Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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あらすじの※とかタグをしっかり読んでね。
 


序幕

 

 ――〈静寂(サイレンス)〉。

 範囲内の音を殺す魔法で、まず鎧の軋む音や地を駆ける音を消す。その後、〈透明化(インヴィジビリティ)〉で不可視となって目視される危険性を極端に減らした。

 静かに、そして素早く。四つの見えない影が暗い森に閉ざされた、岩の隙間にある岩戸へと滑り込む。岩戸へと侵入した四つの見えない影――その先頭の影は懐から三十センチの蛍光棒を取り出す。蛍光棒は歪めると明かりが灯る仕組みになっている。蛍光棒は地面に落とされ、足で踏まれ歪む。淡い光が岩戸の中を照らし、周囲の光景を少しだけ見せた。

 岩戸の中を確認した四つの見えない影は、即座に蛍光棒を破壊し、その残骸を土の中に隠した。そしてしばらくすると――四つの見えない影の姿が現れる。〈透明化(インヴィジビリティ)〉の効果が切れたためだ。

 現れたのは、奇妙な四人組だった。男二人と女が二人。珍しい組み合わせではないが、しかしその格好が統一性を感じさせない。軽装鎧を装備した二刀流の戦士に、重装鎧を装備した神官戦士。この二人はまだ分かる。だが残った女の内一人は軽装鎧を装備しているが弓を持ち、そして耳が長い。残った女は更に変わっている。自らの身長と同じくらいの長い鉄の棒に、ゆったりとしたローブを着た彼女は、とても他の三人と統一性が無かった。挙句、彼女はまだ少女と言ってもいい外見をしている。

 ……しかし、統一性が無いように見える四人組は、だからこそ逆に統一性があるとも言えた。このような四人組が集まる場合、それは冒険者と呼ばれる、組合に所属して人々を守る正義の味方。あるいはそれとは逆の、善意であれ悪意であれ欲望に濡れた逸れ者――ワーカーのどちらかでしかない。

 そして、四人組は後者――ワーカーだった。

 彼らはバハルス帝国に居を構える四人組のワーカーチーム。そのチーム名を“フォーサイト”。前衛戦士にしてリーダーのヘッケラン・ターマイト。神官戦士のロバーデイク・ゴルトロン。森妖精(エルフ)の射手イミーナ。まだ二十も生きていないのに第三位階魔法を行使する天才魔法詠唱者(マジック・キャスター)――魔術師(ウィザード)のアルシェ・イーブ・リイル・フルトである。

 先頭に立っていたのはイミーナだ。彼女は野伏(レンジャー)の技能を持つため、先頭に立って探索するのに向いている。実際、この岩戸まで無事に切り抜けられたのは彼女の功績が大きい。

 四人はまだ〈静寂(サイレンス)〉の魔法がかかっているため、無音だ。互いの姿を確認した後、すぐに岩戸の奥へ向かっていく。森の外にいる魔物に気配を察知され、無駄な戦闘行為を行わないためだ。

 岩戸の奥へ無音で侵入した四人は、充分に岩戸の入り口から離れたのを確認した後、残った〈静寂(サイレンス)〉の魔法が切れるのを待った。そして――魔法効果が切れた後、ヘッケランが口を開く。

「ふぅ……無事に辿り着けたな」

「……運が良かった」

 ヘッケランの言葉に頷いたのはアルシェだ。そして、ロバーデイクが続く。

「マンティコアの巣が近くにあった時は冷やっとしましたが、どうやら留守だったようで助かりましたね」

「確かにな。遭遇してたら面倒なことになってただろうし」

「それよりさっさと終わらせましょ。あんまり長居したい場所じゃないわ」

 イミーナの言葉に、三人頷く。同感だった。依頼とはいえ、この森に長居はしたくない。

 ここは人外魔境、トブの大森林。アゼルリシア山脈の南端に広がっているこの巨大な森林地帯は、様々なモンスターの棲み処となっており、例え凄腕の冒険者やワーカーであろうと、生きて還るのは至難の業なのだ。

 そのような人外魔境に“フォーサイト”が訪れた理由は単純、依頼を受けたからである。依頼人よりトブの大森林の深淵部に存在する、貴重な薬草の採取を依頼され、“フォーサイト”はこの地を訪れた。

 そしてこの岩戸――かつてはトブの大森林に居を構えていたと言われる闇妖精(ダークエルフ)達の遺跡だったようだが、この奥に貴重な薬草が幾つも自生しているのだ。そのため、定期的に薬草を採取するために一部のワーカーがよく出入りしていた。

 ……ちなみに、ワーカーが雇われる理由は簡単である。帝国の薬師達も、競合相手に貴重な薬草の採取場所を知られたくないからだ。冒険者を雇えば、組合の情報網から他の薬師達に薬草の自生場所が露見する。そのため、一部の薬師達が結託し、特定の信頼出来るワーカー以外には依頼を出さないようにしているのだ。

 “フォーサイト”はワーカー達の中でも口が堅く、そして義理堅い。欲望に塗れたワーカー達の中で、善人寄りだ。そのため、ある種の依頼人達には信頼されていた。今回の依頼も、そのような経緯で依頼を回された過程がある。

 “フォーサイト”もその辺りの機微には納得しているので、薬師達に特にとやかく言うつもりはない。口が軽いと商売あがったりであるが、それ以上に不特定多数に貴重な薬草の自生場所を教えると、今度は採取のし過ぎで自生しなくなるという最悪な結果が起きることもある。善人寄りなワーカーとして、そういった逆に人々が困るような事態は避けたかった。

 そして――四人は岩戸の奥へと再び進んでいく。アンデッド特有の臭気はしないが、ここは大森林の深淵部にある人のいない岩戸だ。何が出るか分からない。トブの大森林では、一ヶ月で勢力図が変わるということもおかしくないのだ。

 だから四人は慎重に、貴重な薬草を目指して岩戸の奥へ進んでいった。

 

 

 ――結論から言ってしまえば、四人は無事に貴重な薬草が自生する部屋まで辿り着けた。

 ただし、四人はそこで驚愕の光景を目にすることになる。部屋の壁の一部が、崩れているのだ。そしてそこにぽっかりと、人が通れるほどの穴が開いている。その穴の先には、間違いなく道が続いており――つまりは、隠し通路が人目に晒されていた。

「……イミーナ」

「分かってるわ、ヘッケラン」

 ヘッケランの要請を受けて、イミーナが調べる。崩れた壁や奥の隠し通路を見通ししばらく調査したイミーナは、三人を振り返った。

「間違いなく、誰かが壁を壊して通った跡よ。しかも、それほど時間が経ってない。意図的に破壊しているみたいだから、隠し通路の存在を知った――あるいは知っていた奴が壊して通ったんでしょうね」

「どうする、ヘッケラン」

 アルシェの言葉に、ヘッケランは考えた。

 ……今回の依頼は単なる薬草の採取だ。当然、この闇妖精(ダークエルフ)の遺跡を調べるという依頼は受けていない。というより、おそらくだが誰も隠し通路の存在なんて知らなかった。

 つまり現在、二つの可能性が考えられる。一つは先に何者達かがこの岩戸を訪れて、そして隠し通路を発見した可能性。そしてそのまま隠し通路の探索に出た可能性だ。ただ、この可能性の場合、ある種の無理がある。

 トブの大森林は人外魔境。間違いなく危険地帯だ。余程の理由でもないかぎり、基本は誰も近寄らない。浪漫は溢れているが、危険地帯過ぎて探索から帰還出来る人間の方が少ないのである。現実的な問題として、メリットよりデメリットの方が大き過ぎた。歴史上、一度たりともどこかの国が本腰を入れて調査に乗り出したということさえ無いのだから。

 依頼が被っていて別のワーカーが発見したとは思わない。そういう危険は、入念に事前に調査する。冒険者組合に所属しないワーカーだからこそ、そういう事前調査には誰も手を抜かないのだ。よって、依頼のブッキングによる別ワーカーとの遭遇の可能性は皆無だ。

 そうなるとこの隠し通路の先にいる存在は、浪漫を求めてやって来た、凄腕の冒険者チームという可能性が高かった。ワーカーと冒険者は、共に依頼を遂行することもあるが、基本は出会うことがない。アンデッド蔓延るカッツェ平野は例外だが、それ以外の場所で冒険者と遭遇することは、ワーカー達には面倒事を意味する。何せ、ワーカーは信用出来ない相手であるからだ。同じワーカー同士ですらそうなのだから、正規の組織に所属する冒険者達の反応なぞ言わずもがなである。

 そしてもう一つの可能性。それは――最初からここに隠し通路があることを知っていた存在。つまり、この岩戸の持ち主――闇妖精(ダークエルフ)達が何らかの理由でここを訪れている可能性だ。

 これはこれで面倒事である。何せ、闇妖精(ダークエルフ)は人間と交わることもある森妖精(エルフ)と違って、人間と関わることが無いからだ。何が起こるのか、まるで予測出来ない。予測出来ないのは、恐ろしいことなのだ。

「…………」

 だからこそ、ヘッケランは考える。どちらも面倒事としての要素が強く、しかしだからこそ、正解がすぐに選べない。

 当然、薬草の採取なぞしている場合ではない。問題は、やり過ごす方法だ。

 確かに、薬草の採取をしている場合ではないだろう。しかし、依頼の遂行を失敗するのだけは避けたいのがワーカー事情だ。冒険者だったならば、依頼の遂行に失敗しようと組合がある程度保障し、多少名声に傷がついても再起出来る可能性がある。

 だが、ワーカーにはそれが無い。後ろ暗いことが多い彼らは、一度名前に傷がつくと取り戻せないことが大半だ。だからこそ、舐められるわけにもいかず、依頼失敗だけは避けなくてはならない。

 依頼は確実に遂行し、しかしこの隠し通路の先にいるであろう存在と遭遇するのだけは避けたい。そうなると――

「……ちょっと、ヘッケラン」

「あ? なんだよイミーナ」

 ヘッケランが色々と考えていると、イミーナが強張った声をかけた。イミーナは視線が自分に集まるのを確認すると、口元に人差し指を立てた手を持って来て、静かにするようにジェスチャーする。そして続くハンドサイン。

 ――来た道から、何者かの襲来だ。

「……!」

 全員の表情が一斉に強張る。そのまま、イミーナに導かれて身を隠す。幸い、壁が壊れて瓦礫が幾つもあったために、身を隠すのは難しいことではない。

 しばらくそのまま四人が身を隠していると、何かを引き摺るような音と、カチカチと鳴る硬い音。そしてシュー、シューという呼吸音と共にそれ(・・)はやって来た。

「――――!!」

 その瞬間、誰もが叫び出さなかったことは奇跡に等しい。それほどまでに恐ろしい存在だったのだ。

 全長十メートルもの体躯と、八本の足に王冠のような鶏冠。ミスリルに匹敵するほどの固い鱗で覆われたその巨大な蜥蜴に似たモンスターの名を、ギガント・バジリスク。たった一体で町を一つ軽々と滅ぼせる最悪のモンスターが、そこにいた。

「――――」

 全員が無言で息を潜める。これは“フォーサイト”の手には余る。オリハルコン級の冒険者であろうと、このモンスターに勝つのは至難の業。このモンスターを討伐するのは、アダマンタイト級冒険者に相応しい偉業なのだ。精々ミスリル級冒険者の実力でしかない“フォーサイト”には、このモンスターは討伐出来ない。逃げることさえ無理であろう。

 これは“フォーサイト”が弱いのではない。むしろミスリル級の実力者揃いの“フォーサイト”は、ワーカー達の中でも実力者だ。だがそれとは別に単純に、ひたすらに無慈悲な現実として、ギガント・バジリスクが強過ぎるのである。

 故に取れる手段は一つだけ。このまま息を潜め、気づかれないよう祈り、ギガント・バジリスクが去っていくのを待つ。四人に出来るのはそれだけだ。見つかったその時は――死ぬ。

(くっそ! 頼むぞおい……!)

 ヘッケランは瓦礫に身を潜めながら祈る。ギガント・バジリスクが持つ致命的な能力――石化の視線は、対策が無ければ無抵抗で石化させられ、しかも視線で捉えられているかぎり、距離で威力が減衰することもない。よって、逃げることもままならないのだ。ヘッケランには、他の三人も息を潜めて必死に祈っていることが手に取るように分かった。

 ……ギガント・バジリスクは尾を引き摺りながら、八本の足で部屋の中を歩き回る。自生している薬草の匂いを嗅いだり、壁に張り付く何かを首を傾げて見つめている。

 そしてどれだけの時間が過ぎたのだろうか。ヘッケラン達には一日以上の凄まじい疲労感を覚える時間の経過が過ぎ、ギガント・バジリスクが身を翻す。部屋から出て行くようだ。

(よーし。よーし! いい子だ。そのまま出て行けよ……)

 ヘッケラン達がその後ろ姿を見送っていると、途端――ぐるんとギガント・バジリスクがヘッケラン達の方へ首を向けた。

「――――!」

 全員、再び悲鳴が出そうになる。寸でのところでそれが阻止されたのは、誰も石化しなかったからだ。視線で捉えられたら防げない、石化の視線。それは未だに、ヘッケラン達の一人も捉えていない。つまり、ギガント・バジリスクはヘッケラン達に気がついたわけじゃない。

 だからこそ、誰もが冷静にギガント・バジリスクの様子を探る。ギガント・バジリスクはじっとヘッケラン達の方向に――隠し通路に視線を向けており、そこでヘッケランもようやく気づいた。ギガント・バジリスクに意識を向けていたため、気づくのが遅れたが隠し通路の奥から足音が聞こえてくる。

 それは、金属音。鎧が掻き鳴らす、金属の音だ。つまり、何者達かがこちらにやって来ている。

(マジか……! マジかよ、オイ!)

 最悪であった。この状況で、新たな勢力の登場なぞ、大惨事しか起きはしない。

 何せ、相手はギガント・バジリスクなのだ。アダマンタイト級冒険者ならばまだしも、それ以外の冒険者なぞお呼びでは無いのである。もし戦闘になれば、隠れていることなぞ出来ず――ヘッケラン達も交えての大混戦になる。そして、自分達人間に勝ち目は無い。

 この鎧の音からして、何者達かが闇妖精(ダークエルフ)の確率は低い。イミーナを見て分かる通り、全体的に華奢なのだ。彼らはあまり重い金属鎧を装備することは無いのである。森の中で生活する上で、重りにしかならず身軽に動けないからだろう。いないとは言わないが、重装備の戦士は彼らの中にほぼいないのである。種族特性として、向いていない。

 だから、やって来るのはおそらく闇妖精(ダークエルフ)では無い。だからこそ、最悪だった。

「――――」

 カツン、カツンと足音が鳴る。金属の擦れる音がする。闇の中から、何者達かが現れる。そして――――平然と、その男は現れた。

「――――」

 それは、真紅のマントと金と紫の紋様が入った漆黒の全身鎧(フル・プレート)を装備した偉丈夫。胸元ではプレートが光り、その頭部は面頬付き兜(クローズド・ヘルム)に覆われて、その顔を見ることは叶わない。

 そんな漆黒の戦士がたった一人、闇から抜け出すように隠し通路の奥から現れた。

「――――」

 漆黒の戦士はギガント・バジリスクの視線を平然と受け止め(・・・・・・・)、片手に巨大なグレートソードを持つ。背中には更にもう一本。

 ギガント・バジリスクは漆黒の戦士を見咎め、石化もせず平然と立つ漆黒の戦士に唸り声を上げ、その巨体で突撃する。

 そしてその代償は、即座に訪れた。

「――――」

 一閃。漆黒の戦士が手に持つグレートソードを振るい、ギガント・バジリスクとすれ違う。いや、すれ違ったようにヘッケラン達には見えた。漆黒の戦士は通り過ぎたギガント・バジリスクを振り返ることなく、そのままグレートソードを宙で横薙ぎに振るい、こびりついたであろう何かを剣から飛ばすと、手に持っていたグレートソードを背中にもう一本と同じように背負って去って行く。

 漆黒の戦士は、ギガント・バジリスクに興味の一つも示さない。そして、ヘッケラン達に気がつくこともなく漆黒の戦士は悠々と、その場を去って行った。

 直後――ずしん、とギガント・バジリスクの巨体が倒れる。そしてずるりと巨体が真ん中からずれた。そのまま、二つに別れた体は床に投げ出され、切断面からは内臓と猛毒の体液が零れ落ちていく。

 体の中央線から真っ二つにされたギガント・バジリスクは、完全に息絶えていた。

 そんな町を一つ滅ぼす魔物の無惨な姿を見て、四人は恐る恐る瓦礫の影から姿を現す。ギガント・バジリスクの無惨な死体を確認し、そして全員で顔を見合わせた。

「……え?」

 同時に、声を漏らす。次の瞬間四人が同じ表情で声にならない叫びを上げた。

「マジか? え? マジかよ!?」

「一撃!? 一撃なんですか!? 嘘でしょう!?」

「信じられない! 夢? ねぇこれ夢なの?」

「嘘……あり得ない!」

 ヘッケランが、ロバーデイクが、イミーナが、アルシェがそれぞれ現実を疑う悲鳴を上げる。しかし、どれだけ否定しようと現実として、その死体は無言で横たわっていた。

 漆黒の戦士は、石化の視線を物ともせず――気軽に、一撃で彼の怪物ギガント・バジリスクを葬り去ったのだと。

 それぞれ四人はひとしきり、悲鳴を上げた後に現実を受け入れる。どれだけ否定しても現実は変わらないのだ。これからのことを考えた方が有意義である。

「と、とりあえず! 危機は脱したな!」

 ヘッケランの言葉に、イミーナが頷いた。

「……そうね。隠し通路の先にいたのも、彼だったのね」

「仲間がいる様子も見えませんし、何かマジックアイテムでも使って隠し通路を発見したのでしょうか?」

「ギガント・バジリスクを一人で、一撃で討伐出来るような人間なら、一人でも納得」

 アルシェの言葉に、全員が頷いた。冒険者もワーカーも、基本的にはそれぞれ似た実力の相手とチームを組む。突出した力の持ち主は、チームワークに向かないのだ。バランスが悪い、という奴である。突発的な何かが起きた時、チームバランスが悪いと非常に困るのだ。

 そのため、実力が突出した者は自らチームを抜けていく。そしてギガント・バジリスクを一人で討伐出来るような実力者がこの世に易々と存在するはずがなく――ともすれば、一人になってしまうのも納得だった。あの実力ならば、とてもチームなぞ組めないだろう。足手纏いを増やすだけである。

「しかし……先程の方、一体何者なのでしょうか?」

 ロバーデイクの言葉に、全員が彼の漆黒の戦士を脳裏に描く。帝国――それもヘッケラン達のいる帝都の冒険者では無い。絶対にあり得ない。

「……プレートの色、誰か覚えているか?」

 胸元に光っていたプレートは、おそらく冒険者組合のプレートのはずだ。その色を思い出そうとするが、ヘッケランはあの漆黒の戦士の姿が思い浮かぶだけで、プレートの色までは思い出せない。

「…………」

 そのヘッケランの言葉に、一人が手を上げた。アルシェだ。全員がアルシェに視線を向ける。アルシェは口を開いた。

「……確か、アダマンタイト」

「……やっぱりか」

 しかし、アダマンタイト級の冒険者だからと言って、それは帝国にある冒険者組合に所属している人間ではない。帝国に存在するアダマンタイト級の冒険者チームは二つ。一つは英雄の領域にまで到達した吟遊詩人(バード)がリーダーをしている、様々な特殊な職業に就いている“銀糸鳥”。もう一つは個々の能力は他のアダマンタイト級に劣るが九人という構成人数の多さを誇る、多種多様な事柄を可能とする“漣八連”。

 ――はっきり言おう。どちらも、ギガント・バジリスクを一人で相手に出来るような戦士は所属していない。というより、帝国の最強の存在(アダマンタイト)は不可能を可能にする人類の切り札――という扱いを受けていないのだ。ハマった時の爆発力はあるが、基礎能力が他のアダマンタイト級に対して一歩かそれ以上劣るのである。

 故に、あの漆黒の戦士は帝国のアダマンタイト級冒険者ではあり得ない。そんな話も四人は聞いていない。

「王国の冒険者かしら?」

「片方は“蒼の薔薇”で全員女だし、もう片方は“朱の雫”だろ? ――つうか、ギガント・バジリスクを一刀両断なんて、あの王国戦士長だって無理だろ」

 リ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフ。周辺国家最強の戦士として名高く、その名声は帝国にも当然届いていた。しかしその王国戦士長であろうと、ギガント・バジリスクを一刀両断――なんて、無理だろうと思える。

「……一体、どこの冒険者なのでしょうか?」

 ロバーデイクの言葉は、全員の疑問だった。

「でも――それより、これ(・・)どうするの?」

 イミーナの発言に、はっとする。イミーナは嫌そうに真っ二つになったギガント・バジリスクを指差していた。

「確かに……これ、どうするかな」

 ギガント・バジリスクの死体は貴重だ。鱗や牙など、当然宝の宝庫である。出来れば持って帰りたい。しかし――

「問題は、これを討伐したのが私達じゃないことですよね……」

 ロバーデイクが溜息をつく。その通りだ。これは先程の漆黒の戦士が討伐したモンスター。彼は何もせず平然とギガント・バジリスクを置いていったが、だからと言ってヘッケラン達が持って帰っていいはずがない。確実に面倒になる。

「でも、必要」

 アルシェがはっきりと、力強く告げる。何せ、金になる。金は時に命より重い。一応、誤魔化せなくはないのだ。流すところに流せば、しっかりと買い取ってくれるだろう。

「……どうするのよ」

 イミーナがヘッケランを見る。ロバーデイクも、アルシェもリーダーであるヘッケランの答えを待っていた。

「――――」

 ヘッケランはその視線を受けて、心の中で頭をしっかりと抱えて、今目の前にある問題に答えを出すために口を開いたのだった。

 

 

 




漆黒の戦士とかどこの誰なんだろうね。
 

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