Phantasm Maze   作:生鮭

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 人は常に美しさを求めている。

 

 性別など関係なく、生き方であれ、行動であれ、性格であれ、醜いよりは美しくありたいと願うはずだ。誰かが困っていたら、手を差し伸べるというのが人の在り方であり、人間がただの『葦』ではないという確固たる証拠である。

 

 何故かと言えば、人は鏡を見るからである。ここでいう鏡とは手鏡や姿見といった実物の話ではなく、人間という生物の持つ自身を省みる心を指している。

 

 私利私欲に走るのではなく、他者の目にはどのように自身が映っているのかを気にするからこそ、美しくあろうとするのである。さらに言うなら、その判断の大半は『他者の目を想定した自己判断』であることが多い。自信を評価するのは結局自分なのである。

 

 そんな結局のところどうしようもなく鼬ごっこになってしまう美醜の価値観で、最も変化が見られやすいのは外観、つまるところ容姿であることには誰も疑問を抱かないだろう。

 

 外観が内観を決めることがあっても、内観が外観を決めることは全くと言っていいほどない。

 

 人間見た目が全てなのである。

 

「そんなことないでしょ」

 

「あ、一応聞いててくれたんだ」

 

 眼前の魔女は全く目も合わせずに、遊びに来た友人を差し置いて読書に明け暮れていたために、てっきり無視されているのかと思っていた。

 かと思えば一応返事らしきものが得られたので、ただの屍ではなかったようだ。

 

「・・・こっちは真面目な魔道具の研究なんだけれども遊びのつもりなら帰っていいわよ」

 

「ジョーダンだってマイケル」

 

 ・・・視線がマジ絶対零度なのでここまでにしておこう。

 

「それはそうと、魔女様の美醜観はいかほどに?」

 

 直接的にオウレット自身のことを聞いたことがなかったので、これはいい機会であると少し掘り下げてみることにした。

 

「別にこれといって特別なものではないわ。美しい、醜い、賢い、愚か、優しい、狡賢い・・・そんな人を形容する言葉は全て物差しがあるの」

 

 知識の結晶からわずかに目を上げ私に向かって説くその姿には、言い知れない苦労がにじみ出ていた。

 

「たいていの場合その物差しは大衆が作り出している。けれど確かに相容れない物差しもある。誰かが美しい賢い優しいと言っても、他の誰かは醜い愚かだ狡賢いと言う」

 

「最も相反するのは正義、かしらね」

 

 そう言って、本で見えないその顔に暗い影を落とした魔女は、昔を思い出すように黙りこくってしまった。藪蛇だったか、そう思ったがここまで聞いてしまった以上先を促すしかない。

 

「・・・まぁ要は他者からの視線で、貴女風に言うなら他者を意識した自分の目で美醜観を作るのはナンセンスだって話よ」

 

「もっと要約すると?」

 

「その魔道具を頑なにアクセサリーとして使う気持ちがわからないって話よ」

 

 本を置いて魔女が指さした先には、ウェリントン型、つまりは四角く黒いフレームのごく普通の眼鏡。身体能力が人のそれとは比べ物にならないほど高い私たちが、本来お世話になるはずのない品である。

 

「そんなのつけたら邪魔じゃない。本が読みにくいったらありゃしない」

 

「そうかな。慣れれば気にならないと思うけど」

 

「慣らす意味がないわ。・・・それにかけ忘れる阿呆もいるみたいだし、私の前に約一名」

 

 誰のことですかねー?ワタシマッタクワカラナイデスワ!

 

「大体どうしてもその機能を付けたいなら、貴女の眼を直接弄ったほうが楽よ」

 

「なんか恐ろしいこと言ってる!?」

 

 まさか眼球を引きずり出すつもりか!?

 オウレットの二つ名を『七曜の魔女』から『マッドなムーディー』に変更しようかと考えていると、呆れ顔で溜息を吐かれた。

 

「・・・貴女それでも魔術を修めているのかしら?」

 

「手術料を納めろ?」

 

「身体強化よ、身体強化。それを少し応用すれば、視界の共有ぐらい容易にできるわ」

 

「そのぐらい知ってるっての」

 

 流石に魔術系統は全て調査済みだし、視神経を弄る方法も知識として頭にある。しかしそれではあまりに無骨である。華がない。

 

「だったらどうして「いいじゃん!!」・・・!?」

 

「カッコイイじゃん!!」

 

 そう、それに尽きるのである。

 確かにこの眼鏡『インビジブルアイMark-2』は正直必要性は皆無だ。魔術で事足りるし応用も利く。装備を増やすことは実践的ではない。

 

「この一見何の変哲もないどこにでもある量産消耗品が、実はとんでもない機能を備えているこのギャップ!着脱可能ということは誰でも使えるっていうのは利点だよね。それに眼鏡をかけているだけで、他の人には普段よりも2割増しで知的に映るっていうデータもある(*ないです)し、なんかもはやそっちメインで視界共有とかオマケよオマケ」

 

「わかった、わかった。兎に角このままが良いのね」

 

 オウレットは一つ溜息を吐くと本の虫へと戻ってしまった。

 絶対面倒くさい奴だと思ったに違いない。まぁ分からない奴にはどれだけ説明しても分かってもらえないのだ、浪漫というものは。

 

 価値観の相違なんてものはこの世にいくらでも転がっている。それこそ美醜観のように。

 

 

 

 生きる図書館のオブジェは放っておいて、そろそろフランの元へ向かおうかと思っていると、小悪魔がカップを二つと茶菓子が乗った盆を片手にやってきた。

 そしてカップは私とオブジェの前にそれぞれ置かれた。

 

「ありがとう。…ん?これって紅茶?色が絵の具の筆洗いみたいになってるけど」

 

「オリジナルブレンドです。味は保証するのでグイッといっちゃってください!」

 

 紅茶はグイッと飲むものではないと思うけれど…。悪魔の笑顔を信じてカップを傾ける。

 

「どうです?美味しいですか?」

 

「・・・好きな人は好きなんじゃないかな」

 

 価値観同様に味覚もまた人によって違うのである。

 ちなみに私には、ドブ水をろ過した後に無理やりシトラスを付けたような味がした。レミリアあたりが好きそうな味である。フランには間違っても飲ませないほうが良い。

 

「これ自分で味見してみた?」

「味見したくないから飲んでもらったんですよ」

 

 爽やかな笑みとともにそう宣う小悪魔。正しく悪魔である。しかも主人ではなく私に出すあたりが「小」悪魔たる所以に違いない。

 

「せっかくだしフランにも飲んでもらおうか」

「い、いやいやいや大丈夫ですよ毒見は成功です」

 

 今こいつ毒見って言いやがった。

 

「だったらいいじゃん、ほらそれ貸して」

 

 慌ててティーセット一式を片付けようとする小悪魔の手をつかみ、新たに淹れようとする。しかし能力なしの無能吸血鬼では、ただの悪魔とでさえ腕力が拮抗してしまうようで簡単に離そうとしない。

 

「ダメですっ!!せっかく勝ち取った私の姉ポジが!!」

「はぁ!?何それ詳しく!!」

 

 梃子でも動かないティーポットを挟んでとんでもないワードが飛び出してきた。姉ポジだと?どういうことだゴラァ!!

 

「どっかの阿保吸血鬼が寝込んでいる間、小悪魔が魔術の勉強を教えてたのよ。少しでも家族の役に立ちたいからですって」

「フラン・・・」

 

 できることなら私が教えたかったが、土台無理な話ではあった。オウレットもそこまで暇でもないだろうから、故に小悪魔がその役目にあたったのは適任と言えるし感謝するのが筋と言える。

 だがしかし。

 

「せめて先生ポジとかに収まっとけ・・・!」

「嫌ですフラン様はもう妹みたいなものです・・・!」

 

 姉ポジが増えるのは断じて許さん。お姉ちゃんが三人とかややこしいだろうが・・・!

 そうしてティーポットの綱引きをしているとあることに気づく。この射線上は、ダメだ。

 

「放してくださいっ・・・!」

 

 思考がそれた一瞬のスキをついて小悪魔が強く引っ張る。そうして力のつり合いが取れなくなったティーポットは私の手を離れ、勢いづいたそれは小悪魔の手も離れ、延長線上にいた魔女に向かって放物線を描く。

 

「「あ」」

 

 幸い?にもポットはオウレットの手前に落ちて、派手な音を立て、中に入っていた群青色の液体がぶちまけられ、今まさに読書中であった本の下部をびしょびしょに濡らすだけにとどまった。

 

 中々に付き合いの長い魔女殿ではあったが、はっきりと怒りをあらわにしたところは見たことがない。多少やらかしてしまっても、目元が引くつく程度であったし、その後に超謝り倒せば許してくれた。怒れない性格というか、根が優しいというか。

 

「これ、私の、本、よね?」

 

 正確に言えばそれは紅魔館が貯蔵している本であって、それを管理してもらっているにすぎないのだが、本を片手に歯ぎしりが聞こえそうなオウレットに言い出せるわけもなく、ただただ首を縦に振っていた。

 普段からは考えられない、怒髪天を突くような形相に小悪魔は隣であわわと震えるだけのマシーンと化してしまった。こっちだって怖い。ともすれば乙女の尊厳を失いそうになるくらいには怖い。

 

「私本を読んでたわ。あなたたちの邪魔をしたかしら?」

 

 いっそのこと怒鳴り散らしてくれればいいものを、一つ一つの事実確認によってこちらに弁解の余地を与えない冷酷な魔女。怒らせたら怖いのは、怒らせてはいけないのは、普段怒らない人なのだ。

 

「覚悟はいいかしら?ああ、返事は要らないわ」

 

 もしかしなくてもオラオラだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「・・・ということがあったわけ」

「お姉様が悪いじゃん」

 

 壁一枚隔ててフランに事のあらましの一切を説明する。一応フランに宛がわれている部屋は図書館に内接された一室ではあるものの、紅いドアを含め外界からの遮断性に優れている。それはフランを外に出さないためというよりかは外部から音や魔力を中心とした異物の混入を防ぐための、良く言えば揺りかご、悪く言えば監獄のような部屋であった。

 

「魔術のことが知りたければ私に言ってくれればいいのに」

「・・・ダメなの、お姉様じゃ」

 

 無理であることはわかっていながらも、どうしても口に出さずにはいられなかった。そして返ってきたのは予想通りの拒絶。フランは強い意志のこもった声で続ける。

 

「お姉様に教えてもらったら、それはお姉様と同じことしか学べない。私はお姉様になりたいんじゃなくてお姉様を助ける存在になりたいの」

 

 しかし理由は私にとって予想外のものだった。てっきり現実的な側面、私とフランが互いに顔を合わせることができないからだと思っていたのだ。だが実際には、私を助けたいからだという。

 

「どうして?私がフランに助けられるほど弱く見える?」

 

 少し茶化すような口調。フランにこうもはっきりと言われると少し堪えた。

 

「うん。私にはそう見えた。いつの間にか寝てしまって、何日も目を覚まさないで、近くにいるのにこっちを見てくれなくて」

 

 どんどん声が小さくなっていって、私は少なくない罪悪感を抱く。

 

「・・・それで、このままずっと起きないんじゃないかって、怖くなって」

 

 その時を思い出したかのように、声は震えていた。

 迂闊だった。思い上がっていた。馬鹿だった。妹にこんな思いをさせるのが姉だろうか?私よりか、心配させることもなく魔術を教えている小悪魔のほうがずっと姉らしい。

 湧き上がってきた自己嫌悪にうんざりしていると、だけど、と妹は続けた。

 

「何もしなかったら変わらないと思った。怖がってばかりじゃ何も良くならないから。だから勉強することにしたの、それもお姉様とは違うやり方で。いつか困っているときに助けられるように」

 

 

 声の震えは、止まっていた。私の記憶にあるフランとはどこか違っていた。しかしそれは良い方向であるのは間違いなく、それに対して私は複雑な感情が心を占めていた。私の知っているフランではなく、受け入れるべき変化ではあるが、どこか寂しく。

 そんな風に感じてしまう私はやはり姉らしくないと思うのだった。

 

「・・・なんか言ってよ。恥ずかしくなってきちゃった」

 

 少し上ずった調子で、恐らく顔は若干紅潮しているだろう。実際に見れないのが残念である。紫に頼めばあるいは何とかなるかもしれない。

 

「すごいね、フランは。私よりもずっとすごい」

「・・・急に褒めないでよ」

 

 フランの顔をしばらく見ていないせいか、私が寂しくなってしまった。ああ、フランに会いたい。少しは背が伸びているだろうか。最後に会ったときには私よりも少し低いくらいだったか。妹の成長を見たい反面、変わってしまっていたら昔のフランが遠くなってしまっているようで。

 どうしようもなく私は揺れていた。今のフランと昔のフラン、二人の溝はどれほど深いものだろう。

 

「でも、ありがとう」

「なんのこと?」

「今まで私がやってきたことが正しいって確信が持てなかったから、お姉様に褒められると、何て言うか、その・・・ホッとするし、嬉しい」

 

 長い間こんな関係を続けているせいで、声だけで分かるようになってしまった。これは本心からの声だ。私の声で嬉しくなっているフランの声だ。フランの嬉しさが私にも伝わってきて、胸の奥が温かくなるようだ。

 しかしなんてマッチポンプなのだろう。私は『私の存在』がわからない。存在していいのかがわからない。

 

「ん、んんっ!ねぇねぇ、それより最近、ユータイってやつをオウレットから教えてもらったんだけど・・・・・・」

 

 また恥ずかしくなったのか、わざとらしい咳ばらいを挟んだ後、最近学んだことについて楽しそうに話すフラン。本当ならこんな狭い部屋で窮屈な生活を送る必要などなかったはずだ。待っててくれ、もう少しでこんな生活とは無縁にしてやれる。

 

 私はある考えを胸に秘め、フランの上機嫌な話に耳を傾けた。 

 




ぼちぼち書いてます。

後半全く別日に書いたせいで温度差がすごいかもしれません。


関係ない話ですが、近々二年ぐらい前に書いた短編をアップするかもしれませぬ。興味がある方は見ていってください。

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