三人称視点。
では本編どうぞ。
「…………」
「…………」
異国の地でお互いの想いを確認しあい。侠を先導にして霊夢が後に続いていく。離れないように、お互いの手を繋いだままで歩いていく。
一見は静かに進んでいるようにも見える。だが──二人の心の様子は慌ただしい。
霊夢の場合。
「(どうしよどうしよ本当に侠が私の事が好きだって……! 侠が好きって言ってくれてからまともに顔を見られない……! そもそも侠は知らないのに私が寝ている侠にキスしているってどういう事!? そりゃやっぱり私の所為よ! さっきの抱き寄せてくれた時に便乗すれば何とかなったんじゃ……!?)」
侠の場合。
「(……ようやく伝えられたのは良いけど……会話はどうしよう……?)」
『「押し倒せ」』
「(告白するタイミングまずったのかな……? でも、あの場面が霊夢が勘違いしないですんだ場面だろうし……)」
『「ラッキースケベを発動してその先へ」』
「(──って、ご先祖様は何で段階を超えた事を推奨しているんですか!?)」
『「既成事実は大事だと思うの。霊夢はきっと快く承諾してくれるぞ」』
「(そういうのは段階を踏んでからに決まっているでしょうがっ)」
『「(……何時か盛られて寝取られないか心配だの)」』
一見ネジの外れたようなティアーの発言の対応としていた侠であった。
閑話休題。
お互いに沈黙は続くも、足は進める。ようやく道の先には──ある一軒家が建っていたのが見えてくる。
「……静雅のイメージにあった家だ。その、霊夢……行こう」
「……うん」
声は弱々しかったが彼女も同意し、足を進める速さをあげる。そして──玄関の前までに立ち。来訪者が確認できるカメラがついたインターホンを──侠は押す。
電子音が鳴ると、数秒後には──どこか落ち着いた男性の声が二人の耳に届いた。落ち着いたと言っても、来訪者を確認した瞬間動揺の声色が混ざっていたが。
『──! 柊史の言う通りだ……! まさか、こんな早くに来るとは思っていなかったが……!』
「……もしかして、柊史父さんの言う通りで──自分の父親である、【縫ノ宮月白】、ですか?」
『……あぁ。すぐに迎えに行こう』
インターホン越しの会話を終えると、家の方から物音が聞こえてくる。数秒後には玄関が開き──男性では珍しく腰まで伸ばした髪を紐でまとめ、眼鏡を掛けてはワイシャツに上等な黒いズボンを履いている。目の前に居る男性──縫ノ宮月白は侠を見るなり、正面から抱き寄せた。
「……すまなかった。私達と離ればなれになって、身元不明な扱いの所為で心に傷を負ったと聞いた。私達親が、力がないばかりに……!」
「……気にしないでください、月白父さん。自分の為に考えてくれた行動というのはわかっています。だから……そんなに自分達を、責めないでください」
「……理想の息子に育っていてくれて何よりだ、【チサト】……」
存在を確かめるように言った、固有の名詞。この名詞に察しがついたのであろう。侠──否、【チサト】は父親に話を聞く。
「【チサト】……それが、本当の自分の名前なんですね」
「柊史の元では【侠】だったな。私達が名付けた名前よりも、柊史達の方で名付けた名前が気に入っているならそちらで呼ぶが──」
「月白父さん。自分は今でも柊史さんの事はもう一人の父親でもあり、佳織さんはもう一人の母親と思っています」
一旦【チサト】は距離と取り、自分の胸中を生みの親に語る。
「──どっちも、自分の親には変わりないです。自分の名前が二つでも良いじゃないですか。育て親が付けてくれた【辰上侠】でも、生みの親が付けてくれた【縫ノ宮チサト】でも……。大切な、名前には変わりはないです。自分はこの二つの名前は──大事なものです」
「……そうか。それならば柊史の方も喜ぶだろう」
彼からの言葉に安堵の様子を見せる月白。【チサト】は「でもまぁ」と言葉を繋ぎながら、自身が考えていることを多少の恥ずかしさを含めながら伝える。
「……傍にいる彼女には、月白父さん達の名前で呼んでもらいたいと思っていますが……」
「傍に居る──あぁ、柊史から連絡があった、【幻想郷】の巫女の少女か。彼女がここまで来ているのは予想外だが……」
見定めるように月白は霊夢を観察するも、彼女自身も自己紹介をしなければと思ったのだろう。本日で付け加えることを追加しながら、月白に自己紹介をする。
「私は博麗霊夢。侠──いや、【チサト】ですか? その、【チサト】の──彼女、です……」
霊夢自身もかなりの恥ずかしさがあったのだろう。頬を赤らめながら、【チサト】との関係を告げる。それを聞いた月白は目を丸くしたが──我に返った後には、二人に祝福の言葉を贈った。
「まさか、成長した息子を生で見る次には、その彼女も連れてくるとは……。息子が選んだ女性だ。何も反対はない。むしろ紅音も喜ぶことだろう。何時から付き合い始めたんだ?」
「……数十分前です……」
「!?」
ハイスピードな付き合いに月白は驚かされたものの、幻想郷での出来事を話していく内に納得していった。唐突に子供が出かけては数分後に「この人、自分の彼女(彼氏)です」と告げたら誰もが疑いたくなるだろう。
月白は家に二人を招き入れ、リビングへと向かっていく。彼は扉に手を掛けては──妻の名前を呼んだ。
「紅音。【チサト】が帰ってきてくれたぞ」
『本当なの月白ッ!? ……本当だ! 佳織達から送られてきた写真通りの【チサト】!』
辰上の血筋でもある【辰上紅音】。彼女は単純なトレーナーを着てはジーンズを履き、髪型はショート。月白が物静かなら、彼女のイメージは活発だ。彼女もまた、月白と同じように抱きしめる。
──【チサト】の顔は彼女の豊満な胸に埋まってしまったが。
「〜〜〜〜ッ!」
「大きくなったなぁ、【チサト】は! 最後に会った時は可愛かったのに、こんな男らしくなっちゃって! あたいは嬉しくなっちゃうよ!」
「……紅音。気持ちはわかるが【チサト】を離せ。【チサト】から見れば私達は初対面だ。【チサト】が困っているだろう」
「あ、そっか。あたい達は写真で成長過程は知っているが、【チサト】は知らないのか……。ゴメン、【チサト】」
眼鏡の位置を指で直しながら注意する月白の指示で、紅音は【チサト】を離す。親といえど、初対面の人物にしかすぎない。当時本当の両親に育てられていた【チサト】は幼い頃の記憶はほぼ無い。離された彼でもまだ動揺は残っていた。
その彼にどこか霊夢は気遣いの言葉を。
「えっと、大丈夫……?」
「……とりあえずは」
「……少し気になっていたんだが、その子は──はは〜ん? そういう事か。どういう意味で連れ込んで来た理由は聞かなくてもわかる。【チサト】──いい男になったな」
彼を気遣う霊夢の様子を見て、どこか察した紅音。含み笑いをしながらあえての詳細を聞かなかった。
一先ずの挨拶は済み。二人の息子でもある彼は、一番気になっていた話題について両親に尋ねる。
「自分の名前は【縫ノ宮チサト】というのはわかったんですが……【チサト】の漢字ってどう書くんですか?」
「そういえば伝えてなかったな。息子の本当の名前についての事は」
「月白、紙とペン」
「……相変わらず人使いが荒いな、紅音は」
妻に溜息をつきながらも、月白は言われた通りに紙とペンを持って来て紅音に渡す。その二つを受け取って紅音は文字を書き──【チサト】と霊夢に見せた。
──【千里(ちさと)】──
改めて見る龍神の先祖返りの名前をまじまじと見る。流れて読むかのように最初に呟いたのは霊夢。
「……千里。あんたの本当の名前は【縫ノ宮千里】なのね……」
「何というか、名付けて貰ってアレですが……女性の名前に近いですね」
自分の名前についての考察を侠──千里は言っていたときに、彼の疑問に答えるように月白は言う。
「名付けたのは紅音だがな。しかし……この名前は、私達が結婚に意識し始めた頃から考えていたらしい」
「大事なあたい達の子供だからな。そりゃ、友人にも呼ばれやすいような名前を付けるって。【千里】という意味だけで【優れた才能を持つ】っていう意味を後で月白から教えて貰ったんだけど──あたいは構わず、第一子が生まれる時はこの名前を付けようと思っていたんだ、千里」
「……その理由は?」
よほど彼の名前に重要な意味を持つかのような発言に千里と共に、霊夢も紅音の答えを待つ。すると彼女は自慢げに──こう答えた。
「──女の子ならそれはそれで可愛いとは思うし。男の子の場合はギャップも含めて【縫ノ宮】よりは呼びやすい。でも、男の子の場合に千里という名前は、男通しの友人なら──【千里(センリ)】って呼ばれると思うからね。小学校とかの渾名や、親しい人物にとってもこの名前はかっこいい渾名が作れると思ったわけ!」
「「…………」」
まさかの先を見通しての名付け方。それだったら普通に読み方で【センリ】と呼んでもらった方が良いのではないかと千里本人は思ったが──ふと、とある会話を思い出す。
「あ、そういえば静雅は自分の事を渾名で呼ぶって言っていたような……?」
「静雅……あぁ、敦の息子だね。ずっとあの息子は千里の事を【センリ】と呼びたがっていたしね。色々協力してもらったねぇ、本堂の家庭には」
昔を懐かしむように、遠くを見つめている紅音。月白も同様で昔を振り返るかのように目を閉じていたが……千里は体の向きを変えて、霊夢に話を。
「霊夢……改めて。自分の名前は【縫ノ宮千里】だよ。好きなように、【辰上侠】の方でも呼びやすいならそっちでも構わないけど……」
「……ううん。これでもう一つ、あんたの事を知れたんだもの。柊史さん達の名前も好きだけど──私は【千里】って呼ぶわ」
笑みを浮かべて答える彼女に、千里はどこか気まずそうに顔を若干反らしたり。今の二人を見てか、どこか紅音は月白にからかうかのように話を振る。
「……月白に似ているわね、千里は。どこかの誰かさんは、名前で呼ばれる事と異性の名前を恥ずかしがったくせに」
「普通は異性に名前を呼ばれたり呼んだりするのは抵抗があるだろうが。君は反抗期だった為か、お嬢様口調を無理矢理ヤンキーみたくしただろう? その時の恥ずかしがりはもう別の意味で呆れた」
「ゑっ!? わ、
「それだ。感情が高ぶってくると【お嬢様時代】の一人称と言葉遣いが出てくる。いい加減その君を受け入れれば良い物を」
「息子の前で私の黒歴史を言わないでくださる!? そもそもこの口調を作ったのは月白でしょうっ。本家に良いように教育されていた頃の私を!」
「……いや、黒歴史ではないだろう。私はその口調の君も好きだが」
「!? よくもまぁ、そんな恥ずかしいセリフを……!?」
「(……何て言うか、冷静な部分は月白さん似で、感情については紅音さん似なのね、千里は……)」
……どうやらある意味では千里は両親に似ているらしい。夫婦の様子を見て少なからずも霊夢は思った。
霊夢の含みのある視線は千里自身も気になったものの、彼は後ろから向けられている、もう一つの視線が気になった。
「……ん?」
千里は振り返り、その視線の主を確認する。すると──
『…………』
──幼い少女が壁の影に隠れては、顔を半分出して千里の事をじっと見ていた。その少女は外見年齢はおおよそ六歳程度の身長だと推測される。髪の毛は左側にまとめてはサイドテールにしてあり、そのサイドテールにしているゴムには桜の花の形をした髪飾りが付属。
壁の向こうから千里を見ている謎の少女。彼が振り返ったのを確認した霊夢は同じように振り返り、少女の姿を見つけては疑問に思う。
「……何、あの子……?」
何も知らない二人はどうすれば良いのかわからない。その中、ようやく冷静に戻った紅音は少女の存在に気づき、少女の前に近寄っては誘導を。
「お、どうやら眠気が覚めたみたいだな……こっちにおいで」
「…………」
少女は紅音に指示されると壁からひょっこり現れ、おぼつかない歩き方で紅音に近寄ろうとしたのだが──急に進路を変え、侠の腰元に抱きついた。
「……ゑ? どうしたの、君? 自分に何か用かな?」
戸惑いつつも、千里はその少女を一旦離しては目線に合わせるようにしゃがむ。彼の存在を確認出来たのか、その少女は──頬を染めながら言葉を返した。
「──にぃに。会いたかった……」
「…………ゑ?」
「…………は?」
千里と霊夢は少女の言葉に固まった。初対面でいきなり兄みたいな呼び方をされたら誰だって困るだろう。挨拶を終えたと思っているのか、その少女は満面の笑みを浮かべながら千里に抱きついているが。
二人の疑問を解消させるかのように、月白はどこか悩ましい表情を見せながらも、説明。
「……その子の名前は【縫ノ宮エニシ】。【エニシ】というのは縁結びなどで使われる【縁】だ。柊史の所の義理の妹の陽花とは違い、千里の──妹だ」
「リアル妹っ!?」
一番千里自身が驚きを隠せない。彼としての考えだと、両親のみだと思っていた。その矢先、辰上陽花のような義理の妹ではない、直接な肉親を他に持っているなど一度も考えていなかった為だ。
彼の妹である縁は千里に甘えているが、その光景を霊夢でも疑問に思ったのだろう。彼女の呟きに気まずそうに紅音が答える。
「……一度も千里に対面が無かったはずなのに、何? この懐きよう……?」
「あぁー……その事なんだが……。本家にはバレないように、当時【辰上侠】だった頃の千里の成長過程を動画や画像で送って貰ったんだ。あたい達親は子供の成長過程を見るのは大事な事だから。そして、海外で生活していくウチに……縁が生まれて。その縁に『この子が縁のお兄ちゃんだぞ』って言い続けてきたら──何時の間にかお兄ちゃん大好きっ子になった」
「…………」
どうやったら会っていなかった頃の千里を兄として好きになるか、霊夢にとっては意味不明だった。
「まぁ……縁はこの通り精神年齢が随分幼いから。幼い頃に刷り込まれた情報は中々抜け落ちない。何時の日か、『にぃにとは何時会えるの?』って重い質問をされたときもあったっけな……。紛らわす為にこっそりと千里の私物を送って貰ったり」
「……紅音母さん? それで過去に自分の私物がやけに真新しくなったり、まだ使えるのに柊史父さん達のプレゼントにはこういう事があったんですか?」
「……妹の為にと思ってくれないかい?」
「……まぁ、わかりました」
「にぃに♪ にぃに♪」
彼は渋々納得するなり、縁はご機嫌そうに千里の背中にくっつき始めた。どうやらおんぶをしてもらいたく、彼の背中をぺちぺちと叩いているが。
しかし、彼の表情は満更でもない。彼女のリクエストに応えるように、おんぶをしては近くを歩き回る。彼女の要望が通って嬉しいのか、きゃっきゃと騒いでいるが。
兄妹の触れ合いを微笑ましく見る両親。それに釣られてか、霊夢も自然と笑みをこぼしていた……。
妹からは逃れられない。
ではまた。
※以下、あるフラグについての解説です。まだ本編を詳しく読んでいない方は読む事を推奨しません。ですがそれでも良いという方はどうぞ。
過去の共通章であった『人形遣いの嫉妬?』における静雅がアリスに出した問題「侠は実際に【辰上】の血が流れている。本家に【侠の本当の両親】を悟られないようにするため──【辰上】と関係無い養子とするために、何を隠した?」の答えが、「本当の両親が名づけた名前」です。過去のメッセージのやり取りで、きちんとした理由を添えてでの正答者が二人でした。
今回の共通章で『ホウノミヤ』はともかく、今までのフラグであった箇所、一つ目は九章の八話『幼き夢、急変』。今読み返すならわかると思います。所々『里』という文字。完全に『千里』の片方の文字ですね。親が子供を呼びかける描写だとわかると思いますが、もしも仮に彼の名前が『辰上侠』ならば『きょう』の一部の文字が採用されるはずです。
二つ目は第十章の五話『語られる答え』。ティアーのセリフで以下の文が。
「──そして何より……ほう──いや、辰上侠──」
本当の名前の苗字を言いかけている。【ほう】はもちろん【ほうのみや】の一部です。
ではまた。