Phantasm Maze   作:生鮭

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司書は辛いよ?

 なんか増えてね?

 

 毎日訪れている図書館を見渡してふと思った。いつもフランとお喋りしたり、本を読んだり、昼寝するために来ていたが、目に見える限りの本棚には空きスペースはなく、オウレットが鎮座するテーブルにはこれでもかと本が積まれている。幼い頃はフランやレミリアと本棚の空きスペースに隠れたりして遊んだのだが。

 

 ねえ、と本の虫と化しているテーブルのオウレットに声をかけるも無反応。しかしこれも慣れたもので特に気にしない。

 

「貴女が来てから本が増えた気がするんだけど買ったりした?」

 

 ここでやっとこちらにジト目を送ってくる。さっき反応がなかったのも聞こえてなかったわけではなく、単に興味がなかっただけ。そして先の質問で漸く魔女の興味を引くことに成功したのだ。

 

「気がする、じゃなくて増えたのよ。何を言い出すかと思えば……今まで気付かなかったの?」

「ぐっ……」

 

 本当に増えてたのか。ちょっと呆れたような顔をする魔女にすこし腹が立つ。でも、急にドンって増えたならともかく、アハ体験のように少しずつ増えていったのなら気付かなくても不思議ではない。むしろそうであって欲しい。

 

「いや、いやいや、そんなしょっちゅう来てるからって本の数まで把握してないから。……一応聞いとくけどどれくらい増えたの?」

「うーん、数えたことはないけどざっと二千は超えた気がするわね。」

「に、二千!?」

 

 それは……私が馬鹿なのかもしれない。……二千は流石に誰でも気づけただろうに。道理でそこらかしこに本が積み重なっているわけだ。本棚に入りきらなかったのだろう。……そしてそのせいで私がここを歩く度に本の角に足をぶつけるわけだ。……許すまじ。

 

「必要な魔導書を魔界から取り寄せたり、自分で書いてるうちにいつのまにかそんな数になってたわ。」

「自伝!?」

 

 こんな紅魔館の住民しか来ないような図書館に自伝を置いて何になると言うのか。もしかしなくても自分で読むのか。

 

 ちょっと気になったので適当に見繕ってもらい読んでみれば、……なるほど、本というよりノートに近い。魔術について気付いたことがあったらそれを書き、自分が分かりやすい形にまとめたものらしい。学生の自作ノートを彷彿とさせる。……出来が良すぎて教科書に近いが。

 

「どこに何を置いたかとか分かるの?」

「まさか!入らなくなったから適当に積んでるだけよ。大体私ぐらいしか使わないし誰も困らないじゃない?」

 

 あまりの言い様に開いた口が塞がらなかった。そう、例えるなら部屋を片付けない奴が『これが私の理想の配置だから』とでも言い訳してるかのような。なまじ本当に必要な時はチチンプイプイと指を振るだけで本がひとりでにやってくるのだから始末が悪い。

 

「だからといってこれは……」

「……確かに改めて見てみると壮絶ね」

 

 オウレットは座ったまま辺りをぐるっと見渡し、あまりの乱雑さに考えを改めてくれたようだ。というか自覚がないまま散らかすのはやめて欲しい。

 

 とか考えていると一冊の本がふわふわとこちらに飛んでくるのが目に入る。そして私の目の前にぱたんと落ちた。

 

「……何これ?」

「片付けるためには場所が必要でしょう?私よりは空間系統は貴女の方が得意でしょうし……頼めないかしら?」

 

 ……なんでこいつが散らかしたのを片付けるために私が頑張らなきゃいけないのだろう。いくら焚きつけたとはいえ、面倒だ。しかし流石に多少無理があるお願いでも、無下に断るほど私は狭量ではない。それに片付けた後のメリットを考えればお釣りがくる……いや、プラマイゼロぐらいにはなるだろう。そう、これは言わば未来の先行投資なのだから、少しぐらい頑張っても良いはずだ。

 

 ……それに頼られてちょっと嬉しかったし。

 

「しょうがないなぁ」

「ありがとう。助かるわ」

 

 ありがとう、か。……お礼まで言われちゃーしゃーない。

 

 ……ちょっとカルラさん、本気出しちゃおうっかな!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「ふぅー、終わった……」

 

 成し遂げた感が全身を包み込み、ゆっくりとソファに身を沈め脱力する。従来よりかなり大きくなった内部を見渡す。……少々やり過ぎた気がしないでもないが、まぁ、考えたら負けだ。広過ぎて困ることはないのだし。

 

「お疲れ様」

「あー、ありがとう」

 

 オウレットが渡してくれた紅茶をちびりちびりと飲んでいく。……ん、アッサムだと予想。そういえば、この紅茶はさっき拡張中に入ってきた妖精メイドが届けてくれたものだが、オウレットは淹れないのだろうか。器具も見当たらないし。

 

「そうね。自分で淹れられないこともないけれどそっちの方が楽だし」

「なら自分で淹れればよくない?いちいち妖精メイドを呼びつける手間も省けるし」

 

 そう言ったら眉をひそめられてしまった。

 

「……あのね、淹れられるってだけで美味しいってわけではないのよ。もちろん飲めないほど不味いってわけではないけれど、手間を差し引きしてもメイドの紅茶の方が上なのよ」

「はー」

 

 適当に相槌を打ちながら、何故私のせいではないのに眉をひそめられなければならなかったのかと、一人でちょっぴり理不尽に思っていた。

 

「確かに料理もアレだったし、当然っちゃあ当然か、……そんなに睨まなくても」

 

 おっと、余計なことを言った。こちらを睨んでくる魔女にちょっぴり恐怖しながら、少し反省する。さっきは料理苦手キャラだったのを鑑みて触れないべきだったのだ。誰だって自分から料理下手を晒したくはないだろうに、配慮が足りなかった。

 

 かくいう私もそれほど紅茶を淹れるのが上手いわけでもなく、結局この家で一番美味い紅茶を飲もうとするならば、妖精メイド達に頼むのが良かったりする。

 

「それか……」

 

 図書館、紅茶、と連想ゲームのように思い浮かんだ悪魔が1人。……1匹?そんなことはどうでも良いとして、彼女は今どうしているのだろうか。新たな雇い主の元で元気にやっているのか、魔界で暇を持て余しているのか、はたまた大出世したとか。……最後ははないな。

 

 …………。

 

「司書、欲しくない?」

 

 いつもなら反応するまでに暫くのスパンが必要なのだが、片付けをした後だからかすぐに返事が返ってきた。

 

「司書?まぁいたら嬉しいけど、こんな辺鄙なところで働きたい奴なんかいないわよ」

 

 普通はそうである。ところがどっこい、

 

「いたんだよ、一人だけね」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「……これでいいの?」

「完璧完璧。これでアレが確定で召喚できるよ」

「ねぇ、どうしても私が召喚主じゃないといけないのかしら。別に貴女が召喚してここに住まわせてもいいんじゃない?」

「ダメだね。図書館の司書にする以上私よりもここにいる時間が長い貴女が召喚した方が何かと都合が良い」

 

 何よりアレにドッキリを仕掛けてみたい気持ちが大きい。流石にそんな子供じみた理由を話すわけにはいかないが。

 

「さ、やろう」

「しょうがないわね……」

 

 魔法陣をかける程度にまで広さが取られた床には複雑怪奇な幾何学模様が。そしてその中心には桃色のアクセサリー。前回呼び出した時にもらったこの髪飾りだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。もしかしてこれを見越して渡したとか?……そうだったら、少し嬉しいかもしれない。

 

 魔法陣が見たことのある色で発光し始める。

 

「来るわよ……!」

 

 ……なんだか身構えているやつが約一名いるが、呼び出すのはなんてことはない一介の悪魔だ。条件が条件とはいえ、一回悪魔の最上種であるレミリアを拘束できたオウレットからすれば、それこそ塵芥と同じだろう。

 

 まぁ、詳しく説明しなかった私のせいでもあるのだが。

 

「……っ!」

「……。」

 

 などと考えていた次の瞬間。予想通りの眩い光が図書館を埋め尽くす。

 

 これまた説明不足のせいでオウレットは反射的に目をつぶってしまっていたが、経験済みの私は見逃さなかった。

 

 召喚された拍子に倒れ込んでしまった悪魔の姿を。

 

「これは、やばいです……!第一印象第一印象……」

 

 赤い髪、黒いスカート、吸血鬼より一回り小さい翼に、悪魔特有の耳や尻尾。

 

 ああ、この感じ。

 

 ダダ漏れの独り言もあの時と同じだ。久しぶりに会っても変わらないというのは良いのか悪いのか。……少なくとも私はホッとした。良い意味でも悪い意味でも。

 

 急いで立ち上がり、スカートをぱっぱと払い身だしなみを整えている悪魔に懐かしさを感じながらそっと見えないように背後に回る。

 

「よし、昨日はシャワーを浴びたし、新品の服も着てきた。前口上も多少考えてきたし準備万端……」

 

 残念な独り言をまた聞けることに自然と口の端が吊り上がるのを感じる。というかその服に替えがあったのか。いつも同じのばっか着てるから分からなかった。

 

 次第に光は収まり、常人でも目が効くようになってきた。

 

「召喚に預かり参上しました。私はしがない一介の悪魔でございます。……そう、『小悪魔』とでもお呼び下さい。貴女は私に、何を望みますか?」

「……。」

 

 気づいていないようなのでしばらく待っていようと思った矢先、厨二な台詞が飛び出してきた。……おお、痛い痛い。そしてその、私の大人なハートにガラスを突き立てるような台詞を前口上として一人で考えていたと思うと、またまた心が痛む。

 

「反応が薄いですねー。ほら、私といえば魔界でも有数の……ゆ、有数の……、なんかが出来るって有名なあの悪魔ですよ」

 

 そこは考えていなかったのか。アホさが少し滲み出てしまった。なんて自分を卑下するのに長けた可哀想な自己紹介なのか。

 

「……他にも、なんか、こう……って、貴女、もしかして『気狂いの魔女(Crazy Witch)』ですか?」

 

 ん?なんだそれ。ああ、そういえばどっちも魔界出身か。というか『気狂いの魔女(Crazy Witch)』って…………カッコいい。そんな二つ名がつくなんてうちの魔女は結構魔界でブイブイ言わせてたのかもしれん。あー、なんだか私もカッコいい二つ名欲しいな。こういうのって自分でつけるものじゃないからなぁ。

 

「いやぁ、貴女みたいな有名人に召喚されるなんて悪魔生、冥利に尽きますねぇ……。しかも私を名指しとは!私にもとうとうツキが回ってきたんでしょうか!?」

 

 一人で勝手に盛り上がっている悪魔を尻目に漸く目を開けることができたオウレットは、どうやら白けた顔をしている。

 

「その名前……面と向かって言ってくるやつは初めてよ」

 

 えー、カッコいいじゃないか。

「えー?カッコいいじゃないですかー。」

 

 うん、ネーミングセンスに関しては味方を一人見つけた。この場では2対1なので私たちが正義だ。

 

「カッコ良くても悪くても今後私の前でその名前はタブーよ。もし呼んだら生きるのを後悔させるレベルの拷問にかけるわ」

「ひぃー、怖い怖い。まぁ、誰にでも忘れたい過去というものはありますからねぇ。だからこそ貴女も現界したのでしょうし」

 

 しったか顏でうんうん、と頷く悪魔に『こいつと契約するの嫌なんだけど』とでも言いたげな視線を送ってくる気狂い……おっと、失敬失敬。拷問はやめてくれ。

 

「まぁ、いいわ。はい、これ。私が欲しいのは小間使い兼司書よ。詳しいことはここに書いてあるから」

 

 羊皮紙をひらひらとちらつかせるオウレットは、何というか、堂に入っていたというか、様になっていた。前にも同じようなことをやったことがあるかのような。

 

「んー……。なるほど、特にこちらからのこれ以上の要求はありません。気にかけるような規約もありませんし……。いや、しかし何ですか。随分と信用していただいてるようで」

「信用ではないわ。ただ貴女がこれを見た瞬間、万一不審な行動をしたら塵も残さず存在を消すだけよ」

 

 後ろから覗き込もうと思っていたのだが、慌ててその場から離れる。なんだその物騒な契約書は。

 

「そ、それってこの契約書を見たら、貴女に私の命をあげてるようなもんじゃないですか!」

「恨むのならノコノコ召喚された自分と……貴女を指名したそこの吸血鬼を恨むことね」

 

 あぁ、バラしちゃうのね。別に構わないけれど。

 

「吸血鬼……?」

 

 突拍子もないワードに首を傾げ、ふとオウレットの目がどこを見ているのかと思い、後ろを振り返った悪魔と目が合った。

 

「「……」」

 

 互いに見つめ合うこと十数秒。前にあった時より少しだけ背丈が追いつきつつあることにちょっとした嬉しさを感じながら反応を待つ。前はおへその辺りに私の目があったというのに、今だと胸の辺りになっている。

 

 オウレットの場合何とは言わないが豊満なので腹が立つが、こいつの場合何とは言わないが平坦なので許す。

 

「おひさー」

 

 声をかけてはみるものの反応は無し。いい加減再起動してくれないとこちらも動き辛い。そういえばこの挨拶は死語なんだろうか、と考えていると漸く動き始めた。

 

 目をパチクリとさせ、だんだんと見開いていく。一歩後退り、細い人差し指が私の鼻先に突き付けられる。次に口を大きく開ければ、度重なるデジャヴから私は次の行動を察知し、耳を塞いだ。

 

 

 

「あーーーーっ!!」

 

 

 

 うるせぇ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 やっとこさ状況を把握した様子のこいつの名前は、『小悪魔』。通称『こあ』だ。と言っても私が『こあ』と呼んだことはない。愛称をつけたのはフランだし、もともと名前がなかったところを『小悪魔』と名付けたのは私だから変に変えづらかったのだ。

 

「別に構いませんよ?」

 

 しかし、本人から許可が下りたなら話は別。たった今から私は『こあ』と呼ばせてもらおう。

 

「じゃあ『こあ』」

「何です?」

「……呼んでみただけ」

 

 なんだ、これはもう様式美だからな。一回はやっておかなければ。でもちょっと恥ずかしかったり。やべ、だんだん頰が火照ってきた。身体がホテル……いや何でもない。

 

「ベタベタしてるとこ悪いけど、ちょっといいかしら?ああ、こあの方ね。一応図書館を一通り紹介しておきたいの」

 

 べ、ベタベタしてないし。というかオウレットのやつ小悪魔のことしれっと愛称で呼びやがって。一年通してずっと名前呼びだった自分がアホらしく思えてくるじゃないか。

 

 

 

 ふわりと浮かんだオウレットに連れられた小悪魔を尻目に、少しだけ思考を図書館の奥にある部屋のことに移す。そこにいるのは私の愛しの妹であるフランドール・スカーレット。つい先ほど召喚した小悪魔の名付け親?愛称付け親である。

 

 今は吸血鬼にとっては夜更かしにあたる時間帯。きっとふかふかのベッドでぐっすり寝ていることだろう。

 

 今回小悪魔を呼び出そうと思ったのは完全に思いつきだったが、その思考の表面下に密かにフランに対する思惑があったことを私は自覚していた。

 

 私のせいで限られた範囲でしか築けなくなってしまったフランの交友関係を少しでも賑やかにしてあげたかった。フランがそれを望んでいたかどうかは分からないが、私は彼女が欲していると思った。

 

 起きたら図書館から出ることは許されず、私が図書館を訪れたらさらに狭い空間である一室に居なければいけない。そんな生活に嫌気がさしているのではないか、という懸念が最近私を苛んでいた。しかし小悪魔の召喚は私にとって光明が差し込んだかのようだった。全く、こんな妙案を思いついた私を褒め倒してやりたい。

 

 フランは小悪魔を見たときどんな反応をしてくれるだろうか。きっと驚くだろう。喜んでくれるだろう。懐かしさに胸を馳せるかもしれない。フランの顔が晴天のように、野に咲く一面の花のように明るくなるならこれ以上嬉しいことはない。

 

「ふあぁぁーっ、んっ……眠っ」

 

 次に起きた時のフランの反応を妄想していると、次第に瞼が重くなってきた。多分、フランの笑顔(妄想)でほんわかしたせいだろう。頭の中でさえ私を幸せにしてくれるとは我が妹恐るべし。

 

 それと体内に燻る僅かな倦怠感を感じる。魔力の枯渇だろうか?しかし今回は召喚したのはオウレットだし、まさか空間拡張ごときで消費された分でもあるまい。謎の倦怠感に首を傾げながら、まぁこんなこともたまにはあるだろうと、数週間ぶりの睡眠を取ろうとする。

 

 ふかふかのソファに横向きに体を沈め、重力の赴くままに瞼を閉じ視界が暗くなっていく。

 

 意識が薄れる中、フランが同じような体勢で寝ていると思い少し胸が暖かくなったのはシスコンを拗らせ過ぎだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ーーーー明晰夢。

 

 

 ふとそんな単語が浮かんできた。同時に、()()()、とも思った。『今自分は夢を見ている』と認識できる夢を明晰夢という。

 

 

 ()()()()は白。

 

 

 私は途方もなく白い空間に一人存在していた。そこには私が知っている人は誰もいなくて、今後誰も入ってくる人がいないことを私は知っていた。

 

 

 その空間は暖かった。暖房が入っている感覚に近い。いつ来ようとも私が暑いと感じることはなく、寒いとは微塵も感じない程度の温さ。例えるなら春の陽気、といったところか。

 

 

 夢なのに特に何も起こることなく、無情に時間だけが過ぎていく。夢に時間があるのか、と疑問に思わなくなったのも昔のことだ。

 

 

 そしてこの明晰夢が()()どんな終わりを迎えるのかを私は知っている。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 ……そら来た。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 頭の中をつんざくような何とも言えない音が突き抜けていく。近い音で例えるなら黒板を爪で引っ掻くような、聴力検査の試験音のような、モスキート音のような。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 まぁ、とにかくこの不快極まりない音が、永遠に続くかのように私の頭をごちゃ混ぜにしていき、幾度となく早くこの夢が終わるようにと、願った時ーーーー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 突然夢が終わり、現実へ引き戻される。寝惚けた頭に残っているのは、あの絵もいわれぬ不快感。そしていつもより不快感の度合いが強い。こんなに長い間見続ければ慣れるものかと思っていたが、何度味わっても不快感を無視することはできない。

 

 ()()()()()()()()()()()()。今回は数週間空けて寝てみたが、やはり見る夢は変わらず。妄想する者を幸せにしてくれるフランの笑顔も効果はないようだ。それどころか夢の世界はこなかったことを咎めるように、心なしか夢の時間が長かった気がする。

 

 こまめに寝て短い不快感に留めておくか、いっぺんくる強烈な不快感に耐え忍ぶか、難しいところだ。誰もがやったことのある、と言っては語弊を生むかもしれないが、夏休みの課題に通ずるところがある。私は……恐らく後者を選んでいたことだろう。だって今そっちを選んだのだから。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

「……うっさいなぁ」

 

 夢から覚めてもあの不快な音が頭に響いてくる。いや、よくよく耳をすませてみれば聞こえないのだから、夢で長く聴き続けた弊害故の幻聴なんだろう。

 

「決めた。もうこれから寝ないようにしよう」

 

 無理だ。どうせ気を抜いたら眠ってしまうに違いない。そうだ、眠くなったら鳴るような目覚まし時計とか作ろうか。本来の用途とは真逆な気がするが、その矛盾した名前がすこし面白い。

 

 しばらくこめかみを圧迫しているとやっと音が収まった。ホッと一息ついて、辺りを見渡すと場所が変わっていた。ここは図書館ではなく自室だ。まぁ、恐らく寝ている間に誰かが運んでくれたに違いない。

 

 よく考えてみれば私が図書館で寝ると、フランが部屋から出られないことになる。フランの反応を確認できないのは残念だが、運んだ奴良くやってくれた。

 

「さてさて、今は何時かなっと」

 

 もはやお決まりとなった現時間の確認。

 

「えぇ……?」

 

 やったぜ。最高記録更新だ。23時間と40分ほど。約1日眠っていたことになる。

 

「いやいやいや、流石にこれはおかしい」

 

 時計の針がずれていることを願ったが、あいにくと憎らしいほどに正確に時を刻んでいた。

 

 さらに不可解なことに砂糖ひとつまみほどにも腹は空いていなかった。いつもなら間食ぐらいつまみたくなるものなのに。

 

 

 

 取り敢えず、何か食い物でも見れば腹も空くだろうと思い調理場へ移動する。その途中、自室を出て廊下を歩いていると、あることに気づく。

 

「……何かおかしい」

 

 いつもはあるはずの何かが足りない。視覚的なものではない、拭いきれない違和感。

 

 嗅覚、違う。

 

 触覚、違う。

 

 味覚、違う。

 

 聴覚……そうだ、喧騒が足りない。

 

 いつもなら部屋を出れば何かしらの音が聞こえた。妖精メイドの遊ぶ声然り、騒ぐ声然り、お喋りする声然り、何かが壊れる音然り。それらは全て良く言えばわんぱく、悪く言うなら目障り耳障りでしかない妖精メイドの発する生活そのものだ。

 

 それらが聞こえないと言うことは異常である。

 

「……急がなきゃ」

 

 日常的な音が欠けるだけでこうも落ち着かない気持ちになるとは。

 

 妖精メイドは食事を作ったり、自分たちがつまむものを作るために、調理場に一人は必ずいる。

 

 早く、早く調理場に行かなければ!!

 

 逸る気持ちが歩いていた足を、早歩きに、駆け足に変えていき、遂には地に足をつけることをもどかしく思い、全速力で飛んで行く。スピードを上げるごとに目的地には近くづくが、ざわめきの一つも聞こえやしない。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 やっとこさ調理場の前に着き、若干の過呼吸も整えないまま、バンッ!!と扉を開いた。

 

「何があっ………た」

 

 そこに広がっていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステーキを焼くときのコツは油をいつもより少なく入れることです。肉自体に油が多く含まれているので、焼いているうちにより美味しい油が滲み出てきます」

「「「お〜」」」

 

 フライパン片手にステーキを焼く小悪魔と、それをいつも『どぎつい油ステーキ』を提供してくれる妖精メイド達が観察して感動の声を漏らしているところだった。

 

「ちなみにレミリア様はミディアム、他の二人はレアです。私の主人ですか?ロー(生肉)でも食わせとけばいいんですよあんな悪魔」

 

 焼き方を解説する合間に、誰に聞かれるまでもなく流れるように現主人の悪口を並べる小悪魔にすこし呆れた。

 

「味付けはシンプルに塩胡椒でいいですが、焼く前にあらかじめ塩胡椒を揉み込んでおくとより美味しくなります。味にレパートリーを出したければ赤ワインを少し垂らしてあげたり、香り付けにフランベとかも良さげですね」

「「「お〜」」」

 

 慣れた手つきでワインを垂らし、フランベを披露する小悪魔にまたもや妖精メイドから感嘆の声が上がる。その声を背に浴びて、ふふんと鼻を鳴らす小悪魔はどこか自慢げである。

 

「小悪魔なにしてんの?」

「ん?ああ、カルラお嬢様ですか。今ちょっと彼女達に料理の手ほどきをしていたんですよ」

「そりゃ見れば大体予想つくけど、何でまた?」

 

 理由を聞くと、嫌なことを思い出したかのように顔を歪める小悪魔。

 

「聞いてくださいよ〜、事もあろうに紅茶に砂糖が入ってたんですよ!砂糖ですよ!?紅茶は香りが強く出るストレートが一番だって言うのに……」

 

 ちなみに私は砂糖派だ。大さじ二杯ぐらい入れたどろっどろに甘い紅茶が好きである。恐らく紅茶を出した妖精メイドは、私専用の紅茶を出したのだろう。しかし、まるで紅茶通であるかのようにストレートティーを言われてしまってはそんなこと言い出せず。

 

「そりゃあ災難だったね、紅茶がストレートじゃないだなんて」

 

 幸いなことにキョトンとした顔の妖精メイドは小悪魔から見えない位置にいる。

 

「それで、紅茶のなんたるかを教えようとここに来たら、ちょうどステーキを焼いていたんですが、油まみれのステーキを食べさせられるお嬢様方が不憫になって少し抗議をしていました」

 

 なるほどね。ってか誰がこんな真昼間にステーキを食べるのだろうか。尋常じゃない胃もたれになるのが容易に想像できる。しかしステーキの焼ける匂いを嗅いだせいか少し食べたくなった。

  

「ちょっと食べていい?」

「えっ、それ食べちゃうんですか?……まぁいいか」

 

 質問口調ではあるが異議は認めない。ステーキなんてまた焼けばいいのだ。

 

 一口食べてみると、うん……美味い。レアも好きだが、中心に少し赤みの残ったミディアムもなかなかだ。これからはミディアムにも食指を広げていきたい。

 

 ふと、小悪魔の料理ショーが終わって散ってしまった妖精メイド見て思いつく。

 

「そうだ、こあ、ちょっとこの子達の教育係やってくれない?」

「教育係?」

 

 うん、ちょうどいい。何故だか妖精メイド達は小悪魔に懐きそうなきが……しないでもないし、自称家事クラスSSSのこあさんならやり遂げてくれるに違いない。

 

「まぁ、詳しいことは後で話すけど先に了承をば」

「……そうですね、パ、……主人の許可が出て、図書館の業務の間でもいいならやってもいいですよ」

「おっけー」

 

 ぱ?なんだ?まぁいいか。取り敢えずオウレットの許可が出れば、妖精メイドの教育をしてくれるっていう言質が取れたので僥倖僥倖。何が何でも許可を出させなくてはならない。それにこれからの生活がかかっているのだ。

 

 断固とした決意を固め、最悪の場合、首を締め上げることも考慮に入れながら(流石に冗談だけれど)図書館へと足を向けた。




 ところでいつも読んでくださる皆さんに1つ質問があるんですが、文字数ってこのままの方がいいですかね?最近は基本的に一万字前後をふらふらしているんですが、ふと読みづらいなぁと思いまして。

 軽く読めるものがいいのか、読み応えがある方がいいのか意見が貰えるとありがたいです。
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