バタフライエフェクトが起こるきっかけは本当に小さな歪だ。例えばどこかの国の官僚が放った何気ない一言が戦争の火種になる事もある。そしてその一言がどのようなものだったかによって結果が違ってくる。ある言葉は戦争に、ある言葉は国の破滅に、ある言葉は改革に膨れ上がっていく。もしくは何でもない言葉として流れされていくこともあるかもしれない。
ここで大事なのはその一つ一つの言葉には、各々の結果につながるような意は含まれていなかったであろうという事だ。無意識に、または偶発的に零れ落ちた事象が世界を大きく変えていく。それがバタフライエフェクトだ。
そしてある高貴な館に住まう一人の吸血鬼少女も無意識の歪を起こしていた。
その少女は生まれながらにして『運命を操る程度の能力』といった強大な力を持っている。だが、ある日その能力で視えてしまった運命は彼女にとっては耐え難い悲惨なものだった。
しかし変える術を知っていた彼女は歪を意図的に操り、結果を変えようとするがいままでの方法が使えなかった。どのルートを選んでも回避する事の出来ない運命。諦めきれずに、しかし無為に過ごしていく日常の中で意図せず出た言葉は、あらぬ方向に運命を捻じ曲げた。
『能力は一個体に二つ発現するらしいのよ』
それは少女――――レミリア――――にとっては運命に行き詰った現状から出た、能力を使いこなせていない自身への苛立ちを紛らわそうとしたものだったり、能力の他の活路を探す為の発言だったりしたのだ。
ただ、話し相手であるカルラにとってはそうはならなかった。
カルラは最近の姉の行動に隠された苛立ちを不明瞭にではあるが感じ取っていた。
それはドアをあける動作だったり、最近増えた溜息だったり、陰鬱とした足取りだったり些細なものではあった。
「・・・・・なにかあったの?」「・・・・・別に何もないわよっ!」
普段の振る舞いに比べてカリスマの一欠片も無い明け透けな反応。
レミリアは人の上に立つ者として良くも悪くも直情的だった。思った事がすぐに表情や仕草に現れ、嘘や隠し事を苦手とする。吸血鬼とは嘘を平気で吐く事に抵抗の無い『
レミリアは『鬼』の性質に寄って生まれたが故に知らずのうちに嘘に忌避感を感じてしまう。
しかしその性質から成る性格はあけっぴろげと言いかえることができる。正直は美徳というように常に感情に対して素直であるという事は人を惹きつけ易い。支配者であるがためにはメリットとして働いた。とはいえ頭に血が上って冷静な判断が出来ないのではデメリットになりかねない。
正に『良くも悪くも』だ。
殆ど同じ時を一緒に過ごしてきたカルラからすればレミリアの愚直な性格はその行動を予測するのに拍車をかける事にしかならない。
カルラが決めた経験則に基づく今回の行動は静観だった。
レミリアが嘘をついてまで自身が抱え込んでいる秘密を守ろうとするならばそれを無理に暴こうとするのは無粋だと考えた。
カルラがその気になれば力づくにでも秘密を知るのは容易い。拷問にかけたり、記憶を覗いたり、危ない薬を使ったりする事によって、だ。
だが家族に向かってそんな手荒な真似はしたくなかったし、なにより信頼して欲しかった。一人で抱え込むのではなく信じて、頼って欲しかった。
待ち望んだ時は終ぞ訪れなかったものの、静観している間は初めて明確に力を欲した時間だった。
『レミリアに頼って欲しい。そのためには強くなる必要がある。』
その思考回路は
加えてレミリアが振った話題。
よって求める力
能力は自己認識することにより効果を深める。
カルラの能力は『対象を同格にする程度の能力』だが、構成するのは大きく分けて二つから成る。
一つ目はそのまま『対象を同格にする程度の能力』。
そしてもう一つは『対象と同格にする程度の能力』。
似ているようで異なる能力。
例えば1の格を持つAという物体と10の格をもつBという物体があるとする。前者の能力をAが使うとBの格はAと同格、つまりBが1になる。しかし後者の能力をAが使うとBと同格、つまりAが10になるのだ。
この能力には、選択肢があった。
能力を自覚しない道、後々自覚する道、別の能力になる道。
しかしカルラは
一方だけでは能力を自覚することは叶わず、身になる事も無かっただろう。偶然の産物、バタフライエフェクト、運命。どの言葉で片づけることも可能だが、数ある可能性の中の一つを無作為に選びとったにすぎない。故に良く転がるか悪く転がるかなど確かめる余地も無く。後は水が高所から低所に流れるが如く、何事も無かったかのように時間はただ過ぎていく。
さて、ところでカルラは一回、死に近い体験をしている。身体からは生物の臓器を回す役目を担う血液がとめどなく流れ出て、魔力枯渇による失神まで体験した。そんな常人なら死んでいるであろう体験をしてなお頭を働かせる事が出来ているというのは、単に吸血鬼であるというのもあるが姉のレミリアによる献身的な介護があったからだ。
魔力は血液に良く似ている。絶えず体内を循環し、枯渇すると死に至る。異なる点は、全ての生物が持っているわけでは無いことと、僅かにでも残っていれば死ぬことはないという点だ。つまり大量出血による失血死のようなものは魔力では考えなくていい。
しかし失い過ぎれば死にはしなくとも瀕死には違いない。ここで、もう一つの血液に似通った特徴が生きてくる。それは、輸血と似たように相手の体内に血の繋がった者の魔力を流し込むことにより治療できること。
怪我をしている当人は生存本能故に、相手の魔力を無意識に取り込む。
例えばカルラが、額の傷を治す為に近くにいたフランの魔力を取り込んだように。
その時取り込んだ魔力には『狂気』という生まれながらの不純物が混じっていた。狂気は内部からカルラを侵していき・・・・・という事は無い筈だった。いくら狂気といえども大量の魔力に押しつぶされては跡形もなくなる運命を辿らざるを得ない。
新しい能力を度外視すればの話だが。
元からあった能力は自身の魔力を相手に流すことにより効果を発揮した。
ならば対極に位置する能力の発動条件は何か。
同様に対極とするならば相手の魔力を自身に流すことであると推測できる。
事実それは的を射ていたからこそ、カルラは能力により狂気をその身に宿すことができた。
しかしそれは本来一時的なものであるはずだった。
特殊な性質上、長い間狂気を宿すには永久的に相手の魔力を吸収し続けなければならないからだ。では何故長い間カルラが能力を発動し続けられたかと言えば単にカルラの思い込みにあった。
姉の抱えている秘密がフラン、正確にはフランが抱えている狂気に関係しているという思い込み。
故に狂気をどうにか片づける事が姉への負担を減らすことが出来ると信じ、それが能力の発現を促す為に必要な『ある理由』となった。
最初に魔力を吸収し狂気を取り込んだのは無意識だった。
能力は特殊な例を除いて(レミリアの能力とか)基本的には意識的に使えるものだ。能力を自覚すると使いこなすことが出来る。つまりは能力を自覚することにより、意識的に発動できる。さらには発動に必要な魔力の吸収さえ。
言い換えるならば、能力を使わなければ狂気が自身に滞在する時間を短くする事も出来たという事。
狂気を長く留めていたのはカルラの意志だったのだ。
『狂気』・・・・・最悪の精神感染症。感染経路は魔力。
大体の場合先天的なものとして幼少期から病状として表れ、多くは定期的に精神が不安定になり攻撃的になると言った症状がみられる。極めて稀な例として別人格が形成されることが観測されている。その感染経路は患者が持っている魔力が何らかの形でより近い魔力を持った者、親族などに入り込んだ場合ごく僅かに狂気も含まれることが分かっている。
治療方法は不明。
一番良い方法は自然治癒である。精神病の一種であるこの『狂気』はただでさえ扱いが難しい精神病の中でも一線を画する難病だ。幸いにも狂気は自然消滅する。成熟した患者自身の自我によってだ。
だが不思議な事に自然消滅を目撃することはめったにない。患者は自我が成熟するよりも先に、精神崩壊を起こすか、自殺するからだ。
自殺の原因は未だに解明されていない。ただ自殺した患者は全員
また他の精神病には無い特徴として、患者には狂気に関する記憶が一切残らない事が挙げられる。これは身体が自我に反して動いているという自覚が見られないことを示していて、別人格が生まれているという仮説を強く裏付ける証拠になっている。
――――『魔界の医学』より抜粋――――
―――以下忙しい人の為の説明回要約―――
・レミリアの言葉でカルラが覚醒
・カルラの二つ目の能力が開花
・カルラが前々から僅かにあったフランの狂気を魔力を介して受け入れる
・狂気は精神病の一種
・狂気は本来憶えていない
正直、今回の話を掲載するのはすごく悩みました。
なんたって自分で読み返してみて、何を言っているのか分かりにくい、読みにくい、面白くないの三拍子が出来上がってしまう程。
それなのになぜこんな駄文を載せたかと言えば単に伏線の回収方法がこれ以外に思いつかなかったからです。
恨むなら私の貧弱な脳みそを恨んで下さい。
次回は一ヵ月後とかですかね。気長にお待ちいただけると幸いです。