ネロ・バーサーク   作:大海

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第2話  夕やけこやけで またあした また あ し……

 太陽が地平線の向こうへ隠れ、世界がオレンジ色から、藍色へ、そして黒へと変わっていく時分。

 

 諦めと無気力、絶望と投げやりに溢れた静寂。それに包まれるのが、この街の常だった。

 それが今は、普段ならあり得ないような熱気と、中心街でも見られないような活気に満ち溢れ、街中から、歓喜と興奮の声が響いている。

 

 はたから見れば、何かしらの『祭』でも行われているのかと誰もが思うだろう。

 そして、『祭』と思った後にすぐ、聞こえてくる人々の声に、疑問を覚えるに違いない。

 

 

「奴隷だ! 絶対に俺が捕まえるぜ!」

「奴隷どもは俺の奴隷だ! 俺が聖地に行って一生遊んで暮らすんだ!」

 

「今度は俺達が聖地に行くぞ!」

「この前は別の連中に先越されたからな。今度こそ俺達の番だ!」

「一人いるだけで遊んで暮らせるのが、二人だ! どんだけ贅沢ができるってんだ?」

 

「黒い服着たコドモが一緒だ。そいつが家族みたいだぜ」

「だったらそいつは邪魔だから殺せ! 今までの奴らもそうしてきたみたいにな!」

「魔法も使えねぇうえにコドモ。そんなゴミさっさと殺して、二人をもらうぞ!」

 

 

 確かにそれは、『祭』に違い無かった。

 夢も、刺激も、変化も無く、ただ時間だけは嫌でも過ぎていく日常の中で、鬱屈していった不満への爆発と、ふって沸いた希望への歪んだ欲求。

 それらが見事に調和し、やがて作り出される、『血祭り』という名の『祭』だった。

 

 

「女二人だー!」

「魔法使いを奪えー!」

 

「奴隷を手に入れろー!」

「コドモは殺せー!」

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「うわッ! とと……ッ」

 

 街の中を疾走していた。前に広がる金属や土や錆び。それらが目の前に現れては、すぐ後ろへ通り過ぎていき、そのすぐ後には別のそれらが見える。

 建物は一つ一つ、形は違うだろうが、そんなものをいちいち認識していられない勢いで、気絶したフィールを担いでいるリアと、後ろに続くレナは走っていた。

 

「うわあッ!」

 

 かなりの速さで走っていたところで急ブレーキを掛けられ、

 

「おわあ!」

 

 そのすぐ後、レナは襟首を掴まれ、上へ向かって放り投げられる。

 その先に建つ建物の上に、後ろ向きで着地した、その直後には、

 

「うおお! とぉ……!」

 

 気絶したフィールが飛んできて、それを受け止めた。そしてまた直後には、リアがその建物の壁を蹴り、よじ登り、レナの前に着地した。

 

 

「……逃げるだけ無駄か」

 

 リアが呟きながら、二人でその場にうつ伏せつつ、建物の上から下を見る。

 

 

「どっちへ行きやがった?」

「まだ遠くにはいないはずだぜ。向こうはケガ人背負ってるんだからな」

 

 そんな声を上げながら、数人の男達が走っていた。そいつらが通り過ぎると、また別の奴ら。しかも、声は二人の目の前だけでなく、四方八方から聞こえてくる。

 

「……これじゃ、街の中に逃げ場無いよ……」

「ああ……」

「……ところで、今更だけど、この丸いのなに?」

 

 未だ、二人の体中にくっついている、黒くて丸い物体を見ながら、レナは、リアに呟き尋ねた。

 

「……魔力吸着盤。通称『黒丸』」

「くろまる……まりょく、きゅう、ちゃく?」

「名前はどうでもいい……簡単に言えば、人間の魔力に反応してくっつく磁石だ。地面に散らばってたのが、土に隠れてたんだろう。で、その磁石の原理を応用して、魔法使いから魔力を吸い取る道具が、フィールが踏んだ魔吸板だ。誰だか知らんが、奴隷を捕まえるために仕掛けたんだろうな」

「奴隷……結局それが、外地での魔法使いの呼び名なの?」

「そうだ。自分達を聖地まで連れていってくれて、自分達の代わりに働いてくれる。自分達は、一生遊んで暮らしていける。これだけ聞けば、確かに家族っていうより、奴隷だな」

 

 囁き声で会話をし、レナ自身、そんな通称を知らぬ間に冠していることに、今更ながら腹を立てている間に、また別の男が走ってきた。

 

 

「……ぅぅううあああああ!! さっさと出てこいよガキどもぉおお!! 手間掛けさせやがってええぇぇ!! 何で俺を聖地に連れてかねーんだよぉおお!! 俺はもう働きたくねーんだよぉおお!! 聖地で遊んで暮らしてーんだよぉおお!! 今すぐ俺のために出てきやがれえええええ!!」

 

 子供のように地団太を踏み、大声で喚いている。子供がやっても不快に感じるそんな動作を、いい歳をした大の大人がやる様は、不快を通り越して、無様でしかない。

 

 

「さっさと探さねーかこのマヌケ!! 今すぐ見つけろ! 逃げられちまうだろうが!」

 

 そんな無様な男に向かって、後から来た男は、同じくらい無様な怒声を上げた。

 

「うるせえ! だから今探してんだろうが! 偉そうに指図してんじゃねえぞクソッタレがぁああ!!」

 

 後からやってきた無様に向かって、前にいた無様も怒声と唾を飛ばす。

 後からきた無様は、余計に無様に怒りだした。

 

「何だと役立たず! ぶっ殺すぞ!! 役立たずのクズのくせによお!! 何もできねえんだからせめて俺のために死ぬ気で働きやがれ!! できねえなら今すぐ死んじまえぇ!!」

 

 後の無様がそう叫んだ時だった……

 叫び終わったと同時に、前の無様は後の無様に近づいた。

 その手には、ナイフの鈍い銀色を光らせて……

 

 

「ウソでしょ……!」

 

 レナが小声で叫ぶ前で、後の無様は、腹を押さえながら悶絶し、前の無様は、後の無様に向かって痰唾を吐き捨てた。

 

「お前が悪いんだ! いつもいつも俺を怒らせやがって! 俺を怒らせる奴に生きてる価値無えんだよ! 今すぐ死ね! 死んでちっとは俺の気を晴らしやがれクソッタレえ!!」

 

 捨て台詞を吐いて、その場を立ち去る。後には、後の無様だけが倒れていた。

 

 

「……」

「行ったな……早く立て。一度、街から出た方がいい」

「……」

「おい……」

 

 リアの声は聞こえていた。言葉も一言一句理解していた。

 そのうえで、レナは屋根から飛び降りて、男に向かって走っていた。

 

 男は今も、腹を押さえてうずくまっている。体は震えているが、その震えが、徐々に小さくなっていく。息絶えようとしているのが、見て分かった。

 そんな男の、力がほとんど抜けた両手をどかして、出血が続く腹部に素手で触れた。

 

「ヒューアノートリー」

 

 呪文を囁き、意識を集中する。すると、出血は止まり、傷口は徐々に塞がっていった。

 

「……これで大丈夫」

 

 傷が完全に塞がり、安堵しながら手を離した……その時、レナの小さな手を、ガッと掴む手があった。

 

「え……?」

「……治してくれた、のか?」

「は、はい……」

 

 うずくまったまま手を掴んでいる。それにレナは驚きつつ、問いかけには返事を返した。

 するとまた、掴んだ腕に、更に力が込められる。あまりの力に思わず目を閉じ、小さく悲鳴を上げた。

 そして、目を開けた時、そこにはうずくまっていた男の、カッと見開かれた目があった。

 

「俺のケガを治してくれたってことは、お前は俺の奴隷になるってわけだ。俺を聖地に連れていって、俺のためだけに、一生涯働いてくれるってことだな? なあ、奴隷……」

 

 土と脂汗にまみれた顔の、見開かれた目は血走っていて、黄色の歯を見せる口は裂けそうなほどに笑っていて、口元には唾液を光らせて。

 歓喜し、興奮し、ただ目の前の少女を見据え、歪んだ希望に沸いている。

 

 こんな顔に、レナは見覚えがあった。

 だからこそ、もう言葉は通じないと分かった。

 

 分かった、ちょうどその時……

 レナの目の前から、ガンッ、と、鈍い音が聞こえた。

 一瞬、男が白目を剥いたかと思ったら、その直後には再び顔を地面に伏せた。

 その顔の横には、黒く光る靴と、白く光る足首が見えた。

 

 

「レナは優しいよな……」

 

 レナの顔を見るなり、そう、冷たく言う。少なくとも、レナを褒めている雰囲気はない。ただただ呆れ果てている、そんな声色だ。

 

「だがな、ただでさえこの街じゃ、毎日誰か一人は死んでる。目の前で一人死にかけてる度に、いちいち反応してちゃ、キリがないぞ」

「……ここって、そんな街なの? 毎日こんなふうに、誰かが誰かに殺されてるわけ? ちょっと頭にきたからってだけで?」

「この街に限らず、よくあることだ。理由なんかどうでもいい。守るためなら、百人や二百人の人間を殺すだけの価値がある。それがプライドってやつなんだろう」

「……」

 

 認めたくはない。だが、否定することも、できない。どうでもいいプライド一つのために殺された人、殺されかけた人を、レナもよく知っているから。

 

「そうやって、自己満足で殺される人は助けちゃいけないってこと? この街じゃ……」

「……それも、この街に限らない。ハッキリ言って、今の時代、人助けなんて、した方がバカを見るだけだ。こいつみたいに、礼も言わなきゃ感謝もせずに、図々しくそれ以上を要求するようなバカしかいなくなっちまったからな」

 

 リアの言った通り。この、後の無様は礼や感謝どころか、さも治してもらうことが当然だと言うあつかましさが態度ににじみ出ていた。

 そしてそんな、無駄に全力な高慢さのまま、治したレナを、自分の奴隷だと言い切った。

 大ケガさせられたのを見て、ほとんど無意識に、助けなきゃと思ったから助けたのに……

 

「じゃあ……目の前で人が死にかけても、放っておくのが正解ってこと?」

「そういうことだな。でないと、こっちが面倒な目に遭う。助けてほしいなら、そもそもそんな目に遭うなってな……」

 

 めちゃくちゃな理屈だ。理不尽で、世知辛い……

 それでも、この気絶した無様、さっき逃げた無様、この街の奴ら、そして、ここに来るまでの外地の人間達。そいつらの姿を思えば、そうなるのも仕方がない。

 目の前の人間が、困っていようが死にかけていようが、関わらず、見捨てることが最善な世界。

 生まれて十五年間、平和な森の中に引きこもってきたレナが、初めて知った現実だった。

 

 

 

「いたぞ!」

「奴隷とコドモだ!」

 

 レナが、手に着いた血を無様の服で拭っていると、そんな声が聞こえた。

 

「走れ」

「うおわぁ……!」

 

 リアが言った直後、また襟首を引っ掴まれて、フワリと体が浮いて、また屋根の上に着地。

 言ってることとやってることが違う……そう思った瞬間にはリアが昇ってきて、屋根の上に置きっぱなしにしてあったフィールを再び担ぎ上げた。

 

「屋根の上に逃げたぞ!」

「ちょこまかと逃げてんじゃねえぞ! 奴隷のくせに!」

「さっさと捕まって奴隷になれ! 奴隷にもなれねえコドモは死ね!」

 

 

 後ろから響く、無様で不快な言葉の嵐を無視して、リアは走り出す。

 それにレナも、必死についていく。

 屋根の端まで走り、端まで来れば跳び、目の前の屋根に着地し、また走る。

 リアは元より、レナも、普段から猟師として森を走り回っていたおかげで苦ではなかった。

 

 屋根を飛び越えながら、下からは相変わらず、耳障りな阿鼻叫喚が響く。

 それをリアは無視し、レナは不快を募らせながら、跳び、走る……

 

 

 そして、今着地した屋根がいくつ目だか分からなくなった時。

 

「……くそっ」

「……え、どうしたの?」

 

 立ち止まり、ひざを着く。そんなリアにレナが話しかけると、リアはその手を引き、同じ高さに座らせた。

 

「見てみろ」

 

 

 

「あいつらはどうせ、街から逃げようとするはずだぜ。逃げてきたところを捕まえるんだ」

「相手は全員ガキだ。考えることなんか単純だ。今まで通り、捕まえるのだって簡単だ」

 

 街の出入口である道路には、そこを覆い尽くすだけのバイク、車がズラリと並んでいる。

 リアなら超えることは難しくはないが、その前を、その数以上の人間が、剣やらナイフやらを持ち鎮座している。仮にそれらを超えたところで、乗り物ですぐ追いつかれる。

 

 そんな場所に立つ全員の目が、さっきの無様と同じように、歪んだ熱気と、無様な希望気迫に満ち満ちていた。

 

 

 

「全部相手にするのは面倒だな……戻るか」

「……へ?」

 

 聞き返した時には、リアは立ち上がり、来た方向を逆走し始めた。レナも急いで追い掛けた。

 

「ちょ、リア、どうする気?」

「この街から出られるのは、あの道路か、聖地への扉だけだ。道路は大量の車のせいで通れない。だったら、力づくでも聖地へ行く」

「聖地って……無理だよ! 扉も閉まっちゃったし、さっきの罠とか、見張りも、出口みたいにたくさんいるんじゃないの?」

「罠は壊す。見張りは倒す。扉は開ける。それに、街の中は外より狭い。出口ほど車の自由は効かない。だったら、車の数が減る分、そっちの方が楽とは思わないか?」

「それは……そう、かな……?」

 

 走りながらも、それなりに説得力のある、合理的な言葉に聞こえる。

 それでも、その合理が、少し考えれば暴理なことが、レナにも分かる。

 

「でも、それでもこの街全部がわたし達を狙ってるんだよ。そんなとこで暴れたりしたら、街中から人が集まってきて、どっち道まずいんじゃ……」

「確かに、その通りだな……」

 

 

「おら! 逃げてんじゃねえ!!」

 

 レナが言い返した直後、正面から、乱暴な声が聞こえてきた。

 前を見た時、男が三人、屋根の上を走ってきていた。

 

「手間かけさせんじゃねえぞ奴隷! さっさと俺の奴隷になりやがれ! 俺はさっさとこんな街からおさらばして、一生遊んで暮らすんだぁ!」

 

「俺のために今すぐ働け! まず最初にそこにいるコドモを殺せ!」

 

 自分の都合と欲望だけを叫んでいる、そんな三人を不快に感じつつ、レナは、走りながら肩に掛けている弓を手に取る。

 

「誰が奴隷よ……さっきから勝手なことばっか言って!」

 

 前へ向かって、背中の矢筒から取り出した矢を三本、同時に発射する。

 それらは正確に、三人が武器を持つ腕を貫き、武器を地面に転がした。

 そこへ、フィールを背負ったリアが飛び込み、黒い鉄靴を一発ずつお見舞いする。

 三人は悲鳴を上げる間もなく、屋根の下へ落ちていった。

 

 

「あそこだ!」

「待て! 逃げるな奴隷とコドモ!」

 

 だが、倒したと言っても、既に八方の屋根から男達が走ってきていた。

 

「一度、下へ降りた方が良い」

「うん」

 

 リアが言い、レナが返事をして、二人は屋根の下へ飛び降りる。

 飛び降りた先は、あまり広さの無い寂れた路地裏で、人の姿は見当たらない。

 そんな路地裏を走り、途中ある金網はよじ登り、壁は飛び超える。

 

 

 やがて、いくつ目かの壁を越えたところで、リアは立ち止まった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 リアが立ち止まり、レナはここぞとばかりにひざに手を着き、深呼吸を繰り返した。

 レナ自身、長年の猟師生活のおかげで、体力も身体能力も、人並み以上の自負はある。

 だから、フィールを背負っているとは言え、リアの健足にも付いてこられた。

 だが、付いてこられるのも無限ではない。体力が尽きればそれまでだ。

 

「……」

 

 息を切らしているレナを尻目に、リアは周囲に目を凝らす。

 いくつもの人々の気配とギラついた欲望は、際限なく街中に広がっている。

 その全てが自分達を狙い、捕まえようと躍起になっている。

 

(それにしても……)

 

 そんな光景と、この街へ来るまでの経緯を振り返ると……

 

(生まれ育った『故郷』……ここに来るまでの『村』……で、目的地のこの『街』、か……)

 

 いつだってどこだって、その『場所』そのものが敵になる。理由はどうあれ、その『場所』にいる人間全てが牙を剥き、自分達の身を狙う。

 

(化け物にはよくできた話だな……)

 

 過去に、母から勧められて読んだことがある、人々から忌み嫌われた、心優しい架空の怪物の物語を思い出しながら、思わず冷笑の吐息が漏れた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 吐息の後で、息を切らすレナと、息を鳴らすフィールを見て、やるべきことを考える……

 

「……レナ」

「え?」

「お前、身長はいくつだっけ?」

「……最後に測ったのはだいぶ前だけど、確か、百五十……三か四、かな」

「つまり、俺より四、五センチは高いわけか……」

 

 確かめた後、今度は開いた右手を、目の前にかざして見せた。

 

「お前もだ」

 

 レナは、理解できないながらも左手を開き、同じように手の平をかざす。

 リアは、レナのかざした左手に、自分の右手の平を重ねた。

 

「……俺のが小さいか」

 

 呟きながら、手を合わせた状態で、レナの全身を、つま先から頭の先まで見つめていく。

 

「……手も足も、俺のがいくらか短いが、そこまで大きな違いは、無いな……」

 

 それを言うと、背負っていたフィールを下ろし、壁にもたれ掛けさせた。

 そんなフィールが、使いもせずなぜか手首にいくつもはめているヘアゴムの一つを取ると、レナに背中を向け、髪の全てを後ろに流した。

 

「レナ」

「なに?」

「服、全部脱げ。靴下以外、今すぐ」

「……」

「……」

「……は?」

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「オッラァッ! 早く出て来ねえかガキどもォオオオ!」

「さっさとこの俺を聖地に連れていきやがれェエエエ!」

「これ以上俺を働かせんじゃねえぞ奴隷どもがァアア!」

 

 もはや、文章に起こすのもバカバカしい、同じような文言の繰り返し。

 そんなわけもないのに、大声を出していれば、いつか出てくると信じ、ひたすら怒声を上げる。

 

 彼らは知らないし見てもいないが、最初にリアが気絶させた無様と大差ない。

 教養も無ければ礼節も無く、粗暴なまま欲求だけを叫び続ける、ひたすら無様な大人達。

 そんな連中がいくら大声を上げたところで、都合良く出てくるわけがない。

 

 普通なら……

 

 

「……ん?」

 

 彼らの内の、一人が声を上げた。その声に反応し、他の男達もそちらを見ると。

 

「おい、あれって……」

「……ああ、だよな」

 

 互いに顔を見合わせ、聞いていた記憶と照らし合わせ、考えを一致させ、確信を得る。

 目の前から歩いてくる、弓を肩に掛け、髪を後ろに束ね、白のワイシャツと、緑のベストとスカートという服装で、両手で両目を押さえている背の低い少女に、全員の視線が集まった。

 

 

「うぅ……うう……」

 

 少女はすすり泣きながら、卑しく笑う男達の方へ、ゆっくりと歩いていった。

 

「なあ、お前、魔法使いの奴隷だよな?」

 

 少女に群がりながら、遠慮や配慮の欠片も無い呼び名で、少女に呼び掛ける。

 すると、少女は顔を上げた。大きな丸い目から、大粒の涙を流していた。

 

「もう、逃げるのやだ……あの二人もやだ。いきなり、あんなこと言うなんて……ひどい……」

 

 しゃくりあげ、すすり泣きながらそう言う。

 男達は、それに心配することもせず、顔は、卑しい笑みだけを浮かべている。

 

「じゃあ、俺と一緒に聖地に行こうぜ。なあ……」

 

 少女の話しには一切触れず、確信を突く。すると、少女はまた顔を上げた。

 

「うん……もう、あんな二人、ヤだから……奴隷になるから、わたしを聖地に連れてって……」

 

 少女がそう言うと、男達はなお更、卑しく顔を歪めた。

 

「よぉし! やったぜ! これで俺が聖地に行ける……ッ」

 

 男の一人がそう言いながら、少女の身に触れようとした、その時。

 

 ザクッと、嫌な音が聞こえた気がした。同時に、わき腹の辺りが熱くなった。

 わき腹を見ると、そこには深々と、ナイフが突き立てられていた。

 

「て、テメェ……」

「お前は死んでりゃ良いんだよ。俺がこいつを奴隷にして聖地に行くんだからよ!」

 

 そう叫んだ男もまた、ザクッという音を聞いた。

 痛みは、背中からやってきた。振り向くと、自分のとは別のナイフが背中に突き立てられていた。

 

「お前ぇ……」

「聖地に行くのは俺だ。お前らはここで、今すぐ死んでろ!」

 

 

「誰でも良いから、魔法使いのわたしを聖地に連れてってええええええ!!」

 

 

 男が叫んだ時、少女も泣きながら、大声でそう叫んだ。

 

 

「こっちか!」

「魔法使いがこっちにいるのか?」

 

 

 周囲から、いくつもの声が上がる。その声全て、聞こえた声の元へ集まり始めた。

 

「て、テメェ……ッ」

 

 男が声を上げるが、少女は泣いているだけで、何も聞いていない。

 そんな少女が頭に来たから、とっさにナイフで突き殺そうかと思った。

 

 だが、そう思ってナイフを持ち上げた時には、

 

 

「魔法使いだー!」

「本当にいたぞー!」

 

「俺の魔法使い!!」

「私の奴隷が歩いてるわー!!」

 

 

 いくつもの声と、欲望を全開にした無様達が、少女に、男に向かって、走ってきた。

 

「この野郎! 来い! 聖地まで走りやがれ!」

 

 向かってくる無様の群れに怯みながらも、少女の手を乱暴に掴み、引っ張ろうとする。

 しかし、少女はすすり泣くばかりで、その場から動こうとはしない。

 

「おい! なにやってる! 走れ!」

 

 呼び掛けるが、一言の返事も無い。引っ張っているのに、その場から全く動かない。

 

 

「走れって言ってるんだ! この俺の言うことが聞けねえのか!? 俺の奴隷だろうがあ!!」

 

 

「テメェの奴隷じゃねえ!」

 

 激怒し、叫んだ男に向かって、別の男の声が飛ぶ。

 と同時に、少女の手を掴んでいた男の、左目に、灼熱の痛みと、一面の黒が広がった。

 

「俺の奴隷だ。お前はここで死ん……ッ!」

 

 その男も、言い切る前に言葉を切る。自分では見えない部分、男の頭頂部に、鉈が振り下ろされ、食い込んでいた。

 

「アンタが死んでなさいよ! この奴隷は私が……ッ」

 

 そしてまた、女の言葉は遮られる。

 

 そんなことの繰り返しだった。魔法使いだと名乗った少女に向かって、我先にと群がり、幸福への椅子を奪い合い、そのために殺し合う。

 そんな騒ぎを聞きつけ、また別の連中が一斉にその場所へ集まり、そこにいる魔法使いに歓喜しながら、殺し合いに参加する。

 

 少女が大声を上げた後は、ただそこにいるだけで、彼らは、彼ら自身の手で人数を減らしていった。

 そうして、人が大量に集まり、殺し合い、傷つけ合い、収拾がつかなくなったころには、少女は姿を消していた。しかし、既に殺し合うことが目的と化してしまった彼らは、最後の一人になるまで、そのことに気付くことはなかった。

 

 

 

「うぅ……う、うぅ……」

 

 たった今、殺し合いが行われている場所から離れ、少女は、ついさっきやってきた、聖地への巨大な扉に辿り着いた。

 あの時と同じく、扉は閉じられたままになっている。開け閉めの仕組みは分からないが、普通にこれを開けようとするには、少女一人の力では難しいかもしれない。

 そんな、巨大な扉を少女が見上げている時だった。

 

 

「やあ、お嬢ちゃん」

 

 そう、低目だが、遠くまでよく通りそうな声が聞こえた。

 振り返れば当然、声を掛けた男がいる。

 腰に剣を差したその青年は、くすんだ黒髪の下から、鋭い切れ長の目を覗かせて、その青い瞳の三白眼で、射抜くように少女を捉えている。

 佇まいだけで、今までの連中との違いを醸し出している。彼を中心に転がる、十数人の大人達からもそれが分かる。

 

 そして、そんな彼を中心に、十人程度の男女が集まっていた。

 一番年下は11~12歳。最年長らしい青年は20代にも達していない。

 そんな若者達、全員の視線が、少女に、そして、中心の青年に注がれていた。

 

「俺達を、聖地に連れていってくれないか?」

 

 直前と同じ、よく通る声で掛けられたのは、そんな願いだった。

 青年は、腰の剣を地面に置くと、他の者達を残し、少女の前に立ち、向かい合った。

 

 

「はっきり言う」

 

 そんな切り出しから、厳粛な佇まいと、物静かな雰囲気をそのままに、言葉を紡ぐ。

 

「ここにいるのは、俺も含めて全員、コドモだったせいで親に捨てられて、大人達や社会にも見捨てられて、この街で生きていくしかなかった奴らだ。そんな奴らが集まって、家族になって、今日までどうにか生き抜いてきた。やってることは、ほとんど盗賊だけどな」

 

 身の上を話しているその顔は、どこまでも誠実で、正直に見える。周りの若者達も、話している彼と同じ雰囲気を、常に漂わせている。

 

「今まで何度も死にそうな目に遭ってきた。食い物が無くなった時や、病気にかかった時、大人達に面白半分で殺されかけた、殺された……なんてことはザラだ。この街……いや、この世界は、子供が生きていくには過酷すぎる。実際に死んだ奴も、何人もいる……」

 

 話しながら、後ろに立つ者達に視線を送る。誰もが話している男を、そして、周囲にいる仲間達を信頼し、思いやっている。それが、見ているだけで伝わってくる。

 

「今じゃもう、最初にいた人数の半分も残ってない……だからせめて、これからは良い思いをさせてやりたい。この街を出て、聖地で良い暮らしをさせてやりたいんだ」

「……」

「だから頼む。君を奴隷にする気は無い。俺達にできることは少ないだろうが、それでも精一杯、君のことを支えると約束する。俺達を、聖地に連れていってほしい。この通りだ」

 

 リーダー格の青年はそう言うと、後ろに立つメンバーと一緒に、深々と頭を下げた。

 

「……」

 

 コクリ、と、少女は無言のまま、顔を両手で押さえたまま頷いた。

 それに対して、後ろに立つメンバーは歓喜し、リーダーは、ありがとう、と礼を言った。

 

「なら、アジトまで連れていく。扉は一度閉まったら、また開くまで待つしかないからな。扉が開くまで、俺たちが君を守る」

 

 二人で肩を並べ、歩き出す。その後ろに、他のメンバーも続いた。

 閉じられた扉の前を通りながら、巨大な扉を見上げる。

 後ろを歩くメンバー全員、その扉の向こう側への、希望に思いを馳せた……

 

「ちょっと待て」

 

 ちょうどその時。リーダーとは別の少年が声を出した。

 そちらを見ると、その少年は、少女をジッと、疑念の目で見ていた。

 

「……その娘、魔法使いなんだよな?」

 

 リーダーに対してそう問い掛け、リーダーは頷く。それに、表情の疑念はより増して、さっきまで少女が立っていた場所を見た。

 

「だったら、土の下の板が反応するんじゃねえのか? それに、黒丸だってくっ付くはずだろう? さっきは、めちゃくちゃくっ付いてたって話しだったし……」

 

 言われてみれば……リーダーも、他のメンバーも疑問を感じた。

 魔法使いがそこに立つだけで音を出す、魔力探知機の付いた魔吸板は、静かなまま。

 しかも、誰がやったかは知らないが、今や扉の前には、リア達が最初に来た時以上に、大量の黒丸が散らばっている。

 手の平よりも小さなそれらは、小さくて軽い分、魔力に向かって一度に大量に引っ付くため、たとえ変装をしようがそれを見破ることができる、便利な道具だ。

 

 最初は大量にくっ付いていたそれが、今は全く反応せず、地面の下の機械も無音。

 

 と、いうことは……

 

 

 

「そういうことだ」

 

 

 

 メンバー全員が、心の中で呟いた瞬間だった。

 少女の声じゃない。そう気付くより前に、リーダーは、真っ黒な靴底を見た。

 黒く、そして硬い靴底が顔面にぶつかり、後ろへ吹っ飛んだ。

 

「気付くのが遅すぎだ」

 

 リーダーが倒され、メンバーがざわつく中、『少女』は声を上げる。

 

 顔面への飛び蹴りで、リーダーを吹っ飛ばしたその『少女』は、ヘアゴムを取り去ったことで、後ろに長く伸びていた髪は無くなった。

 代わりに、前と左右から伸びた髪が、顔や上半身を隠してしまった。

 

「魔法使いの小さい方は、黒髪じゃない。栗髪だ」

 

 この時初めて、メンバー全員が気付いた。

 目の前に立っているのは、魔法使いの少女ではなく、その少女の服を着た、少年……

 

 

「多分、お前達は、普通の大人達に比べれば、良い奴らなんだろう……それでも、二人を渡す気は無い。二人が安心してここを通れるように……」

 

 

「どけ」

 

 

 

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