ネロ・バーサーク   作:大海

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第4話  ぐわ ぐわ ぐわ

「しっかりしろよ。人間(オトナ)だろう」

 

「ぐわぁ……!」

「がぁ……!」

 

 

 何人目の声と、何人目の蹴りの感触か。

 最初から数えてはいないが、少なくとも周りには、四十を超す人間が倒れている。

 上から降ってきた刀を掴んで、そいつらを見下ろしながら、リアは溜め息を吐いた。

 

「オラァ!」

 

 右側から声が聞こえて、そちらへ向かって刀を放り投げる。

 思わず受け止めた男は、その長さと重さにふらつき、挙句、勝手に倒れて、気絶した。

 

 

(弱すぎる……)

 

 一撃でも喰らって、立ち上がることができたのは、最初に蹴り飛ばした集団のリーダーだけ。それ以外のほとんどが、鉄靴の蹴り一発で、動かなくなった。

 

「賞金稼ぎもいるから、フィールみたいなのを何十人も相手にするかと覚悟してたんだが……フィールに失礼だった……」

 

 警戒していた賞金稼ぎの連中も、蓋を開けてみれば、普通よりも少し力が強いだけ。

 フィールのような、強さも技術も、誇りも意志も全くなく、そのくせ妙な自信だけを武器に、リアという化け物に向かっていく。で、呆気なく倒されてしまう。

 

 それ以外はもっとひどい。

 聖地へ行こうと殺気立ち、そのために平気で他人の命さえ奪っておきながら、その歪んだ意志の強さに反して、肉体が貧弱すぎる。

 

 何もしようとしない毎日を生きてきて、そのくせ、誰かが目の前までチャンスや希望を連れてきた時にだけ、大喜びで出したことも無い全力を出す。

 典型的な負け犬が、ある日突然やる気を出したところで、普段何もしていないことでの貧弱さは変わらない。

 そんな連中やザコの賞金稼ぎがいくら束になったところで、リアに勝てるわけが無い。

 

 

「おらおらおらー! 捕まえろー!」

「聖地へ連れていけー!」

「金! 金! 今すぐ金になりやがれー!」

 

 そして、そんな事実を理解することができず、攻撃をやめない、攻撃するしかない連中は、ただ声を上げ、貧弱な体で、見た目には物騒な武器を手に向かってくる。

 

 そんな、無様な奴隷達の姿に、リアは、男を下敷きにした長刀を拾い上げた。

 それを、束になった彼らの中心に向かって投げ飛ばした。

 

 

「うおおお!」

「危っぶね!」

 

 長刀は彼らの中心の、やや上を通り抜け、彼らの後ろの壁に突き刺さった。

 

「てめえ! 奴隷のくせにふざけんじゃねえぞ!」

「下手糞が! 投げるなら俺以外全員刺し殺しやがれ! 俺の奴隷ならそんくらいしろよ役立たずが!」

 

 そんな声を無視しながら、その刀に向かって走り出した。

 そして、前方に立ちはだかった女の肩を踏みつけ、跳ぶ。

 着地した先は、壁に突き刺した長刀の柄の上。

 

「何やってんだ! 降りてきやがれ奴隷!」

 

 その声に応えるように、直立していた柄から、真下へ降りる。が、地面に足が着くことは無かった。地面に向かって降りた、途中にある柄を掴み、ぶら下がった。

 

「ぐおッ!」

「がぁッ!」

 

 ぶら下がった体勢で、足を蹴り出し、丁度伸ばした場所にいる、無様な奴隷の頭にぶつける。

 一人にぶつければ、足を別方向へ伸ばし、その後は、逆の足をまた別の方向へ。

 ぶら下がる腕を変えて体の方向を変え、逆側にいる無様にも蹴りを当てる。

 その繰り返し。

 

 長すぎる刀身と、リアが両手を広げてぶら下がれるだけの柄の長さと、リアの小さな、身軽で力強い柔軟な身体が組み合わさった蹴りの舞いに、近づいた者は例外なく倒されていった。

 

 

「これで全部か……?」

 

 やがて、向かってくる者達がいなくなり、声も聞こえなくなった。

 全員が全員、その場に倒れ、動かなくなっている。

 それを見て、ようやく柄の上に下ろしていた腰を地上に下ろした。

 

 壁に刺さった刀を手に取ろうとした……ちょうどその時。

 

 

 ブロロロ、と、この街ではありふれた、エンジンの音が聞こえた。

 と同時に、リアにとってはそれ以上に馴染み深い、獣の匂い、鳴き声が聞こえてきた。

 

 薄暗い扉の前の路地を、いくつものバイクの強い光が照らす。

 そんな光の中で、ひときわ大きな光の差す、ひときわ大きな鉄の塊が前に出る。

 そんなトラックの、荷台の巨大なコンテナの左右が開いた。

 

「食い殺されたくなきゃ、大人しくこっち来た方がいいぜー!」

 

 バイクに乗ったうちの、誰かの声が響く。

 その声の直後に、開いた荷台の左右から、人とは違う生き物が数十匹。

 赤茶色の体毛を逆立てた獣が出てきた。

 

(オオカミ……それも、調教済みの『ハウンド』か)

 

 ただ群れで襲ってくるオオカミとは違って、ハウンドは、狙った獲物を『捕獲』するために襲ってくる。捕まえることが目的だから、命を奪うようなことはしない。

 つまり、命を奪わない代わりに、あらゆる手段を講じてくる、ということ。

 

「昔読んだ本に、パン一つを盗んだ子供に向けて放されたハウンドが、子供の両手足を全部喰いちぎって、絶対に逃げられない状態で生け捕りにしたって話しがあったっけな……」

 

 もはや、捕獲の域を超えているような気がするが、ハウンドにしてみれば、全てを喰わずに生きているのだから、捕獲に違いないのだろう。

 生物としての終わりは、時に生命の終わりに直結する。そんなこと、いくら調教しようが、イヌが理解するわけがないのだから。

 

 そして、イヌに限らず、無様に狂ったニンゲン達も同じ。

 

「行け! 捕まえて俺達を聖地まで連れていけ!」

 

 そんな危険生物を、大切な奴隷へ平気で放っている辺り、生きてさえいれば、たとえ大ケガをして魔法が使えなくなっても、聖地へ行けると勘違いしているらしい。

 それで働けなくなれば、連れていく意味が無い。そんな事実にすら頭が回らないようだ。

 

(それとも、捕まえるついでに育てたハウンドを試したいのか……どちらにせよ、俺が大ケガをしようが、死のうが関係ないらしいな)

 

 

 向かってくるハウンド達に向かって、再び地を蹴る。

 そして、最初に飛びかかってきた三匹のハウンドに、一発ずつ飛び蹴りを喰らわせた。

 三匹以外も、一匹につき一発、飛びかかってきた順に蹴り飛ばしていく。

 

 蹴り飛ばされたイヌ達は全て、背中から地面へ落ちていった。

 しかし、またすぐに立ち上がり、リアを威嚇する。

 

(やっぱ、所詮は人間相手の武器か……)

 

 鉄靴が効かないなら仕様が無い。犬達に背を向け、走り出した。

 

「逃がすな! 追え追えええぇぇぇ!」

 

 その命令に従い、イヌ達はリアを追う。

 リアは、目の前の通り、ではなく、その横の壁に向かって走った。

 そして、その壁の前で跳び、壁に突き刺さった物を引き抜き、それを振った。

 

「なにいッ……!」

 

 男達が驚愕の声を上げること、そして、リアの振った長すぎる刀が、向かってきた三匹のハウンド達を真っ二つにしたのは、同時のことだった。

 

 

「さて……」

 

 一度に三匹の仲間を失って、後ろにいたハウンド達は怯んでいる。

 もっとも、ただ怯んでいるだけ。怯んでいる間にも、後ろから声は響いている。

 

「なにやってんだ! さっさと捕まえろ! 俺の奴隷だぞ!」

「ケガしようが死にかけだろうが生きてりゃ良いんだ! さっさとやれ!」

 

 今の光景を見てかそうでないのか、いずれにせよ、イヌ達にとって理不尽な命令を叫ぶ。

 そしてイヌ達は、そんな命令に答えるために、その身を削るのである。

 

「人も獣も、奴隷しかいないのか、この街は……」

 

 命令に従うしかないハウンド達を見て。そして、聖地しか頭に無い無様達を見て。

 心底呆れながら、それでも向かってくるハウンド達に、再び長刀を振るった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ん……んん……」

 

 ひどく重いまぶたを、どうにか開くことができた。

 体もひどくダルい。まともに動かせそうにない。

 なぜ今そんな状態になっているのか、それを思い出す。

 

(……そうだった。確か、扉の前に立った途端、体中が痛くなって……)

 

 はっきりと覚えているのは、思わず悲鳴を上げてしまうほどの、強烈な熱さと痛み。

 そして、たった今気が付いたら、淡い光に照らされた、薄暗いこの場所にいた。

 

 

「あ、起きた?」

 

 フィールが疑問を感じていた時、慣れ親しんだ声が聞こえた。そこには、薄暗い空間を照らす小さな電灯と、その前に座る、小さな影が一人。

 

「リア……じゃ、ない。レナ?」

「あ、分かった?」

 

 なぜかリアの服を着ているが、あどけない可愛らしい顔は、レナに違いない。

 それを理解しつつ、別の疑問を尋ねる。

 

「ここは……? リアは、どこ?」

「あのね……」

 

 気絶したことで、何も知らないフィールに、レナは起きたことを順序立てて説明した。

 

 

「……そう」

 

 この街ならよくあると、そして、リアがしそうな行動だと、話を聞きながら納得した。

 

「それより、体は大丈夫? 傷は全部直したけど、歩けそう?」

「……ごめん。まだ、歩くのは時間が掛かりそう……」

 

 感覚からして、体の中の魔力、全て無くなったらしい。

 過去にも一度、仕事中に魔力を使い果たして、気絶して、目が覚めた後もしばらく動けなくなったことがある。

 その時は、敵を全滅させた後だったし、回復するまで誰にも会わなかったおかげで事なきを得た。

 

「そっか……大したことなくて良かった」

 

 心底安心したという表情で、自身の胸を撫で下ろす。

 異変に気付いたのは、そうして胸に手を当てたレナの、両手を見た時だった。

 

「レナ、その手……て、私も?」

「……ああ、ごめん。ちょっと、ドジ踏んじゃった……」

 

 と、自身の両手を縛る金属を見せながら、苦笑した。しかし、すぐに余裕のある笑顔に変わり、フィールの身に寄り添った。

 

「でも、大丈夫。フィールはわたしが守るからね」

「……レナ、何かあったの?」

 

 今のレナは、この街に来た時とはまるで違う。

 気を失う前と後での変化ぶりに、理由を尋ねると、レナは、笑顔を見せながら答えた。

 

「何にも無いよ。ただ、ここが猟師にとって、すごく理想的な狩場なんだって気付いただけ」

「狩場?」

 

 疑問を感じた、その時、フィールは気付いた。

 

「な、なに……?」

 

 

 

 少しだけ時間を巻き戻す……

 

「この中に、その二人がいるんだな?」

「うん。そうだよ」

 

 バイクに乗った男と、その前に立っている小さな男の子が、そう会話していた。

 

「間違いないんだろうな」

「本当だよ。黒くて丸いのもくっついてたし」

 

 血まみれの男の子は、そう笑いながら話していた。

 コドモの言うことなどアテにならないし、奴隷は子供ではなく、それなりに歳を重ねた少女が二人と聞いている。頭も知恵も、コドモよりは遥かに回るだろう。

 とは言え……

 

「ねえ、おねえちゃんたち、ここから出てきた?」

「ううん。だれも出てきてないよー。ここの他に出られるとこないし」

 

 五人全員集まっての、そんな会話の内容は、聞いた限り純粋に、真実のみを話している。

 ならば、ウソをつくことも知らないコドモの言葉を信じるなら、奴隷の二人はこの中に入っていき、そのまま、少なくとも、コドモが見ていた間には出てきていない、ということだ。

 信じるに値するかはともかく、少なくとも、数少ない貴重な手がかりには違いない。

 

「そうか。分かった」

 

 それが分かったところで、男は、コドモ五人が群がった場所へ、バイクのライトを向けた。

 

「ならもう、金にもなれねぇ、生きた糞どもに用は無えよ」

 

 言いながら、強い光に目を覆うコドモらに向かって、アクセルを捻り……

 

「コドモの分際で、ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ。気持ち悪りぃ……」

 

 

「おい奴隷!」

 

 ゴミ掃除を済ませた後は、五階建てのビルに向かって絶叫した。

 

「今日からお前達は、俺の奴隷になってもらうぞ!」

 

 二人にとっては、今日だけで何度聞いたセリフだろうか。

 

「お前らは俺に楽させるんだ! それができねえ奴は生きる価値無えんだ!」

 

 もっとも、彼にとっては初めてなセリフを叫んだ後で、バイクを方向転換させた。

 地面に真っ赤なワダチを刻みながら、後ろへ下がり、後ろで待機していた連中に指示を出す。連中は一斉に、目の前のビルに向かって歩き出した。

 途中落ちている、直前まで生きていた人間の糞をドカドカと踏みつけ、邪魔だと蹴り飛ばし、その前のドアに手を掛ける。

 鍵は開いていて、扉はすぐに開いた。しかし、内側を手錠で繋がれていて、開くことはできない。

 それを見ていた、後ろにいた巨漢が斧を両手に、振り上げ、振り下ろすと、手錠の鎖はアッサリ砕けた。

 

「おら行け行け! 隠れてる奴隷どもを引きずり出せ!」

 

 男が言うまでも無く、前にいた男達は次々に中へ入っていく。

 全員、指図に従っているようで、その顔は、指図している男と同じ。

 

 奴隷を手に入れるのは、この俺だ。

 俺が聖地へ行くんだ。

 だから、奴隷は渡さない……

 

 そうして、ビルの中から響く男達の怒号と嬌声の中、やがて、奴隷達を見つけ出し、歓喜の絶叫が響く……

 

 

 ……はずだった。

 

「ぐわああああああああああああ!!」

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

 外で待っていた、指図する男が耳にしたのは、ただの、男達の悲鳴。

 

「な、なんだ……?」

 

 疑問を声に出した直後、中に入っていった連中の一人が、外へ出てくる。

 ソイツは、血まみれになりながら片腕を押さえ、出てきたところで倒れ込んだ。

 

「おい、なにしてる?」

「……この中、まるで地獄だ……罠だらけで、誰も上まで行けない……」

「罠だらけ……?」

 

 

 出てきた奴の言う通り、ビルの中は、地獄絵図と化していた。

 

 ある男は、数ある部屋の一つを調べようとドアを開いた。すると、そのドアに繋がれていた重たい荷物が崩れ、男に向かってなだれ込んだ。

 またある男は、普通に廊下を歩いていた。すると、突然足もとにあったロープの輪に足を取られ、引っ張り上げられ宙吊りにされた。

 また別の男は、階段を上った。すると、細い糸に体を引っ掻け、それを払いのけた瞬間、上からいくつも刃物が飛んできた。

 

 そして、そんないくつもの罠に共通しているのが、罠に引っ掛かったその先に、刃物や金属、ガラスや食器、釘、岩、レンガ、その他危険物が待ち構えていること。

 罠に掛かった者達は、例外なく軽くない傷を受け、それ以上の探索を怯ませるだけの恐怖を刻み付けられた。

 

 そして、最初に出てきた奴に続くように、他の奴らも一斉にビルから出てくる。

 指図する男の文句も構わず、全員がバイクに乗り込み、ビルから走り去っていった。

 

 

 

「……追い返せたかな? 全員」

 

 突然、ビル内に響いた、男達の悲鳴と絶叫。それがしばらく続いたと思ったら、今度は泣き声が聞こえてきた。

 そして、レナの肩を借りながら、鉄格子の窓から下を覗くと、並んでいたバイクが一台残らず離れていくのが見えた。

 

「レナ……あなたがしたの?」

「うん。道具はたくさんあったからね。それに狭いし、森より簡単に罠を仕掛けられたよ」

 

 そう、はにかんで話すレナの顔は、自身の成し遂げた成果を誇り、出せた結果に歓喜する。歳相応の、幼い少女の笑顔だった。

 

「罠って……ここに逃げ込んで、それだけの罠を仕掛けられる時間があったの?」

「うーん……大体、5分くらいかな?」

「5分……!」

 

 そんな短時間の間に、それも、手錠で不自由な状態で、二十人以上はいた男の全員に傷を負わせ、追い立てた……

 

「猟師なら、これくらい普通だよ」

 

 驚いたフィールに対して、レナは、それがどうかしたのか? という顔で聞き返した。

 

「森の中じゃ、獣が来るまでの1分とか30秒とか、とっさの時は10秒とか、それまでに、落ちてる枝とか、生えてる草とか組み合わせて罠を仕掛けるなんて、よくあることだからさ。5分もあれば、このビル全部に罠を仕掛けられるよ」

「……このビル全部に、罠を仕掛けてるの?」

「うん。この部屋以外、全部」

 

 相変わらず、純真な表情で、当然だという声で頷いている。

 この街に来た時は、多くの知らないことに脅えて、小さくなっていたのに。

 

 

「……わたし、分かったんだ」

 

 言葉を失うばかりのフィールに対して、レナはまるで、悟ったような声で語った。

 

「リアに、目の前の人とは戦えないって言われた時、ショックだった。実際、三人の中で一番弱いのは分かってる。わたしには、フィールや、まして、リアみたいな力は無いし、そもそも、人と喧嘩したことだってなかったから。弓矢も使えない時に、目の前に獣じゃなくて、危ない人がいたら、どうしたら良いか、全然分かんなかった……」

 

 ついさっきの出来事や、最悪な出来事を思い出して、だから気付いたことを言葉にする。

 

「実際、目の前に凶暴な人がいて、どうしたら良いか分からなくなって、全然動けなくなっちゃってた。弓矢は取り上げられて、そもそも手錠のせいで弓矢は使えなくて、それでも、何とかしなきゃいけないのに、ただ怖くて、逃げるしかできなくて……」

 

 本気で落ち込む顔をしていた。しかし。それがすぐ、立ち直った顔になった。

 

「けど、逃げて、距離が離れたら、どうしたら良いか、よく見えたんだ。ここは、森の中と一緒だって。それで、あいつらが全部、わたしのこと狙ってる獣だって思ったら、ただ、いつも猟師がしてることしたら良いだけだって、気付いたんだ」

 

 その気付きを得て、森の外を知らなかった臆病な少女は、熟練の凄腕猟師に姿を変えた。

 

「ここは森よりずっと狭いし、罠を仕掛けるための道具もいっぱい落ちてる。本物の獣がいれば、森よりずっと理想的な『猟師の森(ハンティング・ガーデン)』だよ」

 

 そう語るレナの顔は正に、狩りの穴場を見つけ、嬉々とする猟師そのものの顔。

 

「だから、ここにいる限り、フィールは安全だよ。猟師のわたしが保障するからさ」

「レナ……」

 

 なんてはつらつとした、そして、力強さに溢れた眩しい笑顔なんだろう……

 そんな笑顔を、フィールは呆然と見ていた。未だにあれだけ脅えていた少女と同一人物だという事実を、受け入れきれずにいた。

 

 

「また誰か来る前に、新しく罠を仕掛けてくるよ」

「……あ、ちょっと待って」

 

 立ち上がり、出口へ向かうレナの背中に、フィールは声を上げた。

 

「えっと……針金とか、長い釘とか、そういう細長い金属があったら、持ってきてくれない? このくらいの手錠なら、魔法がなくても外せるから」

「ええ? フィール、ピッキングできるの?」

「え、ええ……」

「すごーい!」

 

 盗人や賞金稼ぎとして、生きるために身に付けた技能の一つを、レナは純粋に絶賛してくれた。

 

「待ってて。いくつか見掛けたと思うから、罠を仕掛けるついでに持ってくるよ。あ、取り上げられた武器の代わりも持ってくるね。あいつらもたくさん落としただろうし。取られた弓もどこかに落ちてるだろうから取り返さなきゃ」

 

 と、再びドアを開き、外へ出た……ところで、またドアを開き、再び笑顔を向けた。

 

「それと、歩けるようになっても、わたしがいない間、絶対ここから出ないでね。もし罠に掛かったら、フィールでも命の保証できないから。死んじゃったら、ケガを治しても意味ないし」

 

 そう、さり気なく怖ろしい言葉と笑顔を残し、部屋を出ていった。

 

 

 心配しなくても、まだ一人で歩けるだけの体力は戻っていない。

 そう思いながら、フィールは壁にもたれ掛け、天井を見上げていた。

 

(元々、強い娘なのは知ってたけど……環境によって、こうも変わるものなのね……)

 

 自分の縄張りを自覚することで得る、絶対の自信と、それに見合った実力。

 得意分野に持ち込んで、それを最大限に発揮して見出した、圧倒的な力量。

 

(これが、子供の持つ無限の可能性、なのね……)

 

 フィール自身、この街に長くいたせいで、大勢の大人達が持つ価値観は、全て肯定したくはないが、頭に染みついてしまっている。

 大人は使える人間。奴隷……魔法使いは聖地へ行くための宝。そしてコドモは、何も持たず何もできず、生きることしか能が無い、害獣、糞……物体。

 

 大人の誰かが勝手に決めたルールで、自分の価値まで決められるのが御免だったから、自分が奴隷だとは一度も名乗らず、コドモの身ながら社会を学び、あらゆる手段を使って、見た目が子供と大人の境目になるまで生き抜いてきた。

 自分以外の誰かを見る余裕は無かったし、見たとしても、大抵ただ醜いだけの、コドモ以上に無価値に感じるゲスな|人間(オトナ)ばかりだった。

 

 そんな人間|(オトナ)ばかり見てきたから、気付くことがなかった。

 リアという、幼いながらに規格外で、化け物と呼ばれながらも優しい少年がいること。

 そして、レナのような、未来への可能性に溢れた少女がいることを。

 

 

(……あれ? もしかして、三人の中で一番弱いのって……私?)

 

 人には誰しも、得意不得意はある。ほんの、陽が落ちる前にレナに言ったことながら、自身の今の状況を見て、そう感じてしまう、賞金稼ぎのフィールだった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ブンッ、という、風を切る音が響いた。

 ドカッ、という、生々しい音が鳴った。

 それらの音の後で、そんな音がしたものは、後ろへ飛んでいった。

 

「……ちっ、キリが無い……」

 

 既に、何十匹というハウンドを斬り殺し、その後に襲ってきたのは、無様な奴隷達。

 長刀を投げ、彼らに鉄靴をぶつけた。バイクで向かってくれば、長刀でバイクを斬り裂いた。

 それを何十という回数繰り返したのに、人もバイクも、途切れることなく襲ってくる。

 

「まだやるのか……こんな目に遭ってるの見ても、それでも聖地に行きたいってのか……」

 

 地面に落ちている長刀を踏みつける。すると、柄を力点に、鍔を支点に、刃を作用点にして傾いた長刀は、その衝撃で上へ跳ねる。それを右手に掴み、構える。

 無様達は、それに怯むことは無い。むしろ、狂った欲望の視線を向けたまま、ニタニタと、嫌らしい笑みを崩すことは無い。

 

 故郷で襲ってきた連中は、これだけ暴れれば全員が恐れ、逃げていき、二度と現れなかった。

 同じ子供でも、魔法使いだと思わず、本当の化け物だと思ったからだろうか?

 深く考えたことは一度も無い。分かることは、目の前の連中はそんな盗賊どもとは違い、恐れず、諦めず向かってくる、ということ。

 

 

(ここから引き離した方が早そうだ……)

 

 全員を倒すことは、もはやリアでも難しい。代わりの妥協案を思案し、実行に移す。

 

 ついさっき見つけた、都合よく落ちていた長い長い鎖を拾い、その輪に刀の刃を通す。

 柄から手を離すと、上を向いた長刀は地面へ落ちた。その柄を真下から蹴り上げると、長刀はリアの上、そして、後ろへ飛んでいった。

 壁に突き刺ささる音。そのすぐ後できびすを返し、ぶら下がった長い鎖を掴む。

 

「おい! 逃げんじゃねえ!」

 

 

 後ろからの声を無視しながら、壁を蹴り、掴んだ鎖を引き、上へと上って行った。

 下を見ると、案の定、リアを追いかけるために、無様たちも鎖にぶら下がっている。

 ぶら下がる奴らが増えすぎないうちに上っていき、やがて、長刀に辿り着いた。

 その長刀を踏みしめ、飛び上がると同時に、長刀を消した。

 

 下からいくつも悲鳴が聞こえる中で、ビルの屋上に着地する。

 見下ろしてみると、連中はリアを指差しながら、何かを叫び、矢を射る奴もいる。

 そんな、よく聞こえないし聞く気も無い声と一緒に飛んでくる矢は……

 

「下手くそ……」

 

 リアがぼやいた通り。 大半はリアのいる高さにも届かず、どころか、まともに撃ててもない奴はそれ以上にいる。

 狙いも付いていなければ、角度も甘い。構えもまるで成っていない。そのくせ、まともに飛ばないと見るや、弓を地面に叩きつけ、弓に向かって文句を叫ぶ。

 

 ろくに触ったことも無いくせに、構えれば遠くへ飛び、飛ばせば必ず当たる。誰もがそんな都合の良いことが、当たり前に起こると信じている。

 弓矢を持つ全員が全員、それが見ただけで伝わってくる、スバラシイ腕前だ。

 

「レナだったら、一発で仕留めてるっての……」

 

 中には一本か二本か、真横を通り過ぎる矢もあった。そのうちの、三本目か四本目かを掴み、やる気なく弓を構える。射った直後、女の悲鳴と、バキリッ、という音が聞こえた。

 

(……どうせ拾ったものだし、どうでもいいか……)

 

 一射だけでツルが千切れ、真っ二つにへし折れた弓を下に放りながら、背中を向けた。

 

「さっさと追ってこい」

 

 

 

 ついさっき、三人でやったのと同じように、ビルの屋上から、別のビルの屋上へ。あるいは、そこから民家の屋根へ跳ぶ。

 さっきとは違うのが、無様達にもすぐ見つけられる速度やコースで逃げていること。重く、デカすぎる刀は、それをやるのに都合が良かった。

 

 下からでもクソ長い刀がよく見える高さを、クソ重たい刀のせいで遅くなった足で走り、鉄靴でわざと大きな足音を立て、無様な姿が見えなくなれば、追いつくまで待ってやる。

 それが自分達の実力だと自惚れ、調子に乗って声を上げ、下手くそな矢を撃ちまくる。

 そんな無様達に、追いかけることの満足を与えるための走り方を続けた。

 

 屋根から屋根へ、飛び移った。

 屋根同士の距離が開けていれば、刀を壁に突き刺し、足場やロープ代わりに使った。

 自らの足で走り、跳んで、壁を掴み、よじ登り、街を飛び回る。足だけで難しいなら、刀をどこかに突き刺して、刀につかまり、壁をよじ登り、跳んで、刀の上を走って……

 

 

 

「……ここまでだな」

 

 やがて、行き止まりに辿り着いた。

 

 

「てんめぇ……いい加減にしろよぉ、奴隷の分際でぇ……」

 

 後ろには、律儀にここまで追ってきた無様達がいる。バイクに乗りながら、もしくは立ち止まりながら、大半は大量の汗を掻いて、武器や、何匹ものハウンドを向けている。

 

(周りの壁は、よじ上るのは無理。さっきみたいに鎖も無いし、物干し竿はもう四回出し入れした。逃げられる隙間も無い……だが、まあいい。おかげで、扉からは十分引き離せた……)

 

 刃物やら鈍器やらの武器を手に、無様達は、リアとの距離をジリジリと詰めてくる。

 逃げられない以上、あとは適当に大暴れすればいい。今はしまってある刀も、あと一回だけなら出し入れしても倒れない。

 全部を倒すのは難しいが、どうせこいつらは、魔法使いだと思っている俺を殺せない。仮にばれて、最後は殺されるにしても、二人が逃げる時間くらいは稼げるだろう。

 

 そう考えたリアも、無様達に向かって、一歩一歩、歩いていく……

 

 

 その時、無様達の後ろから、バイクとは別のエンジン音が聞こえた。

 それに気付き、慌てて逃げる無様達の間を走り抜けた、見覚えのある車は、リアの前に停まった。

 

「リアさん!」

 

 ケイトラのドアが開かれ、そこから見知った顔が出てきた。

 

「乗って下さい! 早く!」

 

 アシュがそう大声を出した。リアはすぐに、助手席に座った。

 と同時に、アシュは一気にアクセルを踏み、再び無様達の間を通り抜けた。

 

 

 

「街の中が騒がしいなと思って、色々声を聞いてたら、やっぱりリアさんだったんですね」

「まあな……」

 

 いつもの丁寧な言葉遣いに対する、リアの返事は、いつも彼に向けている物とは真逆な、冷たい声。

 無様な奴隷達のせいで蓄積された疲労から、いつもの演技をするどころではなかった。

 

「大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

 アシュから普通の質問をされたから、リアも普通に頷いた。

 

「街中で噂になってるけど、魔法使いの二人って、リアさんが連れてた、あの二人ですか?」

「……」

 

 深刻な声での質問には、疲労のせいか、答えない。アシュはそれ以上の質問はやめた。

 

「その服、女の子の服ですよね? よく似合ってますよ」

「……そうか」

 

 代わりに問い掛けられた言葉には、そう短く返事を返すのみ。それでも、今まで通り普通に会話できることが嬉しかった。

 

 ……と、突然アシュは振り返った。

 

「まずいです! 追いつかれた!」

 

 その言葉の通り、彼らの後ろには、何十と言うバイクがライトを灯し、アシュのケイトラの後ろを走っている。しかも、その傍らには、再び何十匹ものハウンド達が群れを成している。

 

「このまま外へ逃げます!」

「ダメだ」

 

 初めてリアから、まともな返事が返ってきた。

 

「この車じゃ逃げ切れない。それに、街の外はとっくに囲まれてる。余計に敵を増やすだけだ」

 

 言いながら、リアは窓の下にある取っ手を回した。助手席の窓ガラスがしまわれていき、外の景色が剥き出しになった。

 

「このまま街の中を走り続けろ。あいつらは、俺が相手をする」

 

 そう言って、上の窓枠を両手で掴み、窓から両足を出す。

 そのまま体を上へ回転させ、窓の外、車体の上へ体を持ち上げる。

 

 

 車体の上から見下ろすと、車内から見るよりも、敵の数がよく見えた。

 車体から荷台へ飛び降りると、敵との距離が縮まった。

 

 無言のまま右手を伸ばし、空ではなく、刀の柄を握る。

 これで五度目。次はもう無い。そんな長刀を目の前に向け、構える。

 

「さっさと来い……」

 

 そんなリアの呟きに応えるように、バイクとハウンド達は、一斉に速度を上げた。

 

 ハウンド達は、今までと同じようにリアへ飛びかかるが、リアはそれを全て串刺しにした。

 そこへ、速度で遥かに勝るバイクが真横を取ったが、それに向かって刃を振ると、ぶつかった男は地面を転がった。逆側のバイクにも同じことをした。

 ある程度の距離を保っているバイクには、ただ刀を振る。すると、串刺しのハウンド達が飛んでいき、一匹につき一台、バイクを転倒させた。

 

 

「すっげー……強えー……」

 

 運転しながら、バックミラーから見えるリアの雄姿に、アシュは一時、目を奪われる。

 

「……うわっとッ!」

 

 と、前を見た瞬間標識が見え、急いでハンドルを切った。

 

「危っぶね……」

 

 声に出しながら、前方にはしばらく障害物は無いことを確認しつつ、再びバックミラーを見る。

 

 

 まだまだ、追い掛けてくるいくつものバイクとハウンドの群れ。

 急な車体の揺れにも全く動じないリアは、声も出さない。代わりにただ、思っていた。

 

(待ってろ……今度こそ、絶対に守ってやるから)

 

 

 

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