Phantasm Maze   作:生鮭

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プロローグ

 

 

 

 

俺の今世を一言で表すとしたら堕落、だろうか。いや、今世なんて高尚なことを言ってはいるがなにも仏教徒というわけではない。ごく日本にありふれた無神論者だ。

 

 高校は特段学業を疎かにすることもせず、放課後には部活動にも参加していた。現状に不満があったわけではなく、楽しい楽しい高校生活には何の問題もない。しかし俺には憧れが、目標が、夢がなかった。なぜそれらを持たないのか。

最近学校で進路相談があったが、何一つ具体的な案を出すことはなかった。担任からの詰るような声が耳に残っていた。

 

 俺だって何もこの事態に手をこまねいていたわけではない。趣味を探したし、親の職場を見学に行ったりもした。だが、全てが俺の罫線に触れる事はなく、特別興味を惹かれた事はなかった。ただ一点を除いて。

 

『死への興味』

 

高校生になると中学と違い単元が多く追加される。そのうちの一つに俺は興味を持った。『倫理』だ。

俺の生まれる三千年以上前。その時代に生きた哲学者たちの考え一つ一つに納得してしまった。そして、興味を持った。単純な力ではなく、暴力ではなく、議論。人間が誰しも持っていて差別化の出来ない唯一の力。三千年経った今でも人の心を動かすほどの力に。

人はなぜ存在するのか。

 

人はなぜ生きているのか。

 

人の主体性とは何か。

 

他人とは何か。

 

果たして本当に人は生きているのか。

 

 

 

死とはなんかのか。

 

 

 

数多の哲学者たちが考え、探求していた疑問に俺もまた囚われてしまった。

 

『死への渇望』

 

目的のなかった人生に最悪で最高の目的ができたのだ。

 

 

 

 

それがいかに酷く歪んでいてはき違えたものとも知らずにそれを密かに望んでいたーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭痛が馬鹿みたいに痛え」

 

なんだか知らんが頭が割れるほど痛い。頭の痛い発言とともに鈍痛に呻く。

風邪かと思い、額に手を当ててみるも別段熱い感じはしない。吐き気もない。頭痛だけが時折頭を殴ってくる。

 

「今日は休もう」

 

1日欠席した程度で支障がでる勉強はしていない。明日にでも隣の奴のノートでも写すか。

早めに今日の予定に見切りを付け、スマホを取り出す。そして連絡用ツールを開こうとして、ふと手が止まる。

 

前に頭痛がすると母に連絡して、学校を休んで検査したところなんの異常もなかったのだ。当然母に怒られた挙句その日1日はずっと缶詰だった。頭痛かったのに。

 

「……ちっ」

 

また怒られるのは御免だし、あまりに酷いようなら医務室で休んでれば良い。母の説教と、医務室で寝ているのでは圧倒的に後者の方が楽だ。

スマホの電源を落とし、ポケットにしまった。

 

 

 

 

重い頭と進まない足で登校すると、より一層頭痛が酷くなった。常時こめかみを揉んでないと呻くほどに。こりゃあ無理だ。

 

「ちょっと保健室行ってきます」

「おい、大丈夫か?」

 

担任に一声かけてから痛む頭を押さえて教室を後にする。心配からか興味からか声をかけてきたクラスメートに返事をする元気もない。

途中で誰ともすれ違う事なく保健室に着いた。

 

 

 

「うーん、特に他に症状がないならストレスが原因かもね。しばらくここで休んで、もっと酷くなるようなら早退しなさい」

「ストレス……わかりました。もう暫く大人しくしてます」

 

カーテンで区切られたベッドに横になりながら、ストレスについて考える。最近ストレスを感じるような出来事はあっただろうか。些細な事まで含めればいくらでもあるだろうがーー例えば踏切が目の前でしまったとか、満員電車に揺られたとか、タンスに小指を強打したとか。

しかしそれは今までも感じてきた事であって……、今日突然頭痛に襲われたのはストレスとは関係ない気がしてきた。

 

「……痛っ!」

 

突然きた鋭い痛みに声が漏れてしまい、少し恥ずかしくなる。痛みは治る事はなく、継続的な痛みで頭を強く押さえてしまうほどだ。

 

「大丈夫!?」

「大、……いや、無理っぽいんで早退します」

 

慌てた声がカーテンの向こうから聞こえてきたので早退したいという意を伝える。これは異常だ。変に意地を張っている場合ではない。

 

早退届を書き、担任に伝えてくれると言った保健室の先生を残して学校を後にした。

 

 

「今回こそは絶対なんかの病気だ」

 

ズキズキと頭に響くような痛みを抱えながら、ホームにて電車を待つ。おかしい。絶対にだ。これで異常なしと診断結果が出たならば人間不信に陥りそうだ。

 

考え事をしていたからか前方に注意を割いていなかった。ドンッと肩に衝撃を受ける。

 

「あっ、と、すいません」

 

五十前後の男性にぶつかったのだと認識した瞬間、昼間にあまり嗅ぐことのない酒の匂いが鼻腔を刺激した。ほんの少しだけその匂いに嫌悪感を抱きながらも慌てて謝罪する。返事は返ってくる事はなくギロリと睨まれた。

 

こちらを射殺すような鋭い視線に身を竦ませながら少し場所を変える。なんだってあんな目で見られなきゃいけないのか知らんが酔っ払いのことなんて気にする必要はない。

 

それよりも頭痛の原因の方がよほど気になる。熱がないから風邪ではないのだろう。インフルも時期を外れている。医学知識がないせいでこれ以上絞り込む事はできないがーーーー、単なる勘だが病気の類ではないような気がする。

 

まぁそれは検査結果が出てから考えよう。変な話だが原因が分からない頭痛よりは信頼できる病気だった方がよっぽどいい。……そうだ、母に連絡しなければーーーー

 

ドサッ

 

 

 

ーーーー何か、そう、質量を持った何かが落下した音が聞こえた。

 

近くで落下音がするほどの高さを持った場所はホームと線路の間だけ。さっきすれ違った年配の男が酔っ払っていたことから推測するに、まさか。

 

 

 

「……おい、おい!」

 

恐る恐る後ろを振り向くと、当たって欲しくはなかったが予想通り線路の上に横たわった男の背中が見えた。

 

「クソッ!誰かっ誰かいませ……」

「まもなく、ーー番線に各駅停車~~行きが参ります。危ないですから……」

 

マズいマズいマズいマズい!なんで誰もいねえんだ!駅員はおろか、普通ならホームで待っているはずの人影がない。閑散としたホームにいるのは俺と男のみ。

 

そうだっ!非常用ボタン!どこだ、どこに……あった!

 

人が転落した場合や線路内に物が落ちた場合に押す赤いボタン。それを壊さんばかりに叩く。途端に響く耳をつんざくようなブザー音。

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

なんだ、なんで今頃っ!

 

今までとは格が違うと思うほど痛む頭を両手で締め付ける。痛い痛い痛い。頭が割れるようだ。蹲りそうになるが寸でのところで踏ん張る。ホームの際で蹲るのは危ない。

 

 

 

 

そこまで考えて違和感に気づく。

 

人が来ない。

駅員さえ来ない。ここは無人駅ではない。確かに寂れたど田舎みたいな駅だが、通勤時間になれば相応の人はいる。おかしい。何か噛み合わないな。

 

「まもなく、ーー番線に各駅停車~~行きが参ります。危ないですから……」

「は!?」

 

2回目のアナウンス。思考がぐちゃぐちゃになっていく。

 

意味わかんねえ、なんで止まらねえんだ!?まだ人が倒れてるってのに。どうしようか。駅員が来るのを待つか?……それともいっそ見てないふりをして逃げようか。

ダメに決まってる!馬鹿か俺は!いや、なんだ、これは頭が痛すぎて思考がまとまってないだけだ。普段ならそんなこと微塵も考えない。そうだ、そうに違いない。

 

やるべきことなんて明白だ。この見知らぬおっさんを助けることだけ。

「おい、おい!おっさん!起きろよ!」

 

一瞬おっさん呼ばわりするのは失礼かと思ったがそうも言ってられない。必死に声をかけていると、ふらりと男が立ち上がった。

 

「よし、こっちだ!掴まれ!」

 

頭でも打っていたのかふらふらと足元がおぼつかないが、幸運なことにゆっくりとこちらに近づいてきている。

 

一発一発ハンマーで頭を小突かれているような痛みに耐えながら、ホーム端に屈み精一杯片手を伸ばす。そして男の手を掴んだ。離すまいと強く握りしめた時、ーーーー頭痛が一層激しくなった。

 

なんだ、なんなんだこの断絶的な痛みは。保健室に横たわった時も、非常用ボタンを押した時も、今男の手を掴んだ時も。何か警告を発するかのような痛みを与えてくる。直感的に病気ではないと思う。何かーーーー、もっと根本的なような。ここで踏みとどまれと、訴えかけてくるような。

 

 

 

 

 

 

 

 

知るか。

 

なんの躊躇も無く、思いっきり引っ張り上げる。今の状況に気付いたのか、男も必死な表情で腕を引っ張ってくる。

 

 

 

フッと、腕がちぎれんばかりに引っ張っていた力が抜けた。それは男がホームに這い上がったからではなく、俺が線路に落ちたからであった。咄嗟に顔を庇い肩から突っ込んだものの衝撃と痛みにうめき声が漏れた。

 

しかしその声は目が絡むほどのヘッドライトを点灯させた電車による高い警告音で、掻き消えてしまう。長く、耳が麻痺するほど甲高い音はどんどん近づいてくる。

 

男はどうなったのかと見遣ればもう姿が見えなくなっていた。なんて事はない。俺を引き摺り下ろす力を利用してホームに上がったのだ。その代わりに俺は線路に落ちた。

 

クソが。

 

 

 

 

だらだらと立ち上がり、黄色い光源の方向を見れば視界に広がったのは俺よりも大きい壁だった。その壁はどんどん広がっていきこちらに近づいているのだとわかった時、あるものが目に留まった。

 

 

無人の運転席。

 

 

 

状況把握が出来ずクエスチョンマークで頭を埋めているところに、今まで体験したことのないほど強い衝撃がはしる。脳が揺れて身体が後ろ向きに吹っ飛ぶ。妙な浮遊感とともに『死ぬのか』と感慨に浸る。『死への興味』、それが今実体験として訪れようとしている。

 

 

しかし感慨とともに『死にたくないな』とも考えた。

 

 

 

 

何故そんなことを思ったか。死は始めて俺が興味を持てた目標だったのではないか。

簡単な話だ。俺にとって死とはどこか他人事だったのだ。自分が体験するわけでもない、当然だ。死者は語れない。あれをしておけば良かった。色んな事がしたかった。こんな死に方は嫌だ。未練に縋ってしまう。

 

 

だからこそ死が突然身近に感じられる距離に来た時、故に俺は滑稽にも最後の最後で生にまで縋ってしまったのだ。

 

 

 

意識が戻らないところまで沈んで行く。

 




初投稿です。結構ノリで書いたので更新はまちまちです。
誤字等ありましたら指摘お願いします。


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