ネロ・バーサーク   作:大海

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第2話  喰わせてくれよと リュウが哭く

「な、なに……? また、水リュウ……?」

 

 レナは、そう声を漏らしていた。

 フィールは目を見開きながら、声も出せずにいた。

 普段と同じなのは、リア一人だけ。

 

 湖の中心から、白い波を起こしながら、ゆっくりと顔を出したもの。

 真っ青な鱗を艶めかせるそれは、直前に見た水リュウよりも、遥かに長い、巨体を持ち上げ、遥かに巨大な牙を光らせ、遥かに凶悪な目を向ける、巨大な生物。

 

「水リュウじゃない」

 

 絶句し、狼狽している二人の耳に、冷静で、冷めた声が聞こえてくる。

 

「水リュウが、こんなデカく育つわけがない。よく見ろ。体色もそうだが、水リュウとはヒレの形が違う」

 

 そんなことを言われて、先程リアの持ち上げた、一匹の水リュウを思い出す。

 もっとも、思い出したところで、レナもフィールも、そんな細かいこと、わざわざ覚えていない。

 そう言えば、さっき見た、獣の爪のような形をしたヒレに比べて、普通の魚みたいに滑らかなような、そうでもないような……

 

「こいつは、『海リュウ』だな」

 

 だが、あくまで冷静な、リアの涼しい声に、二人とも、多少は落ち着きを取り戻した。

 

「海リュウって……海の生き物でしょう? どうして、海なんてどこにもない湖に?」

「大方、聖地のバカな金持ちがペットを捨てたんだろう。元々観光地だったルオーナ湖が、水リュウが大繁殖したせいで危険地帯になったのも、大昔にそんなことがあったからだそうだ。水リュウに襲われても負けない強さと大きさに、水リュウも含めて餌の多いこの湖でなら、デカく育つこともあり得る」

 

 フィールの質問に、さもありなんといったふうに答えた。

 

「……なんで、ヒレの形で種類が分かるの?」

「海に比べて、遥かに狭くて餌も少ない川や湖でも、効率良く泳いだり、獲物を仕留めるために爪が発達した……こんな説明、今聞いている場合か?」

 

 

 リアの言った通り、リアが説明をしている間に、海リュウは三人の立つ陸に迫っていた。

 

「さっさと逃げるぞ。海リュウは水リュウと違って、陸にも上がってこれる」

 

 それを聞いて、二人ともようやく事の重大さを認識したらしい。

 だが、その時また、ザバァ、と、水を叩く音がした。

 未だ、体の半分以上が水中にある海リュウが、その長い尾で、水面を持ち上げた。

 そして、持ち上げられ、巻き上がった水の中には……

 

「水リュウ……!?」

 

 レナの叫んだ通り、青ではなく、茶色の水リュウが三匹、水と一緒に三人へ降ってくる。

 

「フィール」

「え……痛ったぁッ!」

 

 先程そうしたように、フィールの左肩を踏みつけ、それを踏み台に上へと跳んだ。

 上昇し、到達した高さには、水リュウがいた。

 そこで体を回転させ、その巨体を蹴りつけ、一匹を湖へ蹴り飛ばした。

 直後、逆方向にいる二匹目の尾びれを引っ掴み、投げ飛ばす。

 しかし、最後の一匹は既に、リアの手も足も届かない距離まで落ちていた。

 

 落下地点にいたフィールとレナは、急いでその場から離れたが、

 

「うそ! 陸の上を歩いてる!?」

 

 レナが叫んだ通り、地面に落ちた水リュウは、ヒレの爪を使い、二人に向かって這っていった。

 まるでトカゲのように這いつくばり、その巨大な口を開け、レナの目の前に迫る。

 

 思わずレナが目を閉じた時……ドカッ、と、目の前から鈍い音が聞こえた。

 目を開くと、半ば予想していた通り、リアが水リュウの下顎を足で突き上げている。

 水リュウは、爪の生えたヒレをばたつかせながら、空を仰いでいた。

 

「陸には、上がれるだけの力が無いってだけだ。陸で動けないわけじゃない。あまり長い間は無理だが、陸上でも、ある程度は、活動……できる!」

 

 喋りながら足に力を込め、そのまま足で押し上げる。

 水リュウの巨体は後ろへ引っ張られ、湖へ落ちた。

 

 

 だがその間に、海リュウは胴体を陸に持ち上げていた。

 頭から尻尾の先まで、ざっと見積もっても十五メートルはあった。

 

「……ヘビみたい……」

「そりゃあ、『リュウ』は元々、『ヘビ』の突然変異種だからな」

 

 フィールが言い、リアも答えた通り。陸を移動し、鎌首をもたげ、三人を睨み、見下ろしている。その様は、その見た目も相まって、巨大なヘビに違いない。

 

「……おい」

 

 陸に上がった海リュウを見上げ、動けずにいる二人に、リアは呼び掛けた。

 

「俺が走ったら、そのまま後ろへ走れ」

「え……?」

「なに言って……」

 

 二人が聞き返そうとした時、リアは既に海リュウへ走っていた。

 走った先で、海リュウの長い胴体に蹴りを入れた。

 直後、そこを踏み台に、胴体を駆け上がっていき、そこから更に頭へ向かって飛ぶ。

 海リュウの目の前の高さまで跳び、リアの体の二倍以上ある顔面目掛け、蹴りを放った。

 

「おお!」

 

 リアの蹴りで、後ろへのけ反った海リュウの姿に、下にいる二人は同時に声を上げた。

 その直後……

 

 グオオーッ、という咆哮を上げながら、その巨大な口を開き、喰らい掛かった。

 

「リア!」

 

 そんな海リュウに対し、リアは足を伸ばし、海リュウの鼻先を蹴りつけ、後ろヘ跳んだ。

 だが次の瞬間、ドッ、という鈍い音と共に、横から飛んできた長い尾が、リアにぶつかった。

 

「リアー!!」

 

 再び二人が叫んだ瞬間には、リアの小さな体は、湖の向こうへ消えていった。

 

 

 

「うそ……」

 

 あれだけ強かったリアの、あまりに呆気ない最期……

 

 いや、普通に考えて、あんなに大きな獣を相手に、人間が勝てるわけがなかった。

 それは、リアだろうと変わらない。普段から強い獣を、涼しい顔であっさり仕留めてみせる、そんなリアの姿に慣れ過ぎたせいで、そんな単純なことすら忘れていた。

 

 いくらリアが強いと言っても、無敵なわけじゃない。

 リアでも勝てない獣はいくらでもいる。獣以上に巨大で危険な、魔獣、妖獣、霊獣……

 そんなことも忘れて、リアを止めることも、一緒に戦うことさえしなかった。

 

「リア……」

 

 後悔と、あまりの呆気なさと、どうしようもない喪失感。そこから来る、悲しみ……

 

 

「立ちなさい。レナ」

 

 ひざを着き、呆然と打ちひしがれるレナの耳に、そんな凛とした声が聞こえた。

 見上げてみると、フィールが、剣を二本とも抜いて、前に出ていた。

 

「フィール……?」

 

 レナが名前を呼んだ時には、飛んでいったリアの方を見ていた海リュウは、二人を見ていた。

 

「まさか、戦う気? 勝てるわけないよ!」

「そうね……けど、だからなに? たった今リアを殺したのは、こいつよ」

 

 レナへ向けたその顔は、無表情にも見えた。

 しかし、口角がひくつき、瞼は震えている。目元が高揚していて、眼球は湿っている。

 そんな顔を、それ以上見せる前に、再び海リュウを見る。海リュウも、フィールを見ていた。

 

「怖いなら逃げればいい。けど少なくとも、ここでジッとして、リアが守ってくれた命を粗末にすることだけは、許さない」

 

 そして、海リュウへと進みながら、叫んだ。

 

「私は、リアを殺したこいつだけは……絶対に許さない!」

 

 海リュウは、再びその長い尾を、走り出したフィール目掛けて降り下ろす。

 フィールはそれを、横へ跳んでかわすと同時に、すぐ真横に降り下ろされた尾を斬りつけた。剣は鱗に食い込むが、そこで停止してしまう。

 

(そんなことしたって……あれ?)

 

 その時、異変に気付いた。

 青色だったはずのフィールの髪の毛が、赤色に光って見えた。

 同時に、フィールが斬りつけ、食い込んだ刃の切っ先から、煙が上がっている。

 それが見えた直後、海リュウは、苦しげな声を上げながら、尾を後ろへ引いた。

 

「まだよ……!」

 

 尾を引いた瞬間、間髪を入れず海リュウの胴体へ走り、鱗の薄い下腹部へ、剣を突き立てた。

 

「ギャオオオ!」

 

 再び苦しげな悲鳴を、海リュウは上げた。

 その剣の刺し口は、黒く焼け焦げていて、煙が上がり、焦げ臭い匂いがレナの鼻まで届いてくる。

 

「ウソ……魔法? まさか……!」

 

 レナがそれに気付いた、次の瞬間。

 海リュウはその巨体を、フィールを振り払わんと左右に揺らす。

 剣は引き抜かれ、同時にフィールも振り払われた。

 

 更にそこへ、振り払うために振り回された尾が、たまたまそこにいたフィールへ向かう。

 素早く反応し、身を引いたことで、直撃は免れた。

 しかし、体よりも前に出ていた腕が抉られ、その衝撃でレナの前まで吹っ飛んだ。

 

 

「フィール!」

 

 レナが、悲鳴を上げながらフィールに近づいた。

 フィールの左前腕に、鋭い傷跡が刻まれ、出血している。

 

「このくらい……うぅ……!」

 

 傷ついた腕のまま、剣を握ろうと力を入れている。そのせいで痛みが増しているはずなのに、その目には、怯みや恐怖は無い。あるのは闘志と、怒りだ。

 

「……こいつだけは、倒す」

「……どうして? どうして、そこまでして、戦うの?」

 

 リアを殺されたことへの、怒りや悔しさは分かる。仇を討ちたい気持ちも、よく分かる。

 それでも、はっきり言って、リアのこと、わたしよりも知らないはずなのに……

 そんなレナの問い掛けに、フィールは、海リュウから目を離さないまま答えた。

 

「……これ以上リアを、奪われたくないから」

「奪われる……?」

 

 フィールは、悲しみを隠さず続けた。

 

「そうよ。私は、たかが一日二日、一緒に過ごしただけだから、正直、リアのことは全然知らない。けど、少なくとも私は、リアが、誰かから何かを奪われてる所しか知らない」

「奪われるって……リアが?」

「故郷の村では、化け物呼ばわりされ続けて、普通の人間でいる時間を奪われた。賞金が懸けられて、村が襲われたのを理由に、盗賊から村を守るために、夜寝る時間を奪われた。事故だったとは言え、母親のネアさんを歩けなくしたことに責任を感じて、自分で自分から、息子でいる権利さえ奪って、奪われて……」

「……」

「それでも大切に思って、守ってきたネアさんの命を奪われた。挙げ句、よりによってその罪を被せられて、息子としてお母さんを思って、守ってきたっていう事実すら奪われた。住む家も、長い間積み重ねてきた努力も全部。それだけ奪われてきたのに、最後には命まで、こんな奴に奪われて……」

 

 話していきながら、その目には、悲しみが、怒りが、それ以上の、憎しみが宿っていく。

 

「もし今、こいつを生かしたままにしたら、今度は、私達の中のリアまで奪われる。正真正銘、リアは、何もかも奪われるために生まれてきた。そう認めることになる。そんなこと、絶対にさせない……!」

「フィール……」

「リアが生まれて、生きてきたことには、奪われる以上の意味や価値が絶対にある。そんなリアの記憶まで、こんな奴に奪われたままにはしない。だから今、こいつだけは殺すの!」

「……」

 

 敵討ち。仇討ち。仕返し。

 長い台詞で語っても、一言でまとめてしまえば、フィールが言いたいのはそういうことだ。それでも、そんな簡単な一言で済ませられない、確かな決意が、強い感情が、その目には宿っていた。

 

 

「……そのままジッとして」

 

 今にも向かっていきそうなフィールを押さえつつ、レナは、傷ついた腕に手を添え……

 

「ヒューアノートリー……」

「……え?」

 

 レナの声を聞いた直後、あれだけ左腕に走っていた痛みが、薄れていくのを感じた。

 見てみると、それなりの深さがあった傷は、出血が止まっていた。

 その後、徐々に、傷口が塞がっていき、やがて、傷自体が無くなった。

 

「まさか、ケガを治す魔法……? レナ、あなた、『魔法使い』だったの?」

「……うん。わたし以外に初めて会ったけど、フィールもだよね……」

 

 互いに、互いへの衝撃の真実を知り、互いに目を見張る……

 

 

「キシャアア!」

 

 再び海リュウが吼えた。

 直前までの痛みに身悶えながら、新たに憎しみを宿した目を二人に向けている。

 そんな目のまま、二人に牙を向けてきた。

 

「くっ……」

 

 痛みも傷も消えた腕で、再び剣を握る。

 向かってくる海リュウの顔を見据え、身構える。

 

「ギャオオ!」

 

 しかし、身構えた瞬間、海リュウはまた咆哮を……否、悲鳴を上げた。

 上を見上げ、頭を右往左往へ激しく揺らすのは、苦痛に身悶えているせいだと分かる。

 

「あれは……!」

 

 その理由は、すぐに分かった。海リュウの左眼に、一本の矢が突き刺さっている。

 隣を見ると、レナが、いつの間にやら弓を構えていた。

 

「……わたしも、戦う」

 

 直前までの、気弱な表情はそこには無い。

 海リュウに対して、決意の固まった表情を向けている。

 

「リアの命を奪ったこいつを倒せば、リアの何を取り返せるかは、正直、分かんない。けど、そういうの抜きにして、リアのこと殺したこいつのこと、わたしも、許さない」

 

 言いながら、矢筒からもう一本、矢を抜き取り、弓に掛ける。

 

「少なくとも、こんな奴が、リアから何かを奪うなんてこと、許せないから。リアはもう帰ってこないとしても、ちょっとでもリアが正しいってことになるなら、わたしは、こいつを殺す!」

 

「ギャアアアア!」

 

 二本目の矢が、右眼も射抜く。

 海リュウは再び苦痛の声を上げ、激しく頭を揺らした。

 

「……ええ。必ず倒す。こいつだけは……!」

 

 そしてフィールも、意識をレナから海リュウに戻した。

 決意を言葉に、覚悟を剣に握り……

 

 

「レクトレー」

 

 呪文を唱えた時、黒色に近い青髪が、徐々に、熱されるように赤く染まっていった。

 同時に、二本の剣の切っ先に、白い電流が流れる。それが刃の全てを包んだ時、その銀色の刀身全てを、湯気が出るほど真っ赤に熱した。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……」

 

 向こう岸を眺めながら、つい溜め息がこぼれる。

 わざわざ痛い思いまでしたというのに……

 

(あいつら、逃げてないのか……)

 

 湖の浅瀬に突き立てた長刀の、鍔に右足を引っ掻け、柄にしがみ付く。

 そんな体勢で、長すぎる前髪を揺らしつつ、ここからかろうじて見えている、海リュウの背中をのんびり眺めながら考えていた。

 

(戦ってるのか……あの二人で、勝てるか……?)

 

 フィールの力量は知っている。

 あの夜に戦った時は、この刀を取り出すまでは互角に戦っていた。

 直前に戦ったゴロツキや単細胞に比べれば、遥かに強いことは分かる。

 ただ、それはせいぜい、自分や、武器を持った人間を相手にした時くらい。そう感じた。

 獣以上の生き物を相手にしたことは、無くはないかもしれない。

 それでも、本業の猟師であるリアやレナに比べれば、場数が圧倒的に足りないことは、戦いぶりを見れば分かる。

 

 レナに関しては、弓の腕はまず間違いない。

 ただ、猟師としては、少なくともイノシシ以上の獣を相手にしたことはない。

 水リュウにさえ驚いて何もできなかったのに、海リュウが相手となると……

 

(行くしかないか。さて……)

 

 信じないわけではないが、どの道行かねばなるまい。

 そのために、どうしようか考える。

 

(普通に降りて、あそこまで行こうと思ったら、かなり回り道になるよな……)

 

 とは言え、回り道は時間が掛かるが、考えている間にも時間は過ぎていく。

 そんなジレンマに悩まされ、体も頭も傾いてしまう。

 

(……ん?)

 

 傾けた頭を、すぐ元に戻した。すると、下に垂れ下がっていた長い前髪が、持ち上げた分だけ元の高さに戻った。

 再び頭を傾け、垂れ下がった前髪の先端を見ながら、またすぐ元に戻す。

 

「……ああ」

 

 髪を垂らす度に、大きくバシャリと鳴る水面を見て思いつき、リアは、再び海リュウを見た。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「まだまだ!」

 

 真っ赤に染まった髪を揺らしつつ、熱した剣で、再び海リュウを斬りつける。

 海リュウは再び痛みに身悶え、再び悲鳴を吠えた。

 

「わたしだって!」

 

 レナも後ろから、矢を抜き取っては、両目の潰れた海リュウの頭目掛け、どんどん矢を放つ。

 既にその頭には、十本を超える矢が突き刺さっていた。

 

「グオオアアア!」

 

 それだけのことをされていながら、海リュウは長い尾を振り回し続けた。

 やみ雲に振り回すのでなく、前を走るフィールを狙い、正確に振り下ろしている。

 

「なんで? 両目は潰したのに……」

 

 だが現に、海リュウは未だフィールを狙い澄まし、攻撃することができている。

 何より、矢や熱で、いくら攻撃を受けても、痛み、怯みこそすれ、弱る気配は見せない。

 普通の獣なら、とっくに決着がついてるだろうに。これが巨体を持つ、海リュウの力なのか……

 

 

「レナ!」

 

 不安と迷いのせいで、手が止まったレナを、フィールの声が現実に引き戻した。

 前を見た時、海リュウの長い尾が、レナに向かって振われた。

 慌てて避けたが反応が遅れ、右腕をかすった。

 

「レナ!」

 

 フィールが駆け寄ろうとしたが、攻撃はレナからフィールへ移り、フィールを追い詰めていく。

 それでも、剣を構え、斬り掛かった。

 その時、キーン、という金属音が響いた。

 

「折れた……!」

 

 フィールの言った通り、剣が二本とも、真っ二つに折れてしまった。

 だが無理もない。盗賊や賞金稼ぎが使うような安物の剣が、根元から切っ先まで、目に見えて真っ赤になるほど熱し続けて、長もちするわけがなかった

 

「レナ! 私が引きつけている間に、ケガを治して! 早く!」

 

 折れて、僅かに刃が残っているだけで、剣としては使い物にならない。それでも、戦うことをやめようとしない。

 だが、そんなフィールの声も、既にレナには届かない。

 

(やっぱ、勝てない……)

 

 決意しても、誓いを立てても、現実は、そんな物に意味はないぞと突き放す。

 右腕の傷には、とっくに魔法を使っている。それでも、そんなふうに諦めているせいなのか、フィールの時に比べて明らかに治りが遅い。

 

「ぐぅ……!」

 

 今もフィールは、諦めず戦っている。けど、今二人になったとしても、全然勝てる気がしない。

 

(……ごめん、リア……)

 

 わたしには、リアの仇を討つ力も無い……

 やっぱり、無理だ……

 

 そう思った時には、海リュウはその牙を光らせ、フィールに向かって……

 

 

 

「ギャオオオオオ!」

 

 

 その時、フィールに向かっていた海リュウの首が、突然真上へ向かって伸びた。

 

「な、なに……?」

 

 ついさっきも、レナが急所である両目を潰したことで、あんな動きを見せていた。

 しかし、それ以上にダメージを受けているように見える。

 

 

「それじゃあ倒せない」

 

 

 フィールもレナも、疑問に苛まれる中で、確かにその声を聞いた。

 長い間か、短い間で慣れ親しんだ、低く静かで、なのによく通る、ありえないはずの声。

 

「水リュウや海リュウは、そもそも視力はほとんどない。代わりに嗅覚がかなり発達してるから、水中でも匂いを辿って獲物を仕留める。目を潰したくらいで安心するな」

 

 やはり、声は聞こえた。同時に、海リュウが何に身悶えているのかがやっと分かった。

 海リュウの、後頭部から鼻先にかけて、長く、大きな、黒い刀が、串刺しに突き立てられていた。

 

「こいつを確実に倒す方法は、三つ。一つ目、攻撃を続けて弱らせて、死んでいくのを待つか。二つ目、確実に脳を狙うか……」

 

 そして、黒い色の彼は、二人の前に姿を現した。

 

「リア!!」

「リア……生きてたんだ……」

 

 レナは絶叫し、フィールは、今にも泣き出しそうな顔で、リアの無事に歓喜した。

 

「……フィールのそれは、熱……いや、電気の魔法か」

 

 リアは冷静な声で、フィールの持つ、真っ赤に熱した、折れた剣を見ながら言った。

 

「首を殴ったくらいで、人一人気絶させるなんておかしいとは思ったが、なるほどな……で、レナ」

 

 レナにも同じように、傷を治していく光景を見ながら声を掛けた。

 何やら気まずそうに、顔を背けるレナを見た後で、海リュウを見上げる。

 

「……やっぱり、脳は小さすぎて、普通に狙っても当たらないな……」

 

 既に、痛みとダメージでかなり弱りながら、それでも戦おうと、三人へ顔を向けている。

 そんな海リュウに向かって、リアは再び走る。

 先程のように、胴体を駆け上がっていき、頭の上へ跳ぶ。着地した頭の上から、そこへ突き刺さった刀を握り、引っ張りだし、振り払われる前に地上へ降りた。

 

「こいつを倒す、三つ目の方法は……」

 

 二人に聞こえるように、声を上げた。声を上げながら、再び長刀を投げる。

 だがそれは、海リュウに、ではなく、海リュウの真上、頭以上の高さへ、投げ飛ばした。

 それに向かって、走った。途中、海リュウが尾を振り回したが、リアはそれを避けつつ、再び胴体を蹴りつけ、走り、駆け上がり、長刀に向かって跳んだ。

 そこへ再び、ブンッ、と振るわれた尻尾が、リアに直撃する。

 

「……同じ手は食わん」

 

 また二人が悲鳴を上げる中、二度目は吹っ飛ばない。

 吹っ飛ぶどころか、直撃した尾から離れていない。

 

「うわ……相変わらず、すごい握力と怪力……!」

 

 海リュウがどれだけの回数、どれだけ大きく振り回しても、硬い鱗が突き破れんばかりに指を食い込ませ、ひざを曲げて足の裏を密着させるリアを、振り払うことができない。

 とうとう尻尾ごと地面に叩きつけようと振り上げた瞬間、リアはその尻尾を蹴り出し、さっきと同じ高さへ跳んだ。

 

「三つ目の方法は、一番単純な方法だ。それは……」

 

 跳んだ先で、降ってきた長刀の柄を掴み、体を回転させ、海リュウ目がけて振る。

 長い刃が振り抜かれた瞬間……

 海リュウの頭は真下へ、直角に折れ曲がり、地面へ落下した。

 

「首を落とせば、確実だ……三つとも、殺せて当然か」

 

 

 

「……」

 

 相変わらず、強すぎる。力の差があり過ぎる。

 ついさっきまでは、死んだとばかり思っていたリアの仇討ちのために、命懸けで戦っていた。

 そのリアが、圧勝する様を見て、真剣に戦っていたのがバカバカしく思えてくる。

 

「おい」

 

 そんなことをボンヤリ考えていたフィールに、近づいてきていたリアが声を掛けた。

 

「まだ生きてるぞ」

 

 と、その言葉で、二人とも落とされた海リュウの頭を見た。

 頭と、あって無いほどの胴体しか残っていない。それでも十分に巨大なソレは、両目と同様、顔中に十本を超える矢が刺さり、真っ赤な血にまみれている。

 だというのに、浅く呼吸をし、口元は震え、全体が振動しながら熱を持っている。

 海リュウは頭だけになりながら、確かに生きていた。

 

「とどめを刺せ」

 

 フィールの耳に、リアのそんな言葉が聞こえた。と同時に、目の前に何がそびえ立ったかと思ったら、リアの黒い長刀だった。

 

「え……私が?」

 

 思わず尋ねてしまっていた。

 戦いはしたが、最後に海リュウを倒したのは、リアなのに……

 

「……俺が来るまでに、こいつを十分に弱らせたのはお前達だ。お前達が終わらせろ」

「……」

「こいつを持ち上げて、降り下ろすだけだ」

 

 淡々と語るリアに対して、それ以前のことを指摘した。

 

「けど……私には、リアほどの力は無い。いくら、リアの刀を使っても……」

「魔法で熱すれば良い」

 

 フィールが全て言う前に、一言で答える。

 

「海リュウの頭くらいなら、熱で簡単に溶ける」

「そんな……そんなことしたら、リアの刀も……」

 

 足もとに捨てた、折れた剣を見ながら言ったが、リアは首を横に振った。

 

「手に入れてから、どれだけ振り回しても刃こぼれ一つしない。そこまでヤワな刀じゃない」

 

 いずれにせよ、自分が持っていた剣は、二本とも折れてしまっている。そんな自分がとどめを刺せと言うなら、それは、この刀を使うしかない。

 それを理解し、刀を握る。

 

 

「……う、うわあっ!」

 

 刀の柄を、右手で握り、リアが手を離した瞬間、腕ごと体が引っ張られた。とっさに両手に持ち変えたものの、両手でも支えきれず、腕ごと、体ごと、地面に落下した。

 

「……ちょっと、待って……こんなの、無理……」

 

 両手で広く持ち、両足を広げ、体全体を使って、腰ごと腕を持ち上げようと踏ん張る。

 体全体を使っているのに、刃は地面から上がりこそすれ、上まで持ち上がる気配は無い。

 

「だから言ったろう」

 

 刀の重さに悪戦苦闘しているフィールに向かって、リアは、相変わらずの涼しい声で言った。

 

「お前達が……俺はそう言った」

「お前……たち?」

 

 その言葉を聞いた直後、手元に、自分以外の両手が加わった。

 自分よりも小さく、細い指ながら、猟師特有のタコがある、愛らしくも逞しい手。

 

「二人で一緒に……」

 

 そして、耳のすぐ近くからは、同じように可愛らしくも、力強い声が聞こえてきた。

 お互いが今、どんな顔をしているか、それは、確かめるまでもない。

 お互いを気にする以上に、お互いの全力を、腕に込める。

 

「く、ううぅ……」

「ううぁぁ……!」

 

 フィール一人の時は、持ち上がるのがやっとだった。

 しかし、レナが手を貸したことで、少しずつ、上へ上へと上がっていく。

 徐々に、徐々に、上がっていき、やがて、その長大な切っ先が、天を仰いだ。

 

 

「レクトレー……」

 

 呪文を呟き、髪が熱されたように赤く染まっていく中、刃から湯気が立ち上る。

 銀色の刃もまた、すぐに真っ赤に染まった。

 

「いくわよ」

「うん……」

 

 フィールの言葉を合図に、刃が降り下ろされる。

 まず、硬い鱗に刃が食い込む感触があった。

 そのすぐ後で、更に硬い、頭蓋骨にぶつかる感触が加わった。

 焦げ臭い匂いと一緒に、その硬い骨へ、徐々に、刃が通る感触が伝わってきた。

 熱で骨が溶かされて、食い込んでいく感触だった。

 やがて、力を込め続け、上から下へ、骨が溶けていく感触が続き……

 

 最後に腕に伝わったのは、ガン、と、刃が地面を叩いた感触だった。

 

 そんな感触のおかげで、本当に終わったことを感じながら、再び海リュウの頭を見る。

 大量の矢が刺さり、黒く乾いた血にまみれ、それでも直前まで生きていた頭の中心に、黒く焼け焦げた跡が、くっきりと刻まれている。

 

 そこには、直前まで確かにあった、生きているそぶりは残っていない。

 かと言って、二人とも、倒した、という実感は無かった。

 ただ、終わった、という確信だけが、いくつもの感触の覚えと共に、二人の腕に残っているだけだった。

 

 

 

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