「十三番隊ねぇ。で、席次は?隊長じゃねえだろ?三席……いや、副隊長か?」
隊長は白い羽織を着るのが護廷十三隊の習わしだ。それがないということは恐らく隊長になっているわけではないし、現隊長格のことは藍染から聞き及んでいる。
それに感じる霊圧から考えても卍解を習得した隊長クラスには届かない。
「……私に席次はない。無席だ」
それは少し意外だ。実力をいくら低く見積もっても無席というのは考えづらい。であれば何か理由がある。その理由についてアーロニーロは心当たりがあった。
アーロニーロが思い出すのはルキアの兄、朽木白哉の顔。
四大貴族である朽木家の当主の、実に頑なな無表情だ。
―――アイツも過保護だな。コイツはもう小さい子供じゃねえんだ。
「なるほど、下っ端か。しょっぱいな」
「貴様……!」
その言葉に煽るような意図はなかったが、ルキアの方は良いように解釈してくれたようだ。怒りの表情と共に霊圧が跳ね上がる。びりびりと腹の奥に響く、心地よい霊圧だ。
「舐めるなよ、十刃。その下っ端の一隊士に敗北してみるか?」
斬魄刀を構えたルキアの姿に先ほどまでの強張りはない。それで良い、とアーロニーロは仮面の奥で笑みを浮かべた。
「……へぇ、悪くねえ霊圧だ。さっきの鯱張った態度よりずっと良い、それでこそだ。俺も腰が引けた奴を斬る趣味はないからよ。……さて、そろそろ始めるか。……あんまり簡単に負けてくれるなよ」
それは懇願にも似た、アーロニーロの切なる願いだった。
―――そして。
剥がされた仮面は床に落ちる。今、自分の顔は背後から降り注ぐ光で照らされ、良く見えることだろう。
「―――な……何者だ……貴様は……!?」
呆然としたままのルキアにアーロニーロはため息を吐いた。
「……何度も言わせるなよ。俺が第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」
「し、しかし……その姿は海燕殿の……」
「海燕ねぇ……。まぁ間違っちゃいない。だがそんな風に腑抜けるのはいただけねぇな。例えば俺が他者に変装するとか、そういった能力を持った破面だったらどうするよ?」
返答はない。しかし、だが、といった言葉がルキアの口から羅列となって出てきていた。
「私には……貴方が海燕殿としか思えませぬ。日溜まりのような暖かさは、間違いなく―――」
「んー、そうだな。お前の混乱は最もだ。そこらへんはかいつまんで説明しておこう」
ルキアの立場で考えると死んだはずの元上官がぽっと出てきたことになる。動揺は当然だ。その動揺が鉾を交える雰囲気を掻き消してしまっていた。
今斬りかかれば容易に命が刈り取れるが、それはアーロニーロの本意ではない。
「俺を殺した虚は破壊されると虚圏へ飛ばされ再構成される仕掛けが施されてたらしくてな。そんで俺の精神はしぶとく生き残ってて、なんやかんやあって元々のアーロニーロと同化を果たした。以上!」
アーロニーロの単純明瞭な説明にルキアは頭を抱えた。
「……い、色々、ありすぎではありませぬか……?」
「んなこと言ったってそれが事実なんだからしょうがねえだろ。なんだったら当人の俺が一番ビビってるわ」
「大体、言い方が軽いのです! 真剣な話ではないのですか!?」
「いや、真剣な話だけどよ。なんかお前神妙な顔してるし……」
「状況を考えてください! 十三番隊の中でこの場において神妙にならぬ者がいると思いますか!?」
「ハハハ! お前の突っ込みも久しぶりだな! しかしその口ぶりだと信じてくれたみてえだな」
当初と比べて砕けた口調にアーロニーロは笑う。
「……いえしかし、分からぬことがあります。何故海燕殿は私に攻撃を?思い返せば手心を加えられていたと分かりますが……」
「ま、さっきの応酬じゃお前を殺すつもりはなかったからな」
強引に事を運べば命を取れたかもしれない。しかし、アーロニーロの目的はルキアの殺害ではない。それは辿り着く一つの結果であり、アーロニーロが重要視しているのは過程の方だ。
「お前の成長具合が気になったしな。いやぁ、あの啖呵は中々良かったぜ。『舐めるなよ、十刃。その下っ端の一隊士に敗北してみるか?』だったか?カッケー」
「そ、それは! その時は海燕殿とは分からなかったからです!」
当時から割と図太いとは思っていたが、それはきっと強がりも含まれていた。百年の時を経て、その強がりはなくなった。強い心と、それに相応しい実力を兼ね備えた。
朽木ルキアは志波海燕の元部下だ。その成長は本当に喜ばしい。
だからこそ、ルキアと殺し合いを演じなければならないことがアーロニーロにとって残念だった。
「ああ朽木、俺はもう海燕じゃねえ。何回も名乗ったろ?俺は第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ。……昔話に興じるのは悪くねえが、そろそろ続きを始めようぜ。俺もこっからは手加減なしだ」
アーロニーロは再び斬魄刀を構える。戦意がまた昂ってきた。
「ま、待って下さい! 何故私が海燕殿と戦わねばならないのですか! 私が知る海燕殿であれば戦う理由などどこにもないはずです!」
「―――はぁ?」
心からの感嘆詞がアーロニーロの口から出た。
「お前、それ本気で言ってんのか?」
怒気が込められた低い声にルキアは恐れを感じたのか、身体を震わせた。
「そ、そうです! 私は井上織姫を、仲間を助けに来ております!海燕殿が味方になってくれれば―――!」
「……何か勘違いしているみたいだから教えてやる。忘れたわけじゃねえだろ?お前は朽木ルキア―――。俺をその手で刺し殺した女だ」
アーロニーロの言葉にルキアは俯き、続けようとした言葉は小さく消えた。
「それは……。いえ、私を恨むのは当然です。確かに私は貴方を殺してしまった」
「違う」
見当違いのことを言い出したルキアにアーロニーロは断言した。朽木ルキアにアーロニーロは恨みなどない。寧ろ、重荷を背負わせてしまって心苦しい感情があるほどだ。
「嘗ての俺が死んだのは俺が未熟だったからだ。その責任をお前におっ被せようなんてかっこ悪い事思わねえよ。……なぁ朽木。俺の顔を見てお前だって最初驚いてただろ?殺した奴がいるわけないってな。
―――その通りだよ。志波海燕は死んだんだ。だからここにいる俺はお前が知る志波海燕じゃねえ。ここにいるのはアーロニーロっていう名前の一人の破面なんだよ。……だから、もう俺を海燕と呼んでくれるな」
死人は蘇らない。志波海燕という死神はあの夜、確かに死んだ。それは間違いない。
では、ここにいる破面は誰なのだろう。志波海燕の霊体で、記憶を持っているとしてもそれは志波海燕といえるのだろうか。
アーロニーロはそう思えなかった。脳裏には最期の記憶がこびり付いている。雨に濡らされて冷えた身体と、胸にすっぽり埋まる温かさ。
明確な記憶があるからこそ、それは心を蝕む楔だ。雁字搦めになって、何が何だか分からない。
アーロニーロに苦しさは何時だってある。自分が誰なのか分からないというのは恐怖だ。
「……そろそろ不毛な会話は止めようぜ。平行線すぎて意味がない」
「で、ですが海燕殿……」
煮え切らない態度のルキアにアーロニーロの苛立ちは募っていく。ルキアに海燕、と何度も言われてその苛立ちは更に増していた。
確かにアーロニーロは海燕でもある。アーロニーロの自意識ではどうあれ、ルキアがアーロニーロのことを海燕と呼ぶのは間違っていることではない。
ただ朽木ルキアにだけは海燕と呼ばれたくなかった。
思い返すのはあの夜のこと。
もっと良い道はあったのかもしれない。自らの誇りを捨てていれば死ぬことはなかったのかもしれない。ルキアを悲しませることもなかっただろう。
何れにせよそれはもしという仮定の話であって、そんなことを今更言っても意味がない。
未練はある。だが後悔は微塵もない。大事なものは、ルキアに託してきたのだから。
そして、託したからこそルキアには海燕と呼ばれたくないのだ。
それが我儘だと理解しているが、自身を海燕と呼ばれるのは託したものを否定されているような気がした。
「なぁ朽木、思い出せよ。お前が敬愛する副隊長はあの夜死んだんだ。お前はそれを無かったことにするつもりか?……いくらお前でもそれは通らねえぞ?」
「そ、そんなつもりではありませぬ。ですが海燕殿―――」
「……朽木ィ……!」
ぎり、と歯が軋む。アーロニーロにも分かっているのだ。ルキアに自身を苛つかせる意図がないことぐらいは。自身の感情の方が身勝手で、それをぶつけるのは八つ当たりだ。しかし、それでも許せなかった。
「その名を二度と口に出すな!!!!」
アーロニーロの怒りはとうとう沸点に達した。
「―――水天逆巻け『捩花』!」
虚夜宮はただの破面の根城ではない。現世と死神の技術を融合させ構築したシステムは現世の最先端以上のものを行く防犯スペックだ。
技術の粋を集めた造られた虚夜宮には回廊操作というシステムがある。文字通り、回廊を操作し侵入者の経路を限定させるというものだ。
「回廊操作を?」
ウルキオラに尋ねられたギンはそれを否定した。
「いややなぁ。してへんよ、そない意地の悪いこと。それにボク、悲しい話嫌いやし」
「そうですか」
無表情で答えるウルキオラ。特にそのことに価値を見出しているわけはないようだ。それに実際のところ、価値などない。アーロニーロもルキアも藍染の計画を妨げる要因にはなり得ない。
「しかし因果なもんやね。ルキアちゃんとアーロニーロが戦うなんて。ホンマ、嫌な神様もおったもんや」
ただの偶然か、或いはそのカミサマとやらは藍染という名前なのかもしれない。どちらにせよ、今のギンには分からないことだ。
「アーロニーロの霊体は朽木ルキアの元上司である志波海燕のもの、でしたか」
「せや。アーロニーロと同化した時はホンマ驚いたで。見知った顔がそこにおんねんやから」
ウルキオラには藍染からアーロニーロの情報が与えられている。監視の類は一切ないが、実際に裏切ったとなれば話は別だ。その場合は速やかに処理するように藍染から命令が与えられていた。
「それにしても藍染サンはここまで読んどったんかな。アーロニーロの死の形にこれ以上相応しい相手はおらんやろ」
十刃にはそれぞれ死に至る要因、死の形が藍染から与えられている。その死の形とは十刃それぞれの能力であり思想であり存在理由だ。
かつてアーロニーロの死の形は『強欲』だったが、それは再破面化された際に剥奪された。強欲の要素を剥奪され、新たに与えられた死の形は―――。
「『過去』。それこそがアーロニーロの死の形」
「そう。アーロニーロはバラガンの『老い』みたいな死の形に直結した能力を持っているわけやあらへん。その死の形は、在り方そのものや」
どのような意図があり藍染がアーロニーロにその形を授けたのか、ギンは分からない。ただ、藍染であればこの状況までも見越していたとしておかしくない。
怖いなァ、とギンは内心呟く。
「過去の栄光っていう言葉もある。かつての栄華が忘れられんで破滅したっていう話は枚挙にいとまがない。……生きている限り、過去は切り離せんねん。なんせ今の自分を形作っとるのはかつての自分や」
「志波海燕と過ごしたかつての過去が朽木ルキアを殺す、と?」
「さぁ。どうなんやろね。どっちが勝つかなんて、そればっかりは終わってみんと分からんなァ」
そう言ってギンは立ち上がる。
「……見ないのですか?」
その気になれば戦いを映像化してこの場で見ることも出来るが、ウルキオラの問いをギンは出口に向かいながら否定した。
「さっきも言ったやろ?ボク、悲しい話は嫌いやって」
ルキアの「その名を二度と口に出すな!!!!」をアーロニーロに言わせたかった。
個人的にこういう原作改変を書いている時が一番楽しいです。