ドラ子になった話   作:ゆきん子

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ドラ子=デネボラ


暗く冷たい家

 

 

 

「デネボラ」

「…お母様?」

「何事だ?」

 

訪問者を出迎えに行った母は程なくしてみすぼらしい身形の者達を連れて帰ってきた。

イースター休暇で帰省していた私は、暖炉の側のソファーに父と腰掛け、束の間の安息に肩の力を抜いていた。そんな私と父は声を揃えて疑問を口にする。

 

しかし、母が連れてきた者達が捕らえている者の内三人の若者を目にした私は、思わずハッと息を零しかけて慌てて飲み込んだ。

内二人は嫌というほど見覚えがある。グリフィンドールのウィーズリーとグレンジャーだ。ならもう一人、顔の酷く腫れた男は……。

私はこれから何をさせられるのかを感じ取り、眉を寄せた。これがグレイバック共を家に入れた不快感だと周囲が感じてくれればいいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナルシッサは、温度の無い目でハリーたちを横目にすると、薄い口を開いて冷たい声を発した。

 

「この者たちは、ポッターを捕まえたと言っています。デネボラ、ここへ」

 

デネボラは震える呼吸を押さえつけ、ゆっくりと三人に近付く。

ハリーから見たデネボラは彼の記憶の中と変わらない。人形のように冷たい表情でその長いプラチナブロンドを揺らしていた。細い顎は記憶よりも更に痩せたように見え、顔色も心なしかかつてのそれより青白い。すらっと背が高く、顔をなるべく見られまいと猫背になっているハリーを相変わらず感情の見えない表情で見下ろしていた。

 

「さあ、嬢ちゃん?」

 

グレイバックは些か乱暴にハリーを絢爛で大きなシャンデリアの下に来させ、かすれた声を出す。

 

顔を逸らしたハリーの目に、暖炉の上にある見事な装飾の施された金縁の鏡が映った。

捕まる直前にハーマイオニーがかけた呪いで顔は腫れ上がり、ハリーの顔の特徴は全て歪んでいる。目立つ彼のグリーンの目も糸のような瞼の隙間からは窺えず、くしゃくしゃの黒髪は肩まで伸び、無精鬚まで生えている。

ハリー本人が見ても、鏡の向こうの醜い人物がハリーだとは分からなかった。

 

ハリーは多少安心したが、それでも声を発せば何度か話した事のあるデネボラには気付かれるだろうと口を噤んだ。

 

「デネボラ?」

 

ルシウスがハリーをぎらついた目で見、娘に上ずった声で尋ねた。

続きは聞かずとも分かる。この顔が醜くはれ上がった不精な身なりの男は、―――ハリー・ポッターなのか?沈黙にその場の誰もが息を潜めた。デネボラも含め。

 

「分かりません……」

 

デネボラは数歩後ずさった。

普段と変わらない表情からは読めないが、彼女の顔色は今や死人のように青かった。

 

「よく見なさい!さあ、もっと近くに寄って!」

 

デネボラはぎゅっと目を瞑った。

 

「(分からない。親しくなかったし、話したのだって両手の指で余るほどだ。しかもこんなに腫れ上がっている。分かるはずない!)」

 

デネボラはハリーを見るのを怖がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

父は拒む私の腕を掴むと、これがいかに重要な事なのかを力説した。これほど興奮した父を見るのはもしかしたら初めてかもしれない。

ただ、私はそれが信じられなかった。闇の帝王はお世辞にも情に溢れた人だとはいえない。この男がポッターだったとして、それを差し出して信頼が回復するとは思えない。したとしてもそれは上辺の物で、今後は粗が無いか、粗相を犯すときをじっと観察される重圧に耐えねばならないのだ。一度失態を犯したのならば尚更。

 

しかし、父は背を向けようとする私の腕を掴み、無理やり男の腫れた顔へと近づけさせた。

 

 

 

 

 

 

 

ハリーは今度は間近にデネボラの顔を見た。

父親の方は興奮に目を見開いているが、対照的にデネボラの目は伏せられており、腫れた瞼で遮断されぼやけた視界でも彼女の銀の睫毛が震えているのが見える。その位の近さだった。ハリーはここまで近付けば瞼の隙間から自分の緑の目が見えてしまうのではないかと、まるで背中に氷を入れられたみたいにヒヤッとしたが、幸いにも彼女はハリーと目を合わせようとせず、ただ何かに怯えたようにハリーの腹の辺りでアイスブルーの目を泳がせていた。

 

「見なさい、ここに傷のようなものがある。ずいぶん引き伸ばされているが……。デネボラ、どう思う?」

「分かりません……」

 

ハリーの中では、いつも姿勢を正して自信に満ち溢れた様子で友人を引き連れて歩くデネボラの印象が強かったので、自信なさ気に囁く彼女の姿は新鮮だった。

デネボラは、四月に入ったというのに親指の付け根まで長い袖に包まれた腕を寒そうに擦って母親の居る暖炉の方へ歩き去る。

そこで何かを目にしたのか、今度はハリーの記憶の中と寸分違わぬ、先程より力のある声を発した。

 

「…この杖は?」

「ポッターの物だと、その者たちが」

「これは、ポッターのじゃない……」

 

ハリーは心臓が飛び跳ねた。

嫌な感じじゃない。むしろもしかしたら、という希望に高鳴ったのだ。

娘の声が聞こえたルシウスがハリーの顔を観察するのをやめて怪訝な顔で振り返る。久しぶりに誰の視線も浴びていない状況にハリーは胸を撫で下ろした。

 

「なぜそうだと?」

「覚えていますか、いつか話したでしょう。私が二年生の時に、スネイプ教授に組まされて……ポッターと決闘をしたと」

「……あぁ、覚えている。だが、それだけか?ずいぶん前の記憶じゃないか」

「合同授業も多かった。杖は何度も見掛けています」

 

そこでじっと二人の会話を見守っていたナルシッサが口を開いた。

 

「そうね。オリバンダーの話とも違います。闇の帝王を呼び出す前に、これがポッターだという事を完全に確かめた方がいいわ……もしも闇の帝王を呼び戻しても無駄足だったら……ロウルとドロホフがどうなったか、覚えていらっしゃるでしょう?」

「それじゃ、この穢れた血はどうだ?」

 

グレイバックが焦ったように今度はハーマイオニーを照明の下に突き出し、ぶつかったハリーは倒れそうになった。

ナルシッサが何かに気付いたようにハーマイオニーを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

「お待ち。そう、そうだわ。この娘は、ポッターと一緒にマダム・マルキンの店にいたわ!ご覧なさい、デネボラ、この娘はグレンジャーでしょう?」

「あ、私……分かりません。違うかもしれない」

 

喉元に石を詰め込まれたように、声が上手く出せない。

そうだ、最初から気付いていた。グレンジャーにも、ウィーズリーにも――ポッターにも。

 

「はっきりしなさい!ここで逃す事になったら、私達家族が闇の帝王に何をされるか…!」

「……」

 

一度だけ、一瞬なら……そう思い横目でグレンジャーを見たのが間違いだった。

祈るような、信じるような――そんな彼女の目と視線が絡んでしまったのだ。途端に後悔する。だって、今から私は――。…私は、家族と碌な関わりの無い同級生だったら、迷い無く家族を選ぶ。だが、あんな目をされては、罪悪感が募るばかりだ。

 

「――ええ、そうかもしれない……」

「そうだ、こいつはウィーズリーの息子だ!」

 

ルシウスは落ち着き無くうろうろと三人の周りを徘徊した。

 

「ポッターの仲間たちだ。デネボラ、こいつをよく見るんだ。アーサー・ウィーズリーの息子で、名前は――」

「はい」

 

私は気を抜くと震えそうになる声を絞り出した。

 

「そうかもしれない」

 

そのとき、戦士の意味の名を持つ女が客間のドアを開けて入ってきた。

ベラトリックスはぽってりと厚い唇についた髪をゆっくりとした所作でかき上げると、部屋の中を見回す。私達マルフォイ家を見、捕虜を連れてきた男達を見、そして最後に三人をその深い闇の目でじっとりと見つめた。

 

大人たちはやがて誰が闇の帝王を呼ぶかでもめ、その途中でベラトリックスは男につかつかと歩み寄り、唖然とした顔でその男が持つルビーのついた剣を見つめた。

ベラトリックスは瞬く間に男達を失神させると、グレイバックを抵抗できないように呪文で体の自由を驚くほど簡単に奪ってしまう。

私は彼女の冷血さとその並外れた腕に恐れを抱いた。

 

どうやらその剣はスネイプ教授がグリンゴッツにあるベラトリックスの金庫に送ったものらしい。つまり、ここにあるはずが無い、あってはならないものだ。

ベラトリックスはグレイバックから聞きたい情報を聞いた後、私に目を向けた。

 

「デネボラ、このクズどもを外に出すんだ」

 

彼女は気絶し転がっている男達を指して命じた。

私は頷き、杖を振って男達を一纏めに浮かべて運ぶ。

 

「お待ち」

「……」

「ほんとに、こいつがポッターか分からないんだね?」

「ええ、彼の顔は――」

 

こんなに腫れていない。

そう言おうとした私を、ヒステリックな声が遮った。

 

「"彼"?"彼"だって?ずいぶんとかわいらしく呼ぶじゃないか。あんな乳臭い糞ったれの餓鬼、」

「ベラ!デネボラはそんな言葉使わないわ!私の娘に対して、そんな口の聞き方を――」

「お前は黙ってな、シシー!大体、我が君は何を考えてこんな小娘を側に置きたがるんだか……」

 

その言葉にポッターがこちらを見る。

私がダンブルドア殺害の計画を成功させると、闇の帝王は褒美と称して私を時々側に置くようになった。ベラトリックスはそれが気に入らないらしい。

実際、私は彼の杖を奪っただけで殺害自体はスネイプ教授が行ったのだが、自分も手伝ったのに私にだけ()()があるのが納得行かないようだ。闇の帝王に言えるわけも無いので、彼女はそれ以来女の嫉妬をむき出しにして私に強く当たってくるようになった。

私はベラトリックスの視線が背中に刺さるのを感じながら、逃げるようにその場を後にした。

 

――その場で起こる、痛々しい拷問など知る由も無く。

 

 

 

 

 




ドラ子視点とハリー寄り第三者視点を交互にしてみました。
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