ソレが現れたのは必然だったか。
「完全なる世界」と「紅き翼」の戦いは最終局面にあった。
「造物主」が姿を現し、ナギ・スプリングフィールドが単身戦いを挑んでいたなか、ソレに気づいたのは傍で観戦しているしかなかった「紅き翼」のメンバーだった。
剣。剣。剣。剣。
数え切れないほどの剣が空中に出現していた。一つ一つが膨大な魔力が込められたそれらは伝説級のアーティファクトに匹敵する。
愕然とする「紅き翼」の視界の端に捕らえたのは、赤。
赤い外套に白髪、褐色の肌の人間の男。しかしアレがニンゲンのはずがない。
高密度のに圧縮された魔力の塊。まるで世界と相対しているような。
男が手を掲げる。こちらを見る顔には表情という物がない。空虚な機械のようだった。
しかしその圧倒的な圧迫感はなんなのか。
男が手を振りおろすと同時に、魔力を持った剣はその場に居た全存在に向かって射出され、そして爆発した。
もはや決戦どころではなかった。剣が次々に飛来し、戦艦すら一撃で消滅させることができる爆発を巻き起こしていく。まさに爆撃。殲滅というのがふさわしい。
「おい、アル!あれは何だ!めちゃくちゃヤベェ。「造物主」よりヤベェんじゃないか」
「…アレはおそらく守護者という存在だと思います。世界の危機に際して召喚される、世界の自己防衛・自浄装置。アレの顕れた後には何も残らないといいます」
「ちくしょう。オレたちは世界を救うために戦ってきたんだぞ。それでもお構いなしか!」
「紅き翼」のメンバーはなけなしの魔力を使って回避・防御していくがそれもいつまで持つか分からない。「造物主」もこの攻撃によって姿が見えず、消滅させられたのかもしれない。
そして最後のときがやってくる。次に向かってくる剣の一群を防御する魔力ももはや残っていない。「紅き翼」のメンバーが死を覚悟したとき、
「まったく、アイツは本当にろくでもないことをさせられているのね」
戦場には似つかわしくない艶やかな女の声が響いた。
眼前には強固な魔法障壁が展開され、飛来した剣が起こす爆発をさえぎられる。
豊かな黒髪を遊ばせ、赤いコートを着た妙齢の女性は、呆然とする「紅き翼」のメンバーに魔力のこもった宝石を投げ渡した。
「せっかく助けたんだから、こちらの事情に付き合ってもらうわ。その宝石を飲み込めばある程度の魔力は回復するはずよ。
こちらの目的はアイツを助けること。あなたたちには彼までの道を作ってもらいたいの」
「アレを助ける、ですか。この場にいるということは貴方は「完全なる世界」の一員ではないのですか?」
「「完全なる世界」なんて知らないわ。私はこの世界に現れたアイツに用があるだけよ。あなたたちを助けたのだって、アイツの元へたどり着くための布石にすぎないわ。ようはギブアンドテイクよ。分かったらさっさと力を貸しなさい!」
黒髪の女性の一喝に、こたえたのはジャック・ラカンだ。
「ワハハハッハ、いい性格してんな、嬢ちゃん。気に入ったぜ、布石でも何でもなってやるよっ」
「事情はよく分かりませんが、貴方に従ったほうがよいですね。我々も満身創痍、この宝石がなければ生き残れる可能性は限りなく低いでしょう」
「アルの言うとおりだな。命を助けてもらった恩もあるし、いっちょうやろうじゃないか」
はやくも宝石を飲み込んだナギが言う。宝石に込められた魔力は相当な量であり、わずかながら回復の術式も組み込まれていたようだ。
残る「紅き翼」のメンバーも宝石を飲み、戦闘準備を整える。黒髪の女性を「嬢ちゃん」呼ばわりしたラカンはギロリとにらめつけられていたが。
「しかし、この人数であの剣の絨毯爆撃を相手するのも心持たないですね」
一点突破するにしてもあの剣の爆発を数回防ぐだけで、回復した魔力も尽きてしまいそうな威力である。それを無限と思える量を繰り出してくる相手なのだ。今も障壁を張り、剣の弾幕を防ぎ続けている彼女も若干息を粗くしている。
「大丈夫よ、味方は私たちだけじゃないし。・・・そろそろね」
怪訝な表情を浮かべる「紅き翼」のメンバー。その後ろから新たに声がかけられた。
「姉さん、お待たせしました。先輩の位置は大体分かりましたよ」
「おまたせ、リン。さすがにあの攻撃の中を移動するのは、サクラの影を使っても大変だったわよ」
青紫の髪のおしとやかな女性と雪のような銀髪の少女がいた。回復したてとはいえ戦闘態勢に入っていた「紅き翼」の後ろをとった二人。リンと呼ばれた黒髪の女性と同じく相当な実力を持っているのだろう。
「青紫の髪のほうがサクラ、銀髪の小さいのがイリヤよ。サクラには影を使った防御、イリヤは回復でサポートしてもらうわ」
「ちょっとリン!小さいは余計よ!」
「あの男の元にたどり着いたところで策はあるのじゃろうな」
幼い少年のような、だが「紅き翼」の最強の一角であるゼクトが確認を取る。
「もちろん。何の策無しに突っ込むばかじゃないわ。私たちの切り札はこれよ」
そう言ってコートの内側に手を入れ何かを取り出そうとするリンに
「姉さん、それは・・・」
「リン、いいの?」
サクラとイリヤが待ったをかける。しかし、
「いいのよ。これから共同戦線はる相手だし、これは最終的に見せるものだしね。下手に情報を出さないのはこの場合デメリットだわ。彼らに信用してもらうためにはね」そしてわずかに目を伏せつぶやく。「今後のためにも」
そして「紅き翼」のメンバーに見せたのは、柄を宝石と銀で装飾され、ジグザグに曲がった刃がついた短剣だった。
「これは「ルールブレイカー」という契約破棄の概念を含んだ宝具をさらに強化したものよ。この短剣を彼に突き立てて、術式を発動させるの。そうすれば彼は守護者の契約から解放され、この事態は収束するわ」
高密度の魔力の詰まった剣のカーテンの中を「紅き翼」とリン、サクラ、イリヤが進む。魔力に限らず、体力・精神ともに疲労が蓄積している彼らにとって時間との勝負であった。
ナギ、ラカン、が先陣を切り、強力な攻撃魔法で剣の軍の露払いをする。側面からの攻撃はアルビレオ・イマとゼクス、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが担当し、後方はサクラが影を使い防御する。
なお実際にサクラが影で防御した際の「紅き翼」メンバーの反応は「はぁ?!爆発する前に剣を影にとりこむとか、中はどうなってんだ?!」「操影術の一種ですか、しかしそれでは説明できないところも」「オレのパンチも吸収しちまうのかね」などなど。
ちなみにリンはタカミチ・T・高畑に、サクラはクルト・ゲーテルに、イリヤは近衛詠春に背負われて移動している。理由は単純にその方が早かったからだ。
この世界における気や魔力による身体強化は、リンたちの予想以上であり、まだ未熟なタカミチやクルト、そして面制圧に向かない近衛詠春が動き出して早々に申し出たのだ。イリヤはなぜかラカンのほうを伺っていたが。在りし日の鉛色の巨人を思い出していたのかもしれない。
イリヤは傷ついたメンバーの回復魔術をかけることに専念し、リンはというとサクラとイリヤに対してラインを通じた魔力供給に集中していた。
リンが握っているのは宝石の原石を粗く削りだしたような宝石剣。平行世界の運営である第二魔法に至った彼女は、今、この世界に小さな穴を開け隣接する平行世界から魔力を汲み取っているのである。原理で言えば無限の魔力を供給できるはずだが、ゴムホースで熱湯を流しているようなものである。負担はすべてリンにかかる。
「リン、見えたわ!」
先導の指示をしていたイリヤが叫ぶ。先に目を凝らすと爆撃の合間に、赤い外套の男が立っていた。燃え尽きた灰のような白い髪、焼き付いた褐色の肌。そして一切の感情がない機械のような鋼色の瞳。
リンは顔をゆがめた。アイツのあんな眼は見たくない。あいつの瞳はいつだって強い意思を宿していた。士郎だって「アーチャー」だって。
サクラとイリヤの顔を盗み見ると自分と同じような顔をしていた。意志を奪われ世界に良い様に使われている姿。正義の味方として人を救うために契約をした彼が、世界を救うために人を殺す。なんて報われない。分かっていたことだが、その姿に憤るのをやめられない。
しかし、次に彼を見た瞬間、リンは凍りついた。彼は目を閉じて口元を動かしていた。ここからでは何事を呟いているのか分からないが、リンには簡単に想像できた。
――――I am the bone of my sword. (体は 剣で 出来ている)
「っだめ、はやく!アイツに向かって一斉攻撃!」
アレを完成させてはいけない。
リンの焦燥に駆られた声で、他のメンバーも姿を認めた敵が何らかの危険な魔法を用意しているのだと悟った。しかし絶え間なく射出される剣の迎撃で余裕がない。
その中でナギ・スプリングフィールドだけが突出して、拳に魔力をまとわせる。彼の得意とする魔法は幾度となく敵を打ち倒してきたもの。リンの焦りの理由は分からないが、これで終わらせる。
「いけぇえええ! 雷の斧!!」
ナギの最後の力を振り絞った一撃が放たれる。一見何の障壁を張っていない男の姿に「紅き翼」のメンバーはこれで終わりと思ったが
「熾天覆う七つの円環――――」
男の前に突然、薄紅色の七つの花弁が広がった。ナギの雷の斧を受けて花弁が一枚、二枚と欠けていくが、それだけだった。ナギの一撃は防がれた。そして、
「――So as I pray, unlimited blade works.(その体は、きっと剣で出来ていた。)」
世界が赤に塗りつぶされた。