捩摺の行く先   作:Mamama

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「興味深いね」

 

 玉座に座る藍染は何時もの笑みを湛えてそう言った。手元の資料にはアーロニーロに関する記述が数枚に渡って書かれている。

 

「再破面化によってまさかこうなるとは、流石の私にも予想出来ていなかったよ。アーロニーロが持つ無限の進化の特性こそ失われたが、死神と虚の境界を無くすという意味において実験は成功だろう」

 

 アーロニーロは第一期の十刃にして古参の破面だ。不完全な状態のまま破面化した影響か、より虚に近い姿をしていたが今回の再破面化において完全な人の形を獲得するに至った。それに際し、藍染にとっては嬉しいオマケまでついてきた。そして藍染の興味を引いたのはそのオマケの方だった。

 

「僕も驚きましたわ。でも一体なんでまた……。メタスタシアを取り込ませた上で再破面化したのが原因っては分かりますけど」

「ふむ。微弱ながら生き残っていた志波海燕の意識がアーロニーロの主導権を奪い取った、ということだろうがこればかりは憶測で話すしかないね」

 

 再破面化する過程で一体何があったのか、それは当人しか分からないことだ。

 

「……しかし藍染様。アーロニーロを野放しにしてよろしいのですか?奴の存在は獅子身中の虫に成り得るのではないでしょうか」

「ああ、それは僕も気にしとりました。ええんですか?監視も何もつけへんで」

 

 アーロニーロの濁った霊圧はより洗練され、清流の如きものに変化した。それこそ、盲目である東仙が死神と誤認しそうになるくらいには。だからこそ、東仙は危惧しているのだろう。東仙の懸念は組織に属する中で言えばもっともなものだった。中身が何かも分からない異物を放置して言いワケがない。

 

「奴の霊圧は限りなく死神である志波海燕に近くなっています。であれば我々に対し裏切るという可能性もあるのでは?」

「要、今君が言ったことだ。彼は確かに死神に近しい存在になったが破面であることに変わりない。それと同様に志波海燕に近しい存在だが、彼は志波海燕ではない。自身が語ったように、彼はアーロニーロ・アルルエリという破面なんだ。その証拠に彼は以前のアーロニーロの記憶を引き継いでいる。……志波海燕が主導権を握ったというのは正しい言葉ではなかったね。より正確に言えば同化だ」

 

 死神と虚の境を崩すという一つの目論見は達成出来た。それが不確定要素によるものである、という前提がついてしまうが。

 

「話しがズレてしまったが、アーロニーロが我々を裏切ることはないよ。裏切ったとして、死神ではない彼はどこの陣営で戦うんというんだい?今のところは手出し不要だ」

「はっ」

 

 藍染の言葉に東仙は素直に従った。藍染の言葉からは裏切らないという明確な根拠はない。論理としても穴だらけだ。東仙はそれを理解していながらもそれ以上の追及を行わず素直に藍染に従った。何故、という疑心はある。しかしそれ以上に理解しているのだ。この程度で藍染にとっては十分だということを。

 

「仮に裏切ったところでたかが副隊長クラスだ。何も問題はないよ」

 

 霊圧の上がったアーロニーロは白兵戦に限って言えば以前よりも格段に向上したと言っていいかもしれない。しかし、ただそれだけだ。

例え隊長クラスに霊圧が上がったアーロニーロが裏切ったとして、それは大勢に影響するものではない。藍染の言葉は間違いなく傲慢に満ちたものだが、藍染惣右介という死神にとってその傲慢は許されたものであるというのもまた、紛れもない事実だった。

 

 

 

 

 

 ふとした瞬間にこみ上げてくるものがある。胸の奥から飛び出してきそうになる感情の名前を、まだアーロニーロは知らない、と自分を納得させようとしていた。

本当は、分かっている。この胸に巣食う感情が何なのか。

ただ、それを認めるわけにはいかない。今と昔では何もかもが違うのだから。

やろうと思えば手に届くのにとても、とても遠くなった。

 

「……あー」

 

 アーロニーロは自分に割り振られた宮の入口付近で床に寝そべって何をするでもなく、ぼうっと過ごしていた。虚夜宮の天井に刻まれた偽りの太陽を目を細めて眺めていた。傍には穴が八つ空いた細長い仮面が無造作に転がっている。十刃の集会といった正式な場ならともかく、普段からあんな重苦しいものを装着する趣味はない。

 

「今日もいい天気だ」

 

 晴れしかない紛い物の太陽だと知っているが、敢えて口に出した。どのような意図があってあれを設置したのか知らないが、日の光を感じるというのは悪くない。昔であれば大いに不満を漏らしていただろうが、今では関係がなくなったため、気兼ねなく日光浴が出来る。

 

「……何をやっているんだ、アーロニーロ」

「んあ?ちょっとぼうっとしてるだけだ。偶にはこうやってボケっとするのも悪くない」

「……フ、確かに。戦士にとっては休息もまた必要だ」

 

 唐突に掛けられた女性の声にアーロニーロは驚くこともせず答えた。こんなものはぺスキスを使うまでもない。武人でなくとも、ここまで近づかれれば気づく。気づいてもなおアーロニーロが態度を崩さないのは一つの信頼でもあった。

気だるげに立ち上がり振り向くと予想通り第3十刃であるハリベルがそこに佇んでいた。背後にはハリベルの従属官である3人も待機している。ハリベルと違い従属官の方は大いに不満そうな顔をアーロニーロに向けている。

 

「ようハリベル。まだ招集には時間があるだろう?何かあったか?」

「何、寝過ごしていないかどうか確認しにきただけだ。前科があるからな」

 

 それは以前寝坊して集会に遅れたことを指しているのだろう。そもそもまともに出席しようとしない方が多い十刃連中だが、ハリベルは良くアーロニーロの宮を訪ねていた。

 

「俺よりもスタークの方が多いだろうが。そっちの方に行ってやれよ」

「そちらの方はリリネットに言い聞かせてある。今回ばかりはスタークも遅刻しないだろう」

 

 良くも悪くもリリネットはスタークに対して遠慮がない。スタークを叩き起こすために股間に蹴りを入れるぐらいの光景は容易に想像出来て、アーロニーロは顔を顰めた。

 

「あー分かった分かった。遅刻しねえでちゃんと行くって。信用ねえなぁ……」

 

 頭をがしがしと掻きむしる。アーロニーロはハリベルのことを嫌っているわけではない。寧ろ十刃の中では一番親しい仲だろう。人となりも含め、好感が抱ける人物だ。ただ、少しだけ苦手ではあるのかもしれない。その温かさは誰かを思い出してしまいそうだから。

 

「あの野郎、ハリベル様に向かって……!」

「おい声抑えろよ、アパッチ」

「……本当、嫌ですわね。こんな野蛮人二人と私が同一視されるのは。アーロニーロ様?昔の貴方は兎も角、今の貴方には第9刃としてキチンと敬意を払っていますので、ご安心を」

「「テメエスンスン!」」

 

 後ろの従属官の姦しい声にも慣れたものだ。そしてハリベルがため息を吐いてたしなめるまでを含めてワンセットだ。

 

「ククク……」

 

 唐突に笑みが浮かんできた。ずっと前にこんな喧しいやり取りを見たことがある記憶があったからだ。その光景にどこか、懐かしくなった。

 

「どうした?」

「いや、なんでもねーよ。コイツ等はいつも変わんねえなって思っただけさ」

「……すまない。三人には私が言い聞かせておく」

「いやいや、何度も言うが構わねえよ。敬われるってのはどうにもこそばゆい。コイツ等はこれぐらいで丁度良い」

 

 失ったものがあった。掌から零れ落ちて、二度と取り返しのないものだ。淡い記憶の数々はもう過去の残骸だ。ただ在ったという事実だけが残った無機質なものにしか過ぎない。

けれど、その代わりに得たものもあった。ほんの少しの仄かなものであろうが、それもまた掛け替えのないものに違いない。

だからきっと、これで良い。

 

「それで、今回の招集はなんだってんだ?十刃全員を集めるってのは珍しい……いや、最近はそうでもないか」

 

 話を変える。しんみりした雰囲気が合わないというのもあるし、ハリベルに聞かせるものでもない。それにアーロニーロとしても今回の招集には個人的に気になっていることでもあった。ただの集会であれば態々アクの強い十刃達を集める必要はない。であれば、十刃を全員集めるに足る理由があるのだろう。

 

「藍染様が虚圏に来て結構立つが、状況がひと段落してからはあんまり全員強制招集ってのはなかっただろ。ってことは状況が動いたのか」

 

 長らく第9刃を務めていたからこそ知っていることだ。基本的に放置が多い十刃に対して強制的に招集する、というのは当然ながら重大な場であるということだ。

 

「さて、藍染様のお考えは私では分かりかねるが……しかし貴方も薄々感じているだろう」

「……開戦が近い、か?」

「恐らくな。ウルキオラが『崩姫』を攫ってきたという話は聞いているだろう?直接的な手段に出たのだから、準備はおおよそ整ったということだろう」

「確か井上織姫っていう名前だったか。ああやだやだ、特別な力を持ってるたって人間を巻き込むなんてな」

 

 小競り合い程度とはいえ現世に十刃を派遣させて戦闘を起こしているのだから、戦の気風は高まっている。虚圏内でも戦場に近いひりつくような独特の雰囲気というのが充満しつつあった。

 

「人間を巻き込むのは良しとしないか?」

「そりゃな。これは破面と死神の戦いであって人間は関係ないだろ?気乗りはしねぇさ。俺は戦えればなんだっていいってほどの戦闘狂でもないしな」

 

 まったく関係ない人間もそうだが、アーロニーロの死神に向ける感情は複雑だ。少なくとも気分よく戦える相手ではないことは確かだ。

 

「それに―――」

 

 途中でアーロニーロは言葉を切った。頭の中で藍染の声による通達が流れたからだ。天挺空羅を用いたであろうそれはおそらく全ての十刃に連絡がされているのだろう。ハリベルも神妙な顔をして、内容を聞いている。

 

「……アーロニーロ」

「ああ、今から招集みたいだな」

「ハリベル様、何があったんですか?」

 

 従属官には聞こえていなかったらしい。アパッチがそう尋ねる。

 

「ああ、招集の前倒しだ。十刃は至急集まれ、とのことだ」

「……何があったんですの?」

 

少し不安げなスンスンにハリベルは事もなげに言った。

 

「侵入者だ」

 

―――かくて錆びついた歯車は動く。

かつて置き去りにした日溜まりとの邂逅は近く、また遠くなる。

道標の果て、追いかけた憧憬はそこに在るとしても。

歪んでしまった刃は今度こそ何処かに散るのだろう。

 

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