

恐らくこのままでは、俺はこいつに食われる。食われて、死ぬ。

 

(まじで笑えねぇよ。死因が屑を庇って代わりに殺されるとか、笑えねぇギャグじゃん。おい、頼むから動けって)

 

歯にすら力が入らず、食い縛る事すらできない。もがく事も出来ない俺の前に遂にあいつが立ち止まる。目線を上げ、俺を見下ろす大猿の顔を見上げる。

 

(マジで?マジで終わり?)

 

大猿の手が伸びる。

 

(こんな終わり方とかマジで嫌なんだけど。てか死ぬの?ここで誰か救世主が来て助けてくれたりしませんかね?)

 

掌が、俺に触れる。

 

(ていうかこいつ、光ってんだけど。…光?)

 

体が持ち上げられる。その時、俺の目には大猿を覆う無数の光の粒が見えていた。いや、大猿の周りだけではない。大猿の奥にも、ここら一帯が光の粒に覆われている。

 

(…そうだ。思い出した。これは──────)

 

瞬間、俺の頭の中でカチリと、何かが嵌る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手頃な獲物が来たと、そう思った。事実、先程ここを通った人間共に比べれば弱い。だが、手頃、というのは完全な勘違いだった。自身の体は傷だらけ、この傷は全て今、手の中にいる小さな人間が付けた物だ。拳を受けても立ち上がり、炎はかわされ、何度も何度も自身に痛みを感じさせ続けた。

 

だが、それもここまでだ。

ようやく、獲物にありつける。それも格別の獲物に。

こいつはどれだけ糧となってくれるだろう。あの竜を倒していたのだから、少なくとも竜よりは期待できる──────

 

手に痛みを感じた。思わず手を開く。握っていた獲物が零れ落ちた。頭から落ちていく獲物は、空中で体勢を整えると両足で地面に着地する。

 

おかしい。さっきまで動けなかったはずなのに。…いや、いい。まだ動けるのなら、今度は完全に止めを刺して、ゆっくりと…

 

「顕現せよ」

 

獲物が何かを呟いた。それと同時に、背後から空気を切って何かが迫る音。

すぐにその場から離れると、直後に轟音と視界に映る飛び散る大量の床の破片と、床に突き刺さる巨大な何か。

 

「っ!?」

 

気付けば自身は包囲されていた。無色透明だが、中で何かが揺らめいている、巨大な細い、鋭い針のような物体。

 

煙が晴れ、獲物の顔が露わになる。無感情な目でこちらを見る獲物は、剣を握る右手を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

知らないはずなのに。こんな事、初めてだというのに、まるで長い間使い慣れた武器のようだ。頭は知らなくとも、体が、心が、この力の使い方を知っている。

 

右手を振り下ろすと、大猿を包囲していた大量の魔力の塊が、意のままに大猿目掛けて落下していく。大猿はまたその場から跳躍する。

 

無駄だ。ここにはまだまだ、魔力が残っている。

 

浮遊している周囲の魔力をそれぞれの箇所に集め、顕現。形を操り、先端を鋭くさせて殺傷力を高める。次々に魔力の刃が落とされるが、どれも当たらない、または掠るだけに留まる。それどころか降り注ぐ刃をかわしながら大猿がこちらに向かってくる。

 

それでも動かない。動く気はない。回避する必要がないから。

 

左手の剣を鞘に収め、掌を向かってくる大猿に向けて開く。魔力を集め、顕現させるのは盾。大猿の拳が叩き込まれるが、全くびくともしない。大猿は目を見開きながら、もう一方の拳を叩き込む。何度も、両拳を交互に叩きつけるが全く盾はびくともしない。

 

「──────っ…」

 

一瞬、全身から力が抜ける。意識が飛びかけた。危ない。今、俺が立っていられるのは足を魔力で固定しているのと、後はただの根性だ。これ以上、時間は掛けられない。

 

目の前に展開した盾の一部を操り、形を変える。鋭い一筋の針が、大猿の肩を貫く。

そこで終わりにはさせない。周囲の魔力を大猿の周りに集め、包囲させる。大猿は針を肩から抜き、その場から離れようともがくが、魔力の壁に阻まれて身動きをとれないでいる。

 

「終わりだ」

 

まだだ。もう少し、意識を留まらせる。

 

地面に刺さった大量の魔力の刃を、大猿の周囲に配置する。再び包囲された大猿はそれに気づき、さらに抵抗を激しくさせる。だが、四方を囲む魔力の壁は揺らがない。

 

「いけ」

 

一言。それと同時に、魔力の刃が大猿へと放たれる。大猿へ迫る魔力の刃が魔力の壁に激突する寸前に、壁だけの魔力の実体化を解除。直後──────

 

「──────ァッ」

 

顔を、胸を両腕を、両足を、刃は貫き大猿を絶命させた。悲鳴を上げる間もなく、大猿の体は粉砕され、黒い煙となって消えていく。その光景を眺めてから、そこに落ちた魔石を拾いに行く。

 

…あー、疲れた。もう二度とこんなの御免だ。てか、誰だよ魔石拾わずに帰るようなバカは。いつか、見つけたらしばいて…あれ。そういやアイズ、モンスター倒したら魔石無視して先行こうとしていたような?俺が一緒にいる時は毎回その魔石を拾い集めてたけど…、もしアイズがソロでダンジョンに潜って、その時も同じ様に魔石を無視していたら?

 

…おーけー、ぎるてぃー。遠征から帰ってきたら一発なぐ…りたくはないから、ほっぺたこねくり回してやろう。それで勘弁してやる。それにあのほっぺ結構柔らかそうだし…。べ、別に、俺がしたいだけじゃないんだからね!

 

「…無理、限界」

 

なんて馬鹿な事考えてたけど、やばい。もう立ってもいられない。

 

ばたりと倒れ込む。もー駄目だ。本当にこれ以上、指一本も動かせない。

ていうか何だよさっきのあれ。何であんな力が俺に備わってんだよ。昨日更新したステイタスにはスキルの欄も魔力の欄も真っ白だったのに。

 

…まあ、スキルの欄の方は一つ気になる事があるけど。もしかして…?

 

あ、駄目だ。瞼も持ち上がんねえ。ここで寝んの?いや待って、ここで寝るってやばいじゃん。他のモンスターに見つかって食われんじゃん。ちょっと待って、ホントに待って。しにたくなーいしにたくなーいしにたく──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次か、その次の話で序章が終わる…予定
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