かなり残酷な描写を含みます
ーーーー私は雨の中を傘もささずに歩いていた。
肩に雨があたる感触を気に止めない程度には、長く雨の中を歩いていた。
私は雨に濡れないようにするのは容易だったが、雨に打たれるのが好きだったので今日も濡れ鼠になった。
昼間だというのにこの街の通りには誰もいない。みんな店仕舞いして家に篭ってしまった。
こんな時、私はこの世界に私しかいないような錯覚を覚える。どれだけ歩こうが人影すらなく、猫や犬1匹見かけやしない。
それはつまり食べ物がないことを意味していて。ぐぅ、と1つお腹が鳴った。ほぼ丸2日何も口にしていない。この雨のせいで、だ。
いくら雨に打たれるのが気持ちいいからといって、だんだん肌にベタつくのが鬱陶しく思えてきた。これもまた雨のせいだ。
せめてこのベタつく不快感だけでも取り払おうと、
ーーーー私は、
その瞬間、私がさっきまで見ていた世界は色を失い、雨も空中に止まった。私の周りの雨粒を軽く手で払うと、濡れることのないちょっとした空間が生まれる。
「ああ、もう、鬱陶しい」
最初の方こそ裾を絞っていたが、濡れてる部分から水が垂れて絞った部分を濡らしていく。
これではいつまでたっても乾かないと思い、纏っていた白いレースを脱ぐ。雨に濡れたせいか少し灰色っぽくなってしまっていた。少し力を入れて絞れば雑巾のように水が染み出す。
ある程度水が出ていったらそれをもう一度身に纏った。絞ったせいか多少シワができてしまったが、より雑巾に近くなり、私にはぴったりだと思った。
また止まった雨の中を手でかき分けて進んでいく。
◇◇◇
私は特別だった。
生まれながらにして『時間を止める』ことができた。当時はそれが世間一般の常識だと思っていたがどうやら私にしか出来ないようだった。
父はいない。私が産まれてから消息を絶ったらしい。母は街で有数の豪邸でメイドとして働いていた。手先が器用で要領も良く、優しい性格だった母は多分メイドとして完璧だったのだろう。
しかしそんなパーフェクトメイドである母の待遇はあまりに不適切だった。一週間のうちに休みなどなく、その上月末に払われるのは最低賃金のみ。当然のように育児休暇などもなかったそうだ。
それは何故か。
『忌み子を産んだから』だそうだ。つまり『忌み子』とは私を指す。綺麗な黒髪の母からは生まれるはずもない銀髪の幼児。一瞬の隙にあり得ない距離まで歩いていたり、周囲で突然物が無くなることが多かったりする、そんな幼児。
母以外の人間は私という異物に対していつも排他的だった。わたしにとって母だけが唯一私を人としてみてくれる存在だった。
どれだけ仕事が忙しくても私のことを蔑ろにせず、愛を注いでくれた。そのお陰で寂しさを感じることはなかった。
学校にこそ通うことはなかったが、母は仕事の合間を縫って色々なことを教えてくれた。勉学に飽き足らず、料理や掃除の仕方といった、メイドとしてのノウハウを教わった。
年の桁が増える頃には母と比べれば見劣りするものの、特に料理の腕については、仕えていた主人の料理を私が作ってもバレない程になった。
同じように母の仕事を手伝えるようになり、これで母の負担が減ると思うと嬉しく思っていた。
だからだろうか、この生活がいつまでも続くと思ってしまっていたのは。
ある日、私が買い出しから戻ると、仕えていた屋敷の雰囲気がどうもおかしかった。屋敷の人間はどこか私によそよそしく、私を避けていた。
母に買い出しから帰ったことを伝えようとしたが見つからなかった。屋敷中を探した。どこにも居ない。
用事でもできたのだろうかと思っていると、屋敷の主人に執務室に来るように言われた。
私は驚いた。忌み子として嫌っていた私と話したいことなんてあるのかと。何より、屋敷中が私を避けている中で、主人自らが話すなどということは異常ではないかと。
「お前の母親は死んだ」
部屋に入り、その言葉が主人の口から無造作に発せられた時、私の頭は理解を拒絶していた。単語一つ一つに漸く理解が及んだ次には、信じられなかった。つい数時間前まで健康的だった母が死ぬはずがないと。
「お前の母親は殺されたんだ」
殺された。それは唐突にやってくる自然死とは違い、悪意が根底に存在した上で起こりうることだ。母は誰に殺されたのか。そもそも何故殺されたのか。
それらは全て主人の口から語られた。
曰く、『魔女狩り』だったそうだ。
教会による女性に対しての無差別な殺戮。信じない者は全て異端であるとみなし魔女裁判にかけられる。
母はその残虐な行為の急進派によって殺されたそうだ。
『忌み子』を育てている怪しい女がいる。
そんな噂を間に受けた頭の回らない奴らによって。
ほんの一瞬の出来事だったそうだ。屋敷の前で母が出てくるのを待ち伏せていた卑劣な輩は、用事を言いつけられ出てきた母をナイフで殺したのだ。
他の使用人がなかなか帰ってこない母を気にかけて、探しに出るまで母の遺体は誰も気に留めなかった。昼間に誰も通らないわけがないというのに。
そこまで一息に語りきかせた主人は、「惜しい人材を亡くした」と無表情で一言私に告げた後、黄ばんだ封筒を渡してきた。「お前の母の最後の給料だ」と。心なしかいつもより、封筒が分厚く感じた。
当然だった。これには手切れ金も含まれていたのだから。
主人は「ここではお前を養っていくほどの財力は持ち合わせていない」と言っていたが、私には暗に『お前は忌み子なのだからいると迷惑だ。出て行け』という意味が含まれていることに気づいていた。
私は出て行きたくなどなかった。愛着があったからだ。
ここで働かせてくれ、と幾度となく懇願したが、主人の嫌悪感に満ちた顔を見て急にその気が失せた。私は邪魔であると、遠回しにではなく、その顔で直接的に告げられたのだ。
結局、仕えている主人に迷惑をかけるなどメイドとして不義理極まりないということを母から教わっていた私は、その日のうちに屋敷を出た。
その際、一つだけお願いを聞いてもらった。
母を死に至らしめたナイフ。それだけこちらで引き取らせてもらったのだ。主人や使用人からは気味悪がられたが、今更気にも留めなかった。
そして私は無職になった。
◇◇◇
雨は一向に止む気配はない。
もう面倒くさくなったので時を止めて濡れないようにしてしまった。少々疲れるが、あと少しの辛抱だ。
屋敷を出た日に主人から貰った金は既に底をつきかけていた。たったの3日でだ。しかしそれは必要経費と割り切ることができる。むしろ私にとって最高に意味のある使い方だったのだ。
濡れない雨の中をしばらく歩くと、街の外れにある教会が見えてきた。私は左手に握ったナイフの柄の感触を確かめると、コンコンコンと厳かな扉をノックした。
「……誰だ」
しばしの沈黙の後、男の声が聞こえてきた。
「少し雨宿りをさせて貰いたくて……ダメですか?」
特に考えていなかったが、自分の口から流れるように嘘が出てきて少し驚く。いつからそんな自然に嘘がつけるようになったのか。母と二人きりの時には嘘をつくなんてことはなかった。
そしてすぐに思い至った。あの屋敷のメイドであったからだと。忌み嫌われていようとも、それを表面に出すことが許されなかったあの環境で育ったからこそだと。
「……ダメだ。今日は来客が多い」
それを聞いて声を出さずに笑ってしまった。
教会というものを特別神聖視していたわけではないが、来客が多いからと断られるとは。
「じゃあ、いいです」
そう言って私は扉に手をかけて押した。内側で鍵が弾け飛ぶ音が聞こえる。やったことはなかったが、案外なんとかなるもんだな、と頭の端で思う。
「な、何だ貴様、どうやって入った?……いや、お前、噂の『忌み子』か」
「どうやって入ったか教えるのは構いませんが、どうせ無駄ですよ?」
中に入ると神父と思わしき人物が、立ち尽くしていた。恐らく主犯ではないだろうが、だからといってお咎めなしという訳にもいくまい。
『忌み子』と呼んだ。それだけで私を世界の爪弾き者とみなしていることと同じなのだ。
時を、止める。
「あなたの時間は私のもの」
神父は立ったままピクリとも動かない。表情一つ動かさずにこちらを見つめている。かといって私が半歩横にずれても、瞳は動かない。
、ここは私だけの世界だ。私が望まない物は全て置物で、私が望んだものはこの世界に受け入れられる。
神父に向かってナイフを投擲する。ナイフは真っ直ぐに飛び、神父の心臓の前まで迫って停止する。
「そして時は動き出す」
時を、動かす。
ナイフの切っ先が深々と神父の胸に差し込まれる。呆然とした表情のまま、自分の胸に刺さるナイフを見下ろして仰向けに倒れる様はなかなかに滑稽だった。
「これで私も立派な化け物よ」
人間としての私は既に死んでいたのだ。私を唯一人間として見てくれた母が死んだあの日から。母が死んだ日からは何者でもなく、今この瞬間、人生で初めて人を殺してから私は人ではない何かになった。
法衣からじわじわと染み出す血を気にも止めず、心臓からナイフを引き抜く。
かつて母を死へと誘ったナイフは、神父の血を先から垂らしていた。それが母への手向けになるのか、冒涜になるのか私に判別はつかなかった。
しばらくナイフの先をぼんやりと眺めていると、バン!と扉が開いて三人ばかりの男達が入ってきた。三人三様に人相が悪いくせして、
私は街の人間に大金を払って描いてもらった人相書きと、この男達を照らし合わせてみた。
……間違いない。こいつらが私の母を殺したのだ。
「こんにちは。……先日はどうも母がお世話になりました」
私とナイフと神父を見比べてぽかんとしている男達に向かって、私は頭を下げた。もちろん言葉通りの意味ではない。
「お礼と言ってはなんですが、貴方達に死後の国への旅行チケットを差し上げます」
男の一人がハッとした顔で何かを叫ぼうとするが、その前に喉仏を切り裂いてやった。生暖かい液体が飛び散り、鉄のような臭いが辺りに充満する。唇に付いた血液をペロリと舐めれば、予想に違わず鉄の味がした。
そのまま返す刀で隣の男の心臓を背後から突き刺す。柄を一回転させてやれば血が溢れ出てくる。……そろそろ手首が疲れてきた。
「……おっと」
残る一人は唾を飛ばしながらよく分からない言葉を喚き散らして、殴りかかってきた。冷静に時間を止めて交わしながら、脚の腱をぶつっと切ると男は足をもつれさせて転んでしまった。
「女性に向かって暴力とは感心しませんわ」
私に殴りかかってきた悪い右手首を切り取ってやる。男が叫ぶ前に左手首も。そして間髪入れずに喉を掻っ切ってやった。
男は小さく呻いた後、動かなくなった。
水に流す、という慣用句がある。
過去にあったいざこざやトラブルをなかったことにする、という意味の慣用句だ。雨とは天つ水、すなわち天からの水である。
一瞬にして血生臭くなってしまった教会を出ると、まだ雨が降っていた。私は行きとは違い、濡れたまま帰路につくことにした。
雨は私の肌についた血を洗い流していった。というかそれを見込んで雨の日を決行日にしたのだが。
しかし生活費の都合上、これ以上日にちをずらす訳にはいかなかったので素直に有り難い。それとも狙ったようなタイミングで雨が降る降り始めたのは、神の思し召しなのだろうか。
「……バカね」
少しでも神の存在を信じかけた自分に腹が立った。神を崇める宗教がなければ私の母は死ぬことはなかったというのに。これでは奴らと同類ではないか。
「……これから、どうしよう」
屋敷を出てから街外れの廃屋を拠点にしていたが、教会の一件はかなりの騒ぎになるだろう。一刻も早くこの街を出たい。
通りを歩いていると、反対側から馬車が近づいてきた。なるべく目立たないように端によると、すれ違いざまに御者が一瞬驚いた表情をした後目を逸らした。
原因は明白だった。私の着ていた白いレースは赤く染まっていたのだ。雨は私の肌は綺麗にしてくれたが、繊維の細かいレースはそうはいかなかったようだ。
軽く舌打ちしたい気分になるが、帰路を急ぐ。早く荷物をまとめて出ていかなければ。
時を止めて、若干早歩きになる。
そして街の掲示板を通り過ぎようとして、ふと一枚のチラシが目に止まった。
早く行かなければいけないのに、どうしてかそのチラシは私の心を掴んで離さなかった。
「コック募集中
給料:要相談 休暇:要相談 年齢:不問 住み込みOK
*1 主人は吸血鬼になります
*2 種族は問いません
ご応募の方は直接面接を行うので紅魔館までお越し下さい」
どうやら求人募集の広告のようだ。しかし何度読み返してもふざけた内容に思えてしまう。
その上、なぜこんな広告を張り出すことが出来たのだろうか。街の掲示板はその用途ゆえに目立つところに立ててある。誰も気にしないはずがないのだ。
ところが私はただ一点、種族を問わない、というところに興味を持った。もはや人として扱われなくなった私でもここなら、受け入れてくれるのではないかと。
この街を発ったところで行く当てはないのだ。どうせならこの胡散臭い広告にのってやろう。
……ところで紅魔館ってどこ?
例大祭行けなかったから腹いせに投下。
後で修正するかも。