Phantasm Maze   作:生鮭

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 間空けた代わりにちょい長めです。


今日から私は!!

 

 首がかくんと落ちる。

 

 衝撃にびっくりして顔を上げる。

 

 このままではいけない。そうは思うものの瞼が重い。

 

 また、首がかくんと落ちる。

 

 またびっくりして顔を上げる。

 

「あかん、眠い」

 

 意識が朦朧とする中、ふとエセ関西弁が漏れてしまった。何故って言われてもわからん。心が関西人だったに違いない(思考放棄)。

 

 頭を回して気を紛らわせようと、今いる部屋を見渡す。もっとも何度目かも分からないほど見ているので変わり映えしないのだが。

 

 私の部屋より少し広いくらいの和室。

 

 部屋の隅には百合の花が活けてある花瓶。円状に並べられた私が座っているのを含めて4つの高そうな座布団。右手の壁には富士山っぽいのが描かれた掛け軸。

 

 洋風の紅魔館とはまた違った色彩を持つ、和の建築物だ。侘び寂びだね侘び寂び。

 

 そろそろ飲んでおくか、と思いオウレット謹製のオロナミン……もとい栄養ドリンクを取りだして喉に流し込む。

 

 喉を通って胃に入った直後、ドクン、と身体に染み渡るようにお腹やら頭やらが熱を帯びて眠気を吹き飛ばしていった。

 なまじ吸血鬼の身体でエナジードリンクを飲んだことがないので比べようがないが、喉が焼け付くような感覚が過ぎ去っていくのを鑑みるとさほど違いはないように思える。どうやら前回よりも改良したという製作者の言葉は、良い意味で度が過ぎていたようだ。

 

 特に考えることもないのに、頭が熱くなりフル回転していく。

 

 そう、例えばなぜ私が紅魔館ではなく、見たことも無い和室にいる経緯の回想などに思考が逸れていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 時は遡ること数時間前……。

 

 

 

「紫のけちー、いけずー」

「ほんっと性格悪いわね八雲」

「まぁまぁ、別に隠してたわけじゃなくてよ」

 

 じゃあ逆になんだというのだろうか。

 

「ほら、聞かれなかったから言わなかったっていう……」

 

 クソが。そんな言葉を吐き捨てたいほどにはムカついていた。紫が提案したそれは私の数百年を水泡に帰すほどに馬鹿げていて、魅力的な提案だった。

 

「それに今回使うのは本人の許可が取れたからよ。言葉尻を取るなら今まで使わなかったのは本人が嫌がったから。むしろ姉妹なら妹の意思を優先してあげなさいよ」

「フランが嫌がった……?」

 

 紫の言葉にレミリアと首を傾げる。フランが何故嫌がることがあるというのか。私の知る限りではフランは私の事を憎からず想ってくれているはずだ。……思い違いでなければ。

 

「そこら辺の事は直接聞きなさい」

 

 そう言って紫が指を空中に一閃。すると空間が裂け、テレビ中継よろしく地下室の様子が映し出される。……が、肝心のフランが見当たらない。

 

「ちょっと、これちゃんと動いてんの?」

 

 なかなかフランが出てこないので紫に文句をつけるも、紫は扇子で口元を隠しながらじっとそれを見ているだけだった。

 

 と、画面の縁にちらっと煌びやかな宝石が映り込む。フランの翼だ。それは画面の端っこにちろっと見えたり、フェードアウトしたりを繰り返している。

 

「もしもーし、フランー?」

 

 あまりにじれったかったので画面に向かって呼びかけてみると、漸くフランが顔を見せた。……上半分だけ。心なしか顔が赤くなっているのは何故なのか。

 

「大丈夫フラン?顔赤いわよ。熱あるの?」

 

 レミリアが声をかけるも、ぶんぶんとかぶりを振るフラン。しかしうっすらとした赤色は徐々に色味を増していき、本当に高熱でも出しているかのようにはっきりと赤くなっていった。

 

 思わずフランの額に手を伸ばすと、ビクッと肩が跳ねた。が、触れる事はできなかった。プロジェクターに触っているような感覚か。

 

 フランに触らない事を歯痒く思っていると、ぴょこっとフランの顔が完全に生えてきた。顔はあいも変わらず赤くて、唇がわなわなと震えているが取り敢えず数百年経っても可愛いままで安心した。

 

 若干大人びているように見えなくもないのは、姉として贔屓目に見てしまっているからなのか、実際にそうなのか。

 

『……ひ、久しぶり。カルラお姉様、レミリアお姉様』

「毎日声は聞いてるけど、まぁ顔を見たのは久しぶりか」

 

 何で顔に手を近づけただけで吃驚されるのか、何で若干緊張気味なのか、とか数ある疑問は取り敢えず保留。

 

 一番聞きたかった事を尋ねる。

 

「フラン、さ。会いたくなかったってホント?紫が言ってたんだけど……。もしそうだったら理由とか教えてくれると嬉しいなー、……なんて」

『え? 紫お姉さんそんなこと言ったの?』

 

 ピキ、と空間が凍った気がした。正確には隣で暇そうにしていたレミリアと私の空気に限定されるが。

 

「八雲……フランになんて呼び方を……」

「流石に痛くないですかね紫さん」

 

 主に見た目というか年齢というか。白けた目で紫を見やるも何処吹く風とばかりに無視された。確かにフランより年上だから間違ってはないのだろうけど、お姉さんと言うよりかお母……。

 

「ぶべらっ!?」

 

 唐突に落ちてきた金ダライの衝撃が頭に響く。直後に使用済み金ダライは異空間に飲まれた。……レミリアにはあまりの早業に見えなかったらしい。

 

 ホントに落ちてきたんだって!

 

「ごめんフラン、それで?」

『え、ああ、なんて言うか、……会うのが怖かったから、かな。いや、勘違いしないで! 別にお姉様が特別なんかしたとかじゃなくて、ほら、……わ、私、お姉様に迷惑かけてばっかだったから、……気後れしちゃって、それに体質のこともあるし……』

 

 そこまで言うとまた顔を赤くしてまた画面外にフェードアウトしてしまった。

 

 一気にまくしたてられて、思わず目が点になる。はきはき喋っていた以前より少しどもっているのは、会わずに経た年月のせいか、はたまた緊張のせいか。

 

 え、ええ子や……!

 

 だいぶ勘違いが加速度的に増幅してしまってはいるが、私に迷惑になるからって自分を押し殺していたとは……。

 

 お姉ちゃん、フランをそんな子に育てた覚えはありません! もっとオープンにフリーダムにワガママにしてくれて良いのよ?

 

「……フラン、そのままでいいから聞いて。私は……フランにすごく会いたかった。声こそ毎日聞いてるけど、直接会えたのってかなり前じゃない。正直、フランの顔を忘れてしまいそうで怖かった。や、勿論忘れるわけないんだけど、それだけ会いたかったって話。比喩ね比喩。だから……フランさえ良ければ、時々でいいから顔見せてくれないかな?」

 

 変な気持ちだ。自分の心中を嘘偽りなく話す、というのはいつでも程度の大きさはあれど羞恥が付き纏う。いかに話す相手が信頼に足るとしても、自分以外と秘密(ココロの裏側)を共有する行為はとてつもない勇気がいるのだろう。

 

 そしてそれはフランも同じこと。拙くとも打ち明けてくれたフランには互いに秘密で縛っておくべきだと思った。……一連托生、そんな安っぽくて、でも重い言葉が心に浮かんで沈んでいった。

 

『……う、うん。分かったわお姉様。なるべく会うように努力してみる』

 

 本当に久しぶりにフランの顔を見れたことも相まって、心が春の陽気のようにポカポカとした。

 

 と、恥じらいを含んだ了承をフランから受け付けたところで、漸く今の状況を思い出す。

 

「あの、そろそろ良いかしら?」

「ちょっと空気読みなさいよ八雲。今ちょうど妹たちが良い感じなんだから静かにして」

「貴女よくシスコンとか言われない?」

「お生憎様ね。そんなこと言ってくるやつはいないわ」

 

 そもそも知り合いがいない……。

 

「うへ!? いひゃいいひゃい! いひゃいっひぇ!」

「いま変なこと考えたでしょ」

 

 ほっぺがぁぁー伸びるぅぅー。

 

ひゃーいれみりひゃのぼっひぃー(やーいレミリアのぼっちー)

「このーっ!」

 

 レミリアさんこれ以上は伸びません!

 

「話を、進めて、良いかしら?」

「あっ、どうぞお願いします」

 

 紫さんの額に青筋ががががが……。

 

 これくらいでキレるとかやっぱり年増……、

 

「ぶべらっ!?」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 パチン。

 

「咲夜、ここに」

 

 レミリアが指を鳴らせば隣に瀟洒な従者が現れる。毎回瞬きもせずにガン見しているのに気づいたらそこにいるのだから驚きだ。

 

「アッサムを三人分用意して頂戴。一つはフランのところに持ってって」

「既にこちらに用意してあります」

「そんなに急がなくていいわ。……長くなるんでしょう?」

「まぁ四半刻ほどかしら」

「そういうことだから……って、咲夜今なんて?」

「お茶菓子もございます」

 

 そんなにかかるのか、とは口には出さない。急かしているようで紫に失礼だからね。あ、咲夜紅茶ありがとう。……砂糖入ってるコレ? 角砂糖3個? 分かってるね、やっぱりそのぐらい甘くなくちゃ。

 

『フラン様、アッサムティーです。少々お熱いのでお気をつけください』

『……ありがとう咲夜』

 

 フランが咲夜にしっかりお礼を言えてるのを見てほんわかした気持ちになる。フランもしっかりしたなぁ、と。……姉バカかも知れないが、それでも嬉しい。

 

「じゃあ始めるわよ……。まず貴女たちの序列はどうなっているのか教えてもらえる?」

「序列……ねぇ。はっきりとしたものは無いけれど、私が一番上で……良いのよね?」

「大丈夫だから。レミリアもっと自信持って」

『なんで恐る恐るなんだか……』

 

 仮にも……ってか本物の当主だろうに。

 

「次に……カルラ、かしら?」

「うーん、どうだろ。貢献度で言ったら咲夜とか美鈴の方が高い気がするけど」

『いや〜お姉様でしょ』

 

 まぁ……そうなの、か?

 私みたいな穀潰しより咲夜とか美鈴の方がずっと相応しいと思うのだけれど。

 

「はいストップ。そこまでで構わないわ」

「何を言わせたかったのよ?」

 

 そこはレミリアと同意見だ。今話したのはもはや紅魔館の中では常識になっていること。改めて確認するまでもない。……ちょっと確認の時間が必要だったけど。

 

「その二人の序列はどうやって決まったのかしら?」

「……そりゃあ姉妹なんだから長女が上でしょ。……あー、もしかしてそこ?」

「どうやら気付いたようね」

 

 それは……確かにややこしいな。

 

 意味分からんこと言ってないで早く説明しろとでも言いたげなレミリアとフランに掻い摘んで説明するのならば。

 

「つまり、私とレミリアは双子で私の方が先に産まれたっていうのが前提条件。で、この場合レミリアを紅魔館の当主に置くのが我が家のルール*1。でも幻想郷では、なんていうか、ルールの違いで私が当主*2って扱いになってしまう」

「ん、んー? 私には分からないわ。ええ、分からないわ。小指の爪先ほどにも分からない」

 

 絶対分かってるやつだこれ。レミリアの紅い双眸からハイライトが失われていく……。

 

『ってことは今日からは、カルラお姉様が紅魔館の主人ってことね』

 

 フランさんそれ言っちゃらめぇー!

 

「い、いや、いやいやいや!私全然へなちょこだし。やっぱりレミリアの方が一億万倍相応しいっていうか」

「そう言えば……、此度の戦いの賠償がまだだったわね」

 

 あっ……(察し)。

 

「はぁ!? 賠償も何もそもそもが貴女のマッチポンプじゃない! 無効よ無効!」

「レミリアちょっと落ち着いて……」

 

 今にも掴みかからんばかりのレミリアを、どうどうと往なしながらどうしたものかと考える。『どう』だけにね!ごめん何でもない。

 

「そっち側の陣営は貴女たち以外全滅。敗者なら惨めたらしく負けを認めて勝者に従いなさいな」

 

 しかも、全くもって受け入れるわけではないのだが、郷に入れば郷に従えという言葉があるように、秩序が保たれたコミュニティの中で私達だけ独自のルールを突き通す訳にもいくまい。

 

「それに体裁だけでも構わないわ」

「……どういうことよ?」

 

 意気消沈した様子のレミリア。

 

「当主は変えられないけれど、実質的な統治者は不問とします。……えぇと、だからね、貴女は名目上の当主として名前を貸すだけで構わないって話よ」

 

 何言ってるか分かんなくて頭をひねってると紫が補足してくれた。ごめんね理解力低くて。

 

「うーん、それなら別に……良い、かな?」

 

 名前貸すってつまりあれでしょ? 契約書とか書状のサインすればいいんでしょ? サインして良いのかどうかはレミリアに聞けば良いわけだし。

 

「本当に? 名義上だけとはいえ、貴女が紅魔館の看板を背負うのよ? 逆に言えばその皺寄せも全部貴女。本当にそれだけの覚悟がある?」

 

 レミリアが顔をぐいと近付けてくる。口調こそキツめだが、その表情からは心配してくれてるのが伝わってくる。

 

 でも、だからこそレミリアにこの役を押し付けるわけにはいかない。産まれたのはタッチの差だったけれど、それでも姉は妹を(おもんばか)る生き物なのだ。

 

「大丈夫だって、少しは信用してよ。それに何もかも私が決めるわけじゃないし。本当に困ったことになったら可愛い()()()が助けてくれるからね!」

「ぐっ……、はぁ。頼んだわよ、()()()()()

 

 いやぁ、お姉ちゃんて呼ばれる優越感たるや最っ高だなぁ、もうっ!よしよし、しばらくは妹呼びでレミリアを揶揄ってやろう。

 

『私を頼っても良いんだよ?お姉様』

 

 ちょっとだけ蚊帳の外だったのが癪なのかむくれながら存在を主張してくるフラン()

 

 くああぁぁーっ!可愛すぎかって!

 

「もちろんフランにも頼らせて貰うよ」

 

 にっこり笑顔でそう告げると嬉しそうに顔を綻ばせながらフェードアウトした。同時に画面が閉じる。

 

「じゃあ早速だけど一仕事よ」

 

 えー、名前貸すだけで良いって言ったじゃん。

 

「そんな嫌そうな顔しないの。そう大したことじゃないわ……。

 

   紅魔館当主、カルラ・スカーレットには、

 

   私、八雲紫が主催する賢者会議へ参加してもらいます」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 長い長い回想を終えたタイミングで誰かがこの部屋に近づいてくるのを感じる。私が来た時もそうだったが、廊下の床の軋む音が聞こえるのだ。

 

 京都の二条城だったか。

 

 『鶯張り』と呼ばれる作りの廊下で、敵の侵入をいち早く察知するために軋みやすくなっているらしい。それに似たものだろうか。

 

 いやー、めっちゃテンション上がるね!

 

 こう、時代劇に紛れ込んだみたいな?

 

 一人で静かに? 舞い上がっていると障子に映る人影がピタリと止まり、そろりと障子が開く。

 

 入ってきたのは一人の子供。

 

 紫がかったおかっぱ頭にパチクリと開いた紫の瞳。色白く整った(かんばせ)は我が家の魔女とは違った、大和撫子な雰囲気を醸し出している。

 明るい和服を身に纏った少女は、こちらを一瞥すると対面の座布団に座る。座高も私と同じか少し低いくらい。

 

 迷い込んだとも考えにくいから、おそらく紫が招集をかけた賢者会議とやらの参加者なのだろう。

 

「不躾ではありませんか?」

 

 私が先方をじろじろ眺めていたのが気に障ったのか、年齢相応の、しかしどこか重みを感じさせる凜とした声で窘められてしまった。

 

「不躾ね」

「……止めようとは思わないんですか?」

 

 注目すべきは、目の前の少女からは妖しい雰囲気を感じないということだ。妖力然り、魔力然り。つまり、ジト目をこちらに向けてくる少女は人間だということ。

 

 幻想郷の存在意義や仕組みについては予め紫から説明を受けている。

 

 曰く、忘れ去られた者が集まる桃源郷。

 

 曰く、種族の垣根を超えた理想郷。

 

 その上で幻想郷という一つの異世界の中に、人間が集って住んでいる『人里』というコミュニティがあることも聞き及んでいる。

 

「不愉快なんですが」

「でしょうね」

 

 まさかとは思うが『人里』の賢者というのはこの小っこいのを指すのだろうか。

 

「貴女とは馬が合わないようです」

「そんなことないと思うけど」

 

 少なくとも私はそう思っていない。

 

 

 

「……時に、『幻想郷縁起』を知っていますか?」

 

 そろそろ足が痺れてきたので崩そうかと思っていたところ、大和撫子ちゃんが話しかけてきた。

 

「いや、初めて聞いた」

「はぁ……。本当に賢者なんですかねアレ(八雲紫)は……。んんっ、『幻想郷縁起』とは稗田家が代々記してきた妖魔知識本のことです。今代の幻想郷縁起は私、稗田阿求が担当しています」

「へぇ……、そうなの……。あ、私も自己紹介した方がいいかしら?」

「いえ、どちらにせよ後々天魔や八雲紫の元ですることになると思いますので、今は結構です。ともかく幻想郷縁起は極一部を除いて妖魔に対抗手段を持たない人間にとっての対策書のようなもの。故に危険性を排除するためにも、常に更新されなければなりません」

 

 なるほど。その妖魔対策本とやらを書く役目を担っているなら、確かに阿求何某が人里において重要な役割にいても不思議ではない。

 

 代表者としてはまだ弱い気がするが。

 

「と言うわけで後程こちらに越してきた貴女方にお話を伺いたいのですが構いませんか?」

「ええ、良いわよ。目処がたち立ち次第、紫を通して招待状を送らせて貰うわ」

「ありがとうございます。……しかし珍しいですね。正直言って断られると思っていたのですが」

「あら、断って欲しかったなら言ってくれれば良かったのに」

「いえいえ滅相も無い。ただ認識が此方の妖怪と多少異なるのだなぁ、と」

 

 認識、とな?

 

「どのように違うと考えているのかしら」

「……聞いてから招待の約束を取り消したりしませんか?」

「失礼ね。そこまで狭量じゃないわよ」

 

 それは失礼しました、と一言謝罪してから少女は語る。

 

「貴女は幻想郷縁起に載るメリット、またはデメリットをどう考えますか?」

「そうねぇ……、メリットは無いわね。私が受けたのは単に面白そうだったから。後、新参者だから顔を覚えて貰う目的もあるかしら」

「なるほど、メリットは分かりましたが、デメリットもまさにそれです。顔を覚えられる、つまりは存在を知らしめる行為こそが他の妖怪とは異なる点なのです」

 

 しかし人間に認識されなければそも、怪異として存在を保てなくなるのではないか。誰からも見られ(認識され)無くなったら、もはやそれは存在しないのと同義。

 

「確かにそう捉えることも可能ですが、逆もまた可能です。怪異が解明されること。それは恐怖が恐怖で在り続けることが出来なくなるわけです」

 

 あ、と思わず声が漏れそうになった。

 そこまで深く考えてなかったのだ。浅慮にも程がある。

 

「例えば、平安時代に『(ぬえ)』という妖怪がいました。頭は猿で身体は狸、尾は蛇で手足は虎とされている怪異です。ただその妖怪が闊歩していた当時は『よく分からない何か(unknown)』としか認識されていなくて、『鵺』という呼称がついたのは源頼政に退治された後でした」

 

 動揺を表に出さずに相槌を打っておく。

 

 というか、よくそんな昔の話を知ってるな。年端もいかない少女が勉学のために文献を漁るには少々マイナーな部類だと思うのだが、それも幻想郷ならではの教育指針だろうか。

 

「『よく分からない何か(unknown)』から『鵺』に呼称が変化したのは周囲が、それは既に『よく分からない』恐怖という漫然としたものではなく、『鵺』という脅威に変化したからでしょう。人は認識できない恐怖よりも認識できる脅威の方がマシだと考えるわけです」

 

「恐怖の対象から、脅威の対象への変化。これは恐怖や畏敬を糧とする妖怪からしてみれば死活問題です。しかし恐怖として認識されなければ消え去ってしまうのもまた事実。()()()()()()()()。それが最善の妖怪生です」

 

「故に、幻想郷縁起に載ることは本来ならば二つ返事で了承できることではないのですよ。知られ過ぎないとも限らないのですから」

 

 やっべぇ。そこまで考えてなかった。本当の本当にただ一点、面白いという一点だけで了承してしまった。

 

「とはいえ、取材を受けて下さることはこちらとしては有り難いことです。人間の妖魔への対抗手段である幻想郷縁起の執筆と補完。それこそが御阿礼の子に課せられた使命なんですから。それに恐らく、既に忘れ去られた者が集まる幻想郷では消滅する、などということは無いでしょう……恐らく、ですが。しかしその様子だと大丈夫そうですね、安心しました」

 

 何が大丈夫なものか。寝耳に水のビックリ話の連続だったわ。あまりにビックリし過ぎて最初の愛想笑い以降表情筋がずっと固まってただけだわ。

 

「そうですよね、仮にも……失礼。こちらに今回侵攻してくるだけの力を持った妖怪の長がそんなことにまで考えが及んでないはずが無いですよね。……此度の度重なる非礼をお許しください」

「さっきも言ったでしょう?私はそこまで狭量では無い、と。こんな事に毎回目くじらを立てていたらきりが無いわ」

 

 考えが及ばなくてごめんなさいね!

 あばばばばばば……どうしようどうしよう。一回「ちょっと厠に〜」とか言ってレミリアと連絡を取るべきだろうか。いや、でも既に招く約束をしてしまったことは覆せない。

 何処かに猫型ロボットさんはいらっしゃいませんかー!

 

 取材を取り付けたからか吹っ切れた様子の阿求何某と、表面上だけ取り繕いながら痺れた足も崩せず内心でメッチャ慌ててる私。

 二人の間には、見かけ上だけ、穏やかな雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 また誰かが近づいてくる。さっきより軋む音が大きいことから紫だろうと予測をつける。非常に失礼な話なのだが、流石に阿求より体重が軽いとは思えないのだ。

 

 体重の話など、口が裂けても紫の前では話さないが。

 

 しかし、障子に映るのは二人分の影だ。まぁ、座布団が後二つ余っていることから、紫がもう一人を連れてきたのだろうが。

 

 軋む音が止み、スッと障子が開いた。

 

「失礼、遅れた」

 

 先に入ってきたのは妙齢の女性だった。いや、それだけだと語弊を生む。何故なら恐らく背部から生えているであろう左右から見える黒い羽からして、人間では無いことが明らかだからである。

 

 紫から事前に聞いていた情報と照らし合わせると、今現在幻想郷に存在する勢力の一つである妖怪の山。個体数も多く、力量も高いその一派を束ねる長、『天魔』では無いかと推測がつく。

 

 女性が入ってくると、連れ立って金髪の女性も入ってきた。

 

 ……って誰だよ!?

 

 すらっとした肢体にぴょこんと金髪の間に覗くケモ耳。

 ケモ耳、ケモ耳……。

 

 あー、もしかして藍か。尻尾がないから分かんなかったなぁ……。え? てか尻尾どこいったし尻尾。あのもふもふが無い藍なんて藍じゃ無い!

 

 藍と天魔が座布団に座り、漸く全ての座布団が埋まった。

 

「これより賢者会議を開催します」

*1
古代ローマの時代には第二子を兄姉としていた

*2
日本では1874年(明治7年)に第一子を兄姉と司法省が定めている




 たぶん忘れられているであろう双子設定。

 二話の冒頭で出したんですけど、レミリアを当主の座に据えたままカルラは外交面で頑張る、なんて事が出来るように考えた結構苦し紛れの設定だったりします。

 幻想郷の時代設定が明治に近いから助かったものの強引過ぎたかなとちょっと反省。

 一応双子設定はちょいちょい出てくるので覚えていたら楽しめるかもしれません。

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