捩摺の行く先   作:Mamama

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『おめでとう、アーロニーロ』

 

 浅瀬に佇む捩花は笑みを浮かべて言った。

 

「ようやくだな。随分と時間が掛かっちまった。……つーか時間かかりすぎじゃねえか?いや、俺が至らないだけって言えばそれでお終いなんだがよ」

『卍解習得は斬魄刀の最終奥義なんだよ?僕、そんなに腰が軽い斬魄刀だなんて思われたくないし』

「お前の我儘だったのかよ!?」

「ところで聞いておきたいんだけど、卍解習得は斬魄刀を屈服させるなんて言い方をするようだけど、なんだかいやらしく聞こえない?幼気な児童をかどわかす犯罪者が使いそうな表現だよね」

「それは単にお前がいやらしい思考をしてるだけだろうが……」

 

 思わず突っ込むが、舌を出して悪戯っぽく笑う捩花を見るとそれ以上怒る気力すら奪われる。

一気に疲れたアーロニーロは砂浜に腰を下ろす。脚を伸ばすと押し寄せるさざ波が足に触れて、また逃げていく。

浅瀬にいた捩花もアーロニーロに近づいてきてその隣に腰を下ろした。

 

『ま、戯れるのはこのぐらいにしておくとして。さっきも言った通り卍解は斬魄刀の最終奥義だ。みだりに使うものじゃないっていうのは理解していて欲しいね』

「消費する霊圧も始解とは桁違いだからな。ポンポン使うもんじゃないってのは俺も分かってる」

『天候を操るっていう特性上、他の卍解と比べて燃費は悪いのかもね。そのあたりはおいおい調整していけば良いさ』

「ああ。……ありがとう、捩花」

 

 アーロニーロの言葉に捩花は不思議そうに表情を変えた。

 

『どうしたんだい、いきなり』

「ん、いや。なんつうか、お前にも悪いと思ってるんだよ。こんなよく分かんねえ目に遭わせちまってさ」

 

 アーロニーロは捩花から視線を外して海を眺めた。どこか気恥ずかしさがあり、同時に罪悪感があった。

 

『何を考えてるかと思えば。あのねぇアーロニーロ、僕は君なんだ。君は自分の手足に感謝の言葉を述べるのかい?』

「俺の気持ちの問題なんだよ、こういうのは」

 

 不貞腐れたようにアーロニーロは言って、砂浜に身体を倒した。

 

『良いんだよ。君は君の思う道を行けば。君が君である限り、君の道が僕の居場所なんだから』

 

 ふむ、と捩花は形の良い顎に手を遣って考えるように目を瞑る。その様子がアーロニーロの視界の片隅に映った。

 

『君風に言えば、そうだね。君は僕を思い、僕の心は此処にある。そうして僕が此処にいたいと思うから此処が僕の居場所なのさ』

 

 アーロニーロが苦悩しながらも自らを保ってきたのは捩花の影響が大きい。自らの精神の写しであり、アーロニーロの全てを知るのは捩花だけだ。だから、例え不要と言われても。

 

「……そうか。―――ありがとう」

『だから、良いってば』

 

 

 

 

 

 ゾマリの呪眼僧伽は強力な能力だ。視認した対象、或いは部位を操る能力は格上が相手であっても完封出来るほどのポテンシャルを持っているが、その強みこそが明確な弱点でもある。死神の基準に合わせると鬼道系に分類されるその能力は良くも悪くも相性というものに極度に依存する。簡潔に述べるなら、効く相手なら強力無比であり効かない相手なら何も出来ない。

 

とはいっても効力を発揮しない相手というのは稀であり、凡その相手に対しては有効だ。

だからゾマリの敗因は相性が悪かったとしか言いようがない。

全てを暴風で覆いつくすアーロニーロの卍解がその数少ない例外であり、特殊な能力に全てを割り振ったゾマリは為す術なく敗れた。

 

「ゾマリ。お前の能力は大したもんだよ。実際、死にかけの俺が勝ちを拾えたのも相性が良かっただけだ。……刀剣開放しないで響転を駆使した攪乱戦法でもやってれば確実に俺が負けていただろうよ」

 

 巨大な嵐の塊に叩き潰されたゾマリを見ながらアーロニーロは言った。強大な霊圧は消え失せ襤褸のようになった十刃の姿には哀愁すら感じられる。

 

「皮肉なもんだな。お前が馬鹿にしていた戦士の思考が一欠片でもあればそこに横たわっていたのは俺だった。……まったく、正当防衛とはいえ仮にも同僚に刃を向けるなんざしたくなかったんだがな」

 

 それは偽りざる本音だ。特段仲間意識なんてものはなかった。思想も在り方も違っていた。しかし同じ十刃だ。後ろめたさがまったくないと言えばそれは違う。

 

「まったく、嫌な気分だ……」

 

 不意に意識が反転しそうになる。ゾマリから受けた直接的なダメージはないが、派手に動いたせいで辛うじて止血できていた傷から再び血が溢れだす。卍解によって多大な霊圧を消費したせいもあるのだろう。脚がふらつき、覚束なくなる。

そのまま倒れそうになったアーロニーロを後ろから支えたのはルキアだ。

 

「……よぉ朽木。無事だったか」

 

 卍解が生み出す暴風の防壁によってルキアは守られていたが、卍解を解除して飛び出してきたようだ。

 

「ええ。お蔭様で。……卍解を習得していたのですね」

「おう。実戦で使うのは初めてだったが、やっぱり癖が強いな」

「何故私の時に……いえ、今聞くことではありませんね。じっとしてください」

 

 ルキアはアーロニーロの頭を自分の膝に乗せて、中途半端に終わってしまっていた措置の続きに入る。アーロニーロは頭を振ってそれを拒否した。身体に触れるルキアの手をそっと払う。

 

「……いや、止めとく。もう十分だ」

「何故!」

「意味がねえからさ。俺の身体のことは俺が一番良く知っている。お前だってホントは分かってるだろ?もう手遅れだって」

 

 ゾマリが来なければ助かっていたのかもしれない。しかしそれは仮定の話だ。現実はそうはならなかった。ただそれだけの話だ。それにアーロニーロは自分の結末に満足していた。

此処で死ねることは幸せなことだと感じていた。

だから、もう良いのだ。アーロニーロは目を閉じてそれだけを言った。

 

「嫌です! こんな……なんで!」

 

 ルキアは懸命に施術を施していくが、それでも足りない。卍解によって消費した霊圧は急速にアーロニーロの身体を死へと誘う。

 

「俺の戦いは此処でお終いだ。でも、お前の戦いはまだ道半ば。井上を助けるんだろ?こんなところで霊力を使うな」

「ですが!ですが……!」

 

 大粒の涙を流しながらルキアは措置を続け、ついにそれは止んだ。どうやったって助けられないことをルキアも理解した。

 

「……散々言うなって言っておいてなんだけどよ。海燕って呼んでくれないか?」

「海燕、殿」

 

 その名前を呼ぶだけで少し時間が必要だった。震える唇から放たれる言葉にアーロニーロはふっと笑った。

 

「ああ、自分で言うのもなんだが、いい名前だろ?」

「ええ、ええ。海辺の大空にどこまでも自由に羽ばたく燕。本当に貴方らしい名前だと常々思っておりました……!」

「でも、アーロニーロって名前も意外と気に入ってるんだ。名前の由来は忘れちまったけど、なんかこう、口ずさみたくなる良い名前だろ?」

 

 こんな時に冗談めかして言うアーロニーロにルキアは泣きながら辛うじて笑った。

 

「なぁ朽木。俺の心は此処にあったか?誰でもない、俺の心は」

「はい。私は戦いの最中、貴方の事を思っていました。だからきっと、貴方の心は確かに此処にあったのです」

「……そうか。ああ、ちゃんと俺は此処に居たのか。その言葉がお前の口から聞けたことが何よりも嬉しい。例え、海燕が居なくても……俺は此処にいたのか」

 

 迷いが晴れたかのように明るくアーロニーロは笑った。

 

「それにしても……今日は千客万来だな」

 

 その言葉が終わると同時、半ば崩壊しかけの宮の中に続々と破面が乗り込んでくる。

顔全てを覆う髑髏の仮面をした多数の破面達に紛れ、牛を模したような仮面を被った一人の破面が前に立つ。

葬討部隊隊長、ルドボーン・チェルートだ。

 

「葬討部隊かよ。どいつもこいつも俺が好きなのか?」

「……」

 

 アーロニーロの軽口には答えず、ルドボーンは斬魄刀を引き抜いた。

 

「総員、抜刀」

 

 静かなルドボーンの声に従い、乱れなく葬討部隊の破面達が斬魄刀を構える。

 

「朽木。お前は行け」

「え?」

 

 腹を抑えながらアーロニーロはゆっくり身体を起こす。立ち上がろうと片足に力を入れることすら最早億劫になっていた。這う這うの体でようやっと立ち上がる。捩花を杖代わりにしてようやくだ。

 

「な、何故ですか!? 私も戦います!」

「馬鹿野郎。さっきも言っただろ。お前の戦いはまだ道半ばだ。連中は十刃じゃねえが持久戦に関しちゃ相当なもんだ。こんなところで消耗してる場合じゃねえ。……さっさと行け。殿は俺が持ってやる」

「し、しかし。貴方を残して一人で逃げるなど!」

「逃げるってのは違うぜ朽木。お前は友を助けるために道を急ぐんだ。そして俺は俺の心が命ずるまま戦場に立つのさ。それにあれだ。俺はお前の誇りの為に、お前の心を守る為に戦ってやりたいのさ」

 

 ずるいです、とルキアは呟いた。

 

「……一人で死ぬな、と貴方は言ったではないですか……!」

「そうだ。だから、俺の心はお前に預けていく」

「まるで末期の台詞ではありませぬか。私は、貴方の心を救いたかったのに!」

 

 アーロニーロは俯くルキアの頭を軽く撫でる。

 

「辛い思いさせちまって御免な。でも俺は救われたよ。此処に来たのがお前で本当に良かった」

 

 ルドボーンの斬魄刀が持ち上がっていき、その切っ先はアーロニーロを捉えた。

 

「……総員、突撃」

「行け朽木!」

 

 ルドボーンの突撃命令と共に鋭くアーロニーロは叫ぶ。その声に弾かれるようにしてルキアは動いた。最後にご武運を、というルキアの声がアーロニーロの耳に残った。

 

 

 

 

 

 腹の傷を庇いながらもまた一人を打ち伏せる。卍解はおろか始解すら不可能だ。

寧ろこうやってまだ戦えていることが奇跡だ。とはいえ刻一刻と身体から熱が奪われ、それに比例して身体の動きが鈍っていく。

不意に足首を圧迫される。見ると倒れた中に混じって生きていた破面がアーロニーロの足首を掴んでいた。それを即座に振り払うが、多数に囲まれた戦場では一瞬の隙は致命的だ。

 

振りかぶった刃がアーロニーロの左腕を付け根から切り落とす。吹き飛んだ腕が何処かへ飛んでいき、切り口の断面から血が噴き出す。ここまで大きい一撃はもらっていなかったが、辛うじて成立していた均衡が崩れる。

ぐらりと揺れる視界。雄叫びを上げてそれを捻じ伏せる。うっとおしく付きまとう破面達を薙ぎ払い―――その破面達から飛び出てきた刃にアーロニーロの腹は貫かれた。

前に立っていた破面を盾にしてそれごと刃を突き立てられたのだ。頭が揺れ、動きが止まった瞬間を見計らって数多の刃がアーロニーロの全身を貫く。

遂にアーロニーロは膝を付いた。気合と根性で持たせていた身体も限界だ。それでもアーロニーロは笑った。満足だった。これ以上を望むのは欲張りだろう。

自分という存在を知れた。気がかりだった朽木ルキアとも言葉を交わすことが出来た。

 

―――きっと俺は此処で死ぬ。

脳裏に流れる予想はすぐに現実になるだろう。

からん、と捩花が手を離れた。ぐらりとする意識にはもう逆らえない。前のめりに倒れ伏す。

止めどなく溢れる血液がアーロニーロを濡らしていく。不思議なことに先ほどまでの冷え込むような感覚は無くなって、どちらかと言えば今は優しく包まれるような温かさがあった。

ざり、と近づく足音。微かに首を傾けてみるとルドボーンが倒れた自身に刃を突き立てようとしている姿だった。

恐怖はない。死ぬことは恐ろしくない。何故なら、

 

「……心は、お前に預けたからな」

 

 一人であれば恐怖があったかもしれない。けれど一人で死ぬわけじゃない。すっかり強くなった後輩に大切なものは預けてきた。

 

アーロニーロの自惚れでなければ、ルキアにとって海燕という死神は慕うべき上司であり、目標でもあったのだと思う。

志波海燕という死神の背中を道標にルキアは育ってきた。その道標を無くしてもなお、真っすぐに育った。だからきっと大丈夫だ。

瞼はもう開かない。暗闇しかない世界にずるりとした感触が走るが、それは痛みを伴うものではなかった。酩酊するような揺れる感覚、ほどなくして意識は暗く堕ちた。

―――道標のその先に、歪んだ刃は此処に散る。

 

 




本編完結です。
この作品、勢いに任せて適当に書いて碌に推敲をしてないお蔭で文章が荒く拙いものになってしまいましたが、楽しんでいただけば幸いです。

後日談としてまた一話ぐらいは更新するかもしれません。その時にはまた読んでいただければと思います。
お付き合いいただきありがとうございました。
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