ダンジョンに人修羅がいるのは間違っているだろうか 作:巴里と鬼神
あなたは闘いに敗れた。
あの東京受胎で人を捨てた魔人と成り果て、コトワリを否定して友を殺し、創生を否定して
大いなる意思の生んだ
そして、全てを征服する覇道は潰えることとなった。
残されたのは、大いなる意思の呪い。
大いなる意思に逆らった罪科の償いに、あなたに何をさせようというのか。
これで終わりではないという確信と共に、あなたは意識を手放した。
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目が覚めると、あなたは見知らぬ街にいた。
周囲を見渡しても見える景色──石造りの建物を中心とした、昔TVで見た欧州の街を彷彿とする街並み──には全く覚えがない。
あなたが最後に居た『無』の空間でもなければ、ボルテクス界でも、『以前』の東京でもない。
ハッキリとわかるのは、経験上見知らぬ場所でボンヤリと突っ立っているのは危険という事だ。
いつ奇襲を受けても対応出来るように、周囲のマガツヒを確認して悪魔の存在を測る。
──ひとまず問題なしだ。
次にあなたは自らの状態を確認する。
──マサカドゥスの反応がない。非常事態だ。
マサカドゥス以外の
どうやら
最後に仲魔。
──あなたはあまり期待はしていなかったが、やはり召喚は出来ない。
あなたが全てを支配する覇道を目指しながらルシファーに敗れた為に見限られてしまったのだろうか。
あなた自身の姿は魔人となった時のままだ。全身に刺青を施した上半身裸の男。
ボルテクス界であれば問題ないが、人であった頃の価値観で言えば不審人物待った無しである。
果たしてここは『何処』なのか。
あなたが見知らぬこの街に飛ばされてきたのは何者かの意思が働いているのは間違いない。
それが大いなる意思なのか、あなたを倒した
あなたをこの街に飛ばした者が、あなたに何をさせたいのかが判ればもっと行動しやすいのだが、現実はそう甘くはない。
あなた自身の目的はおろか、ここが何処なのかもわからないのだ。身も蓋もない言葉で言えば、あなたは迷子だった。
「ねぇ、そこで腕を組んでいる君! 何を悩んでいるんだい?」
あなたが腕を組んで思案に耽っていると、背後からそう声をかけられた。
あなたは振り向きざまに、声をかけてきた存在にアナライズをかける。
過剰反応かもしれないが人であった頃に聞いた格言でも、人ではなくなった後の経験でも、敵を知る事はとにかく重要だった。
見知らぬ街に居る以上慎重に行動した方が良いだろう。
そうして解析できた目の前の悪魔は女神ヘスティア──あなたの
黒髪の悪魔は一見あなたよりも幼い少女のようにも見えるが、悪魔を外見で判断することは早計である。
だが女神ということは
あなたはそう判断して、ここがどこかわからない事などの経緯をあなた自身の正体は伏せながらも軽く説明した。
説明の合間に時折質問も挟みながら、あなたはこの都市周辺の事を知り、ヘスティアはあなたの事を知る。
あなたが現れたこの街はオラリオといい、世界で唯一『
また、『迷宮』に潜りモンスターを狩ることで生計を立てる冒険者と、それを支援する神々が集っており、「かくいう僕もその女神の一人なんだぜ」とヘスティアは胸を張ったが、超常の存在である
「ここが何処だかわからない。オラリオという都市も初耳。周りの国名も聞いたことがない……かぁ。流石に僕もそんなケースは初めてだぞ。異界からの落とし子って所なのかな」
ふぅむ、とヘスティアが腕を組むと、豊かな胸がその腕に乗る形で強調される。
ヘスティアの低身長かつ童顔な容姿とその体型のギャップに、見るものが見れば
恐ろしいのは女神が
決して魅惑された訳ではないが、あなたは少々不用意な女神に心配を覚える。
そんなあなたの内心を知らぬヘスティアは、ひとつため息を吐くと申し訳なさそうにあなたに切り出した。
「それで君──間薙シン君だったね。悪いんだけど僕は君を元の世界に戻す方法は知らない。どこかに行きたいというなら、直接──は無理でも道を教えてあげる事位なら出来るけど……これからどうする気だい?」
随分と親切な神だ。油断させて懐に入れたところを襲う算段なのだろうか。
だが、あなたはこういった時に躊躇なく懐まで飛び込む性質だった。モットーは虎穴に入らずんば虎児を得ずである。
なによりあなたは女神との会話の中で出てきた
そうであればここに出現したあなたのやる事は、ダンジョンの攻略に他ならない。
「ええっ!? ダンジョンに潜る──冒険者になるっていうのかい? まあ君なら案外やれそうだけど──あっ、そうだ!」
女神はあなたの希望に心配そうに眉をひそめるが、一転名案を思いついたと膝を打つ。
「それだったら僕の所に来ないかい?」
突然の誘いにあなたは戸惑った。ダンジョンに潜ることと、女神のところに行くのとなんの関係があるのだろうか。
「ああ、冒険者の仕組みをちゃんと説明してなかったね。いいかい? シン君。ここオラリオのダンジョンに潜るにはね、ギルドに登録した冒険者じゃなくっちゃいけないんだ。そして冒険者と一般人の違いは、
そこまで言われた事であなたも大体察した。つまりこの女神は自分のファミリアに所属しろ、と言っているわけだ。
しかし──
「ええっ、それは無理だよっ。 神の恩恵なしにダンジョンに挑むなんて自殺行為もいいところだ。ギルドも認めやしないよ!」
ファミリアに所属する──女神の眷属となることは出来なかった。今更誰かの下に降るということは、あなたの覇道についてきてくれた仲魔を裏切ることになる──そう感じたからだ。
弱体化したとはいっても、そこらの怪物程度に負ける気は欠片もしない。
「悪いけど神相手に嘘はつけないし、ギルドの管理者は神だ。誤魔化すのは難しいと思うよ。まあ僕のファミリアがまだメンバー0人の零細以前だから嫌だっていうなら──他の所も紹介してあげるからさ」
ヘスティアのファミリアが零細かどうかは問題ではないので、他の所を紹介してもらってもどうしようもない。
しかしまだメンバー0人だったというのは初耳だ。
あなたがそう告げると、ヘスティアは誤魔化すように目を逸らした。
「あ、あれ? 言わなかったっけ? ま、まあそういうことなんだけど。だからこそ僕も裕福じゃないから、養ってやるとは言えないんだけどさ……。僕の拠点なら雨露は凌げるから、冒険者にならなくてもバイトか何かを手伝うなら寝床くらいは提供出来るよ」
そのヘスティアの言葉を聞いたあなたはふと気付いた。……今後の生活費をどうするのかと。
ルシファーとの決戦までに大分魔貨は貯まっていたのだが、それは使えるのだろうか。
「ん……お金は持ってるのかい? んん~……魔貨なんて珍しいもの持ってるね。大分古い時代の貨幣だから骨董品としても価値が付くかどうか。懐古趣味の神になら買い取って貰えるかもね。少なくとも街じゃ使えないよ」
駄目そうである。ヘスティアの言葉にあなたは落胆するが使えないものは仕方が無い。
ならば宝石や魔石などはどうだろうか。あなたはヘスティアに見せて確認をする。
「ああ、宝石や魔石なら換金できるよ。っていうかダンジョンに潜ってないのになんで魔石なんか持ってるんだい?」
そのヘスティアの問いには以前手に入れたもの、とだけ答えた。嘘はついていない。
「まあいいや、換金するにはもう遅い時間だし帰ってご飯でも食べようか。僕がバイト先で貰ったジャガ丸くんだけどね」
ヘスティアはすっかりあなたの世話をする気でいるらしい。
しかし、女神の一人暮らしに男が転がり込むというのはどうなのだろうか。
普段のあなたなら全く気にはしないどころか、歓迎するところであるのだが……。
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「ここが僕の拠点だよっ」
ヘスティアに案内されてきた拠点は、朽ちた教会だった。
本当に雨露を凌ぐだけなのだろうか。
あなたが見たままの感想を口にすると、女神は腰に手を当てて怒り出した。
「え? おんぼろ小屋だって? あのねぇ、いくら僕が貧乏だからってかわいい眷属達を廃墟に住まわせるわけないだろう!」
あなたは流石に言い過ぎたかと素直に頭を下げる。ヘスティアもそこまで怒っていなかったのか、直ぐに矛先を収めて拠点の案内を続けた。
「まあ見たままの感想だろうから仕方ないけどね。拠点に使用しているスペースは地下なんだよ。僕と君と、あと一人か二人増やす分には十分だろう?」
ヘスティアの言葉通り、廃教会の地下にはベッドやソファー、キッチンなどが備えられ、最低限の生活に不便はなさそうだ。
「おーい、シン君。 準備できたからご飯にしようぜ」
あなたが拠点の中を見て回っていると、ヘスティアがあなたを手招きする。
呼ばれた方に向かうとキツネ色をした揚げ物が並べられた皿がテーブルの上に用意してあった。
これが先ほどまで女神が抱えていた
ヘスティアの勧めに応じ席に着いたあなたはジャガ丸くんを口に運ぶ。
サクッとした衣のなかにはホクホクの
食べたのはいつ振りだろうか。少なくとも東京が死んで
懐かしさについ箸が進むが、ヘスティアはそんなあなたの様子をニコニコしながら眺めていた。
「フフッ、ジャガ丸くんは気に入ってくれたようだね。僕はコレを売るバイトをしてるんだぜ」
女神がバイトとはどういうことだろう。あなたは素直に疑問を口に出した。
すると女神は遠くを見ながら、儚い笑みを浮かべる。
「知っているかい? シン君。生活するにはお金が必要なんだぜ」
詳しい話を聞いたところによると、どうやらこの地では神は権能を抑えて顕現している為、人と同じように生活していかなければならないという。
かつての悪魔達のようにマガツヒを得られれば良しでは済まない。
大手のファミリアならば例えば眷属達がダンジョンで得てくる魔石などを換金したり、あるいは神や眷属が作り出した生産物を売ることで生計を立てているが、ヘスティアのように眷属も居なければ何かを作り出すような技術もない神はどこかでバイトでもするしかないのだ。
あなたは流石にそんな境遇の女神にたかるのも悪いかと一宿一飯の礼として魔石を差し出すが、女神は頑として受け取らなかった。
「いやいや、そんなつもりで誘ったわけじゃないから! 眷属でもない子からそんなの受け取れないよ! でもそうまで言うなら僕の眷属に──え? それは駄目? なんなんだよ、もう!」
さりげなく入れたつもりの勧誘も素気無く断られ、プンスカと怒り出すヘスティア。
あなたは押しの強い
だがヘスティアもしつこく食い下がる。
「こうなったら仕方ない。ひとまず名義だけ在籍ってのはどうだい? 神の恩恵無しでダンジョンに潜れないか、神友にも相談してみるからさ」
大分あなたに譲歩した提案だが、メンバーの最初の一人がいるかどうかでも勧誘しやすさは変わるのだろう。
それにしても神友──あなたにとっての仲魔のようなものだろうが、こんなところに引き篭もっている女神にも友人は居たのか。
「あっ、当たり前だろうっ! 僕にだって神友の一人や二人居るよ……その神友に追い出されてここに居るんだけどね……ハハッ」
余計なことまで告げてしまったあなたに女神は柳眉を逆立てて怒鳴るが、途中でその勢いは急激に萎み自虐的に笑いだす。
後にあなたが当の神友であるヘファイストスに聞いた真相──暫く居候させていたがあまりにも怠惰で働かない為、
あなたは落ち込む女神にどう対応したものかと頭を掻く。
十分に信頼関係の出来ていたかつての仲魔達とは勝手が違うが、あなたが人から外れたばかりの頃はこんな風に色々と悪魔の扱いに困ったものだ。
あなたはどこか懐かしさを感じながらも、女神を宥めにかかる。
──結果として言えば先ほどの提案を呑む事になってしまったが、この女神は感情がハッキリしている分他の悪魔達よりもずっと扱いやすかった。
「これでいよいよヘスティア・ファミリアの立ち上げだ! 明日はシン君に街を案内するからね!」
そう言って笑顔をこぼす女神の姿につられて、あなたの口角も自然と上がる。
「あ、それと上着も買ったほうがいいかな。オラリオで上半身裸は居ないってわけじゃないけどやっぱり目立つからね」
しかし、続くヘスティアの言葉にあなたは渋面を作り、内心であなたの上着を奪った