捩摺の行く先   作:Mamama

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 ルキアは自分の斬魄刀の名を聞けた日のことを生涯忘れることが出来ないだろう。

刀禅を繰り返し、時には会話を試み試行錯誤の末にようやく掴んだ斬魄刀の名前。

あの時の歓喜と感動を綯交ぜにした感情の奔流に居てもたってもいられず、ルキアは走り出した。

行き先は決まっている。自分の頑張りを良く見てくれた人に報告するために、瞬歩を織り交ぜながら海燕に割り振られた隊室へと急いだ。

 

『海燕殿!』

 

 襖を開けるとお茶を飲んでいた海燕が湯飲みを取りこぼした姿だった。

 

『うぉ!く、朽木かよ。驚かせるなって……』

『……』

『朽木?』

『何故此処に海燕殿がいるのですか!?』

『お前が訪ねて来たんだろ!?』

 

 その時の遣り取りは思い出してみると随分と恥ずかしい。その日、海燕が非番だと知っていたのに勇み足で来てしまったのだ。当時はよほどの浮かれ具合だったのだろう。非番だということはすっぽりと頭から抜け落ちていた。偶然休日出勤をしていた海燕がいたから良かったものの、そうでなかったらただの間抜けだ。

 

『す、すみません。襖を開ける瞬間に思い出したのです。そういえば今日は非番だったと』

『出来ればもっと前に気づいて欲しかったんだが……。まあいいや。それでどうした、何か急いでる様子だったが』

『そ、そうです! 海燕殿、私始解が出来るようになったのです!それで海燕殿に報告しなくてはと思い……』

『出来るようになったか!』

 

 その時の自身も相当だったが、海燕も我が事のように喜んだ。少年のようなあどけない笑顔に、ルキアも顔が綻ぶ。

 

『……良し。朽木、お前これから時間あるか?』

『え?ええ。今日は早番だったので。特に残っている仕事もありませんし……』

『そうかそうか。じゃあ行こうぜ。俺にもお前の始解を見せてくれよ』

 

 

 

 

 

『―――舞え、袖白雪!』

 

 白く染まる美しい斬魄刀。それを見て海燕は感嘆の声を上げた。

 

『随分と綺麗な斬魄刀だな。で、どういう能力なんだ?』

『……まだ始解したてなので全てを網羅したわけではありませんが、冷気を操れるようです』

『冷気ねぇ。氷雪系……系統としちゃ鬼道系だな。んー、そうなると俺の捩花じゃうまいこと助言は出来ねえか……?』

『海燕殿の捩花はどういった能力があるのですか?』

『ん?お前にはまだ見せてなかったか?』

 

 一隊士に過ぎないルキアが副隊長に随行する任務など早々無い。捩花という名前だけは聞いたことがあったが、どんな形状をしているのか、どんな能力を持っているのか、という事はルキアは知らなかった。

 

『……そうだな。実際に見た方が早いだろ。―――水天逆巻け、捩花』

 

 

 

 

 

 蒼い飾りが特徴的な三又矛。志波海燕の斬魄刀『捩花』。

構えるその姿を良く知っている。何度も何度も見たことがある。

高い構えから繰り出される槍撃は手首の回転が生み出した波濤を纏い、敵を両断する。

虚の前に見た雄姿を、未だに覚えている。

 

「……悪い冗談だ」

 

 思わずルキアはそう零した。味方であればあれほど心強かった捩花の矛がこちらを向いているなど、出来の悪い冗談にしても笑えない。それが現実なのだから猶更笑えない。

空気を切り裂く音と共に波濤が装填されていく。そうして一度、横に薙ぐ。

 

「ぐ……!」

 

 猛烈な風がルキアを襲う。離れた場所でこの威力だ。直撃してしまえば致命傷だ。

響転。踏み込みながらの一撃にルキアは一瞬反応が遅れた。

呆けていたわけではない。注視していてもルキアは完全には反応が出来ていなかった。

刹那であろうとも、その遅れは致命的だ。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に受ける。しかしこれは悪手だ。そもそも力負けをしている以上、受け止めるだけでは意味がない。刀で受け止めたその直後、波濤は敵を呑もうと襲い掛かる。

瞬歩。間一髪、その場を離脱する。それを待っていたかのように今度は横殴りの暴風がルキアを襲う。

 

「―――破道の三十三、蒼火墜!」

「……へぇ」

 

 ルキアは破道で強引に波濤を押し戻す。中級鬼道の詠唱破棄。一撃目であれば容易く勝負にならなかっただろうが、二撃目なら話は別。

 

「回転によって生み出された波濤はそこにずっと留まるわけじゃない。力の分配が出来ないわけじゃないが、基本的に一度打ち出したら溜めが必要。……覚えていたみたいだな」

 

 ルキアは捩花の能力を良く知っている。だからこそ攻撃に対しどのように対応すればいいのか、ということも分かっている。

だからこそルキアもあちこちに傷を負ったとはいえ、致命傷はない。逆に言うと能力を知らなければあっという間に追い込まれていただろう。

現状は防戦一方だが、戦いにはなっている。しかしその均衡はアーロニーロがその気になればあっさり崩れるものだ。どういうわけかアーロニーロはルキアに隙があっても必要以上に打ち込むことはしなかった。

 

「……次の舞『白蓮』!」

「知ってるぜ、その技は!……いや」

 

 冷気を纏った氷がアーロニーロに向かって突き進む。真正面から苦し紛れに放ったそれは本命ではない。

 

「縛道の四十―――!」

「見え見えだ!」

 

 冷気に紛れ動きを封殺しようと画策するも、即座に見抜かれ、指向性を持った嵐が氷ごとルキアを吹き飛ばす。

 

「く……そぉ!」

 

 疲弊が祟ったのか為す術なく後方に飛ばされ、ルキアは地面に墜落した。

強い。いや、そのことは分かっている。ただルキアが知る海燕よりもずっと手強い。

海燕が死んで百年、ルキアも遊んでいたわけではない。相応に鍛錬を重ね、成長したという自負がある。ルキアが敵わないのは単純に相手がそれを容易く上回っているだけに過ぎない。

自身も袖白雪の解放を余儀なくされ、隠していたもののほぼ全てがさらけ出された。

それでも防戦を余儀なくされている。

それに加え―――

 

「……今のは悪くねえ。咄嗟の判断にしてはな。ただ今のは縛道じゃなくて速度重視の破道にするべきだった。その上で俺に手傷を負わせるつもりならもう一手間欲しいところだ。でもな―――」

「……」

 

 これは最早戦いではなく教導だ。今の攻防にアドバイスを送る姿はずっと昔の思い出を想起させる。ずっと昔の記憶の焼き増しのようで、否応なしに戦意が削がれていく。

 

「―――そもそもが論外だ。なんだその腰の引けようはよ。……戦いに恐怖するのは良い。だがそんなへっぴり腰が俺に通用すると思ってるなら舐められたもんだよ。解放する前の、最初の攻防の方がまだ良かったぜ」

 

 何もかもが昔と同じだ。だからこそ、身体は思うように動いてくれない。第9十刃を相手に積極的な攻勢に出れていないのは実力差は勿論ではあるが、ルキアの気の持ちようも大きかった。

 

「……私には分かりませぬ」

 

 ぽつり、と口から言葉が出る。

 

「あん?お前はまだそんなことを―――」

「貴方だって、殺意がないではありませぬか! 私を殺そうと思えばもう何度だって殺せたはず!」

 

 堰を切るように言葉が溢れてくる。アーロニーロの攻撃こそ苛烈であるが、殺意はない。ルキアを殺めようとする気概がない。だからこそ、ルキアは未だに迷っていた。

 

「せめて! せめて貴方が本気で私を殺そうとしてくれれば! 私だって覚悟を決められるのに!」

 

 ルキアはアーロニーロが単なる変身能力を持った破面であるという可能性は捨てていた。戦いの遣り取りの中ですら、陽だまりのような暖かさがルキアの心に芽生えていた。

その懐かしさは志波海燕のもの。その暖かさは志波海燕のもの。

昔と何も変わらないからこそ、ルキアの覚悟は未だ決まっていない。

 

「貴方は誰なのですか! 海燕殿でないというのなら! せめて冷徹に振る舞ってくれれば! 貴方がいくら否定しても、私は貴方に海燕殿を感じてしまっているのです!」

 

 喉が枯れそうになるほどルキアは叫んだ。それを見て、アーロニーロは困ったように頭を掻いた。その仕草だって昔よく見たものだった。

 

「……おいおい朽木。お前、俺のこと好きすぎだろ。……そうだな。正直お前には色々なもんを背負わちまって悪いとは思ってるよ。でも俺が語ったことが全てで、それ以上のことはねえんだ」

 

 アーロニーロの憂いの混じった笑顔にルキアは心を乱された。その笑顔はずるい、と思う。

 

「俺は確かに志波海燕の霊体で記憶も持ってる。そういう意味じゃ俺が志波海燕ってのも間違いじゃねえ。けど、それだけなんだ」

 

 再びアーロニーロは捩花を構える。

そして響転でルキアの近くまで現れ、それを無造作に振るった。

ルキアは反射的にそれを刀で受け止める。波濤を纏っていないそれはこれまでと違って随分と軽かった。

 

「朽木、お前は俺を誰かと聞いたな。俺は志波海燕でもあり、破面のアーロニーロ・アルルエリでもあり、そして誰でもない。俺は酷く不完全で曖昧なんだ。……でも、一つだけ確かなものがある」

 

 アーロニーロはルキアの顔を見て微笑んだ。

 

「志波海燕はお前に託したものがある。違うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトとは守るべきもののために常に戦っている。

名誉、金、自分自身の他には家族。或いは尊厳や誇り。

生きていく限り、戦いと無縁ではいられない。何も刀と刀で競うだけが戦いではない。

命の遣り取りはなかったとしても、形は違えども常にそれは起こっている。

多くの様相を見せる戦いについて、かつて海燕の上司である十三番隊隊長、浮竹十四郎が持論を語ったことがある。

即ち戦いとは『命を守るための戦い』と『誇りを守るための戦い』の二種類だと。

十三番隊の隊花は徒然草。その花言葉は希望。

俺達は守り、そして希望を残すために戦っているんだ、と珍しく酒でほんのり舌を湿らせた浮竹が饒舌に語っていたことを、アーロニーロは今でも憶えている。

そして、その二つとは結局のところ同じものを指すのではないか、とも思った。

 

『心だよ』

『えー……くさっ……』

 

 それもまた懐かしい思い出。

心とは何処にある。目に見えず、触れることすら出来ないあやふやなものはどこに存在している。

―――ああ、此処にもきっと。そう、きっと在る。

何かを考える時、誰かを想う時。そこに心が生まれるというのなら、心はきっとここにも在る。

戦いの最中だとしても、俺の心はここにある。志波海燕の心は無くとも、誰でもない誰かの心はここにある。だからきっと、戦っているのだ。

―――なら、どうだ。朽木、お前の心は今、此処にあるか?出来ればここに在って欲しいと思うのは嘗ての残骸に過ぎない俺には過ぎた願望だろうか。

 

 

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