Phantasm Maze   作:生鮭

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 話しが重い・・・・・。


在りし日々の清算

 

 

「いってらっしゃい。良い報告を待ってるわ」

 

 カルラが陰鬱な表情のまま魔法陣とともに消えていったのを見届けて、そっとため息を吐く。

 

 やっと行ったわね……。彼女は存外子供っぽいところがある。眠い眠いと駄々をこねる吸血鬼なんて初めて見た。夜の帝王の名が泣いているに違いない。

 

 姉のレミリアの方がよっぽど吸血鬼らしい。決してこちらに深入りさせる事はなく、感情を隠さない。隠さない……という事は帝王本来の傲慢な部分が表れやすいので、言い換えれば我儘となり、そうなれば性格という面では妹とあまり変わらないのかもしれない。

 

 末っ子のフランは会う事が少ない。普段は何をしているのだろう。図書館に来る事自体が滅多にないせいか、私との距離を測りかねている節がある。もしくは単に信頼されていないのか。悲しいかな……もう同じ屋根の下、2ヶ月になろうというのに。

 

 そういう観点から見ればカルラはちょろいというか……軽い、わね。悪魔は契約で縛れる性質上、気を許す事は少ない。加えて彼女との最初の会合は最悪だったのに、居候になってから直ぐに無防備になった。とっつきやすい、が一番正確だと思う。

 

 

「……行ったわよ」

 

『了解。呼んだらこっちに合流して』

 

 

 だからこそ、このような事態は避けたかったのだけれど……残念ながら私はあの三姉妹の中には入れない。せいぜいが友人止まりだろう。

 今まで友好的な関係を築けていたばかりに今回の件は深い亀裂を生むに違いない。本当はここに住む対価を得るためとは言えかなりやりたくないのだけれど、結んだ口約束は進んで破りたいとは思わない。

 

 ……辛気臭いことはあまり考えていたくない。時間になるまで研究を進めていよう。

 

 読んでいる途中だった魔道書を開き読み始める。

 

 

 

 誰もいないだだっ広い部屋でいつもの体勢に戻る。……するとなんだか魔界にいた時と同じ事を繰り返すような気がして、ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十ページほど読み進めた頃、

 

 

 空気が震えた。

 

 否、それは魔力の本流だった。さっきのような寒気ではなく生物としての本能が私の体をも震わせた。

 

『大至急こっち来て!!』

 

 時に机に置いてあった呼び鈴から焦ったレミリアの声が聞こえた。何かあったことは確かだが、声音から察するに良い知らせではないのだろう。話の内容が内容だけに薄々予想はついていたけれど、仲良く話がまとまる事は決してないに違いなかった。

 

「……了解。今から向かうわ」

 

 ……憂鬱だ。果てしもなく憂鬱だ。しかし私は居候の身。重い腰を上げて然るべき準備をし、魔法陣を組み立てる。

 

「やってられないわね……。はぁ……」

 

 言葉とは裏腹に出来上がった魔法陣に足を踏み入れる。

 

 

 ……願わくば今の関係が壊れないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっと。やっぱりこうなったのね。」

 

 ちゃんと指定された通りの部屋に転移したはずなのに吹き抜けになってしまっている。急に襲った浮遊感に少し驚いたが、まぁ予想通りといえばそれまでだ。

 

 レミリアもこれを見越して夜に決行したのだろう。

 

 取り敢えずことのあらましを聞こうと視線を巡らせれば、一階のエントランスに二人はいた。というかここからエントランスが見れるってどれだけ派手に暴れたのか。帰ってきた時のカルラの表情が眼に浮かぶ。

 

 

「ーーーーーーッ!」

「…………………。」

 

 

 ヒステリックに叫んでいるフランドールと冷静に返すレミリア。ここからは詳しい事は聞き取れないが、なぜこんな風通しが良くなってしまったかは明白だ。穏便な話し合いなど元から期待していなかった。大団円で終わる事は叶わなかったわけだ。

 しかしこれ以上暴れられて壊されては困る。

 

 だってこれ直すの全部私だもの。

 

 妖精メイドが入ってきて多少楽になったものの、種族としての非力故に力仕事には期待できない。本当にせいぜいが洗濯や掃除などの家事一般だけの力量しかない。……それでもすごく助かっているのだが、なかなか小っ恥ずかしいお礼が言えないでいる。

 

 

 

 そんなことを考えていたら、地響きと共にこの部屋を僅かに形作っていた壁が倒壊してしまった。腹にズシンズシンと響くような音の原因はフランドールの右手によるものだ。これも私が直すのか……。次々と増える仕事に辟易する。

 

 レミリアに早く止めるよう視線を向けてもこちらに気づく様子はない。むしろ無表情でその様を見つめている。その瞳にどんな感情が込められているかは知る由もないが、推測するに悲哀、または後悔ではないだろうか。

 

 まぁいずれは通らなければならない道だったのだ。逆にどうして今まで隠し通せていたかの方が気になる。自分の意識が時折なくなるなど自身の異常性を表すには十分ではないか。

 

 私は触れてはいけないとは気づいていても興味は絶えない。過度な詮索はしないが推測はやめない。それかレミリアが私にそこらへんの事情を話す、……でも彼女が心を開く事はあるのだろうか。

 

 

 

「……これは紛れも無く本当のことよ。幼い貴女にはまだ早いと思っていたけれど、カルラが居ない今、話すことにしたの。だから……ーーッ!」

「嘘だっ!そんな、そんなこと事……あるわけない!」

 

 

 徐々に近づいていくと会話が鮮明に聞こえてきた。一緒にまたどこかで一部分が倒壊する音も聞こえてくる。右手を握りしめているフランドールの目は微かに充血していた。……認めたく無いのだろう。自分が今まで『狂気』という病に侵されていた事を。

 

 

 

 そんなフランドールに同情、というより憐れみを抱く一方でイラついている部分がある。

 

 ……あまりに幼稚すぎることだ。確かに仮に私の中に知らない病気が巣食っていて意識のない時に行動していたとしたら、多少は取り乱すだろう。しかしそれまでだ。

 

「そんなこと、あるわけ……」

 

 先程のようにヒステリックに叫びもしないし、ごちゃごちゃになった感情に任せて破壊衝動に走ったりもしない。あんな風に深く傷つくこともないだろう。年齢不相応。感情を制御できない子供の様。それが私をイラつかせている原因だった。

 

「……サンクトゥス・エイクァ(聖なる水)

「……っ!」

 

 取り敢えず落ち着かせようと、水球でフランドールを包み込む。情報を整理する時間を与えるのと、文字通り頭を冷やすためだ。ふむふむ。やっぱり詠唱(スペル)ありきの方が調節が利いて性に合っている。

 

 

 

 

「……何するのよ」

 

 一仕事終えて一息ついていると、怒気を纏った声がかかる。視線を向ければこちらを射殺さんばかりに睨むレミリア。

 

「は?貴女はこれを望んでたんじゃないの?」

「そうだけどまだ早過ぎるわ。今すぐに解放しなさい」

 

 レミリアの口から出た突拍子も無い言葉に僅かに首を傾げる。解放しろ?冗談じゃない。話し合いにさえなっていなかった。どう考えたって、言葉を理解しようとしない幼児に一から百まで詰め込もうとしたレミリアが悪い。

 

「嫌よ。すぐどこか壊すもの」

「そんな事はいいのよ。私はフランと話したいの」

 

 

 そんな事……ですって?

 

「……聞き捨てならないわね。いつも誰が後片付けをしてると思っているの?」

「居候の分際で私には向かうのかしら?なんなら今すぐ出て行ってもらっても構わないのだけれど。」

 

 は?……ふぅ。あー、キレた。完全にキレた。そりゃもうキレた。……些か、強情すぎやしないかしら?確かにレミリアの言うことはなに一つ間違っちゃいないが、生憎私にはもう身の寄せどころがないのだ。ハイそうですかと従うわけにはいかない。

 こちらの事情を考えないならば、私も容赦しない。有罪(Guilty)だ。私の中のガベルに則って、その偽善とやらを剥いで差し上げようじゃないか。

 

「話したいって貴女が一方的にそう望んでいるだけでしょ?相手の理解も求めずに情報だけを与えて責任放棄。……その身勝手な善の押し付けは、善ではなくエゴというのよ」

 

 毅然とした態度を崩さなかったレミリアがその言葉に身じろぎする。私はそのエゴをレミリアよりずっと知っているという自負がある。レミリアはそれを心の何処かで分かっていたのだろう。でなければそんな胸を刺されたかの様な痛々しい表情は出ないだろうから。

 

「……知ったような口でものを語らないでほしいわね。……貴女に何が分かるって言うのよ」

「私はフランドールの姉ではないし」

 

 遂には俯いてしまったレミリアを尻目に、足を軽く踏み鳴らす。

 

ここ(紅魔館)を背負っているわけでもないわ。だから貴女に成り代わって考える事はできない。でも少しの間一緒に過ごして貴女が直情的な性格である事は知っている。そんな貴女が、その無表情の裏に隠している感情は、ただ何も知らずに生きてきた妹を思ったものだけではないはずよ」

「……やめなさい」

 

 止めるものか。気に入らない。馬鹿みたいに素直ないつもとは違った、妹に打ち明けるための表情が。様々な感情を覆い隠すその仮面が。

 

 

 

 

「その裏の感情を暴いてあげましょうか」

 

「……やめて」

 

 

 

 

 そうそう。レミリアの表情が痛みを堪えるようなものから、懇願するようなものに変わるのが僅かに見て取れて満足する。

 

 

 

「まず覚悟、妹に打ち明ける覚悟。妹に嫌われる覚悟。次に自責、今まで隠してきた自責。隠し通せなかった自責。そして責任転嫁、もう一人の妹が堕ちてしまったのはお前のせいでもあるのだという責任転嫁」

 

「……やめろッ!!」

 

 

 

 強い声とは裏腹に視線をこっちに向けようとしない。

 

 最後に、これが貴女が最も隠したかった感情。

 

 

「最後に…………憎悪。」

「……やめてってば」

「貴女のせいで私の愛していた、私を愛していた両親が死んだのだと。私の家族がいなくなったのだと。今ももう一人の家族が傷ついているのだと。」

 

 

 

 言い切った。言い切ったのだが、少し言い過ぎた気もする。ここまで言うつもりは無かったのだが、ついつい感情に流されてしまった。ほんの少しだけ後悔。……私らしくもない。自分のことを感情が乏しいと思っていたがそうでもなかったらしい。戻れない所まで射し込んだしまったのは明らかだ。

 

 そして恐らくは……、図星か……。レミリアの仮面はとうに剥ぎ取れ、酷く歪んでしまっている。何かキッカケがあれば壊れてしまいそうなほどに脆い顔だ。

 

「否定すればいい。私の言ったことに間違いがあるのなら。もしそうなら悪かったわね。謝るわ」

 

 ついでのように逃げ道を付け足して置く。もっとも、否定することなんて万が一にもあり得ないだろう。それがレミリア・スカーレットという吸血鬼だ。

 

 

 

 俯いたままレミリアからの返答はなく、私もまた言いたいことは言い切ったので口を開かない。……先程までは罪悪感があったが、だんだん暇になってきた。流石にこの空気を無視して図書館に戻る事はしないが、本でも持って来れば良かったのかもしれない。

 

 

 そういえば、とフランドールを見やると目を見開いたままその真紅の瞳をレミリアに向け茫然としていた。お姉さま、なにをしているの?早く否定してよ、と言わんばかりの表情。そしてなおも口を開かないレミリアを見て泣き出しそうなものに変わっていく。

 

 ……見るに堪えない。その表情の原因を作ってしまったという罪悪感が振り返す。

 

 身動きが取れないながらも、口が動けばそう溢れていただろう言葉が容易に想像できた。私はこの世に生まれて以来身内を持たなかったので分からないが、レミリアの私の口を介した感情の吐露はそれほど驚くべきものであり、絶望に値するものだったのだろう。

 

 

 

「……フランと、……話がしたい」

 

 俯いたままレミリアがやっと口に出したのはフランドールとの会話を望む声。……こちらとしては拒む理由は無いが。また暴れられては困るからいつでも止められるようにしようと思い、エントランス全体を水で満たし二人の空間だけ水抜きをした。

 

 正対する二人からは種類は違えど負の感情が滲み出ている。

 

 苦悶の表情を浮かべているレミリアからは確固たる覚悟と後悔、そして僅かながらも目を凝らせばはっきりと見える泥のような憎悪。

 

 それを見つめるフランドールからは嘘であってほしいと懇願するようなものと否定されない感情に対する不安と絶望。

 

 

「……フラン」

 

 先に言葉を紡いだのはレミリア。

 

 不安に濡れた瞳を向けるフランドールは次の言葉を、呼吸を忘れたように小さい吐息を繰り返しながら待つ。

 

 私はフランドールの小刻みに震えている右手が握られないか注意を向けながら、同じくレミリアが零す言葉に耳を傾ける。

 

 

「私は、貴女のことがーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー()()()。」

 

 

 ……時が、止まった。

 

 否、私の近くにいた吸血鬼の息がひゅっと、止まったのだ。

 

 まだ僅かに温かみを持っていた周囲の空気が、その一言で絶対零度を思わせるほどに冷え切り、時間が止まったように感じたのだ。

 

 半壊したエントランスに冷たい夜風が吹き込み、壁から覗く満月によって恒星のように明るく反射した金髪が揺らぐ。

 

 揺らいだ髪が元に戻るとその下に隠されていた表情がよく見えるようになった。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 あらゆる感情を削ぎ落とした後に絶望を塗りたくったようなその表情は私の心に深く印象を残した。

 

 マズいわね……。

 

 フランドールの瞳の色が真紅から赤黒く変わっていく。今までの狂気の発現条件は意識が切り替わる時だったらしい。つまりは起床時。

 

 しかしこの状況は全く違ったものだ。ただただ、悪感情の奔流によって制御できなくなってしまっているのだろう。

 

 

「失せなさい、私の前から。カルラの前から。」

 

 二人の関係が決定的に壊れていくのを、ただ見ていることしかできない無力感に思わず耳を塞ぎたくなる。

 

 しかしここで逃げてはいけない。多少なりとも原因を作った身として、最後までこの戯曲を見届けなければ彼女が報われないじゃないか。

 

 

「スカーレット家頭首としてここにとどまることは許すわ。図書館の奥にちょうどいい部屋があるからそこで過ごしなさい。」

 

 いつのまにかフランドールの瞳からは透明な液体が流れ出て頰を汚していた。それに気づいていないのか、拭うこともなく、言葉を忘れたかのように小さい口の開閉が繰り返される。

 

 

「……返事は」

 

 『嫌だ』と言いなさい。

 

 そんな言葉が喉元まで上ってきたが、どうにか抑える。ここまでの彼女の苦労と苦悩と苦悶を台無しにするわけにはいかない。

 

 ……でも、それでも心の奥で私はフランドールに望んでいる。

 

 この最悪(BAD)最高(BEST)結末(END)を破壊してくれることを。

 

 

「……は、い……お姉、様……」

 

 勿論そんなことは起こり得なかった。レミリアの言葉で憔悴したフランドールにそこまで求めるのは無理だったか。

 

 

「行きなさい」

 

 フランドールの返答の直後に僅かにレミリアは顔を歪ませた。しかしすぐに元に戻り冷徹な声に追従するかのようにフランドールに背を向ける。

 

 私はそれをただ見つめた。

 

 

 

 

 

 

「お姉様は私のことが嫌いかもしれないけどっ……!!私はお姉様達のこと、大好きだからっ……!!」

 

 しかしフランドールは背中を向けた姉に向かって叫んだ。髪が少し揺れて、その拍子に水滴が床を湿らす。

 

 

「だから……ごめんね。私、お姉様に嫌われないように、頑張るから」

 

 貴女が謝るのは筋違いが過ぎるだろう。ただ、不運だった。それだけなのに何故そんな事が出来るのか。

 何故そんな白百合のような笑顔を向ける事が出来るのか。不用意に突いたら割れてしまいそうな笑顔を。

 

 その必死さと純粋さに心が揺れた。姉に嫌われていると知ってなお私は好きだと公言するフランドール。妹を嫌わないといけないと思っているレミリア。

 

「何言ってるのよ……バカ。そんなわけないじゃない」

 

 聞こえないほどの声量で呟く。本当に、バカだ。

 ……私なら、今なら全てをなかったことにできる。

 

 

「……じゃあね、お姉様」

 

 口を挟むべきか否か逡巡しているうちにフランドールは別れの言葉を口にしてしまった。そしてレミリアに背を向け歩き出してしまった。

 

 二人の距離が離れていく。実際に離れていく距離が、心の溝を、想いのすれ違いを表しているようで、胸をキリキリと締め付ける。

 

 ……つくづく嫌になるわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランッ!!!!」

 

 唐突な大声と聞き覚えのある声に耳がピクッと反応する。

 名前を呼ばれたフランドールは肩を大きく跳ねさせた。そして私が予想を確信に変えようと声の方向へと振り返ると同時に、いつもより多少輝きを失った銀髪が横をすごい勢いで通り過ぎた。

 

 ……間が良いのか悪いのか。

 

「だ、大丈夫?誰に泣かされたの?」

 

 両肩を掴み、今最も答えにくい質問を知らぬうちにしているカルラを見て、フランドールがどう答えるのか興味が湧いた。

 

 しかし僅かに色を失った唇は開くことはなく、代わりにもう流し終わったように思えた水滴が、茫然と開かれた目から溢れ始めてしまった。

 

「……え、え?」

 

 当然わけも分からないうちに泣かれてしまった方はどうしたのかと、おろおろしていた。

 

 フランドールからすれば自分の与り知らぬところで傷つけてしまっていた姉に、心の準備が整わないまま会ったことで情緒が不安定になっているのだろう。それか、もう会うことはないと思っていたのかもしれない。

 

 ……カルラ、何故こっちを仇敵のように見ているのかしら?

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 なるほど、ではないだろう。

 

「貴女がフランを泣かしたのね」

 

 やっぱりこっちの吸血鬼は頭のネジが2、3本抜けていたか。どうしたらそんな突拍子も無い考えに至るのか理解に苦しむ……いや、カルラの中にレミリアがフランを泣かすという考えがない以上必然的にそこにたどり着くのだろうな。

 

「大丈夫フラン。あんな性悪魔女のことなんか気にしなくていいの。」

 

 性悪魔女て……。まぁ、自分であながち間違っているとも言えないのが情けないところだが。

 

 

「私はフランのことが大好きだから」

 

 壊れないように軽く、優しく抱きしめて、白く細い手で頭を優しく撫でながら紡がれた言葉は、まるでこの状況が理解できているかのようにひたすら真っ直ぐでーーーーーーー、

 

 

 

 

 

 

 ーーーー彼女にとっては、甘美な毒でしかなかった。

 

 

 

「……やめて」

 

「ん?どうしたの?」

 

「来ないでっ!!」

 

 

 カルラの腕をほどき、突き飛ばしてしまった彼女の顔は先ほどよりもさらに濡れていて、嬉しさと哀しさと困惑が入り混じっていた。

 

「ちょ、……え、フ、フランさん?」

「ダメ、だから……。私のせいでお姉様がいなくなるのは嫌だから……。私はまだ悪い子だから……。だから、まだ、ダメ……。」

「私が、いなく、なる……?」

 

 尻餅をついてしまったカルラには何のことだか分かるまい。しかし吐いた言葉()は飲み込むことなどできず、フランドールを自身から遠ざけてしまった。

 

 

「さようなら、お姉様」

「ちょっとフラン!」

 

 

 愛されていると知ったフランドールは好きという言葉を並べてくれる相手を自らが傷付けていることに耐えきれなかったのだろう。そして、距離を取ることを選んだ。

 

 

 遠ざかっていく妹にカルラが伸ばした指は届くことなく、全ての原因である綺麗な7色の装飾をつけた翼は闇に溶け込んでいく。ジャラジャラと嘲笑うかのような音を奏でながら。

 

 

 

 

 

 

「……レミリア、説明して」

 

 さっきから蚊帳の外だったレミリアは背を向けたまま微動だにしない。2人の関係が壊れていくのをどのような気持ちで聞いていたのだろう。顔が見えないので想像でしかないが、身を裂かれるような想いだったのではないか。

 

「フランに『狂気』のことを話したのよ」

 

 自らが決断を下したとはいえ、何十年も積み重ねてきた信頼が、絆が、関係が一夜にしてズタボロになったのだ。そして残るレミリアとカルラのそれも終わりを迎えようとしている。

 

「…そんなこと、どうして今さら……。」

「今日はたまたま貴女がいなかったから良い機会だと思って話しておくことにしたのよ。それでフランが貴女を傷つけていると知って、『狂気』が無くなるまで部屋に閉じこもることになった」

「……私はそんなこと望んでいない」

 

 情を感じさせない無機質なレミリアの声に、静かに、しかしはっきりと反対の意を示す。

 

「私とフランがそう望んだのよ」

 

 でもレミリアは取り合わなかった。一番の当事者であるはずのカルラの意思を無視して、全ては決まってしまっていた。

 

 

 

 運命を操る程度の能力。

 

 レミリアの持つそれは事象の結果を見て干渉し、自分の意のままの結末に変えることができる……なんて高尚なものではないらしい。主に干渉する段階で使い勝手の悪さが露呈するとか。

 

 運命を見るということは未来視に近い。しかし同じ時空に神のような俯瞰視点で物事を観ることができる存在がいることは、世界にとって都合が悪い。早い話がレミリアが観た未来は観た瞬間にパラレルワールドに変換されるのだ。

 

 つまり運命を観たレミリアが生きる並行世界では未来視通りのことは絶対に起こらなくなってしまう。当然不用意に干渉を受ければあらぬ方向に曲がりかねない。

 

 慎重になる。臆病になる。自分を殺すようになる。

 

 本来の彼女の性格からすればどれほどの負担になっただろうか。

 

「……私は平気だった」

 

 レミリアとカルラ。双方も自分の独善を無理やり貫き通した。でもこれは、どちらも望んだ結末ではなかった違いない。

 

「訂正するわ。私がそう望んだのよ。私にとっての貴女の価値はフランに強いる我慢より重かったのよ」

 

 二人の考えの違いは家族への配慮。一方はただ妹を救うことしか考えず姉の気持ちを無視していた。もう一方は妹を救うためにもう一人の妹に我慢させた。

 

「……私にはフランと過ごすことの方がずっと、ずっと重い」

「どちらにせよ二体一よ。諦めなさい」

 

 私にはレミリアやカルラより、二人の判断によって絶望にまみれた表情をさらけ出し涙を流したフランドールの方がずっと哀しく見えた。

 

「……ごめん、悪いけど今回ばかりはレミリアが正しいとは思えない。フランには自由でいて欲しい」

「別に謝る必要なんてないわ。考えの相違なんてよくあることよ。今回は私と貴女が噛み合わなかった、ただそれだけ。」

 

 三人が何故バラバラになってしまったかと言えば単に、互いが互いの意思の擦り合わせを行わなかったからだろう。

 

「そう……。私、今相当グロッキーだから落ち着いたら顔出すわ」

 

 実際、カルラの顔色は悪い。少しだけ蒼白いというか何というか。勧誘の後の精神的ダメージが大きいのだろう。

 

 ……そういえば勧誘してきた相手はどうしたのかしら?まぁカルラのことだから失敗したーって言われても納得できるが。

 

「フランには図書館の奥の部屋を使わせてるから、自室にいなさい。」

 

 どうしたのだろう?レミリアからそう言われたカルラが移動しようとして背を向けたまま止まってしまった。

 

「……あの部屋を使ってるの?」

「え、ええ。そうだけど、何か悪かったかしら?」

 

 予想外の質問に思わず振り返ってしまったレミリアの表情は思ったより暗くはなかった。怪訝な表情も作られたものではない。

 

「……いや、別に。大切に使ってね」

 

 なにか含むところがあるような言い方に少し引っかかる。が、あの部屋は特に何の変哲もない部屋だったはずだ。強いてあげるとすればあの場の雰囲気。本能的に長くいたいとはとても思えないあの雰囲気だけだ。

 

「じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみ。…………悪かったとは思ってるわ」

 

 最後にレミリアから零れ出たのはほんの少しの弱音。カルラには聞こえていたのかいなかったのか、一瞬固まった後二階に上がって行ってしまった。……果たしてカルラの部屋は無事なのだろうか。跡形もなく消え去っている自分の部屋を茫然と眺める様子が容易に思い浮かぶが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何よ?貴女ももう行っていいわよ」

 

 鬱陶しそうな顔を向けられるが、ところがどっこい。そういうわけにもいかない。私にはやらなければいけないことがあるのよ。

 

「今この場には私以外はいないわ」

「……だから?」

「ついでに言うと私は置物みたいなものよ。」

「は?」

 

 今回最大の功労者には敬意を。

 

「だから……もう肩を張る必要は無いのよ」

 

 僅かに顔を歪めるレミリアを見て確信する。

 

「はぁー……、……貴女に気を遣われるとはね」

「流石に私まで貴女の苦労を無下にすることはできないわ。……お疲れ様。」

「なんて返せばいいのかしら?ありがとうとでも?」

 

 そういいながら瓦礫の中から椅子を引っ張り出し腰を掛けるのを眺めていると、天井とも呼べない隙間から覗く空が明るくなり始めていることに気づく。

 

「別に礼なんて要らないわ。居候として家長を労うのは当然でしょう?それとも罵倒の言葉が欲しかったのかしら?」

 

 レミリアは少し驚いた表情をした後、静かに首を横に振った。

 

「そうでは無いけれど……単に意外だったのよ。貴女の顔ったら喜怒哀楽が分かりにくいんだから、言葉でそう言われると落差がね。」

「失礼な。死人に鞭打つほど酷じゃ無いわ。」

 

 まだ日は出てないから大丈夫だろうが、念のため天井一面を塞いでおこうか。

 

「あー、そう言えば貴女なら平気だろうから、フランのもとにちょくちょく顔出しといてやって。流石にずっと一人のままだと精神的にヤバそうだし。」

「どうせ私が行かなくてもお節介な吸血鬼がやってくれるわよ。絶対にね」

「それはどうかしら。あの子は確かに世話焼きだけど、一度でも拒絶されるとずっと引きずって会わない気がする、……むしろそうであって欲しい」

 

 ふむ、私がフランドールに顔を合わせるのは結構良い案かもしれない。親密な間柄より他人だからこそ話せることもあるだろう。

 

 このようにレミリアは妹達のことを誰よりも思っていて、誰よりも理解している。だからこそ万が一にでもフランドールを()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全ては(フェイク)。フランドールを嫌いであると公言することにより自分から、カルラから遠ざけるための虚言。そして恐らく、はどのような形であれ三人がバラバラに離れないようにするための苦肉の策だったのだろう。

 

「カルラは多分、気付いているでしょうね」

「さぁ?あれで案外鈍いところがあるからねぇ。それに……、努めて理解してもらおうとも思わないわ。今回は私が正しいと思っているし、何より……一人でも理解者がいてくれるって言うのは結構救われるものなのよ?」

 

 別段気にしていないと飄々と振舞っているように見えるが、心の底では無理をしているのだろうか。少し目元が赤くなっている気がする。何より普段なら私にこんなに饒舌になることもないだろう。

 

 内面は決して晒さず外面は気丈に。

 

 どうしたらそんな在り方でいられるのだろうか。

 それとも誰かが、何かが彼女を変えたのか。

 

 自分から踏み出す勇気を持てない私には生涯分からないことだろう。

 

「……強いのね、貴女。」

「……弱いわよ、私は。私が仮に強ければこんな手段を取る事態は防げただろうし、誰も傷つける事ない結末を選んだわ。その選択肢を出せなかった時点で姉失格よ」

 

 それは自分に期待しすぎではないのか。自分一人で出来ることには限界がある。だからこそ家族がいて友人がいて相互的信頼が成り立つのではないか。そう言おうと思ったが、かつて一人で逃げ回った私が言えることではないと思い直し口を噤んだ。

 

 そんなことはない。

 

 その言葉は言うだけなら簡単だが、あまりに軽薄だった。

 

 だからその代わりに自分より頭一つ低い位置にある薄桃色のナイトキャップを、ポンポンと軽く叩いておくに止めた。

 

 敬意を評して。労いを込めて。

 

 その後少しの間俯きながら肩を震わせていたのは触れないでおいてやろう。

 

 

 

 さて、まずは屋根作りから始めるかな。






 久しぶりにパソコンで編集しました。

 それと後書きが長くなってしまったので活動報告に載せておきます。

 見なくても物語の進行に何の問題もないのでOKです。というか関係の無い事8割。

 更新頻度はきっと早くなるはず・・・・・。

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