だから戦闘描写は嫌なんだ!
映画でしか見たことのないような構えを取る女性。アチョーという擬音が今にも聞こえてきそうだ。
だって構えがまじモンだもの。
さっきアッパー食らった時に思ったけれどこれはアレだ。『隠れ強キャラ』ってやつだ。
定期テストで例えるならばいつも通り勉強したのに何故か順位が一つ落ちている。ーーーーこ、こいつは冴えない感じだったからノーマークにしていたクラスメイトAじゃないか!みたいな。ちょっと違うか。
許すまじ。初めの頃の強キャラっぽくないから万一戦闘になっても大丈夫だよねって安堵していた私を騙しやがって。
うわっ、突っ込んできた!
「ーーーーッ!シッ!」
右ストレート!左フック!足払い!目にも留まらぬ速さで繰り出される乱撃。力任せに払っているようで一定の型にはまった動き。私じゃなきゃ見逃してるね。
しかしッ!レミリアスペックになった今の私には見えるッ!見えるぞッ!(見えるだけ)
「……ぐッ!?」
かろうじて見える速度で腹に飛んできた掌底を腕をクロスして受ける。衝撃で足が地面にめり込む。
馬鹿重い。なんだこりゃ。右腕一本で与えられる程度をはるかに超えた掌底。ハンマーで殴られた時とどっちが重いかなど判別がつかないに違いない。
でも良かった……。どうやら牙突っぽい一点突破ではなく体全体に衝撃を与えるらしい。前者だったら絶対腕の骨の一本や二本逝ってるところだった。腕がジンジン痺れているがそれだったらまだ戦える。
とりあえず第二撃が来る前に後ろに引いて距離を開ける。が、開けた途端に詰めてきた。いつもなら一目散に逃げるだけだが、見えるなら少し話は違ってくる。
わざと身体を半身にしてカウンターの構えを取る。どうせ避けれるわけないと思っているのか攻撃の体勢を崩さずに突っ込んでくる。
ふっ、強者の余裕ってやつか。弱者を前にして驕ったなぁッ!
メーリンとやらよ。それは甘いッ!
「おりゃぁッ!」
飛んできた拳を魔力のクッションで和らげ、
避けれないならば受け止めるだけ。そして受け止めた後には絶好のチャンスがある。必殺コークスクリューッ!
ヒュッ。
……あっ。
コークスクリューを空振りしたガラ空きの私のボディーに尖った靴先が刺さる。完全に振り切った右手のせいで体勢を整えることができず吹っ飛ばされた。
「ぐえっ」
幸いにも近くの木にぶつかって止まることが出来たがこれは絶対に肋骨が逝ってる。治るまで1分か2分か。戦いにおいて、命を賭けた殺し合いにおいてその時間は致命的である。私には命を賭けた覚えなどまるでないけれども。
身体を動かすと全身に電撃が走ったかと思うほどの鋭い痛みが襲う。かといえ動かせないわけではなく、こっちに向かって有り得ないほどの距離から繰り出される飛び膝蹴りを回避しなければならない。
念のため一瞬右にフェイントをかけてから左に飛ぶ。
しかしそのフェイントは意味を成さなかった。
なんと片手を木について勢いを殺した後、こっちに方向を変えると
「はぁっ!?」
なんだそれ!?頭おかしいんじゃないの?たしかに漫画とかアニメでよく見る空中蹴るやつとか出来たらいいなぁとか思っていたけれど!いつか見たいなと思ってたけれど!実際見ててカッコいいと思うけれど!
今じゃないじゃん。
右足で踏ん張ってすぐに反転。自分に向かって飛んでくる膝に手を添え、衝撃をすれ違うように外側に逃がす。そして私は逆方向に転がり体勢を一旦整える。
流石に空中での急旋回はできないらしく、一旦互いに正面を向いて対面する。
カッコつけたこと言った割にはこの体たらく。これには流石のメーリンさんも呆れ顔だ。
「大口を叩いた割には大したことないね」
「久々に身体を動かしたのでな。所謂、ウォーミングアップというやつだ」
苦し紛れの言い訳にも無理がある。
……おいそこ、なに納得した顔してんだ。ごめんなさい嘘です最初から本気でした。そんな掌返しができるメンタルがあればどんなに気楽なことか。
「……来い、私はお前の全てが見たいんだ。」
やめて下さい死んでしまいます!!
考えなしに口を開けば、本来は最高にカッコいいセリフが、しかし今の私の意志からは最も遠いセリフが相手を焚きつけてしまう。
「ハハッ!その余裕、ぶっ壊してくれるッ!」
刹那、考える間も無く直感の赴くままに身体を逸らす。私の鼻先スレスレを掠めた蹴りに冷や汗が背筋を伝う。
直感が無かったら恐らく頭ごと吹っ飛んでたことだろう。
死ッ、死ぬるッ!あっぶねぇぇぇぇッ!
「馬鹿ッ!蹴るなら見える速度で蹴れッ!」
「何をふざけたことをッ!」
私自身何ふざけたこと抜かしてんだと思うが、仕方ない。普段ならと兎も角、レミリアの動体視力で視認できない速度で蹴りが飛んできたら叫んでなきゃやってられない。
反転しながら、スカした足を軸にもう片方の踵が回し蹴りの要領で中段に迫ってくる。これを右足を踏ん張った形のエルボーで迎え撃つ。ガッ、と肉と肉がぶつかったとは思えないほど鈍い音が響く。
ピシッと嫌な音が聞こえた気がするが、気のせいにする。骨にヒビが入る音とか聞こえるわけない。
メチャクチャ痛くて仕方なしに病院に行って初めて『あー、ヒビ入ってんなー』って分かるのだ。なお、音が聞こえるほど大きいヒビが入っている可能性は除く。
時が止まったかと錯覚するほどの一瞬の静寂の後、互いに距離を取る。メーリンはあの後攻撃する手段がなかったし、私も攻め方を変える必要があった。
「なッ!逃げるのか!」
「バカ言え」
背を向け、一言吐き捨てると思いっきり飛び上がる。そしてさっきの場所が拳大の大きさになるまで高度を上げ、維持する。
近接は絶対に不利だ。かといって中途半端な距離で戦えば一瞬で距離を詰められてアウト。よって遠距離から攻撃するに限る。幸いなことに吸血鬼は夜目がきくため遠距離攻撃は得意だ。
……なんだか火照った身体を夜風に晒したことによってアドレナリンブッパでひゃっはーしてた頭が少し冷えた。
周囲が明るくなるほどの魔力弾をメーリンに向けて飛ばしながら、一方で魔法陣を展開し退路を確保しておく。これぞ三十六計逃げるに如かず作戦!……言い換えてしまえばとりあえずやばくなったら逃げるってこと。
さて、どうなったか。
「……嘘でしょ……。」
所々破れた服を纏いながら突貫してくる姿に思わず声が溢れる。
あり得ないとは思ってなかった。
でも実際手加減無しのあの弾幕の中を、ほぼ無傷で抜けられると目を見張るものがある。というか口が半開きになってたことに今気付いた。
近づけまいとひたすらに弾幕を張り続けるが一向に当たる気配がないことに自然と焦りが生まれる。
まだこちらには地理的というか位置的な有利がある。一対一においてマウントを取れるというのはそれだけで優位なのだ。相手もそれは分かっているようで的を絞らせないように不規則な動きで、なおかつ素早く近づいてくる。
凄いなぁ……。
翼も無いのに生身だけで空を駆ける姿に思わず見惚れてしまう。私の目が捉えられるのは方向転換をする一瞬のみ。確かにこれではまともに当てることは出来ないだろう。
考えろ考えろ。時間は迫っているし攻撃はろくに当たらない。それよりこれ以上接近を許したら相手の射程内に入ってしまう。早く早く。最高の一手ではなく最善の一手を考える。
目測で30メートル程になった時、捻り出した。
とても策と言えるものではないが、少なくともこの状況を動かす事になる一手を。
「結構分の悪い賭けになるけれど……。」
また魔力を全方向に開放すると圧が余計にかかったような形になり、メーリンの動きをほんの一瞬だけ止める。急な大量の魔力の解放に少し身体が軋む。しかし止めた。たかが一瞬、されど一瞬。その隙さえあれば如何に速くても追い縋る事ができる。
さらに魔力を追加し翼を強化。今自分の出せる最高速で肉薄する。メーリンには遠く及ばないだろうけども見てから対応することはできまい。正面まで迫ったところで前方に魔法障壁を展開。
メーリンはなにかを察知したのか回避の姿勢をとる。
……よし、第1関門突破。でもまだ気は抜けない。
次はたぶん二択。
「……こっち!」
魔法障壁に足をかけて勢いを殺す。そのままパルクールの要領で壁を蹴り向かって右ストレート!直前に正面に飛び出してきたメーリンと目が合い、驚愕の色に染まったその視線が心地いい。勝った!!第2、第3関門を恐ろしく低い確率で引き当てた、出し抜いてやった達成感で気分が一瞬酷く高揚する。
「もらったァッ!」
が、
スカッ。
……またか。いや、今回は触れた。
「ぐッ!」
カウンターをこめかみにもらって落ちて行く。流れる景色に身を任せながらぐわんぐわんする頭を少し働かせる。
なぜ二回とも当たらなかったのか、答えは明白。読み合いだとか技術だとか以前の問題。リーチである。
人の腕の長さは身長におおよそ比例するらしい。横に大きく手を広げた長さと身長が一致するとか。
ただ、戦闘においてリーチの問題は大きすぎる。メーリンがその場から動かずに私に触れられる距離にいたとしても、私はそこから一歩踏み出さない限り触れることができないのだ。
恐らくメーリンはこのことを把握していたのだろう。
カウンターを恐れず突っ込んできたのも、数ある選択肢の中から右に回避するという一見安易な方法をとったのも全てこれに起因する。
例え自分が知覚できない方法で攻撃されようとしても避けられることをわかっていたのだ。
「これ無理でしょ」
変な体勢で地面に打ちつけられながら独りごちる。どうでもいいや、とばかりに大の字になり、放り出した下半身が地面に触れて冷たい。体温を奪われながら嘆く。
どうしようもない。リーチ以外の問題、例えば身体能力の差だったら何らかの方法でアイツの血を取り込めば良い。それこそ多少の被害を覚悟してでも。
だが身体的特徴はどうしようもない。私の能力では魔力量までは変えられても、腕は伸びなければ、背が大きくなることもなく、胸の体積が増えることもないのだ。
そしてそろそろ能力が切れる。
一部の例外を除いて私が能力を使えるのには制限があるせいだ。今回はレミリアの血を飲むことによって魔力を補給していた。
その血には濃い魔力が含まれているが、あくまでレミリアのそれだ。私の魔力ではこの馬鹿高い身体能力を維持していくことはできない。
ガソリンのように新たに注ぐことがなければ尽きる。血液が尽き、魔力が尽き、辛うじて拮抗できていたこの状況も終わりを告げる。
「あと5分、……いや3分で勝つのか」
術者の加護が無くなり、儚く消えていった魔法陣を見ながら諦念に苛まれる。肺が辛い。呼吸困難とはいかなくても短距離走をした後のような状態だ。
ここまで疲れているのは主にメーリンのせいだ。あの武闘家には油断、慢心といった強者特有の付け入る隙がない。いつでも隙を見せれば最大火力を叩きつけてくる。
「……どうした、もう終わり?」
地上に降りてきて私に問いを投げかけるその視線には、あった時と変わらない警戒の色を湛えていた。これさえなければどうにかなるかもしれないというのに、全く恨めしい。
「……いいや、まだだ」
「虚勢ならやめろ、無駄な足掻きなど見てられない。」
……バレてっかー。死ぬ気は毛頭ないが、勝ち目はもっとない。相手は五体満足で、こっちは満身創痍。勝利条件は無力化で、向こうはただ殺すだけ。無理ゲーだ無理ゲー。
抜け道はないか。隠しコマンドでもいいし、透明ブロックでもいいし、バグでもいい。今の今までにヒントは転がってなかったか。生憎、こいつの攻略本なんてものは存在しないので、自身で見つけていくしかない。その上、失敗したら残機が減ってやり直せることもなければコンテニュー画面に飛ぶこともない。
無い無い尽くしだ。
「期待外れだったな。やはり口だけだったか」
互いの位置から表情は見えないがその声には確かな失望が込められていた。聞き覚えのある声。正確には声自体ではなく、声に込められた感情を私は感じたことがある。
既視感に身体が冷える。背筋が凍る。
ザクッ、ザクッと地面を踏みしめる音が近づいてくる。鼓膜に響く音が大きくなるにつれ濃くなる死の足音。
ドッ、ドッ、ドッと足音よりずっと早い速度で鳴り続ける心臓。
死を感じるのはいつかの時に慣れたつもりだった。過程の痛みも、伴う痛みも。
間違いだった。
慣れるはずもなく、慣れてはいけなかった。
「まぁ、私の心を少しでも動かしたことは褒めてやる。……こんなザマじゃ入れ込んだ私が馬鹿みたいだが。せめてもの手向けだ。一瞬で冥土まで送ってやろう」
かつての記憶と重なる。
私が初めて死を感じたあの記憶と。
「……やめろ、やめろッ!来るなァッ!」
落ち着け落ち着け。さっき出した空中の座標を思い出して、転移。……転移。転移が出来ない!あれ?転移ってどうやるんだったか。クソッ、落ち着け。取り敢えずこの場は離脱しなければ。
熱く沸騰した頭と、背中を流れて止まない冷や汗。
決して多くない残りの魔力を翼に込め思いっきり飛ぶ。
……飛んだはずだったが、
「みすみす逃すと思ったのか?」
反転した背中に衝撃が走る。そしてそれは強い重力のように離れることなく腹部を圧迫する。その正体は翼と翼の間、ちょうど背骨を踏みつけている足だった。
殺される。
死ぬ。
どのように死ぬ?
贓物を撒き散らし、血塊が口から止めどなく溢れる。
心臓をえぐり取られ、絶叫が森に吸い込まれる。
四肢をもがれ、生き地獄を味わう。
脳がグシャリと豆腐のように潰れ、悍ましい液体が地面を汚す。
肺に穴が開けられ、掠れた吐息が宙に消えていく。
自分がこれからたどるであろう凄惨でグロテスクな数多の運命を幻視する。どれも想像するだけでありもしない虚空のの傷が疼く。
ーーーー『あんまり子供を食べるのは趣味じゃないんだけどね。若い肉は美味いんだよ、特に生が。』
……これは、なんだ?
ああ、最初に会った時の会話か。なんで今頃こんなこと思い出してーーーーん?
あの時こいつは『生』と言っていた。
つまり私の血さえも体内に取り込むのだろうか。
血に濡れた脳内でただただ考える。死にたくないという感情は判断や思考さえ鈍らせて奪い取る。しかし止めてはいけない。奪われたならまた一から考え直す。零れ落ちないようにしっかり意識をつなぎとめながら。
もしそうだとしたらーー……ある。あるぞ。
勝ち筋が。一撃叩き込むだけとは言わず、一気にこの不利な状況をひっくり返し勝利へと導くメソッドが。
私がレミリアになる、のとはまた別の方法。
吸血鬼の不死性にかまけたかなりサイコパスめいたやり方だが、ほぼ必中。当たれば相手の死は確定する。今回は殺す気はない、いや殺せないが。
そもそも当てるというのも間違いだ。相手が勝手に自滅して自ら詰みに向かっていくのを眺めるだけ。少しばかりの手助けは必要だがそれまでだ。
そこまで考えたところで空気が変わる。
体の自由を奪っていた足からかかる圧迫感は、動きを止めようとするものから獲物を逃すまいという狩人のそれになっていた。
迫るタイムリミットを感じながら考えを纏める。
ーーーー来る……!
「ぐっ、……がああああああッ!!」
最初は肉を抉り、次に胸を貫く激痛、直火で焼かれているかのように熱を発する。背後、背中から心臓を貫かれたのだと認識する。何でもって心臓を刺したのか。それは素手。いわゆる貫手というやつだ。
そんなことがあってたまるかと、頭は理解することを拒絶するが実際私の心臓は潰されてしまった。
初めてあった時から驚かされてばっかりだな。
たった今殺された直後で思うのもなんだが、味方ならばこれほど心強い存在はないと思う。なんたってレミリアでさえ負ける可能性があるのだ。統治者という性格には到底思えないが、うちの頭首とはまた違った形で尊敬されるのかもしれない。単なる武力、その一点で。
思考を取り留めもないことに割いていると、身体の中心から流れ出す生暖かい液体が服を染めていくのを感じた。徐々に服全体に染み渡っていき膝にまで温い、しかしもう冷たくなり始めている液体が到達している。
そして吸血鬼の肉体が魔力を介して再生を始める。
肉体の再生を止めるなど自殺行為にも等しいが、こうでもしないと安心して『食事』を始めてくれない。『食事』が始まらないことにはこの方法は成功しない。逆に取れば、私の肉を、血を身体に入れたが最後こいつの負けは確定するのだ。
頭の中ががだんだんと霞みがかって意識の底に沈み込んでいく感覚が強くなる。目を閉じてしまえば次に光を見ることはないだろうと半ば勘に近い形で察することができた。
目に映る地面のピントが合わなくなってきた。視点がブレ、猛烈な眠気が私を死へと誘ってくる。
死にたくないがためにわざわざ死の淵で足掻くのは少々滑稽だろうか。いや、そうではないだろう。何もしないままでは勝機が無かったから、一筋の光明に望みを託したのだ。
「死んじゃったか……、まぁこんなもんだよね」
生きてるけど私死んだから!私死んだから早くしてくれ。どこを食べるんだろうか。私的には腕とかオススメですが……。
「……!!」
どうやら左腕がお好みらしい。二の腕を掴まれ曲げてはいけない方向に曲げられる。なんとも形容しがたい痛みに意識が一瞬で覚醒してしまった。どうにか反応は最小限に抑えたがどうだろうか?バレたか……?
「ふんっ!」
バキバキバキ、グチャリと私の麻痺した鼓膜でも聞き取れてしまうほど近距離で身体が出してはいけない音を出した。意識を保つ目的も兼ねて、痛くない痛くないと暗示をかける。先程は意識を覚醒するのに一役買ってくれた痛みだったが、今度は失神してしまいそうになる。
ブチッと嫌な音が聞こえた。いや、今の私にとっては天使の福音にも等しいものだった。左肩からお守りが外れたように軽くなって左腕の感覚がなくなっている。
ーーーー…来たッ!!
あとはタイミングだけ。私の身体に触れる手がなくなった途端に急ピッチで全身に魔力を流す。流すのはレミリアの魔力の方。気取られないように、しかし迅速に身体の中が修復されていく。流石は脳筋吸血鬼の魔力。
元に戻った耳と鼻に全神経を注ぐ。身体を動かすわけにはいかないからこの状況で頼りにできるのは聴覚と嗅覚のみ。
ーーーー…ふいにクチャ、と何かを咀嚼する音が鼓膜を揺らし、鼻腔をくすぐる血の匂いが濃くなる。
……食べている。食べているぞ!よし、あと3秒でやろう。……やっぱり嚥下する時間も考慮して5秒か。ハハハッ!馬鹿めが!その所業が自らの首を絞めているとも知らずに!暴食は大罪に数えられる程甘美で自身を犯していく!
ーー……5、……4、……3、……2、
……1、……0!!
まず残ったレミリアの魔力を全開放して、一瞬メーリンの動きを止める。そして反転しそのついでに目標を視認。後はあいつに触れるだけでいい。
地を蹴る。全身全霊をかけて踏み込み、最高速を叩き出す。風になったかのようだ。景色が流れていく。
「……なっ!?……クッ、ククク、そうだ!それでこそ私が認めたお前のあるべき姿だ!足掻け!私を御してみよ!」
……復活が早い。しかしこの為に、この時の為に既に布石は打たれていたんだ。
またもや構えをとるメーリンに真正面から突っ込み、
直前で転移する。
「なっ!?」
「詰みだ。」
そして背後に現れ、背中に思いっ切り拳を叩き込む。触った瞬間に能力を使いながら。
……やった、やった!やってやったぞ!!
全力で殴ったおかげで手がジンジン痺れて痛いが、これはコラテラルダメージ、必要経費だ。さっきから一方的に殴られてやったんだ。本当は触れるだけで良かったが最後に一発殴ってやりたかった。
ああ!スカッとしたー。
殴られた勢いで倒れ込んだメーリンは全く動く気配がない。いや、むしろこれで動かれたら困るのだけれど。なにが起こったか分からないといった表情で固まっている様は実に面白い。
『拒絶反応』
メーリンの身体に起こったことを端的に表すとこの一言で済ますことが出来る。
私の『対象を同格にする程度の能力』は自身の魔力を相手に流すことによって発動条件が満たされる。メーリンが食べた私の肉には濃い魔力が含まれた血がこれでもかというほど入っていた。つまりは私の魔力を大量に身体に入れたということ。
これだけならば特に問題ではない。妖怪にせよ魔族にせよ、魔力か妖力を食べて取り込むことにより強くなるのだから。
しかし私が能力を使うことにより取り込んだ魔力は対象の魔力と置き換わろうとする。前もってその事を知っていればいいが、突然外部から侵入した魔力が元からあった魔力を押し退けようとすれば当然互いに反発する。
身体の構成要素に成り代わろうとする新参者と、それまで構成していた古参。どちらも身体の原動力になろうとするので身体自身は困惑する。従うべき対象が二つに増えたのだから当然だろう。
そして身体が困惑している間、身体機能は完全に停止する。『拒絶反応』が起こるのだ。
やっと、終わった。
「は、ははっ」
なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。これしか道がなかったとはいえ死の淵を歩き過ぎだ。三途の川を渡りかけたかもしれない。悪魔が三途の川にいくのかは知らないが。
今更ながら怖くなって自嘲気味な笑いが溢れる。
涙で視界がぼやけて慌てて拭う。
メーリンの方を見やるが今だに動く様子はない。魔力の原液と呼んでもいい血液を飲んだのだから仕方ないのだが、ここからどうしようか。拒絶反応で無力化するまでは良かったがそれより先を考えていなかった。
生半可な方法では効き目はないだろう。あまり時間は与えている余裕はない。どうしたものか。
ーーーーそうだ。簡単な方法があったじゃないか。
空間魔法で銀の鎖を出して、……出したのはいいがどうしよう。触れない。今まで銀に対しての忌避感のせいで避けていたから扱い方を知らない。
吸血鬼、というか狼男やグールといった魔物は銀が非常に苦手だ。殆どの物を受け付けない頑丈な肌はその鈍色の金属の武器だけは容易に侵入を許してしまう。そうでなくとも銀製の物質は触れるだけで力が入らなくなってしまう。故にこいつを縛るのに最適だと思ったのだが。
直接触らなければ大丈夫かと思い、手袋をして触ってみると多少効果は弱まった。これならいけそう。
「ーー…よいしょっと。まぁ、こんなもんか」
手足をぐるぐる巻きにしてやったぜ。一瞬腹いせに亀甲縛りとかやってやろうかと思ったが流石にやめておいた。人の気持ちを考えられる私って素敵。
「……参ったよ、降参だ降参」
漸く喋れるようになったメーリンから勝利の言葉を受け取る。正直あまり勝った気はしないが相手が参ったと言っているんだから素直に受け入れておこう。
「じゃあ契約成立ってことでいいかな?」
「ああ、構わない。どうぞこき使ってくれ」
「ここにサインを」
レミリアからパクった万年筆と契約書を渡そうとしたが、縛ったままだったのを思い出し鎖を解く。ついでに能力も切っておく。
『紅美鈴』
先程まで血生臭いことをしていたとは思えないほどの達筆に少し驚いた。こいつの外見とのギャップもなかなか酷いんじゃないだろうか。でもチャイナドレスに漢字はイメージがピッタリくるから戦闘時が特殊なのか。
書道のお手本のような達筆で書かれたその字は、一瞬赤く発光すると徐々に薄くなっていきやがて完全に消えた。
「はいっ!契約成立!これからよろしくね、美鈴。」
「こちらこそ宜しく、お、ね、がいし、ます?何だか口調が勝手に敬語になるんだけ、ですが?」
「そりゃあ主従関係を結んだのだから主人に対してタメ口は良くないでしょ?」
ちょっくら契約書に制約を設けさせてもらった。口調が勝手に敬語に直ったり、命令に逆らいにくくなる程度だが。
「……そうだ、早速だけど座標だけ教えるから家まで運んでくれない?」
転移すれば一瞬なのだが、2人一気にやったことがないからどうなるかわからないし、何より楽がしたい。
「えー、面倒くさ、くないです、喜んでやらせていただきます!クソッ!」
「ありがとー、座標はーーーー」
最近住人がやけに増えるな。まぁ賑やかなことはいいことだ。来るものを拒まず去る者は追わず。紅魔館はそんなスタンスを築いていこう。あ、美鈴にレミリアやフランを紹介しないとな。
◇◇◇
「……ここ、ですか?」
「……うん。」
あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。
「家、なんだ、ですよね?」
「そう、これは家」
小1時間ほどレミリアを問い詰めたい気分になった。
「なるほど、西洋の家は私の知っている家と大分違うらしい、ですね」
「そうだね」
頭がどんどん冷え切って私はきっと今能面みたいな顔をしているのだろう。
「本当に?」
「本当に。これが普通の家だよ」
嗚呼、神様仏様。私が何をしたというんだ。
「ーーーー半分欠けている以外は。」
申し訳ない。三週間ぶりの更新です。
戦闘描写は遅筆になりがちなのです。
今回はいつもの違い倍ほど文字数があるわけですが、これはほんの三文字にまとめることができます。
『NKT(長く苦しい戦いだった)』
でも書き始めたら引けなくなっちゃったので更新が遅くなってしまいました。重ね重ね申し訳ない。
さて、少しだけ解説を挟みます。
コークスクリュー:なんか手首をぐるぐる回して殴るやつ。回しながら殴るのできっと銃弾みたいに貫通力が増す気がします。
飛び膝蹴り:馬鹿みたいに痛いです。最近私も体験しました。しばらくは鼻がずっと痛かったです。当たりどころが良かったのか鼻血は出ませんでしたが。
空中を蹴る:某海賊漫画の料理人みたいなやつです。めちゃんこカッコいいですよねアレ。ちなみに美鈴のは『気を使う程度の能力』で空気を蹴ることを実現させています。
急に始まる弾幕戦:近距離には遠距離が一番。ヘイト買いまくるタンク役がいれば最高だった。
分の悪い賭け:突撃した時に美鈴が回避行動をとること。後ろに後退する選択肢を取らないこと。カルラからみて右に回避すること。
全部にカルラはある程度の勝算を見出していて、美鈴も理由があって回避行動を取っていますが、全部書くと長くなるので割愛。
これを考えている時はある格ゲーを思い浮かべながら書いていましたが、いざ文章にすると難しかったり。ちなみに私はXしか持ってないです。
リーチ:2人の身長差は約40cm。片腕の長さの差は約10cmこれは仕方ない。
既視感:初めての外出のときに知らないおじさんに向けられたのとダブった。あの話は結構重要だったり。
吸血鬼なのにすぐに死にかけるカルラ:単に死に対する恐怖で精神が弱っているだけ。モチベが上がればすぐに復活する。
死んだフリ:オラオラの人のパロディ。あのシーンはいつ見てもハラハラドキドキします。
肉を貪る美鈴:なんだかすごいサイコパスになっちゃった。妖怪だから肉も食べるんでしょうけどね。
拒絶反応:能力の応用。そこそこ出てくる。小悪魔みたいに身体があらかじめ把握していれば起こらない。
半壊した紅魔館:爆発しないだけマシ。
次の話ですが、だいぶ開きます。三月中に上げられるかどうかかなり怪しいところ。