Phantasm Maze   作:生鮭

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 遅くなってしまったので気持ち文章量多めです。

 タイトルネタ分かる人いるんですかね?
 気が済んだら変えるかもしれません。


粉バナナ!

 

 幻想郷に移住するにあたって、八雲紫に一週間だけ身辺整理の時間をもらった。

 

 表立ってやっていた唯一の収入源であるワイン業を引き払い、新聞を全て解約した。

 そんな七面倒なことしたくはなかったのだが、全く私の妹は律儀なことである。

 怪異なんてものは、いつ無くなったか誰が失ったかなんて気にも止められずに『幻想』に風化して行くだけだというのに。

 

 次に父の代に交流のあった同族に手当たり次第誘いをかけた。私達と同じく存在が史実にさえ足り得なくなったことをそろそろ自覚する頃だったのだろう。帰ってきたのは快諾ばかりだった。

 まぁ、存在自体が忘れられてしまえばどんなに足掻こうと消えていくのは必然だったため、後に引けなかったというのも一因だろう。

 

 今回の侵略の真意を知っている私からすれば自分で墓穴を掘っているようで愉快極まりない。

 切り捨てるのに何か思うところはないのかって?

 

 残念ながら私は身内さえ良ければいいのだ。姿形が同じなだけでそこまで入れ込んだ覚えはない。だからこそせいぜい幻想郷の駒になってくれとしか言いようがない。

 

 

 

 今日はそんな可哀想な同族を最期に憐れむパーティ、ゲフンゲフン……ではなく幻想郷侵略に向けた前夜祭だ。主催は紅魔館と銘打ってはあるものの、1世紀足らずしか生きていない私は今回のパーティのお飾りだ。

 

 侵略においての私の役割は()()()()。下っ端もいいところ。

 

「今後一切顔を見ない奴らのために今日神経をすり減らすのか……長期的に見れば受け入れられるにしても、気が重いのは確かね」

 

 しかし目先の自己利益(刹那的快楽)より私は『運命』をもって何十手先を見据えて行動できる。ここ(紅魔館)の当主とは常にそうあらねばならないのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 パーティ、というか前夜祭か。まぁ、どちらでもいいのだが、私はどうもその手のイベントが苦手だ。

 人生の大半を紅魔館内で済ませてしまっている私は、ただでさえコミュ力が高いとは言えない。その上、貴族っぼい立ち振る舞いでザマスザマスと言いながら腹の探り合いなんぞ真っ平御免だ。

 

 幸いにも(またまた申し訳ないことに)レミリアが挨拶回りをしてくれているし、給仕は咲夜やリサが頑張ってくれている。人間の咲夜が同族に近づいてもいいようにオウレットも認識阻害のお膳立てもしてくれた。

 

 そうやって皆がパーティを乗り切ろうと奔走している中私は何をしていたかというと。

 

「フランー、表情筋が死にそうだから慰めてー」

「……あー、ハイハイ、お疲れお疲れ」

 

 パーティを抜け出してフラン相手に愚痴っていた。

 

 

 

 フランは私とレミリア二人が顔を出していれば失礼には当たらないだろうということで、挨拶回りを免れていた。

 

 正直、滅茶苦茶羨ましい。初対面の人にわざわざ来てくれて有難うみたいなことを言いながら、笑顔を振りまくのだ。疲れまくって最後の方とか口元の筋肉がひくついてたと思う。

 挨拶をしていない時でも、常に誰かしらの視線に留まるためニコニコしていなければならない。

 

 さらには立食形式とはいえ、唯一のストレス解放手段である食事でもそれなりの作法が求められる。一度にたくさん取らず、口元に手を添えて、食べ終わったら一通りの感想を。

 

 そんなこんなでパーティ疲れしてしまった私は図書館で扉越しにフランと話をするのだった。

 

「それは置いといてお姉様、」

 

 置いてかれた。まぁ、私の愚痴なんぞ聞いてても楽しくないだろうから構わないのだが。

 

「さっきまでパーティに出てたってことは、パーティ用のドレス着てたの?」

「まぁ、流石に普段着で出席するのは失礼かなって思って。……それがどうかした?」

「い、いや、別に……なんでもない」

 

 ……ははーん、なるほどね。

 フランの煮え切らないごまかしを聞いて察する。

 

「フラン、……もしかしてドレス着たかったりする?」

「……ちょっとだけ」

「了解っ!少し待っててね。適当に持ってくるから」

 

 フランに似合いそうな服を脳内でピックアップしていく。……メイド服とか混ぜ込んでおこうかぐへへへへへ。

 

「あっ、……い、いや、なんか悪いし……。いいよ持ってこなくて」

「いいって、いいって。私が着てもらいたいのっ!」

 

 パーティに出ないのにおめかし出来るのはちょっと役得ではないか、と思ったがそれは違う気がする。

 

 私の記憶が正しければフランは今日のような催しに参加したことは無いはずだ。せいぜいが、内輪同士でのささやかなものだった。

 当然、特別なドレスなんて着る機会は無く、年頃の女の子(吸血鬼の基準は不明だが)からすれば歯痒かったのではないだろうか。

 

 そして間違いなくその原因を作り出してしまったのは私の落ち度だ。ならば今日ぐらい妹のドレスアップに付き合ってやるのが姉というものだろう。

 

 妹のささやかな願い(我儘)を叶えるのは姉の役目なのだから。

 

 

 

 完璧に見繕った服を図書館に置いておく。

 

「フランー!ここに置いとくから楽しんでねー」

「……んー。……ねぇ、カルラお姉様」

 

 姿見(吸血鬼も映る魔界の特注品だ)も衣類のそばに一緒に置いて、図書館を出て行こうとした時、フランから声がかかった。

 

 どうしたのか、と聞く前にフランは言葉を紡ぐ。

 

「……ごめんね。私のせいでそんな……」

 

 はて?何だろうか。何か謝られるようなことをされた覚えもした覚えもないのだけれど。

 

「……迷惑かけちゃって」

 

 ますます分からなくなった。迷惑をかけた覚えこそあれ、かけられた覚えは微塵もない。

 まぁ、なんだかよく分からないが、勝手に思い込んでフランが落ち込んでしまったのは扉越しでも伝わってきた。

 

 取り敢えず、こういうやり取りの時に暗い雰囲気を払拭する応え方を私は知っている。

 

「いいんだよ、フランは気にしなくって」

「……でもっ!」

「いいから。それに……ごめんなさい、より、ありがとうって言われた方が嬉しいかな」

 

 そう、謝罪より感謝。謙遜より謝辞。

 

 『ありがとう』に勝る嬉しい言葉はないのだ。

 

「……ふ、服、……ありがとう」

「ふふっ、どうしたしましてっ!」

 

 納得してくれたのかは定かではないが、恥じらいが篭った『ありがとう』を貰えただけで私のテンションはリミットブレイク真っしぐらだ。

 

 

 

 高揚した気分も冷めやらぬままに図書館を出ると、不機嫌が服を着て歩いているかのような恐怖の対象(レミリア)とばったり出くわした。

 

「カルラっ!貴女が途中で投げ出すからっ……!」

「いやぁーっ、ありがとうレミリア!本っ当にありがとう!流石紅魔館当主!太っ腹っ!」

 

 フランの希少性が高いありがとうとは違った、安っぽいありがとうのバーゲンセールである。しかし口を挟む余裕も与えず感謝感激の意を詰め込めば、必死さが伝わったのかお小言は止めてくれた。

 

「……はぁ、まぁ、貴女のそういうところは今更だし気にしないわ。それより、オウレットの最終確認が終わり次第幻想郷に行くから、フランに伝えといてね」

「レミリアは?」

「貴女に丸投げされたことをやらないといけないのだけれど聞きたいかしら?」

「ごめんなさい」

 

 フランに止めてくれと言ったばかりなのに、レミリアの憤りが篭った声に思わず謝ってしまった。有無を言わせず感謝より先に謝罪の言葉を引き出すのはレミリアのカリスマ(笑)が成せる技なのかもしれない。

 

 

 

 レミリアと別れたあと、フランに直接会ったらどうなるか分からない(深い意味ではなく)ので言付けを近くを通りかかった妖精メイドに頼み、自室に戻った。

 下手に出歩いたりしたら誰に出くわすか分かったもんじゃない。ぼっち部屋で眠ってしまわない程度にゴロゴロしてよう。

 

「邪魔するわよ」

「あ、紫」

 

 寝っ転がっていた私のベッドに、いつもの如く空中からニュッと這い出てきた友人に少し驚く。というか、一応今から侵略するという体裁の土地の管理人が、侵略する側に来れば何かしら勘繰られるのでは無いか?

 

「心配無用。誰にもバレることはありませんわ」

「そりゃ大層な自信で……」

 

 しかし何故だかそれなりの頻度でやって来る紫にレミリアやオウレットが気付いている気配は無い。故に紫が大丈夫だと言えばそうなのだろう。

 

「今日はコレを持ってきたのよ」

「……コレはっ!」

 

 ベッドに腰掛け、妖艶な笑みを浮かべた紫は紅い光沢を携えたそれを軽く振る。液体が跳ねる音を微かに私の耳が捉え、思わず頰が上気する。

 

 直ぐに、こんなモノを持って来てくれた友人を寝っ転がったまま対応するわけにはいかないと跳ね起きた。

 

「私と二人で前祝いと洒落込みましょう?」

「喜んでっ!」

 

 紫に釣られて思わず表情がにへらと緩むのを感じた。

 

 

 

 

 

 なんの前祝いなのか、とかは特に考えなかった。考えるまでもなかったという方が正しい。私にとっては幻想郷への移住。紫にとっては幻想郷への新勢力を無事に迎えられる事。そう、疑わなかった。

 

「……美味しそうに飲むわねぇ」

「しゃくにんが美人だからねぇ、ひっく!、よけいに美味しく感じるってもんよ、……ひっく!」

 

 呆れた様子でこちらを眺める酌人はアルコールにだいぶ強いようで、かれこれ二時間以上になっても顔一つ赤らめた様子はない。

 

 怪しくなってきた手元で、紫が持ってきた赤ワインを傾けながらスモークチーズを嗜む。比較的甘めに作られたソレは僅かな酸味と相まって、塩気のある肴とよく馴染むのだ。

 

「……失敗したかしら?」

「へ?……ひっく!」

「何でもないわ。ほら、注ぐわよ?」

「うぃ〜っす、……ひっく!ありがとねぇ〜」

 

 いかに幻想郷の管理人と言えども酔っ払いの相手は疲れるのか、途中からよく分からない独り言が増え始めていた。

 

 しかし泥酔した脳みそではしっかりと思考することも難しくて、新たに注がれた酒に流されてしまうのだった。

 さっきから結構なペースで飲み進めているせいか、顔が熟れた果実みたいに赤く、沸騰しているかのように熱くなっている。

 

 ふと、ちょっとした悪戯を思いついた。

 

 ちゃんと仕立てられたドレスを艶っぽく着崩し、唇を軽く舐めて軽く人差し指を這わせる。軽く首を傾げて唾を飲み込み喉を鳴らす。これに流し目も足せば、立派な色女の出来上がりだ。

 

 犬のように吐息を零し、媚びるように声を掛ける。よっぽどの朴念仁じゃない限りこれに靡かない奴なんているまい。

 

「……紫?」

「身不相応なことはやらない方がよろしくてよ。思わず食指が伸びそうになったわ」

「……ケッ、つまんないのー」

 

 欲情の色一つ見せないあたり、紫はその稀な類だったようだ。無駄に色気を振りまくだけ無駄だった。それか私の見た目が痛々しかったとか。

 

「まぁ子供が背伸びしてるようで目の保養には良いわね」

 

 ……泣くぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー……

 

 

 ーーーーまただ。

 

 ーーーーまたやってしまった。

 

 やはりアルコールは良くない。ほんの僅かならば、酩酊感に心を酔わせたり、楽しんだりすることができるのだが、飲み過ぎは良くない。飲み過ぎないよう普段から気をつけていたのだが。

 

 今回はこれまでにない祝い事でテンションが高かったのと、咎める役がいなかったことが原因だろう。

 

 くそ、紫に罪はないとわかっていても恨めしい。

 額に手をやろうとして、手がないことを思い出す。もちろん額はおろか、この『夢』の中では実体さえ持ってないのだが。

 

 

 

 ……やべぇーな。今回の『夢』は今までにない程長い。確か1日に10時間以上寝るとむしろ体調を崩すと聞いたことがある。前回はその倍以上、丸一日寝てしまったというのに、それより長くなるとどうなってしまうのだろうか。

 

 ……今更どうしようもない、か。

 

 やっぱり声は出なくて、仕方なくこの無情な空間に、誰かの気がすむまで居座ることに決めた。

 

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 お、やっと来た。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 この世界()が終わる合図。

 

 

 まぁ、こっからが長いのだが。

 

 

 ……キーーーーン、キーーーーン。

 

 

 ん?いま、間隔が短くなかったか?

 

 

 ……キーーン、キーーーーーーン。

 

 

 おお!また違った!

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 ……戻った。規則性があるのか?

 

 何にせよこれは初めてのことだ。覚めるまでの暇潰しにはちょうどいいな…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ、んぅ……」

()()()()()()()()()()()()()()、待たされる側の気持ちにもなってほしいわ」

 

 誰かの声が聞こえる。耳に残るあの音と混ざって声の判別が難しい。

 まだ眠っていたい脳を無理矢理叩き起こそうとする。が、しかし。

 

「ほら、起きなさーい」

 

 そんな声が聞こえた直後に、頭に妙に軽い何かが落ちてきて鈍痛が走る。というか金タライだこれ!懐かしさを感じるほどに使い古されたネタである。

 

「紫許さない許さない許さない許さない……」

「乙女を待たせるから悪いのですわ」

 

 徐々に響いてきた痛みにつむじの辺りを強く押さえていると聞こえてきた声に、ちょっとだけ引っかかる単語を聞き取ってしまった。

 

 乙女…………?

 

 見た目からして確実に私より年を食ってる紫が、半世紀近く生きてる私より背の高い紫が、乙女…………?

 

 そんなことを考えていると何故だか分からないが背筋に冷たいものが走った。私の本能的なサムシングが全力でこれより先を思考するのを止めてくる。

 ……やめておこうこれ以上は藪蛇にしかならない。

 

「そ、それにしたってもっと温情のある起こし方が……」

「流石に3徹目は肌に悪いのよ」

 

 肌を気にするなんてもう完全に年増……。なんだか背中から銀でできてるかのような視線が刺さるんですがあのその。

 

 ……へ?3徹目?

 

「紫、私、どのくらい……寝てた?」

「大体丸2日程かしら」

 

 2日、2日、2日!……そうかー2日も寝てたのかー……流石に寝過ぎじゃね!?

 待て待て待て!……ってことはーもしかしてー?

 

 脳天を精神的な衝撃が突き抜けた。慌てて多少着崩れてしまっていた服を軽く直し、布団に取られそうなった足をもつれさせながら窓に駆け寄る。勢いのまま開け放ち、バルコニーに飛び出す。

 

 2日も経ってしまったってことはつまり。

 

「……わーぉ」

 

 紅魔館の裏手に広がっていたはずの森は綺麗さっぱり消えていた。代わりに在ったのはこれまで見たこともないような湖。

 

 もっと違うのは空気。

 言い表すのが難しいことこの上ないが、数日前の俗世にまみれた空気ではなく、幻想になったであろう澄み切った空気が肺を自然と満たしていく。

 

 

 

 それは心安らぐ感覚であったはずなのにーー……、

 

 

 

『ここにいてはいけない』

 

 

 

 ーー……ほんの僅かな忌避感が心を掠めたのだった。

 

 

 

 ホームシックとも違うその僅かな負の感情は、瞬く間に直前まで心を占めていた驚愕という大きな感情に埋もれてしまった。

 

 

 

 最初に抱いていた予想と違わないことを確認しようと、後ろを振り返る。

 

「紫、ここって、もしかして……、その……」

 

「ええ、そうよ。

 

 

     幻想郷へようこそ。歓迎するわ」

 

 

 

 そこには幻想郷(楽園)の管理人が佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ほらほら、そんな不貞腐れてないで。可愛いお顔が台無しよ?」

「……別に不貞腐れてないし。というか(おだ)てれば機嫌直るとか思ってない?」

 

 なんだかあやされてる気がして聞いてみれば、帰ってくるのは生暖かい微笑みのみ。否定しろよ……。

 

 それと、私は決して、決して幻想郷に移る瞬間が見れなくて機嫌が悪いということはない。機嫌が悪い訳ではないのだが……ゆかりんよ、できれば起こして欲しかった……。

 

「さて、かなり時間が経ってしまったけど……飲み直しといきましょうか」

「え゛っ」

 

 ついさっきまで痛い目を見たばかりなのに、まだ飲ませようとするのか。てか、思えば紫が律儀に起きるまで待たずに帰って仕舞えば良かったのに。

 

「もうそんなに残ってないから」

「まぁ……いいか」

 

 確かに紫が2つのワイングラスに注いだ後には、もうボトルに影はなかった。

 

「ちょっと待って」

 

 私が寝起きのアルコールは身体に悪いのではないかと、戦々恐々としつつグラスを傾けようとすると、紫から声がかかった。

 

「酒に呑まれる前に少しだけここ(幻想郷)の話をしましょう」

 

 酒に呑まれるて。流石にワイン一杯で前後不覚になるほど酔い潰れたりはしない。

 

 しかし存外紫の目がマジだったので仕方なしにグラスを置く。早く終えてくれよ?さっきから芳醇な香りが喉をこれでもかと乾かしてくるんだ。

 

「ありがとう……さて、貴女が呑気に寝ている間に既にお仲間の侵略は始まっているわ。……はいはい起こさなくて悪かったわね。取り敢えず今の戦況はこちら(幻想郷)側が押されているわ。といっても被害の多くは天狗たちが被ってくれているし、私としても願ったり叶ったりよ」

 

 そりゃそうだろ。私達が紫の言う通りに『妖怪の山』……だったかな?を最初に落とすように仕向けたんだから。むしろよく『押されている』だけで済んだものだと驚いている。

 

「とはいえ、完全に落ちてしまっても困るの。今回の目的は手綱を締めるだけで、根本的な勢力交代は望んでいない。だから、そろそろ潮時だと判断させてもらったわ」

 

 潮時……つまり、私達(道化)の仕事の終わりを意味する。

 

「後処理は大丈夫なの?」

「ええ、それは心配無用ですわ。そういうの(雑魚処理)が得意な友人を呼んでおきました……。ただ、一つ問題がありまして」

 

 ……何故だろう。その問題とやらがこの上なく厄介ごとに思えるのだけれど。

 

「まぁ、それは後々話すとして。まずは貴女の幻想入りを祝して乾杯といきましょう」

 

 ……何故その問題を話してから乾杯しないのだろう?

 

「暗い気持ちで乾杯しても楽しくないでしょう?」

「ん?……え、あぁ、まぁそうか。……乾杯」

 

 多少釈然としない感情を、そういうものかと、血のように赤いワインと一緒に口に含める。

 

 微かな違和感。

 

 こんな味したっけな?

 

 ワインは美味い。美味いのはいいのだけれど、未知の味と表現するべきなのだろうか。私の舌によく合うがどうしてなのかは判らない。

 

 アルコールが喉を通り、胃に収まる。

 

 身体の中に熱が広がる。……普段飲んでいるワインの比ではない速さで。しかし本来ならばそれと一緒に来る酩酊感は無かった。むしろ頭は眠気なんて吹っ飛んでいて、ずっとクリアになっている。冴えているのだ。

 

 その冴えた頭が何かを訴えてくる。何処かに何かが引っかかっている。それは何だったか。

 

「紫、このワインさっきのから変えた?」

「ええ、眠気覚ましに最適なものを選ばせてもらったわ。……乾杯も終わったところで問題点についてなのだけれど、私が呼んだ友人にあるのよ」

 

 それはもうそちらで解決して下さい。

 

「確かに私の友人は幻想郷でも随一の強さなのだけれど、人格破綻者……とまではいかないにしても、戦闘狂、嗜虐趣味、自身のテリトリーを侵されると我を忘れるのよ。度が過ぎる程にね」

 

 いやでも私達が今攻めているのは違う場所のハズ……。

 

「普段なら、『妖怪の山』が滅びようと染料されようと動かない奴なんだけど……アレが悪かったわね」

 

 紫がアレと指差した先には窓。ではなく、その先にある空を示しているのだろう。

 

 本来ならば、真昼間には晴れ渡っていた空があるはずだった。

 

 ーー……()()()()()()()

 

 そう、私がさっき何の用意もせずにバルコニーに出られたのはこの紅い雲のおかげなのだ。この雲はオウレットが言うには吸血鬼が日中でも動けるための簡易措置だそうだ。

 

 吸血鬼が太陽光を苦手とすることはあまりに有名だ。故に、侵攻の妨げになるのもまた道理。戦闘が長引くことも想定しなくてはならない為にこの雲は作られた。

 

 ただ、幻想郷は広く、全ての土地を雲で覆うには多大な労力と魔力が必要で、特にその点で吸血鬼の中で秀でているレミリアが魔力タンクとして抜擢されたのだ。

 

 だからレミリアは()()()()になった。

 

 しかしそれが裏目に出てしまった。

 

「つまりはそのバーサーカーさんがこの雲を出してるレミリアぶっ殺すマンとして暴れるってこと?」

「一応アレでも女だからウーマンなのだけれど、まぁ大体そんなところね」

「てことは何さ。そのバーサーカーのとこに行って、うちのレミリアがすいませんって誠心誠意謝罪すればいいの?」

 

 DOGEZAなら任せろ。

 

 私が脳内で地に頭をつけるまでのシミュレーションをしていると、紫が静かに首を振った。口が扇子で隠れてしまって詳しく表情は読めない。

 

「それではダメよ。言ったでしょう?戦闘狂で嗜虐趣味だと。頭を下げるまでの間に消し炭ね」

 

 それはもう本当にどうすればいいんだ……。

 

「簡単な話よ」

 

 吸血鬼を雑魚とみなせるほどの化け物が、紅魔館にカチコミにやってくることを思って震えていると、紫が事も無げに言い放った。

 

 

 

 そして次の瞬間、ーー……浮遊感に襲われた。

 

 思わず下を見ればそこには無数に蠢く目玉が。ーー紫が使う例のの異空間である。

 

 反射的に飛ぼうとしても飛べない。身体が飛ぶことを忘れてしまったかのように機能しないのだ。

 

「貴女が相手になるのよ。……()()()()()()()()

 

 その言葉にさっきのワインの違和感の正体を思い出した。何故頭が急にクリアになったのかも思い出した。

 

 あのワインにはレミリアの血が入っていたのだ。

 

 

 

「頑張ってね」

 

 異空間に落ちていく寸前に見た紫の扇子の下には、いつか見たあの酷く歪んだ笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 この空間には凡そ世界の常識が通用しないようだ、といつまで経っても一定の速さで落ちながら思った。まぁ変なところで現実味があってもそれはそれで不自然なのだが。

 

 しばらく異空間の中を落ちていくと、下の方に明るい部分が見えてきた。恐らくあれが出口なのだろう。と思っているうちにどんどん出口らしき場所が近づいてくる。

 

 暗い色合いの空間から、明るい場所へと落とされた。

 

「……どこだここ?」

 

 暗がりから急に光を取り込んだので、少し目が眩んでしまったが、次第に慣れてくると目が情報を流してくる。

 一面に広がっているのは黄色に、オレンジに、赤と、色とりどりの花だ。空を彩る紅い雲も目に入る。

 

「……花畑かな?しかしなんだってこんな所に、」

「こんな所、とはご挨拶ね」

 

 突然女の声がした。しかし振り向くに振り向けない。

 

 ……後ろから殺気をビンビンと感じるんですがあのそのどういう了見ですかね?

 

 ギギギギと、錆びついたブリキのような首を無理に動かして顔を向けると、美人さんがいた。

 

 世にも珍しいウェーブがかかった緑髪に、殺気を帯びた赤い瞳がよく似合う。白いカッターシャツの上には赤いチェック柄のベストを着ていて、同じチェックのロングスカートを穿いている。胸元には黄色のリボンも付いていてちょっとしたお洒落として素晴らしいファッションセンスだ。端正な顔立ちと相まって本当に美人さんだこと……。

 

 

 

 ……返り血に濡れていなかったらの話な。

 

「貴女がこの忌々しい雲の元凶ね」

 

 いや違うんです、私は嵌められたっていうか。

 

「吸血鬼って肥料になるのかしら?どんな花を咲かせてくれるのかしら?楽しみだわぁ」

 

 うわぁ、この人ダメな人だ。

 

「貴女を殺せば私の愛娘たちも浮かばれるのかしら?」

 

 誰かー!!ヘルプミー!!

 

 

 




 幻想入りして早々USCとエンカウントする主人公。

 あと次は戦闘描写になるんで遅れる可能性大です。

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