Phantasm Maze   作:生鮭

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姉が偉大である理由

 不本意ながらもフランと会わない生活に慣れてしまってからしばらく経った。最初のうちは何度も何度も会おうとして部屋凸を繰り返していたけれど、そもそもオウレットに止められることが多く、それをすり抜けてもドアが開くことがまず無かった。

 

 一回だけ壁をぶち抜いてフランに会いに行ったけれど涙目で『来ないで』と言われては引き返さざる得なくて、帰り際にレミリアに泣きついたのも昔の話だ。

 

 今では扉越しに話しかける始末。一人でに話しかけて何も出来ずに去っていく。自宅警備員を部屋から出そうとする母親の気持ちに共感を覚えたのは内緒である。

 

「で、今日はどうしたん……です?」

「いや、いつものごとく暇潰しに」

 

 美鈴も段々と板に付いてきた敬語で要件を聞いてくる。最近は門番という名目でいてもらっているけれど、ぶっちゃけすごい暇じゃないかと思い度々話し相手になってもらった。私にとってもあまり深い事情を知らない相手というのは愚痴を漏らすのに都合が良い。

 

「それと一応雇い主だからサボってないかの確認ね」

 

 サボっていたら、何かしらの罰則を考えていたのだが。特に具体的なのは思いついていない。しかし律儀にも十数回と見てきた中で一回もサボっているところを見たことがないのだ。真面目は美徳である。

 

「で、判定はどうでしたか?」

「グレー寄りのセーフかな」

 

 そう、サボってはいないのだ。サボってはいないのだが、なんだろう。毎回騙されているような気がする。目が充血していたり後ろから声をかけるとビクッと肩が跳ねたり、そう、まるで直前まで寝ていたかのような……。まぁ本人がサボっていないというなら深く追求はしないでおこう。

 

「グレー、ですか。まだまだ改良の余地がありそう、です」

 

 なんの改良なんだか。寝起きをバレないようにするとかだったら、食事抜いてやるからな。

 

「して、今日はなんの愚痴を聞けばいいんですか」

「そう!なんとびっくりあの馬鹿メイド共、またシャンデリアひっくり返しやがったの!!」

 

 おっと、ついつい言葉遣いがちんちくりんになってしまった。しかしそれもどうでもいいと思える程には私の腹わたは煮え繰り返っている。5度だ!今回で5度目だ!

 

「それは、またやっちゃいましたね……」

「これもどれも全部レミリアが悪い!!」

「え?いや、流石にそれは暴論過ぎでは……?」

「暴論もクソもない!!レミリアがあんな契約にするから……!!」

 

 100%いや、99%レミリアが悪い。残りの1%は0.5%ずつオウレットと私で分け合おう。初めてで慣れない契約をレミリアに一任した責任分だ。だがしかし、だがだがしかし、レミリアもレミリアだと思う。全く、どうかしているに決まっている。

 

 

『業務時間外は紅魔館で遊んでいい』などというアホ過ぎるにも程がある契約を結ぶだなんて。

 

 

 まぁ完全に否定はしない。うちは現在金欠だし、レミリアがそれを解決するために頑張っているのも知っている。そもそも金銭をやったところで妖精が使える場所がない。衣食住の保証なんてあいつらどこにでも住んでるし食事も必要ない。私も何か案を出せと言われても特に思いつきはしない。

 

 でも、それでも違うだろう。

 

 業務時間?時間なんて気にせずに日夜遊んでばっかりだった妖精にそんな縛るものは存在しないと同義だ。一部の真面目な妖精を除いて遊び呆けている奴らがやたら邪魔で仕方ない。

まぁ百歩、いや千歩ぐらい譲って遊ぶのはいいとしよう。でもなんでそれを紅魔館にしたのかと、外で遊ぶようにしとけばいいものを、何故中で遊んでいいことにしたのかと、私はレミリアをそう問い質したいのだ。後片付けまで契約に入れる頭があるならもう少し考えてくれと言いたい。

 

 

 

「……しっ!静かに」

 そんなことを美鈴に愚痴っていたら急に口を抑えてきた。勢いに流されて思わず黙ってしまうと、口から手が退けられた。そして夜空に向かってなんだかよくわからんポーズをとる美鈴。

何やってんだと呆気にとられて見ていると次々に無口で掌底を繰り出す中華娘。

 

 あー、なるほどね、……可哀想に。暇過ぎて仮想の敵を相手にシミュレーションしてるのかとと思うと、無性に哀れに思えてきた。

 

「ふぅ。終わりましたよ」

「なんかごめんね。今まで気付かなくて」

「へ?」

「寂しかったんだよね。これからは暇があったらここに来るようにするし、そうだ、本でも持ってこようか?」

 

 そう、思えば目が毎回充血していたり、わざとらしく肩が跳ねるのも構って欲しいというSOSの一端だったに違いない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。美鈴にとっては例え罰則として飯を抜かれようとも退屈を紛らわすには充分だったのだ。

 

「いえ、私ちょっと活字が苦手なもので……って、なんでまた本なんか持ってくるんです?」

「暇過ぎて頭がおかしくなったなら私の責任かと」

「失礼な!誰の頭がおかしく……ああ、来ましたよ。アレですアレ。丁度小腹が空いていたところだったので。」

 

 美鈴が指差す方向を見るとゆっくりと小さい黒い点がだんだん落ちてくるのが見えた。あっちへふらり、こっちへふらりと不規則に揺らいで落ちてきたのは……鳥だった。鳩とか鴉ではない大型の。

 

 つまるところ先ほどの掌底で落としたのだろう。……落としたのだろうって、見えないほど遠かったのだが。それに掌底で落とすって。空気砲みたいな感じなのかな?……カッコいい。

 

「最近は小腹が空いたらこいつで腹ごしらえしているんですよ、羽周りの筋肉が美味いのなんのって。」

「へ、へぇー……」

 

 外面だけは綺麗な女性が大型の鳥の翼を捻り取っている絵面が強烈過ぎて言葉が出ない。

 

「ふんっ!」

 

 あー、取れた。おお、グロイグロイ。鮮血がぷしゃーって噴き出て美鈴の顔を汚していく。……マッドだ。マッドウーマンだ。流石に生では食わんだろうな?

 

「ちょっとこれ持ってて貰えます?なにか燃やすもの探してくるんで」

 

 良かった。どうやら焼くらしい。美鈴に押し付けられた2つの翼を両手に、なんとはなしに惨殺死体の見聞を始める。いー、ピクリともしない胴体と足は翼からの出血で赤に近い色になってしまっている。翼を捥がれるのは……痛いんだろうなぁ。全く体験したいと思わない。

 

 とか思っていたら焚き火ができるほどの枝を抱えた美鈴が帰ってきた。枝に火を付けてやると焚き火特有の嫌悪感を煽らない良い煙の匂いが漂って来た。

 

 そして火が大きくなる間に翼についていた羽を慣れた手つきで綺麗さっぱり抜いてしまった。……本当に鳥の地肌ってブツブツしてるのか。モノホンの鳥肌を見るのは初めてだ。

 

「食べます?」

「……食べる」

 

 片方の翼を差し出してきた美鈴に少し迷ってから受け取った。見た目はちょっとアレだが、味には正直興味がある。経験者いわく表面に焦げ目を付けてから食べると美味しいらしい。そりゃそうだろ、焦げ目がつかなかったら生肉みたいなもんだ。鶏肉は豚や魚に比べて火が通りにくい。鳥インフルって関係ないっけ?

 

 念の為少しやり過ぎレベルで焼いてから口に運ぶ。

 

「……美味しい」

 

 美味い。反論の余地なく美味い。焼き鳥などの場合は塩やタレで味付けをするのだろうが、文字通り素材そのものの味だ。鳥を焼いた時に出てくるのは鶏油だったか?うろ覚えだがそれがバカみたいに美味い。

 

「そうでしょう!そうでしょう!」

 

 というかこれ手羽先か。そりゃあ美味いに決まっている。美鈴がかぶりついている部位に既視感を覚えながらあっという間に完食してしまった。

 

「これは食べれないの?」

 

 残ったのは両方の翼をもがれた死骸。少し見た目がグロテスクだが翼があんなに美味しかったのなら胴体も、と思ってしまう。脳の慣れとは恐ろしい。さっきまで傷口が痛々しいとか考えていたのに。

 

「あー、私も一回食べたことがあるんですがとても美味しいとは言えませんでしたよ。内臓系が特に独特な味と言いますかね、食べる部位によっては美味しいんですが……。適当に置いとけば野良が処理してくれますよ」

 

 確かにレバーは好みが別れるだろうな。砂肝も食感が私はあまり好きではない。でもボンジリとかハツはよく焼いたら美味しいだけにもったいない。ダメ元でリサに捌いてもらえるよう頼んでみようか。

 

「尻尾の方は美味しかったんですがねぇ。誰か捌いてくれる人でもいればいいんですが。……えいっ」

「ちょっ」

 

 考えている間に美鈴が森の方に遠投してしまった。たちまち見えなくなってしまう。……まぁ私もリサが捌けるとは思っていなかったのだが、少々もったいない気がする。

 

 美鈴が火を消している間、コックを雇うかどうか考えてみる。うちには今決まった調理担当はいない。こっちがアレ食べたいなどと言い、妖精メイドがそれに従って当番制だったり気まぐれに作っているだけだ。

 

 私も作れないことはないのだが、いかんせん面倒が勝る。言えば作ってくれるのだから当然だ、……当然であって欲しい。しかし誰かしらプロの調理人が鳥や食糧(人間)を捌いてくれたらどんなに良いことだろう。あの貴重な部位達を無駄にせずに済むのだ。

 

「……おおっと、今日は千客万来ですね」

「誰か来たの?」

「ええ、と言っても私の胃に収まるお客さんですが。」

 

 暗闇に目を凝らしてもなにも見えない。しかし美鈴にはなにかしらの獲物が見えているようで、早く獲りに行きたいと言わんばかりにこちらをチラ見してくる。

 

「ちなみに何がいるの?」

「あの大きさだと……熊か猪ですね。焼いてもいいですけど、鍋とかも美味しいですよねっ!独特の臭みと上質な脂が舌をくすぐって……」

 

 ……じゅるり。

 

「……めーりんGO!!」

「イエッサー!!」

 

 鳥の脂が、味がまだ下に残っているうちにそんなことを言われたら我慢できない。鍋、丸焼き、ステーキ、想像するだけで胃が欲しているのだ。美鈴が物凄い速さで暗闇に消えていったのを見届けると、すぐさまさっき消したばかりの火をつける。が、すぐに思い直して消す。

 

 どうせ豪華な食材が食べれるのならもっとちゃんとした調理法がお似合いだ。適当に取り出した紙の裏に美鈴に向けて食材を台所に持ってくるように書き付けておく。そして流れるように調理場へ。

 

 

 

「鍋に水を入れて、強火にかける……」

 

 熊でも猪でも構わないと、紅魔館一大きい鍋に大量に水を入れ沸騰させる。沸騰するまでの間に近くを通りがかった妖精メイドに料理本を図書館から持ってくるように頼む。あるかどうかわからんが、あそこはなんでも揃っている。今こそそれを活用する時だ。

 

 次に二、三人新たな妖精メイドを台所に呼び出し、野菜を切るよう指示していく。

 

「長ネギは斜めに、ごぼうはささがきに、人参は……ざっくりでいいや、あと生姜を薄く切って」

「わかったー」「おっけー」「まかせろー」

 

 一瞬敬語じゃないことにムッときたが、今は後回しだ。後でたっぷりと折檻してやる。

 

「昆布……無いのか、鰹節!……も無いのか、……あれ?出汁の原料が無い……」

 

 しまった、出汁を考えていなかった。野菜と肉のみで出汁をとってもいいのだが、主軸となる何かが欲しいところ。ぐるりと調理場を見渡すと、……おっと、いいものを見つけた。干し椎茸だ。いつ買ったのかも知らないし、もしかしたら作ったのかもしれないが、乾物は安全だ。しかし、干し椎茸だけだと弱い気もするが、まぁ大丈夫だろ。

 

「他に何かすることは……柚子胡椒でも作ってみるか」

 

 鍋ものといえば柚子胡椒が合う。というか大体の和食には柚子胡椒は相性がいい。

 

「困った……柚子が無い。……これでもできるかな?」

 

 肝心の柚子が無かったのでライムで代用。そもそも原産地がこっち側では無いのだからなくて当然か。塩にライムを絞って皮を刻んだやつと混ぜ合わせる。作ったことないから完全にフィーリングだが、匂いもそれっぽいし大丈夫だろう。

 

 

 

「ただ今戻りましたぁっ!!」

 

 出汁も取り終わり野菜を全部入れた頃、泥だらけの美鈴が担いできたのは立派な猪。メッチャでかい。体格でいったら私の3、4倍はあると思う。

 

 じゅるり、と無意識に涎が出かけて慌てて飲み込む。どの部分が美味しいとか、どんな味付けにしようとか、普段は鈍い頭が全力でフル回転する。

 

「美鈴は泥を落としてきて!ついでにレミリア呼んできて!」

「ラジャー!」

 

 いつのまにか届いていた、『猪の捌き方』というピンポイントな本を片手に処理していく。あそこの蔵書種類に疑問を持つのは時間の無駄だ。手早く慎重に正確に刃を入れて行く。

 

 

 

 初めて故に少し不恰好になってしまったが、なんとか処理を終えるとゆっくりと鍋に入れる。さて、残った頭は玄関にでもオブジェクトとして飾っておこうか。鹿の首とかよく見るし。

 

「カルラー、何か用ー?」

 

 さっきまで寝ていたのかレミリアが目を擦りながら調理場に入ってきた。着衣が乱れていることや、うっすらと隈がみえることから寝不足なのかもしれないと予想する。事務仕事に追われているところに声を掛けたなら邪魔してしまっただろうか。

 

「鍋作ってるから声掛けたんだけど、いる?」

「鍋……いいわね。少しちょうだい」

「少しねー、了解。あー、あとこれ、玄関に飾ったらどうかな?」

 

 傍にあった猪の首をレミリアに投げる。レミリアは一瞬ギョッとしたが受け止めてくれた。

 

「……これを、玄関に?」

 

 やっぱりダメだったか。まぁ、鍋に入れれば美味しい出汁になりそうだしそっちの方が猪も浮かばれるだろう……。

 

「いいんじゃない?」

「え?」

 

 嘘でしょ?

 

「見栄えもそれほど悪くないし、逆に何も装飾がないってのも考えものだわ。多少なりともインパクトがあった方が私の風格を際立たせるってもんよ」

 

 わからんわからん。というかインパクトを与えるってことは来客に見せるってわけで、つまりは節分の柊鰯みたいになるってことか。私の考えでは玄関の内側につけようと思っていたんだけど。

 

「……ちょっと、何するのよ」

「レミリアがレミリアじゃないもんで」

 

 ピタッ、とレミリアの額に手を当てて熱がないか確かめる。私の知っているレミリアはそんな悪趣味な装飾は好まない(自分で提案しておいてなんだが)。もっと煌びやかで、華やかなものを望むはずだ。よってこのレミリアはいつものレミリアではない。QED(証明完了)

 

「はぁ……熱なんてないわよ。」

「ホントだ……。」

 

 ということはこの猪の首が装飾としてのセンスが感じられることが事実であり、私のセンスがないのかもしれない。

 

「リーダー!鍋が鍋が!」

「んー?おっとっと……勿体無い、勿体無い」

 

 突然かかった妖精メイドからの声に鍋が吹きこぼれかけているのに気づいて、慌てて火を弱くする。

うん……いい感じに煮立ってきた。あと少しもしないうちに完成でいいだろう。んー…、野菜の出汁の匂いが美味そうに漂ってくる。猪の肉にありがちな臭みは生姜で打ち消してあるため気にならない。柚子胡椒もどきは柑橘類特有の爽やかな匂いで食欲増進に一役買ってくれそうだ。

 

 最高の晩餐はもう間近だ。

 

 

 

「運んで運んでー」

 

 どんどんテーブルに食器とワインが並べられていく。人数自体はそれほど多くないため一瞬で終わった。私とレミリアに美鈴、それに調理を手伝ってくれた妖精メイド達だ。

 

「鍋が通りますよーっと」

 

 最後に美鈴が鍋を中央に置いて終わりだ。調理場とは違い換気が行われていないせいか、鍋の中からより強く美味そうな匂いが部屋全体を包み込む。

 

「ワイン全員持ったー?」

 

 全員がグラスを掲げたのを見てレミリアが音頭をとる。

 

「それじゃあ……乾杯!!」

 

 

 

 さて、……鍋パーティーだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いやぁ旨かった旨かった。猪を初めて食べたが、言ってしまえば豚の仲間だ。しかし豚に比べると筋肉質というか、肉がしっかり締まっているのだ。それに筋も豚に比べると強い。その代わりに脂がまた豚とは違う旨さがある。舌にへばりつくようにしつこく、でも胃もたれしない上質な脂。こんなに美味しいやつが森の中とかをほっつき歩いていたのか。うーん、良いことを知った。

 

「んー……、むにゃ……」

 

 ふと、周りを見渡せば私以外にはレミリアしかいなかった。そのレミリアでさえ、寝不足ゆえか机に突っ伏して寝入っている。たまに聞こえてくる寝言っぽいのはご愛敬だ。

 

 妖精メイド達は仕事に向かったのかはたまた遊んでいるのか、多分遊んでいるんだろうなぁ……。美鈴は流石に門を開けすぎたのかワインもほどほどに戻ってしまった。その時にしっかり鍋を空にしていったくれたのはありがたかった。

 

 

 私は……実を言うとあまり全力で鍋を楽しむことはできなかった。もちろん鍋は美味しいし、みんなでつつくのもたのしいのだが、そのみんなに金髪の吸血鬼が入っていないことが私の心を終始占めていた。

 

 むにっ。

 

「返事がない。ただのレミリアのようだ……。」

 

 ほっぺたを軽く抓ってレミリアが起きそうにないことを確認すると、自室から毛布を持ってきて起こさないようそっと背中にかけておく。やっぱりな、と思った。最近は根を詰めすぎな気がしてたんだ。

 

 

 

 そんなレミリアを尻目に便箋を取り出し、ある手紙の内容を考える。

 

「うーん、拝啓?お日柄もよろしく?……おっと」

 

 書き出しを考えるがレミリアが寝てるため独り言は自重しておこう。どうしようか、あまり堅苦しいのも他人行儀過ぎるし、かといってフランクに寄せても手紙そのものを軽く見られる気がする。いや、そんな深刻に捉えられても困るのだけれど。

 

『そろそろ冬も本格的になり、厳冬の候』

 

 ダメだダメだ。書き直し。

 

『春の訪れを感じさせることのないのもまた一興』

 

 意味がわからない。書き直し。

 

『ーーーーーーーーーー……』

 

 ……書き直し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 暇。

 

 限りなく暇。

 

 途方もなく暇。

 

オウレットから借りてきた本は読み終わったし、特別眠くもない。やることがなければ暇になるのは必然。

 

 ……いつまでここにいればいいのかなぁ。

 

「っ……!ダメダメ!」

 

 自分で決めたのだから。こんなに早い段階で弱音を吐いてはいけない。良い子にならなきゃ。悪い子のままじゃお姉様達には会えない。

 

 でもどうやって良い子になるのかな?レミリアお姉様によればあと300年と少しらしい。そのぐらい長い月日が経って初めて私の中の『狂気』が消えるとか。ある日突然急に無くなるのだろうか。

 

 

 

 ……暇だなぁ。

 

 取り急ぎまた本でも借りてこようか。

 

 図書館には300年分持つのか心配にならない程度には本がたくさんあるけれど、難しいことが書いてある本の方がずっと多い。でもそういう時はオウレットに訊けば読みやすい本を教えてくれるし、分かりやすく解説もつけてくれる。そのおかげか、もしかしなくてもあの日以降私と一番喋っている。一人よりはずっと楽しい。

 

 近々、手慰みに魔法でも習おうかと思っている。

 

 

 

 そこまで考えたところでカルラお姉様が図書館に来ていることに気づき、思わず身を固くしてしまう。

 

 どうしてまた来てしまったのだろうか。

 

 前に無理やり部屋に入られたことがあり、その時に来て欲しく無いという意味を込め強く突き放してから、部屋に入ってくることはなかった。そのせいか、最近はドアの外まで来ては、一言二言話しては帰って行くということが多い。

 

 それだけでも私は怖い。また私が知らないうちに傷つけてしまったのでは無いかと、今も傷つけているのでは無いかと。

 

 レミリアお姉様は同じ空間にいなければ大丈夫だと言っていたが、わからない。私の中でありながら、私の知らないもののことなどわからない。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ、嫌だ。

 

 

 

 そう念じていると、急にカルラお姉様の魔力が遠ざかった。珍しい、というか初めてだ、話しかけられなかったのは。

 

 ホッとすると同時に冷たい感情が胸を占めた。

 

 嫌われてしまったのだろうか、と。

 

 自分から避けておきながらなんて身勝手なのだろうか。嫌われるようなことをしたのは私なのに。予想通り。自分の願いは叶ったじゃないか。

 それでもつんざくような胸の痛みに耐えかねて、思わずドアを開けてしまった。まだいるかもしれないのに。

 

 でもその心配はいい方向に裏切られたようで、ドアの先には誰もいなかった。

 

 その代わりに予想外のものが置いてあった。

 

 

 

 木製のお盆に置かれていたのは小さな鍋が一つと、横に添えられた封筒にフォークとスプーン。それと隅の小鉢にはペースト状のものが盛られていた。

 

「なんだろう?」

 

 私は食事は基本的にオウレットに頼んでいる。届けてくるのは毎回妖精メイドの誰かだし、たまにレミリアお姉様が運んでくることもあった。

 

「……良い匂い。なんの鍋だろう?」

 

 でもカルラお姉様が持ってきたのは初めてだ。

 

 もしかして私のために作ってくれたのかな?そうだとしたら、嫌われてなかったのかもしれない。でも、考えすぎかもしれない。

 

 

 

 ぐー。

 

 そこまで考えて腹の虫が鳴ってしまった。少し気恥ずかしさを覚えながら取り敢えず自室になった部屋に運び入れる。金属製のお盆じゃないのは持つ時に熱さを感じない配慮かもしれないと期待する自分に少し辟易する。

 

 殺風景な部屋に申し訳程度に置いてある赤いテーブルにお盆を乗せる。手紙……は後でいいか。手紙の内容より食欲の方が優先されるべきだ。

 

「……いただきます」

 

 まずはスープを一口。……美味しい。間違いなく今まで飲んだ中で一番美味しいスープだ。野菜の甘みが口に広がり、少しの塩気がまた丁度よく働いている。間髪入れず動物系の出汁が後を追って喉を通り、風味が鼻を抜ける。

 

 次に鍋特有の斜めに切られた長葱やごぼう、人参といった野菜達。スープの味をしっかりと吸い込みつつ、各野菜の様々な食感が食べる楽しみを与えてくれる。

 

 そしてゴロゴロと入った肉。豚のような脂身があるわけではないが、スープの味に消されないほど強い別種の旨味が感じられる。噛めば噛むほど味が滲み出て、噛んでいる途中にスープを流し込むと2つの旨味が合わさって相乗効果を生み出す。

 

 一通り味を楽しんだならば、少し怖いが小鉢のペーストを少し葱に乗せて口に入れる。するとどうだろうか、スープと葱の甘みと柑橘系の爽やかさがストレートに舌を刺激し、味が一変した。優しく淡かった味わいは急に色を付け、風味が一気に増したのだ。それはまさに僅かな輝きしか放さなかったダイヤの原石を、半分に割ったかのよう。

 

 あまりの美味しさに残りのペーストを全て鍋に投入し、スプーンでもってゆっくりと攪拌。乳白色だったスープはほんの少し色を黄色がかったものに変えた。

 

「……あ」

 

 しまった。入れ過ぎたか。そう思ったが、それは一瞬のうちに消え去った。何故ならばさっきまで葱をあんなにも引き立て、別のものに変えてしまった風味が部屋全体に広がったからだ。

 

「……はぁ」

 

 あまりの心地よさに思わず恍惚とした表情さえ浮かべてしまう。その表情を直そうともせず、その黄金のようなスープを肉の上から流していく。そして、フォークを刺せば刺した穴から肉汁がこれでもかと溢れ出す。さっき食べたものとは別の部位なのか肉汁の量が段違いだ。そのあまりの神々しさに震える手を律して口へ運びーーーーーー……。

 

 

 

 

 

 割愛。

 

 

 

 

 

「美味しかった……。」

 

 心ゆくまで鍋を堪能して満足した後、ふと脇に置いておいた封筒に目がいく。裏の差出人の欄にはカルラ、宛名にはフランへと書いてある。鍋を食べたせいかぽかぽかした心持ちのまま、少しだけ緊張しつつ封筒を開ける。

 

 入っていたのは一枚の便箋。そこにつらつらと細い字で書かれた内容はどうも読み取りにくかった。どうも婉曲というか意図を汲み取りにくい。

 

 要約すると、この鍋は私のために作ったものだということ、これからは毎日図書館に顔を出すこと、健康に気をつけること、などが書かれていた。ちなみに食べたのは猪鍋だったらしい。

 

 手紙を読んで最初に感じたのは安堵。私はどうやら嫌われていたわけではなかった。同時におかしな話だ、とも思う。好かれたいのか、嫌われたいのか。自分の気持ちがよくわからなくなってきた。……でも全部終わったなら、私が悪い子ではなくなったなら、昔のように接して欲しいと願うのは……やはり我が儘に違いない。

 

 でもこれから毎日来てくれると知って自然と心が暖かいような、嬉しいような感じがする。

 

 一回目を通したその拙い手紙を最初に感じた暖かさが忘れられず、何度も何度も読み返すにつれ、胸が暖かいから熱いに変わっていく。嫌われてしまったかと思っていた自分がバカみたいに思えてきた。

 

「……もうっ」

 

 あの威厳が感じられない方の姉はどうしてこんなにも私の心をかき乱して、震わせてくれるのだろう。目頭が熱くなり、少しだけ視界が滲む。これは、あれだ、鍋のせいだ。決して手紙に泣かされたのではなく、鍋があまりにも美味しくて、それにほんの少し手紙の暖かさが手伝って出た涙だ。

 

「……馬鹿みたい」

 

 たかだか鍋と手紙のせいで気分が変わってしまう自分がひどく単純に思えた。もう最初の暗い気持ちはどこかへ消えてしまった。姉とは本当に偉大だ。

 

 

 

「明日、何話そうかなぁ」

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