Phantasm Maze   作:生鮭

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新たな来客

『てめーはおれを怒らせた』

 

 某マンガの名台詞である。

 前世で一度は言ってみたかった台詞の一つでもあるのだが、終ぞそんな機会は訪れなかった。

 

 しかし今、この瞬間は夢を叶える絶好の機会である―――――

 

 と、ほんの少しの理性っぽい何か、似非理性がそう囁きかけてきているのだが、今の私の本能は如何にして目の前の紫野郎をボコボコにしてやるかにしか働いていない。

 

 寝起き故になにがなんだかよくわからないが取り敢えずこのドアノブカバー被った何かは姉に危害を加えようとしていると見た。

 

 この館を満たしている水、レミリアやフランがほとんど動けていないことから『流水』に分類されるのだろう。流水は吸血鬼の苦手とするものの一つだ。

 でもって私も吸血鬼。

 何故私は動けるのか?

 

・・・・・疑問符が頭をよぎるがそれを考えないようにする。今私が家族を助けられる、その事実だけで十分だ。優先順位を穿き違えてはいけない。

 

 まず水抜き。そして自分の事だ。

 

 この水は要は魔力のもとで生成されている。つまりは術者を行動不能にすればいいわけだが、この状況は私にとって限りなく不利な方向に働く。

 

 言わば人質を取られているのだ。

 我が家でなければ、或いは何もできなかったかもしれない。そうでなくとも苦戦が予想された。

 ただ幸運なことにも―――――此処は我が家だ。両手じゃ足りないほどの年月を過ごした場所であり―――――自分が知っている建築物の中で一番座標を多く把握している場所でもある。

 

よって、

 

「えっ?」

 

 こんなことだってできる。

 姉とドアノブカバーの間に割り込み、・・・・・目の前に現れた豊満なけしからん脂肪にむけて拳を放つ。憎たらしくも透明な壁に阻まれたが、少しの拮抗の後儚く砕け散った。

 

「・・・・・ぐッ!」

 

 左手が僅かに軌道がずれ、肩にあたったが壁の所為で威力が落ち相手を吹き飛ばすだけにとどまる。

 水が引かないことから意識は保っていると考えていい。

 

 とりあえず引き離すことには成功したので最低限の空間だけを水抜きする。

 

「二人とも大丈夫?」

「ええ、問題無いわ」

「こっちもオッケーだよ」

 

 ・・・・・はぁ、よかったぁ。ホッとすると一気に力が抜け、一緒に腰も抜けてしまった。

 

「ちょっと!大丈夫!?」

 

 双子の姉が血相を変えて駆け寄ってくる。・・・・・なんだか凄いデジャヴを感じる。

 

「正直あんまり大丈夫とは言えない。それよりアレ誰?」

「ああ・・・・・。味方・・・・・のはずだったんだけど、ねぇ」

 

 吹っ飛んでった先に視線を投げかけるとそんな釈然としない答えが返ってきた。

 味方だった、という事は今は違うという事だろうか?

 

「・・・・・ちょっと」

 

 考えてるうちに横から声を掛けられた。顔を向けるとフランに見えない角度で口のみを動かしている。その動作からようやく察しがついた。要はアレはフランの助けにはなるが今しがた攻撃、というか殺されかけたからどう扱ったらいいかわからないといったところか。

 つまり最善の案は生け捕り。最悪殺してもかまわないだろう。

 

 よし、やろう。

 

 しかし立ちあがった矢先に視界が歪んだ。あー・・・・・マ、マズイ。どっちが床かわからない。あれ、今立ってる?

 

「確かに大丈夫じゃないみたいね」

 

 ふわっと誰かに抱きかかえ上げられた、と思い見上げるとやっぱりというか愛しの姉の呆れた顔があった。腕から逃れようともがくと一層強く抱きしめられた。

 

「いいから・・・・・オウレットは私に任せてここで休んでなさい」

「オウレット?」

「アイツの名前よ。見たまんまの魔女ね」

 

 魔女なのか?

 

「フラン、ちょっとカルラが無茶しないように見てて頂戴」

「・・・・・わかった」

 

 そうか、と不満げながらも了承の意を示すフランを見て納得する。事情を知られないようにオウレットとやらを無力化するにはフランの能力が邪魔なのだ。まぁそういうことなら大人しくしていよう。

 

「お姉様大丈夫でしょ?」

「あーだめ、私から離れないでフラン」

 

これは特別嘘というわけではない。目眩に近い症状が時々襲い掛かってくるし、ここで魔力切れで眠ってしまうなんてことがあっては最悪だ。しかし邪な気持ちがないかと問われればなんとも言い難く。

 

「ああっ、目眩がっ、フランの膝枕で治るかもしれないっ」

「絶対平気だよね…。はぁ、しょうがないなぁ。いいよ、ここに頭乗っけて。」

 

フランに病人であることを利用して思う存分甘えられるのだ。姉の尊厳?膝枕に比べれば安いものだ。シスコン?大いに結構。シスコンイズジャスティス。

あっちが終わってしまうまでにフランに何をしてもらうか考えておかねば。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 エントランスに湧いていた水が引いていく。

 どうやらフランに膝枕をしてもらい、子守歌を歌ってもらい、ほっぺたに口付けまで頂いている間に向こうが終ったようだった。

 

「・・・・・離してもらっても良い?レミリアのところに行きたいんだけど」

「・・・・・ん」

 

 恥ずかしさのあまり顔を林檎のように真っ赤にして俯き、黙りこくってしまった妹に恐る恐る終わったらしい事を伝える。しばらく経った後、ゆっくりと私の顔から二本の腕が離れていった。

 一応弁解しておくと決して強制させたわけではない。というか最後のキッスはなんならフランが自発的に始めた事だし。さらに言うなら最後の方はされているこっちまで恥ずかしかった。

 

 まだ薄く染まっているだろう頬を冷ましながら、レミリアのそばで伸びている紫の傍に歩み寄る。幸いなことに魔力枯渇による目眩はなりを潜めたようだった。まぁ別の理由で頭がクラクラするのだが。

 

「結構あっさり終わったね」

「油断なくやればこんなもんよ」

 

 レミリアは多少衣服が乱れているだけで、特に外傷は見られなかった。それなら何故簡単に捕まったか甚だ疑問だが、今無事ならそれでいい。やればできる子、ぐらいに考えておこう。

 ただ不思議なのはオウレットとやらまで傷一つないのだ。とても激しい戦闘があった後とは思えない。どんな奇奇怪怪な術を使ったのか。

 

 そんな訝しげな視線を向ける。

 

「あー、なんというか、そいつが勝手に自滅したのよ」

「自滅?」

「暫くドンパチやってたら急に咳き込み始めてね、そりゃあもう見てるこっちが心配になるくらいに。それでもう一回再開したら目を回しちゃったのよ」

「・・・・・へー」

 

 なんか見た目から今にも倒れそうなぐらい弱っちかったし持病でも抱えているのかもしれない。というか吸血鬼相手にドンパチやれるって相当出来るのではないのだろうか、この魔女。

 

「とりあえずこれどこに置いとく?」

 

 伸びている魔女の脇腹をツンツンと足先で突きながら尋ねる。

 

「適当に拘束して応接間に投げ入れといて。一応は客として扱うわ」

「そう」

 

 拘束しているのに客なのか、と思いつつとりあえず相槌を打っておく。

 

「誰、・・・・・か」

 

 誰か使い魔にオウレットを応接間に運ぶのを言付けようと、周囲見渡してようやく気付いた。いやに館内が静かすぎる事に。普段ならば騒がしいとまでは行かなくとも誰かしらの気配はするし、逃げ隠れている様子もなく、さらには両親の姿さえ見掛けていない。

 

 

 

「お父様と、お母様は」

 

 レミリアの声が聞こえた。ギクリ、とする。心の内にある不安を読み取られたようで。

 

「死んでしまったわ」

 

 死んだ。そう聞こえた。

 

「・・・・・そう」

 

 さっきと同じような相槌を打つ、がそれは決して軽々しいものではなくかといって重々しいものでも無かった。

 言うなれば『無』。

 親が死んだというのに私の心には悲しみは愚か、痛みや喪失感は湧かない。あるのは虚無感のみ。どちらかと言えばその事の方がずっと悲しかった。親と言うのは私にとってそんな軽い存在だったのかと。

 

 しかし心の何処かでその理由を理解していた。

 父はレミリアに期待して寵愛を授けていたし、母もフランにつきっきりだった。もちろん二人から愛を感じた事がないわけではない。父からは多くのことを教わったし、母はフランの世話をしながらも時たま焼き菓子を作ってくれた。

 だがそれまでだったのだ。どれほど愛されていた点を探しても薄く、淡いものでしかなく私の『愛』という感情の穴を埋めるのには程遠い。私は愛に飢えていたのだ。

 

「・・・・・驚かないの?」

「驚いてる。十分にね」

 

 嗚呼、レミリアから見たら私はどんな冷酷な子供に見えているのだろうか。姉に嫌われたくないと悲しそうな表情を貼り付ける。こんなにも自分は悲しんでいるんだと、自身すら誤魔化す。

 そして逃げる様に魔女をひっ掴み応接間に転移した。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・・。」

 

 問いかける様なレミリアの視線から逃げ切り一息つく。

 今はあまり家族と顔を合わせたくない。口を開けば陰鬱な言葉しか出そうにないからだ。

 

 しばらくここで時間を潰していようと思い至り、何気なく床に転がしてある魔女を見遣る。今までのことは全てではないだろうがコイツに責任の一端はあるのだろう。

 改めて観察してみれば、最初に比べ多少赤味がかった顔になっていることに気づいた。身体も女性らしい体格と言うよりは、折れそうなほど細いという印象が真っ先に来る。魔女と言うのは身体が弱いとは聞いていたが、これほどまでだったのか。それともこいつが極端なのか。

 

 しかし綺麗かそうでないかと言ったら美形に入るのだろう。紫を基調とした服が病的なまでに白い肌によく似合っている。魔女らしいミステリアスな感じを醸し出しているというか。

 

 ・・・・・魔女といえばコイツ魔力媒介はどうやって行っているのだろうか?普通なら魔道書の一つや二つ持ち歩いても良さそうなものだが。魔道具っぽいものも見当たらないし、さっきは杖を使っている様子もなかった。自分の中で魔女は杖を持ち、とんがり帽子を被り、妖しげな笑みを浮かべながら悍ましい薬品の入った鍋をかき混ぜているイメージがある。そして迷い込んだ子供を攫って餌付けするのだ・・・・・。

 

 ・・・・・流石に誇張表現が過ぎたが、杖も鍋もなく、ドアノブを被っている少女を魔女と見るには少々難しすぎるだろう。精々ちょっと変わったファッションぐらいだ。

 

「魔道書・・・・・」

「へっ?」

 

 びっくりし過ぎて間抜けな声が漏れてしまった。急に飛び上がる様に起きたかと思えば、ちょうど思考と同じ事を口に出したのだから仕方ない。

 

「貴方、じゃない吸血鬼・・・・・レミリアは何処?」

「えっ、あ、あーまだ玄関にいると思うけど」

 

 咄嗟にそう答えてしまった。まぁここでフェイクの情報を流す必要性も後々考えれば無かったわけだが。しかし、魔道書とな・・・・・。

 

「何か用?」

 

 思わず吐き捨てるような言い方になってしまったが魔女はあまり気にしてはいないようだ。

 

「私の本を返して欲しいのよ」

「本を返す・・・・・、返す?」

 

 返すと言うことは持っていると言うことだろうか?しかし私の知らない魔道書を持っているのを見たことがない。大抵は図書館に置いてあるものばかりだ。

 借りているのなら返さなければならない。それは道理だ。考えたくはないが盗んだ、又は奪い取ったならばそれもまた返さなければならない。

レミリアの行動には一定の信頼を置いてはいるが、人道・・・・・吸血鬼道?に反することは看過するわけにはとてもいかない。

 

 姉の暴走を止めるのは妹の役目だ。

 

「ちょいストップ」

「何よ?」

 

 横をすり抜けて恐らく玄関に向かおうとしている魔女を、ひらひらした所の端を掴んで引き止める。

 

「私も一緒にいくよ」

 

 ・・・・・おかしい。レミリアを説得するには私もいた方がいいと思ったが故の軽い提案だったのだが、怪訝な顔をされた上に、正気?とよくわからない事を問われた。

 

「私はいたって正気だけれど?」

「そう・・・・・ならいいわ。」

 

 なにがどういいのかわからず、肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 さっきの場所に戻れば、レミリアは何処かから持って来た椅子に座りながら舟を漕いでいるフランを、抱き枕よろしく抱えていた。そんな役得な位置があるなら早く代わって欲しい。

 

「・・・・・ねぇ、私はあなたに縛って部屋に置いておく様に言ったはずなんだけれども。」

「縛るほど害がなさそうだったから」

 

 そう言うとレミリアは何故か黙りこくってしまう。

 

「そうなの?」

「ええ、害は加えないわ。」

 

 魔女の答えに満足する。やはりさっきはなにかしらの事情があったのだ。

 

「死んでもらうけど」

 

・・・・・ん?おいおい、今なんて言った?レミリアは聞き取れたのかと思い目を向けると、やっぱりねと言わんばかりの表情だ。

 そのまま整った唇からうんざりという表現がよく似合いそうなため息が漏れる。

 

「カルラ、もう一回言うわ。よく縛った上で置いて来なさい。」

「ちょちょちょちょ、待って待って」

 

 ダメだ。意味がわからない。二人だけの共通言語で喋っているのだろうか。私にも分かる言葉で話してもらうか、共通言語のレッスンから始めて欲しい。

 えーっと、何がわからないといえばそう、『害を加えない』のに『死んでもらう』の所が意味がわからない。

 

「私にもわからないわよ」

「えー」

 

 だったら何故わかった顔をした。

 

「コイツの頭がおかしいってことがわかったの」

 

 さいですか。

 

「支離滅裂な事を口走るのはきっとどっか頭のネジが数本ぶっ飛んでるのよ。簡単な話ね。」

「勝手に納得している所悪いけれど人を精神異常者扱いしないでくれる?本を返してくれればいいだけよ。」

「ほら、支離滅裂な言動二つ目。」

 

 レミリアの切り返しに、むっとした表情を浮かべる。

 無表情以外の表現ができたのか。顔の筋肉が死滅してるのかと思っていた。

 

「これだから悪魔は嫌なのよ。」

 

 帽子を取り、額に手を当て、やれやれと首を振る。

 ・・・・・つむじまで紫なのか。魔女っぽく見せるために染めてるのかと思っていた。

 

「人間相手には甘い言葉を囁いて誘惑する癖に、嫌に強情で利己主義に染まっている。言葉の揚げ足をとって、無理やり契約を結ぶ。脳の体積が足りてないんじゃないかしら?それとも武力にかまけて脳まで筋肉になったとか。」

 

 ・・・・・あながち間違いではない気がする。かくいう私も深く考えるより直感で行動することが多い気がするし。あれ?でも脳筋ってほど戦闘が得意でもない様な・・・・・もしかして私って低スペ吸血鬼?

 

「なんですって?もう一回言ってみなさい、優しい優しい私は訂正するチャンスをあげるわ。」

「こんな目の前ではっきりと喋っているのに聞こえないのかしら?到底私の手には負えない貧弱脳ね。天下の吸血鬼も末だわ。」

 

 視認できるなら二人の間でバチバチと火花が見える様だ。もしかしたらさっき会合?した時もこんな風に口論になって喧嘩っぽくなっていたのかもしれない。

 しかし今は私がいる。フランを起こさないためにもここら辺で収拾を付けておくべきだ。世界一の寝顔をこんな些細な事で崩してしまうのは少々心苦しい。

 

「はいはいストーップ。そんなに双方熱くならずに落ち着いて話せないの?せめて、会話の、ボリュームを落として。」

「カルラ、いい?こいつは今吸血鬼を馬鹿にしたのよ。悔しくないの?」

「馬鹿にされたのはレミリアだけでしょ」

「えっちょっとそれどういう」

「いいから、いいから」

 

 不満顔のレミリアを残して魔女と向き直る。

 そう、元から思えば今までいがみ合ってた相手と仲良くお喋りしようという考えが間違っていたのだ。

 こっからは第三者、ずっと私のターン!!だ。

 ・・・・・ターン制じゃないけど。

 

「貴女にいくつか質問があるのだけれど、いっぺんに聞くのと一つ一つ聞くの、どっちがいい?」

「いっぺんで。」

 

 聞いといてなんだがいっぺんに聞いて聞き取ることができるのかと思った。まぁ本人ができると言っているし先駆者もいることにはいるのだから大丈夫なのだろう。

 

「まず、目的は何なのか。次に何故レミリアを殺す必要があるのか。そして危害を加えないとはどういうことなのか。聞きたいのはこの3つだけ。」

「そうね・・・・・。」

 

 ほら、こうやってしっかり意思の疎通を取れば良かったのになんだってどっちもせっかちなのか。

 

「目的は魔道書を取り返すこと。何故、手っ取り早いから。危害を加えない、・・・・・結果的に死なないから。」

 

 んー・・・・・おっとお?回答を聞いてもわからないのだが。

 しかしここで混乱してはいけない。次は回答に対する質問だ。

 

「はい。ここまででレミリアから質問は?」

「何を言っているのか「具体的にね」…魔道書なんて知らないわ。」

「はい。ここで回答をどうぞ。」

 

 私は司会進行役に向いているかもしれない。

 

「・・・・・ああ、そういえばそれに関してはボンクラ吸血鬼「言葉遣い。」・・・・・レミリア嬢が知らなくても無理はないわね。」

 

 魔女は一瞬話を遮られかけて顔をしかめるも続けた。

 

「貴女の死。それが私の全財産を取り戻す対価なのよ。」

「全財産…対価…?」

「そう。貴女には大変不幸なことだけれどもね、あの老人に何か恨みでも買ってたのかしら?あの男に一時期私の魔道書が渡っていたんだけれどその時に黒魔術、呪術と言い換えてもいいわ。それによって貴女の死が私の手元に魔道書が戻ってくる条件に設定されたらしいのよ。東洋の方では神に対する生贄にあたるらしいのだけれど、どういうわけだか人為的に悪用されたってわけ。」

 

予想以上に複雑な話になっていたようだ。しかしそれではいよいよ私もこの魔女を消す方向に動かないといけないのでは?一魔道書と姉が釣り合うなんてとても思わない。

 

「…そんな大層な方法が一般人にできるわけないでしょう。」

「代償なら既に押し付けられたじゃない。沢山の生贄が、貴女の手によって。何人殺ったか知らないけど代償としては十分すぎると思わない?」

 

黙って考え込んでしまった姉を見やる。そりゃそうだ。自分と他人の命を抱き込んで落ちていったのに、その目的が吸血鬼を殺すためなんてとてもではないが正気とは思えない。

 

「なるほど、筋は一応通ってる。カルラにとどめを刺さなかったのも、挟まれるタイミングも私に殺されるためってわけか…。改めて正気じゃ無いわね。」

 

え?とどめって何?殺されかけてたの?

まぁ生きているからいいのだけれど。…やっぱいいわけないわ。

 

「以上の理由で貴女には死んでもらわなければならないの。私に本を諦めるという選択肢はないわ。…待って、最後まで話を聞きなさい。害は加えないと言ったでしょう?この黒魔術には抜け穴があるわ。それは死の定義が曖昧ということ。ここでいう定義は完全な死ではなく肉体的な死のみを意味している…つまりは生き返ることが可能よ。」

「いやいや、無理無理。」

 

死者蘇生。それは無理だ。心臓を動かせば、とか脳が動いてさえ入れば、とかでは無く禁忌、忌み嫌われ人智を凌駕するものとして捉えられてきた。神の所業であり生命への冒瀆。

しかし何故こうも確信に満ちた声でできると言えるのか。どうも姉も妹もこの魔女も、他人の生命(いのち)を軽く見る傾向にあるのかもしれない。私はまだそこまで堕ちていない…筈だ。

 

「貴女は多少魔法に理解があるらしいけど蘇生は魔法ではないわ。ていうか貴方達、悪魔の畑でしょうに。目には目を、黒魔術には黒魔術を、よ。」

「黒魔術ー?大丈夫なのかしら、それ。」

「前の住処に伝手があってね。知り合いに詳しい奴がいたからいつかの時に教えてもらったわ。」

 

前の住処ねぇ…。

 

「というか対価はどうするの?」

「対価?」

「まさか蘇生に対価が要らないとか言わないでよ?絶対それ嘘だから。」

「…。」

 

嘘だろう?こいつの頭が心配になってきた。

 

「あー…、そう言えばそんなこと本に書いてあったわね。」

 

アホすぎる。魔女ってこう叡智が溢れて止まらないーみたいな感じだと思ってたのに。今日はなにかと期待が裏切られる日だ。

というか、もう打つ手がないのでは?

 

「ボンクラはどっちなのかしらね。」

 

そこ、煽らない。

でも否定のしようがない。ボンクラとまではいかなくても抜けているまでは許されるかもしれない。

 

「貧弱脳に言われても別になんとも思わないわね。というか本早く返してくれない?時間は無限でも今は有限なのよ。」

「何ですって?魔女なんだからどうにかしなさいよ。あら、ごめんあそばせ。ボンクラには難しい相談だったわね。」

 

またなんか言い合ってる。そんなに騒がしくしたらフランが…

 

「…んっ、んうー」

 

あーあ、姫君がお目覚めになってしまった。ぼーっとしてる間に避難させようと、夢中になって上品に相手を貶し続けてる姉の膝から妹を回収する。そしてまた喧嘩が始まりそうな気がしたので、飛び火が来ないところまで移動した。

 

「…んー、よく寝た。あーおはようカルラお姉さま。」

「おはよう、フラン。」

 

寝起きで体を伸ばしているフランに挨拶を返す。髪が変な方向に跳ねているのが目に留まり、適当な引き出しから櫛を取り出して髪を梳き始める。

少しびっくりしたようだが、すぐに気持ちよさそうに目をつぶってくれた。

 

「なんかお姉さま元気ないね。」

 

そうだろうか。自分ではそんな気はしないのだが。

 

「アレが今の悩みの種でね。」

 

何とか口だけに収まっている2人の喧嘩を指差す。今の私から元気を吸い取っている原因は考えられるとすればあの2人だろう。

 

「…アイツ悪い奴なんじゃないの?」

「悪い奴ではないと思う。ただちょっと抜けているっていうか、少し期待外れだったかな。」

「私達を殺そうとしてきたけど。」

「一応それも理由があったし本当は殺そうとしたわけじゃないらしい。」

 

ふーん、と適当な相槌を貰ったがやっぱりまだ納得いってないようだった。まぁ殺されかけた相手を一朝一夕で信じろというのも無理な話なことは分かっている。

しかしここでフランが絡んでは私の胃がすり減る速度が加速してしまう。ただでさえここからどうしようか分からないのに。

 

 

 

その時、

 

「どうやらお困りの様子。」

「んー、どこ?貴女誰?」

「もっと上よ。こっち、こっち。」

 

急に声が聞こえてきたかと思えば、ちょうど真上辺りに誰かが浮かんでいた。

 

「…どちら様でしょうか?」

 

これも姉が呼んだのだろうか。せめて玄関から入ってきて欲しいものだが。どれだけ私の胃を虐めたいのだろう。

 

「どうも、私しがないスキマ妖怪の八雲紫と申しますわ。」

「何か御用でしょうか?」

 

用件を聞けば八雲紫は何処からか取り出した扇子で口元を隠した。

 

「あら?用事がなければ寄ってはいけないかしら?」

「そんなに親しい間柄でもない、というか初対面でしょう。」

「…ああ、貴女はそうなのね。」

 

やっぱり姉が呼んだらしい。せめて一言言っといてくれ。

 

「その前に貴女の名前を聞いても?」

「失礼。紅魔館頭首レミリア・スカーレットの妹、カルラ・スカーレットです。以後お見知り置きを。」

「その妹のフランドール・スカーレットよ。」

 

スカートの裾を掴み一礼する。フランの方が様になっていた気がしないでもないが気のせいだろう。

八雲紫も倣って一礼する。

 

「で、ご用件は。」

「いえ、お困りのようでしたので何か力になれる事があれば協力しますわ。」

「…?」

 

特に用件は無いのか。でも何故姉が呼んだのだろう。頭をひねっていると、脇腹をちょいちょいと、フランに突かれた。くすぐったさに僅かに身をよじると、そのまま引っ張られた。

 

「ちょっと…どうしたの?」

「お姉さま、あの人変だよ。」

 

まぁ確かに何故か日本名だし、さっきからずっと宙に浮いてるし、目的もわからない点では同意だ。というか人では無い。

 

「そうじゃなくて」

 

もどかしそうにフランは否定する。

 

「あの人の『目』が見えないの。」

 

一瞬フランが何を言っているか分からなかったが、すぐに思い至る。

 

「成る程ね…。わかった。」

「…何が?」

 

そして姉の方を興味深く見ている八雲紫の元へ戻る。

 

「八雲さん、やって欲しい事ができました。」

「あら、そんなに固くならなくても。紫、と呼んでくれれば。ゆかりんでも宜しくてよ。」

「じゃあゆかりん、やって欲しい事ができました。」

 

僅かに佇まいが傅き、狼狽した様子を見せる。紫かゆかりん、そんな二択を出されてはゆかりんしか選べないでは無いか。悪ふざけであれ、弄られどころを出した方が悪いのだ。

 

「べ、別に紫でいいわよ。」

「それでゆかりんにやってもらいたい事はお姉さまから本を取り出して欲しいのです。」

「紫にして貰える?」

「正確には黒魔術の解呪。内容の破棄をゆかりんにお願いしたいのです。」

 

嫌だ。絶対に変えない。

 

「はぁ…分かったわ。やってあげる。…貴女が紫と呼んでくれたらね!」

「溜息を吐きたいのはこっちです。紫、お願いします。」

「できればその固い話し方もやめて欲しいのだけれど。」

「それは出来ません。お客様なので。」

 

私だってこんななれない事したくないが、紅魔館の頭首があんなだから代理で仕方なく話してるだけなのだ。また紫が大袈裟に溜息をついた後、何やら赤いリボンが2つ離れた場所に現れた。

なんだなんだと注意深く見ていると突然2つのリボンを結ぶ線分に亀裂が走った。そしてその亀裂は勝手に開き、空間ができた。

 

慌ててこの場の座標で確認してみても、どこの座標にも位置しない空間が生まれていて元の座標は消滅していた。

紫がその中に手を突っ込み分厚い何かを取り出す。

恐らくあれが魔道書なんだろう。凄そうな装飾が施してある。

 

あーもうダメだ。頭がショートしそう。

突然誰かが出てきたかと思えば、日本名を名乗り、宙に浮かんだままで、『目』が無く、知らない空間を作り出し、強力な黒魔術を簡単に破ってみせた。

 

「それ!私の!」

 

手渡された魔道書を眺めていると、横から飛んできた魔女が掻っ攫っていった。

 

「ご注文の品はこちらでよろしかったかしら?」

「ありがとうございます。」

「あ、貴女、これ、どうやって」

 

口をあんぐりと開けながら震える手で本を抱える魔女は、方法を不思議に思っているらしい。私もそうだ。

 

「では、御機嫌よう。」

 

そんな私達を置いてさっきの空間に入ってしまった。亀裂が閉じて何も無くなる。

その時ようやく代金とか良かったのかな。と割りかし大事なことを今更思い出したのだった。


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