Phantasm Maze   作:生鮭

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刹那的快楽主義者は容易い

 食とは娯楽である。

 

 三大欲求の一つとして数えられる食欲。

 本能的な欲の一つではあるが、生物が必要とするのはその実、タンパク質と脂質に炭水化物。それさえ取っていればいいのだ。

 

 簡単に言えば肉と芋食ってりゃ生きていけるのである。

 

 つまり食そのものに味付けをしたり、匂いにこだわったり、食感を楽しんだりするのは理性あるものの娯楽なのだ。

 

 私もかれこれ数百年は生きたことになるのだが、食への探究心はその限りを知らない。

 

 西欧の見たことも聞いたこともない食材や、調理法、味付けはチャレンジ精神に溢るる私にはもってこいだ。

 

 好奇心は猫をも殺す、というが生憎と身体は頑丈にできているもので生まれてから腹を下したことなど一回もない。

 

 ……いや、流石に度々あったが、長く生きていればフランのゲテモノ……もとい愛情に溢れた料理も楽しんで食べられる。むしろ最近はどんな奇天烈な……もとい独創的な料理を食べるかに執心している。

 

 ここまでつらつらと並べ立てて、結局のところ何が言いたいかといえば、

 

「こっちのどら焼きも美味しいぞ」

「カルラお嬢様ゼリーが出来上がっています」

 

「人里では有名な羊羹がだな……」

「シュークリーム作ってみたんですが……」

 

「……ありがと、そこ置いといて」

 

 甘味で餌付けされている私は悪くないということだ。

 

 

 

 

 

 

「決まったかしら?」

 

 レミリアに移住の話をされてきっかり2日が経った時に紫が訪ねてきた。レミリアが私が決めかねていることを伝えると、

 

「まぁ、そこまで切羽詰まってるわけでもないし、ゆっくり考えると良いわ」

 

 なんて目を細めながら言われた。

 

 そのまま帰るかと思ったが、全員の顔合わせも済んでいることだし、いつかやろうと言っていたお茶会を始めることになった。

 

 レミリアは前々から緑茶を飲んでみたいと言っていたのだが、いざ飲んでみると苦さに顔を面白おかしくしていた。……いつかニガヨモギティーを飲ませてやろう。

 

「お茶請けが欲しいわね」

 

 そんなレミリアを扇子で口元を隠しながら見ていた紫が(目が笑いを隠せていなかったが)出し抜けに言った。

 

 そして咲夜が用意を始めようとするのを片手で制すると、あのなんとも形容し難い空間を作り出した。

 

 よくよく観察して見るほど訳の分からない歪みだった。空間が裂けたとでも言おうか、その中は多数の目玉がぎょろぎょろ蠢いていた。紫がレイアウトしたならセンスを疑う。

 

「藍ー」

「お呼びでしょうか紫様」

 

 ひょいっと空間の中から足が覗いたと思えば、よっこいしょと出てきたのは、耳と尻尾が生えた人。絶対人じゃないけど。紫と似たような帽子を被り、前掛けのような着物?を召している。

 

「緑茶に合うお茶請けを適当に見繕ってきて頂戴」

「お茶請けですか。……はぁ、分かりました」

 

 溜息を一つついた後そいつはまた空間に入っていった。今しがた出てきた御仁の説明を紫に求める。

 

「あの子は私の式の藍よ。従者みたいなものね」

 

 シキ?あー、あれか。式神のことか。平安時代とか、安倍晴明とか、陰陽師とか。

 

「でも今のって、……聞いたことあるわ。九尾、じゃなかったかしら?極東にいる魔物だとか」

「あら、よく知っているのね。こっちでも名前ぐらいは伝わっているのかしら。……ふふっ、私も鼻が高いわ」

 

 なにやらむつかしい顔で『九尾』という名前を出したレミリアと、それを肯定する紫。

 『九尾』……知識としては知っているが、それよりも以前その名前を聞いたことがあったような、……無かったような。

 

「ただ今戻りました」

 

 いつかの記憶を(まさぐ)って話題の九尾が帰ってきたようだ。両手にはかなり大きな風呂敷を携えている。

 

「丁度良いわ。藍、今貴女のことを話していたの。自己紹介なさい」

「え、あ、はぁ、紫様の式をやってます、八雲藍です」

「レミリア・スカーレットよ」

「その妹のカルラです」

 

 ここで終わっていれば、普通の自己紹介だったのだが、

 

「いつも紫様がお世話になっています。ご迷惑かとは思いますが、今後ともよろしくしてやって下さい」

 

 余計なことを言ったせいで扇子で頭を引っ叩かれていた。……しかも結構鈍い音を響かせながら。素材は知りたくないかな。

 

 思わず頭を抑えてうずくまる藍を少し可哀想に思う。

 

 

 

 その後、藍の分の緑茶が入れられて、風呂敷の中にあった菓子類に頰を緩ませていると、レミリアと紫の話し合いが始まった。

 

 どうやら仮に幻想郷へ移住する場合の段取りについて話すようだ。

 

 私もしっかり聞いておかなければ。

 

こっち(幻想郷)に来る場合、一つだけ条件があります」

 

 条件、という言葉にピクリとレミリアの眉が動くいたが、特に口を挟むことはしなかった。条件があると聞いていなかったが、受け入れてもらう立場上強く言い出せない、といったところだろう。

 

「貴女達には幻想郷を()()()()

 

    ーーーーという名目で来てもらいます」

 

「……何故?」

 

「恥ずかしながら今の幻想郷は到底本来の在り方とは言えない状況にあるのです」

 

 紫が言うには次のようなことらしい。

 

 

 

 忘れ去られ『幻想』となった魑魅魍魎を受け入れる幻想郷は、その性質上時が経つにつれてその数は増えていく。その中でも年功序列があり、古参の妖怪であるほど発言力は高い。

 

 そして時々開かれる妖怪の長達による定例会議で最近議題に挙がったのが勢力の偏り。特に顕著なのが天狗という種族だ。

 天狗という種は個体数が他に比べてかなり多い。その上、個々ではなくコミュニティを形成している。

 

 幻想郷において組織を構成する妖怪は大変珍しく、地上においては(幻想郷には地下に旧地獄という場所があるらしい)かなりの勢力として幅を利かせている。

 

 しかしそのコミュニティは極めて閉鎖的であり、故に他の種族に対する配慮などほとんどと言っていいほどしないそうだ。つまりはその個体数のせいで起こる問題の対処が杜撰になることを意味する。

 

 他にも天狗に限ったことではなく、どこにも属さない野良妖怪も問題を起こすようになり手が回らないのだとか。

 

 そこで定例会議(天狗の長を除く)で決まったのは新勢力を向かい入れること。目的は邪魔者の間引きと勢力の分散、野良妖怪に睨みを利かせること。

 

 表面上は侵略するため、実際には間引くため。

 

「私達は結局のところ都合の良い道具としてお呼ばれするわけね。……不愉快だわ」

「もちろんタダで、とは言いません。うまく言った場合、一勢力として相応の席は用意しますわ」

 

 レミリアさん、どうやらお怒りの様子。まぁ、人を使うばかりで使われる側になったことはないのだから、無理もないように思える。お高いプライドとやらが邪魔をするのだろう。

 

 私にはそんなもの一欠片もないのだが。

 

 しかし私が首を振れば移住の話は取り止めになるのも確か。つまりは私が幻想郷の存亡を、紅魔館の行く末を握っていると言っても過言ではない!

 

 ……流石に過言だわ。

 

 

 

 甘いいぃぃー頭に糖分が沁みるぅぅー。

 

 またむつかしい事に頭を使おうとして、糖分補給の為に饅頭を口に運ぶ。白餡子の甘さが口に広がり、しばらくの間甘味としての本領を発揮してくれる。

 

 続いて緑茶を口に含めば、口に残った甘さと苦さがよく調和して程良くなる。喉を通過した後には甘さをすっかり洗い流していて、新しい甘さが欲しくなる。

 

「……食べるか?」

 

 そんな願いが伝わったのか、藍がみたらし団子を勧めてきた。わかってるじゃないか。単に甘いだけではなく、しょっぱさも兼ね備えた甘味を勧めてくるとは。

 

「……あのねカルラ。こっちは真面目に話しているのだけれど」

 

 勧められたなら仕方ないと、一串とって甘じょっぱさを堪能していると、レミリアは呆れた目を向けてくる。

 

「大丈夫だって、こっちも真面目に聞いてるよ」

 

 そもそもこれお茶会って触れ込みだしね。お茶会ってのは、仲良く何かしらつまみながらキャッキャウフフと談笑するものだ。……間違ってないよね?

 

「まぁまぁ、いいじゃない。変に堅苦しいよりは、純粋に楽しんでくれた方がずっとマシではなくて?」

 

 そう言いながら、異空間から色んな煎餅が乗ったお盆を出してくる。何だそれ、四次元ポケットかなんかなのか?

 

 いくら注意してても何の前触れもなく現れる空間。とっくの昔にその謎を解明することを諦めた私は、胡麻煎餅を噛み砕きながら猫型ロボットのことを考える。

 

「カルラお嬢様。こちらに先日より冷やしておいたプリンがありますが、召し上がられますか?」

「え、いいの?」

 

 ふっと、音もなく横に現れた咲夜が何故かプリンを持っている。

 

 まぁ、あるなら遠慮なく頂こう。私の横で官能的にプルプルとその艶やかな身を震わせているプリンもそれを望んでいるに違いない。

 

「ほれほれ、こっちには餡蜜があるぞ」

 

 スプーンを手に取り、いざ滑らかな表面に突き刺さんとすると、藍が木鉢に盛られた餡蜜をプリンを押し退けて差し出してきた。

 

 うっ……。

 

「プリンの方が美味しいですよね?」

「餡蜜は美味いぞ?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ、とでも擬音を発しそうな二人に気圧されてしまう。なんで二人ともそんな仲がよろしくないのか。もしかしてアレか。私の為に争わないで的なアレなのか。

 

 まぁ、残念ながら私はハーレム主人公よろしく二者択一に縛られているわけではない。

 

「はむっ」

 

 まずはプリンを一口、うん最高に美味い。卵の滑らかさと砂糖の甘さが最高だ。思わず口元が綻んでしまう。咲夜のお菓子に勝るものなどないのだ。

 だからって咲夜、小さく脇でガッツポーズとかしなくていいから。先着順なだけだから。

 

「はむっ」

 

 プリンを食べた後に続けて餡蜜を口に運ぶ。

 

「……!!」

 

 あ、あ、あ、あんめぇぇぇー!!

 めちゃくちゃ美味いし甘い。小豆のほのやかな甘さが広がったかと思えば、黒蜜の圧倒的なまでの甘さが口の中を蹂躙し全てを飲み込んでいく。水分代わりの寒天も僅かに甘く仕上げられており、黒蜜を絡めとって喉へ流れていったかと思えばまた小豆の甘さがぶり返してきて(割愛

 

 

 

 これはっ……咲夜のプリンに勝るとも劣らないっ!!

 

「ふふん、美味いだろう?」

「凄い美味しいっ!!これって藍が作ったの?」

「いや、これは人里にある有名な甘味屋で買ったものだ。私と紫様もよくお世話になっているところでな、いつでも食べられるように保管してあるんだ」

「幻想郷にはこんなにも美味しいものが……」

 

 幻想郷の絶品甘味の存在を知って急に移住したくなってきた。どんなものが食べられるのか想像するだけで涎がポンプのように分泌される。やはり私の心と身体と脳は『和』を求めているのだ。

 

「こっちのどら焼きも美味しいぞ」

 

 餡蜜を食べ終わらないうちに次が出てくる。さっき猫型ロボットのことなんて考えてたからだろうか。

 懐かしく、美しいフォルムに手が引かれていくが、小気味のいい鈍い音と共に小鉢の代わりにガラスの器が出てきた。

  

「カルラお嬢様ゼリーが出来上がっています」

 

 そこに乗っていたのは我が家では滅多に見ない宝石。

 なんで二人とも私の横で火花を散らしているのか、皆目見当もつかないが甘味に罪も善し悪しもない。

 

 

 

 その後も色んな和菓子やら洋菓子やらが出てきて、さながらテーブルの上が駄菓子屋か菓子店のショーケースよろしくなってしまった。

 

 もちろん全部食べ切ったよ?

 

 レミリアは終始呆れた顔をしていたが、紫はこっちを見てうふふ、と微笑んでいるだけだった。器が違うんだなって。

 

 

 

「そろそろ決まったかしら?」

「さっき聞いたばかりでしょうに」

「ーー……きたい」

「……えっ?」

 

 お茶会も終わりを迎えようとした矢先、紫が用意した問いに対する私の答えは既に決まっていた。

 

「幻想郷に行きたい」

 

 

 




「これで良かったのでしょうか、紫様」

「あら、貴女にしては変なことを言うのね。……万事問題なしよ。これで幻想郷の基礎は盤石なものになるわ」

「……いえ、どうも幼子を菓子で釣っているように思えて罪悪感がですね」

「見た目は幼くても一応五百年近くは生きているのだから、それ相応の立ち振る舞いは出来て当然。幼子に見えた貴女は悪くないの」

「はぁ……でも本当に人里の甘味でこちらに傾くとは思っていませんでした。誰でも両手の数を超えればちょっと訝しみますよ」

「あの吸血鬼は人を疑わないわけではないわ。実際今回は少し考える素ぶりがあったようだし。でも、……そうねぇ、刹那的快楽に弱いのよ。瞬間瞬間の自分を満たす何かに」

「まさに子供じゃないですか」

「ええ、子供はお菓子で釣れるってね」

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