桜色のレラカムイ   作:一ノ原曲利

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小樽追走劇(中)

 

 

 

―――それは、杉本(スギモト)白石(シライシ)で桜鍋を囲んだ時の話だった。

 

「スギモト、今の日本にサムライのシサムはいるか?」

「サムライ?」

 

杉本のオソマ(ウンコ)(味噌)に味を占めたアシリパは馬肉をツマみながら、若干冴えた真剣な眼差しである小噺を口にした。

 

「私の祖母(フチ)が若かった頃、北海道各地のコタンで、山々を天狗の如く駆けるモノを見かけたという噂が広まって、レラカムイが降りて来たなんて話があったんだ。結局、偽物だったということで法螺話で済んだんだが…」

「それが、侍とどう繋がってくるんだい?」

「そのレラカムイは、左腰に刀を佩いていたというんだ」

 

刀。

大きさにもよるが、そもそも小さいならば小刀と呼べば済むし、包丁の類であれば鞘ではなく獣の革を用いた容れ物であることから、刀であるのは恐らく、間違い無いと思われる。

しかし、一八九七年に制定された廃刀令ーー大礼服並軍人警察官吏等制服着用の外帯刀禁止の件ーーーから逃れ、軍人か警察以外に刀を隠し持つことが出来るだろうか?

民間であればまず不可能だがーー人里離れた山奥であれば隠し通せるだろうし、ヤクザの類であれば何処からでも準備は出来る。その場合、態々刀にする必要はないと思うが。

 

しかし、いま問題なのは刀の所持云々ではない。

 

刀を差したまま、山を駆けられるか否かだ。

 

「山を駆けるってどんくらい?」

「少なくとも地上では鹿(ユク)より速い」

「は?地上?」

「レラカムイとは私たちアイヌの中では〝風の神〟だぞ? 地上だけじゃない、リスみたいに木々を伝うし鷹のように空を駆けたと言われたほどだ」

「ははぁ、そりゃ誇張し過ぎだぜアシリパちゃん。刀って知ってるかい、すごい重いんだぜ?」

 

白石が鼻をほじりながら小馬鹿にしたように言った。きたない、そしてウザい。

 

「仮に軽い刀を腰に挿していたとしても、鞘が邪魔で走りづらいだろ。それに重い刀ならガタイのいい男じゃねぇと無理だからすぐ人ってバレる」

 

俺のは基本的に銃剣だけどな、と杉本は腰から下ろしている三十年式銃剣を指す。しかし、アシリパは否定するように首を振った。

 

「だが、祖母が見たレラカムイは女のように華奢なナリをしていたというし、レラカムイが持っていた刀は当時働き者だったフチでも持ち上げるのが難しかったらしい」

「「へ?」」

 

思わず杉本と白石が合わせて驚きの声を上げた。ハモったのが不快だったのか杉本の片手が白石の下顎を引っ掴み押さえ込んだ。もがもがとぐぐもったような声が響く。ついでに鼻が痒いのかと割り箸を突っ込んだ。下唇に引っかければどじょうすくいの権兵衛さんの出来上がり。ただしザルなしだ。

 

「え…アシリパのバアちゃん、遠目でその…レラカムイ? を、見かけたんじゃねぇの?」

「いや? 普通に声をかけたら正面から堂々と出てきたというぞ」

「もうその時点で人間ってわかってんじゃん」

 

ぷは、と割り箸を外した白石が鼻の穴の調子を確かめながら呆れた。てっきり神とかいうから人間ではない不思議生物かなにかと思ったが、そもそも刀を腰に差してる傾奇者が人間でなくてなんだというのか勝手に自問自答した。

 

「最近、たまに山にいると聞いたことのない生き物の音がするんだ…ヒトでも、ヒグマでも、ユクでもない。それこそ、レラカムイみたいな知らない生き物の音が……」

「アシリパちゃん、それ耳糞の音がしてるだけじゃない? 掃除してあげようか?」

「………」

「イデーーーーッ!?」

 

フプチャ(トドマツ)の隙間から突き出したレタラの歯が白石の耳に喰いついた。

 

 

 

 

 

数ヶ月前。

 

「やぁやぁ、これは素晴らしい手並みだ」

 

ぱち、ぱち、ぱち。

小樽の大通り、軍服の男たち以外に民間人どころかネズミ一匹見当たらない場所で、雪に吸収されることのない拍手が響く。

叩いているのは男一人――名を鶴見(ツルミ)。大きな傷痕を覆い隠す額当てから汁をどろりと垂らしながら、一人の珍客に向けて賛辞を送る。

 

誰に?

 

下手人に。

 

「………」

 

奇妙な面を被った下手人は黙る。手にした刀には血糊一滴も付着していない。

それほどまでに、下手人の刀捌きが卓越していたことが見て取れる。

鶴見以外の軍人達は黙り、ただ銃を構える。下手人の脅威がこちらに向かないように威嚇行為として。そして、合図があればいつでも引き金を引けるように。

確実に仕留めるために。

 

「おほっ、思わず汁が垂れてしまったよ。そこな男は我々が追っていた犯罪者だったのだが、キミのような勇気ある行動のお陰で、こうして被害拡大を防ぐことができた。ありがとう、あとは我々に――」

 

ざくり。

ざくり。

 

「――任せたまえよ、キミィ」

 

ざくり。

鶴見の言葉を無視するように、面付きの下手人は無言で津山(死体)の残っていた手足を切り落とした。

 

「? 手足を――」

「まさか――」

 

その様子を見て、銃を構える軍人達があることに勘付く。下手人の目的が。

 

津山を殺したことは偶然ではなく、故意。

首と、手足を切り落としたのは。

 

「死体をっ、持ち去るつもりか――!」

 

撃て、と言おうとして、鶴見は寸での所で止めた。その行為に対し、隣で銃を構えていた三島(ミシマ)月島(ツキシマ)も疑問に思わなかった。その額からは僅かに汗が滲み出ている。

何故ならば、肌蹴た服から覗く、刺青が刻まれた津山の身体を銃の射線上に持ち上げていたからだ。

 

面の下手人の体は小柄だ。そんな体でどうやって刀を扱い、馬より早く駆けたのかが不明なくらいには。

だがその体は蹲れば、津山の胴体部分が銃弾から逃れる体のいい盾になっていた。

加えて、鶴見の目的である津山の刺青人皮を銃で穿ってしまえば埋蔵金のありかを示す鍵が永遠に失われることになる。

 

だから、面の下手人が現れた時は胴体部分を切られないかとヒヤヒヤしたものだが、下手人も同じく刺青人皮を目的にしているのであれば、首斬りは納得のいく殺害方法であった。

 

首に手足がなくなり達磨になった津山の死体は軽くなっている。そのまま盾にして持ち去るかと思ったが――

 

「………?」

 

どうやら、何故か、動かない。

 

奇妙な緊張感の中、突然生々しい水音と獣のような唸り声が耳に届いた。そして、風に運ばれて鼻に付く臭いに思わず顔を顰める。

 

「………ぅぅぅぅぶぉえぁあぁぁ…」

 

下手人が盛大にゲロってた。

 

「……まるで新兵だな?」

 

 

 

 

 

 

ゲロゲロゲロ。うぉ、ゲロォ!

ま、まずい、これは沖田さん名物のスキル『病弱(A)』か! あ、瀬田だぁ!

止まらない、我が胃液のダイダルウェイブ……あぁ! 嘔吐(えず)く度に『嘔吐』のデバフがスタックされてる! ファンブル判定だコレ!

でもなんでゲロ…? あ、そういえば史実で沖田総司は結核だったけど私は普通に野山育ちだから病気とか無縁だわ! だから『病弱(A)』スキルは無くなったと思ってたけどゲロになってたのか!? う、ゲ、げろげろげろ…! このままでは台詞の語尾にゲロが付いてしまうゲロ!

こ、ここだけは津山(肉壁)に感謝だわ、鶴見中尉にゲロ吐く光景とか見せたくないし、某番組の如くキラキラで映像補正とか期待できないだろう。早めに手足切っててよかったわーお陰で片手で持ち上げられる…でも多分、嘔吐く羽目になった原因津山(死体)だよな…うわ、首の断面図グロい…自分で殺っといてなんだけど脊髄の断面図グロい。

 

……どうしよう…一応さっき手足切った時に胸の方、現在進行形で背中の方見てるからぶっちゃけもう津山の刺青人皮には()()()()。INTは五十代だったからまぁまぁだけど、運良く『記憶』できたと思った矢先で『病弱(A)』ファンブルとか。

…いや? ある意味正常運転だからヒット判定なのか? よくわからないけど、ゲロ音と一緒に頭の中で残念風なファンファーレが響いているから何かしら失敗判定だったんだろうな、現在進行形で!

 

あ、やばい。

 

『嘔吐』デバフがスタック超過して『スタン』状態になってる。ここで狙撃とかされたら――――ぁ。

 

 

―――パァアン!

 

 

頭部を強烈に襲う衝撃と同時に、白樺の樹皮(シタッ)が弾ける音が遠くから聞こえた。

 

 

 

 

「誰が撃った。お前か?」

 

鶴見は横で銃を構える二階堂(ニカイドウ)兄弟を睨む。砕けた面が散らばる様を見てたらいきなり上司に犯人扱いされては堪らない、と読むことが難しい表情を浮かべた二階堂兄弟は首を横に振って無罪証明をしていた。引き金から指を外した銃を掲げて、硝煙が上がってないアピールをする。他の部下も同様だった。この場で発砲した者はいない。

 

「…尾形(オガタ)か」

 

己が部隊に抱え込んでなお、思い通りに動かない部下の顔を思い浮かべて、鶴見は被りを振った。

 

 

 




文字数少なくてごめんなさい。上下二部にするつもりが上中下三部構成になりました。小樽追走劇は短い三部構成です
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