ど・う・し・て・こ・う・な・っ・た・し。
自分の顔を覗き込んでくる二つの顔を見ながら俺は思った。
自分の記憶が確かならばあの時ホームに滑り込んでくる電車に轢かれ俺の人生は幕を閉じたはずだったのだが。何故か目を覚ますとホテルの一室のような簡素だが高級感が滲み出す天井と二人の男女の顔が見えた。そして天井が見えるという事は仰向けになっているという事。どゆことー?
思考停止している俺を尻目に二人の会話は進む。
「あ、カルラも目を覚ましましたよ。でも生まれたのはカルラが早かったのでこの子は妹ですね。」
「そう、だな。どっちも何事もなく生まれてきてくれてよかった。」
……生まれたって何だ。俺は十数年前に生を受けて以来生き続けているのだが。しかし、二人がこちらに向ける目はまるで生まれてきた我が子を見る親のよう……。
「あうえぅぅ、おおぁぁ」
再び思考停止。言葉を喋ることができない。いや、俺は喋るべき言葉を知っているし思うままに口を動かしたはずなのだが。呂律が回らないのか意味を成していない。これではまるで生後まもない赤ん坊のようではないか。
ここで、あることを思いついた。
「ほら、あなたの娘が何か言っていますよ。」
優しそうな女性が、仏頂面に僅かに笑みを浮かべ結果的に変な顔になっている男性に話しかける。
「ふふふ、可愛いな二人とも。スカーレット家にふさわしい跡取りになってもらわなくては。にしても可愛いなふふふ。」
俺は同性愛者ではないから遠慮してもらいたい、とかいうジョークは置いといて。……さっき娘と言ったか?これで俺の考えが正しい事を悟ってしまった。非常に残念ながら。
つまりこれはあれか、転生とか生まれ変わりとかいうやつか。
状況を整理しよう。俺は電車に轢かれて死んだと思ったら、いつの間にか乳児になっていた。どういうことだってばよ。
転生、または輪廻転生については倫理を学んだ際に多少知識がある。人は生きている中で善行、悪業を積むことによって感情を持ち、倫理観を学んでいく。そして死んだ時に人の魂は輪廻の輪に戻され、二度目の生を待ち望むわけだが、ここでキーになってくるのは前世で積んだ所業にある。
いわゆるカルマ、漢字で書くと『業』。簡単に言うと良いことをすればするほどカルマポイントが貯まっていき、悪いことをするとマイナスのされる。死ぬ瞬間までその計算は行われ、死んだ際に貯まっていたカルマによって次の転生先が決まる。悪業を積みまくればハエのような地球規模の弱者に転生するし、善行を重ねておけばまた人間に転生することも可能である。
……確か、こんな感じ、だったような。
ちょっと蛇足だが、俺には今、前世の記憶が残っている。ただ、まぁ、なんだ、俺個人の思い出はほとんど残っていない。記憶といってもこんな体験をした覚えがある、とかこれは前世でいうあれこれに似ているなぁ、とかその程度だ。でも死ぬ間際、つまりはあの不可解な出来事は妙に鮮明に残っている。灰色の毎日に一瞬だけペンキをぶち撒けられたみたいな1日だったからなぁ。そのお陰で灰色に塗り直す事は叶わなかったわけだけども。
俺が今世でどのくらい生きるのか、どの程度の思い出が出来るのかは想像のしようがないが、いつかは前世なんかは綺麗さっぱり忘れてしまうのだろうか。今世を楽しもうと思う反面、ほんの、ほんの少しだけそのことを寂しく、悲しく思い虚無感に苛まれる。
いやいや、そんな俺個人の感傷なんてどうだっていいんだ。……良くはないのかもしれないけど今は置いておこう。閑話休題。
目下の問題は転生した先が『吸血鬼』だということ。
はー?って思った。そりゃそうだろう。俺は善行しか積んでいない完璧模範優等生というわけではなかったが、さして悪業を繰り返すことを趣味にしていたわけでもない。人間に転生する基準なんて知るよしもないが、人間でもない、ましてや空想上の生き物になるとはどんな業を積んでいたのだろう?
そんな新しい人生、……吸血鬼生?として不服ながらも慣れてしまった頃、俺が住んでいる館(紅魔館と言うらしい)の住民構成を知った。
まず俺の今世の両親。当然のごとく二人とも吸血鬼だ。そして双子にして何故か後から産まれたのに姉であるレミリア。もちろん吸血鬼だ。後から産まれたのになんで俺が妹なのかと思ったが、込み入った質問も出来ず(喋れないと言う意味で)今ではそういうもんかと納得している。
そして使い魔。十人近くいるのだが、なんでも母に召喚されたらしく基本的に家事とか担当しているらしい。種族としてはゴブリンから狼男といったメジャーな怪物やただの悪魔まで多種多様だ。
しかし今更ながらこの住人達には言わずもがな共通点が一つだけある。本当に今更だが……人外しかいねぇ。
別に人恋しいとかいうわけではなく、単に現実味が極限まで薄れているだけだ。人外だらけのファンタジーでメルヘンチックな今世は全くもって退屈しない。
まぁ、しばらくはこの寝室で過ごす事になるのだろうが。
◇◇◇
吸血鬼として産まれてから2年が過ぎた。最初の方こそ見たこともない使い魔や各特徴、尻尾とかツノとか翼とかを見ていたが、それもしばらくすると飽きてしまった。赤ん坊として生活するのがいかに退屈なものであったのかと再認識させられた。
しかしそれも今日までの話。俺は赤ちゃんが産まれてからどれぐらいの期間をおいて喋ることができるのか分からなかったが、もう限界だ。こんな、なんにも代わり映えのしない牢獄といっても遜色ない寝室とは早くおさらばしたいのだ。
因みに家族の呼び名は既に決めてある。お父様、お母様、レミリアだ。使い魔はどうやら適当に呼んで良いっぽい。なしてこんな畏まった言い方なのか。それは環境故だった。
最近、どうやら俺は吸血鬼界隈でかなりの名家に産まれたらしい事を知る。父は日頃からやれスカーレットの名に恥じないように、とかやれ少し静かにしてろ、とかやたらと煩い。
静かにしてろ、というのは俺ではなくいつも隣で寝ているレミリアに向かってだ。しかし赤ん坊が眠い眠いと、おしめおしめと泣く事は悪い事なのだろうか?父の文句を聞くたびに理不尽と鬱憤が募っていったが、レミリアが泣かなくなってからそれも感じなくなった。
その代わり何かを我慢するような表情が増えて、俺はそれを見るたびに少し悲しくなる。
◇◇◇
3年も経つとレミリアも立ちあがる事はもちろん、言葉を喋ることもできるようになった。産まれた直後は満足に喋ることもできず突っかかったような喋り方になってしまっていた。これは随分もどかしいものでまともな言葉を喋れた日には、感動で泣きそうになってしまったものだ。しかし急に赤ん坊が饒舌になるというのも可笑しいので、喋るのは両親がいない夜中(吸血鬼なので昼なのだが)に独り言をだれもいない空間に向かって話すという悲しいことになってしまうのも仕方ないだろう。誰だってそうだ。そうだと思いたい。
あとは食事がかなり地獄だったな。おっぱいに吸いついて食事を摂るというのは思春期を一度経験している身としては、恥ずかしいやら恥ずかしいやら恥ずかしいやらで辛かった。そんな訳であまり食事を続けたくなかったのだが、食事を摂らないと母が心配そうな顔でこちらを覗き込んでくるので困る。離乳食になってからは、やっとまともが食べられると思ったのだが、食事法の問題で今まで少食だったせいか少し食べただけでおなかいっぱいになってしまった。
やれやれ、どうしてなかなか難儀なものだ。
キリが悪いですが今回はここまでです。
次回は今回からそのまま繋げたような形になります。
どんどん字数を増やしていきたいところです。
3/8改訂