ネロ・バーサーク   作:大海

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第3話  迷子の迷子の 子ねこちゃん

「お疲れ……」

 

 しばらく、倒したという事実に呆然としている二人の横から、そんな声が聞こえた。

 リアは、二人の前に立つと、二人の手から、長刀を片手でヒョイと受け取った。

 

「そんな重くて長いの、よく片手で振り回せるわね」

「他に無いからな……好きで使ってねえよ。こんな物干し竿」

 

 得物のことをそんなふうに吐き捨てることにも呆れたものの、それ以上に、その刀を何もない場所に、跡形も無く消し去る様には、それ以上に驚かされた。

 

「やっぱり……リアも『魔法使い』だったのね?」

「違う」

 

 疑問が解けたという顔をしているフィールに対して、リアは即答で否定した。

 

「違うって……でも、そんなの、魔法じゃなきゃ考えられない。怪力は……百歩ゆずって、生まれつきにしても、大きな刀も、さっきの水筒とか、針と糸とかだって、本当は魔法でしまってあるんでしょう?」

 

 なおも食い下がるフィールに、リアは、言葉の代わりに頭をかきむしった。

 バネのように見事にクルクルと丸まったくせ毛、枝毛、縮れ毛、大量の抜け毛と一緒に、バラバラと、小さくも様々なものが地面にボトボトと落ちていった。

 さっき取り出した、小さな水筒が二本。

 裁縫針が数本と、色違いの糸が七色。

 ペンとメモ帳。わずかな裸の現金。

 透明な容器に入っている、塩、コショウ、砂糖、調味料。

 キラキラ光っているのは、燃えた家の鍵だろう。

 そして、中身は分からないが、小箱が数個。

 

「昨日言った通り、この髪がポケット代わりだ。昨日の火事でだいぶ減ったが……どの道、魔法とは違う」

(十分魔法の域なんじゃ……)

 

 思わず苦笑しているフィールに対して、更に続けた。

 

「それに、お前も、魔法使いなら知ってるだろう? 魔法を使うには、生まれつきの『魔力』と、生まれつき知ってる『呪文』がいる。物干し竿だけいつから出し入れできるようになったか、もう覚えてないが、俺は、そんな呪文を唱えたことはない」

「え? ……そう言えば、無言だったわね」

 

 

 この世界で言う『魔法』とは、大よそのイメージ通り、特定の人物が使える、理屈や常識では計り知れない不可思議な現象のことを差す。

 魔法を使うには、その源となる『魔力』と、発動の合図となる『呪文』を必要とする。これらは、その人物が生まれながらに持ち、知っている物であり、後天的に身に着けることはできない。

 自分が魔法使いだと気付き、魔法を使えるようになる年齢には個人差があるが、大人から子供まで、魔法が使える人間は総じて『魔法使い』と呼ばれる。

 

「……自覚が無いだけで、実際は魔法使いだった、なんて可能性はないの?」

 

 説明を聞いた後も、フィールとしては、どうしても納得できなかった。

 

「私自身、魔法が使えるって気付いたのは、ほんの三ヶ月くらい前よ。全然鍛えてないから、せいぜい手から電気を流して相手を痺れさせたり、剣を熱するくらいしかできないけど。リアも、自覚が無いだけじゃ……」

 

 その可能性も、なくはない。

 そう肯定する顔を見せながら、それでもリアは首を横に振った。

 

「物干し竿を手に入れる前の話だが……とっくに『聖地』に行って調べてもらった。俺に、魔力は全く無いって言われた」

「うそ……」

「昨日も言ったろう。魔法が使えるくらいなら、とっくに猟師なんかやめてる。で、とっくの昔に、母と一緒に、あんな村出てる」

「……」

 

 

「……けどリア、よく生きてたわね。本当に……」

 

 涼しい声のまま、それでも辛そうに目を伏せながらの話。

 リアも、レナまで気まずくなった、そんな話題を変える意味でも、フィールは無理やり明るい声を出した。

 だが、明るい顔と声を作っているのに、リアが顔に見せたのは、何を言っているんだ? という疑問だった。

 

「……あのくらいで死ぬわけが無いだろう。何年化け物してると思ってる?」

「何年、化け物してる……?」

 

 まるで職業感覚な物言いに、二人とも苦笑するしかない。

 そんな苦笑を眺めながら、リアは相変わらず平然と言った。

 

「本当なら、海リュウの目が俺に向いてる間に、二人とも逃げてるはずだった。俺も、吹っ飛ばされた先で逃げるはずだったんだがな……」

 

 そんな発言に、二人とも固まった。

 自分達が散々心配し、激情し、決意を固め、必死で戦っていた間に、その原因となったリアが考えていたのは、逃亡だった。

 確かに、一番合理的かもしれない。

 だが、リアがそれだけ丈夫だと知らなかった二人からすれば……

 

「バカッ!」

「……?」

 

 思わず、フィールは手を出していた。レナも大人しくしつつ、握り閉めた拳を震わせていた。

 

 

 そんな怒りをどうにか抑えつつ、取り敢えず、疑問に思ったことを聞いてみることにした。

 

「……ところで、リアはどうやってここまで戻ってきたの?」

「水リュウに乗った」

「へ?」

「水リュウに乗った」

「……どうやって?」

 

 二度聞いても同じ答えに、更に聞き返す。

 リアは、せっせと落とした小物類を髪の毛に片付けていた。

 

「水リュウは死骸が大好物だから、一匹を殺して突き刺して、それを餌におびき寄せた。後は、それに寄ってきた水リュウの一匹の上に乗って、ここの方角へ向けて水リュウをぶら下げればいい」

「……ああ。乗ってるウマの目の前に、ニンジンぶら下げる、みたいな……?」

 

 フィールの分かり易い例えに、レナはようやく納得して頷いた。

 そして、どうにも納得しかねる事実に、混乱してしまう。

 

(……けど、リアだからなぁ……)

 

 そう考えただけで、二人とも、無理やりながらも納得ができてしまうのだった。

 

「……普通に走ってこられなかったの?」

「……それだと間に合わなかった。第一、湖に落ちないよう、刀を出した後だった。あんな重たい物持ったまま走れない」

(あ……だから、走る度に刀を投げてたわけね)

 

 直前の戦闘を思い出しながら、その時見せた動きにようやく納得する。

 納得しながら、更に思う。

 

「……刀、しまってから走れば良かったんじゃ……」

 

「……」

「……」

「フィール」

「なに?」

「頭良いな」

「……え?」

「行くぞ」

 

 

 

 リアはそっぽを向きながら歩き始め、二人とも、苦笑しつつそれについていく。

 途中、フィールは先程男が落とし、地面に突き刺さった片刃曲剣を引き抜いた。

 幸いなことに、投げ捨てていた鞘もすぐそばに落ちている。

 一本しか無いのは不満だが、使っていた剣が二本とも折れた以上、贅沢は言っていられない。それを腰に下げ、改めてリアに続く。

 

 そして三人とも、さっきは入らなかった小屋の前に立った。

 

「……今度こそ、休む」

 

 ドアを開け、中を見て、リアは首を傾げた。それからドアを全開にし、中へ入る。

 フィールとレナも、リアに続き、中に入った。そこにあったのは……

 

「……え?」

 

 

 三人の子供が、ひざを抱えて座っていた。

 三人とも、両手両足を縛られ、お互いの首を短いロープで繋がれている。

 青痣が刻まれ、大きく赤く腫れている顔にある目は、涙目ながらも既に生気が無い。

 そんな三人の子供が、部屋の隅に座り、小さくした体で震えていた。

 

 子供達のケガに気付いたレナが、急いで駆け寄ろうとした。それを、リアが制した。

 リアは、なぜか髪を掻き分けながら、子供達に近づいていた。

 

 

「みんな、大丈夫?」

 

 二人とも、まず、小屋の中と外を見渡した。

 しかし、今聞こえた声の主は見当たらない。

 

「ケガしてるの? 痛い?」

 

 再びその声が聞こえてきて、二人同時に耳を疑った。

 あり得ないと思いつつ、その声の発生源と思しき人物に目を向けてみる。

 

「あの人達にされたの? すぐにほどいてあげるから」

 

 みたび、その声を聞いたことで、ようやく確信し、そして、衝撃を受けた。

 その声は、今まで聞いていたものよりも、遥かに高かった。

 遥かに優しく、遥かに柔らかく、そして、遥かに可愛らしい声だった。

 

 そんな声の主は、二人の反応など知らず、子供達を縛るロープをせっせとほどいていく。

 三人の、それぞれ首に縛られたロープをほどいたところで、

 

「お願い。二人とも手伝って」

 

 そう、振り返りざまに言ったリアの顔を見て、また二人に衝撃が走る。

 

 前髪で半分以上が隠れていた顔を全てさらけ出し、大きな目と、小さな口を見せている。

 大きくも尖っていた目は、そんな面影がないほど丸くなり、涙までにじませている。

 刺々しいくらいの鋭い視線はナリを潜め、警戒も、悪意もない、子供としての純真な視線を送っている。

 漂う雰囲気は、いつも見せる余裕や威圧ではなく、必死に助けを求める懇願だった。

 

「お願い……」

 

 再び言われて、二人ともようやく我に返った。

 急いで子供達に近づき、両手足を縛るロープをほどいていった。

 

「僕はリアって言うの。僕も、さっきのおじさん達に連れてこられたんだ」

 

 全てのロープをほどいたところで、リアは根も葉もないウソを語り出した。

 

「けどね、ここに連れてこられる途中に、この二人のお姉ちゃん達に、助けてもらったの」

 

(お姉ちゃん……!!)

 

 その言葉に、二人の身にまた、直前とは種類の違う衝撃。

 

「もう大丈夫だよ。だからみんな、フィールお姉ちゃんと、レナお姉ちゃんにお礼を言って」

 

 再び言われ、また衝撃。まるで雷にでも撃たれたように、二人の体を突き抜けた。

 それは苦痛や不快ではなく、心地良く、誇り高い、正に痺れる感覚だった。

 

「……ありがとう、おねえちゃん」

「ありがとう……」

 

 子供達のお礼さえ、今の二人には届かない。

 ぼんやりその痺れを感じている二人に、とどめの一言。

 

「ありがとう。フィールお姉ちゃん。レナお姉ちゃん」

 

(フィールお姉ちゃん……リアが……!)

(リアが……レナお姉ちゃん……!)

 

 満面の笑みと、柔らかな声で発せられた、可愛さ爆発の、お姉ちゃん、という言葉。

 今にもその破壊力に、痺れる身をよじりそうになっていた。

 それでも『お姉ちゃん』として、その衝動に耐え抜いてみせた。

 

「みんなのこと、お家まで送ってあげる。お家どこか、分かる?」

 

 そんな二人の事情など知らないリアは、相変わらずの声と顔で、再び三人と向き合った。

 そうしたリアの言動のおかげか、初め恐怖していた様子の子供達にも、余裕が戻ったらしい。三人ともが笑顔を浮かべ、リアに、信頼の目を向けている。

 

「うん……ありがとう。リアおねえちゃん」

「……おね?」

 

 女の子が、リアにも礼を言った。

 

「ありがとう。リアおねえちゃん」

「リアおねえちゃん、ありがとう」

 

 残る二人もお礼を言う。その結果、リアが気のせいかと感じた違和感が、気のせいではないと分かった。

 

「リア、お姉ちゃん……」

 

 首を傾げながら、リア自身もまた、繰り返す。

 後ろで、フィールとレナが必死に笑いをこらえていることにも気付かず、リアは、

 

「……う、うん。どういたしまして」

 

 と、『お姉ちゃん』らしい声で返事をした。

 

「えっと……それじゃあ、レナお姉ちゃん、この子達のケガ、治してあげて」

「え? ……あ、うん。分かった」

 

 少し考えた後で、同じく可愛らしい声で呼び掛けられたレナは、笑いをこらえながら、三人に近寄った。

 

「じゃあ、ジッとしててね」

「それじゃあ、ぼ……わたし達は、邪魔になっちゃうから、お外で待ってよう」

 

 リアはフィールに声を掛け、ドアの方へ歩く。

 それに続くフィールの目に、部屋の隅に置いてあるものが見えた。

 

(ちょうど良かった)

 

 そこには、剣、弓矢といった武器が雑多に放置されていた。中にはついさっき拾った曲剣と同じ形状のものもある。それを拾い、腰に下げる。

 ついでに予備として、形は違うが剣をもう二本、背中に背負った。更に、矢筒もあるだけちょうだいし、あらためてリアと並んで小屋を出ていった。

 

 

 小屋を出ると、リアは無言で髪を元に戻しながら、後片付けを始めた。

 まず、真っ二つになった海リュウの頭をけたぐり、押していった。

 それが湖面に落ちる寸前、飛びだしてきた水リュウが喰いつき、そのまま水中へ消えていった。

 

「あとはこいつだ」

 

 続いて、首の無い胴体に近づく。今度は足ではなく、両手を添えた。

 ズリ、ズリ、ズリ……

 リアが両手と、体全体に力を込めることで、ここに来るまでに聞き慣れた音が鳴る。

 胴体は少しずつ湖面へ移動し、やがて、水面へ沈んでいく。

 また水しぶきが発生した。一部しか沈んでいない海リュウの胴体に、水リュウが大喜びで群がっていく。

 

「……え?」

 

 思わず、フィールは声が出てしまった。

 リアは既に手を離している、全長十五メートルはくだらない、海リュウの首なしの死骸。

 そんな大きさ重さがウソのように、バシャバシャと白いしぶきの中へ、徐々にではあるが、引っ張られていく。

 

 やがて、胴体の全てが、地面に流れた大量の血を残し、ルオーナ湖の中へ消えた。

 

 

「おー……」

「これでゴミ処理は終わった」

「……水リュウの食欲って、すごいのね……」

「川や海に比べて、湖は餌が少ないからな。水リュウが全部片付けてくれるから、今じゃこの湖は、『ゴミ捨て場』なんて別名で呼ばれてる……」

 

 顔を前髪に隠しながら語った姿からは、何の感情もうかがえない。

 小屋の中とは違う、いつものリアだ。

 

「……リア、さっきの……」

「……初対面の、特に子供には、ああするのが良いんだろう?」

「それは……そうね」

 

 どうしても拭えない違和感からの質問に、短いが、明確な答えを返され、言葉も出ない。

 少なくとも、いつも自分達や、村人達に見せていたであろう姿に比べれば、直前に見せていた可愛らしい姿は、遥かに親しみやすかったから。

 

「それに、レナに子供の相手は向かない。お前は、美人だが目付きが悪い。子供が泣く」

「放っといて……」

 

 皮肉の混ざった余計な一言には、さすがに言い返した。

 

「それに、こんなチビが大人の男を追い払ったなんて、子供でも信じないだろう?」

「……そうね」

 

 これも本人の言う通り。どうせ信じてもらえないと分かる真実よりも、より現実的で、それらしいウソの方が遥かに正しいことは、フィールでも知っている。

 

「まあ、あながちウソでもないしな。最後の一人を倒したの、お前ら二人だし……」

 

 

 この話しはここまでだろう。

 そう思って、別の話を切り出すことにした。

 

「あの子供達、何のためにさらわれたのかしら……?」

「……エサ、だろうな……」

「エサ? なんの?」

「水リュウは、良くも悪くも金になる。だからそいつを捕まえるためのエサとして、手軽でデカい獲物として子供をさらったんだろう」

 

 リアの答えに、ようやく得心がいった。

 水リュウを、金に代えるにも、そもそもあんなバカデカいのをどうやって捕まえるかとか、どうやって運ぶかとか、問題はいくつもある。あの短気でバカな男達が、そこまで考えていたとは思えない。

 そんな打算的な利益を釣り上げる、エサにするためにさらわれた、四人の子供達。

 

(確かに、ある意味有効な使い道なのかもね……)

 

 

「終わったよー」

 

 ドアが開く音と一緒に、レナのそんな、嬉しそうな声が聞こえた。

 振り返りながら隣を見た時、リアは再び前髪を上げていた。

 直前の様子がウソのような、可愛い顔で、可愛い声を上げていた。

 

「お疲れさまー、レナお姉ちゃーん」

 

 顔の傷が綺麗に治った子供達に囲まれながら、レナはまた悶えている様子だった。

 フィールも悶えそうになりながら、新たに疑問を懐く。

 

 今の、可愛いリア。いつもの、冷静なリア。昨夜の、泣いていたリア……

 

(どれが、本当のあなた……?)

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ルオーナ湖での全ての用事を済ませ、子供達からは、どこから連れてこられたのかを聞き出した。幸いなことに、三人がいた村は湖から近く、道も分かると言った。

 

 村までの道中は、リアが子供達の相手をしていた。

 優しさと母性に溢れた、綺麗な笑顔を三人に向け、愛想の良い親切な声を掛け続ける。

 幼い子供達はそんなリアに心を許し、信頼し、時に甘えている。

 

 そんな、それまでとは真逆に過ぎる『リアお姉ちゃん』の姿に、後ろに並ぶ『お姉ちゃん』二人は、何も言わず、何も言えず付いていった。

 

 その姿が演技であることは、リアを知っていればよく分かる。

 分かるが、今と、今までのリアの姿は不一致すぎて、そもそも同じ人物だと思うことが難しかった。

 

 

「着いたよー」

 

 考え、歩いているうち、リアが声を上げ、目的地に辿り着いた。

 

 周囲は、見上げるほどの柵で囲まれ、そこへ有刺鉄線が巻かれている。

 そんな簡単な囲いに守られてはいるが、柵の木は腐り、鉄線は錆びついて、獣や、人にも簡単に破られそうなほど古くなっている。

 

 そんな柵の内側に、いくつも並べられた家々。

 そのどれもが古く、いくつかは空き家だと分かる。

 よく見れば畑もあるが、よく見なければ、畑には見えない。

 ろくに耕していない固い土のウネから、僅かばかり顔を出している野菜の芽は、大量に顔を出した雑草に覆われている。

 

 

 手入れも世話も成されていない、適当に打ち捨てられた地面。

 そんな地面の上に並ぶ『村』の中へ、子供達は大喜びで走っていった。

 

「ただいまー」

 

 三人が一斉に叫び、それに、姿を見せていた住人らの何人かは顔を上げた。

 

「……アニ」

「クリス?」

「トーマ!」

 

 三人分の名前が、順に呼ばれる。と同時に、それまで家の中に隠れていた者達が、一斉に顔を出し始め、三人の子供達の元へ駆け寄った。

 

「おー……帰ってきたのか」

「えらく早かったな」

 

 特に深刻な雰囲気は無い。フィールらがそう感じていると、大人達の視線は、目の前の三人から、後ろの三人へ移された。

 

「あなた達が、こいつらを連れてきたんですか?」

「あのねー、わたしたちねー、『ゆーかい』されたのー」

 

 三人に目を向ける男に対して、三人の内の唯一の女の子、アニが言った。

 

「誘拐?」

「うん! でもねー! あのおねえちゃん達が助けてくれたんだよー!」

 

 活発な口調、且つ、おそらく三人の中では最年長らしい、クリスが続いて言った。

 

「おねえちゃん達、すごいんだよ! 悪いやつら全部やっつけてくれたんだー!」

 

 褐色の男の子、トーマが最後に言った。

 

 いくつも剣を持った目付きの悪い女と、弓矢を背負う少女と、黒髪を不気味に長く伸ばした黒ずくめの女の子。

 顔は美人だが、はっきり言って『怪しい』としか言いようの無い見た目の三人組。

 だが、子供達のフォローのおかげで、最初こそそれだった大人達の視線に、『歓迎』が上書きされた。

 

「そうでしたか! 何とお礼を言って良いか……」

 

 顔色を変えた大人の一人が、三人に近づいた。こんな場面で口火を切るのは、

 

「わたしは、その子達と同じです。助けて下さったのは、二人ですよ」

 

 リアが笑顔で後ろの二人を差し、後ろに並ぶ二人は、ペコリと会釈する。

 男は後ろに並ぶ二人を見ながら、ニコニコと笑い掛けた。

 

「そうでしたか! ありがとうございます!」

 

 そんな男の様子に、レナとフィールも、照れ隠しに微笑んだ。

 

「見ての通り、何もない村ですが、よければぜひ、泊まっていって下さい」

 

 愛想のいい笑顔を三人に近づけながら、話を続ける。

 

「自分の家は、大した所じゃありませんが宿屋を経営しています。三人とも、お代は結構ですので、今夜は泊まっていって下さい」

「……え? わたしも、ですか?」

 

 男の言葉に、リアが反応した。男はそんなリアにも、優しく笑い掛けた。

 

「ああ。君も大変な目に遭ったろう? 構わないから、今日は泊まっていきなさい」

 

 リアは愛想笑いを返しつつ、後ろの二人を見た。

 二人とも、態度には出さないようにしているが、夜通しの移動と、盗賊達の撃退に、海リュウとの戦い。浮かべている平気な顔をよく見れば、疲労困憊な様子が見て取れる。

 

「……じゃあ、お願いします」

「うん。では、早速ご案内します」

 

 

 

 男に促されるまま、三人は村の中へ入っていった。

 歩いていく三人の隣に、助けた子供達が寄ってきて、改めてお礼を言ってくれた。

 子供達の純粋な笑顔に、フィールもレナも、心を癒される。そして、そんなリアら三人を見ながら、他の大人達も、笑っていた。

 

「ここです」

 

 子供達とも途中で別れ、村の一番奥にある、村で最も大きな建物に着いた。

 

「それでは、こちらへどうぞ」

「……あ、すみません、一つ良いですか?」

 

 男に対して、リアが呼び掛けた。

 振り向いたのを見て、リアは、耳打ちするように言った。

 

「あの子達には黙ってたんですけど……僕は、お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんです」

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「やっとベッドだよー」

 

 部屋に入り、宿屋の主人が去っていくなり、声を上げたレナはベッドに跳び込んだ。

 個室でも良かったのだが、せっかくだからと三人一緒の部屋になった。

 

「しばらく、ゆっくり眠りたいわね……」

 

 フィールも、全ての剣を外した後は、靴も脱がないままベッドに寝転がった。

 

「……」

 

 そして、リアはと言えば、相変わらず無口に、窓の外を眺めている。

 

「どうかした?」

「……別に」

 

 フィールに返事をしながら、部屋の出入口のドアに立つ。

 

「どこ行くの?」

「……風呂」

 

 振り返りもせず返事をして、部屋を出ていって、鉄の靴音が聞こえてくる。

 靴音が聞こえなくなったところで、ベッドに突っ伏していたレナは立ち上がった。

 

「……どうしたの? レナ……」

 

 立ち上がったこと自体は普通なことだが、それにしても、やけに勢いよく立ち上がった。

 そんなレナは、質問に対してフィールの方へ向き直るが、その目はカッと見開かれ、白目は血走っていて、鼻息がヤケに荒くなっている。

 

「……決まってるじゃん……」

 

 鼻息と同じく、口からの吐息まで荒くしながら、レナは、フィールの質問に答えた。

 

「覗きだよ」

「……覗き? なにを……?」

 

 じれったい。そう言いたげにフィールに迫りつつ、両手に拳を握る。

 

「だから決まってるじゃん。リアだよ、リア……」

 

 そう言うレナの態度からは、いつもの控えめさや清楚さは完全に消えている。

 どころか、さも歴然としたことを言っているという、間違った自信が総身に溢れている。

 

「……いや、リアを覗くって、なんで?」

「なんで? だって、他でもないリアの裸だよ。綺麗で可愛くて格好良いリアの裸なんだよ。それが目の前にあるって言われたら、覗くもんでしょ普通……」

「普通? 覗くのが、普通なの……?」

 

 諭すような声でそう問い掛けるフィールに、レナもまた問い掛けた。

 

「フィールは見たくないの? あのリアの裸」

「リアの、裸……?」

「そう。リアの裸」

「……リアの、裸……」

 

 繰り返し言われて、思い浮かべてみる。

 

 

 長い髪の下に隠れた、大きな瞳を光らせる、美しい顔……

 古くて真っ黒な服の下に見える、可愛らしい手足……

 それらを包み込み、美しく見せている、健康的な白い肌……

 そんな魅惑的な肌に包まれた、小さく可愛らしい全身……

 

 

「はい、鼻血拭いて」

「……!」

 

 その言葉と、差し出されたハンカチで正気に戻った。

 急いでハンカチを受け取って、鼻に当てた。

 

「ね? すごくね?」

 

 最高潮なテンションのまま、語られるその質問に、答えることはできなかった。

 覗きは、間違いなく間違っている。

 だが、リアの裸というものは、フィールにとっても確かな魅力がある。

 

「想像するだけで垂涎垂血のお宝が目の前にあるんだよ。覗きに行かなきゃ女じゃないでしょ」

「女じゃない……?」

 

 男じゃない、というセリフなら聞いたことはある。しかし、女じゃない、というセリフは、少なくともフィールは初めて耳にした。

 

(……ていうか、レナって、こういうキャラだったんだ……)

 

 気弱で清楚、控えめながらも戦う勇気を持つ少女。

 出会ってから今まで、そんなイメージを持っていただけに、そのギャップから来る衝撃は中々のものがあった。

 

「そんなわけだから、わたしは走るよ! 目の前のお宝に向かって!」

「ちょ、レナさん……?」

 

 なぜかさん付けになってしまったフィールが止める間も無く、堂々と宣言したレナはドアに手を掛け、部屋の外へ出て……いこうとした。

 

「……え?」

 

 ドアの外へ一歩、足を踏み出した瞬間、その勢いのまま、廊下に向かって倒れ込んだ。

 

 

「レナ! ……え?」

 

 そんなレナを見ながら、部屋に入ってきたのは……

 

「リア……レナに、なにしたの?」

 

 その質問に、リアは答えず、なぜか左手に握っていたものを放り投げた。

 

「これ……リアの、靴?」

 

 硬い音を響かせて、床を転がった金属製の靴を拾い上げて、確かめてみる。

 見たところ何の変哲もない、靴底や、表面全てが金属で覆われた、ありふれた黒い鉄靴だ。

 フィールは履いたことが無いが、内側は鉄による足への負担が少なく済むよう、布やスポンジ等の柔らかな素材が使われていて、見た目以上に履き心地や歩き易さは良好らしい。

 

 本来、武器ではなく、危険な場所での足の保護を目的として作られたはずのその靴は、長年の猟仕事や、戦闘の傷跡がいくつも刻まれていること以外、おかしな点はない。

 

 そもそも、仮にレナの言葉を聞いていたとして、なぜわざわざ靴を脱いだのか……

 

「……うん?」

 

 と、靴には何も無いと判断し、リアに返そうと思ったところで、あることに気付いた。

 足を納める、靴穴を覗いた時だった。再びそこをよく見ようと、顔を近づけた時……

 

「……臭っさ!?」

 

 思わず大声が出て、思わず顔から離した。

 

「何年も素足で履いてるんだ。臭いに決まってるだろう」

「えー……」

 

 平然と答えられた、仕様も無い真実に、身構えていた体が脱力させられる。

 そして同時に、そんな真実を明かされたことで、手元の鉄靴をもう一度見てみた。

 

 醜い物は見てみたい。不快な音は聞いてみたい。怖ろしい場所には行ってみたい。

 同じように、臭そうなものは嗅いでみたい。

 人間とは不思議なもので、命にさえ関わらなければ、嫌なものでも、逆に一度は体験してみたいと望んでしまう。

 そんな衝動に駆られ、その靴へ、鼻を近づけ……

 

「レナみたいになりたくないなら、やめとけ」

 

 そんなリアの言葉が聞こえ、顔を止めた。

 

「少なくとも、直で嗅ぐのは危険だ。俺もたまに気絶する」

「うそぉん……」

 

 つまり……というより半ば分かってはいたが、レナを気絶させたのは、リアの靴の臭い。

 しかも、リア自身さえも気絶させる威力の悪臭とは……

 

「洗おうよ、そんなに臭うなら……」

「時々拭いてる」

「……拭いてる、だけ?」

「一足しかない。靴は乾きにくい。乾くまでの数日間、素足でいろっていうのか?」

 

 もっともらしい意見ではあるが、そうせずともやり様はいくらでもあると思う。

 たとえば……

 

「靴下、履いたら?」

「いやだ」

 

 フィールはただ、当然のことを言った。

 非の打ちどころのない、誰にとっても無難で真っ当な正論だった。

 それに対してリアは、強烈な形相を浮かべ、フィールを睨みつけて。

 

「……靴下だけは、死んでも履かん」

 

 そう語る口調は、絶対に許してはおかぬという、強すぎる決意がにじみ出ている。

 

(靴下に恨みでもあるのかしら……)

 

 

「……て、どうして戻ってきたの? お風呂に入るんじゃ、なかったの?」

 

 あからさまな話題の転換だったが、リアは特に気にすることも無く、足もとに倒れているレナを担ぎ上げる。

 それをベッドに寝かし、布団を掛けてやった後、ポケットをまさぐった。

 

「……財布。預かっておいてくれ」

「あ……うん、分かった。まあ、村の人達は良い人達みたいだし、大丈夫とは思うけど」

「……――……」

「……え?」

 

 財布を受け取ったフィールに対して、リアが何か、ぼそぼそと呟いた気がした。

 聞き返してみると、リアは既に靴を履きながら、フィールを見て……

 

「髪の毛、普段の色も良いが、赤色も似合ってるな」

「……ありがと」

「魔法を使ったら、ああなるのか?」

「……そうみたい」

 

 それだけ会話して、今度こそ、部屋を後にした。

 

 

「……ふふ」

 気になることは色々ある。だがそれ以上に、直前に新たに知ることになったリアの真実は、フィールから笑いを込み上げさせた。

 

 怪力と、鉄靴と、長刀。それらに次ぐ、第四の武器の存在。

 第四の武器のせいで、隣のベッドで目を回している仲間。

 そして、リアがなぜだか抱いている、靴下に対する強烈な嫌悪感と変なこだわり。

 

 落ち着いて思い返してみたらあまりにバカバカしくて、ついさっきまで殺伐としていた旅に、少しだけ楽しみを見出すことができた。

 

 

 

 フィールが新たな発見に微笑んでいる頃。

 リアは脱衣所で服を脱ぎ、髪の毛を掻きむしり、足もとの籠の中に小物をボトボト落としながら、直前にフィールの前で呟いた、本当のセリフを繰り返した。

 

「良い人達……だと、いいけどな……」

 

 

 

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