少し時を遡ること数刻前―――――
「回転数を上げろ!回復する隙を与えるな!」
「手の空いた奴は負傷者を後方へ運べ!」
「裏手に回り込め!包囲するんだ!」
そんな怒号が飛び交う中レミリアは、時には槍を投げ、時には妖力弾を放ち、時には敵陣に突っ込んで戦況を引っ掻き回していた。
数時間前まで白かったドレスは、元の色が判別できない程度にまで血で染まっている。肌にピタリと張り付く感覚が鬱陶しく気持ち悪い。染み込んだ血には、返り血もそうだが私自身の血も少なからず含まれている。
乾き始めたところが傷口と擦れて痛いなぁ、と思った矢先には真新しい血で濡れていく。新しい傷が出来て、新たな死人が出る。その割合はおおよそ7対3ほど。
手数で押されているのは火を見るより明らかだった。しかし状況は決して悪いわけではない。傷は付きはするがそれ以上に治りが早い。さらに魔力では無く吸血鬼本来の再生力で事足りるのだから傷一つ一つの浅さも分かろうというものだ。
受けたらヤバそうなもの―――矢じりが銀の矢とか―――は大体撃ち落としている。後ろにはフランとカルラがいるので避けるわけにもいかない。
幸いにも、そういった物は数が少なく、基本的には当たっても問題ないものしか飛んでこない。所詮はただの人間といったところだろうか。どちらかというと大仰な装備に比べて一人一人の質が追いついていないと言った方が正しい。年端もいかない子供が拳銃を握っているのとなんら遜色ない。
だが、だからこそ危なっかしいとも言える。偶然放たれた銃弾がどこへ飛ぶかなど予想もつかない。
偶然や不意といったものは私の能力にとって天敵だ。だからその方向性を誘導する事を学んだ。
魔力を二割ほど体外へ放出し巨大な球状に纏める。より危険を感じる為には・・・・・そうだな、深紅に染めよう。魔力で球体に色を付けると、そのまま上空に打ち出し拡散させる。すると数十の魔力弾が流星群のように相手側に降り注ぐようになっている。ここで重要なのは個々にそこまでの殺傷力がない点だ。
つまり所詮ただの虚仮威しなわけだが、この方法を採ることにより私が最も脅威と認識させることにより他への被害を最小にとどめる事が出来る。
やり過ぎは良くない。窮鼠猫を噛むとか、火事場の馬鹿力とか言うように、追い詰めたと思っている相手ほど恐ろしいものは無いのだ。手段を選んでいる余裕がなくなり、形振り構わなくなってくる。最善策は適度に相手に余裕を持たせること。これによって必要以上の危機感を煽らない事が肝になる。
確かな殺意の篭った多くの視線が突き刺さるのを感じる。当然だ。しかしその胸中にあるのは仲間を殺されたことによる怒りなのか。もしくは・・・・・・・・・・、
そんな事を考えているうちに一層激しくなった攻撃が私の足を動かす。狙いを大きく外させないように小回りを利かせた立ち回りを演じる。相も変わらず傷は増えるが癒えていく。流れ弾になりそうなものは片っぱしから撃ち落とす。魔力を最小限に抑えた見かけ倒しの攻撃。
暫くそうした応酬を繰り返していると不意に人がバラけた。
・・・・・うん。囲い込もうとしてるのはわかるのだけれど些か嘗めすぎではないだろうか。
確かに一対多数の時に囲い込んで叩くのは有効ではあるが、それは一個体がある程度の実力を備えて入ればの話。弱者が散り散りになったところで個々に潰されるのがオチだ。私も例にもれず、個々の撃破を狙う。が、しかしそこは考えてあったようで他方から銀の矢が降り注ぐ。流石にこれは受けるわけにもいかない。銀に触れないように箆を掴んで呼んできた方向に身体を半回転させ、投げる。
こちらが相手を見ている時、また相手もこちらを見ているという。また逆も然り。まぁこの場合当たらなくても良い。牽制こそが相手の足と判断を鈍らせる。相手にとって僅かな間だろうが、それは種族の差を加味していないと言える。
一瞬の隙でミニチュア版グングニルを大量に装填する。左手に5本右手に5本の計10本だ。それを四方八方に射出する。もちろん爆発属性のオマケつきだ。
射出した後は一瞬家族の安全を考え、そして紅魔館に一直線に戻った。
流石に一人で残り十数人を相手するのは少々きつい。魔力も回復させなければいけないし、・・・・・そろそろ起きてもいい頃だろう。
玄関から飛び込むと同時に、固く扉を閉める。この扉は内側からしか開かないようになり、外側からの干渉を許さない構造になっている。裏口の扉も同じく。つまりこの館は正面と裏口の扉を閉じてしまえば、鉄壁の要塞と化す。
「まだ起きていないのね・・・・・」
フランとカルラはまだ寝ていた。
しかしフランの顔色は健康色そのものだし、カルラの体調も幾分か良くなっていた。
つまりはただ寝ているだけなのだろう。
「・・・・・ふふっ」
静かに寝息を立てる妹たちをみていると知らず笑みが溢れる。二人が寄り添って寝ている姿を見るのは凄く幸せだ。これで服が真っ赤で無ければ良い目の保養になるのだが。
先に同じように真っ赤になった服を変えようと自室に入る。
新しい服に着替えながらこれからのことを考える。外にいる連中はどうするだろうか。扉を開けられない事を知っても撤退するとは思えない。こっちはずっとここに篭って居れば良いのに対し、あいつらは戦力を整える事が出来ない。今のこの状況は相手にとっては
互いにキングを狩ることが出来ないのに相手は時間をかければ手駒を幾らでも増やすことができる。打開する策を持っているとは到底思えないのだが・・・・・。
考えのないまま着替え終え、妹達の元に戻る。
「―――――・・・・・
着替させる為に運んだり脱がせたりするのが面倒くさかったので
悪い夢は忘れるに限るからだ。
「・・・・・んっんぅ、ぅあ?」
先に起きたのはフランだった。寝起きだからか半開きの目を擦りながらも、両手を床に付き起き上がってくる。そして周りを確認すると、
「・・・・・おはよう?レミリアお姉さま。」
「ええ、おはようで合ってるわよ。ちょいと寝坊気味だけど。」
二度寝した事によって時間感覚が多少おかしくなっているフランに苦笑しながら返す。
「何かあったの?みんないないし、外は五月蝿いし。」
さて、どう説明したものか・・・・・。
◇◇◇
多くの同志が傷ついた。
沢山の同胞が死んだ。
仲間が減っていく。
胸の奥が熱い。この熱はどこからきているのだろうか。
悲しみ?怒り?憎しみ?否。負の感情では無かった。
それは喜びだった。
長年の仇敵が自らの手で倒せる。届く事の無い種族の壁を超える事が出来る。まぁ厳密にいえば直接手を下すのは私ではないが、それさえも些細なことに思える。
あぁ、嬉しい。私の心を満たすのはあの吸血鬼を殺すことだけ。
早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク・・・・・・・・・・・・・・
殺してやりたい。
◇◇◇
――――――――――彼らは何故吸血鬼を殺すことにこんなに執着しているのだろうか。
ただ単に因縁深いから、憎むべき敵であるから、では少々説明が弱い。
そんな理由でしつこく命を狙われていては狙われる側が不憫である。確かに人間からすれば許しがたい非道かもしれないが、吸血鬼にとっては特別なことでもなんでもない。
何故ならばこのような状況に陥ったのはまごうことなき因果応報、自業自得だからだ。
ときに、人を支配する為に利用されるものは何だろうか?
財力、人望、家柄、血筋、統率力、利害関係、畏怖、恐怖。
ベネツィエフ・スカーレットは恐怖による統治を選んだ。
恐怖による統治は楽だ。強者が一方的に弱者に対して力をふるうだけでこの関係は成立する。小細工なんてものは必要無く、強いて言えば如何に相手の無意識化に恐怖心を深く刻み込むか。トラウマを植え付けるのだ。こいつには逆らってはいけない、殺されるくらいなら従順に生きよう、そう無条件に思ってしまう程の。
しかしこの方法にも欠点は存在する。
それは世代が交代することだ。幾ら相手に恐怖を植え付けようとも支配する対象が変わってはどうしようもない。だからその度に
そのうえで何故ベネツィエフが恐怖による支配を選んだかといえば単に能力との相性が良かったからと言える。恐怖心が心を占める割合をコントロールすることにより、僅かでも恐怖心を目覚めさせる事が出来ればそこを起点とし相手の心を恐怖で半分埋め尽くす事が出来るのだ。
だが結局のところ最初の恐怖心を植え付ける段階で面倒は変わらなかった。
それを鬱陶しく思ったベネツィエフは一計を案じた。
『魅了』を使い『スカーレット家という血族』に人を縛りつける。
『魅了』とは本来相手に魔眼を用いて服従を誓わせる一種の魔術なのだが、ベネツィエフはこれに能力を絡ませ研究を重ね、独自のものに昇華させた。
効果は服従ではなく妄信に。思いは薄くなったものの効果範囲を広く、長く、潜在的に、遺伝子に至るまで残るように改良。そして完成したものはもはや吸血鬼に元から備わっていた特性とは異なる
使った結果として得られたものは、恐怖というスパイスで味付けされた従順な食糧と千年以上に及ぶ安寧。
使った代償として払うものは安寧に身を浸し、堕落していたツケ。もっとも、タチの悪いことに払うのはベネツィエフではなくその子供達になる。
人を呪わば穴二つ、呪いを掛けた当人だけが甘い蜜を啜っていられるようには世の中出来ていないのだ。
改良後の『魅了』が効果を発揮する前提条件として、相手が恐怖を認識することが挙げられる。『恐怖』を忌むべき感情、良くない物として捉えられていなければ本来の効果を発揮することは叶わない。
そして極稀にそのような性質をもつ者が現れる。『革命者』『英雄』といった所謂主人公気質にあたる人物だ。一言で表すなら肝が据わっている、詳しく述べるなら恐怖を感情の一つとして受け止め当然のように操る。
そこに『魅了』を掛けたらどうなるか。
恐怖を植え付けられても逆境と思い立ちあがってくる。どれだけ恐怖が増幅しようとも糧に変えてしまう。折れても折れても成長を続ける。
つまるところ―――逆効果なのだ。
ベネツィエフが縛り付けた『スカーレット家という血族』は
故に彼―――コルセット・ラクリー―――は執着心を燃やす。負ければ負ける程、窮地に陥れば陥るほどそれは増していき、そして今、異常なまでの執念を持ってレミリア・スカーレット、ひいてはスカーレット家にその牙を届かせんとしているのだ。
レミリア・スカーレット、彼女は身に覚えのない咎を背負わされた。迫り来るは狂った
家族を守ろうとする悪魔とその父親に狂わされた正義。なかなかどうして面白い組み合わせじゃないか。私好みの歪んだカードだ。
精々もがき苦しんで超えてきてもらおう。理想の箱庭のピースになりえるかどうか見極めるために。
◇◇◇
レミリアお姉さまは嘘をつくのが下手である。
どのくらい下手かと言うと、本当に騙す気があるのかってくらい下手である。
正確に言うと嘘をつくのは良いのだが、その後の取り繕い方が致命的なのだ。あからさまに話題を逸らしたり目線を合わせようともしない。挙句の果てには何も言わずに逃げる事さえある。
逆に言えばその動作をした時こそ嘘をついているという動かぬ証拠なのだ。取り繕っているつもりが嘘をついていると自分から暴露している事にいつお姉さまは気付くのだろうか。
そう、そして今も――――――
「な、なにかしら?べ、別に隠し事なんてしてないけどっ!」
忙しなく瞬きを繰り返しながら目線を合わせる事無く、顔をそっぽに向け、唇が変な方向に向き下手な口笛を鳴らす。
もはや職人芸である。いや、むしろこれは騙されているのかもしれない。嘘をついていると見せかけて本当の事を言っているとか、あれでもそれって結局嘘をついているんじゃでも本当の事を言ってるんだし・・・・・。
頭がこんがらがってきたのでお姉さまの嘘をついていると見せかけた嘘説を放棄する。
昔は私が幼い事をいいことに誤魔化されている気がしたので一々追及していたが、私も成長しているのだ。お姉さまが追及して欲しくない物の区別ぐらいは付く。
そして今回は追及しない方がいい嘘だ。
「・・・・・はぁ、まぁいいや。とりあえず外にいる人間を全員殺せばいいの?」
「ええ。でも尋問用に一人ぐらい残してくれると助かるわ。」
よし、それなら簡単な仕事だ。私の能力の性質上人数調整はやりやすい。一人一人”キュッ”とするのは得意なのだ。それにどうせ人間ごときが吸血鬼を倒せるわけがないのだ。多少の被弾は許容範囲と言えるだろう。
「じゃあ早速いきましょうか。」
そう言うとレミリアお姉さまは扉に歩み寄り右手を添える。
私も同じように歩いていき左手を扉に添える。
その動作は互いが互いを助けあい、尊重し、生きて帰るのを暗に約束しているのだと考えられなくもない。故に今、この場では対等にいられているのだと思うと嬉しくもなろうというものだ。
扉の奥に待ち受けるは害敵。失われようとしている平和を取り戻す為いざ行かんッ!
・・・・・シリアス?っぽくしてみた。・・・・・っぽくない?こうでもしないと緊張感が出ないし。頭を冷やすことさえ出来ない。
現在私の頭の中は絶賛アドレナリン大放出中だ。なして興奮状態にあるかと言えば、単にこの先起こるであろう戦いが楽しみで楽しみで仕方がないのだ。
私はまだ小さいからと、怪我をするからと両親やお姉さまとたちが
・・・・・お姉さまたちと肩を並べて歩けるのに。
なんでもこんなに狩りに行かせてくれないのは私が生まれてくるよりも昔に
そんな事もあって家族は私を頑なに狩りに出そうとしないのだが、正直考え過ぎだと思う。私はカルラお姉さまほど食い意地を張っているわけでもないし、多分妹である私の方が強い。それに時々と言うか少々抜けている部分があるのだ。我が姉ながらもっと・・・・・こう、どうにかならないのかとも思う。
しかしその姉は私の事をだれよりも心配してくれている。
なんかの拍子に
「私も狩りに行きたいなぁ・・・・・」
と漏らせば、
「ダ、ダダダダ、ダメ!本当に絶対ダメ!外には恐い人がたくさんいて、銃を持って追っかけまわしてくるんだから!本ッ当に絶ェェェッ対ダメ!もし勝手に外にでも出てみなさい、もう・・・・・うーーん、えーーっと、い、一生口聞いてやんないからぁ!」
叫んだ直後に「ゴホッ、ゲホゲホッ」とのどを痛めたのか咳き込み、その拍子に透き通るような白銀の髪が振り乱れる。
「だ、大丈夫?い、えーっと、なんか飲む?」
吸血鬼なのに何故か身体が弱い姉を心配して声を掛けたものの、内心いつも呑気と言うか温厚な姉が顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒る姿に若干引いた。
「いや、ご、ごめん、そんなつもりなくて、いやでも勝手に出たら怒るけど・・・・・。や、やっぱり一生じゃなくて一週間、いや一日、いや一時間で手を打ちましょうむしろそうしてくださいお願いします」
それを怯えているとでも思ったのかしどろもどろになって弁解した挙句、弱気になって自分で課したペナルティを緩めるためにお願いされた。
いつも通りのポンコツ具合に思わず吹き出してしまう。
「え、え、フ、フラン?」
「わ、わかったから、勝手に行かないって」
すごい剣幕に少し吃驚したが、心配してくれているが故の事なのだろう。
「でも、いつかはエスコートしてね?」
「うっ、いや・・・・・じゃないわかった。いつかはその身に姉として狩りのなんたるかを叩きこんであげる。でもいつかだからねッ、まだフランは小さいんだから!」
子供扱いに多少腹が立ったものの、狩りに連れて行ってくれる事を約束してくれた。しかし明確な日にちを決めていないことからいつ守られるかは甚だ怪しい。私の初外出デーを早く決めるように迫ると毎回逃げられたものだ。
ただその時に、大切にされているなぁと感じた。
そんな思いを抱かせてくれた姉は今は背後の床でのんべんだらりと
狩りは一緒に行く約束をしているが、今回ばかりは向こうが勝手に仕掛けてきたのだ。さしもの心配性の姉でも文句のつけようがあるまい。
何より、ただ奪う為では無く守る為に
しかし一つ確かなことは、私が守るべきは家族で、倒すべきは人間と言う瞭然足る事実のみ。
確固たる決意を抱き私は扉を押した。
最初に視界に入ってきたのは紅い空。
そして感じるのは肌を刺すような魔力。これはぴんぴんしている方のお姉さまがやったんだろう。魔力に覚えがある。
さらには殺気。出元を探れば門の向こう側からだ。生まれて初めて殺気を向けられたがそう悪いものではないらしい。
互いの命を賭けあい、殺りあう。どちらかが必ず死ぬ。五体満足で立っていることさえ珍しいことだろう。もしくは相討ちという可能性もあり得るが。
別に自殺願望や、嗜虐趣味があるわけではないのだが、昂る吸血鬼故の本能というかなんというか。
今すぐにでも殺したい。
・・・・・やっぱり若干テンションがハイになっている。頭に血が上り、熱を帯びるのを感じる。足が小さく小刻みに震える。これは決して恐怖などでは無く、武者震いだ。
生まれて初めて感じる震えを自制する事無く本能のままに足を手を全身を動かす。まずは門に群がっている連中を挽肉にしようと地面をおもいっきし蹴った。
・・・・・はずだった。
「フランッッ!!」
「・・・・・んえ?」
肉が抉れるような音が鼓膜に響いたかと思えば、全身の力が抜ける。次に感じたのは激痛。身体の中の肉が沸騰しているような熱が私の五感を鈍らせ、支配する。
「ッッッ!?あッ、ガアッ!あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁ!!!」
痛い痛い痛い痛い!!熱い熱い熱い熱い!!死、死ぬッ、死ぬッッ!!
痛みを少しでも和らげようとかいう理屈ではなく、反射的に思わず床に転がる。
その時にぶれた視界に映り込んだのは左肩から飛び出た銀の
矢羽ではなく矢じり。
すなわち、この矢は後方から飛んできたのだ。
炎に包まれているかの如く熱い身体に鞭打って後ろを振り返る。
私の眼に映り込んだのは眼前に迫る銀の矢じりだった。
朦朧とした意識の中、明確に迫る死の気配に恐怖を感じざるを得なかった。つい昨日まで、さっきまで全く無縁だった『死』がすぐ近くにある。
ここで私の人生は終わるのか。ここが私の墓場、なのか。
恐い、怖い、恐ろしい、嫌だ。死にたく、ない。
「・・・・・い、いや、嫌、だあッ!・・・・・」
身体の向いている方向も考えずにただがむしゃらに床を蹴った。
「ガ、グッ・・・・・ゲホッ!ゲホッ!」
幸運なことに突っ込んだ先は玄関の横に飾ってあった花瓶棚だった。花瓶の容器が割れ、辺りに破片と活けてあったサルビアが散らばる。
感覚がだんだん麻痺してきたのか、肩からの痛みが鈍くなってきている。とりあえずこの肩口に刺さったままの矢を抜かなければ消耗するばかりだ。
「ッ!うううっ、あああああッ!!」
震える手で矢じりを掴む。焼けるような痛みが来るが、肩よりはましな気がする。
そして、一気に、引き抜くっ!!
「・・・・・ぐっ!はっ、はぁっ、はぁっ」
あー無理、ほんっと無理。もう動けない。・・・・・ま、まぁ?もとから過剰戦力みたいなところあったし?お姉さま一人でも大丈夫だと思う。けど挟み打ちは少し厳しかったりもするのかもしれない。
ただ、ここからなら
私の能力に必要なのは視認することと手を握る事。
家族の危機(危機になり得るとは思わないが)に手を貸さないわけにはいかない。援護ぐらいはしよう。
決してサボっているわけではない。断じて。そう、これは謂わば戦力の温存だ。大事なことなのでもう一回言っておく。サボっているわけではない。あ、ほらその証拠に今もキュッとしたし。
◇◇◇
私はただ困惑していた。
私の貧弱な脳みそでは今の状況を理解することが出来なかったからだ。
なぜ背後に敵が回っているのか。全くもって理解不能だった。外からの干渉を受け付けないと謳っていたはずの門が突破されたという事なのだろうか?しかしそれならばタイミングがおかしい。もし仮に敵が突破できる手段を持っていたとするならば、私が一人で特攻を掛けた際に入り込めば良かったのだ。
つまりはまた第三者、あの全身紫魔女っ子がからんでいるのだろう。だとしても納得いくものではないが。
そこまで考えたところで何かが割れる音で現実に引き戻される。
見ればフランが花瓶棚に頭から突っ込んでいた。妹が傷つけられたという事実に今更ながら頭が真っ白になる。この何の役にも立たない脳は怒りを表現することにだけは長けているらしく、グツグツと音が聞こえてきそうなぐらいには煮え滾っていた。
しかし幸運な事に雀の涙ほど残った理性は
「カルラッ!!」
『それ』とは私と屑を結ぶ一直線上にだらけた格好で寝転がる
・・・・・まずい。
鬼気迫る表情で手に矢を握り妹に突き立てようとしている。止めてくれ。止めろ。殺す。そんな思いが声になって私の喉を裂かんとばかりに震わせる。
「やめろォォッ!!」
魔力をどうこうするのももどかしく、床を砕かんばかりに肉薄するッ!
その間にも白く煌めく刃はカルラの首に迫り、その命を切り刻もうとしている。
クソッ、クソッ!間に合え・・・・・ッ!
・・・・・結果から言えば間に合った。
カルラは五体満足でいられたし、老害を殺す事も出来た。
何故ならば私が喉を切り裂くよりも、カルラが殺される方が明らかに早かったはずなのだ。でもこいつは
・・・・・私の爪が老人の命を刈り取った瞬間に見えた、歪んだ笑み。全てが予定調和であると、確信を抱いた笑み。望みが叶ったことを心から喜んだ笑み。ざまあみろと言わんばかりの嘲笑。私が唯一気になることといえばそれぐらいだ。
さて、フランを拾って残党狩りに行こうか。
そう思いふと、さっきフランが突っ込んでった場所を見ればそこには傷だらけの少女が佇んでいた!
・・・・・フランには違いないのだろうが、ナイトドレス所々に切り傷が入っておりそこから純白の肌が見え隠れしていて、場所によっては血が滲んでいる。恐らくは痛みのせいであろうが、頬に微かに赤みがさしているのも相まってさながら一枚の絵画のようだった。それでもって不用意に触れようものならガラスのように砕けるか、はたまた雪のように溶けてしまいそうな儚さと可憐さも備えていた。題を付けるなら、そう、『汚された乙女』みたいな!・・・・・やっぱり何でもない。ともかく私の貧弱なネーミングセンスでは到底表す事など出来ように無い、綺麗である事を示す形容詞を10個並べても足りないような美少女だった。可愛い。美しい。思わず食べちゃいたいぐらい。
ボーっと眺めていたせいか半開きの口から涎が垂れているのにもしばらく気付かなかった。
壁が見えていないかのように門の方を一心に睨み続け、右手を開いては閉じ手を繰り返していたフランが唐突にこっちを振り返る。そしてすごく呆れられた顔をされた。
そして気付く。今の私にはカリスマのカの字どころか母音のKさえ感じられない事にッ!なんなら姉の威厳すら無く、さらに言うなら傍から見ると妹に欲情したコウモリにさえ見えているかもしれない。
そしてその悲観的な妄想であって欲しかった産物は非情にも現実だったようで、
「ごめんお姉さまそれ以上近寄らないで」
「ま、またまたぁ冗談でしょフ・ラ・ン?」
一瞬、私の自尊心にピキッと嫌な音が響く。しかしそれでも妹なりのブラックジョークだと思ったのだが、
「いや、口半開きで涎垂らしながら近づいて来られるとちょっと・・・・・」
結構、真剣な口調で言われた。
つい先ほどまで殺気立っていた空間になんとも言えない空気が立ち込める。
とりあえず誤解を解こうと口元を拭いながら近づこうとした時、
「御機嫌よう。」
後方から聞き覚えのある声が聞こえた。折角の家族団欒に水を差された気分だった。同時に最も今見たくなかった顔である事を思い出す。ブリキの玩具のようにぎこちなく動く首を酷使し、嫌々ながらも振り向く。すると案の定、魔女がいた。前回と違うのは片手に水晶を持っていることぐらいか。
「やっと裏方が出しゃばってきたのかしら?重役出勤にしては手遅れな気がするけど。」
「裏方・・・・・ねぇ・・・・・。一応貴女と同じ被害者なのだけれど、解釈は人によりけりだし・・・・・」
最後の方はブツブツ行ってたので聞こえなかったが、裏方呼ばわりされたのがかの魔女様には不満だったようだ。
「誰この人?」
「味方?ではないわね。敵・・・・・とも違うし、本人が言うには魔女モドキらしいけど。」
「魔法使いよ。」
「どう違うのよ?」
「語感」
益体のない話をするばかりで本題に入る様子がない。
こいつは一体何をしに来たのか。
「さて、本題に入らせてもらうわね。」
そりゃまた急に来たな。何が来る。何が・・・・・。
「貴女には一度死んでもらうわ」
・・・・・は?頭おかしいんじゃないかこいつ。
「何言って・・・・・ちょっと待ちなさいフラン」
手を握ろうとしているフランを止めようとするが遅かった。スローモーションのようにゆっくりと掌が閉じていき、完全に拳になった。オウレットは内側から破裂し見るも無残な姿に・・・・・なっていなかった。無愛想な表情さえピクリともしなかった。
そんな馬鹿な。フランの能力は絶対で今まで狙いが外れた事すらあれど、破壊そのものが起きなかった事は無かったのだ。
しかしその代わりとでも言うように、混乱する私のすぐ後ろで何かが破裂する音が聞こえた。
私の背中に生温かい液体が降り注ぐ。それは錆びた鉄のような匂いなのにどこか甘美な蜜が染み込んでいた。私が間違えるはずの無い匂い。
だからこそ理解したく無かった。
それがフランの血液である事など。
ただ、
「あー、ありがとーー!」
事態は私が想像していた最悪のケースには落ち着かなかったようで。
「流石に、怪我をさらに大きなけがで上書きするっていう発想は無かったねー」
「あぁ、そういうこと・・・・・」
フランの方を見れば現在進行形で左半身が高速でグチュグチュと再生している。ちょっと目をそむけたくなるような光景だ。つまり、どういうわけか破裂したのは左半身だけで、それがさっきまで銀に触れていた部分もろとも消し飛ばしたらしかった。
「悪運のお強い事で。急所では無いとはいえやっぱり吸血鬼は頑丈ね・・・・・」
予想に違わずこいつの仕業だったようだ。完全に現行犯である。基本的に疑わしきは罰せずのスタンスを貫いてきた私だったが、流石にこれは擁護できない。擁護してやる義理も無いのだし。
殺しに来るのだったら例え殺されようとも文句は無いだろう。死人が文句を言えるのか甚だ疑問だが。
「でも、伝承には抗えるのかしらね?」
一瞬の思考。その隙が甘かったのだ。
鼻先を冷たい液体が濡らしたかと思えば、私達吸血鬼が最も嫌忌するもののひとつである『流水』がエントランスに流れ込んだ。
悪魔にとって罪を流し、洗礼や禊に使われる流水は天敵である。焼け爛れたりすることは無いにしても指一本動かせなくなる。
にしたってまさか此処全体を巻き込むような真似ができるとは思はなんだ。明らかに強者の類である。
眼球を動かすことさえままならないまま、気持ちの上だけでもオウレットを睨む。ご丁寧にも自分の周囲は水を弾く仕様になっているらしい。
のっそりとした動作で近づいてくる。どうしようもない。
「大丈夫よ。痛いのは一瞬だけだから・・・・・」
そりゃそうだろうよ。こんな動かない的、外す方が難しい。
いつのまにか手にはナイフが握られていて、恐らくは私の心臓を抉ろうと水で歪んだ像を映している。
しかしその時、信じられない事が起こった。
ナイフが心臓に届こうかという瞬間、あと一押しで突き刺す前でナイフは止まったのだ。
「・・・・・こっちの吸血鬼は伝承に忠実に従ってくれているというのに、貴女は何者なの?」
後ろを向いて半身になったオウレットの背後には、血の染み一つない純白のナイトドレス、白銀でロングの髪、灰色の一対の翼、そして赤黒く淀んだ中に輝きを失っていない赤い瞳。恐らく私の見解が間違っていなければその瞳に映しているのは狂気ではなく憤怒。
私の
カルラのナイトドレスの色に凄い悩みました。黒とは合わんし、青や桃もちょっと…派手過ぎるのもよくないとか考えてた。
結局白がいいかなって。
そういえば今回一番筆が進んだのはレミリア視点のフランの描写です。フランちゃんhshs。