「こんなんでいいのか? ヒースクリフ」
「……デュエルが終わった途端に敬語がなくなるとは……まあ、いいだろう」
村に移動する際に、レベルとバトル経験を積むべく出会ったモンスターと戦っていた二人。
ルシフは近くにいたイノシシみたいな青いモンスターを、少しぎこちないが、それなりに動きがスムーズになったソードスキルを使って、目に写ったモンスター全てを残すことなく倒していた。
モンスターをポリゴンと化させたルシフは、首だけをヒースクリフに向けると、デュエル前まで使っていた敬語をやめ、なおかつ見ただけでも分かるであろう、自分より目上の人であるヒースクリフのことを呼び捨てで呼んだ。
ルシフの突然の変化に軽く驚き戸惑い、苦笑いを浮かべるヒースクリフだが、さすが大人だけあって、すぐにルシフの変化にうまく対応した。
少しの沈黙が二人の間を走るが、それはルシフによって破られた。
「ヒースクリフが団長なら俺は副団長だ。つまり俺とオマエは同等と言っても過言じゃない。だから俺は、俺より強いアンタに素を出してんの。ヘコヘコすんのは疲れっからな……ここの世界では変わりたいと思うし」
ルシフの最後の一言で、彼の表情は少し曇った。
浮かない表情をするルシフは、先程の負けず嫌いで生意気な子供じみた顔ではなく、見た目に反したような大人の顔をしていた。
見るからにまだ中学生くらいの身長のルシフ。本来はこれから心と身体が成長すると言う時期に、まるで何かを演じているような性格の違い。
口調の違い。
そして、表情の違いに、ヒースクリフは気づいた。
デュエルをたった一回やっただけで、ルシフの全てを把握する。それはヒースクリフだからこそできたことだ。だから、彼には分かった。
この少年には、何かある。と
過去に何かがあったのか、ヒースクリフには知る余地がなかった。
「出来た人間……優秀な兄の後ろを、ただただ見つめるだけなのは……もうやめたんだ。俺は、俺より優れた奴が居たら、ソイツを越せるように何倍も努力するだけだ」
ヒースクリフは、今、すぐ隣にいるこの少年を見て優しく微笑んだ。
「強者を求め、強さを欲する者は必ず強くなる。私が保証しよう」
──あぁ、この少年なら私を倒せるだろう。
ルシフの力強く輝く瞳を見て
この『ソードアート・オンライン』を製造した茅場晶彦は、そう確信したのだった。
〜二週間後〜
「ふんっ!」
鋭い目を更に細くし目の前にいる敵を睨みながら、曲刀を滑らかな動きでモンスターに攻撃する。
腕の動きはまるで生きている蛇のように曲がり、何度も何度もモンスターにダメージを与え、休む暇もなく斬撃を食らわせる。
「遅い……」
少年は誰にも聞こえないように小さく呟き、モンスターの懐に突っ込んだ。
突然現れた少年に驚くモンスター。小さな体から発せられている殺気にAIであるはずのモンスターは、恐怖という感情を感じた。
ゾワッと
背筋が凍るようなその冷たい眼には、躊躇いなど一切ない。
あるのはただ一つ。
「ヒースクリフよりも弱いな」
強さを求める心である。
ガラ空きになったモンスターの懐にードスキルを叩き込み、モンスターをポリゴンと化させた。
少年はここ二週間、毎日ヒースクリフにデュエルを挑んだ。
その度に毎回と言っていいほどボロボロに負け、何度も実力差を突きつけられた。
それでも、彼の心は折れない。
自分より強いヒースクリフを倒すために。
自分がより強くなるために。
彼は諦めという行為をすること無く挑み続けた。ヒースクリフという怪物を倒すために。
そのおかげか、彼は初心者にしては強すぎる存在となった。
初めからそれなりにセンスがあったのか、運動神経がよかったのか、体に慣れさせるのが人より上手かった。
日に日にヒースクリフからHPを削り取ることも増え、その早すぎる成長にヒースクリフ自身驚いていた。そして、どこか嬉しそうだった。
そんなルシフに、ヒースクリフは何かを試すようにある情報を提供した。
「本当にあんのかよ……隠しログアウトなんて…」
顔を顰めながら、彼は嘆く。
つき先程、恒例となっているヒースクリフとのデュエル後、ヒースクリフがルシフに言ったことが気になりルシフはこの場所に来ていた。
『隠しログアウト』
ヒースクリフが何ともないような顔でその情報をルシフに提供した。
今現在でも、まだ閉じ込められていることを実感できない人や、死ぬことを恐れて前線に出ない人もいる。
そんな人達がいることを知っているからか『隠しログアウト』という、あからさまにデマだと分かるような噂が広がりつつある。
茅場に告げられたゲームクリアまで出られないという事実があるにも関わらず、やはりその噂は前線に行かない人達にとって魅力的すぎる噂である。
そこで、その噂を本当かどうか検証するべく、ヒースクリフは実力が付き始めている一歩手前のルシフに伝えたのだ。
ここで彼が上手く立ち回り、噂がデマであると証明できれば、自分の立ちあげるギルドにもいい影響を与えられるだろう。そう思ったヒースクリフは、力試しを含め彼に派遣させたかったのだ。
しかし、ルシフは不満そうにするばかりで快く頭を縦には振らなかった。
「なんで俺なんだ。俺はレベリングしなきゃ行けねーの分かってるだろ」
「レベルを上げながらすればいいだろう。それ以外になにか理由でもあるのかね?」
「…正直に言うとすげーめんどくせぇ」
「行かないのなら、ギルドを抜けてもらう。使えない副団長は要らない」
「なっ!? ……このクソ団長…」
ニヤリと口角を釣り上げ、憎たらしい笑を浮かべるヒースクリフをみて、ルシフは渋々頷いた。
普段のデュエルから負けている身として、強者の言うことには逆らえない。また、団長という権限でルシフをクビにできることも可能性として低くないため、ルシフには初めから選択肢などなかったのだ。
ソレを分かっていてルシフに直接命令を下すヒースクリフも、かなりの意地の悪い人である。
「マジでなんだよあの野郎……クソっ」
愚痴愚痴と文句を言いつつ、渋々目の前に現れているモンスターを薙ぎ倒すルシフだった。
数分間モンスターを倒しながら歩いていると、ある一人の人物に遭遇した。
「おぉ、すげーなアイツ」
目の前に繰り広げられている戦いは、誰が見ても息を呑むような動きだった。
コボルドに周りを囲まれているにも関わらず、繊細で優雅に見える動きでその人は戦っていた。
突きの動きを基本とするレイピアを上手く使って攻撃する一人の人間。
今現在のルシフと同じ、またはそれ以上のスピードを持ち、モンスターに当てる攻撃はどれもが正確だった。
その動きはまるで光の速さのようであり、目で追いつけるのがやっとである。
「俺より速いかも……」
興味深くその人の動きを見ているルシフ。その瞳はキラキラと光っており、今すぐにでも戦いたそうな好戦的な輝きをしていた。
「──っ!?」
すると事態は一変、背後から来たモンスターに剣を弾かれその場に腰を落としてしまった。
レイピアは遠くに落ちてしまい、手を伸ばしても届かない距離にある。
赤いフードを深く被ったその人は、慌てる様子もなく、ただただ静かにその時を待った。
もがきなから『死』に対して恐怖を表すこともなく、泣き叫ぶわけでもない。普通の人なら少なからず恐怖を感じるはずなのに、その人はまるでやりきった感をあらわにして、その場に座り込んだ。
突き刺さる剣を待つかのように、そいつは何もしない。
その行為が、ルシフの怒りをフツフツと込上がらせることも知らずに。
「しねぇええぇぇぇええ!!!!」
ルシフは右足で勢いをつけてモンスターに近づき、会心の力を曲刀に込めて、思いっきりモンスターの脇腹に曲刀を斬りつけた。モンスター達は上下に真っ二つに離れ、ポリゴンとなり消えるが、ルシフはそれよりも速く残りのモンスターに斬りかかった。
曲刀の柄でモンスターの眉間をぶつける様に当てモンスターの隙を作ると、すかさず顔に曲刀を斬りこませた。
レベルもかなり上がっていたため、ルシフの攻撃は一撃だけで終了した。
「なんで……」
男性にしては高い、綺麗な声がルシフの背後から聞こえる。
ルシフが後ろを振り返ると、俯いて拳を握りしめて、静かに睨みつけている女性がいた。
「なんで……なんで私を助けたの…」
針のように鋭く氷のように冷たい目が、ルシフに突き刺さった。
彼女から発せられた声は微かに震えており、怒りが含んでいるのだと気づく。
ルシフは蔑むように彼女を見ると、無言で近づき、彼女と視線が合うようにしゃがんだ。
フードでよく見えなかった顔が、ルシフの瞳に映り込む。
とても綺麗な顔で、誰が見ても可愛いと思うくらいに整っている。栗色の長い髪はとてもサラサラで誰もが見とれるような女性だ。
ただ、一つを除けば。
「テメェの眼は完全に死んでる。死人同然だ。助ける価値すらねぇ」
「っ!? じゃ、じゃあなんで助けたのよ!!」
ルシフの言葉に一瞬驚いたあと、彼女は自分がそのように思われていることに怒りをあらわにした。
その怒りに対し、ルシフは鋭い目をさらに細くし、彼女の胸倉を掴む。
「生きたくても生きれなかったヤツらに失礼だろ」
静かに発せられた言葉は低く、彼女を怖がらせるには充分な迫力だった。
数秒間その状態のまま固まるが、ルシフが舌打ちをして手を離すことによって、彼女は解放された。
彼女は先程の脅迫に近い言葉が、自分の頭にこびり付いてしまい表情を曇らせる。
さっきまでの自分の行為を思い出し、後悔しているのだろう。体を震わせ、目にはうっすらと涙を溜めていた。
そんな彼女から、弱々しく震えた声が、口から発せられる。
「どうせみんな……死んじゃうじゃない…」
囁くくらいの小さい一言は、彼女の心境そのものだった。
「だから私は、自分なりに精一杯の行動をしたまでよ」
「だからといって諦めるのかよ。死ぬことと精一杯頑張るはイコールじゃねぇからな。そこが区別つかないのはタダのマヌケでバカな能無しだ」
ルシフは煽るかように少女を見て、鼻で笑いながらそう言った。
するとさすがにムカついたのか、彼女はその場に立ち上がり、ルシフの目の前に立って、鋭く睨みつけた。
それはもう、今にも殴りかかりそうな勢いで。
「あなたさすがにソレは少し言い過ぎじゃないかしら!」
両手に握りこぶしを作り、怒りをおさえているが、もう既に彼女の両手は震えていた。
ルシフはその様子を見てから、さらに煽るようにニヤリと笑う。
「別にオマエに言ってるわけじゃねーし。なに? 自分でマヌケでバカなうえのクズ能無しだって自覚してるんですかー? 自覚しちゃってるんですかー?」
「分かったわ!! だったら私がマヌケでバカなうえのクズ能無しじゃないって事を証明してあげるわ!!!」
可愛らしい顔に青筋を浮かべて、彼女は無言でスタスタと歩き出した。
その姿は先程の弱々しい雰囲気ではなく、俺に一杯喰らわせようと本気になっている彼女だった。
ルシフは彼女の様子を見て、優しく微笑むのだった。
アスナさんキャラわかんね(白目)