無表情ながらまだいたのか、と言わんばかりの態度のウルキオラに追い出され、今度こそアーロニーロとハリベルは自分の宮に向かっていった。
「ただの凡庸な人間かと思ったら意外と強い芯を持っていたな。……疑っていたわけではないが鉄火場を潜り抜けたのは伊達ではないということか」
「へえ。珍しいなハリベル。お前にしてはかなりの高評価じゃねえか」
アーロニーロの隣を歩くハリベルが漏らした井上織姫の評価は思った以上に高い。戦士として強くあろうとするハリベルは自分にも他人に厳しい。それを考えるとハリベルの評価は破格のものだった。
「正当な評価のつもりだ。戦う者という意味では弱者であろうが、肝は据わっている」
「……そうだな。たかが数十年生きただけの人間、なんて言えねえなアレじゃ」
生殺与奪を握られている場所で強く振る舞えるのは一つの才能だ。本人が極めて図太い性格をしているのだと仮定してもその評価は覆らない。
強くなくても強く在ろうとすること。それもまた一つの強さだとアーロニーロも知っていた。
率直に言って、元々井上織姫という存在に価値を見出していたわけではなかった。
事象の拒絶というものがどのように価値があるのか門外漢のアーロニーロにはいまいちピンと来ていなかった。そういったものは藍染やザエルアポロの領分であると割り切っていた。
ただ、井上織姫という人間は想像していたよりもずっと気丈で芯が強い女だった。
そんな女が朽木ルキアと友人だという。ただそれだけのことにどこか誇らしさを感じた。
「……なぁハリベル。侵入者の黒崎一護達のこと、どう思う?」
「どう思う、とは?」
「ああ、言葉が足りてなかったか。ほら、こんな少数で真正面から攻めてきただろ?あれを聞いてどう思った?」
「……そうだな」
思案気に形の良い眉根を寄せ、ハリベルは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。
「命を賭して乗り込んだ戦士達を悪く言うつもりはない。当然覚悟を決めてのことだろうが……そうだな、思慮深さというのもまた戦士に必要なものだと私は思う。少なくとも私が将であればそのような采配はしなかっただろう」
婉曲な表現をしているが、ハリベルもまた他の十刃達と同じ意見のようだ。向こう見ずであるというのはアーロニーロも同意するところだ。
ただ、一つ異を唱えるところもあるとアーロニーロは思った。
「黒崎達が思慮深いとは俺も思わねえが、黒崎はグリムジョーと交戦したんだろ?ならこっちの戦力の全貌が分かっていなくても想像は出来るはずだ。それでも乗り込んだったことは黒崎にとってこっちの戦力がどうのこうのなんてのはさして意味はないんじゃねえかな」
「例えそうであったとしても勝負が出来る展開に持っていくことも戦士に求められることだと思うが……」
「まあ、そうだな。そういう意味じゃ片手落ちかもしれねえ。……ただ、連中は似たようなことを前にもやらかしてるからなぁ……」
朽木ルキアを助けようと尸魂界に乗り込んだ時と同じ構図だ。黒崎達にとっては仲間を守るために、という理由以上のものは必要なかったのだろう。井上織姫が、そう語ったように。
「勝てる戦いだから挑んでるわけじゃねえ。勝たねえといけないから挑んでる。俺はただ、それだけだと思うんだよ」
「む……」
それを聞いたハリベルは難しそうな表情を作って押し黙った。暫くは硬質な廊下に響く足音だけが聞こえた。
「気になっていたことがある」
「ん?」
ぽつり、とハリベルが独り言のように呟いた。
「貴方はやはり、黒崎一護と因縁があるのではないか?彼らのことを理解しているようだし、他人の空似とは思えないほど顔立ちは似ているし、それでなくても―――」
「おいおい、何回も言わせんなって。俺と黒崎とは関係が……」
「―――朽木ルキアに対して深い感情を抱いているだろう」
「……」
心臓を鷲掴みされたような気がした。
「おかしなことを言うなって。時系列をよく考えてみろよ。俺が破面の中でも古参だぜ?時期はまったく一致しねぇ」
「確かにそうだ。しかし、何も関係ないというのなら、なんで貴方はあんな顔をしていた?」
思わず顔を触った。硬質な仮面は手袋越しの手に冷たさを感じさせるだけだった。
「……ちなみに参考までに聞くが、俺どんな顔してた?」
「一言で表現するのは難しいな。悔いているようにも見えたし、望郷の念に駆られているようにも見えた。ただ見ず知らずの他人に向けてそんな顔をするはずがないだろう?」
思わず拳をきつく握りしめる。
「話を振っといて悪いがやめようぜ。こんなことは生産的じゃねえ。ましてや戦いの前だ」
「それは……いや、そうだな。すまない。私も少し感情的になっていた」
それきり、言葉は無くなった。元よりハリベルは口数が多い方ではない。だからお互い口を噤んでしまうことは偶にあることだった。しかしそれまでは言葉が無くても、その沈黙は心地よいものだった。
今は、きっと違う。
どこか気まずい雰囲気のまま幾重にも分かれた道に辿り着く。片方はアーロニーロ、もう片方はハリベルの宮に続く道だ。その分かれ道にはハリベルの従属官達が律儀に待っていた。
「ハリベル様!」
「ああ。待たせたようだな」
「……どうかしましたか?少し気落ちしているような……」
「あら。もしやアーロニーロ様が何か?」
「「テメェアーロニーロ!」」
「おい馬鹿よせ! 俺はなんもしちゃいねえよ!」
下手人を勝手に決めつけて詰め寄る従属官に抵抗するアーロニーロ。何時も喧嘩をしているのに、こういった場面では矢鱈と優れた連携を見せるアパッチ達は実に面倒臭い。
「……まあアーロニーロ様にハリベル様をどうこうするような度胸があるとは思えませんわね」
「あー確かに。っていうかハリベル様の方が強いし」
「意外とヘタレだしなコイツ」
本人を前に好き勝手に言う三人に辟易としながらも、一方で重たい雰囲気を和らげてくれたことには感謝したい。口に出せば間違いなく調子に乗るから心の中でその言葉を述べた。
「なんで俺が罵倒されてんだよ……。まあいいや。お前ら、ハリベルのこと頼むわ」
三人はアーロニーロの言葉に一瞬きょとんとした表情を作って、案の定喰ってかかってきた。お前に言われるまでもなく当たり前だの、あたし達のことを舐めてるのかだのぎゃあぎゃ喚いて再び詰め寄ってくる。
「ははは! やっぱりお前等は実は仲良しだろ。……ああ、ならきっと大丈夫だ」
今度は襟を掴まれる前に響転を使ってその場を離脱する。アパッチ達は強い。副隊長クラスにだって引けを取らないだろう。だがアーロニーロも9番目とはいえ十刃の一員だ。従属官に捉えられるほど鈍くはない。
「あの野郎!どこへ行きやがった!」
「あそこだ!」
ミラ・ローズが指をさす。アーロニーロの宮に続く廊下の中腹部分、そこでアーロニーロはハリベル達に背中を見せ手を振りながら去っていった。
「ハリベル様、一応、一応聞いておきますがアーロニーロサマとは何もなかったのですよね?」
アパッチとミラ・ローズは未だにアーロニーロの背中を見ながら猫のように威嚇を続けている。三人の中でも冷静なスンスンはハリベルに尋ねた。
「……ああ、特に何もなかったさ」
恐らくきっと何かあったのだろう。それが容易に推測できるような口ぶりだった。冷静沈着な戦士であるが―――いや、だからこそその綻びは見つけやすい。
ただそれを追及するのは一従属官としての領分を越えた行いだ。だからスンスンもそれ以上を聞く気はなかった。
それに内容としてはお互いの意見の食い違いであったり等の些細なものだろうという楽観的な考えもあった。そんな思考に至る程度にはスンスンもアーロニーロのことを信用していた。
本人達は決して認めようとしないだろうが、アパッチとミラ・ローズも恐らく同じだ。
だから先ほどのあれは単にじゃれていたにすぎない。
「……アーロニーロ。忘れるなよ。貴方もまた、我らの同胞であり仲間であることを」
ただ、ハリベルが切なそうに呟いた言葉だけがスンスンにとっては気がかりだった。
アーロニーロの宮は暗い。これはかつてのアーロニーロの能力上、仕方のないことだった。今となってはその能力は失われ、日の光の中では能力を使用出来ないという制約も存在しない。ただ、未だ宮は薄暗い。これはこれで愛着があったし、殊更にこれを変える必要性も感じなかった。
日の光の中で行う昼寝が好きだ。それと同じくらい暗闇も好きで、それは矛盾することなくアーロニーロの中で住み分けが出来ていた。それこそが矛盾であるというのに。
アーロニーロは暗闇の中で微睡そうになる。それは睡魔に身を委ねるのではなく、どちらかと言うと暗闇に自分が溶けていくような不思議な感覚だ。
―――そうして本当に溶けて消えてしまえばどんなに楽なことだろうか。
『覚悟は決まったかい?アーロニーロ』
「捩花……」
傍らの斬魄刀から自分を呼ぶ声がした。ふわりと風は巻いたかと思うと、そこには具象化した捩花の姿があった。
「分かんね。こればっかりは本人と相対しねーとな。一応、色んな覚悟は決めてきたつもりだけどよ。いやまさか朽木の奴が来るとは。隊長格なら浮竹隊長と当たりたかったが……」
『大雑把だなぁ。君らしいと言えばらしいけどね』
くすくすと捩花は笑う。
『まあ、僕は君の道に従うだけさ。君が君である限り、僕はその道を切り開こう』
「……そうか。お前には世話かけるな」
『しょうがないよ。まあ、仕えがいのある主だと思っておくさ』
そこで捩花はそれまでの笑みを引っ込めて真面目な表情を作った。
『ただ、君はそれで本当に良いのかい?もっと安易な道があるはずだ。良いじゃないか、別に逃げたって。全部を放り投げて一からまた始めればいい。誰も君を責めないさ。勿論僕だってね』
甘い誘惑だ。思わずそれに縋りたくなる。ただ、その道は選べなかった。
それをしてしまえば本当に志波海燕でもアーロニーロ・アルルエリでもなくなってしまうからだ。
「……悪い」
『本当、強情だなぁ。そもそも朽木ルキアがここに来なかったらどうするのさ』
捩花の言葉は最もだ。五人のうちルキアだけが都合よくこの場所に来るというのは、可能性にしてみれば低いものだろう。ただアーロニーロには確信があった。
「来るさ。アイツはきっとここに来る」
だってもう霊圧を感じる。百年前と比べて大分成長したそれは少しずつこちらに近づいてきている。
一端の平隊士だったはずの彼女は随分と大きくなった。
信頼に足る仲間を得て、友を救うために。守るべきものを守るために。
思い出すのはセピア色の風景。かつての名残。記憶に残る小さかった彼女は、きっともういない。
そのことが少しだけ悲しく、同時にまた嬉しい。
痛みにも似た感情。それをただの感傷と名付けることは出来なかった。
嗚呼。
そして。
そして―――。
「何だこれは……!?青空……!?壁を抜けて何故、また空があるのだ……!?それに―――……」
「―――教えてやろうか?」
勢いよく振り返る。そうして仮面越しに視線がぶつかった。