九尾、天狗、吸血鬼、人間。
種族は違えど同じ地に住まう者たちは、協調性というものを考えなくてはならない。同じ屋根の下(幻想郷)に暮らすものは秩序を、ルールを必要とする。
互いに譲れない一線があり、互いが互いを必要としている。その分水嶺を決めることこそが重要だ。
そんな秩序を、分水嶺を決めるのが『賢者会議』と呼ばれる集会である。『賢者』というのは幻想郷創設に関わった人妖を指す言葉だが、時を経るに連れ人数が減ったこともあり、今では幻想郷に現存する各勢力の代表が集まることになっている。
『人里』の代表、求聞史の能力によって九代に渡って人里の要とも言える幻想郷縁起を執筆してきた稗田阿求。
『妖怪の山』の代表、妖怪の山でも比較的大規模なコミュニティを形成している天狗の長である天魔。
『八雲』の代表、幻想郷を創った賢者のうちの一人で神技にも通ずる馬鹿げた能力を持つ八雲紫……の式の八雲藍。
『紅魔館』の代表、外の世界から最近幻想郷に侵攻してきた吸血鬼の一族であるスカーレット家の長女、カルラ・スカーレット。
他にも『地底』『天界』『博麗の巫女』など賢者会議に呼ばれるメンツは多くいるが今回集まったのは、先に挙げた四人のみである。ちなみに八雲紫は他にも招集をかけたが、不参加の理由は多少の差異はあれど面倒の一言で断られたらしい。
閑話休題。
賢者会議の存在意義は秩序を定めることではあるが、全員が全員同じ目標のもとに足並みをそろえてピクニック、というわけではなく自己利益を多少なりとも求める以上、腹黒いものを内面に抱えている。
相手を化かし、脅し、懐柔してより自分に利する秩序を作り上げるのがこの会議の本質なのだ。
例えば九尾。
遥か昔は傾国の美女として歴史に名を馳せたとか馳せなかったとか噂のある彼女ではあるが、過去はどうあれ、今は忠実な八雲紫の式。
己の利はすなわち主人の利に直結する。
幻想郷を愛している主人のために、幻想郷自体の利益のために彼女は奔走するのだ。
例えば御阿礼の子。
彼女は幻想郷縁起に関わる記憶のみを引き継いで転生する特異体質を持っている。かれこれ9代目になる彼女(稗田阿求)は誤解されがちだが、完全に人間の味方、というわけではない。
幻想郷縁起には各妖怪の恐ろしさや弱点などが事細やかに記載されている。人里を襲えない妖怪にとっては、脆弱な人間から向けられる未知の畏怖こそが食い扶持の一つになっているのだ。
故に幻想郷縁起を執筆する彼女は幻想郷が廻る上で無くてはならない存在の一人に数えられている。
人間の恐怖を程々に煽りつつ、人里の利権を守らなければならない彼女は、正しく人里代表なのである。
例えば天魔。
幻想郷で人里以外に唯一を群れをなしている天狗。包括的に見れば『妖怪の山』と括られ河童なども含まれるのだが、個体数はいずれにしろ幻想郷一だ。
そんな幻想郷屈指の勢力である天狗を取り纏めるのが『天魔』という存在である。
天狗という種族は個体差はあるにすれ、高い誇りと狡猾さを兼ね備えている。彼ら、彼女らが上に立つことを許すほど『天魔』は並ならぬ人望を備えている……と言うわけではない。
彼女の性格は全くの逆。ありふれた正義感や正々堂々といった言葉から最もかけ離れた存在。
父親は生まれた時には既に亡く、体の弱かった母親も彼女を産んで直ぐに逝ってしまった。
一人残された赤ん坊は孤児として数十年を生きた。愛情を知ることが無かったために、常に自分のために他人を利用してきた。
時に物を乞い、時に物を盗み、時に人を騙して生きてきた。他人を蹴落とて脅して切り捨てて目合い(まぐわい)また脅して切り捨てて。
自分の女であるという長所と短所をうまく利用して、そうして大勢の上に立つことができたのだ。
それ故に彼女に身に付いたのは、誰にも頼らず、また誰にも頼らせない生き方だった。
愛に育まれなかったが故に損得勘定のみを重視した生き方は、人望は得られずとも『手段を選ばないが、自己利益の為なら何でもやる奴』という信頼を得ることができた。
また、彼女には名前がない。否、捨てたのだ。
過去を汚点と感じていた彼女にとって自分自身を表す名前は都合が悪かった。元来より親に対して憎しみすら抱いていた彼女は名前を捨てることに躊躇は無かった。
こういう事情で出来上がったのが、誰よりも狡猾で、自己利益を優先し、手段を選ばず、出自不明で、男を誑かす美貌と『天魔』という名を持つ、天狗の長だった。
彼女がこの会議で望むものとは……ーーーー。
吸血鬼への報復である。
この天魔、なぜ遅れて参上したかといえば彼女達の領地、すなわち『妖怪の山』を修復作業の指揮を取っていたのだ。そしてその修復を余儀無くさせた根本の原因である魔力の奔流。ひいてはそれを放った風見幽香……には手が出せないので、風見幽香をけしかけた吸血鬼を恨んでいるのだ。
此度の侵略において一番の被害を被ったのは、何故かいの一番に襲われた妖怪の山であり、二次災害(風見幽香)でも相当な被害が出ている。
ましてや相手は越してきたばかりの新参者であり、どう搾り取ってやろうかと腹黒い思いを抱きながら舌舐めずりをしているのであった。
最後にカルラ・スカーレット。
稗田阿求(人里代表)からは『決断力に溢れる思慮深い取材対象』として見られ、天魔(妖怪代表)からは『風見幽香と対等に渡り合い生き残ったやべぇ奴(満身創痍の模様)』と警戒され、八雲藍からは『人の上に立つ器ではないにしろなんやかんや頑張ってる健気な子供』として密かに応援されている。
彼女は会議で何を……、
(ヤベェなんかめっちゃ睨まれとる!)
……望むかより、今の状況に戦々恐々としていた。
元より、藍の推察通り当主の器には多少どころか、かなり頭やその他諸々が足りなかったカルラはその残念なオツムを既に消耗しきっていた。
ポーションで補強しているとはいえ、阿求との高度な弁舌戦(阿求は軽い雑談のつもり)は理知的な判断力を維持するのには些かハード過ぎたのだ。
故に最高級の金メッキ(レミリアと同等の思考力)は綺麗さっぱり剥がれ落ち、本来のーーレミリアと比べるならアルミ箔程度のーー素が出てきてしまったというだけの話。
(口元こそ笑っているけれど目が、目がまるでチェスの時のフランみたいに獲物を狩る目をしてやがるっ……!)
天魔の笑っているけど笑っていない目を見て戦々恐々としているが、カルラにそのような視線を向けられる心当たりなど全くない。心なしか邪魔にならない程度に部屋に広げられている黒い翼も威圧感を発しているようだ。
これだから会ってすぐメンチ切ってくるパリピは嫌なんだ、と引き篭もりが心中で愚痴っていると、両者の間に不穏なものを感じた藍が口火を切る。
「さて、今回の議題だがーー……」
「ちょっと待ってくれ、八雲の式」
が、天魔に遮られ少しムッとした表情を見せる。
「なんだ、藪から棒に。それと私には八雲藍という名があると何度言わせる?」
「私らはともかく、そこの吸血鬼は今しがた会合を果たしたばかりだ。各々簡単に自己紹介でもした方がいいのでは?」
九尾の棘が目立つ物言いにも、意に介さず飄々と言い返す天魔。この二人は仲が良くないのではないか、と矢面に挙げられながらもカルラは想像した。
「……確かに、そうだな。しかし私はもうある程度の認識はあるし、自己紹介も済んでいる。時間も押しているし貴女方だけで手早く済ませてくれ」
藍がそう言うと、阿求も静かに手を挙げて自分も自己紹介は済んでいることを伝える。
「それでは私だけ仲間外れ、というわけか。……まぁいい。天魔だ、今後も良しなに頼む。お互いに良い関係を築こうじゃないか」
短い自己紹介とともに右手を差し出し握手を求めてくる。カルラはこの妖怪に好感を覚えた。流石に天魔というだけあって(恐らく本名ではない)腹に黒いものを抱えてはいるだろうが、実際は竹を割ったような性格だと推測できる。
とてもくーるびゅぅてぃーだ。
一方で他の二人は天魔に対して白い目を向けている。何か胡散臭いものを見る目だ。どうしてそんな懐疑的な視線を向けているのかと考え、一瞬あまりにも容易く信用した自分が愚かなのかとも考えた。
そして、まさか、と打ち消す。
知性あるものに悪意が備わることは重々承知である。しかし初対面の相手に会うたびに疑念に駆られてはキリがない。ある程度の割り切りが必要なのである……。
「カルラ・スカーレットよ。こちらこそ宜しく」
自然と浮かんだ笑みとともにわざと天魔の手が届かない距離に右手を出すと、天魔も笑みを湛えながら両者の間にある微妙な距離を前のめりになるように埋めて、がっちりとカルラの手を取った。
カルラは眼前の妖怪を信用することにした。
だが。
その考えは甘い。
少なくとも、こと各人の思惑が錯綜するこの場においては相応しくない考え方だ。
事実、天魔はこれほど初対面の相手に対して、こう易々と手を結んだりはしない。そんな安い心構えでこの場に来ていないのだ。
そして幾度となく苦汁を飲まされてきた稗田や八雲がいる中、なまじ自身の勘を信じ過ぎてしまっているが故に特に何の考えもなく天魔の手を取ってしまったカルラ。
やはり彼女は相応しくなかった。
◇◇◇
主人の居なくなった部屋のドアが開かれる。
入ってきたのは金髪の幼子。肩まで伸びたその髪はどこか部屋の主の妹を想起させる。
彼女は唯一、主人から自由に部屋の出入りを許されていた。しかし彼女が部屋の主にとって特別な存在かといえばそう言うわけでもない。
まぁ、有り体に言ってしまえばお付きのメイドだ。
部屋に入ってきたメイドーーーリサは慣れた手つきでベッドメイクをこなしていく。
部屋の掃除に始まり、シーツを整え、枕をポンポンとはたき、バルコニーに通じる窓のカーテンを開けて脇に束ねていく。その上で窓も開け放てば心地良い夜風が吹き込み、閉め切った部屋の換気になる。
そして最後にほとんど使われていない洒落たアンティーク調の机に飾られている、花瓶の花を取り替えてフィニッシュだ。ちなみに毎日毎日生ける花を変えているのだが、残念なことにほとんどの場合彼女の主人は気付かない。
リサは部屋の外に置いてあったユーチャリスを二輪花瓶に挿し、部屋を見渡して埃が落ちていないことを確認すると満足げに頷き、次の部屋に向かった。
次にリサが向かったのは図書館……の中にある少し浮いた赤い扉の向こう側。フランドールの部屋だ。
狂気に侵されている悪魔の妹に近づくことは本来なら命をドブに捨てる行為である。掌を握るだけであらゆるものを破壊できる能力をもってすれば、対象が如何に智略に長けていようと、素早く動き回ろうと破壊することは難くない。
その悪魔の視界に入った瞬間から生殺与奪の権利は、幼い掌の上でタップダンスしているのだ。悪魔のお眼鏡に叶えば僥倖、不興を買った場合は……、気付かぬうちに物言わぬ肉塊と化しているだろう。
それだけのツーアクションで壊れるのだから全くもって恐ろしい能力である。並大抵のメイドではすぐさま肉塊に変えられてしまうこと必至だ。しかし自然に根付く精霊が具現化した妖精に関しては、その限りではない。ソースが尽きるまでその命を(命と呼べるかは疑問だが)絶やすことはない、半永久的な不死状態なのである。
閑話休題。
金髪の少女は誰もいない司書机を素通りし、空間から切り離されたかのように無愛想な朱色のドアの前に立つ。そして軽く手首をスナップさせ、弾むような音を3回ほど奏でた。……ただのノックである。
「妹様。お部屋の清掃に参りました」
ここに来た趣旨を扉の向こうにいるであろう少女に向かって伝えるが、どうにも反応が返ってこない。
ふむ、どうしたものかと少女は訝しむ。現時刻は漸く空が白み始めてきた頃。夜行性な妹君には少々きつい時間帯とはいえ、まだ惰眠を貪るには早い。
「失礼します」
悪魔の機嫌を損ねるのと、上司から課された業務を天秤にかけた結果、束の間の均衡ののち後者に傾いた。これも死生観の薄い妖精ならではである。
ドアを開けるとしかし、予想とは違って20畳ほどの広々とした一室は閑散としていた。膨らみを持たない乱雑な毛布も、中途半端に開かれた書物も、如実に部屋の主の不在を示していた。
だが部屋の主がいないことと、業務が無くなることは別にイコールではない。
「……全く」
部屋を出るときに少し時間をかけるだけで私の仕事は減るのに、と誰も見ていないことを良いことに鬱憤混じりの溜息をリサは吐いた。
◇◇◇
紅茶を入れると言うのはここまで神聖さを感じさせる一つの儀式紛いの何かだっただろうか。私もカルラに紅茶を淹れて貰ったことが多々あるが、こう咲夜のように音も立てず、あるべき場所に収まるように紅茶が注がれているのは見ていて心が落ち着く。
「ありがとう咲夜」
いつもの至高の一杯を提供してくれる咲夜に礼を言うと一礼して下がって行った。ああ、こういう一つの動作さえも洗練されていれてみていて気持ちが良い。
・・・特にこんな雰囲気では。
「お姉様、まだ連絡来ないの?」
「・・・来ないわね」
イライラした様子を隠せないフランに私は不甲斐ない返事を返すことしかできない。仕方ないじゃないか。来ないんだもの。私はオウレットを見やる。
「本当にこれはちゃんと作動しているんでしょうね?」
私が指差しているのは見たところ何の変哲もない巨大な鏡だ。オウレットによるとぷろじぇくたーと言い、カルラと一緒に作ったとても価値のある魔道具らしいがさっきからうんともすんとも動く様子がない。
「ええ、動いてはいるわよ。一応魔力の流れが感じられるもの」
本から僅かに目をあげて鏡を確認したオウレットはこともなげにそう言い、すぐに字面を追う作業に戻って行った。にべもない態度に、私は肩をすくめダージリンを楽しむことに決めた。
しかし不機嫌な我が妹はそう割り切ることはできなかったようだ。テーブルを叩いて立ち上がるとオウレットに食って掛かった。隣にいる私には煌びやかな羽が頬に刺さって鬱陶しい事この上ない。目に痛いほどの光沢。
「貴女にはこれが動いているように見えるっていうの!?」
「い、いや動いているのよ、これは。ただ向こうの子機が起動してないからこっちも何も受信しないままなのよ」
オウレットは全くこっちの事を気にかけていなかったのか、肩をびくつかせて慌ててフランをなだめる。というか最初からそう話せばフランもこんなに興奮しなかったのに、と思う。
「え、それってカルラお姉さまがシキ?を起動できないほどピンチってこと?」
「それか単に忘れているか、ね。私としてはそっちの方がずっと可能性あると思うけど」
私もオウレットの意見に酷く賛成なので、青褪めたフランがこっちを向いたタイミングで頷いておく。カルラは存外に抜けている事が多い。全く心配していない、というと嘘になるが、心配し損なのも確かだ。フランが濁った目で軽蔑してくるが、今に分かる日が来るだろう。
・・・それに八雲紫との
オウレットの返答を聞いて納得いかなかったフランが、私の後ろに控えていた咲夜に苛立った声で話を振る。
「咲夜はどう?心配じゃない?」
「そうですね、失礼を承知で言わせてもらうなら・・・あまり心配していない、ですかね」
咲夜の返答はおおかた私の予想通りだったが、妹は「なんでよ」と、詰るような口調で咲夜に説明を求めた。
「明確な根拠を示すのは難しいのですが、・・・どうしてだか、何事もなかったかのようにご帰宅なさる様子しか思い浮かばないのです。窮地に陥るお姿が想像できないと言った方が正しいかもしれません」
どう言ったものかと、頭を悩ます咲夜を見てフランは不貞腐れてしまった。伏せたまま頬を膨らませこちらを睨むばかりである。
確かにフラン以外カルラの心配をしていないという、ここの住人の惨状には些か頭を抱えざるを得ないが、しかし咲夜の言い分が正鵠を射ている事もまた確かなことなのである。そういったカルラの性質を周囲が理解しているからこそ、この反応なのだろう。
結局、ぷろじぇくたーとやらが起動することは無く、フランは落ち着きなく室内を歩きまわり始め、オウレットは時折飛んでくるフランの鬼気迫る眼光に怯えながら本を読み、咲夜は館内の家事の為に席を外した。私はというと特にやる事もなかった為寝てしまおうかとも思ったが、フランのご機嫌取りの為に深刻そうな顔を保つので精いっぱいだった。
「・・・お姉さまが帰ってきた」
眠気と格闘しながら瞼を開けたり下ろしたりしていると、唐突にフランがそう呟いた。なるほど、フランが言うのなら間違いないだろう。
「咲夜、カルラにここに来るよう伝えといて」
咲夜の姿は見えないが、「御意」と聞こえた気がしたので、たぶん聞こえたのだろう。いや、聞こえたに違いない。
私は部屋を飛び出していったフランを横目に、疲れ切った両瞼の休息に入った。
・・・気付いたら前回の投稿から半年以上経ってた。
一応生存報告です。
忙しかった時期も終わったのでぼちぼち投稿再開していきます。
しかし本当にぼちぼちです。
一年前でさえナメクジみたいな投稿ペースだったのに・・・。
未完にはしないつもりではありますが、恐ろしいほど時間がかかりそうです。
本小説にまたお付き合いして頂けたら幸いです。