三人称視点。
では本編どうぞ。
侠がしばらく天子を宥め終わった後。彼女は──侠から離れて体ごとそむけて顔を隠しているようだった。
「──バカバカバカ私のバカっ! 今まで男の目の前で泣く事なんてなかったのに会って間もない男の胸で泣くなんてどうしたのよ私―っ!?」
「天子。まぁ、それはしょうがないとして……その言葉は自分の届いているわけだけど、過ぎ去った事だし気にしてもしょうがないんじゃないかな?」
どうやら今になって先ほどまでの行動が恥ずかしくなったらしい。
侠の冷静な言葉に、少し目が赤いまま天子は彼に振り向き、抗議の言葉を述べる。
「……どうしてあんたはそんな余裕な表情なのよ? 何? 実は女泣かせなの?」
「そんなことは一度もない。まぁ……天子が泣いている時は可愛らしかったよ?」
「か、可愛いっ!? ななな──」
「ですよね──永江さん」
『はい。今まで見たことがない総領娘様は新鮮でしたよ?』
いつの間にかにいた永江衣玖。侠の言葉で存在を広めた。侠は気づいていたようだが……今まで気づいていなかった天子はというと。
「…………はっ!? い、衣玖!? あ、あんたいつの間にいたのよっ!?」
「さすがに大きな力を感じれば向かいますって……侠さんが人の形におさめた龍みたいな外見になったときからいました」
「え……じゃあ、わ、私が侠云々でいろいろあった時も……?」
「邪魔してはいけない様子でしたので、空気を読んで傍観していました」
「ここぞというタイミングで能力を使っているんじゃないわよーっ!!」
衣玖は笑顔でそういう事を告げると、恥ずかしさのあまり天子は手で顔を隠し始めた。まさか第三者がいたとは気づかなかったのだろう。
そしてそう三人話していたときに──急に白い霧が周りに萃められていく。天子は手で顔を隠していたので気付かなかったが、その光景に侠と衣玖は目覚えがあった。
「あれ……この霧って……」
「おそらく……侠さんの察しの通りだと思います」
衣玖の言葉を最後に……白い霧が集まり、とある姿をした人物が現れる。頭の左右に角を生やし、腕には鎖を。片手には瓢箪を持っている──鬼の伊吹萃香だった。
「おいおい、何か凄い大きな力の存在が感じられたぞ? それって……あれ? 侠? 何でお前が天界にいるんだ?」
「いや、天人でもない鬼の君がいるのが自分も不思議なんだけど……?」
「私はそこにいる……(何で顔を隠しているんだろう?)天人との約束でね。過去に私が弾幕ごっこに勝利したから天界の土地を借りているのさ」
「あぁ……じゃあ天子が【子鬼】って言っていたのは伊吹の事だったのか……」
「それで間違っていないと思うけど……侠、何か凄い力を感じるんだけど? 何かあったの? むしろさっきまでの天界を震わす力って……まさか?」
勘の鋭い萃香の質問に、侠は躊躇いながらも答えた。
「多分、それ自分だね。ちょっと久々に怒って」
「……怒って天界を震わすほどなのか?」
「龍神の先祖返りとご先祖様の影響下で、自分の潜在的な能力の上書きというか何というか……それで総合的な力量が上がったうえに、先祖返りの制限された力が解放されたというか……?」
「(……嘘を言っているようには見えない。私以上の力量を感じたよ……最初会った時は全然私の方が上だったのに……)」
萃香は侠の言葉に疑問を抱いていたが、萃香が現れたことにより天子は手で顔を隠すのをやめた。侠が会話していた方へと振り返り、萃香の存在を確認する。
「この声……子鬼じゃない。どうしたのよ一体?」
「いや、私がどうかしたのか聞きたいんだけど……何か侠が怒って天界を震わすほどの力を感じたんだけど心当たりある? というよりも何で侠は怒ったの?」
「……衣玖、侠。これって話していいことなのかしら?」
念のためなのか衣玖と侠に確認を取る天子。だが、当二人は困ったように言う。
「……龍神様事情があるのでご遠慮願いたいですね……」
「自分もさっきのことは喋ってもらいたくないな。さっきの事についても広めてほしくないし」
「だ、そうよ。残念ながら教えることはできないわ」
「えぇー? そりゃないよー……」
天子の言葉に落胆する萃香。だが、萃香はまだ疑問に思っていたことがあったので、天子に問いかけた。
「何かお前の目頭に涙後っていうか……泣いた後? そういうのが見えるんだけどどうかした?」
「!? ないわよ泣いてないわよ!? 急になんなのよ!?」
あからさまに萃香の言葉に反応してしまった天子。それを見てか萃香はにやけ顔でどんどん問い詰める。
「へぇ~? どう見ても泣いた後にしか私は見えないよ~? それに鬼に嘘が通用すると思っているのかい? これはいい酒の肴になりそうだ♪」
「人の泣いた話を肴にするんじゃないわよ!? ってお酒を飲みながら近づくなっ!」
「だってあの我儘天人が泣いた話だろ? それで侠が怒ったことを関係しているんだろ~? 洗いざらい、その話を聞かせてもらいたいね~♪」
「他人事だと思って私をネタにするなっ」
そう天子が抗議していたところで──呆れるように、侠からの仲裁が入った。
「伊吹ストップ。天子が嫌がっているじゃないか。人が嫌がっているのに強要するのは感心しないよ? 鬼は人を精神的に追い詰めるのが楽しいの?」
「む……そこまで言われたらしょうがない――あれ? 侠……何かお前天子に優しくないか?」
侠の仲裁の仕方に疑問を覚えた萃香。彼女は侠の事を霊夢と同じような人格、誰にも対して平等だったはずと記憶している。宴会で我を忘れたって隔てることなく触れ合っていた。
そして何より──彼女が疑問に思ったこと。
「(天子の事を名前呼び? 私の記憶が正しければ強要させた紫や幽々子は名前呼びをさせているのはともかく……あまりそういったプレッシャーがない天子の事を名前呼びするなんて……二人の間に何かあったのかな?)」
そう。萃香は気づいた。会って間もない侠と天子。その侠が基本、苗字にあたる名前しか呼ばないのに対して……天子にさん付けを付けないで、名前で呼び捨てで呼んでいた事を。
そんな事を萃香は考えていることを侠は知らなく、淡々と彼女の質問に侠は答えた。
「そう? そんなつもりはないんだけど……」
「……ま、いいけどね。当初会ったときと比べて感情表現が表に出てきてるし。良い傾向だと思うよ?」
「いやいや、良い傾向って何……?」
萃香は先ほどまで考えていた事について問いかけようとしたが止めた。どんな経緯であれ──良い傾向だと思っている。霊夢もそうだ。侠と触れ合っていくごとに感情的になっている。侠も幻想郷の人々と触れ合っている内に感情的になっている。彼女は深く入るのを止めた。
そして会話の終わりを見計らって、衣玖が侠に話し掛ける。
「侠さん……そろそろ博麗神社にお戻りになってはいかがですが? 霊夢さんもお待ちでしょうし。また帰り道をご案内しますが」
「そういえばそうだね……大体は天界について把握できて目的も達成出来たし、そろそろ戻ろう。伊吹はどうする?」
「そうだね〜……私も神社に戻るとするか。これ以上使いや天人に問いかけても答えてくれなそうだし、霊夢と酒を飲みながら駄弁るとするよ」
萃香の未だにお酒を飲むような発言に、侠は愚問かもしれないが確かめるように問いかける。
「……お酒を飲まないという選択肢は無いの?」
「鬼に死ねって言うのかいっ!?」
「いやいやいや……死なないし飲まない方が健康的だから……」
切羽詰まった萃香の声に侠は呆れながらも、侠達は地上へと向けて移動しようとしたとき……天子が侠を覇気のある声で引き留め、彼に言葉を送った。
「……侠っ! 今度地上に降りてやるからねっ! その時は私に付き合いなさいよっ──友達なんだからっ!」
侠以外の人物も振り返り、天子の言葉を聞いて予想外みたいな表情をしていたが……侠も振り返り、返事を。
「……都合が合えばだけど……なるべくは予定を開けることにするよ」
「! 絶対よ! 近日博麗神社に行くからねっ!」
侠の返事で天子は笑顔を見せた。そして侠達は博麗神社に戻る事になるのだが──天子と侠の関係について萃香と衣玖にいろいろからかいも含めて話し掛けられたのは後のことである……。
『……予想外だわ。まさか侠があの不良天人を受け入れるだなんて……!?』
不気味な空間から侠と天子をずっと監視していた妖怪が、どうやら焦りの様な声を漏らしている。彼女の思惑とは別の方向に行ったのは計算外だったようだ。
『百歩譲って初代龍神の【力】を得るためにだったら多少は触れ合っても仕方ないと思っていた。でも──霊夢や妖夢、早苗達と比べて……心を許しすぎている……』
そして彼女は不気味な空間を閉じる前に──言葉を残して去った。
『──あなたの隣は不良天人なんかじゃダメなのよ……!!』
次回から裏の章になります。
ではまた。