しかしこの後のつなぎがむずかしい・・・
―――先輩。
私に光をくれた人。
あのどうしようもない地獄の中で、先輩と過ごす日常が、私を人の側に留めていてくれたんです。
だから今度は私の番です。先輩を絶対、救ってみせます!
ギシッ。
どこか軋む様な音を残し、赤い外套の男は必殺の一撃を詠春に見舞う前に動きを止めた。
「―――つかまえましたよ、先輩」
サクラから一直線に伸びた影は、男の左足からその触手を伸ばし、黒の短剣を握る左腕を完全に固定していた。
サクラはイリヤたちのほうへ白い短剣が飛んだとき、チャンスだと思った。
守勢と攻勢が入れ替わる瞬間、男が攻撃に転じたときがサクラの狙い目。
それまでは白と黒の双剣―――干将・莫耶の必殺技である「鶴翼三連」を警戒し、弾き飛ばされた剣は影で飲み込んでいたのだが、あの一瞬だけは影を収束させて男の背中だけを見ていた。
きりきりと弓に矢を番えるような感覚で、そのときを待つ。
白い短剣の爆発にも、イリヤを信じているからこそ心が乱されること無く。
男が詠春に必殺の一撃を加えようとした瞬間、サクラは高密度に練られた影を、まるで矢のように驀進させたのだった。
男の左半身は完全に拘束されていた。
これで後は「ルール・ブレイカー」を刺すだけ、と気を緩めたのがいけなかったのだろうか、
「――投影、開始」
男のかすれた声を合図に、数本の短剣が男の左半身に突き立てられたのに、反応することができなかった。
「壊れた幻想」
短剣が爆発を起こし、影の拘束を引き千切りながら男は距離を開ける。
至近距離にいた詠春のダメージは大きく、追いすがることはできなかった。
男の姿はみるも無残だった。全身に火傷と裂傷が走り、爆発の起点となった左腕は半ば引き千切られ、左脚も表面は焼け焦げ一部が炭化し、なぜ立っていられるのか不思議なくらいだ。
それでも男は止まらない。顔は変わらずの無表情で痛みなど感じていないかのようで。
サクラは胸が痛くなるのを自覚した。
「彼」も必要であれば自身の身を犠牲にすることを厭わなかった。すさまじい痛みのはずなのに、それでも踏み込んでいってしまうのだ。全ては少しでも多くの人を救うという結果を出すために。
世界の装置として使役されていてもなおその行動原理は変わらない。結果のためならば「彼」は簡単に自身を切り捨てる。
「―――もう止めてあげてください」
サクラは、ただその男の在りように涙を流すしかなかった。
「その通りね、あんたはもう休むべきなのよ」
忽然と、彼女は男のすぐそばに現れた。
やはり読んでいた通りになったことに苦々しい思いがにじむ。
サクラの影は強力で、全身を拘束されてはさすがにこいつも手が出せないだろう。しかし、わずかにでも可能性があればこいつはダメージ覚悟で拘束を抜けてくるとわかっていた。
「歯を食いしばりなさい。これだけ手を散々かけさせた落とし前は、きっちりつけさせてもうわ」
宝石を握りこむリンの拳に魔力が満ちる。今まで姿を隠していた術の魔力も取り込み、構えるは中国拳法の技の一つ。
「・・・――――」
男の目がわずかに細められた気がした。
(――君にはかなわないな)
リンの錯覚かもしれない。それでも、彼が言いそうなことだった。
「ばか」
そしてリンは全ての感情と魔力を男に叩きつけるように、拳を繰り出した。
「あーあ。リンもいつもの「常に優雅たれ」はどこに行っちゃったんだか。サクラも詰めが甘かったわね」
イリヤを先頭に、リンとサクラ、詠春の元へ向かう一行。
あの白い短剣の爆発はさすがにイリヤだけの結界ではきついものがあった。結界に亀裂が生じる中で、動いたのはわずかながらに回復していた「紅き翼」のメンバーたち。彼らが内に展開した魔法障壁のおかげで何とか無傷で切り抜けることができた。
「こんな小さな女の子にばっかりに任せちゃあ、かっこ悪いからな」
真っ先に障壁を張ったのは口数の少なかったガトウである。
「わしも見た目は小さい子供になるのじゃがな」
というガトウの台詞にのっかったゼクトの呟きに、
「「いや、お前は例外」」
と「紅き翼」のメンバー全員が突っ込んだのはご愛嬌である。
しかし、イリヤの
「例外はここにもいるんだけどなー」
という呟きはだれにも拾われることは無かった。
固有結界が解けたため、元の世界で崩れかかっていた「墓守り人の宮殿」の中をいくつもの瓦礫を乗り越えて進む。
「いやー、リン嬢ちゃんも豪快だったな。あの野郎を殴り飛ばすなんざ、なかなかにいい一撃じゃないか」
「てっきり姿を隠したまま、あの曲がった短剣を突き刺して、スマートに終わらせるとおもったのですがね」
遠目ではあったがリンが男をぶっ飛ばす様を見て、そう評するのはラカンとアルビレオ。
「ちっ、惜しいところを見逃しちまったな」
「・・・かっこよかった」
「人は見かけには拠りませんね」
気絶していたが故にその光景を見れず若干ふてくされるナギに、目を輝かせるタカミチと、若干顔が引きつっているクルト。
イリヤはこあくまの顔で反応したのはクルトの発言だった。
「ふふ、女を外見で判断してたら、痛い目にあうんだから・・・えーっと」
「クルト・ゲーテルです」
「そう、クルトね。外から見ているだけじゃ、いつまでも距離は縮まらないわ。好きな女の子の内側に踏み込んでこそ相手は振り向いてくれるってものよ」
「い、いったい何の話をしているのですか!」
「あらあら、初心なかわいい反応ね。ま、せいぜい気をつけると良いわ」
顔を赤くしながらもクルトはこの少女には一生かなわないかもしれない、と思った。
イリヤたちが辿り着いた先で、リンは既に宝石剣にて消費した魔力を補給し、サクラは影で仰向けに倒れる男を大地に拘束していた。詠春は岩に腰を下ろし、男を厳しい目で見つめている。
男の気配が先ほどまでと変わっていないこと、更に男の傷がふさがりつつあることに、後から到着した「紅き翼」のメンバーは不安を覚える。
「「ルール・ブレイカー」はまだ使っていないのですか?」
アルビレオが皆を代表して訪ねる。
「あれはこの宝石剣という魔術礼装の補助があってこそ上手く術式を発動させることができるのよ。あの固有結界内では宝石剣は使えなくてね、固有結界を解除するためにもコイツをぶっ飛ばしたの」
そう、世界との契約を断ち切るほどの力を引き出すには、宝石剣による平行世界からの無限の魔力の供給が不可欠なのだ。
ちなみに「紅き翼」には「宝石剣」の能力が、術者への負担があるとはいえ、無限の魔力を供給できるなんてチートじみたものであるとは明かさないつもりである。そのため若干説明が曖昧になるが、警戒されすぎるのは今後を考えると不都合なのだ。
「今はぶっ飛ばした分で無くなった魔力を回復していたところ。あと解放後に、彼が消えてしまわないように厄介な術式を施さなくてはいけなくてね。イリヤの到着を待っていたの」
リンは嘘はつかないようにしながらも最低限の情報だけ伝える。
「影での拘束も問題ありませんよ。影の中に魔術を使えなくする術式を練りこんでありますから、目を覚ましても剣を出すことはありません」
サクラがみなの不安を察したように答える。
サクラの影は男を体を拘束すると同時に、神経と一体になっている魔術回路に浸透して魔力が流れないようにしているのだ。
「ま、私が着いたんだし、すぐにでも始めましょう。目を覚ましたらまた彼がどんな無茶をやらかすか分からないわ」
サクラの影から逃れるために左半身を爆破したことを思いつつ、イリヤは男に近寄る。
しかし、それを遮るものがあった。
詠春の刀が収められた鞘である。
「青山詠春、どういうつもり?」
イリヤが眉をひそめ問う。
「私は、この男をこの世界に残すことに反対する」
それが詠春がこの男と剣を交え、出した結論だった。
サクラの影がチート仕様なのはご勘弁ください。
3人のバランスや役割を考えるとこのくらいは必要かなと。