ネロ・バーサーク   作:大海

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第6話  イイな イイな ニンゲンて イイな

 ――なんなんだお前は? なんでそんなに役立たずなんだ……

 

 ――ワタシが産んでやったコドモのくせに、ワタシの役に立たないとか、一体どういうこと……

 

 ――魔法は無いわ金は無いわ、金にもなれないわ何もできないわ……無駄に生まれてきやがって。さっさと死ねよ、害獣が……

 

 

 もう顔も覚えていない、産みの親から毎日聞かされたのは、こんな言葉だ。

 

 どこかで聞いた。親と呼ばれるヤツらは子供に対して、無償の愛情を注いでくれるもの……らしい。

 そして子供も、そんな親のことを心から愛するもの……らしい。

 

 確かにアシュ自身、今となっては全く理解できないが、今よりもっと幼い頃は、純粋に二人の親のことを思っていた記憶がある。そして、アシュはそんな親から、愛情らしい言葉や感情を向けられた記憶は、ただの一度も無かった。

 

 後で理解したが、もしかしたら、魔法使いに生まれてくるかもしれないから、育てるのはまっぴらだが、産んでやることにしたらしい。そんな親も、今時は珍しくも何とも無い。

 それで、いざ産んでみたら……

 

 魔法は使えない、魔力も無い、うるさく泣くだけのただのコドモが生まれて、心底がっかりしたそうだ。

 今ならそんなわけがないと分かるが、魔法使いとして生まれた赤ん坊は、どんな言葉よりも先に、魔法の呪文を口にする、なんて噂がある。

 だから、アシュが生まれて初めて声に出した言葉が、『ママ』だった時は、心底ガッカリさせられたと、『ママ』の口から飽きるほど聞かされた。

 

 それでも、一応は育ててやることにした。顔さえ良ければ、売って金になる。

 で、成長してみれば、とても売れそうにない平凡な顔……

 

 

 ――金も魔法も無いのに、何しに生まれてきたんだよ?

 

 そんなことを言われても、言葉の意味さえ分からなかったが、要するに……

 

 産んでやったんだから金を出せ。できないのなら息子じゃない。

 

 そう言いたかったみたいだ。

 

 笑って抱き着いても、怒って引き離す。

 遊ぼうと誘っても、勝手にやってろと突き放す。

 

 僕のことが嫌いなの? 

 そう聞いた。すると、こう答えた。

 

 ――お前は何を言ってるんだ? 人間様にニンゲンみたいな質問するのはやめろ。コドモのくせに……

 

 好きじゃない。嫌いですらない。そもそも、僕は人間じゃない……

 

 

 捨てられたのは、八歳になる少し前、だったと思う……

 生まれて初めて、家族で遊びに出かけた。そのことに純粋にワクワクしながら、やってきたのは、大きな湖だった。

 ここで遊んでなさい。二人はそれだけ言った後、車を走らせて、どこかへ行ってしまった。

 

 最初は、言われた通り遊ぼうと、湖に近づいた。湖なんて見たことの無いチビにとって、デッカイ水の塊は、見ただけでワクワクした。

 けど、自分より早くやってきた小さな獣が、その水に近づいた時……

 水の中から大きな口が出てきて、その獣を引っ張って、水を真っ赤に染めた。

 獣を食べたこの水は、とても怖い場所。コドモでも、そのくらいのことは分かった。

 

 そんな怖い水からはすぐ離れた。

 そのまま親が迎えにきてくれるのを、ジッと待っていた。

 待っていて、待っていて……待っていても、迎えにきてくれることは無かった。

 

 湖に来て、三度目の夜を迎えたころ、だった気がする……

 腹ペコも、喉の乾きも限界が来た頃、空からは雨が降り出した。

 怖い水には近づけない代わりに、近くにできた、水溜まりを啜った。

 

 今までも、ごはんは惨めだったが、それでも親が一緒だったから楽しかった。

 そんな惨めなごはんを、たった一人で食べていて……

 そこでようやく、幼いアシュも自覚した。

 

 自分は親に、捨てられたんだ……

 

 帰り道なんか分からない。第一、家に帰っても、イラナイコは捨てられる。

 アシュは立ち上がると、とにかくどこかへ行こうと思った。

 緑ばっかな平原を歩いて、時々見える獣から隠れながら、途中、水溜まりや、木の実や草を口に詰めて、飲み込んで、とにかく、どこかも分からない、どこかを目指して……

 

 

 

 そうしてアシュは、スカーフ街に辿り着いた。そこには人が大勢いて、色々なお店を出していた。

 そんな大人達に、無邪気に話しかけてみた。すると、大人は殴ってきた。

 

 ――金も持ってないくせに、気安くここに来るんじゃねえぞ! コドモのくせに!!

 

 コドモと見るや怒鳴りだして、何もしていない内から、死にそうになるまで殴られた。

 泥棒と思ったんだろう。ここは、大人はもちろん、コドモの泥棒は大人以上に大勢いる。

 

 何かを得るには金がいる。それは理解していたが、稼ぎ方なんか知らなかった。

 そして、親が言っていた通り。コドモが人間じゃないことも、ようやく分かった。

 

 無知の役立たず。うるさいだけで何もできない。

 だからコドモは人間じゃない。だから生きる価値なんか無い。 

 ただの害獣……生きた人間の糞……

 

 自分を見た大人は、大体がそんなことを言っていた。

 それでも、獣のいる平原には戻りたくない。この街にいるしかない。そう思った。

 

 

 ある日、足を痛めた自分の代わりに、車の運転ができるヤツを探してる男がいた。

 その男の前には、大勢の大人が集まっていた。

 全員、一人ずつ車に乗せられたが、全員が全員、エンジンを掛けることもできず、なんとかエンジンが掛かったとしても、今度はまともに走らせることもできない様子だった。

 

 結局、集まった大人達全員、集めた男に怒鳴られながら帰っていった。

 そんな男に、アシュは声を掛けた。最初は今までと同じように、コドモのくせに、と殴られそうになった。けど、殴られる前に車に乗って、エンジンを掛けて、走らせた。

 男は態度を変えて、雇ってやると言った。

 何も与えようとはしなかった親から、たった一つ。たまたま見て覚えていた、車の運転の手順。それがまさか、こんな形で役に立つなんて……

 

 

 以来、アシュはケイトラを走らせる、ゴミ拾いの仕事を始めた。

 街を目指していた時からそうだったが、どうやら自分には、平原の獣とか、盗賊とかに襲われない才能があったようで、いつも無傷で帰ってくることができた。

 

 それで、収穫があった時は褒められたこともあった。それで金がもらえた。

 しかし、収穫が無い時は逆に何時間も怒られて、殴られて、金はもらえなかった。

 やがて、収穫が当たり前で、感謝はされず、はした金だけ投げ渡されるようになった。

 なのに、収穫が無い時には自分を怒って、殴って蹴って、それを何時間も続けて。

 

 その度に、いつも言われる……

 

「だからコドモは嫌なんだ。役立たずの無能のくせに、生まれてきてんじゃねえ!」

 

 

 もっとも、この男に限った話じゃない。スカーフ街の大人はみんな言う。

 

 これだからコドモは……コドモの分際で……

 コドモなんかに生まれてきやがって……

 金も無いくせに、無責任に生まれてきてんじゃねえ……

 

 コドモのくせに……

 コドモのくせに……

 コドモのくせに……

 

 

 

 そんな毎日の中で、アシュは、リアという少年と出会った。

 平原に立っていたその少年は、自分をスカーフ街まで連れていってくれと頼んできた。

 まだ何も拾えていないうちから、街に戻ったりしたらまた殴られる。そもそも、コイツの頼みを聞いてやっても、何の得も無い。

 そう思って、断ろうと思った。しかしリアは、自分が捕まえたと言う、イノシシを代わりにやるからと頼んできた。それを見て、アシュは大喜びでリアを車に乗せた。

 

 以来、車に乗せ、乗せられるという、二人の関係は続いた。

 リアを乗せる日は、必ず獣という大きな収穫がある。獣でなく、金を渡してくる時もあった。しかし、何も拾えずにそんな物だけもらっても、殴られて、全部取り上げられるに決まってる。だから、金は受け取りつつ、獣を必ず要求するようにして、リアもそれを分かってくれた。

 

 そんなリアを車に乗せながら、よく話しもした。

 今まで味わったことの無い、気遣われ、敬われる感覚。

 大抵は、コドモだからとバカにされてきたのに、同じ子供だからか、リアはそんなことはしなかった。むしろリアは、自分にはできないという車の運転ができるアシュのことを尊敬さえしてくれた。

 

 そんなリアの、綺麗で、眩しい笑顔を見ながら、アシュはいつも思っていた。

 

 

 ――なんてムカつくヤツなんだ……

 

 

 生まれた時から、何一つ与えられなかった自分とは違う。

 コイツは、何もかも持ってやがる。

 

 聞けば、案の定、母親と一緒に暮らしていて、お互いを思いやっているらしい。

 こっちは生まれた時から、親の愛情なんか感じたことが無かったのに。

 

 しかも、獣を倒せるくらい力が強くて、頭も良い。だから何でも手に入れられる。

 こっちは、まる一日車を走らせても、暴力以外何も手に入らないことも多いのに。

 

 愛情なんて見えないものに満たされて、金とか、食べ物とか、見える物はすぐ手に入れられるから後回しに考えられる。そんなリアのことが、アシュは、大嫌いだった。

 そんな奴に足として使われることも、アシュにとっては屈辱だった。

 

 それでも、こいつさえ利用していれば、自分は収穫を、それに、金も手に入る。

 

 皮肉にもアシュにとって、いつかぶち殺してやりたいと思うくらい大嫌いなリアは、生きていくのに不可欠な金ズルになっていた。

 

 

 

 そんな毎日の中で、その日も、いつもみたくリアが、車に乗せて欲しいと言った。しかも今回は、人数が増えた代わりに、大金に加えて、獣の量も増えた。

 案の定、その獣を渡すと、雇い主は大喜びしていた。そのくせ、金はいつもと同じ。

 

 そんな雇い主を見ていた時、街中で騒ぎが起きた。久しぶりに魔法使いが現れたらしい。

 それ自体は、アシュがこの街に来てからも何度かあった。その度に同じような騒ぎが起きては、誰かがそいつを捕まえて、聖地へ連れていってしまった。

 

 聖地はアシュも見たことがある。一度、開いていた扉から、聖地へ入ったことがあった。

 ただ、あちこちが廃れ、錆びつき、硬い地面の上に鉄の塊がいくつも散らかっている。そんなスカーフ街とは違って、そこは正に、楽園だった。

 

 空気が違う。雰囲気が違う。そして、人が違う。

 街では、全員がボロな格好で、今にも死にそうな様子で生きているのに、聖地の奴らは、全員が綺麗な服を着て、幸せそうに生きていた。

 

 ああ、そうか……これが人間か……

 自分も行きたい……自分も生きたい……

 

 そう思って進もうとした自分を、優しく止める大人がいた。そして、優しく街へ戻された。その優しさが、聖地には入れないということを本能的に理解させた。

 それでも、一瞬でもあの楽園を知ってしまっては、こんな街に戻りたくなんかない。

 街の大人達が聖地に執着し、狂ったように目指す理由がよく分かった。

 

 アシュも、そんな楽園にずっと行きたいと思っていた。だが、できるわけがない。

 実際、何度か奴隷を捕まえようとしたこともあった。しかし、知恵も力も大人に敵うわけがなく、必ず先を越された。だから諦めた。

 雇い主は大人だが、アシュと同じようで、奴隷なんか現れようが自分には関係無いと、とっくの昔に諦めていた。ためしに聞いてみたら、ハッキリと怒鳴られて、殴られた。

 

「コドモは子供らしく、夢なんか見てねえで現実だけ見とけ! そんで人間(オトナ)のために死ぬまで働けええええええええ!!」

 

 

 そうして二人とも、いつもみたいに諦めていたら、今度は別の声が聞こえた。

 奴隷は、二人の少女だということ。

 そしてその二人は、黒い服を着て、黒く長い髪で顔を隠したコドモと一緒だということ。

 

 アシュは確信した。

 それは、リアと、あの二人に違いない……

 

 確信した後の、アシュの行動は早かった。

 まずケイトラに乗り込み、粗末な給料で散々こき使ってきた、雇い主の男を轢き殺し、金を全部奪ってやった。

 これで思い残すことは無い。ガソリンを満タンにした後は、街中を走り回った。

 

 そして、ひときわ声が多く大きく、大勢の大人達が走っていく方向へ車を走らせた先には、リアが、大勢の大人や獣を相手に戦っていた。

 大人は全員、リアの格好を見て、奴隷のどちらかだと思ったらしいが、いつもリアを見てきたアシュには、一目でリアの女装だと分かった。

 

 リアの疲れた様子を見て駆けつけて、ケイトラに乗せて、走った。

 それを、大人達が追ってくるのも予想通り。リアが迎え撃つことも予想通り。

 振りきらない程度に適当に逃げ回って、リアの疲れがピークになったタイミングを見計らって、そのままリアをエサとして放り出して、邪魔者連中全員を振りきる算段だった。

 最後は少しだけ予定と違ったが、どっち道、邪魔者全部がいなくなって、リアが助手席に戻り、安心したところを、奴隷二人の居場所を聞き出して……

 

 

 

 用済みになったリアを放り出したアシュは、今までの、どんな価値あるゴミを拾った時よりも、満たされていた。

 最悪の雇い主を、そして、あの嫌味でムカつく年上のチビを、この手で殺してやった。しかも、あの楽園へ行くことができる、最高のオマケ付きだ。

 

 ようやくこのゴミ溜めの街と、惨めな人生から抜け出せるんだ。

 コドモだとバカにされ、奴隷でないから無価値とされて、ゴミとして捨てられる。

 ただ歩くだけで汚物扱いされ、生まれて育ったことが間違いとされ、害獣として殺されかける。

 そんな毎日とも、この忌々しいゴミ溜めともおさらばし、聖地という楽園で、一生遊んで、幸せに暮らしていける。

 

 そんな、新しい人生の始まりを前に、胸が弾まずにはいられない。

 そして、そのために最後に必要なこと。それを間違えないようにと冷静になりながら、アクセルを踏み込んだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「うわぁ……」

「ざっと見て、百人以上……壮観ね」

 

 自分達に襲い掛かる、無様な奴隷達を退けた二人は、無事に扉に辿り着くことができた。

 そこは、驚くべきと言うべきか、予想通りと言うべきか、死屍累々の山だった。

 真っ二つに切り裂かれたハウンド達と、大量に転がる人間の山。

 

「……けど、生きてるわね。一応」

「本当?」

 

 いくつものハウンド達と共にある、人間の一人を確認したフィールが言い、レナはそれに驚愕の声を上げていた。

 

「まあ、こんな奴ら、殺したところで文句なんて言われないけど……殺す価値も無いことだし」

「確かに……」

 

 苦笑するレナも、聡いことを言うフィールも、考えは同じ。

 

 殺したところで得は無く、得られるとすれば、せいぜいちょっとした自己満足と、価値の無い達成感だけ。

 そんなものさえ欲しがる連中と、同じレベルに落ちたくなかったから、戦った時も手加減はした。

 

 ビルに仕掛けた罠もそうだ。引っ掛かったなら、命の保証はしてやれないが、よほど運が悪くなければ死にはしない程度の罠だ。

 獣と違って、殺したところで金にも食料にもならない連中を本気で狩るほど、レナの、猟師としての技術は安くない。それが自負心だった。

 

 

 

「さて……あとはリアだけど……」

 

 転がる犬や大人を無視しながら、二人は辺りを見渡した。

 そんな二人の少女の耳に、車のエンジン音が届いた。そして、近づいてくる鉄の塊。

 

「なに? また大人……?」

「……いえ、あれは確か……」

 

 再び弓を取るレナを、フィールが制する。

 目の前に走ってきた車には、見覚えがあった。

 そこから出てきた少年にも、見覚えがあった。

 

 

 

「二人とも、大丈夫ですか?」

 

 声を掛けながら、アシュは二人に近づいた。大慌てで、血相を変えて、且つ、悲しげに。

 

「あなた、確か……」

「アシュです。リアさんの友達の……」

 

 友達だと思ったことは一度も無い。無いが、面倒だから友達で良い。

 

「僕のことなんかより、リアさんが……」

 

 あんなヤツのために涙を流すなんて屈辱だが、いかにも苦しい、悲しいと思わせるように……

 

「リアさんが……」

「……え?」

「まさか……」

 

 演技のおかげで、二人はどうやら騙されてくれたようだ。このまま、自分にできる精一杯の演技で、ここに来るまでに考えておいた筋書きを声に出す。

 

「リアさんと一緒に、車で逃げてたんですけど、追いつかれて……リアさんが全部やっつけてくれたけど、最後の一人は、僕を人質に取って、それで……僕を、守るために……」

 

 あのお人好しなら、いかにもしそうなことだろう?

 内心で嘲りながら、大粒の涙を流して見せる。

 

「刺されながら、そいつもやっつけたけど、リアさん、言ってました……聖地には、お前が、連れていってもらえって……」

 

 ああ、最高だ……自分は今、アイツから、アイツの連れていた奴隷を奪ってる。

 いつも恵んでくれるばかりの、やたら強かったアイツから、力づくで奪ってやった。

 

「オレはここで死ぬから……僕は、二人に、リアさんのこと知らせて、それで、僕を、二人に連れていってもらえって……だから、僕……リアさんを置いて、二人を探しに……」

 

 泣きじゃくりながら、声も口も震わせながら、体を小さくしながら……

 アイツの死という悲劇を前にして、どこまでも悲しんでいる、悲劇の子……

 

 演じて、顔を上げた。アイツを失った、二人の奴隷の顔は……

 

 

「……」

「……」

 

 

 酷く、冷め切っていた。

 

「……それさ、本当に、リアがそう言ったの? 君を連れてけって?」

「は、はい……」

 

 レナからの、冷たい声での問い掛けに、アシュは、泣きながら頷く。

 フィールも、悲しむどころか、ただただ疑っている。

 

「……なんか、信じられないわね。リアは、私達のことを守るって言ったわ」

「うん。わたし達のことを、聖地に連れていってやるって、そう言ってた」

「そんなリアが、いくら死に際だからって、諦めて何もしないってこと、あるかしら?」

「もしケガしても、死んでもここに戻ってくるって性格してるよね。リアの場合」

 

 二人は顔を見合わせ、そして、笑っている。アシュとは違い、まるで悲しむ様子はない。

 

「な……なんで笑ってるんですか!?」

 

 そんな二人に対して、アシュは怒りを叫んだ。あのムカつく、リアのための怒りを。

 

「そりゃあリアさんは強いし、二人のこと守るっていうのも分かるけど、死んじゃったら守れるわけないでしょう! だから、最後に守った僕のことを、聖地に連れていってやってくれって、そう言って……!」

 

「多分、わたしの知ってるリアなら……」

 

 叫ぶアシュの声を、フィールが遮り、答えた。

 

「そうなった時は、君が私達を聖地へ連れていけって、そう言うんじゃないかしら?」

「そうだね……リアは優しいから、わたし達に守らせるんじゃなくて、わたし達のこと、守ってやってほしいって、そう言いそう。いくら君が、わたし達より弱くてもさ」

 

 そう言いながら、二人ともがアシュに迫る。

 

「もう一度聞くけど、本当にリアがそう言ったの?」

「そもそも、仮にリアが死んじゃったとして……それも信じられないけどさ、それは本当に、あいつらにやられたの? そっちの方が余計信じらんないんだけど……」

 

 大粒の涙を流した。精一杯悲しんで見せた。なのに、こいつらはまるで信じない。

 その事実に、アシュは憤慨しながらも、それでも敢えて、別の理由で声を上げた。

 

「なんでそこまで疑うんですか! 僕はただ、リアさんに助けてもらっただけなのに! リアさんは僕のことを、命懸けで助けてくれた! だから僕は、そのリアさんの頼みを引き受けてここまで来たのに……!」

 

 

 

「俺は何も頼んだ覚えは無い」

 

 

 その声は、後ろから聞こえた。この場にはあり得ないはずの声だった。

 その声に目を見開きながら、後ろを振り返ると、自分が乗ってきたケイトラがある。

 そして、その荷台に立っているのは……

 

「リア!」

 

 リアは、胸を赤く染めながら、刺したナイフをそのままに、目の前まで歩いてきた。

 

「な……な、んで……?」

 

 胸のナイフは、確かに刺さっている。ドクドク血が流れ、白のシャツを赤く染めている。

 なのに、リアは生きている。

 

「お前……ナイフで刺せば人は必ず死ぬって勘違いしてるだろう? めった刺しならともかく、一回ちょっと刺したくらいじゃ簡単には死なねえよ。内臓まで届いてないし、そもそも心臓の位置とも違う。このくらいじゃ俺はもちろん、普通の人間だって殺せない。何のために刺したのか分からなかったくらいだ」

 

(いや、それでも胸に刺されたら死んでるよ普通!?)

(やっぱ、バケモンだわ、この子……あと、レナの服似合いすぎ)

 

 フィールとレナの心の声も知らず、リアは余裕で胸のナイフを引き抜いた。

 

「……車から放り出したのに……ここまで、どうやって……」

「こっそり荷台に乗り込んだ。思った通り、人の少ない道を通ってくれたな。さすが、この街の道全部知ってるって言うだけある。荷台の確認もしなかったおかげで、安全に戻ってこられた。お前を信じて、本当に良かったよ」

 

 皮肉という名の感謝の言葉を浴びせながら、リアは笑顔で、二人に近づいた。

 

「リア! 大丈夫?」

「ああ……レナ、治せるか?」

「……うん。このくらいなら大丈夫」

「ごめん。服に穴が開いた」

「そんなのどうでもいいよ!」

「リア……本当に、無事でよかった」

 

 アシュが来た時には全く無かった、歓迎の感情が、奴隷二人の顔に浮かんでいた。

 

 

「……んだよ……」

 

 もはや、アシュの存在など忘れたように、イチャついている三人に向かって……

 

「なんなんだよ! ふざけんな! バカ野郎!!」

 

 アシュは、直前以上に強く叫んだ。

 

「なんなんだよ一体! なんでそんなムカつくヤツが聖地へ行けて、ここまでやった僕が、聖地に行けないんだよ!」

 

 今日までずっと感じてきた感情と、全てを捨てたのに何も得られなかった現実。

 それを、目の前の三人に向かって叫ぶ。

 

「そんなにソイツがエライのかよ! 歳もガタイも、僕と大して変わらないくせに! 強くて、格好良くて、頭も良くて……それだけで、僕と大差ないチビなくせに、そんなにエライのかよ! 生まれた時から、何もできないコドモの僕と違って!」

 

 途中から、その絶叫は三人ではなく、三人ではない、別の何かに向けられた。

 

「悪かったな!! どうせ僕にはなんにも無いよ! 魔法も使えない、顔だって良くない、金になることもできない、何も知らないし何もできない、ただのコドモだ! 育てられなきゃなんにもできない、生まれつきのコドモだよ! 悪かったな!! 金も何も持ってないくせに、ムセキニンにコドモなんかに生まれて!! 悪かったな!!」

 

 どうしようもない現実。そして、それを悪とし見捨てた、この街に、世界に向けた叫び。

 

「コドモに価値が無いんだったら、最初から人間を産めよ! 欲しいのは子供じゃなくて、金なんだろう!? だったら奴隷か大人に産めよ! 聖地へ行ける奴隷か、ソイツみたいに、なんでもできて金だって稼げる大人! どっちか人間に産めよ! それをせずにコドモなんかに……害獣なんかに、人間の糞なんかに産みやがって! コドモだからって、生きようとするだけでバカにしやがって!! 勝手に産んでおいて、生まれたセキニンばっかり僕に押しつけやがって!!」

 

 そして、再び三人を見た。

 

「だから! 生まれたセキニン取るために聖地へ行こうとしたんじゃないか! 聖地に行って、人間(オトナ)になるために、奴隷を手に入れようとしたんじゃないか! そこまでしたのに……それだけのことしたのに……結局リアみたいな、大人(ニンゲン)しか聖地に行けなくて……」

 

「僕だってなぁ……」

 

 

「僕だってなぁ! 人間(オトナ)になりたいんだよおおおおおおおおおお!!」

 

 

「……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「言いたいことは終わりか?」

 

 リアを指差しながら絶叫した。

 そんなアシュに、傷が治ったリアは、冷たい声を投げかけつつ、扉の方へ歩いていった。

 

「確かにな……俺はコドモじゃない。だがな、オトナでも無い」

 

 そう言うと、左手を地面に突き立てた。そして、地面に埋まった左手を引き抜いた。

 地面の下から、四角く平べったい、大きくて真っ黒なものを引きずり出した。

 

「あれ……なんだっけ?」

「魔吸板。私から魔力を奪った、魔力を吸うための罠よ」

 

 リアはそれを、見せつけるように、何度も、何度も踏みつけた。中心に亀裂が走ったのを見て、そのまま両手で引き裂いた。

 

「なんだよ……なんだっていうんだよ……」

「……そう言えば、言ったこと無かったっけな。俺は、そもそも人間じゃない……」

 

 真っ二つになった、黒い板に脅えながら、尋ねたアシュの質問に、答える。

 

 

「黒い化け物……ネロ・バーサークだ」

 

 

(ダサい……)

 

 二人が同時にそう思った瞬間、両手の板を、アシュに向かって蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた二つとも、アシュの左右、頭のスレスレを飛んでいった。

 アシュが、ほんの少しでも動いていれば……

 

「お前が恨んでるのが大人なら……化け物の俺を恨むなよ。人間」

 

 そんなことをしてのけたリア。そして、自らの口で言った、化け物という言葉。

 普通に喧嘩して勝てないことくらい、アシュにも分かってはいた。

 しかし、いざ目の前に、敵として立ち、力を見せつけられると……

 

「分かったなら、さっさと消えろ」

「……」

 

 

「さっさと消えろぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 

 それだけの力と、それだけの脅威と、そして、アシュ以上にデカい声。

 

 

「……ば……化け物! 化け物おおおおおお!!」

 

 絶叫した後は、ただ夢中で車に乗り込んで、アクセルを踏んだ。

 

 あの三人から、扉から、そして、このスカーフ街から。

 なるべく遠くへ。とにかく、あの化け物のいない、できるだけ、行けるだけ、一生会うことの無くなる場所へ……

 

 

 

「アシュ……」

 

 去っていくアシュを見るリアの表情に、叫んだ時にはあった、怒りは無い。

 

「できることなら、あいつも聖地へ連れていきたい。そう、思ってたんだけどな……」

 

 アシュは、リアを友ではなく、気に入らない金ヅルとしか思っていなかった。

 だが、少なくともリアにとって、アシュは、気の置ける友だった。

 ただでさえ、故郷では孤独も同じだったリアにとって、たった一人の、歳の近い友達。それを、こんな形で失ってしまって……

 

「……きっと、大丈夫よ」

 

 裏切られ、殺されかけて、それでも友達と信じていた。そんなアシュのことを、今も心配している。そんな優しいリアに、フィールは言った。

 

「バイクじゃなくて、車を持ってて、運転もできる。それだけで、この街に限らず、外地じゃ貴重な人材だもの。それに、私達にはばれたけど、あれだけの演技にあれだけの負けん気があるなら多分、どこででもたくましく生きていけるわ」

 

 知恵や力を持った大人や、国に必要とされている魔法使いに比べれば、何も持たない子供に対する、この世界の風当たりは、あまりに強く、そして冷たい。

 人間としてさえ扱ってもらえず、大人にならないと、とても生きていけない世界。

 

 だが、あのアシュという少年は、大人としての十分な資質に、運転技術も持っている。

 そんな彼なら、こんな世界でも生きていけるかもしれないから。

 

 

 もっとも……

 

 仮にアシュ一人が生きていけたところで、この国に未来が無いことは変わらない。

 

 大人が夢を見るために、子供から、金、居場所、自由、命、夢、希望、未来……

 全てを取り上げることが許される。

 そんな世界で生きるしかない子供達の抱く夢が、『大人になりたい』ではなく、『ニンゲンになりたい』であるかぎり……

 

 

 

「まあいい。レナ、着替えるぞ」

「……あ、うん」

 

 服の穴を縫い付けたリアに声を掛けられ、頷いて、着替えようと互いに近づく。

 ちょうどその時、風が一つ吹いた。強いわけではないが、弱くもない。

 そんな風を受けたリアは、平然としていた。しかし、レナとフィールは……

 

「……あのね、リア。あなたがどんな服装をしようとあなたの自由だし、靴下が大嫌いなら、無理して履かなくても良いと思う……」

「……え? リア、靴下嫌いなの?」

 

 レナの疑問にフィールは答えず、言葉を続ける。

 

「ただ……せめて、パンツだけは嫌でもはいて」

 

 風にめくれて、はっきり見えたスカートの下を思い出し、顔を真っ赤にしながら言った。

 

「はかない方が動き易いんだけどな……」

「それでもはいて! お願いだから!」

「……はこうにも、パンツなんか持ってないぞ」

「はい」

 

 と、フィールと同じように顔を真っ赤にし、且つ、半笑いで鼻血を流し、なぜか親指を上に立てているレナが、黒い布を差し出した。

 受け取ると、それはリアの服と同じような、黒い色をした下着……パンツである。

 

「なんで持ってるんだ? こんなもの」

「……逃げ込んだビルの中で、罠を仕掛けるために、色々物色してた時、たまたま……」

 

 そんな話しに納得しながら、受け取ったそれに足を通し、スカートの下まで持ち上げる。

 

「……ピッタリだな」

 

 そう言うと、二人はホッと息を吐いた。

 それにしても……パンツをはいたリアを見ながら、フィールはまた、直前に見てしまった物を思い出した。

 

(レナより可愛くて、母親譲りの綺麗な顔してても、リアってやっぱ、男の子だったんだ……なんか、良かった)

 

「……ていうか、そんな格好でずっと戦ってたの?」

「当たり前だろう」

 

 リアの答えと、リアの戦闘スタイルを思い出しながら、二人ともが苦笑を浮かべた。

 

「……もう、お嫁さんに行けないね、リア……」

「は? 何言ってる?」

 

 今のレナのセリフには、フィールも同じ言葉を思った。以前どこかで聞いた気もするが、リアは男の子。行くのはお嫁さんではなく、お婿さんだ。

 

「こんな化け物、誰がお嫁にもらってくれる? お前か? レナ」

「えぇ……っ!?」

 

 予想外の言葉を返され、レナは固まり、フィールも目を丸めた。

 

「そ、それは……その……」

 

 上手く言葉が続かない。それでも、次に言うべき言葉は、喉の奥まで来ている。

 

(わたしでよければ喜んでリアをお嫁さんにもらうよ化け物とか関係ないし一生リアのこと養ってあげるからぜひわたしのお嫁さんになってわたしはお婿さんでいいからリアだったらわたしが喜んでお嫁さんにもらうよリアがお嫁さんリアのおよめさんリアはおよめさんリアでオヨメサンリアのリアによるリアのためのオヨメサンオヨメサンオヨメサンオヨメサンオヨメサンオヨメサン……)

 

 喉まで来ているこれらの言葉を、どうしても声には出せずにいる。

 リアは首を傾げているが、フィールは、レナの胸中を察していた。

 

(なぁーッもう、焦れったい! はっきりお嫁にもらいますって言いなさいよ! 言わないなら私がお嫁にもらうわよ! ……は! 私は何を言って……)

 

 

「……やっぱ、いつもの服は落ち着く」

「……は!」

「どうかした? レナ?」

 

 互いの服装を戻した後で、レナはハッとしながら、フィールにだけ聞こえるよう呟いた。

 

(失敗した……せっかくリアの服着てたのに……もっと顔うずめたり匂い嗅いだり、舐めたりしゃぶったりしとくんだった……)

(レナさん……?)

 

「まあいいや。これでやっと準備ができたね」

「……ええ。ようやく聖地へ行けるわね」

 

 レナもフィールも、リアという仲間と共に歩む、新たな旅立ちに胸躍らせていた。

 まだ顔を出さない朝日が照らすこの世界と同じ。爽やかな笑顔を二人は浮かべていた。

 

「じゃあ、行くか」

 

 

 

 三人が一斉に、扉に目を向ける。

 改めて目の前に見上げると、いかにも堅牢、という言葉がよく似合う見た目をしている。

 鉄の灰色と、そんな鉄を支える頑丈そうな木の茶色。

 その二色が、ここを通る人間を選んでいるように思えた。

 

 普段は常時開いていて、リアもフィールも、自分には無関係だと遠巻きに眺めるだけだったそれが、閉じられていて、向こう側へ行く権利を持ったことで、より大きな物に見えた。

 

 そんな巨大な扉に、リアが手を掛け……

 

 

「リア? どうかした?」

 

 リアは開こうとしながらも、その手を止めている。手を掛けた部分を、ジッと見つめていた。

 

「なんだ……なんでこんなものが……?」

「リア? え、これって……!」

 

 フィールも声を上げ、レナも横から覗きこむと。

 リアが手を掛けている、巨大な扉の巨大な取っ手。そこに、取っ手と同じく巨大な、白と金色の、豪奢ながらも物々しい金属がぶら下がっていた。

 

「それって、錠前?」

「ただの錠前じゃない。最近魔法で開発されたばかりの、特殊な合成金属でできたやつだ。だが、聖地以外でこんなもの、売ってない」

「聖地の錠前……それ、壊せないの?」

「……無理だ。少なくとも、俺の力では壊せない」

「じゃあ、フィール?」

「私もこれは見たことがある。ピッキングは無理よ。構造が複雑すぎる。対の鍵がなきゃ、とても開けられない作りになってる。それに、少なくとも私程度の電気の熱じゃ、熱しても無駄よ」

「うそ……」

 

 もちろん、扉がひとりでに開けば、いくら特別な錠前でも耐えられないかもしれない。

 けどそれを待つ間、またこの街の中を逃げ隠れする羽目になる。

 街の外に逃げようにも、未だにバイクの群れが街の外を取り囲んでいる。

 それを突破して逃げられたとしても、顔を知られた以上、戻ってきたと同時に襲われる。扉にも、今回以上の罠が仕掛けられていないとも限らない。

 

 ここまで散々、哀しい思いや辛い思いをしてきて、やっとここまでたどり着いたのに。

 目的の扉を閉じる、二人にもどうにもできない錠前は、冷たい見た目通り、冷たく三人を嘲笑っているように見えた。

 

「だれ? こんな鍵、だれが掛けたの?」

「聖地へ行けば手に入るが、おいそれと買える値段じゃない。それに、魔力探知機と違って、金さえあれば買えるって代物でもない。聖地の人間か、外地の人間でも、よっぽど聖地に信頼された人間でもないと……そんな人間、少なくともこの街にいるわけが……」

「……いいえ。一人、この街の人間で心当たりがある」

 

 自分の方へ振り向いた二人に対して、フィールは、その心当たりの話しをした。

 

「私達賞金稼ぎの間では、ちょっとした有名人よ。他が怖がって逃げ出すような仕事も、大喜びで引き受けては、何事もなく帰ってきて、いつだって大金を稼いでくる。そんな腕を買われて、聖地からも時々以来を受けて、仕事を遂行する男……」

 

 

 

「呼んだ?」

 

 

 その声に、三人が振り向いた先には、長身の男が一人、立っていた。

 

 長く伸ばした銀髪。胸元と二の腕を露出した、上等だが身軽な服装。

 美しく整った顔立ち。腰にはナイフ。

 手には……

 

「欲しいのは、これかしら?」

 

 鍵を見せつけつつ、ニヤつきながらも、どんな獲物も逃がさないというような鋭い目つき。

 

「『鋼のオルガ』……この一年くらいで急に頭角を現した、どんなに危険で、過酷な仕事でも、傷一つ負わずに帰ってくる、最強の賞金稼ぎ……」

 

 

 フィールが言い終わらない内に、リアは既に、前に出ていた。

 

「二人はここにいろ」

 

 それだけ言って、リアは『鋼のオルガ』に向かって、駆け出した。

 

 

 

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