Phantasm Maze   作:生鮭

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二ヶ月ですよ二ヶ月。
早いですねぇ。


七曜の魔女

 ―――――――紫の少女は紅い館で始まった多数の人間と一人の吸血鬼の戦いを、手に持った水晶を介して眺めていた。その片手間では持っていない方の手はなにやら奇怪な魔方陣を描いている。

 この少女は今しがた深紅の槍を振り回している吸血鬼と多少の面識がある。面識と言ってもほんの数分前のことだし、ファーストコンタクトは父親の殺害現場と言う少々クセのあるものだったが。

 

 そして少女は苛立っていた。水晶に映る戦況が吸血鬼が人間に劣勢を強いられているからでは無い。それは仕方ない。一定の状況下であれば起こり得る事だからだ。

 

 それよりもっと根本的な部分で苛立っていた。それは自らが戦いの引き金を引いてしまったという事である。本来あまり争いごとを好む性格でもなければ、自分とは関係ないと切り捨てられるような性分でもない。

 この魔法使い、技術としては一流なれど少々性格に難があった。優しすぎたのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 魔法使いは総じて知識欲が旺盛で人生のほとんどを研究に費やしている。さらに魔法使いの前提として身体の成長を止める捨虫の術と、食事を必要としない捨食の術を習得しているので長寿だ。その上外に出ず研究に明け暮れているのだから、先述の二つの魔法が開発されて以降、魔法使いの個体数は増加の一途をたどっていた。

 

 ――――――それが故に俗に言う『魔女狩り』を引き起こす一因となる。

 

 この少女も魔法使いの例にもれず日夜魔法の研究を繰り返していた。そして研究時間が惜しいと、捨虫と捨食の術を習得し、完全な魔法使いへと昇華した。

 彼女を一言で表すとありふれた表現だが、天才だ。本来は五十年は必要とされる魔法使いとしての基礎を、僅か十年足らずで身につけ、応用や発展に手を出すようになった。それさえ身につけてしまうと次は様々な形の魔法に手を出すようになる。

 彼女を天才と呼ばれるまでに押し上げた原因としては、並はずれた探究心が挙げられるだろう。

 通常魔法使いは一つの分野を究めることが多い。自分の肌に合ったものをひたすら磨いて磨いて磨き続ける。その行動には一つの分野に集中するという意味も込められてはいるが、本質的な部分は別にあった。

 それは情報量の問題だ。複雑怪奇な分野に手を出せば、その分難解な原理が用いられている事が多い。それを何個も詰め込むという言うのは少々骨の折れることで、多くの魔法使いは自分が得意とするもの以外には手を出さなかった。その行為の恐ろしさと言ったら複数の種類の魔法を研究しようとし、脳内の情報量が許容量を超えて廃人化したという魔法使いも珍しくないくらいだ。

 

 しかし少女は違った。

 少女の名前がある程度知れ渡った時、少女が得意としていた精霊系以外の魔法を研究すると他の魔法使いたちが知って最初に抱いた感想は、大方すぐに諦めるか、病院行きだろう、というものだ。当然のように意地の悪い者はライバルが減ると陰でほくそ笑み、数少ない友人はすぐに止めるよう説得しに行く。だが忠告した程度で探究心が収まるはずもなく、少女は研究をやめなかった。

 

 そして数年の月日が流れ、誰もが少女の事を忘れていたときにソレは現れることになる。

 

 以前とは比べ物にならない程の魔力と研究以上の知識を備えた少女だった。

 

 魔界は騒然とした。

 いったいどのような方法で研究し続けたのか?他の魔法使いは少女のもとを訪れては口々に疑問を投げかける。それに対する少女の反応はいつも変らなかった。

 

「別に大したことじゃないわ。むしろどうしてこの発想に貴方達が辿りつかなかったかが不思議なくらいよ。・・・・・本当に簡単な事。『脳のキャパシティが足りないなら増やせばいい』」

 

 つまりは脳の容量を無理やり増やしたというわけだ。

 それを聞いた者は全員がこう思った。

 

 出来るならやってる、と。

 

 少女に限らずその解答にはだれもが行き着くに決まっている。しかし方法が分からない。それに研究を人生に捧げている魔法使いからすれば脳がもたらす機能は核とも言えるもので、そんなところを手探りの状態で弄りまわすのは勇気と言うより命知らずの行為だ。

いかに魔法使いと言えど命は惜しいもので、長い間多数の魔法を研究する者はいなくなった。

 

 そんな中、ある少女がその方法に行き着いたと知れ渡る。

 

 数多くの名の知れた魔法使いでさえ辿りつけなかったのに何故少女は偉業を成し遂げる事が出来たのか。

 本人にそう尋ねるといつも特に渋る様子もなく淡々と教えてくれる。

 

「増やすっていうのは何も容量を増やすって意味でとらえる事は無いわ。魔力を入れる容器があるとして、一定のの魔力しか入らないのにそれ以上無理やり入れようとしても器が耐えきれずに壊れるだけよ」

 

 時には丁寧に容器の模型まで作って壊れる様を実演したりした。

 

「でも容器を二つにすれば単純計算でも二倍の容量になる。この考えを魔力を記憶に、容器を脳のキャパシティに置き換えたらできるわ。・・・・・まぁ流石にこんな単純にはいかないけれど、理論さえ理解できればさほど難しいものでもないはずよ」

 

 毎回そう言った後に、

 

「ただし」

 

 と付け足し、さらにこう加える。

 

「もちろん根本的には脳を圧迫しているのに変わらないから、デメリットが常に付きまとう事になるわ。それは私にも予想がつかない。繰り返すけど、脳はそんなに単純なものじゃないのよ」

 

 不確定なデメリット。様々な分野の魔法、それは喉が手が出るほど欲しいが、代償のリスクが高すぎる。それが少女のもとを訪れた多くの魔法使いが出した結論だった。多種多様な外れしか出ないクジなど誰も進んで引こうとは思わない。

 デメリットが分からない状態で自分の体を改造するなど正気の沙汰ではない・・・・・と結論付けられ、次第に距離を置かれるようになった。

 とはいえ、偉業を成し遂げたことで一気に名は広まり、一部の研究熱心な者は弟子入りを志願したが、少女は弟子をとろうとはしなかった。曰く、自分は教えるには向かないそうだ。

 ・・・・・秘術を独り占めしているとみられる事を考えられなかったのは、引っ込み思案な少女からすれば仕方ない事だと言えるだろう。

 

 ということで、徐々に慕われていたものからもお高くとまっていると陰口を叩かれる始末。いつからか偶にくる友人も姿を見せなくなり、たまに同業者間で開かれている市場でさえ邪険に扱われる事があり、ついには家を襲撃される事もあった。長年住んでいた家が焼け崩れた時には胸が詰まり、泣いてしまいそうになった。残ったのはいつも肌身離さず持っていた魔道書(グリモワール)のみ。

 知識欲を満たせないことからくる僻みの感情が、被害を加速させる一因となっていることに少女は気づいていただろうか?

 

 家を失くしてからというもの魔界の端から端へ転々と移り住む日々が続く。

 

 ふと、気付いた時には完全に少女は孤立していた。

 

 魔界に居場所を失くしたあとは、人間界に住まいを構えた。

 が、タイミングが悪過ぎたなと後で知ることとなる。それは魔界から出てきておよそ二年後にいき過ぎた人口増加に伴い、ある政策が実施されことで自覚するに至る。

 

 

 聖教が異端を排するという建前の元、反逆者や、敵対する者、およそ六万もの女性を処刑したとされる―――――――――俗に言う『魔女狩り』だった。

 

 

 

 

 しかし本物の魔女が狩られたのは六万の一割にも満たない。

 それは聖教側は異教徒の排斥や、権力を拡大する為に行ったにすぎずなにも魔女を根幹から廃絶させようとしたわけではないからだ。

 もとから教会の意にそぐわないものを排除する口実が欲しかった。が、信者の目がある為おいそれと実行するわけにはいかない。そんな時に偶然にも都合よく生贄が現れた。彼女らは決してこちらに関わってこようとはしなかったが、どうにも人ならざる存在らしい。さらには魔の相もあるという。教会からすればこんなに美味しい話は無かった。

 

 一つ問題があるとすれば、教会側の正当性を示す為に本物を一度でも良いから処刑しなければいけない事だった。一回やってしまえば後は適当に難癖を付けて引っ張ってくれば良い。彼らは魔界出身というぐらいなのだから当然戦闘力はこちらをはるかに凌ぐだろう。が、幸いにも駒はこちらが圧倒的に多い。数で押せば勝てる。 

 

 

―――――単体で行動している魔女を狙え。

 

 

 

 

 

 少女にとってはとんだ災難だっただろう。平穏を望んでこの地に来たというのにどうしてまた追われなければならないのか。なんでこの人間達は私を目の敵のように追い立てるのか。そして何故よりによって私を執拗に狙うのか。

 

・・・・・意味がわからない。

 だが殺されるのは御免だ。

 

 酷な話だった。生まれ故郷である魔界から些細なことで憎まれ追われ殺されかけ、転居先でも特にこれと言った理由もなくただ『魔法使い』だから、『魔女』だからというだけで多くの人に追われる。

 

 それ以外でも一人だったことが理由として挙げられるのだが少女が知ることはなかった。

 

 同業者に助けてもらおうとも考えたが、二年たったとはいえまだまだ新参者。助けてもらう伝手などあるはずもなく、あったところで相手には何のメリットもない。少女は魔法使いという種族がいかに損得勘定を重んじて行動しているかを身に染みて知っていた。

 

 

 対抗手段はあった。多くの魔法を究めた少女は人間界では圧倒的強者で、それ故に強者が弱者に打ち勝つ方法は単純で何の捻りもない簡単なものだった。

 その身に宿る魔力を駆使して、追ってくる者を返り討ちにしてやればいい。私に手を出したらこうなると、残虐なまでに傷つけて甚振って嬲って殺して見せつけてやればいい。

 古来より弱肉強食であるこの世界は力ある者が常に優位に立ってきたのだから。

 それだけの事をする理由は出来ていたはずだった。

 

 

 だが逃げた。抵抗らしい抵抗すらせずに逃げた。争い事が苦手だったのかもしれないし、負の感情を向けられるのを恐れていたのかもしれない。

 かつてと同じように逃げる。ただ今回違うのは終わりがないこと。魔界にも人間界にも居場所を失った少女はひたすら逃げ続けた。

 こちらが体力を回復させようと足を止めようものなら罵詈雑言とともに殺傷力満点の魔力弾が飛んでくる。日夜殆ど休む暇もなく逃げ続けたが、追手は日を追うごとに増えていき次第に少女の顔色には疲れが見て取れた。

 

 

 そして数週間後、一方的すぎる追跡劇によって疲労はピークを迎えていた。魔法使いは常日頃から研究に明け暮れている為、外出することが少なく総じて身体が弱い。ましてや肉体強化系に研究を割いていない少女は特にその傾向が強く、溜まりきった疲労は完全に思考能力を奪っていく。

 

 そんな状態で少女はある町に転がり込む。そこに同業者がいると言う情報を掴んだのだ。普段ならこんなお尋ね者を匿う物好きなどいるはずがないとか、自分は追われているのに町で生活できているのはおかしい等、頭脳を働かせ町を迂回する道を選んだのだろうが、疲れ切った脳は正常な判断を下す事無くその怪しげな情報を鵜呑みにしてしまった。

 恐らく人との関わり合いに無意識に飢えていた事も起因しているのだろう。いくら魔法使いとはいえ一人っきりで生活する事は不可能だ。研究にしたって独りでやっていればいくら頑張っても基本的に自分自身の視点でしか物事をとらえる事が出来ないが、他者の視点を共有できるというのは自身のスキルの向上につながる。

 そうでなくとも会話というものは知能を持つ生物同士による意志伝達手段の中では最重要になる。その機能を数年も腐らせておけば、無自覚にフラストレーションが生じる。本来標準装備である機能が使えないのだ。当然ともいえるだろう。

閑話休題。

 

 まぁ案の定掴んだ情報はデマで、少女は捕まってしまう。

 

 捕まってすぐ少女は粗末な牢に入れられたが、最初に感じた事は捕まってしまった焦燥感でもなく、絶望でも恐怖でもなく、ただ満足に休息がとれるという充足感だった。

 

 

 

 おかしい。

 

 少女がそう思ったのは牢に入ってから二週間ほど過ぎた時のことだった。

 一向に処刑される様子がない。いや、処刑されたいとかいう自殺願望者でもなければ、いきすぎたマゾっ気があるなわけでもないのだが遅い気がする。まぁなるようになるだろう、と思いそれ以上考えないようにする。

 

 その翌日、長い間閉ざされていた牢の扉が開かれ、裁判所に連行された。

 もしかしたら弁明の余地があるかもしれないと思い期待に胸を膨らませていたが、そんな事はあるはずも無く。

 

 身に覚えのない罪状に会った事もない証人たち。触れた事は愚か、見た事すらない数十個にも及ぶ証拠。反論しようとするも口には猿轡を噛まされ、両手は後ろで縛られている。身じろぎしようものなら両端からどつかれ、傍聴席ともいえない柵で囲っただけの場所からは石やらゴミやら投げつけられる始末。血を流そうとも周囲からは鼻で笑われる。

 

「バケモノが!一丁前に痛がってるんじゃねえよ!」

 

そんな言葉を投げかけられた。いくら人外とはいえ痛いものは痛いのだ。そのうえ拘束具に退魔の印でも刻んであるのか、魔法で治療する事も出来ない。

 

「・・・・・以上の罪状より魔女ホックド・オウレットを極刑に処する」

 

 極刑、最も重い罪。つまりは死刑。これと言った実害がないのに対して重すぎる罪。

 明らかに未知なる恐怖と偏見が入り混じった判決だった。

 

 しかし自分が死ぬ事が決まっても少女は取り乱すことは無い。

 

 それは自信があったから。

 

 この状況を打破する自信が。

 

 いや、自信というより事実だった。動かしようの無い事実。言うなれば普通の魔法使いと少女との個体値の差。少女の持つ魔力は退魔の印ぐらいでどうにかなるものではなかったのだ。詠唱など必要なく、彼女が嫌っていた非効率な魔力の出鱈目な開放。到底人が耐えられるような生半可なものではない。その事が少女の魔力解放に意識的にリミットを掛けていた。

 

 

 魔界で後ろ指を指された時も、家を襲撃された時も、殺されかけた時も、此方に来て追われた時も。

 

 全て無意味な殺生を嫌う、魔法使いらしからぬ性格の為に逃げることしかしなかった。

 

 しかしもう限界だった。いくらそのことを信条に掲げているとはいえ自らの命と比べれば如何に善人であれ後者に天秤が傾くのは当然だろう。少女は崇高な自己犠牲の精神までは持ち合わせてはいない。

 

 少女が魔力を開放しようとすると、胸の奥底でキュッと痛みが走った。無意識にその痛みを感じる程度には信条を大事にしていたんだろうなぁ、と妙な感傷に浸るも一瞬のみ。今度こそ魔力を開放して、次の瞬間には周囲の人間が一斉に倒れる姿を幻視する―――――――――――――――――

 

 

「ちょっと待った」

 

 魔力を開放する寸前でしわがれた声が耳に響いた。一瞬気をとられたことにより魔力が離散する。

 

「流石に被害も出ていない者を殺すのはどうかと思うのだが」

 

 顔を向ければ如何にも老紳士という言葉が似合いそうな老人が法廷に入ってくるのが見える。

 少女は僅かに目を見開いたが、すぐに元の陰鬱とした表情に戻った。一介の老人の話など裁判長が聞き入れるはずがないと思ったからだ。所詮老人が法廷からつまみ出されて終わりだと自分の中で結論付ける。

 しかし、

 

「むむむ、確かに町長殿の提案も一理ありますな。私も判決を出そうと焦っていたのかもしれない。でもどうしますか?無罪放免というのは流石に・・・・・」

 

 なんだか嫌な予感がした。というかこの裁判長、大根役者もいいところだ。殆ど棒読みなうえ、抑揚の付け方もそこはかとなくたどたどしい。しかしそれを疑問に思ったのはその場にいる中では少女だけであり、誰も口をはさむ事は無かった。

 

「そうだな・・・・・ではこういうのはどうだろうか」

 

 わざとらしく一瞬溜めを作ってから町長が提案した。

 

 

 

「来たる吸血鬼殲滅の為の先鋒にするというのは」

 

 

 

「は?」

 

 一瞬、少女の頭は思考を止めざるを得なかった。提案があまりにも予想外すぎたからだ。そんな少女を置いてけぼりに、話は進んでいく。その会話の中でも少女の明晰な頭脳は業務的に必要な情報をふるい分けていく。

 

 選別の結果として、分かった事、決定した事は次の事だった。

 

 

 

 この町は古くから吸血鬼に攫われる事が多々あるらしい。その吸血鬼は近くに悪趣味な紅い館を構えそこに住み着いている。

 では何故この町は存在する事が出来ているのだろうか。それは捕食者たる吸血鬼が狡賢いからだとのこと。彼らは毎回攫って行く人数をおおよそ定めていて、一定以上の数を攫う事はまずないとのこと。逆に言えば毎回一定数の人は残されることになる。そして次に攫われるときになるまでは人数が増えているので、この町の人は数的には減る事が無く規模も大きくなる事も無い。臆して逃げようものなら逃がさず残さない。

 

 つまりこの町は吸血鬼にとって都合の良い狩り場なのだ。

 

 草食動物は牧草地では一回の食事の時に、ある程度草を残すという。これは長い年月を掛けて学習した結果、配分を考えるようになったからだ。全て食べつくすのではなく次の食事に備え餌となる植物が育つのを待つ。だいぶ大雑把な括りになるが一種の農業とも・・・・・言えなくもないだろう。

 

 しかし意志を持たぬ草木と人は違う。喰われるままでは終わらない。思考錯誤を繰り返し、狩る側と同じように皮肉にも長い年月を掛けて、魔力探知の術式を吸血鬼の住処に仕掛けることに成功した。

 

 その仕掛けの意図とは勢力の探知にある。吸血鬼が住んでいる悪趣味な紅い館の周りには他にも多くの魔物が潜んでいる。しかし魔物の中でもかなりの上位に位置する吸血鬼と比べると一個体あたりの魔力の質がだいぶ違う。それ故に簡易的なものでも吸血鬼か否かの違いが分かりやすいのだ。

 

 普通、人は人外に対して倒す手段どころか、立ち向かえる手段すら持ち合わせていない。そういった離れ業が出来るのは聖教に属している者や、自分自身を鍛え魔を退ける力を極めた者だけだ。

 それでも所詮人間。強大すぎる力の前にはただひれ伏し、災禍が過ぎ去るのを待つことしかできない。この町も一度高名なハンターを外部から招待した事もあったが、年端もいかない二人の吸血鬼に殺されてしまった。大の大人が、プロが負けたのだ。

 しかしそれは予想通りだった。いや、そうでなくは困る。

 

 ハンターは捨て駒だった。

 

 敵を潰すのならまずは戦力把握が必須事項だった。毎回狩りに来るのは何人か。どのくらいの実力なのか。その間に館に残っているのは何人か。等々。それらを得る為ならば、生き残る為に幾人もの生贄を捧げてきた彼らにとって外部の人間がどうなろうと知った事ではない。

 

 ――――――吸血鬼を、永年の仇敵を打ち取る為ならばどんな犠牲も厭わない。

 

 

 

 その考えは明らかに矛盾している。

 部外者である少女でさえ、部外者である少女だからこそ気付く事が出来た観点。

 

 しかし話を聞いた今でも少女にそれを指摘するほどの優しさはなかった。それに吸血鬼と自分たちの因縁を語る老人は口調は憎々しかったが、口元はどこか綻んでいるように見えた。まるで吸血鬼との抗争そのものが生甲斐と感じているかのように。

 だからこそ少女は口を挟まない。その熱に水を差すのが躊躇われたから。

 

 

 事態が動いたのはつい最近だ。

 一週間ほど前に大きな魔力が何の前触れもなく発生した。

 普通膨大な魔力が発生するときには、小さい状態から徐々に大きくなっていくという過程がある。その過程で魔力の質が決まる。魔力が膨張する速度が早ければ早いほど質が高いとされる。その他にも判断する基準はあるが、今回において重要視されたのはその異常性だった。

 前触れが無い、つまりは認識されない程度の早さで膨張したことになる。つまりは未知なる領域の魔力。探知機で測る測れないじゃ無く、肌がピり付くほどの濃度。当然町人たちは色めき立った。

 館の中の勢力は既に調べが付いていた。大人二人に子供が三人、その中で最も魔力が高いのは子供のうちの一人だった。しかし何故か魔力の大きさが安定しておらずコロコロ変わるのだ。故に町内では最警戒されている。

 だが今回の魔力は子供の最大を上回るほどのものなのだ。

 

 何かが起きる?

 

 わからない・・・・・だが異常事態なのは確かだ。

 

 何かが起きる。

 

 町内はそんな思いに包まれ、人々は虎視眈々と事態の進展ををうかがっていた―――――

 

「そして事態は急転した」

 

 ようやく少女の思考が会話に追いついた。

 

「ついさっきその強大な魔力が離散してな。一人死んだんだろう。後は四人だがそのうちの二人は息も絶え絶えだと思われるほど魔力がか弱い」

 

 町長はおよそ老齢とは思えぬ程の闘争心に満ちた笑みを浮かべ、尚も語る。

 

「そこで私、並びにこの町の住人全員は決心した。

 

 

 

―――――今日この日を持って歴史を変えると」

 

 

 歴史を変える―――――つまりは被食者を脱する、吸血鬼を討つという事。

 そんなことができるのか。吸血鬼とは夜の帝王とも恐れられ、魔族の中でも最上位といっても過言ではない存在。たかが人間など障害の一つにもなりやしないだろう。いかに高等な魔法を使えても善戦できるとは思えない。

 

「勝てるさ」

 

 そんな少女の懸念を見透かしたかのように言い切った。

 

「・・・・・私には生まれたころからある特技みたいなものを持っていてな。なんとなくだが結果、というものが分かってしまうのだよ。今まで私はこの力のおかげでこの町を支えてきた。そしてこれからもそうであるために戦って、勝つのだ」

 

 一言一言噛んで含めるように語る町長の脳裏には、一週間ほど前の予知夢が朧げながら映し出されていた。

 

 最後と思われる吸血鬼を下し、館内になだれ込む自分達。

 赤いロビーに倒れている吸血鬼達ととどめを刺そうとする自分達。

 

 その光景が現実でも再現されるものと信じてただひたすら準備をしてきた。

 

 安くない額の金を積み聖教の人間に魔力探知の術式を仕掛けてもらい、長い年月を掛けて武器を集め、技術を学び、人材の育成に励んだ。

 

 全ては今日のこの瞬間のために。

 

「町長!魔力がまた一回り小さくなりました!」

 

 どんどん舞台が整っていく。新たな時代の始まりを告げる戦いの舞台が。

 

「そこでだ、貴女には先鋒として弱っている二人の吸血鬼にとどめを刺してもらう。そしてとどめを刺したらその合図を送ってもらうのだが、出来れば狼煙のようなものが望ましい。最終的に吸血鬼を討つのは我々で無ければならないのだ。そうでなければ後に禍根を残すやもしれんからな。役目を終えたら何処でも立ち去ってもらって構わない」

 

 町長はレザーカバーの古めかしい本をヒラヒラと見せつけるように掲げる。

 

「これは終わり次第返却しよう」

 

 それは魔道書(グリモワール)だった。しかしただの魔道書では無い。魔界で天才と呼ばれ、それ故に疎まれ憎まれ追われた魔法使いが、唯一手放す事の無かった品。そこには他の魔法使いが涎を垂らしそうな術式の数々が記されていている。それらは全て少女の研究の成果で、一魔法使いがたかだか数十年で研鑚する事など出来ようもない術式ばかりが綴られていた。

 見るものが見れば一目でとんでもないものだと分かる。しかし魔術や魔法といったものに造詣を持たない者からすればただの本。良くて古そうだから価値がある、程度にしか思われない。

 そしてそれは町長も例外ではなく、本の価値を正しく理解していなかった。現に今も魔女を拘束した際に押収したものの、使い道がこれといって分かっていない。

 ただ、彼の魔女が後生大事に持っていたのだしそれなりに価値のあるものだろう、という予測は立てていた。だからこそ魔女が動かざるを得ない状況を作り出す為の駒にしたのだが。

 

 そして少女は町長に対して頷く事で返答とした。

 

 

 

 そして時は逢魔時、魑魅魍魎が徘徊する時間帯。

 血染めのナイトドレスを身に纏った幼き吸血鬼と、血なまぐさい匂いに顔を顰める紫の魔法使いが相対していた。

 両者は数瞬の間互いに見つめ合っていた。

 

「どちら様かしら?」

 

 先に口を開いたのは吸血鬼。この疑問は酷くまともなものだと言えるだろう。初対面で聞く事といえば相手の立場や身分だと相場が決まっている。

 

「しがない魔法使いモドキよ」

 

 これは魔法使い。

 この答えは特に考えて言ったわけでは無い。反射的に口から出た言葉。少女はどこからどう見ても列記とした魔法使いであるのだが、彼女の魔法使いとしての矜持がそう答えるのを許さなかった。

 

「・・・・・貴女がホックド・オウレットかしら?」

 

 吸血鬼は魔法使いを名前だけはあるが知っていた。

 

「ええ、いかにも」

 

 魔法使いもまた吸血鬼を知っていた。しかしこちらは名前だけでは無く、家族構成から能力、境遇に至るまで彼女の父親から聞き及んでいたのだ。

 

 

 

 少女が人間界に住んで少し経った頃に、ある吸血鬼が封印を施して欲しいと言ってきた。正確には書面でだが。なんでも狂気に憑かれた娘を()()()()に封印するのだとか。一見矛盾しているように見えるが、あまり事は単純ではないらしく理解するのに多少の時間を要した。

 

 理解したうえでさらに理解した。私には封印を施すことはできないと。

 狂気を抑える封印だけなら出来ない事は無い。これでも精霊系統の魔法は得意としているし、曲がりなりにも七曜は修めているのだ。

 しかしそれが吸血鬼となると話は違ってきて非常に厄介だった。

 吸血鬼が多くの人妖に恐れられているのは吸血を行ったり、馬鹿力だったりするからではない。吸血鬼の強さの所以は常軌を逸した再生力の高さにある。

 吸血はよっぽどの事が無ければ致死量を吸われる前に抜け出せるし、馬鹿力を持つ者など探せばいくらでも出てくる。

 しかし再生力だけは他の追随を許さない。身体の一部分は数十秒もあれば完治するし、頭部を破壊されても一日寝ていれば治る。つまり吸血鬼と殺り合った場合一番面倒な点は殺しきれない事なのだ。普通なら致命傷になるべき判定でもしぶとく生き残り即座に体勢を立て直す。

 さらに厄介なのはその再生力が物理的なものだけでなく、精神的なものにも作用する事だ。おかげで精神に直接ダメージを与える魔法や魔術はもちろん、封印も効かない。いや、効きはするのだがほぼ同時に治癒するので意味がないのだ。

 まぁその再生能力の反面有名な弱点も多く、日光に弱いだとか、流水の中だと身動きが取れなくなるとか、ニンニクや十字架にも弱いとかが挙げられる。最後の二つは眉唾だが。

 

『了承した。細かな書類を送って欲しい』

 

 それらの考察を踏まえてなお少女は肯定の意を示す手紙を送った。

 確かにいまは出来ないかもしれないが、時間は有り余っているのだからその内封印の方も見つかるだろうと楽観視してのことだった。それより成功報酬が大き過ぎる。相手は彼の有名なベネツィエフ・スカーレットだ。色々なコネクトがあるに違いない。娘を助けたことで借りを作って、知識を仕入れるのもいいし、それが望めなくても重労働に見合うべつの報酬が待っているのだ。

 

 報酬の事を思い、期待に胸を弾ませる少女だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 しかしながらその願いは叶わず、魔女狩りに捕まったわけだが。

 

「あなたと父は協力関係にあったのではなくて?」

 

 そう、協力関係なのだまさしく。

 何故かその後スカーレット氏に会う事は無かった。つまり契約を交わしていないのである。契約で無ければ所詮口約束、反故にされようが裏切られようが文句を言えた事ではないのだ。

 だからこそ契約を結ばないのは不思議だったが。本人がいない今となっては確認の取りようがあるまい。

 

 その通りに伝えると耳に痛い皮肉が飛んでくる。

 まぁ此方に非がある事は明白なので言い逃れの仕様も無いのだが。

 

 その後も幾つかの質問に応じた。

 どうやら、私がマジモンの封印をするんじゃないかと不安に思っていたらしい。出来ないと答えるのは癪だが、仕方がない。私が封印できないと知るや、安堵の溜息と共に若干張りつめた空気が緩む。この吸血鬼、レミリアだったか?が妹をどれだけ想っているかが否が応にも伝わってくる。

 

 

 少しだけ・・・・・ほんの少しだけその溜息が恨めしく思えた。

 私だってやりたくてやるわけではない。非常に不本意ながら成り行き上仕方ないのだ。

 

 さて、狼煙替わりの火柱を上げてから良い頃合いの時間がたったし、そろそろ討伐隊が見えるだろう。

 本当はベネツィエフ・スカーレットを殺し終えたらすぐに避難していればよかったのだが、彼ほどの強力な吸血鬼が入れ込んでいる娘を見たいという好奇心に勝てなかった。

 

 聞くに狂気に呑まれたのは()()()()()()()()()()()()()()。しかし本来由緒から続く家柄は長男、または長女が継ぐはずだ。つまり次男以下、ないし次女以下は蔑ろにされやすい傾向にある。

 ところが、だ。等価交換を原則とする魔女との取引は、小難しい封印ともなれば対価も跳ね上がるわけなのだが、スカーレット氏はそれを払う姿勢を見せていた。

 不思議なものである。悪魔が情に絆されるのは決して珍しい事でもなかったが、ありふれているかと言われてもそうではない。自分がそこに関わるというのなら首を突っ込みたくなるのも仕方がないというものだろう。

 

 観察の結果としてはあまり納得のいくものでもなかったが、第一目的は果たしたので御の字だ。

 

 討伐隊とはち合わせる前に早く帰ろう。・・・・・と思ったのだが、どうやらレミリア嬢はまだ質問が残っているらしい。だが此方も悠長に待っているわけにはいかないので適当に煙に巻かせてもらおう。

 

「魔法使いっていうのは、元来・・・・・」

 

 自分でも、何言っているんだこいつと思うようなことを喋っている自覚はある。

 しかしそこまで適当な事を言っているつもりは無い。

 魔法が自由の象徴云々という話は私が感じている事だし、魔法を扱う者なら思うところがあるはずだ。最初の自己紹介のモドキというのもそこに起因する。

 私は今、縛られている。それはあの町だったり、魔道書(グリモワール)だったり、過去の(しがらみ)だったり。あるいは・・・・・魔法使いに不必要な感情、だったり。

 そもそも自己を表すのに何かに束縛されていてはできるものもできないだろう。手足を縛られ、耳を塞がれ、口を閉ざされ、思考を限定された上で出来る事はただ生きる事のみ。生きる目的や意義さえ決まっている中で馬鹿の一つ覚えのように敷かれたレールをマリオネットのごとく機械的な動作で、死という終点を目指して歩き続けるのと同義である。

 

 だが、勿論私はそんな人生、いや魔女生はごめんだ。

 

そう言えばスカーレット氏から伝言を言付かっていたのだった。ただこの様子だと理解するのは難しいだろう。

まぁ頃合いを見つけたら話すことになるから、今はこの場を離れることを優先させてもらう。

 

レミリア嬢の性格はスカーレット氏から聞いていた。頭の回転が速く、計算深い。しかしその一方で我が儘で傲慢な面もあると。つまりは行動を予測しやすい。

 

「ちょっと、どこへ行くの?」

 

相手の疑問を満たさないまま立ち去ろうとすれば、こう声を掛ける。

それを無視すれば癇癪を起こし、

 

「無視するなっての!」

 

 私に触れる。

 その瞬間私は、水を火によって蒸発させることにより生み出された熱風をレミリアに叩きつける。

 

 ・・・・・七曜を修めている私からすればこんなもの朝飯前なのだが魔界ではそんなことさえ異端視される一因となっていた。

 その後は感知されない程度の距離まで適当に転移した。地上だと埋まるかもしれないので勿論空中にだが。

 与えられた仕事はこなしたので、あとは魔道書の奪還だけだ。町長は返してくれるといっていたが信用するに足らない。別に返してくれるにしても、いつの間にか無くなっていたにしても文句を言われる事は無いだろう。

 

 自分の魔力を頼りに座標を特定するのは少々手間だが、時間には余裕がある。

 ピンチになったら助太刀ぐらいしてやろうと思い、水晶玉を錬成する。まぁ吸血鬼としてまだ幼いとは言え人間に遅れをとる事は無いはずだ。

 

 私は他人が伸ばすであろう手を、無下にする程薄情な性格はしていない。伸ばされたら掴んで引っ張り上げる。これはただの偽善で、エゴで、自己満足なだけだが、下手に後悔するよりはましだ。そんな機会は無いに越したことは無いが。

 

 ともあれ最優先は魔道書の奪還だ。

 順当に周囲から探していく。・・・・・なるほど、町には無いか。ここへ来る道中にもない。普通に考えれば当たり前なのだろうが念の為だ。そして有象無象の中も探っていく。問題は、恐らくここにあるであろう魔道書をだれが持っているかだが・・・・・。

 

 ・・・・・無い?いやそんな筈は・・・・・。

 あ、もしかしてアレ?いや、でもアレは・・・・・。

 

「これはちょっと・・・・・どうしたものかしら?」

 

 この複雑な状況を一言で表すとすれば、『本が化けた』とでも言うのだろうか。

全くもって理解に苦しむが事実は小説よりも奇なりと云う。

 

 

 

 

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■今後使われないであろう設定
町長
〈本名〉コルセット・ラクリー
〈能力〉結果を垣間見る程度の能力
〈概要〉成人して間もない頃に能力が発現し、能力の有用性を買われハワーセルドの町長に就任する。ラクリーが就任する以前から吸血鬼の半支配は続いており、その状況を打開しようとラクリーは裏で聖教と取引を行う。
能力については未だに自分でも把握できていない部分が多いが、見えた結果に絶対の信頼を置いている。レミリアの下位互換。

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