Phantasm Maze   作:生鮭

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後始末とティータイム

 

 

あの夜が終わってから1カ月ほど後処理に追われた。

 

まず、取り急ぎ中と外にある沢山の死骸を前行った時に手に入れていた座標を使い、町に配達してきた。血や肉は外にそれなりの時間晒していたせいかとても口にできるものではなかったからだ。

その時に、

 

「これでもうこの町は楯突こうとは思わないでしょう。」

 

レミリアはそう言っていた。しかし私はそうは思わなかった。確かにあと数世紀は今回のようなことは起こらないだろうが、その数世紀後には繰り返されるだろう。いや、繰り返される。

いかに憶えていようとしても世代は代わり、記憶は風化していく。そして学ばない。

 

何処かの誰かの言だが、人間は忘れる生き物なのだ。

 

 

次に周囲の腐敗臭の原因達が片付いたのはいいが、もっと大きな問題が残っていた。

紅魔館(住居)の惨状である。

外壁はところどころヒビが入っているか崩れていて、床も蜘蛛の巣状の割れ目が点々と見える。

何よりまた腐敗臭が凄いのだ。家に入ってきてフランに握られたのであろう残骸や、血飛沫。その中には家族の匂いが混じっていたりして、不快感と吐き気を覚えて仕方ない。

 

どうやってこの惨状を元の状態に戻そうかと思えば、帰ってきた本に頬ずりをしていた魔女がなにも言わないうちに掃除をし始めた。

恋人のように肌身離さず抱きかかえていた魔道書を開き、また紅魔館中を水浸しにして、レミリアに殺す気なの?と怒られながら。

 

何をやっているのかと声をかけてもただ黙々と掃除をするだけ。掃除といっても魔法を使ったものばかりだったが。見た目通り運動が苦手なようだ。

 

数日後、やってくれるならばと直して欲しい箇所を指示しながら掃除をしてもらって、やっと修理が終わった。

 

在りし日の紅魔館とほとんど遜色なく再現されていたので、私達は大満足だった。

しかしお礼を言おうとすると、要らないと言う。

 

「その代わり、私、ここに住むから。」

「「「はぁ?」」」

 

三人揃って素っ頓狂な声を出してしまったのも仕方ない。まさか自分が直したのだから自分が住むとでもいうのだろうか。

 

「いや、壊したのも貴女みたいなものだし、それは無茶じゃないかしら?」

 

レミリアに同意見だ。隣でフランもうんうんと、頷いている。オウレットも思うところがあったのか、口を閉ざしてしまった。一応の責任は感じているらしい。

 

「でも私ここに住む契約してるし。」

 

私にとっては完全に初耳だったが、レミリアによると元からここに住むつもりで魔界から移動してきたのだとか。魔界にあった元の家も引き払ってきたし、最近は魔女狩りが流行っているせいで外に出られない。

 

……なんだか同業者(ニート)の匂いを感じる。

 

親近感も相まって、仮に住むことになった時のメリットを考えてみる。

 

この前の経験則からしてコイツは出来る魔女っぽい。ということは色々な魔法に関する知識を教えてくれるかもしれない。

別に部屋も有り余っている。

つまりはここで追い返す理由もまた無いのだ。家族以外の関係も築いておきたいという理由も合わせればパーフェクト。

 

かくして私は賛成派に。フランはどっちでもいい、つまり白票。レミリアもどちらかと言えば反対したげだったけれど折れてくれた。なんだかんだ言って譲ってくれるレミリアはやはり優しいのだとその時思った。

 

こんな経緯があって紅魔館に居候という名目で住人が1人増えた。

 

 

 

ちなみにオウレットが住むことが決まったのは20日ほど前。しかし今でも後処理に追われている。では後処理で終わっていなくて、20日経ってもまだ終わってないものはなんなのか。

 

「ここに六芒星を書いて…えーと周りを七曜を指す道具で囲む?…カルラー!ちょっと来てー。」

「はいはい。」

 

レミリアとここ最近つきっきりで本と向き合っている。

 

「六芒星だと7で均等に囲めなくない?」

「……。」

「ちょっと!どこに行くのよ!」

「専門家を呼びに。」

 

残った後処理とは使い魔だった。今までは両親の使い魔が家事をやっていたので、両親の死とともに契約の切れた使い魔がいない現在紅魔館の家事は荒れ放題だったのだ。

 

私達も全くできないというわけではない。しかし、料理を例にとっても生か焼くの2つしか選択肢がない。そこに適当な調味料をかけて口に押し込む。

ここで間違えていけないのは、適当が調理に合った適宜の、という意味ではなく本当にいい加減なほうの適当であるということ。

 

最初の方は調理当番をローテーションで回していただけなのだが、4人で回したのがいけなかった。

私が一番マシで、次点でレミリア、フランとオウレットは……口に出すのもおぞましい。

 

結局は私が料理担当になったのだが、なにぶん面倒くさい。かといってフランやオウレットにフライパンを握らせようものなら死人が出かねないことも確かで。

 

料理以外にも掃除や洗濯もある。洗濯はともかく掃除をするのにこの馬鹿でかい我が家を憎むことも少なくなかった。

 

よって使い魔を雇うようにレミリアに進言した。

ここ数週間はそのためのお勉強である。

 

「ああ、これね。私もこの方法あまり成功した試しがないからやめた方が良いわよ。ええっと…、こっちの描き方の方がわかりやすいわ。」

 

しかしレミリアは召喚に関する魔法はあまり得意ではなく、折角なので分からないところは居候に知恵を借りることにしている。

意外にもオウレットは魔法を教える事は満更でもないらしく、毎回質問に行くたびに熱心に教えてくれる。

 

「あのさぁ、レミリアのとこに行ってその説明してくれない?伝言役も疲れるんだよ?」

「……そんなのあっちに言いなさいよ。私は動かないわ。」

 

問題はレミリアとオウレットの仲があまりよろしくないことだった。あの夜のことが関係しているのかもしれないし、居候に反対気味だったせいかもしれないし、オウレットが作った料理をレミリアが残したせいかもしれなかった。

最後は仕方ないとして、現実として過去は過去だ。居候も決まったことだ。一緒に暮らしていくのにこの雰囲気は良くない。

 

「…に関する道具って何があるのかしら?」

「ちょっと…どうしろって言うのよ。」

「じゃ、あと頑張ってー。」

 

よって、目を瞑ったまま考え込んでいるレミリアをここまで運んで来た。無論、転移魔法で。

オウレットから迷惑そうな非難がましい視線が送られてくるが後は2人でよろしくやってくれ。

 

私はフランと遊ぶ約束をしているのだ。

 

 

 

 

 

「フランー?どこー?」

 

さっきからフランを探しているのだが一向に見つかる気配がない。どこへ行ってしまったのだろうか。少し目を離した隙にすぐいなくなってしまった。

少し小腹が減ったのでキッチンに向かう。なにせ数日前気まぐれでフランが料理をしたいと言い出したので手伝ったところ、どう頑張っても料理と呼べるものができなかったのだ。

それだけならまだ良かったのだが、作るたびに味見をしていたので3日ほど寝込む羽目になった。お陰で3日間なにも口にできていない。

 

キッチンに入るとふと、大きな鍋が目に入った。誰か料理でもしたのだろうか。レミリア以外だったら味見しなくてはならない。料理…味見…うっ頭が。

 

どんな料理が入っているのかと戦々恐々としながら蓋を取ると、白いナイトキャップを押さえている両手があった。

そして煌びやかな七色の宝石が特徴的な羽があり、よくよく見ればフランがいた。

両手が降ろされナイトキャップの下から上目遣いの妹の顔が見える。…可愛すぎてドキッとしたのは内緒だ。

 

「お姉さま、もしかして隠れんぼ得意?」

「いや全く。」

 

そう。私達は隠れんぼをしていた。

しかし私がここに立ち寄ったのはお腹が減ったからであって、まさか探し人がいるなんて毛ほどにも思わなかった。

キッチンに、しかも鍋の中にすっぽりと収まっているのは隠れ場所としてはいささかユニーク過ぎでは?

 

鍋の縁に両手を乗せて首をかしげる姿は、前世で流行った鍋猫とどことなく似ている気がする。めっちゃ可愛い。

なんというかここまで似ていて可愛いなら、猫耳でも生やす魔法を探そうか。絶対似合う。そう、絶対に。

 

猫耳フランについて真剣に考えていると、ぐぐーと腹の虫が存在を訴えてきた。

 

「お姉さまお腹減ってるの?ごめんね、私の料理に付き合わせちゃったせいで…。」

「いいのいいの、好きでやってるだけだしね。料理なんか練習すれば上手くなるんだからいつでも付き合うよ。」

 

しおらしくなってしまったフランに慰めの言葉をかける。まぁ私達はそうそう簡単に死にやしないのだから、上手くなるまでいくらでも練習台にしてくれて構わない。

どちらかと言えば姉として妹の料理上達の糧になれることを、若干嬉しく思っている私がいる。マゾとはまた趣味嗜好が違うベクトルで、だ。

フランに頼ってもらうことが少ないせいか、もっと迷惑をかけてほしい。そして出来る姉アピールをしたいのだ。…我ながら大した自己承認欲求だと思うが。

 

「じゃあ、お姉さまのご飯作ってあげるね!」

「あー、ああ。うん、…お手柔らかにお願いします…。」

 

 

 

 

 

 

 

やっとのこと昼食と呼べるものを口にして一息ついた頃、突如空間に見覚えのある亀裂が走り八雲紫がにょきっと上半身だけ生えてきた。…憐れむような目をしながら。

 

「紫、なんですかその目は。」

「いえいえ、姉というものは大変なんだなぁと。」

 

やはり見られていたか。ん?てかこいつ、いつから見てたんだ?

 

「あれは美味しいんです。愛情がたっぷり詰まっていますから。例え私の胃が拒絶しようとも私の心は満たされました。」

「愛、ねぇ…。」

 

紫は窓から夜空に遠い目を向けて呟いた。どこか愁いを帯びた視線はすぐに元の色を取り戻し星そのものを眺め始める。

 

よくよく見れば紫は美人だった。

フランと同じ金髪に珍しい金色の瞳。被っている白いナイトキャップらしき物にはリボンのような装飾が施されている。

服装こそ違えどフランによく似ているが、フランが幼女なら紫母親っぽい雰囲気がある。子供がいてもおかしくない。

 

「紫は兄妹とか家族はいないんですか?」

「残念ながら兄も姉も妹もいないわ。さらに言うなら私には親すらいない。一番親しいのは式神かしらね。」

 

意外とすんなり話してくれた。そして想像以上に話が重かった。

 

「そ、そうですか…。それは失礼なことを。」

 

そう返すと、紫はキョトンとした表情を浮かべた後扇子で口元を隠した。癖なのだろうか。それに口元は隠せても目が笑っている。

 

「気にしなくていいのよ。貴女が想像しているような事情じゃないから。私は生まれも育ちも1人なの。『八雲紫』という妖怪。」

「へぇー。」

 

そういう妖怪もいるのか。でもそれはとても寂しいものではないか?生まれた時から1人で親もいなければ同族もいない。私には両親にレミリアやフランがいたし、前世でも両親がいれば周りに人間は沢山いた。

気が付いたらこの世界にいて周りは違う生物ばかりというのは、どうも想像できない。

 

「でも私は愛を知っているわ。愛している世界があるもの。」

 

そんな風に愛を知っている、愛している世界があると語る紫は、何故か聖母のような純愛ではなく歪んだ偏愛を思わせる顔をしていた。

恐らくその世界を穢そうものなら激情に駆られ、殺しそうなくらいの深く重い愛。ヤンデレかな?

 

「そういえば今日は何しに?」

 

胸中の冷えた思いを悟られないように話題を変える。

 

「ああ!そうでしたわ!忘れるところでした。」

「大事な用事でも?」

「ええ。お茶でもどうかと。」

 

そこまで大事でもなさそうだった。

 

「…いいですよ。大したものは出せませんが。」

「お構いなく。というか今日は私の出身地、極東の日本という国の茶葉を持ってきたのでそれを使って淹れてくれないかしら?」

「ああ、緑茶ですか。」

 

今世になってから1度も飲んだことがなかった。というか緑茶の茶葉自体が全く流通していない。紅茶がほとんどを占めていて、ごくごく稀に中国茶を見かける程度だ。

緑茶もそうだが、そもそも和食を口にしていない。味噌汁とか結構好きだったのに味噌がそうそう手に入らない。

 

紫に頼んで持ってきてもらうことはできないのだろうか。

 

「緑茶を知ってるの?こっちじゃ珍しいはずよ?」

 

唇に人差し指を這わせ訝しげに聞いてくる紫を見て気づく。

特に聞かれたことも言う必要もなかったが、この前世知識は話していいのだろうか。私がここで前世を持っていることを話すことによるデメリットを考える。

思い浮かぶのは未来の知識が伝わることによる、バタフライエフェクト。しかし考えてみたことがなかったが、私はこの世界がどういう位置付けにあるものかを知らない。

 

……リスクは避けるべきか。

 

「本に書いてあったんです。私の家の図書館は数だけは沢山ありますからね。今から紹介しましょうか?そこでティータイムにしてもいいですし。」

「…いえ、ここにしましょう。今は貴女と2人きりでお話ししたい気分なの。」

「そうですか。」

 

結局、私の部屋でティーカップに緑茶を注いだお茶会が行われ、1時間ほど駄弁った後紫は帰っていった。

 

その後で紫への質問を1つ忘れていたことに気づいた。

 

八雲紫はレミリアの客ではなかったそうな。

 


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