アーロニーロの抵抗で遺体が損傷してマユリ様にもどうにも出来なかったということで取り敢えずお茶を濁しますが、ちょっとその部分は今後編集するかもしれないです。なんか自爆技使って粉々になったとか。
今回の話は時系列が違う二話となっています。また特に二話目の話は作者の独自設定、というか妄想がふんだんに盛り込まれております。ご了承下さい。
「……逝ったか、アーロニーロ」
清い流れのようで、反面轟くような豪快さを持ち合わせた霊圧は弱弱しくなり、今となってはもう感じられなくなった。自分の宮にてそれを感じたハリベルは一度目を伏せた。
「良かったんですか、ハリベル様」
「アーロニーロを助けなくて、か?」
「……はい」
何か言いたげなアパッチ。他の二人も落ち着きがなく、その態度にハリベルは軽く笑った。
「仲が悪そうに見えたが存外、アーロニーロに懐いていたようだな」
「いや、そういうわけじゃ……」
「そうですよ! アーロニーロのやつなんかどうでもいいですって!」
表面上ではそう言うアパッチとミラ・ローズだが、スンスンの意見は違うようだった。
「……わたくしは少し寂しいですわね。彼のこと、嫌いではありませんでしたから」
「……そうだな。私もアーロニーロのことは嫌いではなかったよ。寧ろ、好感が持てる男だった」
破面には珍しく、自らを誇示するより周囲の輪を大切にする男だった。だからといって軟弱なわけではなく、真面目に鍛錬を積む戦士でもあった。同じく日々鍛錬するハリベルとも顔を合わせる機会があり、そこで情報交換なども行った。それはきっと……そう、楽しい時間だった。
そんな男はもういない。
そのことに寂しさを感じないといったら嘘になる。
「アパッチ。お前の言うことは分かる。私にはアーロニーロを助ける力があった」
第3十刃である自分には藍染には届かなくても強大な力がある。それを行使すればアーロニーロは助けることは出来たのかもしれない。しかしハリベルは動かなかった。それが藍染の指令に背くということもあるし、何よりも。
「私はアーロニーロの戦いを、誇りを汚したくなかった」
「誇り、ですか?」
「ああ。ずっと前に奴が言っていたんだ」
懐かしい。あれは鍛錬の最中、アーロニーロが言った言葉だったか。生きるための戦い、守るための戦い。誇りを守るための戦い。特別な場面で発した言葉ではなかった。けれど、なんとなくハリベルの中にそれはずっとあった。
「……その為なら死んでもいいと?」
どこか責めるようなスンスンの言葉にハリベルは首を振った。
「そういうわけではない。私の持論ではないしな。ただ、アーロニーロがその信念を重んじていたことは確かだ。だから私はアーロニーロの心が赴くまま、戦って欲しかった。それに奴はこの戦いに並々ならぬ感情を抱いていたようだったからな。私に助力を乞うようなことはしなかっただろう」
ある日アーロニーロは別人のように変わった。再破面化によって完全な人型になり―――そして、霊圧も死神に近くなった。藍染達と一緒に寝返った死神といっても頷いていただろう。
仮の話として、それが本当だとしたら何か後悔を残していたのではないだろうか。そしてそれは朽木ルキアという死神が関係しているのではないか。
……今となっては考えても仕方のない話だ。
「私だって死んでほしくはなかったさ」
掛け値なしの本音だ。死なずに済むならそうであって欲しかった。助けたいという欲に駆られそうにもなった。
情動を理性では律しきったが、感情面でいうのなら不完全だ。今なお解けることなく固く握られた拳がそれを証明している。
何故お前は死ぬ必要があった。お前ならば上手く切り抜けられたのではないか。いや、私が助けにいっていれば―――。
どろどろとした感情に蓋をしてハリベルは理性的に振る舞う。そう振る舞うことが上に立つ者、即ち十刃として相応しい態度であると考えていたし、何よりも配下である三人の従属官に弱いところを見せたくなかった。
「だがそれがアーロニーロ自身が定めた最期であれば、私が口を出すのはお門違いというものだ」
感情を乱すことなく冷静に。それが戦士として定めた自分の在り方だからそう言った。そう言うべきだと思ったのだ。
「それに―――」
「……ハリベル様?」
神妙な顔でハリベルを見ながらスンスンが言った。従属官の中でも控えめな態度を取るスンスンがハリベルの言葉を遮るような発言は珍しい。
「なんだ?」
「気づかれていないのですか? その、涙」
「え?」
咄嗟に右手を瞳に当てる。そこには確かに水滴が付着していた。初めて自分が涙していることに気づく。
「ハリベル様、ハンカチありますよ」
「どうしましょうか。私達は一旦出た方が」
「ち、違うぞお前達!」
慌てて手の甲を拭う。けれども涙は止めどなく流れ出る。
「良いじゃありませんか。ハリベル様が戦士として振る舞っているのはわたくしも知っています。ですが、戦士とは涙を流してはいけないものですか? 故人を悼むのは悪いことでしょうか?」
「いや、そうではないが……」
「でしたら素直になってくださいな。ハリベル様が不自由な思いをされているのは不甲斐ないわたくし達の責任です。ですが偶には弱いところも見せてください。弱いところを支えるための従属官なのですから」
「し、しかしだな。お前達の前で涙を流すというのは」
「大丈夫ですよ。丁度わたくしも泣きたい気分ですから」
ハリベルのぼやけた瞳はスンスンの顔を捉える。そこには確かに一筋の涙を零す姿があった。
「ま、しょうがねえな。アーロニーロの奴、一人も従属官いなかったし」
「ああ。悲しむやつがいないってんなら、しょうがない。あたし達が代わりに泣いてやるしかない」
アパッチもミラ・ローズも声が震えていた。それを聞いてハリベルの砦に罅が入り、間もなくそれは決壊した。
「……ああ、そうだな。今だけはアーロニーロの死を私も悼もう」
目を閉じる。静かに零れる涙と共にアーロニーロとの思い出も流れ出しているようだ。脳裏に浮かぶのは昔の記憶。刃や言葉を交わした鍛錬のこと。殺伐とした虚夜宮だからこそ、その思い出は強調される。
そしてハリベルはアーロニーロと出会うずっと昔のことを思い出す。三人を守りながらも無力感に苛まれ、藍染に助けられた記憶。
『犠牲を生みたくなければ力をつけることだ』
藍染はそう言った。その通りだと思ったから破面になった。
今よりもずっと弱かったはずの昔の自分。とっくの昔に決別したはずの自分に戻ったかのようだ。
けれど、ほんの一時だけは許して欲しいとハリベルは願った。
嘗て五大貴族として名高かった志波一族。没落し、今は四大貴族となった志波家だが名家であったが故に広大な敷地を有している。その敷地内をルキアは歩いていた。理由は海燕の墓参りだ。手元には生花と線香、それに蝋燭等の道具も持ってきている。
いずれ顔を出せなければと思っていた。藍染達の企みが一護によって防がれ瀞霊廷のごたごたも収まった今がそのいい機会だと思ったのだ。
海燕の墓は、敷地の一角に場所を設けられている。狭苦しい場所だと兄貴も難儀するだろうよ、という妹の空鶴の考えらしい。
暫く歩き、目的の場所が見えてくる。墓のある場所は躑躅色の花が咲いていた。
その一つをルキアは観察してみる。若々しい花茎の周囲に螺旋を描くように小さな花が幾重にも咲いている。花に関して特別造詣が深いわけではないが、可愛らしい花だとルキアは思った。
この墓にはこれまで何回か訪れていたが、時期が合わなかったのか初めて見るものだ。
花を踏みつけないように近づき、飛石までたどり着く。
「……お久しぶりです、海燕殿、都殿」
この墓は夫婦墓だ。海燕と都、二人が此処に眠っている。ルキアは墓前で軽く一礼すると掃除道具を取り出す。
小まめに掃除がされているのか、墓石は綺麗だ。それでも持ってきた布で綺麗に掃除をし、供物台にあった枯れた花を取り換える。
そして香を焚こうと線香に手を付けようとした瞬間、人の気配を感じてルキアは振り返る。
「よう」
「……」
気安く挨拶する志波空鶴に詰まらそうな表情で自身を見る志波岩鷲だ。勝手に志波家の門を潜るわけにもいかないから、事前に墓参りする旨は空鶴に伝えてある。
「おいコラ岩鷲。何むくれてやがるんだ。可愛くねーんだよ。挨拶しろ」
空鶴は左手で岩鷲の背中を叩き、岩鷲は痛みで短く悲鳴を上げた。
「……どーも」
「ああ」
仏頂面で挨拶をする岩鷲。これでも大分マシになったのだ。すれ違いからルキアを憎んでいた岩鷲だが、それは既に解消されている。それでも誇りに思っていた兄に手を掛けた相手だ。理屈では納得しても感情の部分ではまだ頑なだ。
変わらない態度に空鶴は業を煮やしたのか、今度は岩鷲の頭に拳骨が入る。
許してくれよぉ、という情けない声に少し硬かった雰囲気は弛緩した。
「掃除までしたのか。そんなことまでしなくていいんだぜ? 別に兄貴は綺麗好きでもねえしな」
「いえ。墓参りの作法として、そういうわけには。それに随分と墓自体も綺麗でした」
「そりゃそうだぜ! つうか俺がこの間掃除したんだし! 言っておくけどお前が掃除しなくても綺麗なんだからな!」
復活した岩鷲が良く分からない主張をしてくるが、またしても空鶴の手刀の餌食になる。これもまた姉弟愛であり、スキンシップの形なのだろう。それにきっと堅苦しい表情で墓参りをするよりこうして多少騒がしい方が海燕も喜ぶだろう。そう思うとルキアから少しだけ笑みが零れた。
空気が落ち着くと三人揃って線香をあげ、合掌する。流石に岩鷲も空気を読んだのか、その一連の動作の中では静かなものだった。
「……一つ尋ねたいのですが、周囲にあるのは何という花ですか?浅学故に教えていただきたいのですが」
しんみりした空気を打開するようにルキア尋ねる。
「ん? そういや咲いてるのは初めてみるのか。こいつは捩花だよ。捩摺っても言うけどな」
「捩花、ですか。それは海燕殿の」
「斬魄刀の名前だ。同じ名前だからか、兄貴もこの花が好きだった」
ルキアの言葉を岩鷲が引き取る。視線は周囲の捩花に向けられていた。その中に昔の思い出を重ねているのだろうか。眼差しはどこか遠く、静かだった。
「ま、そういうことだ。狭い所じゃ兄貴も居づらいだろうし、こういう伸び伸びとした方が喜ぶだろ。それに此処は兄貴と都さんにとって思い出の場所だしな」
優しく笑う空鶴は墓誌を見た。そこには志波海燕と志波都の文字が並んで刻まれている。
「思い出の場所というと?」
「護廷十三隊にも隊花があってその花言葉は隊の特色を表すものになってるだろ?」
「ええ。十三番隊なら松雪草。希望という意味ですね」
「らしいな。んで、捩花も花だから花言葉がある。どういう意味があるのか分かるか?」
「……」
ルキアは思案する。しかし花の名前を初めて知った身だ。早々に降参する。
「捩花の花言葉は思慕。貴方を思い慕います、そういう意味があるんだとよ」
岩鷲が花を眺めながらそう言った。
「それはまた、情緒的ですね」
「だろ? で、それを知った兄貴は此処で都さんに告白したんだ。似合わねーだろ?」
「そ、そうなのですか!?」
「多分兄貴的には精一杯考え抜いたんだろ。あんまり言ってやんねえでくれよ。兄貴がまた泣く」
「飲み会で盛り上がる度にネタにしてたからな。最後の方にゃ自棄になって求婚した時の台詞を焼き増ししてたっけ」
思い出すようにして二人は笑う。そこはかとない疎外感をルキアは味わった。
「ま、過去の思い出に浸るのも悪くねえが先の事も語ろうぜ。十三番隊の副隊長になるんだって? 浮竹から聞いたぜ」
「いえ、まだ決まったわけでは。そういった話が私にあったという程度の内示です」
「ならねえのか?」
「……とてもありがたい話だとは思っています。しかし私に務まるのかと……」
先日隊首室に呼ばれ、そういった話があった。無席の平隊士に過ぎない自身に突然持ち上がった話にルキアは動揺し、浮竹には一旦保留する意向を伝えてある。
「なりゃ良いじゃねーか。寧ろ無席なのがおかしいぐらいなんだ」
「いえ、そういうわけには……」
まずもって単純に荷が重いとルキアは感じていた。それに十三番隊の副隊長は海燕の立ち位置だった。だから尻込みしてしまうのだ。私如きが、海燕殿の跡を継いでいいのだろうかという後ろめたさはやはり心のどこかに残っていた。
「副隊長の空席が続く状況がおかしかったんだ。誰かがやる必要があって、それがお前だった。それだけだろ?」
「副隊長を置かなければいけない。それは分かりますが……」
ルキアの内面を読んだかのような空鶴の言葉。確かにそうなのだろう。今は特例として三席が二人置かれているが、その状況がずっと続くのは組織として好ましいものではない。だから副隊長を新しく置く。理屈としては分かる。ただルキアはそれをあっさりと受け入れられなかった。
「……なれよ、副隊長」
「え?」
思わず聞き返す。そう言ったのは空鶴ではなく岩鷲だった。
「兄貴はすげえ人だった。でももういねえんだよ。だからアンタが兄貴の代わりにやれ。……そんでアンタが生きてて良かったと思わせてくれよ。じゃねえと兄貴が浮かばれねえ」
「……それは」
ルキアから顔を逸らして言う岩鷲。思いがけない言葉にルキアは言葉に詰まった。正直、岩鷲は強硬に反対するものばかりと思っていたからだ。
「……そうだな。もう良いんじゃねえか。俺も岩鷲も恨んじゃいねえんだ。あの件はアンタが悪いわけじゃねえって知ってるからよ。だからそろそろ自分を許してやれよ」
心が揺れる。この手で殺した記憶を引きずっていかなければならないと思っていた。内罰的な思考はいつだってあった。それがアーロニーロとの決着をつけて少しだけ軽くなったことは確かだ。
けれども自分にそんなことが許されていいのだろうか―――。
「岩鷲の台詞じゃねえけどよ。副隊長になってやってくれ。兄貴のことを忘れろとは言わねえ。けどアンタは生きてるんだ。なら前を向いてくれ。それが兄貴の供養にもなる」
「……私は」
ルキアは目を閉じる。これまでのこと、これからのことに思いを馳せる。目を開けた。不機嫌そうな顔の岩鷲と、軽く笑みを浮かべた空鶴の姿が視界に入る。ルキアは一つ深呼吸をして墓に向き合う。そして、
「海燕殿。新しく報告したいことが御座います―――」